「──つーことで、会場は決定。スカウトの出演者もフィックスな」
学校
スマホで資料を確認しながら
「メールでも一覧は送っておいたけど、これから全グループに挨拶して様子見るから。みんなちゃんと頭に入れといてくれ」
「うっすー」
「了解です!」
集まった有志ステージスタッフたちから、返事の声が上がった。
相変わらずテンションもモチベーションもバラバラな、まとまりのない声。
俺も「はーい」なんて答えつつ、もう一度メールを確認する。
・FLIXIONS(ヒップホップダンスのチーム)
・OBORO月夜(ライブハウスでも活動を始めているバンド)
・戦艦ポチョムキンズ(M─1予選突破を目指している芸人志望二人組)
・
出演者チームが候補を挙げ、スカウトしてOKをもらったのがこの四組だった。
俺から見ても、納得感のある面々だ。
音楽や演劇、漫画を
しかも、彼らは彼らでそこそこ結果を出していて、生徒の間で話題になることもしばしば。
だからここに並んでいる出演予定者のことは俺も一応全員知っていて、「なるほど、さすが
有志ステージっていう枠組みでは、多分ほぼベストの人選だ。
これに追加して公募の出演者が合計五組程度。
合計十組近くが、ステージに出演してくれる予定になっている。
「じゃあまずは、芸人コンビ。戦艦ポチョムキンズからいくか!」
言いながら歩き出す
「体育館裏でいつも練習してるらしいから、どんな感じかしっかり見といてな!」
*
そして──やってきたポチョムキンズの練習場所。
短い挨拶のあと。
彼らが見せてくれたのは……なんと、
「コント。絶対ルールを守らせたい教頭・
「……なーちょいちょいちょい! ちょっと待って!」
「あー、なんだあ?」
「ほら見てちゃんと! 信号赤でしょ!? 渡っていいんですか!?」
「なーに言ってるだあ? あれ! 道の真ん中で子猫が震えてるだろ!」
「だから何だって言うんですか!?」
「助けなきゃいかんだろ!」
「でも信号赤でしょ! 渡っちゃダメでしょうが!」
「なーに言ってるだあ! 子猫の命がかかってるんだで!」
「でもルールでしょう! 赤信号は渡っていいんですか!?」
「なんだあ! マニュアル人間か! そんなんで社会生きていけんぞ!」
……。
……。
……爆笑だった。
有志スタッフ一同、爆笑だった。
いや、わかる。内輪ネタだ。
妙にルールの話ばかりする教頭と、生徒に自分で判断させたがる
その二人をぶつけて言い合いをさせるという、直球の内輪ネタだ。
二人のことを知らないと全く面白くないだろうし、彼らの口調の特徴を知らなきゃ意味もわからないだろう。
けれど……見事な学祭ノリだった。
見に来る生徒も内輪であることを存分に
これはこれで、場面をよく把握した
というかものまねが上手すぎる。教頭も
「やー! ありがとうございます! よかったーウケて……」
ひとネタ終わったあと、ポチョムキンズの突っ込み、
そして、ボケの
「当日までには、もっとネタ考えるんで! 妙に鋭い
「ええ、楽しみにしてます」
「当日は──客席、好きなだけ沸かせちゃってください」
*
「──じゃあ、踊るんで見ててくださいね!」
次にやってきた、南校舎の踊り場にて。
「ちょっと恥ずかしいけど……頑張りますから!」
先日TikTokでバズった二年生。
はーなるほど、こういう感じの人なんだな。
オタク文化が好きそうというか、俺とも話題が合ったりしそうというか……。
意外と周りにこういう女子がいないから、俺としては新鮮だ。ちょっと友達になりたい。
そんなことを考える間にも、彼女はスマホで音楽を再生。
スピーカーから、某ボーカロイドの曲が流れ出す。
かわいらしい歌声で
そして、
「お、おお……!」
その姿に──思わず感嘆の声を上げてしまった。
──ひらひらと
──ときおりこちらに向けられるかわいいポーズ。
──笑うと口元に
あざとかった。
一瞬たりとも目を離せなくなるほどに──そのダンスはあざとかった!
予想外の破壊力に、周囲の有志ステージスタッフからもどよめきが上がる。
「これはこれは……」
「かわいいなーさすが」
「そりゃバズるわ……」
いやほんと、意外なほどに目が
何だろうな……自分がかわいく見える瞬間をきっちり把握してるというか。
かなりの技術を駆使して「Kawaii」を演出してるんだけど、その努力をこちらに見せない感じ。
いいな、これ。永久に見てたい……。
試験勉強で疲れたときに無限リピートでずっと眺めてたい……。
なんて思っていると、
「……ッ!?」
──ふいに。
隣から、絶対零度の視線を感じた。
勘違いじゃない、質量と鋭さを持った、明白な誰かの意思──。
恐る恐る振り返ると、
「……
汚物でも見るような目をこちらに向ける、
「
「……ちょ! やめてくれよ!」
さっそくスマホを取り出しラインを立ち上げる
それを慌てて押しとどめながら、俺は必死で申し開きをしたのだった。
「べ、別に平常心だし! ただ、出演者さんのチェックしてただけだし!」
*
──続いて見学したバンド、OBORO月夜。ダンスチーム、FLIXIONS。
その両方ともが、高校生にしてかなりのクオリティに達していた。
俺のような
実際、OBORO月夜は既に都内のライブハウスで活動中、FLIXIONSもいくつかの大会に出場したりしているらしい。
そのうえ両グループとも、ステージへのモチベーションもかなり高くて、
「──超楽しみです、新曲用意していくんで!」
「──ばっちり会場盛り上げますよ」
「──
「──そりゃもう、本気でいかないと!」
と、熱のこもった声で言ってくれた。
既に
「やー、出演者チーム、さすがっすね……」
挨拶のあと、戻ってきた特別教室で。
他のスタッフが帰ったあと。俺と
「どんな人が出てくれるんだろうとか、ちゃんと区民センター埋まる感じになるのかとか心配だったんですけど、これなら大丈夫そうっすね」
「だな、
パソコンで何やら作業しながら、
「出演者と会場に関しては、やれるだけのことはできたんじゃねえかな。他に若干、ミスったところもあるけど」
「ミスった? 何をですか?」
「あー、実はなあ」
尋ねる俺に、
「宣伝に関しても色々考えてんだけど、校内放送でCMしようと思ってたんだよ。昼休みとか、
「おお!
反射的に、大きめの声を出してしまった。
「それはかなりの生徒にステージのことを知ってもらえそう。やりましょうよ、絶対!」
だったら彼らに協力をしてもらって昼の時間帯に番組をやる、っていうのは、かなり宣伝効果がありそうな予感だ。
けれど……、
「……教頭が、静かに昼は食いたいんだってよ」
「だから、昼の放送も禁止にしてるし、宣伝番組もやらせられないって」
「ええー……」
教頭……例の戦艦ポチョムキンズが
まあ確かに「昼は静かに食べたいでしょうが!」とか言いそうだけど、そんな個人の好みで生徒の活動を制限するのはどうなの……。
「全然納得いかなくて、俺も食い下がったんだけど……超ケンカになっちまって」
「え、マジすか……」
「職員室で怒鳴られて、ムカついて俺も言い返しちまって。わりいけど、昼の放送は無理っぽい」
「そっかー、ならしゃあなしっすね……」
「だからまず、宣伝はもっともっとアイデア練らないとまずいな。今んところ、知名度をガクッと上げる『これだ!』って案はないわけだし」
「じゃあ、出演者に協力してもらうのはどうですか?」
考える表情で、
「彼らは彼らで結構発信力持ってますし。
「おお、いいなそれ!」
その案に、反射的に俺はうなずく。
「みんな普通に、人気者だしな!」
彼らはネットで活動し、かなりの数のファンもついている。
そういう人たちが見に来てくれるなら、かなり心強い。
既に
やってみる価値はありそうだ。
……けれど。
「……いやーそこは押しつけられねえよ」
「ステージスタッフと同じだよ。客を集めたいのは、マジで俺個人の都合だし。あいつらには出演してもらうだけでもありがてえんだから、それ以上背負わせるのは筋違いだろ」
……あー、そういう感じなのか。
あくまで、自分だけの力で目標をクリアしたいようだ。
「んー、そうですかねえ……」
微妙に納得いかない顔の
俺としても「いや、言うだけ言ってみてもいいんじゃね?」と思う。
それ以外に、宣伝のアイデアもないし。
でもなあ……そこは案外強情なんだよなあこの人。まあ、親に「自分ができるところ」を見せたいんだろうから、気持ちがわからないとは言わないけど。
「つーことで」
と、
「却下しちゃって申し訳ねえけど、ちょっとそれ以外の宣伝の方法を考えたい。二人には、引き続き協力してもらえると助かる!」
「了解っす!」
「はーい、考えてみますね」
「あともう一個、このメンツでやっておきたいことがあって……」
そう前置きすると、
「ちょっと明日……付き合ってくれよ」
低い声で、俺たちにそう言ったのだった。
*
「──偵察って言うから……」
翌日。文化祭実行委員会の拠点になっている教室にて。
目の前に立つ
「もっと、
「いやいや、別に隠れる必要ねえだろ、悪いことするわけじゃねえんだから」
こちらを振り返り、
「副委員長に進捗確認するのは、委員長として当然のことだろ?」
沢山の人が慌ただしく準備を進める、この教室。
各クラスの展示内容を精査し、教室の使用申請を仕分けし、各部署の進捗の確認を進める実行委員たちの間を縫って──
「──
「──出演者の動画とか、見せてくれねえ?」
どストレートに、そんな風に彼女に言ったのだった。
いやまあ、確かに先輩の言う通りなんですけどね……。
別にこう、バチバチのバトルをしてるわけじゃないし、
こっそり盗み見、みたいなのを想像してたから、ちょっと予想外っす……。
そして
「ええ、ちょうどこの辺で報告しようと思ってました!」
そう言ってパソコンをこちらに向ける。
「出演者はこの三組で確定です!」
・本校吹奏楽部による演奏
・演劇部OBOG会による舞台
・nitoのライブ
ずいぶんと──シンプルなラインナップだった。
俺たちの出演者リストが
ただ……、
「うわー……」
隣の
「やっぱりそういう感じだよねえ……」
確かに……予想通り、王道に強いラインナップだった。
学校が主導して「
まず、うちの高校の吹奏楽部。
確か全国大会の常連で、前にテレビの取材が来たこともあるらしい。
定期演奏会は毎年大盛況で、区内のホールで立ち見が出るレベルだって話だ。
部室にいても時々練習の音が聞こえるけれど、あからさまに各個人が
「ちなみに、曲はこの辺りをやるそうです」
言って、
流れ出したのは──思いのほか、ポップな曲だった。
なんとなく、クラシック的な曲をやるのだとばかり思っていたけど……動画には、演奏する面々の中にドラムセットやエレキベースも見える。
しばらく聞いて、演奏しているのが某人気映画の主題歌の、吹奏楽アレンジであるのに気が付いた。
「他にも、この辺とか」
安易にアレンジすればチープになりそうなものだけど、演奏の上手さと編曲の巧みさで、気恥ずかしさが全くない。
これは……盛り上がりそうだ。
お堅い音楽をやられてもぽかんとするだけだけど、自分たちが知っている曲を、ノリ良く演奏されたら聴き手も楽しいはず。
「で、この演劇部OBOGは、初めて
「ふむ……」
流れ出すのは、彼らが最近行った公演の映像らしい。
どこかの劇場で演じられている、現代を舞台とした演劇──。
実はこれも、校内では有名なグループだった。
最初はOBOG会として発足したものの、試しに上演したオリジナルの演劇がウケて、継続して活動するようになったらしい。
時々母校である
そしてそのクオリティも──すごいものだった。
画面越しにも伝わるお芝居の迫力。舞台上の大道具や照明にもこだわりを感じられて、ぱっと見はただの「OBOG会」には見えない。
「で、最後にわたしですね! 動画はもう、見たことありますよね」
薄く笑って、
「自分はトップバッターで出ますって言ったんですが、残りの二組からトリを任すって言われて。
──nitoのステージ。
もちろん、俺たちはその威力を知っている。
ネットの音楽シーンを騒がせる新星。
そこからさらに羽ばたき、日本全体に曲を届けようとしている彼女。
それほど音楽を聴かない俺でさえ、その楽曲や歌声には何度も耳を奪われてきた。
「……なるほどなー」
パソコンから顔を上げ、
「ありがとな、報告。順調そうで、ほっとしたよ」
「ええ、今のところ問題なく進んでますね!」
「そっちはどうですか? 有志ステージ、会場が変わったりで大変じゃないですか?」
「おう、なんとかって感じ。色々引っかかる部分はあるけど」
「楽しみにしてますよ、どんな風になるか」
先輩と後輩の、実行委員長と副実行委員長の業務上のやりとり。
この二人の戦いが一人の人生を左右することになるなんて、
けれど──
二人の後ろで、俺は
メインステージ、強力な出演者が出るのはわかっていた。
そう簡単に勝てないのもわかっていた。
けれど……強い。
お互いの出演者、両方を見て改めて理解する。
シンプルに、メインステージの出演者はあまりにレベルが高い。
そして、思ってしまう。
このままじゃ……勝てないと。
このままただ順調に準備が進めば、有志ステージがメインステージに勝つことはないと。
……どうすりゃいい?
どうすれば、ここからこんな出演者たちよりも人を集めることができるんだ……?
「……
「準備、大変だろうけど。わたしも、応援してるから」
「……おう」
いつものように、
好奇心旺盛そうな目に、口元が描くカーブ。
頰には淡い桃色が浮かび、髪には鮮やかなインナーカラーが
……本当に、こいつはいつも通りだな。
思わず、俺は苦笑してしまう。
バタバタ働く周囲の中で、一人だけ平然とした態度を保っている。
自分よりも年上も多いだろう中で、ここまで落ち着き払っているその度胸。
そして、
「……」
ほんの少し。少しだけ……違和感も覚えた。
何だろう……なんだか、壁がある感じ。
どこか表情にも、こわばったところがあるような……。
普段の親しさが薄まって、俺との間に距離がある感覚……。
……気のせいだろうか?
俺が勝手に、
そんな彼女をじっくり眺める前に、
「──よし、行くぞ!」
「状況は把握できた! この先に向けて、作戦練りに戻るぞ!」
「は、はい……!」
からっとしたその口調に気持ちを救われつつ、俺と
*
「──ふぁーん、どうすっかなー!」
戻ってきた、二年半後の未来。
ノートに向かい、俺はガシガシと頭をかいていた。
「普通に考えたらボロ負けだわ……少数のSSRで構成されたチームに、Rのキャラかき集めて戦い挑むようなもんだわ」
「あー、余裕で負けるやつですね、それ」
ゲームでもやっているのか、Vの配信でも見ているのか。
スマホを横持ちした
「なんなら、SSR一体にこっちは全滅させられるやつですね。せめて手持ちがSRだったらなんとかなるかもしれませんけど」
「だよなあ……」
先日のメインステージ偵察を経て。
完全に行き詰まってしまった俺は……なんとなく、未来に来て一人作戦を練っていた。
いやほら、漫画家とかも、自宅作業に詰まったら外に行くとかいいますし……。
あと、過去の時間を無為に浪費しちゃうのも不安だった。あっちの世界では、考えている間にもタイムリミットである
だとしたら……こっちで。
二年半後の世界で考えれば、タイムロスもしないで済むわけだ。
ということで、俺は
「ふう……」
ため息をつき、俺はノートにまとめた現状を再確認する。
【使用会場】
・メインステージ──
・有志ステージ──区民センター併設体育館
→第一体育館の方が若干広い。ただ、有志ステージは出演者数が多いので、少人数が何度も入れ替わる形になりそう。ここは引き分けって感じか
【出演者】
・メインステージ
nito
・有志ステージ
戦艦ポチョムキンズ(コント)
OBORO月夜(バンド)
FLIXIONS(ダンス)
その他有志チーム(調整中)
→有志ステージも魅力的な出演者が
【宣伝】
→メインステージが
「──うーん……」
こうして見ると、メインステージに離されているのは「出演者」「宣伝」の二点だ。
つまり、ソフト面はほぼ全体的にメインステージに負けてる、って感じだろう。
宣伝に関しては、ここから色々働きかける予定だ。
電算部が
ウェブに強い出演者もいるから、そういう人たちにもちょっと力を貸してもらう予定だ。もちろん、
ただ……出演者。
「ここがなあ……」
「これから、どうしていくか……」
そもそも、現状集まった出演者も十分すごいんだ。
これが他の高校のメインステージに出たら、死ぬほど盛り上がると思う。
俺自身、彼らのパフォーマンスは全部見たけど、マジでよかった。
こんな人たちに出てもらえるのがうれしい、ってくらいだ。
だから……、
「てこ入れとかは、したくねえんだよなあ……」
頭を抱え、俺はつぶやく。
「あの人たちを……メインステージに負けてるとか、言いたくねえんだよなあ……」
その辺が、複雑なところだった。
シンプルに、彼らのパフォーマンスが好きなんだ。
なのにそれを、吹奏楽部や演劇部OBOGやnitoと比べて「足りない」みたいに言うことにかなりの抵抗がある。
そのままで、彼らの望むままのパフォーマンスをして、メインステージに勝ちたい。
それが──俺の一番の望みだった。
とはいえ……現実問題、多分観客に「すげえ」って言われるのはメインステージで。
お客を集めやすいのも間違いなくメインの方で。
「だったら……どうするか。どうやれば、メインに勝てるんだろ……」
「──先輩」
ふいに──
「最初の高校生活って」
「……ん?」
「わたしたちの、一度目の高校生活って」
脈絡のない、突然の話題。
これまで話したことのほとんどなかった、一度目のこと。
「よく二人でこうして過ごしましたよね」
「……あ、ああ。そうだったな」
「何をするでもなく部室に集まって。話をするわけでもなく各自好きなことをして」
「うん、そんな感じだった……」
少しややこしいけれど──
まずは俺にとって、一度目の高校生活の記憶。
目の前にいる
ただ、俺が彼女の目の前で時間移動した結果──そこに、改変後の『新たな過去の記憶』が追加で植え付けられることになった。つまり
もちろん、俺が過去での行動を変える度に、未来は何度も変動してきた。
その度に、数え切れないほどの『あったかもしれない高校生活』が生まれたはずだ。
ただ、
この辺、前に
頭いっぱいになって混乱しちゃわないかーとか、おかしくなっちゃわないかとか不安になっちゃって。ひとまず、本人的には「不思議な感じ」くらいで収まってるらしくてほっとした。
というわけで、今、
『一度目の高校生活』の記憶。『文化祭で
この二つのはずだ──。
「この時間軸の過去では、それほどではなかったですけど……」
「
──
そうだ……この時間軸で、
前に、『現在』の
文化祭のあと、
俺とも別れて、関係が途切れてしまったのだと──。
「……わたしは」
と、
ぽつりと、つぶやくようにこう言う。
「こういうのが……一番好きでした」
「……そっか」
「ただぼんやり、先輩と部室にいるのが居心地よかったんです……」
──誰かと部室にいる時間。
特に何をするでもなく、過ぎていく毎日を共有した記憶。
確かにそれは、大事なものになるのかもしれない。
だから、
「じゃあさ」
と、思い立って声を上げた。
そして、不思議そうにこちらを見る
「また二年半前に戻っても、たまにはこういう時間を作るようにするよ」
俺はそう言う。
「一度目みたいに、一緒の時間を過ごせるようにする」
……もしかしたら、寂しい思いをさせてしまったかもしれない。
一度目の高校生活からこんな風に過去が書き換わり、
だとしたら……おろそかにはしたくないと思った。
こいつは、俺の大事な友達だ。
「……そう、ですか」
──ふわり、と。
いつもどこか気だるげな表情をした、
減らず口ばっかりでかわいくない、大切な親友。
そんな彼女が口元を緩め、目を細め、小さく笑っている。
そして、
「……ありがと」
素朴な声でそう言う彼女。
「うれしいです」
その周囲に、光の粒子が拡散した気がした。

初めて見る表情に、俺は思わずドキリとしてしまう。
「どういたしまして……」
小さく動揺しながらそう返して、俺はふと気付いた。
そうか……だからこそ
俺はもう一度、手元のノートに目をやった。
時間移動が始まったときに買った、計画を書き込んだノート。
あの頃から変わったものも、変わらないものも山ほどあった。
その一つ一つを、大事にしたいと思う。全ての変化に、きっと意味がある。
だとしたら、それを見落としたくない。それが俺の人生で、俺の友人たちの人生なんだと思うから。
そして──、
「……そうだ」
──思い付いた。
この状況を、全く別の方向から変えられるかもしれない。
そんなアイデアを──思い付いたのだった。
「あいつが……
*
「──ごめんな、忙しいときに……」
天文同好会部室、その隣にある小さな準備室。
その床に腰掛け、俺はまずそう言った。
「でも、最近二人で話せてなかったから。ちょっと、時間欲しいなと思って」
「ううん、大丈夫だよ」
すぐそばの、古い机に腰掛け。
「ちょうど仕事、一段落したところだったし。休憩したいなと思ってたから」
目の前を横切る、鮮やかな水色のペディキュア。
窓から差し込む暖色の光にそれが映えて、なんだか
「
「だなー、準備のためにやること山ほどあるし」
「えーじゃあ大丈夫? こんなことしてて」
「なんとかなるだろ、
「人任せじゃん。ほんとにいいのかなー」
いつものように、軽い口調でそんなことを言い合う。
普段と変わらない
けれど……どこかやっぱり壁を感じるのは。この間偵察に行ったときのように、かすかな距離を感じるのは……俺の錯覚だろうか。
『勝たなきゃいけない』という、小さな
「……ステージの件さ」
短く会話が途切れて、俺はそのタイミングで切り出した。
「やっぱり……
「……そうだね」
足をぶらぶらさせたまま、
「もう、何が起きるかは
「うん。ちょっと前に確認してきた」
「そっかー」
だからこそ、俺は彼女が身構えているのをはっきり感じ取る。
きっと
実際は──
これから
なら俺は──一つの本心を。
ここ最近の俺自身の行動とは真逆の考えを、
「やっちゃってもいいんじゃね?」
そこで、ようやく
「
そう──俺は、
このあと
その結果、人生を狂わせてしまうかもしれない。
けど、それでいいんじゃないかと。
気に病むことなんて、俺たちから離れることなんてないんじゃないかと。
「……なんで?」
そう言う
「よくはないでしょ。そもそも
「それはそうだよ」
まずははっきり、そう認める。
「俺は天文同好会の全員が、笑っててほしい。できればずっと仲良くしててほしい。だからこんなに必死になってる」
「やっぱりそうじゃん」
「でも……」
と、そう前置きして唾を飲み込んでから、
「
彼女の顔を見上げ、俺は言う。
「俺が見た未来で、確かにあの人は暗い毎日を過ごしてるっぽかった。そのきっかけは、
「……うん」
「でも……どうなるかは、あくまで
沈んだ表情でうなずく
「
「……そうだね」
「それは誰からも責められることじゃないだろ。むしろ、
我ながら、きついことを言っているのは理解している。
タフなあの人でさえそうなんだから、他の人が同じ立場になったらもっと
……けれど。
俺もかつて……
彼女と別れ、
それは──自分の責任だ。
他の誰が悪いわけでもなく、結局そうなった責任を負えるのは、自分だけなんだ。
そして、おそらく
二年半後の先輩は……一言だって、
「だから先輩がそうなっても、
はっきりと──俺は彼女に言い切る。
「
じっと俺を見ている
きゅっと閉じられた薄い唇。眉間にかすかに力がこもっている。
そして俺は──一度肩の力を抜くと、
「……これまで通りでいようぜ」
そう言って、
「もし
──そばにいれば。
今回の問題を解決したいなら──そんな手段もあるはずなんだ。
メインステージと有志ステージに差があるのも明らか。
だとしたら、その先で問題を解決すればいいんじゃないか。
そうすれば、きっと
そのあとも部室で一緒にいれば、完全に立ち直ることさえできるかもしれない──。
……メインステージに勝つことばかり考えていたけれど。
有志ステージを必死に盛り上げることばかり考えていたけれど、そういう解決方法だってあるはず。これが今、俺たちのたどり着ける最善の回答な気がしていた。
「……そっか」
ふっと息を吐き、
水色のペディキュアが、ゆらゆらと揺れている。
「これまで通り……ずっとそばに……」
ゆっくりと
はっきりと、その言葉が響いたのを実感する。
俺の考えが、
そして、
「……そういう考え方も、ありなのかもね」
そう言って……
「今回のことはあくまで今回のことで、これからもみんなと友達でいる……うん。そういうのも、ありかも」
「だろ?」
「確かに、そばにいる方が先輩にとってもいいかもしれないしね。変に離れちゃったから、彼の中で気持ちの行き場がなくなったのかもしれないし」
「うん、だと思う。そのあとも
「かもね。そうかも、あはは……」
そう言って、軽やかに笑う
……よかった。これでもう、大丈夫そうだな。
そうなれば、未来なんていくらでも変えられるわけで……だったら、あとは純粋に
本気で戦うことに、集中してしまえばいいんだ。
そうなると、なんだか俺もわくわくしてきて。これまでの「追い詰められた戦いの苦しさ」も、「ハードモードのゲームをやってる楽しさ」に変わった気がして、視界がグッと開けた感覚で──、
「──でもダメ」
──
「わたしは、そんな風にできない」
「……は?」
予想もしていなかった展開に──
「でき、ない? どうして……?」
我ながらマヌケな声で尋ねる。
「ダメ? なんで……?」
完全に、話がまとまる流れだと思っていた。
俺の言葉が、
なのに、どうして……。
そんなタイミングで──校舎にチャイムが響いた。
見れば、窓の外では日が大きく傾いている。
「……場所、うつそうか」
「もう少しだけ、話そう」
「……おう」
うなずいて、俺も立ち上がる。
そして、
*
やってきたのは──公園だった。
いつかも二人で来た、彼女の実家近くの公園。
その日と同じベンチに座りながら、
「──前にも、ここでちょっと話したよね」
軽い口調のままで、
「いつも人を傷つけちゃう。ケンカしたり、嫌な思いさせたりして、相手のことめちゃくちゃにしちゃうって……」
「……そう、だったな」
あの日のことを思い出しながら、俺はうなずいた。
あれは確か一学期、天文同好会の存続のために必死で、皆で動画を作っていたときの話。
「──わたし、こんなことばっかりなの……」
「──きっとまた、傷つけるんだ。みんなを台無しにしちゃうんだ……。だったら、わたし……もう、わたしは……」
震える声で、そう言っていた
あのときの彼女の表情を、こぼした涙を、今でも俺は鮮明に思い出せる。
そして……それだけじゃない。
「──わたし、全部めちゃくちゃにしちゃうんだあ」
「──何度やり直しても、大切なものを傷つけちゃう。台無しにしちゃうんだよ……」
今でも彼女は、自分をどうしても許せないでいる。
そして
「……音楽を作り始めたとき、生きていけると思った」
そんな風に、ぽつりとつぶやく。
「なんだか苦しい毎日の中で、ようやく本気で好きなものを見つけられた。明るくなれたの。それまでの明るい振りじゃなくて、本当に幸せに暮らせるようになった……」
「うん……」
そうだった。
かつて
幼少期の
けれど
それが、彼女の全てを変えた……。
「けど……わたしがそれに夢中になるほど、周りのみんなが不幸になる。なんでかはわからないよ。なのに、どうしても人を傷つけちゃう……」
「……そう、それが!」
暗い顔の
「
自分には音楽が必要で、それを精一杯作ろうとしているだけ。
結果周囲が不幸になるとしても──
「だから、きっとみんな許してくれるよ!」
彼女の手を握り、俺は主張する。
「
「……それがダメなの」
けれど、
「わたしが、そんなわたしを許せない」
その切実さに、反射的に口をつぐむ。
公園の前を、一台のバイクがエンジン音とともに走り抜けていった。
「ていうか、
自分を奮い立たせるように
風が吹いて、彼女の髪を短く揺らす。
そして、
「だって」
「わたしが一番変えちゃうのが──
──
──今にも全てがあふれ出しそうな、苦しげな表情だった。
「……は?」
「
「……」
完全に、言葉を失った。
俺の人生が、
どういう、ことだ?
わからない、すぐにはその言葉の意味を飲み込めない。
「
俺の手を握ったままで、
「自分ではあんまりわかってないでしょ? 実感もないでしょ? でも、本当にすごいんだよ。なのに、わたしがそれをダメにしちゃう。おかしくしちゃうんだよ……」
一度目の高校生活を思い出す。
確かに俺は、しょうもない過ごし方で高校三年間を終えてしまった。
ゲームをしたり漫画を読んだりで、無為に過ぎていく日々。
わからない。いまいちその言葉に実感を覚えられない。
それに……もしその通りだとしたら。俺がすごいやつなんだとしたら、一体何ができるはずだったっていうんだろう。
かつて、ループの中で
それは一体どんな俺で……一体、どんな高校生活を過ごしていたんだろう。
けれど、そんな疑問をよそに、
「だから……本当はこういうのも、よくないのかもしれないね」
言って、
そして──、
「──いなくなるべきなのかも」
──
「本当はわたし、あなたの前からいなくなるべきなのかも」
いなくなるべき。
いつか
そこに続くであろう、
頭が真っ白になるのを感じながら。心臓が、
……あれ?
俺は──気付く。
俺を狂わせるから、いなくなるべきって思うなら……。
もしかして……俺じゃね?
