それを見て、賢木が不意に涙を零こぼす。端正な彼の頬ほおに一筋の涙が流れている。

 グリコはそれを大げさに笑ってやる。

「はは。馬ば鹿かか賢木。その歳としになって泣くとは情けない」

「何を。……あれ? どうして私は泣いているのだ? それに──グリコ」

 こちらを不思議そうに見て、賢木は低く問いかけてきた。

「どうして貴様も泣いている?」

「……む?」

 頬に手を当てる。そこに熱い液体がある。涙。これは──涙。どうして。思いながらも、自覚したらもう止まらずに──。

 グリコは泣きじゃくった。情けなく大きな痛つう哭こくをあげて。賢さか木きも静かだが涙が止まらないようで、やはり不思議そうな顔のまましきりに首を傾かしげている。

 日本の少し田舎のほうに、観かん音のん逆さか咲ざきという町がある。そこに宇う佐さ川がわ鈴りん音ねという女の子がいた。その女の子は特別に何か秀でていたわけではない。どこにでもいる、ただちょっと料理がうまいだけの普通の女の子だった。

 けれど彼女は完かん璧ぺきに固定されていた賢木の人生を変えて。

 千年間も闇やみに蝕むしばまれていた一人の化け物を救ってくれた。

 肉人形になっても、きっと鈴音は変わらずに、ただ賢木とグリコが喧けん嘩かするのが哀かなしいという顔で。彼らが涙を零こぼすのが嫌だという顔で。

 そっと二人を抱き寄せた。弱々しいその力は以前の鈴音よりも儚はかなく、けれど賢木もグリコも抵抗できずに彼女の華きや奢しやな身体に吸い寄せられる。

「だいじょうぶ」

 鈴音は、小さな声でつぶやいている。

「だいじょうぶ。だいじょうぶ」

 そう言う彼女も泣いていた。ただ三人は泣きつづけた。お互いの体温を感じながら、酷ひどく冷たい夜の下──。

 巨大財閥の跡取り息子として決められた人生を歩いている男がいた。

 どこにも居場所を見つけられず、海に身を投げた少女がいた。

 眼球を抉えぐり闇から闇へ、化け物として生きていた少女がいた。

 三人が出会ったのは──きっと、ただの偶然で、神様が砕け散ったこの世界に、すでに奇跡は存在しないのかもしれないけど。

 賢木は鈴音を守りつづけると誓った。

 グリコは鈴音を元に戻す方法を探しにいく。

 そしてきっと──鈴音は、そんな二人をこうして抱きしめてくれている。

 だから大丈夫。鈴音が言うとおり。何の根拠もないけれど、大丈夫なのだろうとグリコは思った。

 夜はもう終わりなので──早く悪夢を醒さまさなくてはならない。

 暗い暗い絶よ望るのあとには、幸せな希あ望さが待っているはずだから。