二年後/八月三〇日(水曜日)


 高校一年生になった浅井ケイと春埼美空は、テトラポットの上にいた。静かな夕日は無音のまま、ゆっくりと沈む。

 遠くに見えるマンションの向こうに最後の光が消えた時、むらようが現れた。

 そして雲に反射する夕焼けのピンク色が、すっかり夜の始まりのこんいろに染まったころさかがみようすけが。

 相麻菫を写真の中から連れ出すために、必要な能力者が全員、この場所に集まった。

 坂上は二年前の冬ごろから、さくはなれていた。でもこの時期、相麻の命日の前後だけ、この街にもどってくる。そのことをケイは知っていた。

 計画を実行するのは、このタイミングしかなかった。

 目的と能力の使い方に関しては、すでに昨日のうちに説明している。

 村瀬陽香は人を生き返らせるというこうに対し、ていこうを持っていた様子だが、でも結局は頷いた。事故でくなった、自身の兄のことを思い出していたのかもしれない。

 坂上央介は相麻菫を生き返らせることに対して、ずっとこうていてきだった。それは二年前、相麻が死んだ直後から変わらず、ずっと。彼の相麻に対する感情は、しんこうに近い。

 二人にじようきようを説明するよりも前、二八日に、春埼はもうセーブしている。とてもあっさりと準備は調ととのっていた。

 二八日──二日前。それは坂上が、咲良田に戻ってきた日だ。まだ彼が、写真の中の相麻を連れ出す計画を知る前だ。

 ケイは意図的に、その時期を選んでセーブした。すべてが終わった時、坂上が何も覚えていないタイミングを。

 それが正しいことなのか、ちがったことなのか、わからない。きっと正解なんてありはしないのだと、ケイは思う。

 いまさら、わすべき言葉も見つからなかった。ケイは村瀬と坂上に、事務的なあいさつをして、ポケットから写真を取り出す。

 二年前、ひろゆきが、このテトラポットをった写真。二年前の相麻菫が、写り込んだ写真。

 ケイ、春埼、村瀬、坂上──四人がそれぞれ、写真のすみつかむ。

 力を込めると、だくおん交じりの軽い音を立てて、写真が破れた。

 直後、白く強い光に、視界がうばわれる。カメラのフラッシュみたいな光。坂上がなんだか、うめくような声を上げた。

 ケイは一度、目を閉じて、また開いた。

 気温はそれほど変わらない。

 とても静かなのも、同じだった。

 マンションの向こうに沈んだはずの夕日が、まだ空にある。ほんの一〇分ほどだけ時間が巻き戻ったようなさつかく

 でもこの世界は、二年前が再現されたものだ。

 だから、ほら、り返れば、テトラポットの上には、相麻菫がいる。

 中学二年生の彼女。今でも、大人びて見える。でもどこか子供っぽい、不思議な女の子。彼女はこちらに差し出すように、右手を前にばしていた。その手の上には、マクガフィンがある。

 今は何か、彼女に声をけようとも思えなかった。

 彼女も何も言わず、こちらを見ていた。夕焼けの中で、れいみをかべて。

 二年前に死んだ女の子。ねこみたいに、不敵で、どくで、気まぐれに見える。でも何もかもを計画し、れいてつにそれを実行した少女。

 今ならきっと、彼女の笑みの裏側にある、深い悲しみがわかる。

 アンドロイド・ガール。

 まるで行動をすべて、プログラミングされているように、未来によってしばられている女の子。未来に縛られたまま、死んでしまった──自ら、死ぬことにした女の子。

 坂上はしばらく、ぼうぜんと彼女の姿を見ていた。

 それから彼は、すがりつくように、テトラポットを登る。その後ろに村瀬も続いた。

 ケイは息をき出す。いつの間にか、呼吸を止めていたのだ。きっときんちようしているのだろう、と思った。

 表面的にはだんとそう変わらない様子で、でもきっとその裏側に色々な感情を込めて、はるそらはこちらを見ていた。

 彼女は小さな声で、言う。

「行かないのですか?」

 微笑んで、ケイは小さく、首を振る。

「なんとなくね。彼女と会話を交わすのは、今じゃない気がするんだ」

 また、三人に戻れるだろうか?

 あの、屋上みたいな空間を作れるだろうか?

 おそらくそれは、とても難しい。仕方がないのだと思う。何も知らずにいられる時間は、二年も前に過ぎ去った。

 坂上がそうに向かって、何かを言っている。その後ろで、村瀬は少しげんが悪そうだった。耳をすませばその声を、聞き取ることだってできたのかもしれない。でもそうすることが、必要だとも思えなかった。

 やがてさかがみが、むらと相麻のかたれる。右手で村瀬、左手で相麻。

 村瀬ようはこちらに向かって、一度うなずいてから、言った。

「全身、リセット」

 これでもう、村瀬はリセットのえいきようを受けない。

 同じように、坂上を経て村瀬の能力をコピーした相麻も。きちんとリセットの効果を、打ち消すことができる。

 ささやくように、ケイは言う。

「春埼、リセットだ」