こう、机の上に両腕を並べて見てみると、左腕の色がくすんでいるような気がするのだよね。何と言うか、手首から肘にかけての皮膚が、僅かに緑がかっている。

 思うにこれは心臓が悪いのだ。血液が均一に行き渡らず、右側に偏っているから左側が暗くなるのだろう。家系的に心臓が弱く、その周辺部位の失調によって近い親戚が何人か死んでいたっけな? 僕の肉体もその遺伝子を受け継いでいるに違いない。不完全なものを、貰ってしまった。

 窓の外では月が青褪めている。そうして、ひどく寒かった。

 まだそこまで冷える季節ではないのに、どうしてこの部屋はこんなに寒いのか。こんなに冷えたら感冒に罹ってしまう。子供の頃のように、皆がちやほやしてくれるわけでもなし。病気なんぞになったところで、いいことなんぞ、ひとっつもないというのに。

 この稿の主人公たるこの僕は、エアコンのスイッチをいれて、部屋が暖まるのを待っている。寒いというのはまったく惨めな気持ちである。げっぷをすると、鼻先に夕に食った魚が臭った。たまらない。

 そうしていよいよ鬱々たる心境になってきたところに、窓の外で騒ぐ声が聞こえた。どうやら酔っぱらいのグループが通りかかったらしい。声の具合からすると僕と同じ位の年頃だろう。若い男女が辺りを憚らない大声で笑い合っている。

 僕は椅子の上で息を潜めるようにして、彼らが過ぎ去るのをじっと待った。椅子の上で膝を抱いてじりじりとしている僕をよそに、彼らは談笑しながらゆっくりと歩いて行く。

 やがて完全に通り過ぎ何も聞こえなくなると、僕は小さくため息をつき、パソコンを起動した。微かにファンの回転する音がして、青いデスクトップ画面が表示され、僕はマウスを操作してダイヤルアップ接続を選択する。すると、モデムがデータを受信するFAXのような音を立ててアクセスポイントとの通信を開始する。

 インターネットというものは実に面白いもので、何かの暇つぶしになればと、何の気なしにはじめたのだが、すっかり虜になってしまった。毎日午後十一時を回り、通信料が無料になった途端に接続し、明け方まで繋ぐという生活を送るようになってしまった。時には十一時を待てず、繋いでしまうことさえある。とにかく暇さえ有れば、繋いでいる。すっかり電網中毒者になり果ててしまったというわけだ。

 最初は女の裸体の画像ばかり集めていたが、ああいうのはネットで拾うという行為自体が楽しいだけで、いくつ見たところでそう代わり映えするものでもなく、一枚一枚ダウンロードされるのを待つのも退屈で仕方がない。そして、どこかの企業がやっているような情報サイトも、テレビなどと比べて特別違った内容があるわけでもない。それが面白みの全てだというのならすぐに飽きていたろうが、個人のサイトを見るようになって、にわかに世界が広がった。

 今の時代、インターネット上で何かを表現するというのは随分と手軽なものらしく、たとえば主婦が可愛い子猫のミイちゃんの日々を報告したり、若い女が自分の手首を切り刻んで血みどろの画像にポエムを添えて掲載したり、どこぞの学生が世の中への恨みつらみを衒学的な文章で書き綴ったりしている。それらを数クリックで切り替えて閲覧出来るのだから、いかにも混沌としたものだ。

 名もなき人々の生活や表現をいくつも眺めているうちに、次第に自分でもやってみたくなった。彼らは誰に頼まれたわけでもないのに、毎日のように、情熱を込めて更新している。それが、実に楽しそうなのである。

 そうして僕は、思い立ったその日のうちに無料のウェブスペースを借りた。

 文章を書くのはもともと好きだったから、文字を掲載するサイトを作ることはすぐに決まった。HTMLの知識も多少は持っている。文章中心のシンプルなサイトを作るだけなら、ネット上の資料を参照すればさほど苦労はしなかった。

 まず適当な文字を並べたテスト用のファイルを作り、これを画面の指示に従ってアップロードしてみる。そうして、自分の書いた文字がインターネット上に公開されたのをはじめて確認したときは、おお、と素直に嬉しかったものだ。

 そうしてフォントサイズを決め、レイアウトを決め、サイトのかたちは出来たものの、ここで困ってしまった。そこに盛るべき中身が見つからないのである。

 さて、どうしたものだろう? 小説を読むのは好きだし、学生の頃に書いたこともあるが、今更それをやってインターネットで公開したいとも思えない。そもそも、インターネットのおもしろさというものは、ドキュメンタリズムじゃないのかしらん? ネット回線の先に、生の人間を感じるのが醍醐味だ。創作物の掲載は、ちょっと違うのではないかという気がする。

 かといって創作以外となると、それはそれで困ってしまう。僕にはためになる専門知識もなければ、紹介したくなるような可愛いペットもいない。カッターナイフで手首を切るといったような体を張った芸も持ち合わせておらず、世間に打ち出したくてたまらぬ燃えるような情熱に満ちた主義や主張も存在しないのだ。

 なんてことだろう! 心のなかに、伝えたいことが、なにも、ないんです。なのに何かしら書きたい、書いて全世界に公開したい、という正体不明の衝動だけが燦然と心のなかに輝いている。

 ともかく、せっかく借りたスペースに何もないというのもつまらない。仕方なく、最初の一ヶ月位は笑える小話のようなものを無理矢理ひねって書いていたのだが、やはりしっくりしない。

 すっかり困ってしまって、結局、日々脳裏に思い浮かんだよしなしごとを脈絡もなく書きつらねてゆくという一番安易なかたちに落ち着いた。いわゆる日記というやつだ。その日の出来事や、思いついたあれこれを書くだけなら、あるいは僕にも出来そうだ。見る人間が、そんなものに興味があろうがなかろうが知ったことか。僕は金を貰ってやっているのではないのだし、何を書いたっていいじゃない。

 書き始めた頃は、自分の感じたものやら、思ったことやらを文章にして公開するには抵抗があった。つまり、そのころの僕にはまだ人並みの羞恥心があったのだ。

 しかし、どうせ読むのはネット越しの見知らぬ人間。それも、何かの間違いで迷い込んだようなごく僅かな人間で、最後まで読んでくれるかどうかもわからない。具体的な固有名詞さえ避ければ、何を書いても問題など起こらないのだということを理解すると、種々の抵抗は次第に薄れていった。

 王様の耳はロバの耳という寓話があるが、今まで出口のなかった言葉を、このネットという大きな穴に向かって叫ぶ。己の人生を、ひたすら文字にして書き捨てる。これが、こんなに楽しい行為だとはついぞ知らなかった。そして、夢中になって毎日サイトを更新した。

 最初の頃はごく僅かだったアクセスが、リンクを張られたり日記サイトのリンク集に登録することによって少しずつ増えてゆく。すると、時々読んだ人からメールを貰ったりして、本当に人間が読んでるのだと、そして自分はもしかしたらイケるのかもしれないと、いい気になったりもした。

 こうして僕は『ネット日記書き』となってしまった。取り立てて特筆すべきことのない有象無象の一人でしかない人間が、己の内面を片っ端から電脳空間内にさらけ出して喜ぶ、『ネット日記書き』という世にもおぞましい存在になり果ててしまった。

 全く、ネット日記書きというのは恥知らずな生き物だ。本当に何から何までネットに公開してしまう。彼の現実生活は単なる日記のネタ探しの場となり、日を増すごとに希薄になってゆく。そしてその分だけインターネットの世界の比重が増えてゆく。おまけにそれを憂いもしない。そうやって書き続け、何か得るものがあるわけでもないというのに。

 父が女を作って家を出て行ったという話を聞いたのは、大学三年生の秋だった。

 少し前から疑わしくはあったのだけれど、その夜ついに決定的な証拠が発見されて、母が父を追及した。

 言い逃れが出来なくなった父は開き直って、

「お前と結婚したのは、お前の父親が金を持ってるってほのめかしたからだ! 最初からちっとも好きじゃなかったんだよ!」

 と母に向かって叫んだそうだ。

 すると、その場面に居合わせた末っ子の弟が、

「じゃあおれは金目当ての結婚で生まれたの? この家は、そんな理由で出来た家なの?」

 と、顔をくしゃくしゃにして言ったらしい。

 これには父は一言も返すことが出来ず、そのまま無言で家を出て行った。

 遠く離れたアパートで一人暮らしをしていた僕は、この一部始終を母からの電話で知った。そして、こんなメロドラマで見たようなやりとりが現実にかわされることもあるのだなあと、しかも自分の家庭とはなあと、妙な感慨があった。ブラボー。

 僕はこのこともおもしろおかしく日記に書いた。

 この報せを受けたあと、僕が久しぶりに実家へと帰ると、次男が一人で佇んで居た。僕を振り返る彼の表情にはおよそ覇気というものがなかった。そうして張りのない声で、ボソボソと状況を語る。なんだか今にも自殺をしそうだったので、僕は彼を元気づけようとテレビをつけた。

 当時、競馬界には飛び抜けて強い競走馬が居て、いつも、飛び抜けて強い勝ち方をしていた。その日はちょうどこの馬が出るレースがあったので、その逞しく美しいサラブレッドの圧倒的な勝利を弟に見せて、一緒に盛り上がれば、このどうしようもなくつまらない状況のなかで、ほんの少しは心の救いが生まれるかもしれないと思ったのだ。

 しかしそうはならなかった。その馬はレースの途中で足を折って安楽死処分されてしまった。凍り付く部屋の空気。表情がひきつったまま動けない僕。がっくりうなだれる弟。テレビ画面には勝利した馬の騎手が満面の笑みで「笑いが止まりません」と語っている。

 僕はこのこともおもしろおかしく日記に書いた。

 僕は大学をやめた。そしてアパートを引き払って実家に戻ったのはいいが、思春期を過ごした部屋は弟のものになっている。だから僕は、廃業によって空き部屋となった父の不動産事務所で暮らすことになった。

 そこにはベッドも布団もない。仕方なくコンクリートにシート一枚張っただけの硬く冷たい床にスポンジマットを敷き、寝袋で眠る。半年以上そうやって暮らしていればいい加減慣れるし、慣れてしまえばそれなりに快適だ。けれど、外から帰って来て、ふと床の上に散らばった寝袋とマットを見てしまった瞬間にはまるで路上生活者の生活現場を見下ろしているような気分になったりもする。なんともやりきれない。

 でもこれこそ、僕にぴったりじゃあないのかね? 将来の予行練習にもなるし。お先真っ暗だし。あははは、とにかく笑っておこうか。

 といったようなことも、僕は日記に書いた。

 嗚呼、まったくもって僕の人生は茶番だ! 重苦しいものも、暗く陰鬱なものも何一つない。ただ滑稽な三文コメディが延々と続いている。そこには日記のネタに出来ないような秘密や重要なことがらなんぞ、まるっきり存在しない。日常の何もかもを余さずへんてこな文章にして、悦に入っているのが僕なのだ。

 その日も二時間かけてサイトを更新すると、寝袋に潜り込んだ。窓の外の路上はもう静まりかえって、物音一つしない。

 目をつむって寝ようとしたが、すぐに先刻仕上げたばかりの文章を直したくなり、起き上がってもう一度推敲をすると、アップロードしたばかりのファイルに上書きした。しかし、一度起き上がってしまうと駄目だ。次から次へと文章の粗が目について、不毛な改稿を繰り返しているうちに、窓の外が明るくなって来る。

 嗚呼、もう通信無料のテレホーダイが終わってしまう。僕の時間が終わってしまう。まだ心残りはあるけれど、もう新しい一日に備えなくてはいけない。

 じっと目をつむり、やっととろとろして来た頭の上で鳥がチュンチュンと朝のさえずりをはじめる。嗚呼、今日も夕方からいつもの仕事が待っている。僕はうんざりしてしまう。


 さて、紳士淑女の皆様方。

 今宵お目にかけますものは、干支が一巡りするほどの年を遡った時代の、嘘でもまやかしでもない、全て、ありのままの物語でございます。

 インターネット黎明期、ITバブル、大不況、そんな背景に生きる、一つかみ幾らの無名の若者の物語でございます。

 他にはなんにもございません。

 何とぞ気の違った所なぞ、御高覧のほど、伏して懇願仕り候。──これは大正時代を生きたさる詩人の言葉の剽窃ですが、どうぞどうぞ、そのような具合で、ある種の熱狂が訪れ、そして去って行く過程など、気楽にご覧下さりますようお願い致します。


 と、ご挨拶はこの位にして。