二年後/八月三〇日(水曜日)


 高校一年生になったあさケイとはるそらは、テトラポットの上に座っていた。静かな夕日に照らされて、ケイが目を開くとまだ、春埼はまっすぐにこちらを見ていた。

 呟くように、彼女は言う。

「写真の中のそうすみれは、本物の彼女ですか? 本当に写真の中から彼女を連れ出すことで、相麻菫が生き返ったといえるのですか?」

 この疑問を彼女が口にするのは、これが初めてではなかった。

 相麻菫を写真の中から連れ出す、その計画を理解した時、春埼は同じことを尋ねた。

 ──きっと春埼は、マリのことを思い出している。

 あの、死んでしまった倉川真理そっくりに作られた少女のことを。

 確かにマリと、写真の中から連れ出そうとしている相麻菫は、きようぐうが良く似ていた。どちらも本物が死に、能力によってそっくりな存在が生み出される。

 以前と同じ答えを、ケイは返す。

「僕には、わからない」

 まったく同じように作られただけの存在を、同一人物だといって良いのか、ケイにはわからない。

「でもね、春埼。同じだろうと、別物だろうと、関係ないんだ。ただその幸せをいのればいいんだと、僕は思う」

 本心だが、もちろん不安もある。

 死んだ人間の再生。それも、未来視の能力者を再生するということへの不安。ケイは同じ能力を持っていた女性──名前すら失い、じよしようした女性のしようがいを知っている。

 蘇ったところで、相麻菫の人生が、へいおんなものになるとは思えない。

 ──きっと彼女は、僕がこういうなやみにおちいることも知っていたんだ。

 だから写真の中の相麻は、右手でマクガフィンを差し出している。

 彼女の右手にあるマクガフィンは、ケイに対する明確なメッセージだ。一つの黒い石が、すべてを計画したのが相麻自身なのだと伝えている。彼女自身が蘇ることを望んでいるのだと、ケイに対して主張している。

 ──でもね、相麻。僕はとても、わがままなんだよ。

 彼女の意思なんて、関係ないんだ。

「僕は写真の中から、相麻を連れ出す。そう決めたんだ」

 浅井ケイ自身の願望として、とても身勝手な我儘として。

 春埼美空は、頷いた。

 いつものように、とてもなおに、頷いて言った。

「わかりました」

 たぶん相麻は、ずっと彼女の苦しみに、気づいて欲しかったんだと思う。

 だから、初めて三人で顔を合わせた日に、あんな質問をしたのだ。

 ──アンドロイドは、誰?

 私の苦しみに気づいて、と、うつたえ続けていたのだ。平然と笑いながら。なのにケイはあの夏、春埼美空のことばかり考えて過ごした。

 相麻菫は、強い。中学二年生として、彼女はあまりに、強すぎた。

 だから未来視の能力をみ外すことができなかった。どんなにつらくても、彼女はゴールを目指して、まっすぐに進み続けることができてしまった。誰にも苦しみをさとられないまま、彼女はゴールに、辿たどり着いてしまった。

 彼女がもう少しだけ、弱ければよかったのだと、ケイは思う。

 例えそれが最適手ではないとわかっていても、彼女が望む未来が、その先にはないのだとわかっていても。もう少しだけ、我儘にうことができれば、彼女はきっと、死ぬことはなかった。

 なのに、彼女はとても強かったから、いつだって最適な解答を選び続けた。

 不敵で、どくで、気まぐれな、まるでねこみたいな彼女は、きっと。世界中の誰よりも、自由という言葉から、かけはなれたところにいた。

 生み出されてから消え去るまで、すべてがプログラムによってせいぎよされているように。

 相麻菫は、未来視という能力に、支配されていた。

「ケイ」

 と、春埼美空は言った。

 彼女はいたわるような表情で、少しだけ心配そうに、こちらの顔を見ていた。

「泣いているのですか?」

 なつかしい台詞せりふだ。

 二年前にも、聞いた台詞だ。

 二年前とは違った言葉で、ケイは答える。

「いや。僕は笑っているんだよ、春埼」

 相麻菫の再生を、あるいは彼女にそっくりな人間の誕生を、笑ってむかえるべきなのだ。

 無理をしてでも今は、笑っているべきなのだ。

 きっと相麻菫が、すべてを知りながら、最後まで笑っていたように。