Part 01: 魅音: ねぇ、昨夜のオカルト特集番組ってみんな観た?あの心霊タレントが案内役をやっているやつ! レナ: あははは、もちろんっ。はぅ……日本各地に都市伝説や怪談って、いろんなものがあるんだねぇ。 美雪: 口裂け女にジェット婆、人面犬……知ってる話でも地域によってその内容が違ってたりして、なかなか面白かったよ。 梨花: みー。昔ながらの妖怪話よりも現代的なものがたくさん紹介されていたので、不気味な感じが良く出ていたのですよ。 沙都子: た、たた、確かに……!妙なリアル感というか、迫力がありましたわ……を、をーっほっほっほっ! 羽入: あぅあぅ……? 沙都子の顔が真っ青で、汗びっしょりなのですよ。 沙都子: あ……青くなどなっておりませんわ!きょ、今日はあまりにも天気がよろしくて暑すぎるせいでしてよっ……! 梨花: みー。怖いなら怖いと正直に言ったほうがいいのですよ。あまり強がっているとほら、沙都子の右肩に――。 沙都子: ひっ、ひいいぃぃぃいいぃっっ?! 梨花: ……糸くずがついてしまっているのです。ボクが取ってあげるのですよ、にぱー♪ 沙都子: り、りりりり、梨花ぁぁぁあぁぁっっ?! 詩音: くっくっくっ……相変わらず沙都子は、こういった怖い話がダメなようですねー。 詩音: レナさんほどの肝の太さは難しくても、少しはお姉のがさつさを見習うといいですよ。 魅音: 誰ががさつだ、おぉっ? レナ: はぅ……レナも別に、肝が太ってなんかいないんだけど……。 詩音: くすくす……軽く聞き流してください。半分冗談なんですから。 一穂: (ということは、半分本気だってことだよね……?) 詩音: ちなみに一穂さんたちは、こういう怪談だのって結構平気な方だったりしますか? 一穂: う、うん……得意ってほどじゃないけどね。 美雪: まぁ私は、この手の話題に強い子がいたから自然に耐性がついたって感じかな。菜央は……。 菜央: …………。 美雪: ? どうしたの菜央、おーい……って、これって耳栓? 菜央: あ、ちょっと……! 勝手に外さないでよ! 一穂: な、菜央ちゃん……ひょっとして、さっきからずっと……? 菜央: ……えぇ、もちろん聞いてないわ。そして聞きたくもないから。 菜央: 話が済んだら、教えてちょうだい。それまでは、昨日図書館で借りてきたこの手芸の本に没頭させてもらうわ。 菜央: ……ふむふむ、なるほど。あ、美雪。集中したいからその耳栓返して。 美雪: いや、聞きたくないって菜央、キミねぇ……。 菜央: だって……! 昨夜あんな番組をやった後だから、絶対今日はその話が出るって思ったんだもの! レナ: はぅ……菜央ちゃん……? 菜央: あっ……べ、別にレナちゃんと話をしたくないわけじゃないのよ?ただ、あたしにも苦手なことがあって……! 菜央: というわけだから、あたしはパス!盛り上がることまでは止めないから、勝手にやってちょうだい! 詩音: ……へー、意外ですね。てっきり菜央さんって、あの手の嘘くさい話は信じないものだって思っていたんですが。 菜央: もちろん信じないわよ!それに、信じたくもないけど……! 菜央: この村で『ツクヤミ』とバトルするようになって以来、もしかして、って考えるようになっちゃって余計に……はぁ……。 詩音: ふむ、なるほど……これは沙都子のと違って、あんまりからかうのはよくないケースですね。 沙都子: ちょっと待ってくださいませ、詩音さん!なんで私はからかいOKになっておりますの?! 梨花: それは沙都子なのだから仕方ないのですよ、にぱー★ 羽入: あ、あぅあぅ、この人たちは鬼なのですよ……! 梨花: ……そういえば、羽入は鬼やお化けが怖くないと言っていましたですね。だったら別のものを……たとえば、キムチ……? 羽入: ひっ、ひいいいぃいぃぃっ?なんで僕まで怖がらせようとしてくるのですか~?! 菜央: はぁ……頭にあの光景が焼き付いちゃったから、今晩はあんまり眠れそうにないわ。どうしてくれるのよ、まったく……。 美雪: いや……どうしてくれる、って言われてもさ。うーん、困ったねぇ……。 レナ: はぅ……だったら菜央ちゃん、今日はレナの家にお泊りに来るのはどうかな……かな? 菜央: えっ? い、いいの……? レナ: うん。今日はお父さんが用事で帰らないって言っていたから、ちょうどいいかなって……どうかな、かな? 菜央: や……やったーっ!レナちゃんが一緒に寝てくれるんだったら、たとえ百鬼夜行だって怖くないわっ! 一穂: えっと……百鬼夜行って、何? 美雪: 文字通り、妖怪が大量に集まったパレードだね。さすがにそこまでの魍魎跋扈になると、私だってご勘弁願いたいけど……。 美雪: それにしても……ほんとレナって、菜央に甘いよねー。どうせ2、3日もすれば忘れるんだから、放っておけばいいのにさ。 レナ: あははは、それはダメだよ。悪い夢を見続けると、余計に意識して寝るのが怖くなっちゃうんだから。 レナ: それに……レナだって昔は、お化けのことが苦手だったんだもの。だからそのお返しをしてあげたいな、って。 一穂: お返し……って、どういうこと? レナ: …………。 レナ: ううん、なんでもない。それじゃ菜央ちゃん、一緒に帰ろう。 菜央: うんっ!レナちゃんの家にお泊り、楽しみ~♪ 一穂: ……? Part 02: ……その夜、私は夢を見た。 とても懐かしい夢……でも、すごく嫌な気持ち。 なぜなら、それは……私が置き捨ててきたはずの、遠い過去の思い出だったからだ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: お母さん、早く早く~!置いてっちゃうよ~♪ そう言って私は、両親にしつけられた通り車に注意しながら舗装された道を駆けていく。 今日は、大好きな母とのお出かけだ。父は仕事のシフトを抜けられないということで、2人だけになってしまったが……。 そんな時の母はご飯だの、お買い物だのといつも以上に奮発してくれたりもするので……私はこっそり期待していたのだ。 礼子: 礼奈ちゃん、ちゃんと前を向いて歩きなさい。足元を見ていないと、転んだりして危ないでしょ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: はーいっ。えへへっ……♪ ようやく追いついてきた母に頭を撫でられながら、私は満面の笑みで優しい注意に頷いて応える。 母には時々叱られることもあったが、決して頭ごなしではなく私がわかるように言葉を尽くしてくれる。 その上、ちゃんと納得した時は褒めながら抱きしめてくれたりもして……だから私も、母のお小言はいつも素直に聞くことができた。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ねー、お母さん。今日行くレストランって、おいしいデザートがいっぱい食べられるの? 礼子: えぇ、もちろんよ。今月は臨時収入が入ったから、好きなだけ頼んでもいいからね。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: わーいっ、やった~! 小さな身体で飛び跳ねて、すがりつく。母は、そんな私を本当に優しげな笑顔で愛おしく、慈しみ深く抱きしめてくれた。 礼子: ……ごめんね、礼奈ちゃん。最近は仕事が忙しくて、あまりあなたの相手をしてあげられなくて。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ううん、大丈夫っ。だって私は、お母さんのことがだーい好きなんだもん♪ ……そう。今でこそ顔を思い浮かべただけで殺意を覚えるほど憎悪の対象になっているけど、当時の私は母のことが大好きだった。 いつもきれいで、着る服もお洒落。なんでもテキパキとこなして、その動作に自信と知性をみなぎらせている……。 その一方で、私への優しさも忘れない。忙しい合間を縫うようにして、休みができれば必ず私の相手をしてくれた。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: おいしー♪ はい、お母さんも……あーん。 礼子: ありがとう。……あらあら、礼奈ちゃん。口元にクリームがついちゃっているわよ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: えっ、本当? どこどこー? 礼子: ふふっ……ほら、じっとして。今、拭いてあげるから……はい、取れたわ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: えへへっ……ありがとう、お母さん♪ ハンカチで拭ってくれた母に向けて、少し照れながら……でも嬉しさをいっぱいにして見上げた私は、笑顔で感謝を伝える。 ……実は、頬につくようにちょっと乱暴にスプーンを手繰っていたのは、私だけの内緒だ。 母は、本当に私のことを大切に思って……どんな時でも優しくしてくれる。それを疑ったことは、今まで一度もなかった。 ……あの時だって、そうだ。私が怖い夢を見て夜中に泣いていたら、きっと仕事で疲れていたはずなのに……。 礼子: 『いらっしゃい、礼奈ちゃん。今日は朝まで、ずっと一緒にいてあげるから』 そう言って母は、自分のベッドの中に私を招き入れて……朝に出かけるぎりぎりまで私のことを抱きしめてくれていた……。 だから私も、母のようになりたいと願っていた。服のデザインの才能は、あまり適性がないかもとやんわりと言われてしまったけれど……。 仕事と両立しながら、家庭を大事にするその姿勢と信念は……しっかり見習いたい。私にとって母は、最高の見本であり目標だった。 …………。 だから……ねぇ、お母さん。 どうして私に、嘘をついたの?どうして私たちを、裏切ったの? 私たち、何か悪いことをしたの?お母さんが不快に感じるようなことを、気づかないうちにしちゃったの? その問いに、……母は最後まで、答えてくれなかった。 なんでも聞けば教えてくれた母は、父との離婚の話をした日を境に……変わってしまったのだ。 ……。いや、違う。 今になって、ふと思う。ひょっとしたら変わってしまったのは、私の方かもしれないと……。 Part 03: #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……私のこと、気安く礼奈って呼ばないでください。 礼子: れ、礼奈……っ……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 失礼します。……さよなら。 礼子: ……っ……。 別れの言葉を吐き捨てながら私は、母であった彼女の顔を憎々しい思いで見つめる。 あの時の私は、爆発しそうな感情を抑えるのに必死すぎて……。 だから、気づいていなかった。それを聞いた母がどんな表情をしていたのか、考えもしなかったのだ。 レナ: (……っ……?) 改めて、心を落ち着かせて見ると、この人……ううん、「お母さん」は……。 礼子: ……っ、……ぅ……。 レナ: (泣いて……いた……?) ……驚いた。意外な事実を目の当たりにして、私は思わずその場に立ち止まる。 そして、……違和感と疑問がわき上がってくる。この人は本当に、私たち……いや、私のことを捨てようとしたのだろうか、と。 レナ: (「お母さん」は、子どもができたこと……そして離婚の話を、お父さんに直接会って伝えようとしなかった……けど……) 私に対しては、ちゃんと会って話をした。その上で、……確かに言ったのだ。「お母さんたちと一緒に暮らそう」と……。 レナ: (あの人は……私のことを、捨てていなかった……?) もっともそれは、ただのエゴか罪悪感……その可能性は大いにある。実際父に対しては、逃げ続けたのだから。 あるいは、決別において真摯さを向ける価値を認めないほど、父への愛情が薄れていた……酷い見方だとそうとも考えられるだろう。 でも、逆に捉えるならば……「お母さん」は私に対してだけは誠実で、罪と向き合おうとしたのではないか。 そして、私から決別の言葉を聞かされても言い訳も文句も言わず、ただ黙ってそれを受け止めて「くれた」……? レナ: (あぁ……そういえば……) 私が、茨城の学校で問題を起こした時……病院のカウンセリングや学校への謝罪、それらのほとんどに彼女は付き合ってくれた。 父も、一応は面倒を見るという姿勢を示してはくれたが……今になって振り返ると、腫れ物に触れるような扱いだったと思う。 とはいえ、それは仕方がないことだ。だって父は、私以上に傷ついていたんだから。 だから私は、顔を合わせるのも嫌なので徹底的に「母」の存在を無視して、話しかけることすら一切なかったけど……。 全ての罪から逃げたと思っていた「母」は、実のところ私に負担をかけないよう配慮しながら向き合って「くれて」いた……? レナ: (……。父は、どうだっただろう……?) 父は最初こそ、母を応援すると言って移転と転職に同意したが……その後は職を転々として、長続きしなかった。 家事に専念すると言っても、料理は別だった。元々あまり上手ではなかった上、うまくなろうと努力した様子はあまり記憶に残っていない。 いつしか我が家は、母の収入に頼るようになっていた。父もまた、サポートを名目に母の稼ぎへの依存を深めていったようにも思う。 ……母が父に求めた「支援」は、そんなものではなかったような気がしてならない。 ただの同居人ではなく、心強い家族として父に存在感を示してもらいたかったのではないだろうか……? …………。 そして……これはあくまでも勝手な想像だが、母はそんな父の姿を、娘の私に見せたくないと考え始めたのかもしれない。 だから、新しいパートナーを見つけたことをこれ幸いに、私を父から引き離そうとした……? レナ: (いや、……違う。これは、夢だ) 私にとって母は、憎むべき存在だ。その認識はずっと変わらないし、変えたいとも思わない。 だってそうでなければ、無能を理由にして切り捨てられた父があまりにも哀れじゃないか。 だから……私は、ずっと……。 菜央: ……ちゃん、レナちゃん……? レナ: っ、……? レナ: はぅ……どうしたの、菜央ちゃん? 菜央: ごめんなさい、夜中に起こして……その。 菜央: なんだかレナちゃんが、うなされてたみたいに見えたから……つい、……。 レナ: ……っ……。 あぁ……そうか。今までのは、全て夢か。 ということは、「母」が反省していたか……私に対して真摯であろうとしていたことは、真実ではなく私の夢の中の「妄想」。 いや、……あるいは。 私が「母」にそうあってほしかったという願望が形になって現れたのか……? レナ: (でも……どうして、今になって……?) わからない。もう私は、あの時のことは「な」かったことにしてきたはずなのに。 「い」やなことは全て捨て、「母」の存在もその中に含まれていたと思っていたのに……どうして? レナ: …………。 菜央: あの……レナ、ちゃん……? レナ: あははは……ごめんなさい、菜央ちゃん。元気づけてあげるはずのレナの方が、悪い夢を見ちゃうなんてあべこべだね……。 菜央: ううん。……あたしは、レナちゃんが横にいてくれるだけで……すごく安心できるから。 レナ: ……菜央ちゃん。 甘えるように小さな身体をすり寄せてくる菜央ちゃんを、私はそっと抱きしめる。 ……そうだ。もう、忘れてしまおう。だって全ては、終わったことなんだから。 …………。 でも……どうしてだろう?最近、「母」に対しての印象と感情が少しずつ変わってきている気がして……。