「──今年のへきてんさい、副実行委員長になりました。です!」

 全校生徒の集まった体育館。

 壇上で、がマイクを通じて軽やかに言う。

「一年生でこんな大役をやることにドキドキしています! 実は中学生の頃、お客さんとしてへきてんさいに来たことがあって……ずっと憧れだったんです。わたしなりに精一杯頑張りますので、い思い出を作りましょう! よろしくお願いします!」

 彼女が頭を下げ、生徒たちから拍手が上がった。

 そこにこもった熱量と、確かな期待──。

 は校内でも有名人だ。

 廊下を歩けば視線が集まるし、彼女の歌う動画は校内でも回し見されている。

 そんなが文化祭で副実行委員長を務めることに、皆早くも興味をかれているらしい。

「……ほんと人気者だなあ、あいつ」

 釣られて手をたたきながら、俺はなんだか苦笑してしまった。

「まあ順調だからなあ。音楽も、高校生活も全部……」

 ──九月下旬。

 夏休みが終わり残暑も影を潜め、朝夕には秋の気配を感じるようになり始めた頃だった。

 体育館に集まった生徒たちも、大半が半袖シャツではなく長袖を身にまとっている。

 空気は蒸し暑いけれど、ときおり開けられた窓から爽やかな風が吹き込んで心地いい。

 一度目の高校生活を終え、時間移動をして体感で半年がっていた。

 思い返せば、ここまで色々ありましたね……。

 天文同好会の設立と存続のためのあれこれ。

 に「好きだよ」と言われたことや「わたしも高校生活をループしている」という告白。

 minaseさんとの出会いや初めてのPV公開、五十嵐いがらしさんとの夢探しなど。一度目にはなかったイベントが目白押しで、俺は必死で駆けずり回る毎日だった。

 頑張ったあってか、今のところ二度目の高校生活はすこぶる順調。

 と俺は恋人同士のままだし、五十嵐いがらしさんとも親友同士のまま。

 天文同好会の活動も、定期的に天体観測や動画制作をしながら順調に続いている。

 そして今日。一学期を終えて夏休みを挟み、二学期が始まり。

 朝の全校集会で、十一月に控えた文化祭──へきてんさいのスタッフ紹介を眺めているのだった。

「では、さんありがとうございました」

 進行の先生のその声で、が軽やかにはけていく。

「まだ一年生なんでね、皆さん協力してあげてください。続いて──」

「……そういやそうだったなあ」

 ふと一度目の高校生活を思い出し、俺はもう一度こぼした。

が副実行委員長で、めちゃくちゃ大活躍してたなあ……」

 体感では三年ほど前。そのときのことは、ぼんやりとだけど覚えている。

 当時、俺とは付き合い始めたもののあからさまにくいっていなかった。

 どんどん成績を落としていく俺と、ミュージシャンとして成功していく

 俺は勝手に卑屈になって、彼女相手に徐々に距離を作るようになっていった。

 さらに、ちょうどこの文化祭の直後くらいに、のメジャーデビューが決定。

 それを契機には部室に来なくなり、俺たちの関係は自然消滅しちゃったのだった……。

 ……あーつらかったっすねー。

 あの頃のこと、そんなに細かくは覚えてないけど、つらかったことだけは覚えてるわ。

 まだことも入学してなかったし、完全にひとりぼっちになった気分だった。

 そして、思い出したことがもう一つ。

「──おはようございます」

 しい男子の声が、壇上から体育館に響いた。

 見れば──高い身長と短めでおしやな髪。せいかんな顔つきと引き締まった身体からだ

 離れていてもはっきりわかる『ハイカースト』のオーラ。

「──今年のへきてんさい実行委員長、ろくようはるです」

 そこにいるのは──この学校の陽キャかいわいのリーダー格。

 そして、俺の設立した天文同好会の一員でもある、ろくよう先輩だった。

「俺が今回の責任者として、へきてんさいを運営します。よろしく」

「だよな。そうだったよなあ」

 堂々と壇上に立つ彼を眺めながら、俺は一人うんうんうなずいた。

「文化祭、ろくよう先輩とが主導してたよなあ……」

 一度目の高校生活でも、そうだった。

 立候補によって募られた、文化祭実行委員たち。

 さらにその中で選挙が行われて、ろくよう先輩が実行委員長に、が副実行委員長になった。

 俺たちの通う高校、あまぬま高校の文化祭は、その名をへきてんさいと言う。

 公立高校の割に規模は大きい。テレビの中継が来たこともあるしステージはネットで配信されたりもして、もはや地域のお祭りみたいな様相だ。

 そんな一大イベントのかじり役に──天文同好会の仲間、二人が選ばれたのだ。

「今年は、例年以上にへきてんさいを盛り上げたいと思ってます」

 壇上で、ろくよう先輩が声に力をこめ続ける。

「はっきり言えば、史上最高のへきてんさいにしたい」

 おおー、と生徒たちからざわめきが起きた。

 ろくよう先輩の話には妙な説得力がある。

 聞いているだけの俺も、いやおうなく期待をあおられる。

「そのために、これまでにないチャレンジを沢山したいと思っています。会場を広げたり、配信のシステムを強化したりな。それだけじゃない。毎年続いているイベントもレベルアップします。具体的には、有志ステージを俺が、メインステージを副委員長のが統括して、これまで以上に楽しんでもらえるものにします!」

 もう一度生徒たちから漏れる、驚きの声。

 小さく歓声を上げている生徒までいる。

 早くもろくよう先輩は、実行委員長としてカリスマ性を発揮し始めているらしい。

「だから──みんなも協力よろしくな。力を合わせて、最高のへきてんさいにしようぜ!」

 体育館に響く、大きな拍手。

 その音量には、やっぱり期待と高揚がはっきりこもっていた。

「……本当にすごいな」

 俺は思わず、小さくそうこぼした。

「二人とも、こんな大役を……」

 ろくよう先輩もも、マジで自分と住む世界が違う。

 学校からこんな大きな仕事を任されて、しかも全校生徒にこんなに歓迎されて……。

 一度目の高校生活では、こんな景色にへこんだものだった。

 ろくよう先輩と並んだの姿に、置いていかれた気分にもなった。

 けれど──今の俺にとって、目の前の景色は全然別の意味を持つ。

 天文同好会を救ってくれた恩人、ろくよう先輩。そして、恋人である──。

 そんな二人が、今年の文化祭を運営するんだ。

「……応援するか」

 一つうなずいて、俺はつぶやいた。

 彼らに比べれば俺はただのモブ生徒でしかないかもしれないけれど。

 権限も役割も与えられていないけれど、二人は俺の大切な仲間なんだ。

 ならきっと、できることもある気がして。珍しく『学校行事』に乗り気になれて、

「やれる限りの形で、応援するか……」

 俺は自然と、そう決心したのだった。



「──やー、頑張らないとなー」

 その日の昼休み。天気もいし、とやってきた中庭にて。

 サンドイッチを食べながら、はふうっと息をついた。

 黒く長い髪が、秋の日差しに銀色にきらめいて見える。

 小さくのぞいたピンクのインナーカラーも、靴を脱いだ素足のペディキュアも、周囲の色を帯びていつもより落ち着いて見えた。

 表情は、今朝壇上で見たときよりもずいぶんと気楽だ。

 瞳に宿る光は穏やかだし頰は自然に緩み、肩の力も抜けている。

 人前では優等生をよそおい、気心の知れた相手には素を見せるの習性は、今も変わらない。

へきてんさいさー。メインステージの最後には、わたしが出演するんだけど」

「あー、だよな」

 前回の記憶を思い出し、俺はうなずいた。

「俺が覚えてるへきてんさいでもそうだったよ。めちゃくちゃ盛り上がってたっぽい」

 なんとなく気が引けて、俺自身は見に行けなかったのだけど。その日のステージのことは、生徒たちの間でも長い間うわさになっているようだった。

 曲がすごかった、演奏がすごかった、オーラがはんなかった、などなど。

 それこそ、当時友達が少なかった俺の耳にも入るくらい、一時期はその話題で持ちきりなほどだった。

「でしょー?」

 あくまで軽い口調で、足をぶらぶらさせては言う。

「でね、取材に来てたテレビ局の人がその様子をカメラで撮って、ニュース番組で流れることになるんだけど。それをレコード会社の人が見たのをきっかけに、メジャーデビューが決まるの」

「おお、そうだったんだ!」

 あれ、そういう流れだったのか!

 現在、はクリエイターの支援組織である、インテグレート・マグに所属している。

 そこで既に創作活動はしているし、PVや楽曲のネット配信はしているけれど、レコード会社に所属し、曲を流通させているわけではない。

 それがこの文化祭をきっかけにレコード会社と契約し、楽曲を流通させる。

 つまり、いわゆる『メジャーデビュー』をする、ってことになるわけだ。

「うん。だから今回も頑張らないとねー」

 困ったような顔で、は笑う。

「映像を見たレコード会社の人が『何だこれ!』って思うような、ステージをやらないと……」

「……なんか今って、メジャーデビューが必須ではないってよく聞くけどさ」

 音楽に詳しいわけではないけれど、ふと気になって俺は尋ねる。

「ネットで配信できるようになって、大手レコード会社にいる必要がなくなりつつある、みたいな。も今のまま、インテグレート・マグだけで活動してくことはできないのか?」

 ──レコード会社が気に入る演奏をする。

 きっとそれは、相当大変なことなんだろう。

 デビューさせる以上会社はかなりの金額をそのミュージシャンに投入するんだろうし、安易な契約なんてできないはず。特に、不況だと言われる昨今は。

 となると、よっぽど目を引く演奏をできなければ、メジャーデビューにつなげることなんてできないわけで……しかもは文化祭副実行委員長としても働かなきゃいけないわけで。

 ……大分きつくね?

 そんなに色々むのは、さすがにしんどくね?

 だったら、デビューを目指すのは一旦パス。まずは文化祭を盛り上げるのを考える、ってわけにはいかないかと思ったのだけど……、

「……確かに、メジャーデビューなしでもくいくミュージシャンは沢山いるね」

 ふいに真面目な顔になり、は言う。

「ネットで有名になって、自分たちで音源を売ってる人もいる。商業的なことを言えば、そっちの方が関わる人が少なくなるから、仕事として回していきやすい可能性さえあるよ」

「だろ? だったら、もそっちを目指すのもありなんじゃないか?」

「うーん、そう思ったことも、あるんだけどねえ」

 は苦笑いして、小さく唇をみ。

「実際に、ループの中でそれを目指したこともあったんだけど……」

「……どうなったんだよ?」

「minaseさんが、パンクしちゃってさあ……」

 minaseさん。

 インテグレート・マグの発起人にして、の創作のパートナー。

 ミュージシャンとしてのnitoの活動の全てを後方からバックアップする、頼りになるプロデューサー兼ディレクター兼マネージャーのような人だ。

「やっぱり一人の交渉力と運営力には限界があるんだよ。なのに、わたしの活動規模をどんどん大きくしようとして、無理しちゃって……。ああ見えて、あの人メンタル弱いの。結構派手にダウンしちゃって……」

 そのときのことを思い出すように、は目を伏せる。

「だから……やっぱりわたし、メジャーデビューしないと。minaseさんの負担を小さくするようにしないといけないんだあ……」

「……そっか」

 なるほど……それなら納得がいった。

 大切な仲間を守るため。恩人であるminaseさんのために、は頑張ろうとしている。ちょっと無理をしてでも、い演奏をしなければと気負っている。

 らしい考えだなと思う。そんな彼女のことを、改めて好きだと思う。

 なら──俺がすべきことは簡単だ。

「──やれることがあったら、何でもやるからな」

 の目をまっすぐ見て、俺は言う。

「俺に手伝えることがあるなら何でもする。だから……遠慮なく言えよ」

 そのために、高校生活をやり直しているんだ。

 の隣にいるため、彼女を失踪という未来から救うため、今俺はここにいる。

 なら、できること全てやりたいと思う。

 俺自身の願いのため、には俺を頼ってもらいたい。

「……そっか」

 顔を上げ、は俺を見る。

 そして、こわばっていた頰を緩めると、

「ありがと、うれしい」

 こぼれそうな笑みを浮かべて、そう言った。

「まあでも……今回演奏は、それほど大変でもないんだけどね。何度もループしてわかったけど、気に入られるハードルはそこまで高くないの。むしろ、一学期の配信ライブの方が難しいくらいで……」

「へえ、そうなんだ」

 意外なセリフに、俺はきょとんとしてしまう。

「じゃあ、何を頑張らなきゃいけないんだ?」

「んー……」

 と、はもう一度表情を曇らせ。

 迷うような顔で、しばし言葉を探してから──、


「……誰かを不幸にする、覚悟?」


 思わぬ言葉に、返答が一瞬遅れた。

 不幸にする、覚悟。

 それは……どういうことだろう?

 の未来が開けるのに、minaseさんだって助けられるのに……何か、他にも起きるのか?

 けれど、そんな疑問を口にする前に、

「──あ、ねえ、本当に何でもやってくれる?」

 はガラッとこわいろを切り替え、そう尋ねてくる。

「わたしがステージを成功するためなら、何でも手伝ってくれるの?」

「……お、おう」

 話題の転換に戸惑いながら、俺はうなずいた。

「も、もちろんやるよ! 任せろ! これでも高校生活は二度目! まあまあ経験豊富だからな!」

「そっかそっか……」

 うなずくと、はにまーと笑ってみせ、

「じゃあ……ちゅーとかどうです?」

「……は?」

めぐり、わたしにちゅーしてよ……」

 ──ドギン! と。

 心臓が一拍、痛いほどに高鳴った。

 ……ち、ちゅー!? え、それはその、そういうことですよね?

 カップルがする、そういうことですよね……?

「な、なんでそんな……」

 話の展開が読めずに、しどろもどろでそう尋ねた。

「どうしてこの流れで、そんなことになるんだよ……」

「えー、だって……」

 は一層にんまり笑い、俺をのぞむ。

 そして、グッとこっちに身を寄せると、

「そういうごほうがあれば、わたしも頑張れるし。それに、今まで一度もめぐりからしてくれたことなくない?」

「……それは、確かに」

「だから、一回くらいはしてほしいし。ね、いいでしょ?」

 俺からしたことがない、っていうのはおっしゃる通りだった。

 付き合って以降、彼氏彼女ではあるわけでキスすることは何度かあった。

 最初は付き合ってすぐの屋上で。それ以降も、そういう雰囲気になったときに何回か。

 それでも確かに、しようと言い出すのはいつもからで、俺はどうにも受け身になってしまっていた。

「そっか、うん、なるほど……」

 そこは確かに、としては不満だったのかも。

 俺としても、ここは一発彼氏として希望に応えたい。

「じゃあ、その……」

 戸惑いながら、俺は覚悟を決める。

「わかった、するよ。ステージがくいったらするから、頑張って……」

「……いやいやいや、そうじゃないから!」

 けれど──は俺の決意の発言を、驚いた様子で打ち消した。

「ステージがくいったらとかじゃなくて、今だから! これから頑張るために、今ちゅーしてって話!」

「い、今!?

「そうだよ! そんな先のこと待ってらんないよ!」

「で、でもここ、中庭だぞ! 普通に他の生徒、来るかもしれねえぞ!」

「今はいないじゃん! だからちゅーチャンスだよ! 今しかない!」

 そう言って、勢いよく迫ってくる

 彼女は俺の手を握りまっすぐ俺を見て、

「ほら……迷ってる暇はないよ!」

 俺を見ている、れた水晶のような瞳。

 彫像のような鼻筋と、その下の柔らかそうで薄い唇……。

 ドキリと心臓が跳ねたのを自覚しながら、俺は考える。

 ……こうなったら、するしかないか。

 ここで断るのはさすがにあり得ない。には本当に頑張ってほしい。

 だから、俺からキスするしか……。

「ふう……」

 ……しよう。うん、しよう。

 はこれから、文化祭のために全力で戦うんだ。

 そんな彼女のために、これくらいのことでためらっていちゃいけない……。

 覚悟を決め、深く息を吐き出した。

 そして、グッと腕に力をこめると、俺はに少しずつ顔を近づけ──、


「──おいさかもとー!」


 ──バッ! と離れた。

 中庭の片隅で上がった俺を呼ぶ声。

 その聴き慣れた雑さに──慌ててから顔を離した。

 はじかれるように見れば、

「あのさー、へきてんさいの出し物さー」

「あれ、なんとかしてうちのクラス、コスプレ喫茶にできねーかと思ってんだけど」

「投票、協力してくれね?」

 友人たちだった。

 西にしがみたかしまおきの三人組。

 クラスでもつるむことの多い、俺にとってのいつメンだった。

 彼らは気楽な顔でこっちにやってきつつ、俺の隣にがいるのに気付くと、

「……お、おい! さんといたのかよ!」

「先に言えよお前ー!」

 なんだか妙にビビった様子で後ろに飛びすさった。

「さ、先に言えもなにも、お前らがいきなり来たんだろ!」

「で、でも心の準備がいるだろうが! さんがいるなら!」

「そうだよ! お二人の邪魔するわけにもいかねえし……」

「えー、そんな気にしなくていいよ!」

 ぱっ、と優等生モードに切り替わり。

 いつのまにか靴を履いたは、朗らかな笑みで三人に言った。

「クラスメイトなんだもーん、わたしにも気楽に話しかけて! あれだったら、一緒にお昼食べてもいいし!」

「え、マジ……!?

「優しすぎだろさん……!」

 明らかに恐縮しまくっている西にしがみたち。

 けれど──その気持ちは、痛いほど理解できた。

 一度目の高校生活。ちょうどこれくらいの頃、俺はに対して距離を作ってしまったわけで。そばにいるのがつらくって、彼女から逃げ出してしまったわけで。

 本来の俺は、西にしがみの側なんだ。

 のような人間のそばにいることのない、地味で取り立てることもない人間。

 だから……、

「……いや、お前ら来なくていいから。と俺の二人で食べるから」

「なんでだよ! いいだろさんが言ってるんだから!」

「ちょっと付き合い始めたからって彼氏面しやがって!」

「彼氏面じゃねえよ! 実際彼氏なんだよ!」

 西にしがみと言い合いながら……俺は思う。

 二度目の高校生活は、本当に不思議なことになっている。

 という、別世界の女の子のそばにいる現実。

 人にせんはないかもしれないし、天は人の上に人を造らないのかもしれない。

 それでも現実に、人のタイプというものはある。

 俺とも、天文同好会の残りの二人も、本来は俺と一緒にいるようなタイプじゃないんだろう。

 そんな彼らの、そばにいられる不思議。

 ほんの少し手を伸ばしただけで、一度目と違って俺は彼らと一緒にいることができる。

「でも本当に、今度一緒にご飯食べようね!」

「えーいいんすかマジで!」

「うん、みんないる方が楽しいし!」

 にこやかに西にしがみたちと話している

 けれど、やっぱりキスできないのが不満だったのか。彼らに見えない位置で、俺の手の甲をつねっている彼女──。

 まばゆのこんな一面を知ることができているのを、俺は心からうれしく思う。



 そして──もう一人の『別タイプ』。

 俺にとって別世界の人間である、ろくようはる先輩は──、

「あーもーどうすっかなー!」

 五十嵐いがらしさんが用事で先に帰った、天文同好会の部室にて。

 パソコンでゴリゴリへきてんさいの準備を進めつつ、クソデカボイスでそう独りごちていた。

「んーこれじゃあ足りねえか。くそーなら別の策を……」

 あー、やっぱりこの人でも大変なのかね、実行委員長ともなると。

 人望はあるし頭の回転は速いし、ろくよう先輩には仕事ができそうなイメージがあった。

 ちょいワル硬派タイプだから度胸もあるし、ここ一番での勝負も強そう。

 それでもやっぱり、祭り全体を取り仕切るとなるとしんどいのか。

 お疲れさまっす。無理しないでくだせえね、親分……(ぶんづら)。

 ただ、若干せないところもあって、

「……あの、先輩」

 ぼんやり眺めていたスマホから顔を上げ、俺は思わず声を上げる。

「文化祭の準備だったら、実行委員でやった方がいいんじゃないすか? 部屋割り振られてるでしょ?」

「あー、まあそうなんだけど」

 パソコンから顔を上げ、ろくよう先輩はふーと息をつく。

「やっぱあっちだと、あんまり愚痴とか言えねえんだよなあ。みんなの士気落としたくねえし。前向きでポジティブな俺を見せたいっていうか」

「なるほど、そういうの気にするんすね」

「そりゃそうだろ。なんなら一番大事だろ、そういうのが。だから、煮詰まったりぶつぶつ言いたくなったらこっちで仕事しようと思って」

 はー、一番大事……。

 なるほど、こういうタイプの人って、他人のモチベーションとかそんなに気にするんだな。

 単純に「ネガティブなとこ見せたくない」っていう美学なのかもしれないけど、もっと俺様なイメージだったかも。

「でもわりい、めぐりもあんま、気分良くなかったか?」

「ああいや! それは大丈夫っす!」

 言って、俺はブンブン首を振ってみせた。

「ただなんかちょっと、意外だったというか。ろくよう先輩も、愚痴ったりしたくなることがあるんだなって」

「……あー、まあな」

 考えるような間を空けて──先輩は、疲れたように笑う。

 そんな表情、初めて見る気がした。

 硬派でハイカーストなこの人の、内側が見えた気がする笑顔。

 そして先輩は、

「……ちょっと、話してもいいか?」

 珍しく、うかがうような目で俺を見る。

めぐり、今時間ある?」

 ──そんな風に、尋ねられて。

 この陽キャof陽キャのろくよう先輩に「相談したい」的な雰囲気でそう言われて。

「……も、もちろん」

 謎のうれしさを覚えつつ──俺はこくこくうなずきまくった。

「全然聞くんで、話してくださいよ。遠慮なく」

 なんだ……何だこのうれしさ。

 ハイカースト男子に必要とされて、卑屈な気もするけどめちゃくちゃうれしい。

 ……これあれだな。

 昼休み、クラスの女子が勝手に俺の席を使ってるのを見たときのほっとする感に近いな。

 ごく自然に承認されたというか、少なくとも避けられはしなかったというか。

 どれだけ自己肯定感低いんだよ。

「前に話したろ? 俺、起業したいんだって」

「ああ、そうすね。言ってましたね」

「仲間と会社を立ち上げたい。一緒に会社をデカくしていきたいって、俺思ってんだ。おやも自分で会社作った人でさ。それに憧れて、俺も同じようにやりたいって」

 その話は、先輩が天文同好会に入るときに聞いていた。

 会社を作りたいから、今のうちに色んなタイプのやつと関わっておきたい。

 だから、クラスの友人とは違う雰囲気のやつらがいる天文同好会に入りたいんだと。

 確かに、ろくよう先輩が経営者になるっていうのは、納得感があった。

 新進気鋭の実業家とか見ると、こんな感じだよな。

 学生の頃から人気がありそうというか、ハイカーストな雰囲気の人が多いと思う。

 けれど、

「……おやが認めてくれねえ」

 苦いものでも吐き出すように、ろくよう先輩は言う。

「今の時代、新しい事業を始めるなんて無茶だ。まずは自分の会社に入って働けって」

「マジですか」

 ──親の反対。

 そのフレーズとろくよう先輩のイメージがわなくて、また不思議な感覚を覚える。

 でもそうだよな。この人にも当たり前に親がいて、進路に関して相談したり、意見をもらったりすることもあるんだ……。

 確か先輩の父親は、どこかの企業の社長をしていたはず。

 イメージとしては、ろくよう先輩の夢にも理解がありそうだけど……自分の会社で働け、か。

 それはそれで、裕福な家庭にありがちな話なのかもしれない。

「ただ……俺も納得いかなくて食い下がったんだ。そしたら、条件を出されて。それをクリアできたら、起業を目指すのを認める、なんなら協力をしてやるって」

 ──そこまで話したところで、チャイムが鳴る。

 時計を見れば、時刻は十九時。完全下校時間だ。

「……続きは、歩きながら話しましょうか」

「おう、だな」

 うなずき合って、俺たちは荷物をまとめると。

 部室の戸締まりをして階段へ向かった──。



「──おや、この高校のOBでさ」

 階段をテンポ良く降りながら、ろくよう先輩は低く心地いい声で言う。

 校内は既にあかりが落とされ始めていて、薄暗い。

 窓からは日の沈むおぎくぼの空が見えた。

 にじむようなぐんじようと、ときおりまたたいている小さな星──。

「しかも、俺と同じで二年のときには、へきてんさいの実行委員長やったらしくて」

「へー、マジですか!」

 廊下に出て職員室へ向かいつつ、俺は驚きの声を上げる。

「じゃあ、親子二代で実行委員長なんですね! そういうこと、あるんだな……」

「ただ、出された条件も、へきてんさい関係でよ」

 挨拶して職員室に入り、キーボックスに部室の鍵を返す。

 まだまだ多くの先生がデスクで仕事をしていて、礼をしてから俺たちは部屋を出た。

「今年のへきてんさい、俺が有志ステージを、がメインステージを担当するって発表しただろ? 例年と違って、実行委員長も副実行委員長も、直接運営を指揮するって」

「ああ、そうでしたね」

 ──有志ステージとメインステージ。

 その名の通り、有志が出演する小規模のステージと、文化祭の中心となる学校主導のメインのステージだ。

 例年、メインステージは第一体育館。有志ステージは特別教室を使用し、どちらもそれぞれの雰囲気の中で盛り上がる。

 とはいえ規模感には大きく差があって、体感的に客数は、メインステージ三に対して有志ステージ一くらいだろうか。

 そして、

「──有志ステージで、メインステージに勝てってよ」

 もう一度階段を下りながら、あきれたような声でろくよう先輩は言う。

「シンプルに客数で、メインステージに勝てって」

「……マジ、ですか」

「それができれば、起業は認めてくれるらしい」

 はっきりと──ハードルの高さを感じた。

 言ってみれば、サブのステージでメインに勝つ。

 例年の、三倍以上の客を集めるステージにしなければいけない、ということになる。

 それは……どう考えても難しい。

 いくらろくよう先輩であっても、その条件はかなりの無茶振りに思えた。

 さらに──俺は思い出す。

「……え、ていうか」

 一階に着き廊下を歩きながら、俺は声を上げた。

「メインステージ……最後に、が出るんですよね?」

 既に生徒はほとんど下校済みらしい。

 誰もいない廊下に、俺の声が反響する。

「あいつが……nitoとして、演奏を披露するんですよね?」

 しかも……ただ演奏するわけじゃない。

 メジャーデビューがかかっている、ループの未来をかけた演奏だ。

 は本気で来るだろうし、俺もくいくことを願っている。

 けれど……そのステージに、勝たなければいけない。


 ろくよう先輩は──に勝たなければならない。


 ……本当に、できるんだろうか。

 足下に視線を落とし、自然と疑問に思ってしまう。

 例年でさえ、有志ステージでメインステージに勝つのは現実味のない目標だ。

 俺だったらはなからあきらめてしまう気がしたし、このろくよう先輩が主導するんだとしても、現実的にクリアできるとは思えない。

 なのに──nito。

 その上に今年は、彼女が目の前に立ち塞がる。

 圧倒的な才能を持つミュージシャン。

 国内の音楽シーンをせつけんしていく。数年後には紅白出場、海外進出も果たす本物の天才。

 現段階でさえ──ネットで活動するミュージシャンとして、破格の注目を集めるnito。

 彼女と戦って、勝つ必要がある。

 しかも、ステージ動員数という、彼女に有利なフィールドで。

 本当に……そんなことが可能なのか?

「まあ……でもやるしかねえよな!」

 意外にも、ろくよう先輩は明るい声だった。

「確かにピンチなのは間違いねえよ。nitoは天才だ、百人いれば九十九人はあきらめる状況だよな」

「……ですね、だと思います」

「でもな──俺は、残りの一人なんだよ」

 そう言って、ろくよう先輩は不敵に笑う。

「俺は間違いなく凡人だ。やれば何でもできるタイプ、とか言われることもあるけど、やらなきゃできねえ時点で『普通』だ。だとしても……全力で戦えばなんとかなるはず。あきらめずに策を考え続ければ、突破する方法が見つかるはず」

 昇降口に着き、それぞれの箱で靴に履き替える。

 そして、校舎を出て正門へ向かいながら、

「──やってやるよ」

 挑むように、ろくよう先輩は言った。


「凡人が──天才に勝つところを見せてやる!」



「──生まれの違いを言い訳にするやつ、だせえと思ってた」

 ろくよう先輩が──俺に言う。

 学校近くのカフェ。店の奥まった場所にある席。

 目の前に座るろくよう先輩は、苦い顔で煙草たばこを吹かしながら低い声で言う。

「親ガチャだの顔ガチャだの家ガチャだの、言い訳だろって」

 反射的に、口にくわえたそれをとがめそうになる。

 けれど……考えてみれば、ろくよう先輩は既に二十歳過ぎ。

 法律的に、喫煙を禁じられる年齢ではないのだった。

 ──未来の世界。

 文化祭から、二年半後の『現在』。

 あの頃から少しとしを重ね、大学生になったろくよう先輩は──ずいぶんとくたびれて見えた。

 短めの髪はセットされることもなく乱れ、シャツにはしわが寄っている。

 高校の頃のような覇気やオーラは影を潜め、声の張りまで失われたように感じられた。

 そして彼は──、

「……勘違いだったな」

 ──煙を吐き出し、俺にそう言う。

「確かに、生まれの違いはある。どんなに努力しても、勝てない才能の差はある」

 彼は視線を落とし、つぶやくようにその名を呼ぶ。

「……は、住んでる世界が違ったな」

 ひどく小さな声だった。

 あのろくよう先輩とは思えない、かすれて聞き取りづらい声だった。

「次元が違った。勝てねえよ、あんなやつに……」

 ──敗北していた。

 ろくよう先輩はあのあと、全力で有志ステージを創り上げていったそうだ。

 出演者を自ら集め大きな会場を使うべく交渉し、宣伝にも力を入れた。

 けれど──、

「にしても……四倍も差がつくとか」

 ──結果は、残酷なものだった。

「例年より差が開くとか……あはは、もう笑うしかねえよな」

 メインステージ四に対して、有志ステージは一。

 全体の入場者数は大きく伸びたものの、それ以上にがとてつもない結果を出した。

 彼女は会場に入りきらないほどの人を集め、過去最大の動員数を記録して圧勝。

 結果……ろくよう先輩は起業をあきらめ、こうしてどこか自暴自棄にも見える態度で、大学生活を送っているらしい。

「なる、ほど……」

 固い声で返しながら、俺はがくぜんとする。

 ──四倍。

 あのろくよう先輩が本気でぶつかったんだ。

 きっと、俺の想像のできないほどの努力もしたはず。

 クオリティだって、低くなかったはずだ。

 この人が率いたステージだ。実際に見たわけではないけれど、悪いものじゃなかったはず。

 なのに──四倍。

 例年の『三倍』にすら届くことができず、ろくよう先輩は敗北した。

 彼の未来は、無情にも閉ざされてしまった……。

 そこで……ふいに思い出す。

 俺の視点で、初めてろくよう先輩と話したときのこと。

 あれは初めての時間移動の翌日で、ことと今後の相談をしていたときだった。

 声をかけられ、初めて会話を交わしたろくよう先輩。

 あのとき、彼はこんなことを言っていた──。


「──なんだろ。あいつとはライバル……いや、そんな風すらなれなかったな」


 きっと、あの時間軸の先輩も同じだったんだろう。

 文化祭でに挑み、敗北していた。

 あのときは、ただただまぶしいハイカースト男子にしか見えていなかったけれど……今思い出してみると、確かにどこか世をすねた気配があった気がする。

 ろくよう先輩は、どの時間軸でも──に信念を折られていた。

「……あれから」

 かすれる声で、ろくよう先輩は続ける。

も部活に全然来なくなって……お前とも、別れただろ?」

「……あ、ああ。そうですね」

 初めて聞く話に、俺はぎくしゃくと「知っている振り」をした。

「あのへきてんさいが、きっかけでしたね……」

「わりい。俺自身だけじゃなくて、めぐりの関係までめちゃくちゃにして……」

 ……そんなところまで、自分のせいにするのかよ。

 ろくよう先輩、つらかっただろうに、そんなことにまで責任を感じるのかよ……。

 それに、俺はふと思い出す。

 先日の昼休み。文化祭の話の最中、がこぼした言葉。


「……誰かを不幸にする、覚悟?」


 この件か、とに落ちた。

 は、自分が勝てばろくよう先輩が傷つくのを知っている。

 きっと、未来が閉ざされ絶望してしまうのさえ知っている。

 五十嵐いがらしさんとのケンカが、彼女をひどく追い詰めていたように。今回の件も、彼女が失踪してしまった原因の一つなのかもしれない。

「あいつ、今頃どうしてるんだろうな……」

 そう言うろくよう先輩に釣られて、俺は窓の外を見る。

「こんないきなり、失踪だなんて……あれだけのものを持ってて、なんでそんなことしたんだろうな……」

 その表情には、それでもまだ友人に対する気づかいが、心配の色がはっきりと残っていて。

 改めて、俺はこの人がたどり着くのが、こんな結末であってはいけないと強く思う。



「──あーもう、全然できない!」

 ピアノの前に座り、がぐしゃぐしゃと頭をかいた。

「んーなんか声出ない、調子は悪くないはずなのに……」

 ──戻ってきた、二年半前の世界。部員全員が集まった、放課後の部室にて。

 演奏の練習が難航しているらしい。はイライラした様子で、何度も鍵盤をたたき歌声を上げていた。

 ……こんな風に全員が集合するのは、三日振りくらいだろうか。

 ちょっとずつへきてんさいの準備がスタートし始めて、各自放課後も忙しくなり始めている。

 だからだろうか。こうして五十嵐いがらしさん、ろくよう先輩が一堂に会していることに感慨があって、俺はスマホをいじりながら深く息を吐いた。

「えー、わたし全然いいと思ったけど」

 の隣に立ち、ジュースを飲みながら気楽な声で言う。

「ピアノも歌も全然いし、このままでよくない?」

「いやー、うーん……」

 夏休みを明けた頃、の人気はまた一線を越えた感があった。

 初めて作られたアニメーションのPV。それがこれまでの最速で100万再生を突破し、音楽雑誌のインタビュー依頼も立て続けに舞い込んだ。

 先週行われた配信ライブでは、同時視聴者数は最大二万人に到達。

 もはやちょっとした音楽好きなら、確実に知っているであろう存在になった。

 けれど……彼女は変わらない。

 今もはこれまで通りの裸足はだしで。

 ペディキュアの爪先をふらふらと踊らせながら、ピアノの前で口をとがらせている。

「俺もいと思った」

 手元のパソコンで何か作業をしつつ、ろくよう先輩も声を上げた。

「普通にかっこいいし、そのままで最高だろ」

「んー、そうですかねー」

「まあでも、しろうと意見だけどな。すまねえ口挟んで」

 彼も──あくまでフラットな言い方だった。

 先輩にとって、は目の前に立ちはだかった大きな壁だ。

 自分の人生をはばむかもしれない。敵と言ってもいいような存在だ。

 けれど、そんな相手にもあくまで友好的に接する。

 なんなら……背中を押しさえする。そういう人なんだ、ろくよう先輩は。

「……うん、やっぱもうちょい頑張ろ」

 言って、は再びピアノに向かった。

「もう少しで、するっと通せる気がするから。もうちょい試してみる」

頑張れー」「気負いすぎずになー」

 そんな彼女に、二人が声援を送る。

 ──既に、決心はできていた。

 文化祭まで、自分がどうするかの決意はできていた。

 もう一度、部室内にいる面々を見渡す。

 鍵盤の上で手の平を踊らせると、プリントを前にペンを持ち、何かを考えている五十嵐いがらしさん。きっとあれは、へきてんさいのクラスの出し物を考えているんだろう。

 そして、パソコンで実行委員長の作業をしながら、ときおり副委員長であるに短く相談をするろくよう先輩。

 ──愛着を覚えていた。

 俺は、この場所を自分の場所だと思うようになっていたし、このメンバーを仲間だと感じるようになっていた。

 だから、全員の未来を守りたいと思う。

 だけじゃない、全員を幸せな未来に連れて行って、笑顔で卒業式を迎えることができればと思う。

 そのためには──俺が動かなきゃいけない。

 へきてんさいで起こる悲劇を、俺が回避しなきゃいけない。

「……よし、やるか」

 宇宙の豆知識系の動画チャンネル。昨日上がったばかりの『ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡』の動画を眺めながら、俺はつぶやく。

「まずはできることを……探してみるか!」

 きっと──俺にならできるはずだ。

 これまでも、少しずつ未来を変えていくことができた。

 の失踪という結末を、少しずつ変化させることができている。

 なら、今回も同じだ。

 どこかにあるはずの「俺たちの正解」を、見つけ出してやろうと決心する。