Part 1: 縁寿: いい加減……しつこいっ!とっととくたばりなさいッ!! ツクヤミ: 『ギャオオオオォォォッッ!!』 縁寿: はぁ、はぁ、はぁっ……これで全部、片付いたかしら……。 縁寿: とりあえず、よくわからないまま変なバケモノを相手に戦う羽目になったけど、なんとか倒すことができたみたいね……あっ? 縁寿: 「カード」が、元に戻った……これも魔法?何なのよ、この力は。 縁寿: まったく……いきなり見たこともない「世界」に放り出されて迷惑してるのに、冗談は温泉街だけにしておいてよね……っ! 縁寿: な、なんで……急に立ち眩みなんて……力が……。 一穂(私服): っ、危ないっっ!! 縁寿: えっ……きゃっ……?! 美雪(私服): ふぅ……セーフっ。もう少しで谷底まで転がり落ちるところだったね。大丈夫? 縁寿: ……あ、ありがとう。あなたが手を掴んでくれたおかげで、助かったわ。 美雪(私服): どういたしまして。……でも、こんな夜遅くに山の中をひとりで歩いてるなんて、ちょっと危険すぎるよ。 美雪(私服): キミは、どこから来たの?#p雛見沢#sひなみざわ#rでは見かけない顔みたいだけど……温泉宿の観光客さん? 縁寿: ……まぁ、そんなところかしら。それで、あなたたちは? 美雪(私服): 見ての通り、雛見沢の人間だよ。……まぁこの村に来た経緯とかはややこしいから、あまり深く突っ込まないでくれると嬉しいけどね。 菜央(私服): 余計なことを言ってるんじゃないわよ、美雪。それより、怪我はありませんでしたか? 縁寿: えぇ、何とかね。……ところであなたたちこそ、どうしてここへ? 美雪(私服): 私たち、あっちに見える神社の高台から温泉街の方へ向かう途中だったんだけど、一穂が……あ、この子のことね。 美雪(私服): 境内の奥で何か物音と気配を感じるっていうから、念のために私たち3人で調べに来たんだよ。 縁寿: ……なるほど。近くに人の気配はなかったはずなんだけど、あなたのおかげで助かったわ。 一穂(私服): えっ? あ、その……ごめんなさい。 縁寿: ……? 何で謝るの?私は今お礼を言ったつもりだったんだけど、嫌味に聞こえたのなら謝るわ……っ。 一穂(私服): っ、ど……どうかしましたか?今足元がふらついて……って、すごい汗! 縁寿: 別に、大したことじゃないわ……ただちょっと、たくさんの怪物を相手にして無茶をしすぎた……だけ……っ。 一穂(私服): し……しっかりしてください!美雪ちゃん、入江先生に連絡を! 縁寿: ……っ……。 縁寿: お兄……ちゃん……っ。 縁寿: っ、……ぁ……? 縁寿: ここは……どこ?どうして私は、ベッドの上に……。 一穂(私服): あっ……気がついたみたいだよ?よかったぁ……。 縁寿: あなたたちは、さっき神社の裏の山で……って。 縁寿: もう、夜が明けてる……ということは……? 一穂(私服): うん。昨夜からずっと、目を覚まさなかったんだよ。 美雪(私服): いやー、びっくりしたね。喋ってる途中で、いきなり気を失ったかと思うとその場に倒れこんじゃうんだもん。 美雪(私服): だから、ここの診療所の先生を電話で呼んで急いで車に乗せて、運び込んだってわけ。 縁寿: ごめんなさい。随分と迷惑をかけたのね。 一穂(私服): ううん、困った時はお互い様だから。無理を言って付き添いをさせてもらったけど、起きてくれてほっとしたよ。 縁寿: えっ……じゃああなたたちって、昨夜から寝てないの? 美雪(私服): いやいや、さすがに徹夜は厳しいからさ。隣の部屋にあるベッドとソファで仮眠して、ほんの少し前にちょうど起きてきたんだ。 美雪(私服): というわけで、実にいいタイミングだったよ。こっちが寝てる間に無言で出て行った、なんてことがあっても別に不思議じゃなかったからね。 縁寿: 失礼しちゃうわ。助けてもらったんだもの、私だってお礼くらい言ってから出るわよ。気分が悪いじゃない。 縁寿: ……まぁ、起きたばかりで今が気分いいかと聞かれたら、違うとしか言えないけれど。 美雪(私服): あっはっはっはっ、それ面白い!あとでネタ帳にでも書いておくよ。 美雪(私服): で……ここからが本題。キミって昨夜、境内で何か……見た? 縁寿: 見たって、何をか聞いてもいいかしら? 菜央(私服): 理解してもらえるか、説明が難しいんですけど……気を失う前、怪物を相手にって言ってましたよね。 菜央(私服): あなたを診察してくれた入江先生の話だと、極度の疲労が見られるってことでした。裏山で怪物相手に何をしてたんですか? 縁寿: 何を、って……怪物退治に決まってるでしょ。あなたたちも、あの境内の中で正体不明の相手と戦ってたじゃない? 3人: …………。 縁寿: 何かおかしかったかしら? あなたたち、随分と神妙な顔をするのね。 美雪(私服): んー、いや確かにその通りなんだけど……なんとかその記憶を、忘れてもらうことはできないかな……ってさ。 縁寿: ……どういうこと? 菜央(私服): あなたが目撃した「あれ」の存在が村の外にまで知れ渡るのは、すごくまずいんです。理由は……わかりますよね? 一穂(私服): あ、あのっ……無理なお願いをしてるってことは重々承知の上です! 一穂(私服): でも……! せっかくこの雛見沢の景気が良くなるかもしれない時に、悪い風評……というか面倒な情報を広めたくないんです……! 縁寿: …………。 縁寿: 安心して。この「世界」における私の証言に意味はないし。ましてや、存在にさえ何の価値もないんだから。 美雪(私服): ……? それって、どういうこと? 縁寿: 言葉通りよ。だって私は、この「世界」の人間じゃないから……。 一穂(私服): えっ……あ、あなたも……なんですか? 縁寿: ………え? Part 2: 縁寿: ……なるほどね。あなたたちがこの村にいる経緯がなんとなくわかったわ。だから深く突っ込むな、ってわけね……。 美雪(私服): いやー、失言失言。キミが同じ立場の人じゃなかったら、かなりヤバい発言になってたかもね。 菜央(私服): 「かも」じゃないわよ。あんたってほんとに口が軽いっていうか、無用心っていうか……。 美雪(私服): はいはい、お小言はあとでゆっくり聞きますよ。……で、キミはこの後どうするつもり? 縁寿: どうって言っても…とりあえず、元の「世界」に戻る手段を探してとっとと帰るつもりよ。 美雪(私服): んー、確かにそれが最善策には違いないけど……なんでここに来たのかがわからないままじゃ、手がかりがなさすぎだと思うけどなぁ。 縁寿: ………それは……………、 縁寿: でも、だからと言ってのんびりしていられないの。私には元の「世界」でやらなきゃいけないことがあるのよ。 菜央(私服): やるべきこと? それってどういう――。 戦人: ん? 何だよお前ら、ここにいたんだな。どこに行ったのかと思ってたぜ。 一穂(私服): あ、戦人さん。おはようございます。 縁寿: ……っ……?! 戦人: おお、おはよう。………ん?そこにいるあんたとは初対面だよな。一穂ちゃんたちの友人か? 縁寿: えっと……。わ、私は……。 朱志香: ……はぁ、………はぁ、……はぁ……!!ふざけやがれ戦人ぁ!病院内を勝手に動くんじゃねーぜ! 戦人: あ、悪い悪い。でも、ここにみんなが居たからよ。ちょうどいいじゃねぇか? 朱志香: まぁ……確かにな。ん? 何だよその子。ウチの腕章を付けてるけど…。 戦人: そう言えば、あんたの服の腕章……よく見たらその指輪も、『片翼の鷲』だよな。さすがに祖父さまがはめてる当主の証とは違うよな? 朱志香: 片翼の鷲があるってことは、私が知らないけど祖父さまが認めた親戚ってことか?うーん。 縁寿: これは……。 縁寿: ……右代宮家がリゾート地にするって言うから、お土産用に作った試作の腕章で商品展開を視野に入れたデザイン…って言えばいいかしら。 戦人: なんだ、そういうことだったのか。こんな地方の村だから知らないのは無理もないんだがそのデザイン、祖父さまから許可出ないと思うぜ。 戦人: ……あ! 別に#p雛見沢#sひなみざわ#rが辺鄙な片田舎だとかそういう意味で言ったわけじゃなくて、たとえと言うか……。 美雪(私服): いやいや、わかってますって。……というか、そういう言い訳くさいことをあえて口にするほうがかえって失礼だと思いますよ。 戦人: ……あー、確かに。余計な一言を悪かったな。無神経なことを言うつもりはなかったんだ、謝るよ。 美雪(私服): あははは、大丈夫ですよ。戦人さんがいい人だってことは、会った時からよくわかってますしね。 美雪(私服): それより、お二人はどうして診療所に?昨夜の騒ぎで、どこか怪我でもしたんですか? 戦人: いやいや、それは大丈夫だ。特にどこも痛めていないし、今日も朝から健康そのものだったぜ。 朱志香: いやさ……ここの先生には昨夜も温泉街への送迎をしてもらったし、他にも色々とお世話になってるのにお礼もまともに言えてないままだったからさ。 朱志香: で、改めてお礼とご挨拶に来たってわけさ。先生は今、どこにいるか知ってるか? 一穂(私服): あ、入江先生だったら私たちの朝食を買ってくる、って言って#p興宮#sおきのみや#rまで出てますよ。もうまもなく帰ってくると思いますけど……。 戦人: そりゃあ残念。タイミングを読み違っちまったようだ。 縁寿: …………。 戦人: ん、ぼさっとしてそんなに腕章がショックだったのかぁ。 縁寿: なっ……そんなことっ! 朱志香: あー、ごめんな。ウチの祖父さまって言ったけどこの紋章は家紋だから気軽に許可が出せなくてさ。 戦人: それにしても、右代宮の家紋なんか使わねぇで雛見沢の名物で良いと思うぜ。温泉ができるのは、雛見沢なんだしよ。 戦人: でも、その指輪…右代宮家当主の証をはめてるからかもしれないけどよ……あんた、どっかで見たことある気がするんだよな。 戦人: とりあえず、名前を聞いてもいいか? 朱志香: おい戦人ぁ。私の前で古臭ぇナンパの常套句を出すとか、いい度胸だなぁ。叔父さんに言いつけてもいいんだぜぇ。 戦人: ……お、おいおい朱志香。クソ親父に言うだぁ?!別にナンパとかじゃねーからな!ただ見覚えがある気がしたんだよ! 縁寿: …………。 縁寿: ごめんなさいね。失礼するわ。 美雪(私服): あっ、ちょっと……って、出て行っちゃった。 菜央(私服): ……戦人さん、最低です。 美雪(私服): うん……今のは、酷いね。 戦人: …………ぅお…お…!おいおいおい、誤解だぁああぁぁああぁ! 朱志香: うるせーぜ、戦人!ここが病院だって忘れるんじゃねぇー!! 朱志香: ……にしても戦人、お前ナンパじゃねぇならマジで見たことあるのか? 戦人: いや、まさかな。あいつはまだ6歳のはずだから、見覚えっていうか似てるって感じただけだ。 戦人: でもよ、あの子最後すげぇ悲しそうな顔をしてたけど大丈夫か?そのまま見送っちまったけどよ。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): あの、私……ちょっと行ってきます。戦人さんたちは、あとから来てください。 菜央(私服): って、一穂……? Part 3: 縁寿: ……っ、……ぅ……。 一穂(私服): っ、えっと……あの……。 縁寿: …………っ。ごめんなさい、急に部屋を飛び出して。 縁寿: ……ちょっと驚いただけよ。気にしなくてもいいから、しばらく一人にさせてくれる……? 一穂(私服): ……。勘違いだったら、ごめんなさい。あなたって……右代宮戦人さんと、何か関係があったりするんですか? 縁寿: ……。何で、そう思ったのよ? 一穂(私服): なんとなく……です。戦人さんが部屋に入ってきた時、彼の顔を見てすごく驚いてたし……。 一穂(私服): それから、一瞬嬉しそうな顔で……だけどすぐに硬くなって緊張してると思ったら、悲しい気持ちに耐えるようにうつむいて……。 縁寿: ……失礼しちゃうわ。憶測なんかで、他人の事情を洞察したように決めつけないで。……正直、不愉快よ。 一穂(私服): ご……ごめんなさい! で、でも……。 一穂(私服): そんなふうに、喜んでからすぐに悲しそうに落ち込む友達の顔を……私、以前にも見たことがあるんです。 一穂(私服): あの2人は、会いたかった人に会えて……だけど、そのことを相手に伝えられなくて……。 一穂(私服): 私は、それを見ながら……何もできずに、気づいてないふりをするしかなかった……。 縁寿: …………。 一穂(私服): だから……気づくことができただけなんです。その想いが、どれだけ苦しくて辛いものなのか……。 一穂(私服): 同じように家族を失った私には……たとえ全部ではなくても、ほんの少しくらいは分かり合えるような気がして……。 縁寿: ……。そう言えばお互い、名乗ってなかったわね。あなた、名前は? 一穂(私服): えっ? あの……公由一穂、です。 縁寿: 一穂……ね。私は右代宮縁寿。名前の通り、あの人たちと同じ右代宮家の人間よ。 縁寿: そして……あの戦人って男の人は、私のお兄ちゃんなの。 一穂(私服): じゃ、じゃあ……?! 縁寿: えぇ。あの人たちは私のいる「世界」から数えて12年前の1986年、とある島で起きた事故……いえ、「事件」で命を落とした。 縁寿: そして私は、当時の真相を調べるためにあの人たちの足跡を追って……その過程でこうして、この村へ飛ばされてきたの。 一穂(私服): そ、そうだったんですか……って……? 一穂(私服): この「世界」は今、1983年だから……あの人たちは3年後に死んでしまうってことなんですか?! 一穂(私服): じゃ、じゃあ戦人さんたちに、3年後に起きることを伝えて……ッ! 縁寿: 駄目。私はお兄ちゃんに名乗ることも、知られてもいけないの。それが私に課せられたお兄ちゃんを助けるための唯一のルールだから……。 縁寿: こんなところで会えるとは思わなかったけれど、お兄ちゃんと朱志香お姉ちゃんの元気な姿を見られただけでも、……奇跡だわ。 一穂(私服): で……でもっ!いま動くことで助けられる命があるんだったら、何もしないでいるよりはずっと……! 縁寿: ……逆に聞きたいわ。あなたはこの、過去の世界にいるという不思議な体験で、何を得るつもりなの? 一穂(私服): えっ……? 縁寿: 大切な人を助けたい? 真相を突き止めたい?もしそれが、#p二律背反#sアンビヴァレンツ#rなものだったらあなたはどちらを選ぶつもり……? 一穂(私服): そ、それは……っ……。 縁寿: 少なくとも私は、六軒島で起きた真相を突き止めたい。1986年10月のあの時、あの島で何が起こったのか……。 縁寿: それを知らないままで現実を受け止めるなんて、私には出来ない。……だからこそ私は、このルールを守るわ。 縁寿: これが、気紛れに落とされたお兄ちゃんを助けることが出来る最大のチャンスで、それが最初で最後だったとしても。 一穂(私服): ……。縁寿さんは、それでいいんですか……? 縁寿: ……だってそれは、奇跡の魔女でさえ見つけられなかったカケラなのよ。 一穂(私服): ま、魔女……? 縁寿: 何でもないわ、こっちの話。……でも、ありがとう。あなたのおかげで私、この「世界」に来た理由が少しわかった気がする。 縁寿: 私がここを訪れた理由……それは――。 美雪(私服): あっ……ここにいた!なんだ、どこに行ったのかと思ったらずいぶん近くだったんだねー。 一穂(私服): み、美雪ちゃん……菜央ちゃん……? 菜央(私服): 戦人さんのこと、許してあげてください。本人もすごく反省してるそうですから。 朱志香: ほら、来やがれ戦人!女の子に失礼なことを言って悪かったって、誠心誠意謝りやがれってんだ! 戦人: わ、わかってらぁ……そんなつもりで言ったんじゃなかったけど、悪かったよ。 戦人: 仲直りしてくれるか? あー……、とりあえず、あんたの名前を聞かせてくれ。 縁寿: ……………………………………。 縁寿: えん…………ううん、「グレーテル」よ。 戦人: グレてる? お前がか? 縁寿: 違うわ、名前よ。私のことは「グレーテル」って呼んで。 戦人: じゃあ、俺は「ヘンゼル」とでも名乗ったほうがいいか?……いっひひひ、なんてな。俺は右代宮戦人!戦人って呼んでくれ。よろしくな。 戦人: さっきは、悪かったよ。ここの村の居心地があんまりいいからつい浮かれてたみてぇだ……許してくれ、この通りだ。 縁寿: ……別に。ちょっと驚いただけだから、もういいわ。 戦人: そ……そうか? はぁ、そりゃあよかったぜ……。 戦人: じゃあよ、詫びがてら一緒に飯でもどうだ?朝飯……は、先生が買って来てくれてるみてぇだから昼飯か晩飯でも。何でもご馳走するぜ! 朱志香: こ、こら戦人!せっかく許してもらえたのに、またナンパかよ?!本当に節操がねーぜ!! 戦人: だから、そうじゃねぇって!……あぁ、だったら。 戦人: 一穂ちゃんに美雪ちゃん、菜央ちゃん。ここらの美味い店知ってるか? 案内してくれたらみんな俺がご馳走するぜ! 美雪(私服): いや、私たちは渡りに船で大歓迎だけどさ……。 一穂(私服): あ、あの……どうしますか? 縁寿: ……。えぇ、喜んで。あなたの歓待、楽しみだわ。 戦人: おぉっ、任せとけ!腹がはち切れて体形が変わっちまうほど、これでもかってくらいご馳走するからよ! 菜央(私服): だから戦人さん、そういう言い方が……。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): (そっか……縁寿さんが、ここに来た理由って……) 一穂(私服): (きっとお兄さんにこうして会って、話をしたいって思ってたんだろうね……)