FROM ★ うさりん

 TO ★ 先生

 題名 ★ みことのり

 内容 ★ はろー、うさりんでーす、とでも言うと思ったかこの変態教師。死ぬがいい。どこをほっつき歩いている。おまえの性格なら学校を休んだ鈴音の見舞いにくるだろうと呼ばずに待てばもう昼。おまえがそんなに薄情なやつだとは思わなかった。愛している愛していると繰りかえしても所詮は口だけか。もういい。鈴音はグリコが慰める。おまえはどこかで野垂れ死ね。


 FROM ★ 先生だ

 TO ★ うさりん閣下

 題名 ★ Re:みことのり

 内容 ★ あー、そこで閣下の携帯を勝手に使って好き放題に述べている者。あらゆる意味でくたばるがいい。……心臓が冷えるから貴様は閣下の携帯を使うな。アドレスを登録してるので『うさりん』って名前で表示されるのだ。閣下がものすごい勢いでやさぐれたのかと思ったじゃないか。ていうか、いつのまに携帯電話なんか使えるようになった貴様。


 FROM ★ うさりん

 TO ★ 先生

 題名 ★ 眼球抉子より

 内容 ★ うるさいな。ほら名前を書いてやったぞ満足か死ね。くどいようだかどこにいる賢木。友達が死んだせいか鈴音が元気ないんだ。こういうときにそばにいないでどうする。そしてなめるなよ、グリコはこれでもおまえの五十倍は生きている。人生経験が違うんだ。携帯電話の使用法などすぐに覚えられる。敬え。


 FROM ★ 先生だ

 TO ★ うさりん閣下

 題名 ★ Re:眼球抉子より

 内容 ★ 携帯電話くらいそこらの小学生でも使いこなすわ。……あー、すまん。もう少しだけ待っていろ。というか私も閣下が休みと知った瞬間にお見舞いへと走ったわ。それでもまだ辿りつけないという事実から現在の私の状況を察するがいい愚か者。


 FROM ★ うさりん

 TO ★ 先生

 題名 ★ Re:Re:眼球抉子より

 内容 ★ ……おまえは本当にむかつくな。なんでもいいから早くしろ。遅いとグリコが眼球えぐっちゃうぞ。


  


「…………」

 ぱたり、と見目麗しい金髪碧へき眼がんの麗人──賢さか木き愚ぐ龍りゆうは携帯電話をたたむと長く嘆息した。知能、財力、容姿、運動能力、全すべてにおいて人間という種の限界を極めた彼は、宇う佐さ川がわ鈴りん音ねの恋人であり、また彼女が在籍する私立観かん音のん逆さか咲ざき高等学校の教師でもある。

 一年前、とある事情により鈴りん音ねに恋をした賢木は、日本を裏から牛耳る巨大財閥、賢木財閥の跡取りという身分も栄光の学歴も捨てて高校の教師となった。全ては宇佐川鈴音のそばに居続けるため。人生において価値のあるものは唯一彼女だけというのが賢木愚龍という男だった。

 そんな賢木は不機嫌そうな顔を周囲に巡らせて、自分の周りをぐるりと取り囲み、あからさまな違法銃を突きつけている幾人もの黒服を睨にらみつけた。

「……さて、私は私の愛すべき生徒に眼球を抉えぐると宣告されてしまった。彼女の性癖から考えて普通に実行されかねんので消えてくれないか貴様ら。私も眼球を抉られるのは遠慮しておきたい──一刻も早く閣下の家へと向かわねば母から受け継いだこの碧眼が失われてしまうのだが?」

 今日、鈴音は学校を休んだ。それを知り、授業も職員会議も放ほうり捨てて見舞いに行こうとしたらいきなり襲われた。学校を飛びだしたのが朝の八時ごろだったから、かれこれ四時間は戦っている計算になるか。群がってくる黒服どもを蹴け散ちらしては進み、また取り囲まれては薙なぎ倒す。疲れはしないがいい加減に嫌になる。

 鈴音。宇佐川鈴音のことを考える。

 賢木に生きる意味をくれた、世界で最も大切なひと。彼女が苦しんでいるというのに、自分の眼前を塞ふさぐとはこの黒服ども命がいらないと見える。しかしいったい何者なのか。場合によっては血を見るが。

「貴様らは──『蟲むし』か?」

 反応はない。

 蟲。それは『林りん檎ご』、または『エデンの林檎』と呼ばれる『食べた人間を不老不死にする』禁断の果実──それを手にいれた人間に襲いかかってくる謎なぞの存在のことである。その正体は未いまだに曖あい昧まいで、ヘビと名乗ったとある存在は彼らを天使や悪魔のようなものだと評した。

 ヘビと戦った先月に偶然林りん檎ごを食べてしまった賢さか木きは、これまで何度か蟲むしに遭遇し命を狙ねらわれた。故に今回も蟲の襲撃かと思ったのだが──。

 じっと周囲の黒服を監察する。蟲なら、我が身すら躊躇ためらわずに賢木を殺しにくるはずだ。けれど彼らは銃を構えてはいるものの発砲をする気配がない。蟲を識別するための文字通り目印、紅あかく光った眼球も、サングラスで隠されているので確認できていないし。


「……銃口を向けられているというのに、携帯電話を優先ですか賢けん龍りゆうのお義に兄い様?」


 不意に、どこか取り繕ったような、高貴なふりして脆もろさを孕はらんだ少女の声がする。聞き覚えがあり──賢木は表情を呆あきれたものに変えながら声の方向を向いた。

 微動だにしない黒服たちの後方、黒衣の少女が立っている。

「──黒こく竜りゆうのわたくしは、そのように余裕めかしたお義兄様が大嫌いです」

 平凡な田舎道に不似合いな黒のドレス。頭を飾ったリボンまで漆黒で、肌や歯や眼球の白──その他の部分を、残らず黒で埋め尽くしたようなその少女は、賢木に何かあったときのため、緊急用として育てられた義弟や義妹の一人である。

「黒くろ木き──竜たつゑえ?」

 賢木は彼女の名前をつぶやいて、携帯電話をポケットに仕し舞まうと周囲の黒服を見た。

「ということは貴様ら賢木財閥の黒服か。なんだ下らぬ。時間を損した。あー、貴様ら、顔は覚えたからな。時期当主に銃口を向け閣下の家への進路を妨害した罪で残らず路頭に迷わせてやる」

「……わたくしは無視ですの賢龍のお義兄様?」

 神経質そうに眉まゆを吊つりあげ、真っ赤な、黒白モノクロの外見に異彩を加えるテディベアを抱きしめた竜ゑは肩を怒らせる。

 相変わらず余裕がないというか人間が小さいというか。

 賢木は戸惑うように銃を下げていく黒服たちから視線を逸そらし、この母違いの義妹に冷たい視線を向ける。

「『滑り止め』ごときがこの賢さか木き愚ぐ龍りゆうに何の用だ。というか──久しぶりだな竜ゑ。九年ぶりか? 大きくなったな。こないだ会ったときは『竜ゑはおねしょなんかしてないですの! してないですの!』ってぴーぴー泣いてたなぁ、懐かしい」

「い、い、言っちゃ駄目ですの!」

 ひそひそと何事か会話を交わす黒服たちに手を振って、真っ赤になった竜ゑは泣きそうな顔で主張した。

「そういうふうに傲ごう慢まんに意地悪だから、黒竜のわたくしはお義兄様が嫌いなのですわ!」

「あー、それと、その無理に造ったような口調は妙だからやめろ。逆に品がないぞ。それより──」

 賢木は、静かに竜ゑを見る。否いな──正確には、彼女に抱かれている真紅のテディベア。どこにでも売っているようで、どこに置いても売れないような、可か愛わいいというより不気味──他者に癒いやしを与えない血染めのようなそのぬいぐるみは。

「父上」

 つぶやき、賢さか木きは腕を組んで堂々と呼びかけた。

「またそんな姿で現れるとは、相変わらず実の息子も信用しないのか貴様」

「え……?」

 むしろ驚いたのは抱いている竜たつゑえで、驚きよう愕がくのあまりテディベアを落としかけ、命がけでそれを阻止した。顔にはびっしりと冷や汗が浮かび、さっきまではあった可愛いくらいの虚勢も完全に崩れている。

「お、お、お父様ぁ!?」

 それは、国をも凌りよう駕がする超財閥、賢木財閥の現当主──賢木願がん鳳ほうの仮の姿。この親おや父じ、暗殺を恐れているのか賢木にすら顔を見せたことがない。本当に父がどこかに実在しているのか賢木は疑っているくらいである。

「…………」

 真紅のテディベアは、唐突に。

『やぁァ、ぐーたん、お父さんだよォォ』

 奇妙に反響する合成音声で、気が抜けるほどの陽気な声をあげた。しかし──恐らくこの口調も声も本人を断定されないための仮かり初そめのもの。頷うなずき、賢木は適当に応じる。