
そんな彼女の特徴は。
「くすくす」
と──さして面白くなくても、無理して笑うようなところ。
「くすくす」
不自然に笑いながら、雨は学校の友達と一緒に道を歩いている。五、六人の制服姿の集団──特に珍しいものではなく、とりたてて目立たないその集団の中でさらに存在感を消して、雨は友達の話すことをそれは
「
「
「でも
「あぁ眼球ね。
「あ、あるある。別に普通だよ? ちょっと変だったけど」
「そりゃ伝説の転校生ですから」
あはは、と大笑い。
「くすくす」
雨は笑って、適当に喋っている友達に違和感ないよう発言する。
「病院」
単語のみ。誰が発言したのかも周りの友達は理解しなかっただろう、それでも、会話が大好きな彼女たちはその単語に誘発されて会話を始めてくれる。
「そうそう。なんか病院も
「あー、入院患者全員が行方不明? 詳しく知らないけど」
「うちの母ちゃんも消えました」
「……あ、ごめんナギー」
「いいっす」
「でもそれって
「とてつもない誘拐犯ってあんた」
「頭悪そうで好きだわミクー」
「ありがとう、えーと、殴られたいのねー」
「ごめんなさい」
「
「怪しい噂」
ぽつりと、横道に逸れかけていた話題を修正する声。
一方的に馬鹿馬鹿と言われていた娘が我が意を得たりというように胸を張る。
「そうよ。失踪事件があってから病院ではね、超なんか怪しい噂が
「おまえさんはそういう噂をどこから聞いてくるんだい」
「情報早いよねミク。それはともかくさ、そんだけ? もっと詳しく知りたいんだけど」
「あれ? ナギーそういう怪談とか好きだった?」
「ていうか、消えた母ちゃんの手がかりが見つかるかもしれないし」
「……ごめんナギー」
「いいっす」
「ていうか押しちゃいけないボタン押しすぎだカエ」
「まーとにかくさ、怪しい噂ってもそんだけだよ。場所は病院の──建物の裏あたりだったかな? 病院は封鎖されてて入れなかったんだけど」
「行ったんかい」
「やっぱりミク馬鹿」
「だって気になるじゃん。とにかくさ、近ごろ何かやだよねー。
一人の少女が周囲を見回すも、すでにそこに
「帰ったんじゃない? 無雲さんの家ってどこか知らないけど」
「
「まぁ雨ちゃんだから。そこにいるだけで
「あたしらのマスコットキャラってか」
「マスコットは私! 私私わーたー」
「黙れ馬鹿ミク」

病院の裏。それだけ判明すれば後は
裏側の山を適当に登って、さらにそこに生えていた最も高い木の頂点に登る。そこからは先日の戦いの舞台になった病院が見える。外で作業をしているのは六人ほどか──幸いなことに建物の裏には誰もいない。残りは建物の内部だろう。
建物の裏には誰もが通れる細い道があって、きっと怪しい女の声を聞いた人間もそこを通っていたのだろう。
別に目撃されて困るわけでもないが、なるべくならば穏便にいきたい。
「飛ぶか」
つぶやき、雨は迷いなく木のてっぺんから飛び降りた。瞬間、制服の裏地を突き破り、翼竜のような翼が生えてくる。
「飛ぶのは久しぶりだったけど、うん、うまくいった」
独り言をして、周囲を目線で探る。賢木財閥の人間も警察も
あの事件から、
三人は宇佐川鈴音のアパートに、何やら荷物を運びこんでいた。
だとしたら──
通常のものとは違う、この世の外を知覚する化け物特有の視覚で確認すると。
まず血が見えた。大量の血だ。
それらは病院の壁に
その中央。うつ伏せになり、苦痛に声を漏らしている女がいる。
「殺菌消毒」
声に、女は激しくこちらを向いた。
肌も純白の髪も泥や血で汚れていて、呼吸が苦しいのかマスクすら外し、胸の中央で出血し──ただ脂汗を浮かべているその女性の名前は殺菌消毒。
見えるの? とでも問いたげにこちらを見る彼女に、雨はくすくすと笑った。
「心臓の、最も大きな
しばらくはここで身を隠し、身体の回復と受容器の順応を待とうという腹だったのだろう。しかし──。
それも今日で終わりだ。雨に見つかってしまった。
くすくす、と雨は笑う。
「
殺菌消毒は振り絞るような声で言う。
雨は笑い、自分の顔に手を持っていく。
「わからないかな? 衰えたね殺菌消毒──ノアの一件で力を使い果たしたって聞いてたけど、
手を上から下に動かした雨の顔には、目も鼻も口も
「くすくす。そう──俺さ、俺は──誰でもない俺だよ」
「
目を血走らせて立ちあがり、ふらつきながら雨を
それでも、彼女には、
「俺は、君の《
両手を広げ、雨は心から幸せそうに語る。
「それから、俺はこの世界を支配する。こうして生まれたんだからね──、
「
残念だな──と笑い、
巨大な
「君も残念だろう? ここで死ねば、君は──
「神を気取るな──この不細工が!」
その単語。
昔──、自分を
「────」
あっさりと。

荷物はない。
目的地もない。
ただ──ここにはいられないと思った。
それは、殺菌消毒と戦う前、
もういい。
もういいのだ──とグリコは思う。
「鈴音の身体は賢木が守ってくれる。グリコは──ここに必要ない」
夜にも混ざらぬ独特のオオカミヘアをなびかせて、隻腕の少女は黒衣をまとってアパートを振り返る。ほぼふた月、このアパートで暮らした。鈴音とともに。その生活には笑顔があり幸福があり、千年前に忘れてきたはずの
だから鈴音。
彼女には恩を返さなくてはならない。
たとえこの身が砕けようとも。
未練を振りきって、グリコは
それは鈴音と賢木も同じ。鈴音が欠けてしまった今、もしもここに残ったとして、グリコはまともに動くこともできなくなりそうだった。
それならば独りのほうがいい。
「──化け物に戻るのか」
正面。
「ならば──私は、同族の安全のために、化け物が野に放たれる前に殺さなければならない」
声には殺気。きっと、この
後ろに立つのは
「撃ちたいなら撃て。殺したいなら殺すがいい。賢木、それはむしろ、グリコの望んでいることだ」
「たくさん殺してきたよ。たくさん奪ってきたよ。グリコの身体一つでは──ちっぽけな命一つでは、償えないほど大量に。その負荷から解き放ってくれるというのか? おまえはそれほど優しい男だったのか?」
問いかけに答えはない。
語る言葉もすでにない。
だからグリコは
「気配を消すのがうまくなったな。最初に会ったときとは見違えた。努力していたんだろう? おまえは、いつもきっとそうだったんだろう。天才なんかじゃなくて、選ばれし遺伝子もなくて、ただ死ぬほど努力をくりかえし、今の力を得ているんだろう。おまえは──きっと、もっと強くなる。グリコよりもずっとずっと」
「私は──」
初めて、言葉に返答があった。
悲痛な声。いつも超然としていた彼には珍しい、弱々しい声。
「──弱い」
「うん。おまえは弱い。きっと強くなるけど、まだ弱い。グリコも弱い。だから
グリコは自然に振り返る。銃口は動かず、グリコの額にぴったりと押し当てられる。夜空では星が舞い、正面の賢木は
グリコはただ
「だから賢木、強くなれ。鈴音のことを守ってくれ」
服の懐に手を伸ばし、グリコは
「火乃と樹夫は──」
それを見つめながら、ただグリコは
「──確かに、殺菌消毒の肉人形だったかもしれないけど。本当の人格なんか
雲に隠されていた月光が現れ、
「グリコは、それを探しにいく」
スプーンを握りしめ、グリコは賢木の顔を見つめて言った。
「賢木──病院で、グリコに言ってくれたよな? 全てを
そして鈴音を元に戻して。
「それから──また三人で学校へいこう」
それがグリコの決断だった。最初は、ただ逃げたかっただけだった。苦しいだけのこの人間の世界から。けれど──今は違う。殺菌消毒との戦いで、賢木が自分を抱きしめてくれた。あのとき──思ったのだ。離れたくないと思ったのだ。
だから、グリコはあの幸せな日々を取り返すために旅に出る。完全に化け物へ戻るわけではない。ただ一人、鈴音が元に戻れる方法を探しにいくだけだ。
それはきっと、ここで鈴音を守りながら暮らしていてはできないこと。外の世界──あるいはもっと深い
鈴音と出会う以前、そこがグリコの世界だった。
元に戻るだけだ。ふた月前に。そしてまた、きっといつか、鈴音と賢木に出会うのだ。
きい、と扉が開いた。
そこに鈴音が立っている。肉人形になってしまった鈴音。意志を
途端、彼女は慌てたように、本当に──以前の鈴音そのままに、血相を変えて走ってくると、賢木の正面、グリコの身体を守るように銃口の前に立った。銃を手でどかし、自分の額に向けさせて。
「けんか」
あどけない、幼児のような声。
「だめー」
その様子に。なんだか
同時に気が抜けて、賢木もグリコも表情を和らげた。
「……すまない。あぁ閣下、安心してくれ。
「そうだ。この男が勝手にグリコへ銃口を向けてきただけだ。これは
「だめー、せんせ」
真に受けて、
「なかよくしなきゃ、だめ」
──ちょっと怒ったような顔のあと、困った感じに