二年後/八月三〇日(水曜日)


 高校一年生になったあさケイとはるそらは、テトラポットの上にいた。二人で並んで、夕日をながめていた。

 ケイは息をき出すようにつぶやく。

そうは、未来を知る能力を持っていた」

 となりで春埼が、視線を動かすのがわかる。

「つまり、あの夏に起こった出来事を、知っていたということですか?」

「何もかも全部、彼女は理解していたんだと考えるべきだと思うよ」

 二年前の夏に起こったことは、あるいはのがれようのない運命のようなものだったのかもしれない。相麻すみれの意図にかかわらず、いずれ起こったことなのかもしれない。だがもちろん彼女が意図的に計画し、実行した、じん的な出来事だった可能性もある。

 どちらにせよ、相麻菫の周囲で起こった何もかもを、彼女は初めから知っていた。

 例えば二年前の四月二八日、南校舎の屋上に春埼美空を呼び出せば、リセットを使うことを知っていた。

 手紙を一通出すだけで、ケイがその現場にそうぐうすることを知っていた。

 ケイがリセットという能力に、大きな興味を示すことも。それをきっかけに、あの屋上での空間が築かれることも。相麻菫には元々、わかっていた。

 ケイは、ポケットの中の黒い石にれる。

 マクガフィンと名づけられた小石。その持ち主は、さく中の能力を支配するのだとうわさされている。

 きっと、これも同じようなものなのだ、とケイは思う。すべての出来事に、相麻の意図が関わっている。

 マクガフィン。川原を探せば簡単に見つかりそうな黒い石。

 おそらく物質としては、これは本当にただの石なのだ。だが相麻菫は、この石にまつわる噂話を作った。──マクガフィンの持ち主は、咲良田中の能力すべてを支配する。なんの根拠もない、ただの噂話。

 その噂の効果は、絶大だった。

 ただの黒い石はマクガフィンとなり、ケイと何人かの能力者たちを結びつけた。一人はむらよう。触れたものを消し去る能力を持った女の子。一人はひろゆき。写真に写った風景を、再現する能力を持った初老の男性。

 その二人と、さらに相麻がケイにしようかいした二人の能力を組み合わせた時、あることが可能になる。

 二年前に死んでしまった、相麻菫の再生。

 より具体的には、佐々野の写真によって再現された過去から、相麻菫を連れ出すことが出来る。

「春埼。マクガフィンという言葉の、本来の意味を覚えているかな?」

 と、ケイは尋ねた。

 小さな動作で、春埼はうなずく。それから、以前ケイがした説明をなぞるように答えた。

「マクガフィンとは、演劇や映画などの用語です。主人公が物語に関わるきっかけとなるアイテムが、マクガフィンと呼ばれます」

 押し付けられたなぞのアタッシュケース。差出人不明のみような手紙。そういった、主人公を物語に関連付けるためのアイテム。

 それがマクガフィンだ。

 頷いて、ケイは答える。

「この小石が持っている意味は、たぶんそれだけのことだったんだ。相麻菫が計画した、自身を復活させる物語に、その実行者を関わらせるための、小道具だったんだ」

 ただの小石に噂話を一つ乗せるだけで、彼女は一つのストーリーを作り上げた。未来を、自身の望む方向に捻じ曲げた。

 きよう的だ、と思う。未来視という能力を持っていたとしてもなお、それはあまりに驚異的な手法だ。

 ──でも、それくらいのこと、相麻ならやってみせる。

 そう考えて、ケイは内心で笑う。この感情は、言ってみれば、しんらいだ。

 相麻菫という名前の、中学二年生の女の子にいだいた信頼。彼女の行動にはすべて、明確な意図があるのだと信じることができる。

 なぜだろう。相麻をそれほど強く信じるこんきよなんて、何もないはずなのに。

 でも、ケイは確信していた。

 ──何もかも、さいな偶然に見えるようなことまで全部、相麻菫は意図している。

 例えば、彼女が微笑ほほえむタイミング。こちらに顔を近づけ、そっとささやき、それから体をはなす行動の一つ一つ。そのすべてに、的確な意図があるように感じていた。もちろん、アンドロイドはだれなのかという問いにも。

「ケイ。貴方あなたはなんだか、少しうれしそうです」

 と、春埼は言った。

 そうかもしれない。ケイは微笑んで、頷く。

「ずっと疑問だったことに、ようやく答えが出そうなんだ」

 はるに視線を向ける。彼女はもう、夕日を見ていなかった。

 まっすぐにケイのひとみのぞき込み、彼女は言った。

「でも、なんだかとても、悲しそうです」

 ケイは、今度は首をった。

 否定の意味ではない。あるいはそれは、より明確な、悲しみのこうていなのかもしれなかった。

 別に泣き出してもよかったのだ。なみだこぼれたところで、かんはない。だがケイは変わらず微笑んでいた。悲しいのにいつものように、まるで人間そっくりの、人間ではない何かみたいに。

「ようやく出る答えが、もしかしたら、とても悲しいものかもしれないんだ」

 微笑んだまま、そう答えた。

 二年前はあれほど無表情だった少女が、今は躊躇ためらうように息をんでから、言った。

「その疑問とは、なんですか?」

 答えるべきかいなか。迷ったのは、ほんのわずかな時間だった。

そうすみれは、なぜ死んだのか」

 彼女の死は、いつぱんに事故として処理された。ただの不幸な出来事として。

 ケイはそのことに、以前からばくぜんとした違和感を覚えていた。だが、彼女の能力を知って、確信した。

「未来視なんて能力を持つ彼女が、事故で死ぬはずなんて、ないんだよ」

 では、どうして相麻菫は死んだのか。きっとその答えが、もうすぐわかる。

 春埼はじっと、ケイの瞳を見ていた。

 ケイは微笑んで、彼女の顔を見つめ返した。

 耳の奥で、相麻菫が囁く。──アンドロイドは、誰?

 二年前の夏、ケイはずっと、その問いについて考えていた。

 だがそれがちがいだったのだ。考えるべきなのは、アンドロイドが誰なのかなんて問題ではない。

 なぜ相麻が、そんな疑問を口にしたのか。

 そこに至った思考を、彼女の感情を、もっときちんと考えなければならなかった。

 ケイは目を閉じる。夕焼けの光はまぶたの向こう側からケイを照らす。

 おくの中で、二年前に死んでしまった少女が笑っていた。