そうね──奇妙な女の子だったわ。違和感をぎゅっと凝縮したというか、間違い探しの間違いというか──。年とし頃ごろは、どうでしょうね、十歳か──もう少し上か、小学生かそこらに見えたわ。無邪気で、声も甲高くて、なんというのかしら全身から幸福を放射しているような、どこにでもいる小学生くらいの──。

 そうね──それよ。小学生。

 両腕の欠落している小学生の女の子。


  


 それは、運命なんかではなく。

「久しぶりだね」

 ただの偶然──不運な、偶然。

「……二年ぶり? 私のことを覚えているかな、鈴りん音ね?」

 小さな幸せと小さな営みが紡がれつづける町の商店街。

 在籍する私立観かん音のん逆さか咲ざき高等学校からの帰り道、宇う佐さ川がわ鈴りん音ねは一人の少女に声をかけられた。芯しんのとおった長い黒髪。優しげな瞳ひとみは意志が強そうに光っていて、少しだけ太めの眉まゆが弓なりにその両眼めを飾っていた。

 彼女が着ている服は観音逆咲の制服。

「私、加か藤とう克かつ美み。覚えてないかな──ないよね?」

 ちょっとだけ寂しげに微ほほ笑えむ彼女の肌には水銀灯の照り返し。時刻は夕方も過ぎた薄明かりの晩。鈴音はじゃんけんで負けて引き受けてしまった美化委員の仕事を終えて、少し遅い帰宅をしようと道を急いでいた。

 肌を刺す風は初冬の冷気。

 克美と名乗った少女の髪が闇やみに融けながら流れていく。

「……克美ちゃん?」

 それは知っている名前だ。胸に突き刺さる名前だ。記憶のなかのその人物より、彼女はずっと綺き麗れいだったからわからなかったが──忘れない。忘れるわけがない。

「……覚えていてくれた?」

「…………」

 彼女は、鈴音の中学時代の友達。唯一、一緒にいてくれた友達。もちろんそう思っていたのは鈴音だけかもしれないけれど、思いだすだけで苦しい中学時代で、克美の存在がどれだけ自分を支えてくれたかわからない。

 けれど、鈴音は彼女に合わせる顔がない。

 中学時代。全すべてが嫌になっていた。息をするのも嫌で、部屋のなかに閉じこもって、家にも学校にも居場所がなく、ひたすらに死を望んでいたころ──。

 何度も会いにきてくれた克かつ美みを、鈴りん音ねはただただ拒絶したのだ。

「克美ちゃん──同じ学校だったの?」

「うん。そうみたいだね」

 克美は、そんな自分に変わらない笑みで応えてくれた。

「まぁ──鈴音はうちの学校じゃ有名だし、私もかなり前から鈴音が同じ学校にいることを知っていたんだけどさ。これまで声をかけることができなかった」

 鈴音は表情を崩して、他に何もできず──ただ頭を下げた。

「ごめんなさい」

「謝る? なんで謝る? 中学時代、鈴音は悪いことをしたわけじゃない。他人の声が鬱うつ陶とうしくなることなんて誰だれにでもある──それよりも」

 そこで言葉を切って、克美は商店街の道沿い、一つの喫茶店を指さした。

「否いな──ちょっと本腰をいれて喋しやべろうか。時間は大丈夫?」

「え──あ、うん」

 鈴音は反射的に頷うなずいて、導かれるまま喫茶店に入る。小こ綺ぎ麗れいな顔の女の店長がほとんど動かない笑顔で迎えてくれる。店内には静かな音楽が流れていて、こんな時間だからかいつもこうなのか客は誰もいなかった。

 常連なのだろう気さくな口調でコーヒーを二つ注文して、克美は一つの席に腰かけた。そして所在なげに立ち尽くしている鈴音に微ほほ笑えみかける。

「座れば? 鈴音、そういうところは変わらないね」

「……どういうところ」

「遠慮がちなところ。あらゆることに。とりわけ、自分が幸せになることにね」

 わかるようなわからないようなことを言って、克美は手招きする。変わらない。彼女は変わっていなかった。中学二年だったころ、自分が拒絶してしまった友達。最後には彼女も諦あきらめて、家にこなくなって、進級したら廊下ですれちがっても知らないふりで──。

「ずっと謝りたかった。鈴音」

 克美はやはり寂しそうに笑っていた。

 鈴音は席に座り、眼めを見開いて驚く。

「え──」

「ずっと友達だって、約束していたのに。私は、鈴音を遠ざけたから。それがずっと心残りで、謝りたくてしょうがなかった」

 沈痛な表情で克美が頭を下げる。鈴音はどうしたらいいかわからなくて、ただ戸惑って、手を振ってそれを否定した。

「違うよ。謝らなきゃいけないのは──あたし。あたしなんだよ。克美ちゃん。ぜんぶ嫌になって、拒んで遠ざけて、閉じこもったのはあたし。克美ちゃんは、そんなあたしに何度も会いにきてくれたじゃない……」

「最後までつづかなければ意味はないよ。けど──ありがとう」

 かたん、と声もなく店長がコーヒーを置いてくれる。克かつ美みはその一つを手にとって、すう──とこちらに近づけた。

「じゃ──仲直りしよう。両成敗ということでさ。私は悪かった。鈴りん音ねも悪かった。どちらも謝った──どちらも許した。だから両成敗」

「あ──」

 鈴音は心の奥で強ばっていた傷跡が消えていくのを感じた。克美は、やはり克美だった。鈴音の好きな克美だった。それほど派手ではなく、いつも目立たない彼女だけれど、心根は誰だれより優しかった。中学生のころ、ずっと友達だと言ってくれた少女。

 鈴音は情けないことに涙ぐんでしまって、それを気取られないよう俯うつむいた。

「──うん」

「じゃ、乾杯。っていうのも変かな? まぁいいよね」

 こつん、と互いにカップをぶつけて、それから二人は色んなことを喋しやべった。これまでの空白を埋めるかのように。それは穏やかな会話。いつかの中学時代、こうして克美と喋っているのが鈴音の幸せだった。母に捨てられて、父に殴られて、心も身体も疲れきっていて、それでも這はうように学校に行って、クラスメイトに家庭の事情を嘲あざけられて──。

 それでも克美は一緒にいてくれた。