グリコの呼びかけと同時に、賢さか木きが弾丸を撃ち尽くす。

 迫る音速の弾丸は──慌てて霧化を試みる殺菌消毒の──。

「──」

 魂が宿る心臓を、爆風の壁ごと撃ち抜いていた。

 まだ温ぬるい。風を解放し──地面に落下する殺菌消毒に駆け寄って。

「死ね──殺菌消毒」

 グリコは撃ち抜かれた彼女の胸元に手を突っこみ、容赦なくその心臓を抉えぐりとった。血飛沫しぶきが舞い、最後に──殺菌消毒は断末魔の悲鳴をあげ。

「──あら?」

 震える血まみれの両手を、信じられないという顔で眼前に持っていき。

「あら──嘘うそ」

 呻うめくので、グリコは低く囁ささやいた。

「……最期の言葉がそれか。もう二度と喋しやべれないんだ──もっとよく考えるがいい」

「──そうね」

 静かな、何かを嘲あざ笑わらうような声。

「私じゃ──完かん璧ぺきに、届かなかったか。そうね──私は──ずっと、あの白い部屋で、何かを無くそうと、ただ完璧な虚無だけを求めて」

 実際、彼女は最期に笑っていた。

「あぁ──そうか、死ねば、全すべて消えるじゃない。完璧に。ふふ」

 その言葉を最後に、宇う佐さ川がわ鈴りん音ねを殺し、偽原夫妻を操って、一つの病院を死の世界に変えた化け物──原始の昔、人類を滅ぼしかけた殺菌消毒という女は。

 酷ひどく呆あつ気けなく、事切れた。

「…………勝った」

 現実感のないその言葉を、眼がん球きゆう抉えぐり子こは呆ぼう然ぜんとつぶやいた。

 安あん堵どすると同時に真紅の翼がしゅしゅると背中に潜り、変わり果てていた体たい躯くも元通りになっていく。変わらないのは吹き飛んだ右腕と、全身を真っ赤に染める返り血だけ。

 もちろん彼女を殺しても、世界は何も変わらずに、ただ残酷に普通の夜で──グリコは、儚はかなくて、同じく放心した賢木を抱いて涙を流しつづけた。

 悪は倒れたが、それでいったい誰だれが救われたというのだろう。

 夜が更けていく。朝はまだ遠い。