一


 店内は、酒に酔った男女が笑い合う声が混じり合って潮鳴りのように騒然としていた。

 まだ宵の口だが、全ての席が顔を赤く染めた客で埋まっている。ホールの女の子たちには、さきほど満席の大入り袋が振る舞われていたっけ。僕ら厨房のスタッフにはそういったシステムがないが、これはどういった差別なのだろう? 前々から気になってはいたんだ。今度オーナーである母に問い糾さなくてはならない。

 この店の客は若者ばかりであるけれど、店員も若者ばかりだ。ホールスタッフは母の他はみな学生のアルバイト。厨房では、なんと僕が最年長で、その下がうちの三男、さらにその下に高校生のアルバイトが二人いた。母が平均年齢を吊り上げているが、それがなければ店の平均年齢は十代だ。これでは文化祭の模擬店とかわりない。

 ずっとこの状態であったわけではなく、僕が入って来た当初は三十過ぎの年長の調理師がいたのだが、彼はもう辞めている。何故辞めたかというと、それは僕が原因だった。

 彼はふとっちょで色の白い男で、やたらと早口だった。彼はアルバイトの女の子が近づいて来ると、どんなに忙しく注文が入っている時でも手を止めて雑談に興じてしまい、そこが僕は気になって仕方がない。

「忙しい時は、厨房にホールの子を入れて話すのはよした方がいいですよ」

 思わず言ってしまうと、彼はさっきまでやに下がって女と話していたのに、急に目をつり上げて僕を睨み、そして「やってられるか!」と一声叫ぶと厨房を飛び出してしまったのである。

 僕の「よした方がいいですよ」と、彼の「やってられるか!」このやりとりの間には一秒もない。こんなに迷いなく即座に怒る人間をこれまで一度も見たことがなかったので、僕はその場で呆気にとられてしまった。そして彼はそれっきり店には顔を出さなかった。

 それ以来、厨房は若い連中だけでやることになった。プロの調理師が一人もおらず、本部から送られてくるマニュアル通りに見よう見まねで調理しているのだが、それでも客が減るどころかどうやら増えているらしい。世の中どうかしている。本当にどうかしている。誰も料理の味など気にしていないのだろうなあ。ホールの女アルバイトが目当ての客ばかりなのだ。それにしたって、料理に対する苦情一つこない。あんなにくっちゃくっちゃと旺盛に咀嚼していながら、その味をちっとも認識していないのだろうか? ここで働くようになって、僕はすっかり人間の味覚というものへの信頼を失った。

 店が満席になると、ファーストオーダーが殺到し、厨房はお祭り騒ぎとなる。なんとかそれを切り抜ければ、あとはぽつぽつと思い出したようにやって来る追加オーダーに対応するだけとなり、平和が訪れる。

 両手一杯にグラスを持って忙しそうに行き来するホールスタッフを眺めながら、僕はぼんやり突っ立って今日のサイトの更新ネタを考えていた。すると、高校生アルバイトの亮介が近づいて来て言う。

「あいつ、コジマさんに電話番号訊いてますよ。けしからんですね」

 彼が指さすその先では、学生のような風体の若い客が、女性ホールスタッフを口説いている。彼女はまんざらでもなさそうで、客の差し出す白いメモを受け取った。

「うわ、番号もらっちゃいましたよ。今日仕事終わったら、かけるんですかね」

「おれは知らないよそんなの」

「きっとかけますよ。あの女、ちょっとでもかっこいい男となると見境がないですからね」

 亮介はそう言って忌々しげに親指の爪を噛んだ。彼はまだ十六歳の高校二年生で、僕がここにやって来るよりも前からアルバイトとして働いている。

 髪型も眉毛も今流行のミュージシャンに似せて小綺麗に整えてはいたが、その風貌に似合わずまるっきり女性に免疫がなく、いつもホールの女達にからかわれては、厨房で愚痴をこぼしていた。

 最近ではあのコジマというアルバイトに遊びに連れて行かれたりして、すっかりのぼせ上がっているらしい。以前の亮介はこのコジマさんについて不美人だの肥満体だのと陰口を叩いていたのに、最近は「なんであんなにかわいいんでしょうね」などとため息をつく有様なのだから可笑しい。そういった安易なところも女にからかわれる所以なのだろう。結局、肝心なところではうまくかわされて、弄ばれているようだ。

 彼はこの店で働くのがちっとも苦にならないようで、ほとんど毎日シフトを入れており、学校の制服そのままで出勤して、店の作務衣に着替えると夜まで働いてゆく。調理師が辞めた直後などは一ヶ月以上連続出勤してくれて、随分助かったものだ。彼はずっとこの店でアルバイトをしたいと、言ってくれている。

 気にいってくれているのは嬉しいが、僕はそれを聞くたび内心複雑だった。この店は年末で閉店してしまう。そして彼はそれをまだ知らない。

 そもそもこの店は、僕の父親がサイドビジネスとして始めたものである。その父親本人が、今や完全に正気を失って、仕事もせずに遊び歩いている。父と母の離婚が成立し、僕たちが店の経営から手を引けば、あとはもう閉店するしかないだろう。

 これだけ繁盛しているのだから、僕たちが乗っ取るような形で営業を続けてゆくという方法もないわけではない。その方が、収入的にも恵まれた生活が送られていただろう。

 しかし、そのことは家族の誰も言い出さなかった。

 母は少しでも早く新しい人生を再出発したいし、僕ら息子もまだ若い。こんな女目当ての客ばかり集まる居酒屋の兄ちゃんなんぞ、いつまでもしていたくはないのだ。

 それに、店を続ける限り父の事業のための借金を返済し続けることにもなってしまう。それで、忘れたころにひょいと父が帰って来て、またやりなおしたいなんて言い出されても腹が立つ。きりが良いところで家族みんなで放棄して、事業も負債も全部、遊びほうけている父に押しつけて逃げようという意趣返しの気持ちもあった。ほかの家族はどうだかしらないが、少なくとも僕にはあった。

 それに、そもそも今のこの盛況をいつまでも維持し続けられるとも思わない。いつか客が正気を取り戻して、僕らが作ったいい加減な料理をまともに味わうようになったらおしまいなのだ。先行きは暗い。だから、稼げるうちに稼いで、それぞれが現金を貯めてから辞めるのは、ただ感情的なだけでなく、ある程度は賢明な判断なのだとも思う。

 いずれにしろ、そういうわけで店と家がなくなるのは、大分前からの確定事項なのであった。僕も、ぼちぼち新しい住まいを決めなくてはならない。母や弟は既に次の準備を始めているようだし、のろのろしている暇はない。僕らの一家離散は、もう目前まで迫っている。

 十一月も終わりに近づいていた。そろそろ張り紙か何かで閉店を告知しなくてはならない。当然従業員にも事前に伝えなくてはならないのだが、僕らはこれだけ期限が迫っているにも拘わらず、まだ何も話していなかった。

 要するに家庭の事情で辞めるわけなのだけれど、それをどう説明するべきか。ネット日記で赤の他人におもしろ可笑しく語るのとはわけが違う。ネットならばどんな不幸でもコンテンツとして成立するだろう。しかし、面と向かって口頭で伝えるとなれば、どう言ったって笑い話にはならぬだろうし、仮に話した結果亮介が笑ったとしても、それはそれで腹が立つ。

 そんなことを考えながら、亮介の、コジマさんへの愚痴を聞いていた。

 結局その日も伝えられないまま一日の営業がおわった。ラストオーダーがなかったので亮介を先に帰し、一人で調理場の片付けを行う。それが済むと、ホールスタッフに挨拶をしながら店を出た。明日は休みをとっていたので、外に出るとすがすがしい解放感があった。

 僕が寝起きしているのは店の二階の元事務所だが、その前に、風呂を借りるために一旦母と弟達が暮らす家に足を向ける。高校時代までは僕も暮らしていたその一軒家は、店とは道路を挟んだはす向かいにあって、リビングルームの窓の明かりが煌々と夜の空に輝いていた。

 三男が帰っているのだろうか? そう思いながらかまちをまたぐと、三男ではなく、次男がリビングルームでテレビを観ていたので驚いた。

 彼とこうして顔を合わせるのは何日ぶりだろう? この次男、父が家を出て行ってからずっと部屋に閉じこもりきりであったので、この家で暮らしているのは知っていたが、なかなか会う機会がない。

「よう」

 僕が言うと、

「うん」

 と彼はテレビに視線を向けたまま返事をする。

 僕には彼がさっぱり理解出来ない。一度だけ、引きこもっているその部屋を見たことがあるのだけれど、すっからかんの何もない部屋に、毛布一枚とCDプレイヤー、そしてダンベルだけがあった。以前はもうちょっとごちゃごちゃとしていたはずだし、僕と一緒に競馬を観たテレビもあったはずだが、どこへ処分してしまったのか。

 そしてCDプレイヤーの中には、マリリン・マンソンのアルバムが入っている。他にCDは見当たらないのを見るとこればかり聴いているのだろう。ジャケットのアートワークには、魔術にでも使いそうなおどろおどろしい人形が並んでいた。

 彼は部屋に引きこもり、これを流しながらダンベルで筋力トレーニングをしていたのかもしれない。スポーツをしていた弟は、長らくプロテインを飲んでいたが、今も飲んでこの部屋で自身の筋肉を鍛えているのだろうか?

 何にしろ僕の寝袋生活よりも数段ワイルドで、パンクで、これを見た時は己のアウトロー生活に密かにいい気になっていた自分を恥ずかしく思ったものだ。

 まったく、この次男は独自の世界を持っている。いつだったか、深夜の車のなかでドッグフードを貪り食う姿を見たこともあった。そのドッグフードはきっと、春先に死んだ犬が遺した買い置きの品だろう。その犬の最期を看取り、葬ってやったのも彼だったのを思い出すと、弔いの儀式のようにも思えた。彼には余人に窺い知れぬ特別な思想がある。

 その弟が普通にテレビのバラエティ番組を観て笑っている。これは珍しいものを見たなあと思いつつ通り過ぎようとすると、無精髭だらけの顔で振り返った。

「仕事終わったの?」と訊ねてくるのに、「うん」と返す。

 それ以上会話も続かず、席を立とうとする彼を、僕は呼び止めた。そう言えば、引きこもりっぱなしの彼も、まだこの家を売り払うことを知らないのじゃないか?

 やはり知らなかったようで、弟は目を丸くして動揺を隠せない。無理もないだろう、部屋に閉じこもって世間の喧噪から逃れていたら、今度は家そのものが借金のカタで持って行かれてしまうというのだ。

「じゃ、じゃあ、悟君はどうするの?」

 急に貝殻を奪われたヤドカリのように狼狽えて、彼は僕にそう尋ねる。

「おれは、もう仕事が終わったあとのこと考えていろいろやってるよ。みんなそうだ。何にもしてないのはお前だけだぞ。これからどうする? もう部屋もなくなっちゃうけど」

 僕が言うと、彼は完全に言葉を失って暫時佇立したのちに、顔を歪め、

「じゃあおれ、学校行くよ」

 と呻くように言った。

 知り合いの先生の家に住み込みながら、専門学校に通うという。それは以前から母が彼に勧めていたもので、本人がなかなかうんと言わないと母が愚痴っていたのは伝え聞いている。

「本当か?」

 僕が念を押すのに、彼は気持ちを取り直したのか、さっきよりもしっかりした頷きで返す。その表情からすると、その場しのぎの方便でもないようだ。もとより、僕や三男のように多弁で思いついたはしから口にするタイプではなく、言葉少なながらよく考えて物を言う人間である。やると言うからにはやるのだろう。この決意を知ったら、今居酒屋で働いている母はきっと喜ぶはずだ。

 引きこもりを治すには、家ごと売り払って一家離散すればいいのだな。これって、同じような悩みで苦しむ、どこかの家庭に教えてやったほうがいいんじゃないだろうか?

 そんなことを考えながら、僕は風呂場へと向かった。


 その翌日、僕は昼過ぎになってからのろのろと目を覚ます。

 休日とは言え、遊びに行く予定などもない。このあたりは地元ではあるが、もう中学時代の友人とはすっかり縁が切れてしまっているし、大学時代の知人とも、こちらに帰ってからは連絡をとっていない。思えば、もうずっと遊びらしい遊びはしていない。毎日仕事と、その合間にインターネットをしているだけだ。なのに、そうした生活に不満も感じていない。

 僕は目が覚めても寝袋から抜け出すこともなく、ノストラダムスの大予言についてぼんやりと考えていた。

 空から恐怖の大王が降って、一九九九年に人類が滅亡するとかなんとか、そんな内容の予言の言葉がかつて流行った。

 新書やテレビ番組がいくつも作られて、恐怖の大王の正体とは一体なんなのかという話を、たいそうな肩書きの学者や、オカルトの専門家が議論していたものだ。あれはいつの間に忘れ去られてしまったのだろう? その一九九九年とは今年のことだ。肝心の七月が過ぎたときも、話題にするものはいなかった。そうして人類は滅亡することなく一年が終わろうとしている。

 あれだけの狂躁が嘘のように、誰もそれについて語ろうとはしなかった。僕も寝起きの混沌とした脳が勝手に思い出さなければ、おそらくそのまま一生忘れていただろう。

 それにしても、空からわけのわからんものがやって来て人類を滅亡させるだなんて、いくらなんでも荒唐無稽にすぎる話だ。到底現代人が真に受けるようなものでもないはずだが、子供の頃の僕は信じていたっけ。だって、大人が真顔で語っているんだもの。

 そして僕は、その予言の日の自分の年齢を数えて、二十一歳で死んでしまうのだとも信じていた。けれど、それだけ生きれば充分だとも思っていたな。なにしろ当時の僕は幼すぎたから、その年齢があまりにも遠い、ほとんど現実感のない未来に感じられていた。

 そして今、僕はその二十一歳になっている。これから年が明ければすぐに二十二だ。充分に生きたどころか、まだ何にもしてない。いやになってしまう。

 もう七月は過ぎたけれど、何か空から振ってくればいいのに。恐怖の大王ではなく、何かもっといいもの。たとえばみんなが大好きな女子高生はどうだろう? 制服を着た可愛らしい女子高生たちはドサドサとアスファルトの上に落ちると、赤く爆ぜ、それを見た子供達が全身を震わせ身も世もないといった風情で盛大に泣いている。僕は特製の傘を作って、真っ黒なゴム長靴を履いて、その真っ赤な大通りを歩くのだ。青空に輝く太陽は砕けた肉体をそのはしから腐敗させ、大気を生臭くする。空の青と、大地で爆ぜた肉体の赤。とてもいい気分だ。

 うつらうつら夢心地でいると、ドアを開けて誰かが部屋に入って来た。

 すわ泥棒か、と体を起こすと、そこに居たのは父だった。他の誰でもない、我が父だった。僕はうっかり声を上げそうになる。それは下着泥棒か何かを見つけるのとほとんど変わらない驚きだ。

 父と会うのは実に一年ぶりだ。僕が驚いたように、父の方もこんな場所に長男が路上生活者のように寝ているのに驚いているようだ。

「何しに来たんだよ」

 と先に言ったのは僕だった。

「お前、学校辞めたんだってな。学費だって高かったのに、勝手にそんなことをして……」

 父は口のなかでもごもごと言った。以前はこんな曖昧な態度はとらなかった。彼なりに自覚はあるのだろうか? しかし僕はその卑屈な態度が気にいらない。

「勝手にって、どうしてこうなったと思ってるんだよ!」

 どうしてこうなったかと言えば、そもそもちっとも向学心が持てずに辞めるチャンスをうかがっていて、そこに都合良くこの事態が出来したために、これはいい理由がやって来たと好機に乗じるようにして自主的に退学したのだから、責任と言うならば僕の自己責任、控え目に言っても父との共同正犯といったあたりが妥当なのだろうけれど、腹が立って仕方がなかったので責任を押し付けてみた。

 父が何の反論もしないのが拍子抜けだった。虚ろに視線を彷徨わせたのちに、僕を避けるように棚の方へ近づき、ごそごそとやりはじめる。

「書類をな、捜してるんだよ。知らないか? 物件の書類なんだが」

 父は言い訳がましく言う。

「知るわけないだろ」

 さっき見苦しく声を荒らげてしまったのを反省して、今度は少しトーンを抑えてみたが嫌悪感は隠しようがない。

 そもそも僕はこんな事件が起きるずっと前からこの父が嫌いだった。若い頃から荒っぽく、様々な武道や格闘技を学んだやたらと頑強な肉体をしているくせに、幼い僕をことある度に血反吐を吐くまで殴るのだ。財布から金を抜いたら殴ったり、反抗的な態度をとったら殴ったり、まあこの辺りは僕が悪いんだけれども、弟たちに対してはけして暴力をふるわないのが腹立たしい。ただ僕に対してだけ、家の中でも外でもお構いなしに、他人の見ている前でも殴打するのだ。

 あまりにも頻繁に殴られたせいで鼻血が出やすくなり、小学校でも頻繁に出血した。そのため「あいつは四六時中女のことばかり考えて興奮しているいやらしいやつだ」という半ば事実ではあるが不名誉な評判が立てられてしまった。しかも、殴った後に父はいつも悔恨ともとれるような心細い表情を浮かべるのだよね。殴られた痛みはほとんど忘れてしまったが、あの情けない表情だけははっきりと覚えている。僕を傷つけたのはむしろあの顔だった。この人は直後に後悔するような行動を自制出来ないのか。そんな馬鹿な男の息子ってどうなの?

 嫌いな理由は他にも沢山ある。たとえば、僕が連れて帰った動物をいちいち虐待していたのも気に食わない。

 猫に魚釣りのルアーを引っかけて血みどろにしたこともあれば、僕が小屋に入って一匹一匹取り上げた飼い犬の仔を、その翌日に川辺で生き埋めにしたこともある。その場に立ち会った弟が言うには、土の下からミュウミュウと子犬が鳴くのを、泣き止むまで何度も土の上から蹴りつけたのだそうだ。その子犬たちが生まれたのは僕の誕生日で、これは何か天からのプレゼントのようなものに違いないと思い込んでいたから、ひどく衝撃を受けた。

 嗚呼、恨み節ばかり言っている自分が気持ち悪いな。公平を期すために僕の悪いところも思い出そう。僕だって、小学校の教室で椅子を投げたり、消火器の中身がどうなってるか知りたくて廊下にぶちまけたり、毎日教師に親が呼び出されるような子供だったじゃないか。

 外に出ると用務員のおばさんだけが味方でよくお菓子をくれたけれど、他の大人は僕を嫌っていた。僕も自分が悪いことをしている自覚があったから、寝ている間に親に殺されるのではないかと、いつも寝る前にはドアの前に机を移動して開かぬようにし、布団の下に包丁を隠したりもした。恐怖に怯えて思い詰める、気色の悪い小学生だったんだ。

 結局のところお互い様なんだろう。他人からすれば、似たもの親子だという指摘もあるかも知れぬ。それは全く仰せの通りだと首肯するしかない。

 一人暮らしをはじめて家庭と距離をとると、僕も薄々そのことに、気がつかねば良かったのに気がついてしまう。僕は確かに父に似ているんだ。似たもの同士なのに、あんなに嫌ってすまなかったとも思う。が、しかしだからといって急に父を好きになれるかと言えば、そう簡単にゆくものでもない。人間の感情というのはいつだって割り切れぬものだし、この僕もまた人間の端くれなのだ!

 僕の胸には常に理に合わぬ衝動が渦巻いている。特に今日の彼は妙におどおどとした態度をとっており、それがどうにも気に障って仕方がない。

 人を殺した訳でもなし、どうしてこうも怯える必要があるんだ? 僕が言うのも何だが、そんなに大した罪でもない。家族を潰したくらいで情けない。下らぬことでしょぼくれないで欲しい。こうして、丸めた背中を見ているだけでも腹が立つ。首元のほくろも苛立ちを誘い、ウインドブレーカーのしわの具合も許し難かった。一刻も早く僕の憩いの場であるこの部屋を出て行って欲しいのだが、何度言っても書類を探すふりをするばかりで従おうとしない。

「おい悟、そう怒鳴るなよ。言いたいことがあるなら、ちゃんと話をしようじゃないか」

 父は口ではそう言いながらも、視線はそのあたりを彷徨って、僕の視線と合わせようとはしないのだ。

 この期に及んでも僕とまともに向き合う気がないのか。

 すっかり頭に来てしまって、拳を固めると、ほとんど自動的な動作で父の横面を殴り飛ばした。彼は驚きはしたが、やり返そうとしないので拍子抜けだ。ただ狼狽えてそわそわしている。かつていいように殴られていた頃より僕の体が大きくなっているのは確かだが、単純な膂力の比較ならばまだ彼に分があるだろうに。

 ああそうか、子供の頃とは、すっかり立場が逆転しているのだ。あの頃はいつも正しいのは父で、家庭のルールを侵し、間違っているのは僕だった。そのルール自体の正当性は措くとして。

 とにかく、どんなに殴られたとしても、怪我を負ったとしても、僕が反省すべきだということが最初から決まっていた。それが逆になった。

 いま父は、はじめから悪者だと決定している、結論している。本人もそれを認めている。母や弟たちも、ここは殴った僕を支持するだろう。仮に暴力はいけないことだと一応は言ったとしても、加害被害の立場が逆転するほどの否定はすまい。実際のところ僕からすれば、この件が起きる以前より彼を嫌悪しており、その延長線上で暴力をふるったというだけの短絡的な行為なのに、誰もこれを咎めず、被害者である父までも逆らえない。なるほど、これが、正当な理屈というやつがスポンサーにつくことの恐ろしさだ!

 全く驚きだよ。以前だったら考えられないね。奇矯な長男として家族全員に忌まれていたのに、この一年の間で、みなすっかり僕の味方になってしまった。昔は碌に会話をすることさえなかったんだ。前と比べて更正したわけでもないのに、なんだか知らんが信頼されている。おかげで僕も最近は長男らしい責任ある態度を取らざるを得なくなった。家貧しくて孝子顕るとはこういうことか。周りが無理矢理孝子にしてしまう。僕は別段それを望んだわけじゃない。ちっとも望んでなんぞいない。父が、あまりにもひどすぎただけだ。彼がこの間違いを犯さなかったら、家を去っていたのは僕の方だったろう。少なくとも僕はそのつもりでいた。まるで猿山のボスの交代劇のように安直な入れかわりだ。息子が父親にとってかわろうとする欲求をエディプスコンプレックスと呼ぶそうだけれど、こんなに完全な形で果たされることがあるのだなあ。実にオートマティックで非人間的なものだなあ。全く馬鹿馬鹿しい。実にくだらなくて、寒々しい話じゃないか? 全く、本当に、こんな状況を、ちっとも望んでなどいなかったというのに。

 父はすっかり臆病になって、虚ろな視線を彷徨わせている。僕の目からは涙がこぼれ落ちようとしている。それを隠すか拭うかしたかったけれど、ここで一瞬でも父から顔を背けたら、全てが駄目になってしまいそうだ。僕はまっすぐに父を見つめ、涙は頬を伝い落ちてゆくのに任せた。

 人前で涙を流すなんて小学生の時以来かもしれない。父はそんな僕の顔を、ちらちらと盗み見るようにしながら、近くのパイプ椅子を引き寄せた。前触れもなく泣き出した僕に動揺しているのか。僕だってこんなの可笑しいと思っているんだけれども、これが現実なのだから仕方がない。いつだって僕は自分のすることなんぞ何一つ理解出来ぬ。あんただってそうだろうよ。

 彼は煙草を取り出して、ライターが見つからずにまた仕舞った。

「なあ、牛丼でも一緒に食いに行くか」

 僕はうんとは言わない。かわりに、椅子に腰掛けた父を蹴飛ばした。

 すると彼はバランスを崩し、背後の電気ポットを巻き込みながらひっくりかえる。熱湯がこぼれて白い湯気が立ち上った。熱い、熱い、と父は情けない声を上げて床をのたうちまわる。

 ここまでやるつもりはなかったのだ。驚いて、うっかり謝りそうになったけれど、父はその大げさな振る舞いほどの怪我はしていないようだったので、慌てて出かかった言葉を飲み込んだ。

 無言で見守る僕の前で父はのろのろと起き上がる。そして恨めしそうに僕を一瞥すると、赤くなった指先をさすりつつ、そそくさとドアの方へ向かった。

「なんでそんな屑になっちゃったんだよ」

 後ろ姿に向かって精一杯浴びせると、

「おれだって、屑になりたかったわけじゃないんだ」

 父の言葉は思いの外感情的で、ほとんど泣き声になっていた。そして僕から顔を隠すようにして駆け足で部屋を飛び出してゆく。将来僕もああいう人間になるのだろう。

 しばし虚脱したのちに、財布を掴んで競馬場へ向かった。行きがけに食った立ち食い蕎麦が妙に旨かった。せっかく行ったのに、ちっとも射幸心が働かず、結局一レースだけで帰る。部屋に戻るとすぐにパソコンを立ち上げ、サイト読者からのメールに返信を書いた。そして二時間かけて自分は本当に蕎麦というものを好きで、これからも蕎麦ばかり食べて行きたいという願望を日記に書き、それが終わると眠りについた。


二


 大座敷の正面、巨大なカラオケ用モニターの前でマツイさんが、身をくねらせながら横浜銀蝿を歌っている。おとなしい感じの子だと思っていたのに、不良をモチーフにした歌曲がこんなに好きなのか。これまで三曲続けて銀蝿を歌っており、未だマイクを離そうとする気配がない。長い髪を振り乱し、顔はアルコールで真赤に染まっている。胸と尻が張って、腰がくびれ、案外よい曲線を持っている。酔ったふりをして触ったら殴打されるだろうか。

 他の女たちはあちこちに固まって談笑をしていた。亮介は向こうでまたコジマさんとなにやらひそひそ話をしている。三男は、むこうで厨房スタッフ最年少の佐竹に勢いよく語っている。

 母は向こうでホールの子たちから花束を貰って泣いていた。誕生日にもコーヒーメーカーを貰っていたように思う。愛想はないのだけれど、思いの外バイトの子たちに慕われていたのだなあ。一方僕のそばには誰もいない。僕は、思った通り慕われていなかったようだ。

 昨日が僕らの店の最後の営業日で、今日は忘年会兼総打ち上げの宴会が行われている。二階の宴会場、つまり僕が普段寝起きしている部屋と同じフロアにあるこの座敷の坐卓には、僕ら厨房スタッフが昼から仕込んだ刺身や唐揚げ、サラダなどのつまみが所狭しと並べられている。

 この配膳を行ったのは、もちろん我らが店の従業員達だ。私服でいると、自分は動かずに人にやらせてばかりいそうな派手目の女ばかりなのだが、それがひとたび動き始めたら行動が一々てきぱきとするのが妙な光景だ。それにしても仕事が出来すぎじゃないか? 毎日混み合う店を常に必要最小限の人員でまわして来たから、必然的に鍛えられたのだろうか。こうしてじっくりと動きを見ていると、彼女たちが思ったより有能なことに驚かされる。異性にばかり気を遣い、仕事はぞんざいにこなす小娘たちだと思っていてごめんなさい。

 感心している僕の斜め前では、相変わらず三男が佐竹に語っている。飲み過ぎたのか目が据わっている。この末っ子と僕は、小さな頃から似ていると言われて来たが、僕はあれほど乱暴者ではないはずだ。

「悟さん、何飲みますか?」

 寂しく煙草をふかす僕に、エバタさんが話しかけて来る。

 ああやっと僕にも話しかけてくれる相手が現れたぞと思って見上げたら、ものすごい笑顔だった。いや、笑顔はいいのだけれど、快活なのはいいのだけれど、それよりも気になったのは、あれ、この子、こんな顔だったっけ?

 僕が渡したジョッキを握ったまま、やたらと雑談を持ちかけて来ても、顔が気になってその内容が頭に入らない。具体的にどこが気になるのかというと、主に目と鼻が気になる。まぶたがやたらとぱっちりと開いて、鼻筋が妙にまっすぐになったように感じる。それを指摘したいのはやまやまだが、何やら恐ろしくて出来ない。ひとしきり喋った後に、やっと解放された。そうしてほっと安堵のため息をついたところに、亮介が近づいて来る。

「聞いて下さいよ。あの女、なんか、知らない間に男が出来たんだそうですよ。本当にひどいビッチですよ」

 亮介は平常運転で、いつも通りコジマさんの悪口を言っている。

「エバタさん見た? なんかすげえんだよ顔が。ツタンカーメンみたいになってる」

「ああ、それは、整形手術したんですよ」

 彼はこともなげに言った。

「え、じゃあ、もしかして、目と鼻をいじった?」

「はい。知らなかったんですか?」

 ここ数日はホールの女の子達の間でも噂になっていたそうだが、僕は全く知らなかった。しかしそれで合点がいった。そうか、新しく作り直した顔を、間近で見せて自慢したくて、あんなに馴れ馴れしく話しかけて来たのか。そう高くはないバイト代をつぎ込んで、よほど嬉しかったのだろう。

 納得はしたものの、酒を持って戻って来るエバタさんが笑うと、やはり心穏やかではなくそわそわとしてしまう。顔を切り刻むだなんて並大抵のことではない。何が彼女をそうさせたのか。前の方が可愛かったのに。

 僕がうまく受け答え出来ないでいる間に、彼女は僕に見切りをつけて、弟と佐竹がいる方に近づいてゆき、そこでも二人をぎこちなくさせた。彼女は、ただもっと愛され、ただもっとみなと仲良くしたいと無邪気に願っただけなのだろうが、なんとも憐れだ。かえって避けられている。僕は昔観たフランケンシュタインの映画を思い出してしんみりとした。

 最後に全員で集合写真をとって、会はお開きとなる。厨房の連中はこのあと近くの店で二次会をやるようだったが、僕は既に大分アルコールがまわっていたので辞退すると、それ以上無理に誘われることもなく「じゃあ、お疲れ様でした」と亮介と佐竹が頭を下げる。

「お疲れ様」と返すと僕は階段を降りた。これでもう彼らと会うことはないだろう。おそらくは一生。

 実家に戻って来ると冷蔵庫のピッチャーから冷えた麦茶を取り出し、酒と煙草で傷んだ喉を潤す。次男が部屋に居るはずだが物音一つたてず、家のなかを静寂が満たしている。

 懐かしい雰囲気だ。緊張感を孕んだ、油断のならない静けさだ。子供時代、僕はいつもこの張り詰めた空気のなか、手探りで呼吸をしていたっけ。あれから相当の時間が過ぎて、状況も大いに変化したというのに、どうしてあの頃と寸分違わぬ雰囲気が、いつもここにはわだかまっているのだろう。これは何か呪詛のようなものなのかな。

 何にせよ、もうすぐこの家も僕ら家族のものではなくなる。銀行に競売にかけられて、非常に安い値段で人の手に渡る。この先、ここで暮らす人達は、僕ら家族が吸ったのと同じ空気をこの家に感じるのだろうか? それともまったく別の、もっと幸福で明るい何かで満たすのだろうか?

 窓辺には僕が中学生の頃に買ったサボテンがそのままになっている。テレビの脇の小物入れには、死んだ犬の首輪が入っている。この犬は、三歳の僕が拾ったということになっていたけれど、本当は父が拾って来たんだ。父は母を説得するために、僕がどうしても欲しがってきかないからと嘘の理由を作って説得した。結局その嘘は今日になっても僕と父の間の秘密のままで、僕が犬を拾ったのだとみな信じている。

 首輪を手にとって嗅ぐと、しみついた獣のにおいがした。そして掴んだ指にはねっとりと脂が付着し、さらに黒い毛が絡まっている。これは犬の体毛だ。生きていた頃、首もとにそよいでいたあの体毛だ。あれは従順な犬だった。どんな時も家の者の姿を見つけると、しっぽを振って駆け寄って来る。老いて衰弱した後も、僕を見ると餌なんぞそっちのけで、右へ左へよろけ、息も絶え絶えになりながらこちらへ走って来る。そうして嬉しそうに見上げ、ハッハッと荒い息を吐いて笑うのだ。何故犬というものはあんなに従順なのか。

 この犬は父の件があって、家がざわざわとしている間にひっそりと死んでしまった。僕はその亡骸を見ていない。どこに葬られたのかも知らない。今頃はどこかの土の下で白骨になっているのだろう。その眼窩を蚯蚓ミミズが出たり入ったりしているのだろう。そして蚯蚓は、この骸骨が僕が子犬の頃から育てた犬だったことなど知らぬのだ。

 ここに置いたままでは、きっと誰かが捨ててしまう。僕はその首輪を折りたたんで、ポケットに入れた。


 そうして古い年が去って新しい年が来た。年が変わるのだから、人生も変えねばならぬ。僕はまだ新年のうちに、新しい住まいに移ることに決めていた。

 朝早く、人通りのない路上、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで自分の吐く白い息を眺めていると、向こうからトラックがやって来て目の前で静かに停止する。そうして運転席の窓が開き、逆さか野のが顔をのぞかせた。

 この髪に寝癖がついた色白の男が僕の高校時代からの友人だ。最近偶然ながら僕と同じように大学をやめ、家を出る必要に迫られたため、これから僕とルームシェアをすることに決まっている。

 大きな荷物は昨年のうちに新居に運び込んでいたらしく、荷台の片隅に彼の手荷物がぽつねんと蹲るだけだった。普通免許で運転出来るうちで一番大きな車を借りて来たのだそうで、これだけの容量があればピストン輸送の必要もない。

 一人暮らしをしていた時に使っていたベッドや家電を、二人で物置きから運び出し、荷台に積み込む。逆野は文句一つ言わず黙々と体を動かして、僕の必殺の冗談にも笑わなかった。長い付き合いだが、相変わらずつまらない奴だ。

 そうして作業が終わっても、僕の家族は眠ったまま誰一人起きて来ない。挨拶一つしないまま夜逃げのように家を去るのか僕は。いやこんな朝は、これでいいんだろうな。

 免許は持っていたけれど、こんなに大きな車を運転する自信がなかったので、ハンドルは逆野が握った。正月だけあって道はガラガラに空いていて、車は朝の清潔な光のなかを滑るように進んでゆく。

 嗚呼、ついに僕は家を出たぞ! 高校を出て一人暮らしを始めた時よりも、完全な脱出だ! 幼い時から僕の人生に絡みついていた粘着的なあれこれの全てが終わった。しみったれた中産階級の家庭内戦争から、ついに解放された! 金輪際あんな下らぬものに関わってたまるか。これからやっと社会を相手にした僕個人の本当の人生がはじまる。スケールのある人生がはじまる。それを思うと、気持ちがすっきりと明るく軽い。ふわふわと飛んでゆきそうだ。

「そう言えばさ、もう新居のISDNは開通したの?」

「まだかな。三が日が終わったらすぐ来るみたいだけど」

 僕の機嫌の良さとは裏腹に逆野は眠そうな仏頂面で、むずかゆいのか、時々ハンドルから手を離して鼻を掻いている。

「そうか。そしたら、ネットが出来ないなあ。いやね、返してないメールがあるんだよ。なんかサイト持ちの女の人でね、結構アクセス数があるサイトをやってるらしい。ちょっと前までは顔を出してネットアイドルやってたんだってさ。ネトアだよ、ネトア。なんか驚いちゃうよな、ネトアが、どうしておれのサイト見てメールよこしたんだろう? ファンなんだってさ」

「へえ、そうなんだ」

「もっとも、もうネトアはやめて、今はインテリ臭いサイトやってるそうだけどね。最近はブームも終わってネトアも相当減ったみたいだし、みんな転職してるんだろう。おれ、好きだったんだけどな。あの、何とも言えずやっちゃった感じがさ。ネットアイドルって突撃隊みたいなところあるよ。あ、そうそう、おれのサイトも、『日記猿人』と『Read Me!』のバナーを最近外したんだ。なのに、外した後の方がアクセス増えてるんだよ。最初はあれがないとどうにもならなかったのに、おかしなもんだ」

「そうなんだ」

「そうなんだよ。おっと、そこの車出ようとしてるんじゃないか?」

 僕は角から出ようとしている水色の軽自動車を指さした。逆野はスピードをゆるめて、先に行かせる。

「安全運転だな。その方針には大賛成だ。おれは誰よりも長生きをしたいんだからね。……あ、そうだ、お前が面白いって言ってたゲーム買ったよ」

「エイジオブキング?」

「そうそう、それ。ネットがすぐ来ないんじゃ、バイトが見つかるまで暇だろうし、ついたらLAN組んで、二人でやろうぜ。買ったはいいものの全然やってないんだ。ずっと働きづめだったからさ。煙草吸っていいか? よしておいた方がいいか。車のなかが煙たくなっちゃうね。……それにしても、本当に車が少ないな! 年始早々から引っ越しなんかするのはよほどの間抜けだけなのかね。普通の人は、ゆっくりするんだろう。家族で集まって、酒で顔を赤らめて、親戚の子供にいやいやお年玉配ったりしてさ。まったく、走ってるのは運送屋のトラックばっかりじゃないか。アスファルトがやけに褪色して見えるのも正月のせいなのかな。なあ知ってるか? 今年はミレニアムって言うんだよ。千年紀。そんな記念すべき年のはじまりに、他人の荷物を運ぶだなんて運送屋も因果な商売だよ。あ、そうだ、話は変わるけど、お前どうすんだよ大学やめちゃって。この不況の時期に裸で社会に出ても、お先真っ暗だぜ? 早まったんじゃないのか? 人生終わったな。おれも人のことは言えないけれどね。あはは。とにかく今日は実に良い天気だ! こう、フロントガラス越しの日差しがなんとも言えずあったかいよ。これじゃあ、健康になってしまう。幸先いいね。こういうのは有り難い。やっぱり世のなか、運に恵まれないと、何ひとつうまく行きやしないからね」