Part 01: 羽入(私服): あぅあぅあぅ~、美雪! それに、菜央!どうか僕を助けてほしいのですよ~っ! 美雪(私服): お……おぅっ?駆け込んでくるなり助けてくれ、っていったいどうしたのさ? 羽入(私服): 僕は今、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのですー! 羽入(私服): このままだとなすすべもなく魂を奪われて、天に召されてしまうことが確実なのですよ~! 菜央(私服): 生きるか死ぬかって……穏やかじゃないわね。で、誰があんたに危害を加えようとしてるの? 羽入(私服): あぅあぅ、それは梨花なのですー!あの血も涙もない※※※※(自主規制)が、僕に生き地獄を味わわせているのですよ~! 美雪(私服): ……。んー、えっと……。 菜央(私服): とりあえず、ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどう?ご飯が炊けてるから、すぐに出せるわよ。 羽入(私服): あぅあぅあぅ~! そんな冷たいことを言って追い返さないでくださいなのですよ~っ? 一穂(私服): お、追い返すって……菜央ちゃんはそんなこと、一言も言ってないと思うんだけど……? 美雪(私服): ……えっと、一穂。お茶漬けを勧めるってのは、京都の人がよく使う「いけず」な言い方だよ。 一穂(私服): 「いけず」……って、どういう意味? 美雪(私服): 「いけず」ってのは、関西の方言で「意地悪」ってことだよ。 美雪(私服): あくまで噂的なネタ話なんだけど……京都の人って、相手を非難するような言い方をあまり直接的にはしない傾向があるらしくてね。 美雪(私服): 建前的な言葉の裏に本音を隠して迂遠に伝えることで、本来伝えたい意図を相手が自主的に察してくれるように仕向けるんだってさ。 一穂(私服): そ、そうなんだ……。だったら、今菜央ちゃんが言った「お茶漬けでもどう」ってのは? 美雪(私服): 「さっさと帰れ」って意味だね。ざっと翻訳すると「てめぇに出してやるようなモノはお茶漬け程度の手抜き料理で十分だ」てな感じかな。 一穂(私服): ひどっ?! 美雪(私服): 他にも「粋な人やね」ってのは「うるせぇやつだ」、「気のつく人やね」ってのは「神経質だ」とか……。 一穂(私服): ほ、本来の意図って結構えげつないね……。でも菜央ちゃんは、なんでそういう話を知ってたの? 菜央(私服): 京都を旅行した時に、お母さんが教えてくれたのよ。言葉のまま受け取って、恥をかかないようにって。 菜央(私服): けど、それを言い出したら羽入こそよくわかったわね。あんたも京都に行ったことがあったのかしら? 羽入(私服): この前たまたま、京都特集のTV番組を観て覚えたのです。いい勉強になったのですよ……じゃなくて! 羽入(私服): お願いなのです!哀れな僕を助けてくださいなのですよ~! 菜央(私服): ……話が振り出しに戻ったわ。っていうか、それってあんたの考えすぎか勘違いだと思うんだけど。 菜央(私服): 梨花が羽入に危害を加えようと考えるなんて、たとえ#p未曾有#sみぞう#rの天変地異が起こったとしても絶対にあり得ないことでしょうに。 羽入(私服): そうはいっても、リアルタイムで僕が酷い目に遭っているのは事実なのですよ~っ! 一穂(私服): はぁ……そうなんだ。大変だねー……。 美雪(私服): んー? なんか一穂の反応が若干悪いように感じるんだけど、どうしたの? 一穂(私服): あ、その……羽入ちゃんが名指しで助けを求めたのは美雪ちゃんと菜央ちゃんで、私は呼ばれなかったな……って……。 菜央(私服): ……言われてみれば、確かに。よくよく考えたら失礼な話かも……かも。 羽入(私服): あぁっ、ごめんなさいなのです一穂ー!あなたが頼りにならないのでは、という疑いが本音としてなかったこともないこともないわけではないのですよ~! 美雪(私服): いや、結局頼りにならないって言ってるじゃんか。そうやって一穂のことを悪く言うのは、私たちもさすがに許容できないんだけど。 羽入(私服): そんなこと言わないでくださいなのです~!失言と言葉足らずは謝るのですよー、あぅあぅ~! 菜央(私服): ……はいはい、わかったわよ。このままじゃいつまでたっても話が進まないし、聞くだけ聞いてあげるわ。 菜央(私服): 美雪も一穂も、それでいいわね? 美雪(私服): んー、私は一穂さえよければ。……どう? 一穂(私服): わ、私も……別に構わない、よ。 羽入(私服): あぅあぅ、3人ともありがとうなのですよー。……あ、その前に。 菜央(私服): ? どうしたのよ、羽入? 羽入(私服): もしよければ、お茶漬けを1杯もらいたいのです。うっかりお昼を食べ損ねていたのですよ……。 一穂(私服): け、結局食べるんだね……。 Part 02: 菜央(私服): で……いったい、梨花との間に何があったのよ?力になるかどうかはさておいても、せめて事情はちゃんと聞かせてよね。 羽入(私服): はいなのです。……実は、一昨日の夕方から沙都子が風邪を引いて、寝込んでいるのです。 一穂(私服): えっ、沙都子ちゃんが……!それで、容態の方はどうなの? 羽入(私服): あ、その点は心配いらないのです。入江の診断だとどうやら軽い夏風邪なので、安静にしていれば治るとのことなのですよ。 菜央(私服): それは良かったわ。体調が回復して元気になったら、快気祝いに何か持ってってあげるわね。 羽入(私服): ありがとうなのです。きっと沙都子も喜ぶのですよ……って、問題はそこではないのです。 羽入(私服): とりあえず、沙都子が寝込んでしまった代わりとして、当分の間は梨花が料理当番を引き受けることになったのですが……。 羽入(私服): 「あったかくて、精力のつくものを食べさせて」という入江の言葉を悪用して、その日の夜からずっと料理は辛いものづくしなのです~! 一穂(私服): そ、それは……。羽入ちゃんって確か辛いものが苦手だったから、結構きつい……よね……? 羽入(私服): きついどころではないのです!もはや拷問、虐待と呼んでも差し支えない極悪レベルなのですッ!! 羽入(私服): 今日なんて、朝からキムチ鍋!死ぬ気で食べ終わった瞬間に意識が遠のいて、視界に三途の川が見えた気がしたのですよ~! 美雪(私服): お……おぅ……。朝からキムチ鍋は、さすがにちょっと……重いよねぇ。 羽入(私服): 重いではなく、辛いのです!ちなみに今の言葉には「からい」と「つらい」の2つの意味が含まれているのですよー! 菜央(私服): まるで和歌の掛詞みたいね。センスがある……といってもこの場合、あまり嬉しくはないんでしょうけど。 羽入(私服): あぅあぅ……そして今夜も、梨花は辛いものづくしの料理を予定しているはずなのです。 羽入(私服): その証拠に、僕は見てしまったのです……台所の戸棚にあった、袋一杯の唐辛子をっ!! 一穂(私服): す、すごいこだわりようだね……。けど、そんな激辛料理は沙都子ちゃんだってさすがに食べるのは難しいんじゃない? 菜央(私服): そうよね。いくら栄養をつけるためだとしても、胃が驚いて受けつけることができないはずよ。 羽入(私服): その通りなのです。……だから沙都子は、別メニューの胃に優しい献立になっているのですよ。 美雪(私服): えーっと……入江先生に言われて、身体があったまるよう辛い料理にしてるんだよね。 美雪(私服): なのに、一番必要な沙都子本人に食べさせないっておかしくない……? 羽入(私服): だから! さっきから言っているように梨花は僕に辛いものを食べさせて、ただ嫌がらせをしたいだけなのですよー! 美雪(私服): ……何かあったのかな、梨花ちゃん。いつもにぱにぱ笑顔だけど、実は結構ストレスを抱えちゃってるとか……? 菜央(私服): さぁ……? あたしは梨花本人じゃないから、想像だけじゃなんとも言えないわ。 一穂(私服): そ、それはともかく……今の話だけを聞いてると、さすがに羽入ちゃんが可哀想に思えてきたんだけど……。 美雪(私服): んー……まぁ、そうだね。梨花ちゃんがイタズラ好きなのは知ってるけど、そこまでの仕打ちはちょっとやり過ぎかなぁ。 羽入(私服): ちょっとどころではないのです!このままだと僕の胃の中が大火事になって、いつか口から炎を吐いてしまうのですよ~! 菜央(私服): ……まるでドラゴンね。でも、そういうのが本当にできるんだったら少しだけ見てみたいかも……かも。 羽入(私服): 残酷なことを言わないでくださいなのですー!あぅあぅあぅ~! 美雪(私服): まぁ、冗談はさておいて……羽入。結局のところ私たちは、何をすればいいのさ? 羽入(私服): お願いなのです……!今日の夕食と明日の朝食は、3人が僕を誘ったということにして、一緒にとらせてほしいのです! 羽入(私服): もし僕が自分から逃げたと知られたら、問答無用で連れ戻されてしまうのです!そして、さらなる厳しい罰が……! 羽入(私服): だからどうか、僕にお慈悲をくださいなのですよ……! 一穂(私服): な……なんだか悪の組織から脱走しようとしてるみたいな言われようだね。梨花ちゃんが聞いたら、きっと怒るよ……? 美雪(私服): んー、まぁ……そこまでの事情を聞かされちゃ、見捨てるってのも寝覚めが悪くなるからねぇ。 美雪(私服): よし、わかった。詩音たちから依頼されたエンジェルモートの新作の味見ってことで、梨花ちゃんには上手く言っておいてあげるよ。 羽入(私服): あ、ありがとうなのです……!地獄に仏とは、まさにこのことなのですよー! 美雪(私服): おぅっ……だからって、泣かなくても。んじゃ、ちょっと待ってて。梨花ちゃんに電話してあげるからさ。 美雪(私服): ……うん。そういうことだから、よろしくね。それじゃ梨花ちゃん、また明日。沙都子にもよろしく伝えておいて……んじゃ。 菜央(私服): あら……結構通話が短かったわね。で、梨花はなんて言ってたの? 美雪(私服): んー? まぁ、特には何も言ってなかったよ。さっき羽入から言われた通りに伝えたら、「そうですか。よろしくなのですよ」って。 羽入(私服): ほ……本当なのですか?裏の意図を含んでいたりしませんでしたか?あるいは何か、恐ろしい陰謀が……! 美雪(私服): んなわけあるかい。私が電話で話してる間、キミもそばにいたよね?結託してるような様子はなかったと思うんだけど。 羽入(私服): そ、それは確かに……。疑って、ごめんなさいなのですよ。 菜央(私服): とりあえず、お昼も食べたことだし夕食の買い出しに行きましょう。羽入のリクエストって、何かある? 羽入(私服): あぅあぅあぅ、辛いもの以外だったらなんでもオールOKなのですよ~! 一穂(私服): ……ほとんどトラウマになってるね、羽入ちゃん。 Part 03: 羽入(私服): あぅあぅあぅ~!おいしそうな食材がいっぱいあるのですよ~! 美雪(私服): ちょっと、羽入。あんまり走り回ると他のお客さんに迷惑だよ……って、行っちゃった。 菜央(私服): もう、はしゃいじゃって。あぁいう様子を見てると羽入もまだ子どもなんだなって、改めて思うわね。 菜央(私服): ……って、なによ美雪。あたしのことを変な顔で見て、どうしたの? 美雪(私服): んー……いや、菜央が誰かを見て「子どもっぽいわねぇ」って呆れて言うのはなんか違和感があるなー、って思ってさ。 菜央(私服): ……あたしが若年寄みたいだとでも言うつもり?梨花が羽入にキツイ制裁を食らわしたみたいに、あんたも素敵な目に遭わせてやってもいいのよ……? 美雪(私服): おぅっ、それは勘弁……!……んー? ところで羽入はどこに行ったの? 一穂(私服): えーっと……あっ、あっちにいたよ。 羽入(私服): はぐっ……んー、おいしいのです!このソーセージ、あつあつでとってもジューシーなのですよ~♪ 菜央(私服): ちょっと、羽入。試食だからってご飯前にあんまり食べると、お腹がふくれて食べられなくなるわよ。 羽入(私服): これくらいなら、大丈夫なのです!というわけで、もう一本……あぅあぅっ♪ 一穂(私服): あ、あははは……。やっぱり、辛い料理の連続が辛かったのかな……? 羽入(私服): さーて、次の試食は――あうっ?! 一穂(私服): ? どうしたの、羽入ちゃん? 梨花(私服): 『……、にゅぅ……』 羽入(私服): っ、こ、これは……まさか……?! 梨花(私服): 『羽入……聞こえているわね……?』 羽入(私服): な、なんで梨花の声が、僕の頭の中に……? 羽入(私服): あ……ありえないのです!僕と梨花がお互いの感覚を共有できるのは、味覚といった限定的なもので……? 羽入(私服): まして、こんなふうに遠隔で意識や感覚を接続するようなことはできなかったはず……なのに……?! 梨花(私服): 『さぁ……どうしてかしらね。あんたがよっぽど浮かれて、強い波動がだだ漏れになったせいじゃない?』 梨花(私服): 『まぁ、私も調子に乗ってやり過ぎたし……ただの外泊程度の気晴らしだったら、今回だけは大目に見てもいいって思っていたんだけど』 梨花(私服): 『まさか、そこまで悪口を言っていたなんてね。……さすがに目に余るわ』 羽入(私服): は、話し合いましょうなのです、梨花っ!腹を割ってきちんと言葉を尽くせば、誤解していることが伝わるはずなのですよ~! 梨花(私服): 『……大丈夫よ、今の私はとてもクールだから。これからちょっと、ホットになるかもだけど』 羽入(私服): や、止めてくださいなのです……!この接続された状況であなたが食べると、それが僕の感覚にまで共有……?! 羽入(私服): って、ほぎゃぁぁあああぁぁあぁっっ?! 美雪(私服): おぅっ? ど、どうしたの羽入? 菜央(私服): このソーセージって、チョリソーじゃないわよね?そんなに辛かったのかしら……? 沙都子(私服): はぁ……ようやく起き上がって歩いてもふらつかないようになってきましたわ。 梨花(私服): ……あっ、沙都子。身体の具合は、もういいのですか? 沙都子(私服): えぇ、おかげさまで。簡単なものでもよろしければ、料理だってこなせましてよ。 梨花(私服): 今日くらいは無理しなくてもいいのです。雑炊もうどんも、いつでも言ってくれればつくってあげられるのですよ。 沙都子(私服): ありがとうですわ。では、お言葉に甘えさせていただこうかしら。 沙都子(私服): ……それで、梨花?ひとりでそんなところに座り込んで、いったい何を食べているんですの? 梨花(私服): みー。魅ぃから預かっていたエンジェルモートのフェア料理用の唐辛子が、どれくらい辛いのか味見しているのですよ。 沙都子(私服): あぁ、そんなことを言っていましたわね。確か……辛いものが苦手な人が、どのくらいまでなら許容できるかを試してもらいたい……でしたっけ? 沙都子(私服): にしても、だからって何も手づかみでそれだけを口に含まなくても……。見ているだけで辛みが伝わってきそうですわ。 梨花(私服): ……くす。このスキルは、今後色々と役に立ちそうね。 梨花(私服): とりあえず今は、不届き者の神様に「逆天罰」とやらを食らわせてやるとしましょう。……文字通りにね。くすくす! 沙都子(私服): ?……梨花が何を言っているのか、私にはさっぱりでしてよ。 羽入(私服): 『ほんげぇえぇええぇぇえぇえっっ?!』