へいへいぼんぼんに、今日の学校が終わった。夏休みまでもう後わずか。

「じゃあね、リリア」

「うん。お先に」

 わたしは忙しくクラブ活動をしている友人と別れ、かばん一つを持って校門へ向かう。

 わたしはこれから駅までのバスに乗って、めん電車に乗り換えてしばらく揺られ、さらに歩く。

 自分で選んで入った、そして十分気に入っている上級学校とはいえ、毎日となると少々大変だ。誰かがクルマで迎えに来てくれないだろうかと思うが、以前みたいにママがかつこう良すぎるスポーツカーで待っていても目立つし、たまに家に遊びに来るママのどうりよう達がかんじゆうをつけた緑色の四輪どうしやで待っているのもえんりよしたい。

「まあ、いいか」

 いつものことだから。

 また本を読みながら通学時間をつぶすつもりで、わたしは校門を通り抜けた。そしてそこにあるそうげい用の駐車場で、十人ほどの女子生徒が作る人だかりを見つけた。

 ねえ、どこから来たの? と女子の声。

 最上級の女子生徒達に取り囲まれている人は見えなかったが、わたしには関係なかろう。脇を通り過ぎようとしたとき、

「あっ! やっと出てきた」

 ひとみの中から、なんとも聞き覚えのある声が聞こえた。男の子の声だった。

 右後ろ四十五度から、二十個以上の視線が、ずぶずぶずぶと突き刺さった感じがした。

「リリア!」

 呼び捨てにするな。

「リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツさん!」

 フルネームで呼ぶな。

 わたしが恐らくはきようあくぶつちようづらで振り向くと、せんぱい女子が動物園から逃げ出したもうじゆうを見たかのように体を引いて、すぐに割れて声のぬしとの対面を助けてくれた。けいなことを。

「久しぶり、リリア。元気だった?」

 女子生徒に囲まれていたのは、サイドカーだった。一台のサイドカー。なかなか新しいタイプに、広いそくしやがついている。そしてその持ち主もいた。簡単に説明すると、一つ年上の少年、以上。

 わたしがさんぱくがんにらんでいると、

「あれ? 俺のこと忘れちゃった? むかし一緒によく遊んだり寝たりしたじゃん」

 そやつはいきなり言い放った。同時に先輩達の黄色い歓声が飛ぶ。二、三発ぶんなぐってやろうかと思った。ほとんどそうしてやろうと近づくと、お金持ちかつ美人の先輩の一人がそいつにたずねた。

「この子が、あなたの幼なじみ?」

「そう。だかられいなお姉さん達とはここでお別れ。残念です」

「よく言うわね」

 そしてその美人先輩は、

「ふーん」

 わたしをじろじろと、ほとんどしなさだめをするように見た。そして、行きましょ、とお仲間に短く言うと、皆そろってぞろぞろと、待っている出迎えの高級車に向かって去っていった。何か言えよ、感じ悪い。

 わたしは笑顔で手を振っていた男に近づくと、

「何しに来たのよ! なんでこんなところにいるのよ!」

 二発立て続けに聞いた。

 こいつは確かにわたしの幼なじみで、子どもの頃はよく遊んだおくがある。といっても、ママ(とわたし)がまい季節の休暇で訪れる国──ロクシェ最西端、中央山脈にあるイクス王国で、ひいきの宿屋の、そのおとなりの息子だか何かで、おまけにその谷には同世代の子供が少ないから行くたびに一緒に遊んだだけだ。

 だんだが、イクス王国はロクシェでもっとも有名な観光地で、〝ロクシェの市民が一生に一度は行きたい場所〟ランキングの十年連続トップだ。美しくそうめいなフランチェスカ女王様の元、独自の歴史と文化を保ちつつも、観光客をうまく受け入れている。スー・ベー・イルの王室とのつながりも深い。ちなみに名前は分からないが王女様がいて、次も女王になることが決まっている。

 それはさておき、一応彼の名前をいっておくと、トレイズ。

 下の名前は知らない。「〝イクストーヴァのトレイズ〟とでも呼んで」、とかつこうつけたことを言われて以来、けいしようをつけるのもばかばかしくなり、無印の〝トレイズ〟で通している。ここ数年は、年に一、二度会う程度だ。首都で会ったことなど一度もない。

 トレイズはなんだかおにもれいでないカーゴパンツに、乗馬用かバイク用か分からないがやや長めのブーツに、あちこちにぎがあるねんの入った黒い革ジャケット姿で、腰の後ろにウエストバッグを巻いている。

 わたしはこいつがだいきらいでもにくいわけではないが、それなりに気に入らないこともある。

 トレイズがわたしの質問に答える。

「リリアのお母さんに、アリソンさんに頼まれたんだ」

「ママに?」

「そう。首都に着いたから、前にもらっていた空軍のれんらくさきに電話したら、『時間がちょうどいいから学校へ行って娘をゆうわくもしくはゆうかいして家まで連れてきて』──そう言われた」

「…………」

「『リリアちゃんは通学めんどうだから、迎えに行ってあげるととても喜ぶわ』──とも言われた」

「……さようですか」

 トレイズは乗りなよ、とサイドカーを指し示す。土とほこりで、お出迎えのクルマにしては綺麗ではない。座席の後部やそくしやの後部には、大量のたび荷物がくくりつけられていた。かばんやら、ぶくろやら、テントやら、なべやら。

「まさか……、イクス王国の家からサイドカーで来たの?」

 わたしがたずねると、トレイズはもちろん、と言って簡単にうなずく。

 わたしはあきれた。イクス王国からここまで、何千キロあると思っているんだ?

「ホテルに泊まるほどお金もないし、ちゆう草原でキャンプしながら来た。けつこう急いだつもりなんだけど、二十日かかった」

「バカじゃないの? 列車と飛行機乗り継いでくれば、たった三日じゃない」

 今や旅行は飛行機でする時代だ。わたしが言ってやると、トレイズが答える。

「自分でそうじゆうできないのがつまらないんだよ。分かるだろ?」

「う……」

 わたしは黙った。その気持ちはよく分かる。

 トレイズについて気に入らないこと──それはわたしが他人にちょっと自慢できる、普通の上級学校生にはない特殊技能の二つが、こいつにも備わっていることだ。

 一つ目は、飛行機の操縦。

 ママは、わたしがまだ幼かった頃、空軍基地にある保育所にわたしを預けていた。天候が悪化して飛べないときなどは、かくのうで飛行機を見せてくれた。大きくなって席に座れるようになると、簡単な飛行に乗せてくれるようになった。幼年学校は空軍基地の近くのそれに、一緒にクルマで通った。わたしも終わると基地へ遊びに行ったし、時間が合うと飛行機に乗せてくれた。そして十さいころになると、

「じゃあ、リリアちゃんも操縦かん握ってごらん。どうせ誰も見ていないわよ」

「うん、分かった!」

 信じられない話だが、わたしはそのころからそうやって飛び方を習った。

 法的に決まった空軍の飛行士ようせいプログラムなど完全に無視し、世間一般の家庭でクッキーの焼き方を教えるように、ママじきじきの技をでんじゆしてくれた。

 意のままに飛行機を飛ばすことがおもしろくなってくると、次はちやくりくの方法、アクロバットなどの特殊な飛び方、計器の見方、天候の読み方、あらゆる限りのべつ機種。ママが教えるのが上手じようずだったせいなのか、それともママの言うとおりわたしに才能があったのか、今のわたしは自転車の運転より飛行機の操縦の方がうまい。

 そしてトレイズもまた、飛行機を飛ばすことができる。

 飛行機きのフランチェスカ女王様の計らいで、イクス王国には観光飛行機が多いらしい。そのへんが理由なのか、とにかく操縦ができる。一度わたしがそのことを疑ってかかったら、次の日どこからか用意してきた小型飛行ていで、目の前で飛ぶのを見させられた。正直その時のわたしよりうまかった。そうごんな中央山脈を背景にした、れいな、流れるようなアクロバットだった。

 二つ目は、ベゼル語。

 わたしは、スー・ベー・イルの公用語であるベゼル語を話すことができる。これもまた、ママゆずりだ。子どもの頃から家では二カ国語を使っていたし、保育所に入るまでは、それがどこの家庭でも当たり前だと思っていた。

 昔とは違い、スー・ベー・イルとの文化・経済交流は盛んで、優秀な学生はこく留学生として〝かわこう〟に行くこともできる。観光でも列車や船、飛行機などで行くこともできるが、まだ双方の言葉がかんぺきに話せる人は、そうそういない。

 わたしの通う上級学校ではベゼル語の授業も選択可能だが、わたしは取るべきなのか担当の先生に聞きに行って、その場でその授業の単位をもらった。先生いわく、あなたには上級学校で教えることは何もないから、大学で論文を書くときにまた習いなさい、とのことだ。

 そしてトレイズもまた、ベゼル語を当たり前のように使うことができる。これも詳しくは知らないが、イクス王国には西側からの観光客もそれなりに訪れるようだから、そのへんが理由なのか。

「で、うちに泊まる気なの?」

「アリソンさんの許可はもらったよ。もう一人のは、知らない。──今、〝チッ〟とか言った……?」

 耳のいいやつだ。

「いいえ。──まあいいわ。乗せていってくれるんでしょ?」

「もちろん。さあおじようさん、お乗りください。その辺にぼうの予備あるでしょ?」

 わたしはそくしやのシートの前に落ちていた、飛行ぼうに似た革の帽子をかぶり、濃く色のついたぼうげんゴーグルをはめる。誰かに見られてもばれないように。


 首都の道は、だいじゆうたいだったりあきれるほどすいていたり。

 わたしが指し示したとおりに、トレイズはすいすいとサイドカーを走らせる。なかなかうまい。しょっちゅう急停車するめん電車よりは、楽だ。

 これなら、少し寄り道する時間があると思った。わたしはトレイズに、ちょっと寄っていくところがあるからと道を変更させた。

 そして着いたのは、首都の真ん中にある公園だった。一区画そのまま森としばの緑が広がる、気持ちのいい空間だった。

「〝ベマーテ公園〟? 変な名前」

 トレイズには脇の道にサイドカーを止めさせて、わたしは芝生の中へと入る。そしてそこに、あおけにころがった。あおい空を仰ぐ。

「あー、きもちいい」

「上級学校生は、寄り道はいけないんじゃなかったの?」

「あなた先生?」

「違うけど」

「じゃあ放っておいて。──もっと離れて座りなさいよ。知らない人が見たら仲がいいと思われるでしょ」

「はいはい」

「〝はい〟は一つで十分」

「はい、お嬢さん」

「何よじようひんぶって」

 それからわたしは、えんりよなくしばの上で、視界いつぱいに広がる木々の緑と、その向こうのあおい空を見上げる。この公園に来ることはほとんどないが、ぜん誕生日にママに連れてきてもらって以来、好きな場所の一つだ。

 わたしは右手で飛行機を作って、

「ぶーん」

 急上昇。頂上でひねって、まっすぐ落とす。何度かくり返して遊ぶ。そういえばここしばらく勉強が忙しくて、飛行機に乗っていない。休みに入ったらまたママに頼んでみようか。

 休み? わたしはふと思いついて、空を見上げたまま聞いた。

「ちょっとトレイズ」

「なに?」

「二十日も旅していたって……、あなた学校は?」

「行ってないよ。言ってなかったっけ?」

 わたしが首を横に向ける。足を伸ばして座っているトレイズが、こっちを見ていた。

「じゃあ、仕事は? 観光飛行機とか飛ばしているんじゃないの?」

「ん? 違うよ……」

 れの悪いトレイズに、じゃあ毎日何やっているのよ? と聞くと、

「秘密」

 なんだそりゃ? あまり見ないまじめな顔をしたトレイズに、さらに質問する。

「家族は何も言わないの?」

「秘密……、だね」

「何よ。人の家のことはよく知っているくせに。少しは教えなさいよ」

 わたしがやや強い調子で言うと、トレイズはしばらく空を見上げた。そのままごまかすつもりかと思ったら、トレイズは視線を下げて、胸に右手のこぶしを当て、どこまでもまじめくさった顔で言った。

「それは秘密なんだ。それを話すときは、きっと俺がリリアにプロポーズするときだよ」

 なにさまだー! コイツは?

 自分が秘密の王子様とでも思っているのだろうか? とりあえず芝生から起き上がり、背中に軽くりを入れておいた。

「さて、帰るわよ! 運転手!」

「はいはい……」

「一つでね!」

「はいはい……」


 ぼくの運転で家に帰ると、ママのスポーツカーがいつもの場所に駐車してあった。アパートの間の細い道はくるま社会になってからじよう駐車が絶えず、もうしかたがないので両側の駐車を認めて一方通行になったと聞いた。入れられそうなすきを見つけると、誰も彼もがバンパーをぶつけながらねじ込んで駐車する。

 適当な場所にサイドカーを止めさせて、わたしはトレイズのたび荷物を何も持たず、エレベーターで最上階まで上がる。

「ただいま」

 重荷のトレイズを玄関に残し、廊下に入ったわたしを出迎えたのは、

「おかえりなさい。──久しぶりですね」

「…………」

 ママではなく、〝英雄さん〟、だった。ママの部屋からドアを開けて出てきた。

 げ茶色のぐんぷくを着た、男性。黒い髪をして眼鏡めがねをかけている。〝英雄さん〟は、唇の前に人差し指を立てて、ゆっくりとドアを閉める。そして完全には閉めなかった。少し隙間を残した。

「こんにちは……」

 一応あいさつしたわたしに、〝英雄さん〟が声量を抑えて聞く。

「こんにちは、リリアーヌさん。私の名前は、覚えてもらっているでしょうか?」

 わたしは、

「ええ。トラヴァスしよう

 半分は事務的に答える。スー・ベー・イルおうりつ陸軍の少佐、トラヴァス、それがその人の名前だ。ロクシェ語も当然話せるが、今はベゼル語だった。

「今日はママとデートだったそうで。わざわざ送ってくれたんですか。それはどうもありがとうございます」

「ええ。君のママは疲れたってをこねて寝てしまったところです」

「そうですか。それもどうも」

「それでも一応、夕食には誘われています。少し待たせてもらっていいでしょうか?」

「どうぞ」

 わたしはそれだけ言って黙った。

 トラヴァス少佐は礼を言って、廊下おくのリビングへと向かった。何度も来たことがあるのだから、勝手は知っているのだろう。

 わたしがママの部屋の前に立ち、閉められなかったドアから中をのぞく。夕焼けの色がうっすらと差し込む部屋で、広いベッドの上で、ママはいつもの普段──軍隊用のジャージ上下というラフなかつこうのまま寝ていた。そして、

「…………」

 幸せそうな顔をして寝ていた。あんなママの顔、わたしは今まで何回見たことがあるだろうか?

 わたしは、今度はしっかりとドアを閉めた。

 リビングに向かおうとして、一人忘れていたことに気がついた。振り返って、頭の中をロクシェ語に戻す。別にベゼル語でもいいのだが、気分的に。

「あなたも上がりなさい。その脇にあるものおき部屋がいているから適当に」

「ああ。──あの人は?」

「ママのかれよ。かわこうの人」

「──しょっちゅう来るのか?」

「ここ最近はなかったんだけどね。別にいいんじゃない」

「いいのか?」

「……本人がいいって言えば、いいのよ」

「そっか……」

 トレイズは少し寂しそうな顔をして、それから両手いつぱいに抱えた荷物をしまおうとした。わたしは、さっきトラヴァスしようが向かったのとは反対方向に廊下を歩く。そして、

「ほら、手伝うからそのかばん渡しなさい」

「ありがとう」

 トレイズが、みように素直な顔で礼を言った。今までほとんど見たこともない、子供のような顔だった。

「……何よ? 何も出ないわよ」

 わたしは小さなどうようかくすためにあえてそう言ったが、

「えー、お茶くらいは出してもバチは当たらないだろ?」

 返事は相当あつかましい。

 しかたがない。

〝二人〟のために、お茶くらいは出してあげるか。



「じゃあ、わたしは制服えてくるから、適当にテレビでも見て待っていて。──のぞかないように」

 リリアーヌ・シュルツがそう言い残して、リビングから出ていく。テーブルにはげ茶色のぐんぷくを着た男と、少年と、の立つ二人分のお茶が残された。

 トレイズの見ている先で、閉じられたガラス戸の向こう、廊下の脇にある部屋へと、リリアが消えた。

「…………」

 トレイズは前を向き、自分を静かに見る少佐と目が合う。

「……ん?」

 トレイズが小さく声を上げた。

「なんでしょうか?」

 トラヴァスしようのロクシェ語の問いに、トレイズはなんでもありませんと首を振って答えた。そしてカップを持ち上げて、しそうにお茶を飲む。そして、

「ん……」

 トラヴァス少佐が、自分の分にまったく手をつけていないことに気づいた。

「リリアがいれてくれたお茶に、毒でも入っていると思っているんですか?」

 ややとがった調ちようのトレイズの問いに、トラヴァス少佐は首を横に振った。

「いいえ。ねこじたなんですよ。こればかりは治りません」

 トレイズはそうですか、と言って、お茶を飲む。半分ほど飲んだとき、

「お久しぶりです。再びお会いできて光栄です」

 目の前の男が、トレイズにそう言った。

 カップを置いたトレイズが、げんそうな顔で男を見て、

「以前会ったことがありますか?」

「ええ。ですが、私はほとんど十年ぶりにお目にかかります。大きくなられた。──殿でん

「…………」

 トレイズがにらみ付ける前で、男はゆっくりと頭を垂れた。トレイズは廊下をちらりと見て、まだリリアが戻っていないことを確認する。そして、

「……顔を上げてください。そして、あなたは何者ですか?」

 トラヴァス少佐がゆっくりと顔を上げて、

「殿下の思うとおりの人ですよ」

「そうか……。そうか、例の人ですね……。あなたが、父上や母上がつねづね言っていた人ですね」

「はい。殿下」

「〝壁画発見の真の英雄〟にして、〝母上を救った魔法つかい〟にして、アリソンさんの〝信頼できる部下〟にして……」

「そこまで言っていましたか?」

「〝リリアのお父さん〟──ヴィルヘルム・シュルツ。……やっぱり、同じ目をしていたのはちがいではなかった。あなたの目元は、リリアのそれにそっくりです」

「ああ、それでさっき」

「ええ」

うれしく思います」

 ヴィルはカップを持ち上げて、何度か吹いて冷ましていく。やっと口に付けて飲んで、

「おいしい。──リリアのいれてくれたお茶を飲むのは、初めてです」

「…………」

 トレイズは何も言わず、残り少なくなった自分のカップをからにした。それを置いたとき、トラヴァスしようが、ポツリと言う。

「あなたが来られると聞いて、今日はまいりました。いちおう知っておいてもらいたかった」

「……そうですか。あなたの秘密は、死んでも守ります」

「ありがとうございます。でも、殿でんはそんなことよりもご自身の命を守ってください。まず自分を守り、そして──」

「そして、何ですか?」

「自分の好きな人を守ってください」

「しっかりと、覚えておきます」


 トレイズとトラヴァス少佐は、お茶を飲みながら小声で会話を交わした。ときおり二人して、廊下の先を見るのを忘れない。

 トラヴァス少佐はトレイズの家族のきんきようたずねた。トレイズが答える。

 フランチェスカ女王様たる母フィオナと、スー・ベー・イル軍をめて妻を支えて働く父ベネディクト、二人ともとても元気かつ仲がよく、首都クンストのおうきゆうや〝あの谷〟をおうふくしながら、のんびり過ぎるほどのんびりと暮らしていること。娘一人がしっかり者で、

「これはもうわたしが頑張らないとダメね」

 そういつも言っていること。

「メリエルは自分が姉だと思っていますが、俺は妹だと思っています。会うとそのことで口げんかばかりですよ。ふたというのはややこしいです。──でも、メリエルを選んだ母上の判断は正しかった。俺は、こうしてここに来られることをうれしく思いますから」

「そうですか」

 トラヴァス少佐が、嬉しそうに目を細める。

 トレイズは、どうやってヴィルが西側の市民権を手に入れたのか訊ねた。

 訊ねた後で、答えてもらえなくてもいっこうに構わないとつけ足したが、トラヴァス少佐は答える。ロクシェのれんぽう大学を三年で卒業した後、ある信用のあるスー・ベー・イル貴族のようとなったこと。そしてスフレストスで二年ほど、大学に通いながらとても優秀な人間に教育を受けたこと。予定されていたとおり、大使館で東西の問題を解決する仕事にいたこと。

「〝ヴィルヘルム・シュルツ〟を殺してしまうのは辛かったですが……、何も関係ない人を巻き込みたくなかった」

 目を細めてそう言ったトラヴァス少佐に、

「リリアのことですか?」

 トレイズが確認するように聞いて、トラヴァスしよううなずいた。そして、それでも最近は危険度の高い仕事が減り、〝かれ〟としてアリソンの近くにいられることをうれしく思う、そうつけ足した。

「いつか……、リリアに本当のことを話すときが来ると思いますか?」

「分かりません。その方がいいのかどうかも。あなたはどうですか?」

 トラヴァス少佐の問いに、

「分かりません……」

 トレイズが同じように答えたとき、廊下に、着替えを終えて部屋から出てきたリリアが見えた。トラヴァス少佐も気づいた。

 二人が、互いの本当の身分で最後の言葉を交わす。

「リリアと、仲良くしてください」

「ええ」

 トレイズが胸に手を当てて、静かに、しっかりと頷いた。そして、

「あちらはどう思っているか知りませんが……」

 そうつけ足した。