笑って、憂ゆう鬱うつ刑事はこちらを見る。

 長い前髪に隠されていたその瞳ひとみは静かで、射るようで、どこか恐ろしい。

「さ。それじゃ、人類らしく話しあいの時間です。僕もね──ただの酔狂でこんなことをしているわけじゃない。十人殺した手て長なが鬼おにを隠していることが知られたら免職、どころか実刑判決をくらってもおかしくないですしね?」

 そうだ。手長鬼も表情を引きしめる。裸でいるのを恥ずかしがっている場合ではない。この男がなんの目的で自分に接触してきたのか。それを把握しないことには居心地悪くて落ちつかない。

 そうだ。

 手長鬼は嘆なげ木きを見る。嘆木は小さく頷うなずいて。

「この世には──憂鬱なことが多すぎる」

 何度目かも知れない、口癖なのだろうか意味深なことを言った。

「しかし──懐かしいというか、傷がほじくられるというか、梅うめちゃん、僕の恋人もね──身体的に不自由な女性でした」

 嘆木はこちらを見る。裸を見られるのが嫌で、濁ったお湯に首までつかった手長鬼の両肩。そこは、凸でこ凹ぼこな切断面をそのままに、林りん檎ごの力で無理やり再生した皮膚で覆われている。林檎を手にいれると、普通は切られた両腕も再生するという。しかし手長鬼の林檎は何な故ぜだか両腕を元に戻すことを嫌った。

 その代わりに得たものが──誰だれよりも強い見えない両腕。

 自分はその腕があったから、まだ人並みに生活することができたけど、その能力ちからがなくなった今になってわかる。身体の一部が欠落しているというのは、とんでもなく不自由なのだ。手先の器用さを数値化してみるとする。器用な人間はその数値が100で、どれだけ不器用な人間でもたぶん50くらい。それが、手先が欠落していればどうしようもなく0なのだ。その不利な条件ハンディキャップを克服するのは難しい。

 見ると、嘆木は哀かなしそうな顔をしていた。

「一ヶ月前。隣町で巨大な怪物が暴れたことを知っていますか?」

 巨大な怪物。

 それはきっと、藉ぜき口ぐちが言っていた『夢む界かい獣じゆう』という化け物だろう。それに興味をもって事件を調べていくうちに宇う佐さ川がわ鈴りん音ねの名前に行きついて、林檎を大量に蒐しゆう集しゆうすることが目的だという藉口に彼女の林檎を奪えと命じられ。

 …………。

 失敗して。


「僕の恋人は、その怪物に踏み潰つぶされて殺されました」


「………?」

 一瞬、意味がわからなくて嘆なげ木きを見る。

「……………え?」

「逃げ遅れたんです」

 嘆木は遠い、虚うつろな目で、湯気が絡まりながら昇っていく天井を見つめている。

「誰だれもそんなこと予想できませんよね? 僕もできませんでした。けれど僕の恋人はあの巨大な化け物に踏み潰つぶされて──最後に残ったのは、気づいて駆けつけた僕が見たのは、真っ赤に潰れた彼女の上半身と、不自由だった彼女の足と、転がっていた車椅い子すだけ」

 ぽつりと、嘆木は小さくつぶやいた。

「悔しいですよね?」

 手て長なが鬼おには反応できない。夢界獣と同じようなことを、自分もこれまで何度もくりかえしてきたのだ。彼と同じように、理不尽に大切なひとを奪われた誰かが、彼と同じように心に欠落を抱え、きっと手長鬼化け物を恨んでいる。

 沈痛な顔をしていると、嘆木は僅わずかに微ほほ笑えんだ。

「だから──僕は、僕と同じように誰かが何かを失わないよう、理不尽な憂ゆう鬱うつを──化け物を滅ぼしていく。それだけです。僕は弱い人間ですけどね、追いつめられれば鼠ねずみだって猫を殺す。弱い人間の力を、化け物たちに見せてやります──」

 怖い、怖い顔で、憂鬱刑事はこちらを見つめた。

「単刀直入。あなたたちは──何なんです?」

 ──そんなの、自分だって知りたい。

 手長鬼は目を伏せて、低い声でつぶやいた。

「深入りすると、死ぬよ? クルキヨ──」

「クク、わかっています。けれど──もう止まらないんですねぇ。恋人のこともありますし、先日、僕の部下が君に殺されました。彼も大切なひとを化け物に殺されたと言っていた──彼のぶんまで、僕は化け物たちと戦わなくちゃなりません」

「部下?」

 なんのことだ。

「それって──警察のひと?」

「えぇ。直接の部下ではありませんが、階級的にはそうなります。知人でね──夜、手あ長な鬼たを探すのに協力してくれたんです。けれど彼は、両手首だけを残して完全に消滅してしまった──あなたの仕業だと考えられているんですが、違うんですか?」

 消滅。

 なんだそれは。そんな能力、手長鬼にはない。それに警察の人間なんかとは戦った記憶がない。だとすれば──考えられるのは、手長鬼以外の化け物に殺されてしまったとか。

 思い当たる顔があった。

「クルキヨ」

 手長鬼は小さく、警告するような声で言う。

「それは手て長なが鬼おにじゃない。もっと違うやつがやったんだ。多分──手長鬼の能力ちからを消した、あの不気味な女のひと……」

 名前はなんといったか。覚えていないが──天使のような悪魔のような、あの恐ろしさは記憶している。

「……あれは、違う。人間じゃないけど──化け物とも違う。もっと外れていて、もっと違うところにいる。棲すんでいる世界が違うんだ……」

 心配したわけではない。

 ただ──思ったままを口にした。

「だから、クルキヨ。あれに近づいちゃ駄目。あれは、普通の生き物じゃない。もっと外にいるもの。もっと上にいるもの。化け物だろうが、人間だろうが、あれが望めばすぐ殺される。ただ悪いものを機械的に処理するみたいに──殺菌消毒するみたいに、殺されちゃうんだ……」