「──え! 有志ステージのスタッフになったの!?」
徐々に学校全体が、準備期間に入り始めた雰囲気の放課後。
クラスの出し物が見事(?)コスプレ喫茶に決まり、皆でその買い出しに行く途中の道で、
「
「おう、色々考えて、そうすることにした」
微妙な気まずさを覚えつつ、それでも俺は胸を張って
少し前を
「
十月に入り、季節はすっかり秋本番。
街行く人の
こうして歩く商店街、流れている杉並区の地域のFM放送も「やー食べ物のおいしい季節ですね!」と人気の飲食店を紹介していた。俺、地味に好きなんだよな、この放送。情報が地元に密着してて、トークもなんだかのんびりしてて……。
──なんて、現実逃避をしてる場合じゃない!
「ふうん……」
疑わしげな声を漏らしている
そんな彼女に、自分の決断をどう説明するか、だ。
正直なところ、今回はずいぶん迷ったんだ。
俺は二人とも、幸せになってほしいと思っている。
もっと言えば……どっちを優先するかといえば正直
こんな風に時間移動をし始めたのだって、
何よりも彼女の未来を大事に思っているし、だとしたら今回も、文化祭のステージに向かう彼女をサポートした方がいいのかもしれない。
ただ……、
「……
二年後の世界で、そう言っていた
自分をあざ笑うかのような、今にも泣き出しそうな口調。
……いやもう! 放っておけんって!
あの人のあんな姿見たら放っておけんよ、さすがに!
協力するわ! 力貸すわ!
なんなら謎に母性本能みたいなのくすぐられたところあったわ!
ていうか多分、今回
だから……全てを丸く収めようとするなら。
そんなわけで、俺は有志ステージの有志スタッフに立候補。
既に集まっていた実行委員会の面々と、統括リーダーである
とはいえ……、
「裏切り者ー!」
きっと俺をにらみ、唇を
「
こうなりますよねー。
構図的には彼氏である俺が、敵の側についたようにしか見えないだろう。
もちろん、
口調もなんかふざけてるし。でも、確かにちょっとそこに申し訳なさは感じるのだった。
「ごめんて……」
肩をすぼめつつ、俺は
「事情があったから仕方ないんだよ。今回ばっかりは許してほしい」
「でも……だって、
けれど、本気でちょっと寂しそうに
「
そう……なんと、
天文同好会の一員であり、
「──へー、
「──それじゃ、わたしもやろうかな」
「──
そんな軽いノリで、彼女も一緒に有志ステージを手伝うことになった。
正直なところ、俺も
まあ……スタッフを募集していたのが有志ステージだけだから、ってのはあると思う。メインステージも募集していたら、多分
それでも……自分の意思で、
前は
だから、
「まあまあ、そうだけどさ」
すねたような顔の
裏切るわけでも何でもなく、一番大事なのが
「なんかあったら力になるのは、今も変わらないよ。俺にやれることだったら、マジでやるから!」
「……ほんと?」
「ほんとだって!」
上目遣いの彼女に、俺は力強く主張する。
「
「……そっか」
うれしそうに、口元をもにょもにょさせている
「わかった……じゃあ、許してあげる。有志ステージ、手伝ってもいいよ」
「おう、ありがとな」
よかった、ご納得いただけたみたいですね。
もちろん、本気で
しんどい場面があれば支えたいと思っている。
有志ステージばっかり手伝って……と思われないよう、これからも注意しよう。
「ではさっそく、やってもらいたいことがあるんだけど……」
考えていると、
そして、イタズラな表情で声を潜め、
「……ちゅーしてもらいましょうか」
「またそれえ!?」
「もちろん、あとでとかじゃないよ。今ここで、ね……」
「いやどう考えても無理だろ! 路上だぞ! クラスメイトいるんだぞ!」
「いいじゃん! 遠慮しないで言えって言ったじゃん!」
「にしても限度があるだろ!」
「……なーんか、いちゃつきの気配を感じますな」
言い合っていると──前方から、怨念のこもった声が聞こえた。
「何でしょうなあ……クラスでの買い出し中に」
「まさか、ラブモードに入ったカップルでもいるのでは……?」
見れば──
予想通り、
彼らはじとりとした目で、地縛霊みたいな恨みのこもった表情でこちらを見ている。
「ちゅーだの何だの聞こえたんですが……」
「まさか
「いやちげえよ!」
あらぬ疑いに、俺はもう一度大声を上げた。
「むしろ逆だよ! 俺が迫られてたんだよ
「えー、なんの話」
「何言ってるの
「そうだぞ
「彼女に罪をなすりつけるのかよ!」
だから逆! なすりつけられてるから!
俺が
とはいえ──そんなこと口に出すわけにもいかず。
俺たちはわーわー言い合いながら、買い出し先の店へ向かったのだった。
*
・出演者集め
・会場の交渉
黒板に、そう書かれていた。
俺と
今日は初めての『有志ステージスタッフミーティング』だ。
ここにいる
ちらりと見る限り、参加者のモチベーションは人それぞれっぽい感じだ。
俺や
まあ……実行委員って、クラスから強制的に二人が集められて組織されるからなあ。
みんなやる気とは限らんよね。
とはいえ、決して場の空気はダレていない。
壇上に立った
「──今年は有志ステージも、これまでにない規模にしたいと思ってる!」
低く張りのある声が、教室に響いた。
「そこで重要になるのが、この二つだな。
ふんふん、納得感のある話だな。
例年、有志ステージは特別教室で開催されるのだけど、メインステージの第一体育館とは規模の差がありすぎる。特別教室って、そう呼ばれているだけで実際はただの空き教室だし。どんなにお客が入ってもマックス五十人だ。
まずはその「会場の差」をなんとかする、っていうのは大きな課題だろう。
出演者だってそうだ。
学校側が、その年大きな成果を上げた文化系の部活、個人、OBOGをピックアップするメインステージに対して、有志ステージは希望した有志の出演がメインになる。
クオリティ面でもメインステージに差をつけられることが多いから、今年はスカウトなんかも積極的に行って、レベルの高い出演者を集めていこう、ということのようだ。
この二つをスタート地点にして、
……ちなみに。
メインステージに勝ちたいだとか、自分の将来の話を周囲に明かす気はないそうだ。
先輩
「──つーことで」
と、一通り説明を終え
「ここからメンバーを『出演者担当』『会場担当』に分けて動こうと思う。各自、希望があれば教えてほしい──」
──短い話し合いを経て、担当する仕事が振り分けられた。
会場担当が俺と
そして、続く各チーム個別のミーティングにて、
「わたし……会場のアテあるかも」
「おおマジで!?」
そんな風に言い出した
「どこだよ? 第二体育館とか? 武道場とか?」
「ううん、どっちも違う」
ふふん、とちょっと得意げな顔をしている
「確かに校内だとその二つだけど、結局どっちも第一体育館には負けるからね。もっと全然、別の会場候補があるんだよ」
「別の会場候補……?」
一学期の
こんな風に気楽に話すこともできるし、俺は
……この人と、そんな仲良くなるとはなあ。
客観的に見て、俺は理系のちょいオタ普通男子。
仮に一度目の高校生活中にそんな話されても、全然信じられなかっただろうなあ……。
「学校の隣、区民センターあるでしょ?」
「……あ、ああ。そうだな」
「あそこ、体育館があるんだよ。ママがバレーやってて、その見学で行ったことあるんだけど、結構デカくて」
「あー、あるな! なんか、デカい建物!」
思い出して、俺はうんうんうなずく。
学校のすぐ横にある、杉並区民センター。
図書館やらレクリエーションルームやら色々ある施設だけど、その隣に体育館っぽい建物が確かにある。
外から見る限り……第一体育館より一回り小さいくらいか?
少なくとも、校内の候補よりは沢山の人が入れるだろう。
「確かにありかも。なんか特別感出るし」
「それに、マジで近くだから移動も手間がかからないでしょ?」
「だな。あとは校外の施設を使えるかだけど……
俺は向こうでミーティング中の
「会場って、校外もありですか? ちょっと
「あー、校外か。多分大丈夫じゃねえかな」
こちらを向き、
「何年か前にも、仮装パレードで近所の商店街歩いた、みたいな例があったはず。顧問に確認しておくから、そっちはそれで進めちゃって大丈夫だぞ!」
「了解っすー!」
──ということで。
有志ステージ会場検討チームの目標は、区民センター利用に決定。
まずはその交渉を始めることになったのでした──。
*
「──はーなるほど、そういう状況ね」
翌日の放課後。アポを取った区民センターに向かいながら。
一通り話を聞いて、
「有志ステージで、メインに勝つかー」
「そうそう。それができなきゃ、起業をあきらめなきゃいけないみたいで」
「だから先輩、あんなに頑張ってんだなー」
話しているのは、例の
周囲には明かさない、と言っていたけれど、この子には話した方がいいだろう。
きっと協力してくれるだろうし……俺だって、今後有志ステージを盛り上げようと全力で頑張るつもりなわけで。その理由は
そして、案の定彼女は、
「そりゃ確かに、
小さく決心するような表情で、そう言ってくれる。
「割と気楽に参加したけど、意外と頑張りどころだったかも」
「だろ? 気合い入れていかないとな」
「だねー。正直に言うと」
言うと、
「このままじゃ、ワンパンで負けるだろうし」
はっきりした声で、そう言い切った。
「現状勝ち目ないだろうし、メインステージには」
「……だよな」
やっぱそうよな。客観的にもそう思うよな……。
有志ステージはその名の通り、有志の一般生徒が出演するだけ。
対するメインステージは学校の選ぶ実力者が出る上、ラストに控えるのが
現状、勝てる可能性があるとは思えない。
……しかし、
そこはちょっと意外。少し前まであれほど
この人もちゃんと、
ただ──、
「そもそも
「知ってる? 一目
「え、マジ!? そんなことになってんの?」
他の学校の生徒が……?
それ、芸能人のエピソードとしてたまに聞くやつじゃん!
「うん。しかも一人じゃない。わたしが数える限りでは、今月入ってもう十一人来てる」
「じゅ、十一人も……!?」
多すぎだろ!
「内訳は隣の
「ほう……」
「男女比は九対二。あの子に彼氏がいるのには、十一人全員が気付いてる」
「へー。女子もいるのか。しかも、俺の存在も知られて。……ちなみに、なんでそこまで把握してんの?」
不穏な予感を覚えて、俺は恐る恐る尋ねる。
「なんで
いや、百歩譲ってストーカーっぽい人の存在に気付くのはわかる。
制服を見て、他校の生徒だって気付くのもわかる。
けど……男女比とか通ってる高校とか、どうして知ってるの?
普通、そこまではわからなくね……?
けれどその問いに……
そして、それまでよりも声を潜めると、
「そりゃ、わたしが直接『チェック』したんだよ……」
「服装とか顔とか色々ね。そのうち十人はSNSと、自宅の特定も済んでる……」
「ヒェッ……!」
「なんかあったらちゃんと『報復』できるから、安心して……」
その背後に揺らめく暗黒のオーラ。
周囲の気温も、一気に十度くらいガクッと下がった気がする……。
そうだった!
この子、なんか
こえーよ勘弁してくれよ。
もうストーカー(
化け物に化け物ぶつけちゃってるじゃねえか……。
……なんて、まあそんな感じで。普段のテンションでわーわー言ってる間に、
「……と、着いたね」
気付けば、俺たちは目的の区民センター前に到着していた。
話が
一息つき、その外観をざっと眺める。
やっぱり、隣の
正門から徒歩で一分かかんないくらいか。その間にしていた会話が怖かったから体感だと五分くらいだったけど。これくらいの距離だったら、みんなあんまり気にせず有志ステージを見に来てくれそうな気がする。
ということで、
「じゃあ……行こう!」
「うん!」
俺と
交渉は、予想外なほどにあっさり進んだ。
話を聞いてくれたのは、俺たちの母親世代の女性だった。
彼女は俺たちのお願いにすこぶる協力的で、
「いいですね、是非是非当館を利用いただきたいです!」
「ええ、大丈夫ですよ、元々区民全員に開かれた施設ですから」
と、うれしそうに話を聞いてくれた。
よかったー、担当してくれた人がそんな感じで!
正直こういう公共施設と交渉するの、ビビってたんだよな……。
なんか、怒られそうなイメージがあるというか、ドライに切り捨てられそうというか……。
ありがとう杉並区! 職員さんの対応品質、最高です!
ただ、注意点もあるにはあって、
「アポのお電話でもご説明しましたが、体育館には防音設備がないんです……」
「そのステージには、音を使う出演者さんも出ますよね?」
「そうですね……その予定です」
まだ確定ではないけれど、出演者にはバンドやダンスチームを誘う予定らしい。
となると割とデカい音を出すことになるだろうし、それは周囲にも漏れるだろう。
「なので……申し訳ないんですが、周りのお宅への事前のお話だけ、お願いできればと」
「はい、そこはもちろんちゃんとやらせていただきます」
上品な笑みを浮かべて、
「周辺住人の方に、ご迷惑はおかけできないので……」
実はこれが必要になることは、アポの電話の時点で説明がされていた。
だからこのあとこの足で、挨拶回りも終わらせてしまう算段になっていた。
先輩の指示で菓子折も持ってきているし、準備もばっちりだ。
「──では、細かい話はまた後日」
職員さんが、玄関まで見送りに来てくれてそう言う。
「挨拶が全て終わったところで、具体的に詰めていければと思いますので」
「はい、よろしくお願いします!」
「またご連絡させていただいます」
そう言って頭を下げ、俺と
区民センター、その体育館に隣接する家は全部で十軒以上。
今日一日で終わるとは思えないけれど、あまりここで立ち止まってもいられない。
「よーし、さくっと終わらせて先に進むかあ」
「だね」
うなずき合うと、俺たちはまずすぐ隣にある戸建てに向かったのだった。
この調子でさっさと会場を確保、次の仕事に行っちゃおうぜ、
*
「……ただいま」
「会場チーム、戻りました……」
「おー、お疲れ!」
数日後。全ての近隣住民への挨拶を終え。
特別教室に戻った俺と
「今日で全部終わる予定だったよな? じゃあ、明日からは舞台設営の準備と、出演者集めの手伝いやってもらうかー」
言いながら、こっちへやってくる先輩。
いつも通りの自信に満ちた笑みと低い声。
教室内では出演者チームの面々が、誰かに電話したりパソコンをいじったりと
そんな彼らに、
「それが……」
とかすれた声を上げ、
「……ダメでした?」
「は……?」
ぽかんとする
そして俺は、
「……断られました」
「……マジで?」
「ええ。一軒、納得してもらえない家があって。開催を……止めてほしいと言われて……」
「いやでも挨拶、順調だったじゃねえか!」
「そうだったんですけど……」
ほとんどの家は、問題なく了承を取れたんだ。
基本的には皆さんお優しくて、『頑張ってください』なんて声をかけてくれる人もいた。
ただ……後半に訪れた一戸建て。
新築に近いお
「──ごめんなさい、音は控えていただきたいわ」
と、まさかの──NGだった。
「文化祭は土日に開かれるんでしょう? お休みの日は、静かに過ごしたいの」
ご年齢の割に若々しい表情と服装。
メイクもしっかりされていて、「若い頃はめちゃくちゃモテたんじゃ?」という印象のその老婦人は、俺たちにはっきりとそう言ったのだった。
……もちろん、一度であきらめたりはしなかった。
日を改めて何度か伺ったし、失礼がないようマナーには十分に注意をしてお願いした。
「──お忙しいところすみません、
「──本日も、お話しできないかと伺ったんですが……」
こんなに丁寧に人としゃべるのは、生まれて初めてのことだった。
菓子折だって、一度ではなく毎回持っていくようにした。
そして……それでもダメだった。
「──何回来てもらっても変わらないわよ」
困ったように笑って、老婦人──
「──悪いけれど、会場は他を探してちょうだい」
はっきりとそう言い切られてしまって。そうなると、区民センター側としても開催を了承できないらしい。俺と
「……おーマジかー」
髪をぐしゃぐしゃとかき、
「いやまあ、こっちはお願いする立場でなー。そうおっしゃる人がいるなら、しゃあねえけど……」
「……どうしましょう」
途方に暮れながら、俺は先輩に尋ねる。
「会場……ここからどうしますか?」
いや、マジでどうする……?
体育館と張り合える会場確保は勝負の大前提で、こんなところでつまずいているわけにはいかないんだけど……。
「……俺も、別アイデア考えてみるわ」
苦い表情で、
「校内で意外と
「じゃあわたしたちは」
疲れた表情で、
「もう少し、
「……だな」
本人が「何回来ても変わらない」って言ってたけれど。それでも、まだ数回ほどしか
そして俺は、
「……相談してみるかなあ」
もはや「いつもの流れ」みたいな感じで、あいつの顔を思い出す。
「こういうときは……話してみるに限るよなあ」
つぶやく声が聞こえたのか。
*
「──いやー、さすがにそれは……」
というわけで──戻ってきた二年半後の世界。
いつものように、ピアノの前で待ってくれていた彼女──
「それをわたしに相談しても、どうにもならなくないですか? ご近所の方の説得とか、したことないですし……」
「……それもそっか」
今更我に返って、俺はぼんやり
金色の髪に、こだわりを感じるメイク。人に
俺の後輩にして、高校生活やり直しの唯一の協力者。
──
一度目の高校生活よりずいぶん
「そりゃ、わかんねえか……すまん、ちと頼りすぎた」
「いやまあ、いいんですけど」
なんだか、こいつに頼るのが自分の中で当たり前のことになっていたけれど。
言うて毎回
つうか、こうして俺が過去に戻るため、部室にくるのに付き合ってくれてるだけで感謝すべきなんだ。わざわざ春休みの一日を割いて、俺に付き合ってくれてるわけだし。
マジ感謝っす、
「……しかしまあ、そうなるとどうするかなあ」
ぼんやり窓の外を見上げながら、俺は一人つぶやく。
「振り出しに戻った感があるし、ここからどうしていくか……ん?」
と、視線を部室に戻して、あることに気付いた。
さほど劇的ではない、けれど確かに目を引く小さな変化。
「
上着から
その全てが、なんだか以前より……、
「全体的に、すらっとした……?」
たぶん……見間違い、じゃないと思う。
俺の記憶の中の
ほどよく健康的な体型だったイメージがある。
けれど、今目の前にいる
なんかあれか? ダイエットとかしたんか?
なんて思って、半ば軽口でそう言ったのだけど、
「……いえ、別に瘦せてませんけど」
「へ、そうなの?」
「ええ、ここしばらくは体重ほとんど変わってませんよ」
「マジか、見間違いかな……」
いや、そんなことはない気がする。間違いなく、俺の記憶より
ずっと一緒にいたから、見間違えるはずはないと思う。
ただ……考えて、すぐに理解する。
確かに、
けれど、それは以前に比べてではなく──『前の時間軸に比べて』なんだ。
俺が過去を変えたことによって、
かつて「帰宅部仲間」だった
実際、この部室の光景だって最初に比べると様変わりしているわけで、時間軸ごとに
ただ……、
「……どうして?」
「なんでそんな、瘦せたりなんか……」
今のところ、時間移動で
過去の俺が「ダイエットした方がいいぜー?」とか言ったわけでもないし、なんならまだ彼女は高校に入ってないわけで、言うほど会話を交わしたわけでもない。
じゃあ……何が違うんだろう。
どんな変化があって、
「……あの、本題の、会場の件ですけど」
考える俺に、ふと
「問題になってる方、
「……ああ、うん。そうだよ」
「きれいな方だって言ってましたよね。お
「うん、だな。なんかあれだよ、多分若い頃めちゃくちゃモテたんだろうなって感じの人。いや、むしろ今も普通にモテてるのかもしれん」
「だとしたら……」
と、
「ちょっとわたし、おすすめの相談相手がいるかもしれません」
そんなことを──俺に言ったのだった。
「先輩に、会ってみてほしい人が……」
*
そして、戻ってきた二年半前の世界。
「──こんにちはー」
俺と
「すみません、
「連日すみません……最後にもう一度だけ、お話しさせていただけないかと思って……」
これまでも何度も話しかけたインターフォンに、
最後にもう一度だけ。そう、今回をラストチャンスと考えよう、ということになっていた。
既に、会場の交渉が始まって一週間以上が
これ以上、ここに時間を割くわけにはいかない。
今日無理なら区民センターの利用はあきらめて、次の仕事に移らなきゃいけない。
『……もう、仕方ないわね』
そう言ってインターフォンが切れる。家の中で、誰かが移動する音がする。
それを聞きながら、俺は心臓がバクバク言い始めるのを感じていた。
どうなるだろう……交渉、
『相談相手』は、俺たちに一つのアイデアをくれた。
それが今回、ちゃんとハマるだろうか……。
「──はいこんにちは、今日が最後よ」
ドアが開き、
相変わらずおきれいに整えられた髪と、丁寧にされたメイク。
このお年でも『陽タイプ』であることがはっきりとわかる、明瞭な表情。
「でも、わたしの気持ちは変わりませんからね。そのことは──」
けれど──その目が、俺と
そして、小さく驚いたように見開かれ、
「──あら、はじめまして」
「
「うす。すいませんこいつらが何度も。ちょっと、俺からも挨拶したくて」
ラフな口調でそう言ったのは──
「
そして、後ろにいるのは先輩だけではなく、
「どもー、
「一緒に行こうって言われて来ちゃいました!」
彼の二人の友人が、元気な声を上げた。
ギャルっぽい先輩、
なんと彼ら、文化祭実行委員でも何でもないただの友達なのに、例の『アドバイス』を参考にしてここに来てもらっていた。
……大丈夫か?
こんなに大勢で押しかけて、しかもこんなに派手系の人まで来ちゃって……。
怒られないか? もっと態度が硬化しないか……? なんて思うけれど、
「あらあら、大人数ねー!」
──意外にも。
そのうえ、
「こうなると、玄関で立ち話もあれね。入りましょう、どうぞどうぞ」
言って、彼女は俺たちを家の中に手招きしてくれる。
「うぇ、いいんすか? 入っちゃって」
「やったーお邪魔します!」
「いや早えーよ
言い合いながら、玄関に入っていく先輩方。
──こんな展開、初めてだった。
これまでひたすら玄関で話していた
この人が……俺たちを家に招いてくれるなんて。
意外さに
彼らの話は、最初から弾んでいた。
「──ていうかこの家、めちゃくちゃ豪華じゃないすか?」
「ねー、しかもこの和室すげーいい」
初めて来たとは思えないほどに、先輩方はくつろいでいる。
あぐらをかいている
いいのかよ、それ……俺と
ただ、
「でしょう?」
出してもらったお茶を飲みながら、
「息子がね、頑張って建ててくれて。しかもね、わたしのためにこんな部屋まで」
「マジで!?」
「息子さん建てたんだ! 超親孝行じゃん」
「そうなのよー」
……盛り上がってるじゃん。
会話、普通に盛り上がっちゃってるじゃん……。
すげえな先輩たち、大分年上の人相手でもこんなことできるのかよ。
俺と
そして、
「そうそう、例の文化祭の話なんすけど」
あくまでごく自然に、軽い口調と笑顔で
「確かにこんな部屋があるのに、うるさくされたら嫌っすね」
「そうなの」
理解してもらえてうれしいのか、
「昔は音楽を聴くのも好きだったんだけど、最近は疲れちゃうのよね。だからごめんなさい、やっぱり控えてほしくて」
「なるほどなー。だったらまあ、仕方ないっすね」
まずはそう認める
けれど、そこから自然に文化祭の話を続けた。
「──できれば俺、生徒全員の一生の思い出になる祭りをやりたくて」
「──ほらやっぱ、人生は一回だけだし、高校生活は三年だけっしょ?」
「──有志ステージとかやりたいやつだけが出るんすよ。それを最高にしたくて」
正直──内容的には、俺たちの説明と大差がなかった。
自分たちがどれだけ文化祭にかけているのか、どんな風に頑張っているのか。
そんなことを、あくまで軽い口調で話す
「──そうよね、わたしも学生の頃そうだった」
「──うんうん、一回だけ、最近特にそう思うわ」
「──いいわねえ。そうやって集まって、みんなで盛り上がるの」
そして──そんな会話がしばらく続いたあと。
「うわ、このお菓子うま……」
「え、マジ?」
「俺も食べよ」
「うわうめー」
「マジだ。へー、和菓子、ありだな」
なんて言っている彼ら。
そんな先輩たちに──、
「……まあ、今回は許しましょうか」
ふいに──
「ステージをやるの、許しましょう」
……え? と、一瞬固まった。
──許しましょう。
ずっと待っていたはずの、その言葉。
それでもあまりに唐突すぎて、すぐには意味が飲み込めない。
先輩たちは、けれどあくまでテンポ良く。
「……お、マジすか!?」
「えーいいの? うるさいの苦手なんでしょ?」
「それはそうだけど……そのお菓子くらいでそんなに喜んでくれるなら、やってもらってもいいかなって思って」
「うわーマジすか!」
「ありがとう、
色めき立つ先輩たち。
うれしそうな
それを
目の前の展開に、俺はビビりまくっていた──。
……OK、出ちゃったんだけど。
相談の通りにしたら……マジで許可、されちゃったんだけど。
「──丁寧にいきすぎたんじゃないのか」
それが──『相談者』のしてくれたアドバイスだった。
そのせいで相手との心の距離が開いてしまって、
もう少しフレンドリーな話をすれば、答えも変わるんじゃないか。
……正直俺は、そこまでその意見に納得できなかった。
本当にそんなことで、相手の答えが変わるんだろうか。
そういう問題だとは、どうしても思えないんだけど……。
ただ実際……『相談者』には祖母がいて、若者が気楽に接してくると、非常に喜ぶらしい。
「──わたしは、
祖母はよく、そんな風に言っているそうだ。
「──ただ、若い人の自分に接する態度が変わって、年寄りなのを実感する」
「──そのことが、少し寂しい」と。
そうなると、
そんなわけで。俺は
「──じゃあ、今日は本当にありがとう」
話を終え、友達に話すような口調で
「OKしてもらえてマジでうれしかった。招待状も送るから」
やっぱりその話し方は、俺にはちょっと失礼にも感じてしまうのだけど、
「まーほんとに?」
「なら見に行こうかしら、家でじっとしているのもつまらないし」
「えー来て来て!」
「特等席作って待っておくから!」
……本当に、なんとかなってしまった。
『相談者』の意見の通りにしたら、
目の前の光景を眺めながら、なんだか俺はぼんやりしてしまう。
もちろん……『あいつ』だってただの一人の人間だ。偶然考えがハマっただけって部分もあるだろうし、本人だって「絶対こうだ!」って言っていたわけでもない。
けれど……うん、やっぱり『彼女』は頼りになる。
仲間になってもらってよかった、全て明かしてよかったと──俺はあの日のことを思い出しながら、深く息をついていた。
*
──その日。
「な、なんの用でしょう……」
「こんな急に話したいなんて……」
呼び出して来てもらった、喫茶店にて。
『相談者』はそう言うと──短い黒髪を不安げにくしゃっとかいた。
低い身長、警戒気味にきゅっと閉じた口元。
そして、
──
二年半前、まだ中学生の
未来の
「中学の頃、祖母が
「当時の自分、おばあちゃんっ子で。祖母の友達ともよく遊んでいたんで」
「あの頃のわたしなら相談に乗れたと思います」
とのこと。なるほど、確かにそれは頼りになる可能性がありそうだ。
ちなみに高校生になった時点では、当時のことはあまり覚えていないとのこと。
だからこそ……今の自分ではなく、過去の自分に話をしてみては、と
確かにうん、納得感はあった。
未来の
俺自身これまでも、過去の
ただ……若干引っかかる部分もあった。
過去の
友達の高校生の兄が、なんか自分にヘビーな相談をしてくる。
別にそれほど仲良くなかったのに、自分の祖母まで
まだ高校に入っていない中学生女子からすれば、それは割と身構えちゃうシチュエーションだろう。
だから俺は──小さく深呼吸をする。
手を一度ギュッと握って、「実はちょっと話したいことがあってさ」なんて口にしてみる。
事前に一つ、
まだ彼女に話していない、大切な秘密を打ちあけるつもり。
ちなみに……これを話すのを提案したのも、未来の
ハードルは高いけれど、きっと受け入れてもらえるはずで。
過去の
そして──、
「……俺、未来から来たんだ」
恐る恐る、目の前の
「俺、三年後の未来から。
しばらくぽかんと口を開け、一ミリだって意味を理解できない様子で──、
「……は? 何を、言ってるんですか?」
「未来からって……一体、どういう……」
「──全部明かしちゃうのはどうです?」
未来の
「──時間移動の件も含めて、全部明かしちゃうのは」
「……え、全部!?」
あまりに予想外の提案に、俺は思わず目を丸くした。
「いや、それはさすがに無茶じゃね!? 信じてもらえないだろうし、信じてもらえたとしても荷が重いだろ……」
「ううん、それはそうでしょうけど」
腕を組み、何やら考える様子でそう言った。
「でも……色々隠されると、協力しないと思いますよ。当時のわたしは」
「そうかなあ……」
「そうですって。当人のわたしがそう言うんだから」
「……まあ、それもそうか」
「逆に、全部明かされればちゃんと協力します。親身にもなると思いますよ。わたしに一つ、策があるので……試してみて、もらいたいです」
そんな経緯があって、俺は過去の
他に考えられる手段もなかったし、そのことで何かが破綻しちゃうこともないはず。
それに……認めよう。
俺自身、心の中でどこかそうしたいと思っていた。
ずっと──仲間が欲しかった。
過去をやり直す中で、全てを打ち明けて相談できる仲間が欲しかった。
だとしたら、ここから話すとしたら
二年半後には、結局彼女は全てを知ることになるんだし、時間軸への影響も小さいはず。
──そんなわけで。
俺は意を決し、過去の
……ただ、
「……いやいやいや」
目の前の彼女──中学生の
「えっと……なんか、宗教とかの勧誘ですか? だったらすいません、ちょっと忙しいんで……」
言って、
「失礼します……」
ぺこりと頭を下げ、すたすたと去っていく。
……そりゃ、そうなるわな。
友達の兄に呼び出されて、未来から来たって言われたら真っ先に「怪しい勧誘」を疑うだろう。ここまでは、俺も想定内。
だから──、
「──『VTuber、
──ぼそ、っと。
ぎくり、と肩を震わせ、
そんな彼女に、俺はもう一度口を開き、
「人間界にやってきた悪魔系VTuber。雑談配信がメインで……リスナーの呼び名は小悪魔たち……」
バッ! と。
それでも、俺は止まらない……!
「SNSのハッシュタグは『#魔子ちゃんマジ悪魔』、イラストハッシュタグは『#魔子ちゃん地獄絵図』。R─18イラストは『#サキュバス魔子ちゃん』のハッシュタグで──」
「──うわああああああ!」
──塞がれた。
駆け寄ってきた
「な、ななな! なんで知ってるんですか!?」
「それ、わたししか知らないはずなのに……なんで先輩が知ってるんですか!?」
わたししか知らない……。
ふふ、そりゃそうだよな。驚くよな。
中二のときにちょっとだけやって、すぐに辞めたVTuber活動。
それを、当時知り合いでもなかった俺がなぜ知ってるのか……。
「……
不敵に笑ってみせながら、俺は彼女に言う。
「二年半後のお前に……『これを言えば信じるから』って、教えてもらったんだよ!」
──未来から戻ってきた、なんて言われても誰も信じないだろう。
しかもそれが、関係も薄い先輩からだったら気味悪がられてお仕舞いだ。

だから……未来の
本人的には高校生になった今も割と黒歴史らしく、頰を赤らめながら教えてくれた。
まあ……ちょっとそれが不思議でもあったんだけど。
過去の自分と俺を会わせるために、そこまで身を切った理由はちょっとわからない。
それでもともかく、俺は
「……なる、ほど」
そして、
「……ちょっと、まだよくわかりませんが。全てを納得したわけじゃありませんが……」
慎重にそう前置きして俺を見上げると。
あきらめるような声で、こう言ったのだった。
「ひとまず……話を聞かせてもらった方が、よさそうですね」
*
数十分後。
「──ありがとな、言われた通りに試してみるよ」
「いえ、お力になれたなら幸いです……」
気楽に話した方が
「……正直、まだ全然信じられません。信じられないんですが」
そして、ストローでちゅちゅっとコップに残った水を吸い、
「そういうことも……あるのかもって思い始めました」
二人きりで時間を無駄にした、一度目の高校生活。
当時の元カノである
少しずつ、
そして──未来の
その全てが意外だったようで、
今もまだ、動揺は覚めやらない様子で、
「……まあそりゃ、信じられないよな」
俺は思わず小さく笑ってしまう。
「高校生になったあとの自分のこととか、こんな他人に聞かされても」
「ええ。しかもわたし、金髪になるの? 似合うのかなあ……」
「めちゃくちゃ似合ってるよ」
未来の
「めちゃくちゃかっこいいっていうか、正直かわいいと思う、あれは」
その言葉に──
「……そうですか」
驚いたような、
けれど、すぐに目を
「だったら……やってみようかな。中学は無理なんで、卒業してから……」
「いやまあ、高校でも普通に校則違反なんだけどな」
「そうですよね。でもちょっと、興味出てきました。そうか、金髪……」
「──あー、いたいたー!」
そのタイミングで──店の入り口から声がした。
聴き慣れたハイトーンボイス。歌うような上機嫌な口調。
そちらに視線をやると、
「おーい、
こちらに手を振る
実は
この店で話す、ってこともちゃんと伝えてあった。
……ちなみに、
「どうしたよ?
こっちまで歩いてくると、
「うん! よく話は聞いてるし! あと、タイミング合えば
「そうか、ちょうど話し終わったとこだしそうするか。……と、この時間軸じゃ初対面かな」
俺は伝票を手に取りつつ、ちょっと固い表情をしている
「この人が、さっき話した
「どうも! ここでははじめまして!」
そう言うと、
「
「……ええ、よろしくお願いします」
なんだか妙に警戒した様子で、
「
「色々
「……いえ」
うなずきつつも、
……なんか、借りてきた猫みたいな態度だな、
でもそりゃそうか。知らないお姉さんがいきなりフレンドリーに接してきたら、そりゃビビりもするか。
しかも
放っておいても仲良くなるような二人、ではないんだろう。
一通り話をしてから、レジに向かう。
そして、会計をする最中、
「……それにしても」
「ん?」
「最初は、先輩とわたしの二人だけだったんですね……」
「……ああ、天文同好会?」
「ええ……」
「まあ、そうだな」
あの無駄な時間を、どうしようもなく過ぎていった時間を思い出しつつ、俺は苦笑する。
「
「そうですね……」
言って、
そして、さらに小さな声で、
「……でも、二人きりも。先輩と二人で時間を無駄にするのも」
消え入りそうに震える声で、こう言ったのだった。
「そんな未来も、悪くなかったかもって、思いました……」