第九章 「答えはアリソン」
二つの死体を乗せ、車体に
一両目の食堂車の、
「着きましたよ」
ストーク
そこは広い車庫の中で、ウナギの
「
ストーク少佐がそう言って、最後につけ足す。
「町の名前は〝リリアーヌ〟といいます」
現場に残ったストーク少佐と別れて、四人は案内役として紹介された黒スーツ姿の男の運転で、夜の町中を走った。後ろから荷物を乗せた車が続く。
町中心部にある石造りの
アリソン達四人はエレベーターに乗り、最上階の部屋へと案内される。二つある部屋に、ベネディクトとヴィル、アリソンとフィオナ、が割り振られ──アリソンが
案内役を頭から
「ベネディクトさんもけがをしているし。もう今日は寝るだけだから」
ヴィルがアリソンをなだめて、アリソンが今度はヴィルに厳しい視線を向ける。それから渋々と、フィオナと一緒に部屋の中に消えた。
ベネディクトとヴィルが
ベネディクトとヴィル、部屋に二人きりになって、
「アリソンが別部屋でちょうどよかった」
ヴィルがそう切り出した。そして、ベッドの一つに
「かなり込み入ったお話があります」
「ヴィル君……、それは……、にわかには信じられない。──でも、絶対違うという
「僕は、このまま終わらせたくないんです。何か手は打てないでしょうか? ここはスー・ベー・イルです。ベネディクトさんに頼むしかありません」
「…………」
「お願いします」
「……ああ、できなくはない。元々そのつもりだったんだし、明朝にしかるべき場所さえ確保できれば……。でも、君の計画は危険だぞ?」
「危険なのは僕だけです。そしてこれは、間違いなく最初で最後の機会です。このままでは、全員が
「…………」
「お願いします」
「分かった……。その作戦に乗ろう」
「
「まあまあ」
「信じられない! ひどい!
「まあまあ。まだ日はあるわ」
「このまま終わったら、作戦は大失敗よ!」
「そうならないように、努力しましょう」
「そうよ! ──でも、今日は寝るわ。高そうな部屋ね」
* * *
「えー、なになに──『リリアーヌは中世にイルトア王室の保養所として湖の
「すてきな町ね。……こんなことにならなければ決して来ることがなかったなんて
「どうしたの?」
「カメラを部屋に忘れたわ……。二つとも。ドジね」
ガラスで仕切られた車体
アリソンはほぼ昨日と同じ服装だが、綿パンツの上はセーターではなく革製のジャケット。カンバス地の小型バッグを、大切そうに
そしてベネディクトは、
「でも、その
軍服姿だった。
黒い空軍制服の上下を、
「一応、私の
ベネディクトが答えて、フィオナが
「それで、これからどこへ行くの?」
アリソンの質問に、
「
「どんな?」
「今はまだ……」
ベネディクトが言葉を
ヴィルは黙って、窓の外を
車が止まったのは、町を抜けて、まだ茶色い土だらけの
そこに、石造りの建物があった。扉が開かれている大きな入り口アーチをくぐった先には、通路の左右にベンチが並べられ、突き当たりには
「すてきなところね!」
車を降りてその景色を見たフィオナが、
「喜んでくれて、何よりです。この辺りの地域ではごくありふれた、公園を兼ねた
「今もすてきだわ。山にはない良さね」
「今は誰もいませんが、祝日には、たくさんの人が訪れるところです。もっとも私は、あまり
ベネディクトが言って、
「どういうとき?」
フィオナにすかさず質問される。ベネディクトが、
「あ、いや……、じきに分かります」
制帽の
ベネディクトは車に近づき、スーツ姿の運転手にしばらく車内で待つように言った。
そこに、もう一台の車が到着した。同じようなサングラスの運転手つき高級車から降りたのは、
「みなさん、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「おかげさまで! ──で、どうしたの?」
アリソンがまず大声で
「私ですか? カー少佐に呼ばれたんですよ」
「ふーん」
そっけない返事をしたアリソンに軽く肩をすくめて、
「最初にご報告が。よろしいですか? カー少佐」
ストーク少佐がことわりを入れて、ベネディクトが
ストーク少佐がいくつかの情報を伝える。まず、テロル氏とイーエンは、スー・ベー・イルへの逃亡と
「──そして
ストーク
「…………」
何も言わなかった。ストーク少佐が続ける。
「スー・ベー・イル軍内部では、今回
「別に、それについて追及などしませんよ」
ベネディクトが静かな口調で言う、
「〝ストーク
ストーク少佐は小さく
「さて、最後にあなた達です。スー・ベー・イル国民であるカー・ベネディクト王立空軍少佐はどうでもいいとして──失礼、ロクシェ市民のお
「首都はダメってことね」
「とても残念です。しかたありませんけど」
アリソンとヴィルが感想を漏らした。
「申し訳ないと思っています。そして私は、方法を見つけて全員をスフレストスに招きたいと考えています。〝何時か〟は約束できませんが、きっと。──最後にもう一度お礼を言わせてください。私は、あなた方全員の勇気と英知
「さて、中に入りましょうか?」
ベネディクトが言って、中を見て回れるの? とフィオナの質問。
「もちろんですよ。そのために来たんですから。──ストーク少佐も」
「立ち会えて光栄です」
ストーク少佐が言って、
「何に?」
アリソンが
「あれ? 聞いていな──」
「入ってください!
ベネディクトが大声でストーク
「なんなの?」
ヴィルとアリソンが続く。そして運転手にここで待つように伝えて、ストーク少佐が後を追った。
結婚
結婚を決めた二人が
「私はあなたに、それを
ベネディクトがだいぶもって回った説明をしたおかげで、フィオナの理解がやや遅れた。
「つまりですね、私はあなたとの結婚を正式が、──いいえ、正式に申し込みたい。その上でこの場を使いたいと思っているのです。ご理解いただけたでしょうか? フィー」
やっとフィオナが状況を飲み込んで、

「本当は、列車がスフレストスに着いたときに、きちんとお願いしようとずっと思っていましたが、このようなことになってしまい、申し訳ありません。──そして、返事をいただけたらと」
「どうすればいいの?」
フィオナの質問に、ベネディクトが答える。
「〝はい〟ならキスを。〝いいえ〟なら
フィオナが目を閉じて、軽く顔を上げる。
ベネディクトがゆっくりと身を
「私達に、永遠なる愛の神の
そしてベネディクトは、ロクシェ語で言い直した。
「愛の神様はずっと見守ってくれるとすてきなのでそのようにお願いします──」
右後ろのベンチには、ヴィルとアリソンが並んで立っていた。
「すてきね」
小声で感激の声を漏らすアリソン。
左後ろには、ストーク少佐が一人立っていた。
唇を離して目を開けた二人が、
「あの」「あの」
同時に発言して、
「そちらからどうぞ」
ベネディクトが
「村のみんなを
ベネディクトが答える。
「がんばりますよ」
「ありがとう。──どうぞ」
「私から言いたいのは、これからいろいろ大変なことが起きるでしょうが、二人で乗り越えましょう、そんなよくある言葉です。それと──」
「それと?」
「ロクシェ語はもっともっと勉強しますよ」
「え? それは別にいいわ」
「どうしてですか?」
ベネディクトが
「わたしはあなたの〝
「おめでとう。立ち会えて
ストーク
ヴィルのジャケットをさらに引っ張っていたアリソンがやっと手を離し、硬い顔をしたヴィルに訊ねる。
「どう?」
「え? ……何が?」
「感想よ。感動したとか、おめでとうとか」
「ああ……、そうだね。うん」
「なにそれ?」
かなり
ストーク少佐はベネディクトとフィオナに近づいて、
「呼んでいただいて、本当に感謝します。発表はまだ先かと思いますが、あなた方が東西の新しい
「ありがとう。そして、あなたの仕事が減るように祈っています」
ベネディクトが訳さず、ストーク少佐は顔を上げた。ヴィルとアリソンに顔を向けて、
「お二人も。……おそらくもう、二度と会うことはないでしょう。ひどい二日間だったかもしれません。でも、私は、楽しかったですよ。本当に」
ヴィルは答えなかった。アリソンが軽く手を振って、
「お元気でね。とんでもない少佐さん」
「ありがとう。──さようなら」
ストーク少佐は笑顔のまま振り向いた。ベンチの中央にある通路を、入り口アーチへと歩いていく。
その背中を見ながら、
「〝
ヴィルの小声のつぶやき。アリソンが
「アリソン、しばらくそこで、見ていてほしい」
「? 何を?」
ヴィルは質問を無視するように歩き出した。数歩進んで、
「こちらへ」
ベネディクトがフィオナを引っ張り、祭壇の左手へと下がる。
ヴィル一人が祭壇の前に立ち、遠ざかっていくストーク
ヴィルが、左脇に抱えていた
その手に、
ヴィルがハンマーを上げる。安全装置を外す。ゆっくりと拳銃を、左手を添えながら持ち上げていく。鞄が
「一体どっちなのか、果たして〝正解〟なのか、もうすぐ分かる。また使わせてもらいます──ラディアさん」
小さなつぶやき声。
狙いは男の背中に落ち着いて、ピクリとも動かない。ヴィルの人差し指が引き金に触れて、
「さあ」
ヴィルは
ぱん。
軽めの
拳銃の銃身はそれほど跳ね上がらず、
放たれた
「痛っ!」
歩いていたストーク少佐の右肩に後ろから当たり、そして跳ね返った。硬いゴムでできた訓練用の
ストーク少佐が振り向いて、自分に向かって拳銃を構えるヴィルを静かに見た。
「痛いよ」
「でしょうね」
二人が会話を交わす。
アリソンが首を
そのストーク
「やっぱりカタギの兵士じゃないな、あいつら」
ベネディクトがポツリとつぶやいた。
「
一人がヴィルの姿を認めて、
「
駆け寄りながら拳銃を向けようとして、
「
ストーク少佐がたった一言。
サングラスの男達は
「ですが──」
「ここはいいですから、二人とも車で待っているように。誰も来させないように。命令です」
「…………」
二人は拳銃を
扉が再び閉められ、男達が視界から消えた後、
「〝大佐〟さんですか。本当はずっとずっと偉かったんですね、〝ストーク少佐〟」
ヴィルが話しかけた。いたって普通の
ストーク少佐も、どこまでも
「それは我が国の、そしてとてもいい拳銃ですね。一体どこで手に入れたんですか?」
「後でお教えします」
「それはどうも。──でね、ヴィル君。私の
「そうですね。すみませんでした。痛かったですか?」
「とても痛かったですよ。説明くらいはもらえると思っていいですか?」
「ええ。いろいろ聞いてもらいたいことが」
「聞きましょう」
「ありがとうございます」
「僕はいくつかの
拳銃を右手に下げたままのヴィルと、通路正面に立つストーク少佐。ヴィルの左、ベンチ最前列の脇にアリソンが、そしてちょうど反対側には、ベネディクトとフィオナが立っていた。その位置のまま、ヴィルの話を聞いていく。ベネディクトは必死に同時
「まず、テロル氏の自殺に
「そうですね。終わりですか?」
ストーク少佐が質問しながら、
「いいえ。二つ目の疑念はあなたについてです。あなたは、〝
ヴィルが
「そしてだからこそ取ったという、列車運行
「それでは、結局四十人以上の死者が出てしまいますよ」
ストーク少佐がたしなめるように言って、そういえばそうですね、とヴィルが返す。
「では、ちょっと考える方向を変えます」
「ん?」
「この先は仮定です。もしもの話です。──ストーク少佐、あなたがテロル氏を逮捕するために乗ったわけではなかったとしたらどうでしょうか」
「……では、なんのために私は乗ったのでしょう?」
「確実に殺すために」
「仮定を続けます。テロル氏が死ぬことについて考えました。あの列車内でテロル氏を殺害する、あなたにとって、つまりスー・ベー・イルにとってのメリットとデメリットは何だろうと。まずデメリットからですが、なんといっても大きいのは、テロル氏を囲おうとしていた〝
「それで今の私はとても困っているんですが」
「そしてメリットです。──〝連中〟をテロル氏の自白によって逮捕できなくなること」
「…………」
「テロル氏が死んでしまえば、今回の実行部隊や、裏で糸を引いていた人達、彼ら全員を逮捕しなくて済む。結果、ベネディクトさんが言った、〝
ヴィルはそこで、ベネディクトのフィオナへの
「わたしが代わる?」
アリソンがベネディクトに聞いたが、
「いいや、アリソン君はヴィル君の話を聞いていてほしい」
その答えを聞いて、そう、と軽く首を
「別のメリット。それは、テロル氏が今までスー・ベー・イル軍と行ってきた
「ちょっと待ってくださいよ。テロル氏が我が軍と終戦以前からつながっていたと言うんですか?」
ストーク少佐が聞いて、ヴィルが
「そのとおりです」
「それは……、私は
ヴィルが、首を横に振った。
「あなたの答えは
「……そう言いきってしまえる
「証拠は今ここにはないんですけど、僕達の頭の中には
ヴィルの言葉に、ほう、とストーク
「僕自身が、ラプトア共和国の東西
「なんだって……?」
ストーク少佐が、初めて表情の変化を見せた。ほんの少しだけ
「ああ、あれそうだったの! ──ちなみにその飛行機の
さらにアリソンの言葉が追い打ちをかける。ストーク少佐の首がアリソンに振られ、
「それでしたら、ひどく
次に、そう言ったベネディクトへ。ベネディクトが続ける。
「あの辺りはロクシェ側もスー・ベー・イル側も、住んでいる人が少ない。夜間に飛行機を使えば、いくらでも
「そうね。あの時はご苦労様。まさかあんなに簡単にルトニを越えられるなんて思ってもみなかったわ」
ベネディクトとアリソンの会話に、
「君達……、なんの話をしている?」
ストーク少佐が割り込んだ。その質問には、ヴィルが答える。
「テロル氏の密輸手段についてです。僕達は以前、さっき言ったとおりかなりテロル氏に
「…………」
ストーク少佐は
「話を仮定に戻します。もしテロル氏は死んでくれた方がいいとしたら、あなたの目的が殺すことだとしたら、どういう方法があるでしょう? それも後々
ヴィルが、ストーク少佐の言葉をそのまま引用した。
「あなたについての
「…………」
「そしてそれは、半分は本当だったのではないでしょうか。あなたは〝連中〟の情報を
「ただし真の目的は違った。あなたの本当の任務は、テロル氏を確実に殺害し計画を
「…………」
「さらに仮定です。ではその任務を果たすために、あなたはどうするつもりだったのでしょうか? 僕はこう考えます。あなたは当初、
「つまり、私は任務のために
ストーク少佐の問いに、
「そうです」
ヴィルがあっさりと答えた。
「それはまた、
「そうですね。でも〝
「なるほどね」
「でも、あなたはそれをしなかった。列車を切り離し早めることで逃亡を図って、予想外だった
「仮定のまま質問しますが、私はどうやってテロル氏を殺せたんですか?」
「
「言っていることがむちゃくちゃですよ。鍵はイーエンとテロル氏がそれぞれ持っていました」
「そのとおりです。イーエンさんの鍵はちゃんと腰についていましたし、テロル氏の鍵はテーブルの上に。それによって〝テロル氏は殺せない〟と演出したんですね。でも、鍵のことは簡単です。あなたが同じものを持っていただけのことです。それは列車の中で
「…………」
「車掌長さんだけを、というより、車掌長さんの
言いきった後、ヴィルはストーク
「僕の考えは、あくまで想像です。でも、この想像が当たっていた場合、なんであなたはそんな危険で面倒なことをしたのかと考えました。それは、突発的にそうしなければならない理由が生まれてしまったからだと思いました。──ではその理由は、なんなのか?」
ヴィルが首を左に向けた。そこにいる、
「ん? ──何?」
アリソンが楽しそうに聞いて、ヴィルはそれには答えなかった。ストーク少佐へと顔を戻す。
「むっ」
アリソンが少しむくれた。そのむくれっ
「僕が思いついた答えはただ一つ。〝アリソン〟です」
ストーク少佐はヴィルへと視線を動かし、黙ったまま
アリソンは自分の名前に反応した後、
「え? わたしが何?」
ヴィルへと聞いた。ヴィルは、今度はしっかりと答える。
「ストーク
「はい? なにそれ? なんで?」
「それを今から説明するから、聞いてほしい」
「分かった。聞きましょ」
アリソンはあっさりと言った。ヴィルはベネディクトとフィオナを見て、ベネディクトは何も言わず
「ストーク少佐も」
ストーク少佐は
「続けてください」
そう短く言った。
「僕がずっと疑問に思っていたことがあります。途中アリソンやベネディクトさん達にも聞きましたが、答えが出ていないことが。──アリソンを殺さなかったことです」
「…………」
「あなたはあの時、アリソンを殺さなかった。昨日の早朝、
ヴィルが一度
「なぜ殺さなかったのか? それは、死んでほしくなかったから。ではなぜ、死んでほしくなかったのか?」
「わたしに
アリソンが昨日と同じ
「ごめん、ちょっと黙っていて」
ヴィルに
「分かった。続けて。教えてもらいたかったし」
軽く手を振りながらそう言った。
「いろいろと考えたんですけどね、ストーク少佐。結局、あなたのように任務のためには無関係の人間を殺すことをいとわないほど
その言葉の意味をベネディクトから聞いたフィオナが、
「あっ──!」
何かを思い出して声を上げた。口を開けたまま、固まった。ベネディクトが、
「…………」
何も言い返さないストーク
「はい? ヴィル、わたしがこの少佐さんに会ったことがあるっていうの?」
アリソンが聞いた。ヴィルはアリソンを見ずに、ストーク少佐を注意深く見たままで答える。
「そう。そのとおり」
アリソンがボンヤリと視線を上げ、数秒考え、
「えっと……、ごめん、ぜんぜん
「もっと前だよ、アリソン」
「それ以前に合同演習はなかったわよ」
「知ってる。──だからもっと前だ」
「もっと前に、スー・ベー・イルの人なんて知らないわ。おばあちゃん以外は」
どこまでも怪訝そうな顔をしているアリソンに、ヴィルは手招きをした。
「なに?」
アリソンはすたすたとヴィルに近づいて、通路でその脇に立って、
「なに?」
「アリソン。あの人をよく見るんだ。ひょっとしたら、思い出せるかもしれない」
ヴィルはそう言って、ストーク少佐を手のひらで指し示した。
アリソンは首を振って、
「いや、
「そうか……。もう何年も前のことだからね。前に手紙でも書いていたし……、写真もなかったし……、しかたがないか」
ヴィルのつぶやきをあまり聞いていなかったアリソンが、両手を振って言う。
「ああもう、
ベネディクトの
「だいじょうぶですよ。ヴィル君に任せましょう」
ベネディクトが小さな声で言って、フィオナがベネディクトの顔を見上げる。
「本当に……?」
「ええ。本当です」
ベネディクトは静かに答えた。
「はい。答えは? ヴィル。もう
「分かった」
ヴィルが
「ちょっと
その発言に、アリソンはヴィルの目を
「…………。分かった」
結局それだけしか言わなかった。
「じゃあ言うよ、アリソン。あそこにいるストーク
ヴィルが視線を向ける。ストーク少佐は視線を
「
「はい?」
アリソンの問いに、
「他に考えられないでしょ」
ヴィルの返答。アリソンは寝起きのような
「ああなるほど……」
そうつぶやきながら、腰に巻いたバッグに手を伸ばした。バッグに入り、出てきた右手に握られていたのは回転式
「そういうことね……」
まっすぐストーク少佐に突きつけ、その狙いが
「とてもいいことを聞いたわ」
引き金にゆっくりと指をかけた瞬間。
「ん? ──あれ?」
ヴィルの左手が、その拳銃を上からしっかりと
「まだ早いよ、アリソン」
ヴィルの言葉に、アリソンが聞き返す。
「そう?」
アリソンの表情はどこまでも
ストーク少佐がヴィルに
「その
ヴィルのかわりに、
「自分のですよ」
まずベネディクトが答えた。そしてアリソンが、
「ホテルを出る前に、ヴィルが渡してくれたの。『何か危険なことがあったら使うように』って」
ストーク少佐がヴィルを見ながら、
「
小さくつぶやいた。
「
フィオナが叫んだ。
「撃っちゃだめよ! アリソンさん、気持ちはとてもよく分かるわ! でも、ヴィル君が一発ぐーで
「…………」
アリソンは首をひねって、フィオナを見た。静かで決意を秘めた
「わたしにも一発殴らせてよ」
フィオナの言葉を聞いて、アリソンは
「わたしは、ヴィルが撃てって言ったときに撃つわ」
アリソンはストーク少佐へと顔を戻した。
フィオナはすぐ
「……ベネディクト! 止めなさいよ!」
そう
「いいえダメです」
「どうしてよ!」
ベネディクトが答える。
「まだヴィル君の魔法が終わっていないので」
アリソンがピタリと向けた銃を押さえながら、ヴィルが、
「あなたは、ロクシェのことをよく知っていた」
ストーク
「あっ……!」
フィオナが驚いて顔を上げた。ヴィルが使ったのは、自分にも理解できるロクシェ語だった。
「覚えていますか? お化け銃の三発目を
ストーク少佐は何も言い返さない。黙ってヴィルのロクシェ語を聞いた。
「するとあなたは、カアシ
「…………」
「あなたが
「…………」
「レストキ島か車内かは分かりませんが、アリソンを見たとき、あなたはさぞかし驚いたでしょう。そしてすぐに考えた。どうすればテロル氏を無事に
「…………」
「僕は、あなたにとても感謝しています。とてもとても、感謝しています。あなたがいなければ、
「…………」
「そして、それ以外にも感謝することがあります。それは、アリソンと僕を会わせてくれたことです。あなたがいなければ、僕はアリソンと〝未来の家〟で、ムートおばあちゃんの元で、出会うことはなかったのでしょう。僕は幼い頃、アリソンの勇気
「…………」
「ありがとうございます。こうしてお会いできたことを、心から
ヴィルの
「きつい
たった一言だけ言い返した。それは当然ロクシェ語で、アリソンの目が輝く。
「ヴィル。そろそろ撃っていいかしら?」
「もう少し待って」
ヴィルが答える。彼の手は回転
「うん、分かった」
アリソンが素直に
ヴィルはストーク
「
「やっぱりあなたは凄い。立場と責任から、絶対に自分からは本当のことは言わないんですね。とても強い精神力です」
「だいじょぶ?」
アリソンが心配そうに
「凄いですね、二人とも。あなたもアリソンも。感銘を受けてばかりです」
もう一度
ヴィルはストーク少佐の青い瞳を
「お会いできて光栄です。オスカー・ウィッティングトン少佐!」
「はい?」
アリソンの
「あれ?」
アリソンが自分の両手のひらを見て、ヴィルにしかめっ
「ちょっと! なんで取っちゃうの?」
「
「はあ?
「違うよ、アリソン。さっきのは
「はあ?」
アリソンが何度めかの気の抜けた声を出して、次にストーク少佐を見た。彼は右手を
「理由」
ポツリと言った。当然ロクシェ語だった。ヴィルが
「二つあります。小さいのと大きいのが。──小さい一つは〝未来の家〟のことです。あなたは僕がお化け銃を
「…………」
「それは、あなたが送り込んだから知っている。自分が〝戦死〟したらアリソンが行くように手配してあった。──そして二つ目です。僕は去年の夏から、アリソンのお父さんが西側出身ではないかとずっと疑っていました」
「言葉?」
ストーク
「いいえ。確かに
ストーク少佐が無言で
「去年の夏、こんなことがあったんです。──『グレイルズのお姫様』というおとぎ話はご存じですね? あのおとぎ話についての話を、ひょんなことからアリソンとすることになった。アリソンは家に来たときにはおとぎ話は卒業していましたから、それについての話をするのは初めてだった。アリソンは父親から教わった話として、そのあらすじを最後まで言ってくれました。最後を覚えていますか?」
「空が、なくなってしまう」
「そうです。アリソンもそう言いました。そしてこれは、親がロクシェの人だとしたら確実におかしい」
「なぜ?」
「この話がロクシェに伝わっていることは知っていると思います。でも、あなたはたぶん一度も読んだことはなかった。ロクシェで読まれているそれは、
「…………」
「お姫様は悩んだ末にこう答えます〝一緒に空を見上げる家族がいるから空がほしい。交換はできない〟──空の神様は、お姫様を地上へと帰してくれました。〝そして素直になったグレイルズのお姫様は、大好きな家族と一緒に、
ヴィルの発言が終わった後、
「…………」
五秒ほどが過ぎ、ストーク
「で──、いったいどこの誰が、あのオチが意味
ヴィルが首を
「さあ、そこまでは……」
「言ったでしょう。魔法
ベネディクトの言葉を聞きながら、三人を見ながら、
「そうね……」
フィオナは笑顔で
「えっと、だから、つまり……。どういうこと?」
アリソンは一人
「説明しなさい!」
叫んだ。
「いいよ。
「なんで? それに死んだんじゃないの?」
「
ヴィルがストーク少佐を見て、説明を
「聞きたいですね。お願いします」
そうヴィルに言い返した。右手に大型
「分かりました……。僕は、こう思っています。あなたは、スー・ベー・イルのスパイだったのではないかと」
ベネディクトが息をのむ音が聞こえた。ストーク少佐はポツリと、
「続けてください」
「はい。
「いい調子ですね。続きをどうぞ」
「アリソンの母親のことは、分かりません。──そしてレストキ島
軽い拍手の音。ストーク
ストーク少佐は拍手を止めて、
「今はそうでもないらしいですが、当時のロクシェ
「〝モグラ〟?」
フィオナが聞いて、
「情報部に入り込んだ、
ベネディクトが答えた。
「そのおかげでその
そう言って黙ったストーク少佐に、ヴィルが推理をぶつける。
「あなたの持ち帰った情報は……、それがないと
「そうです。私が持ち帰ったのは、当時開発されたばかりの新型列車
ストーク少佐が続ける。
「そしてそれらは、ほとんどがテロル
「なるほど……」
小声で
「それがどうですか? 二度と会えないと
「……
フィオナと一緒に、ゆっくりと通路を近づいてきたベネディクトが、ロクシェ語でそう聞いた。
「どうぞ、英雄さん」
「あなたの本当のお名前は、なんですか?」
「まあ……、ストーク・フレンも、オスカー・ウィッティングトンも本当の名前といえばそうなのですが、今はアイカシア・クロスで通しています」
「アイカシア大佐……。そして、ヴィル君が
「そういえばまだ仮説でしたね。でも、本当のことはどうでもいいことですよ。それに私は平気な顔をして
「…………」
答えを聞いて、ベネディクトは押し黙った。脇からフィオナが無言で
ベネディクトが意を
「ちょっと待ってよ!」
アリソンが声を上げた、
「ストーク
「ご本人はもう、そう言っているわ」
フィオナが後ろから言った。アリソンは振り向いて、必死になって訴えかける。
「でも……、なんだか違うわよ。ボンヤリ覚えているわたしのお父さんは……、こうなんて言うか、──そう! もっと
「そうはっきり言わないでくださいよ。部下に体格を合わせるのに、必死でしたから」
ストーク
「そんなの信じられないわ!」
アリソンが叫んだ。
ヴィルはアリソンに、
「何か質問してみるといいと思う。本人でしか知り得ないことを」
「そうね! 問題を出すわ、ストーク少佐さん。──わたしは家でなんて呼んでいた?」
「ロクシェ語ではお父さん。ベゼル語ではパパでしたね。しかしなんて問題を出す……」
「正解だわ。簡単すぎたかしら?」
「……いや、問題になっていないんだ。さっきからずっと〝お父さん〟って使っているし、ベゼル語では〝パパ〟としか呼びようがないよ。何か別のを。具体的なことを覚えていない?」
「そうね……」
アリソンが考えているとき、ストーク少佐が右手を上げて、
「七
「ん?」
「首都
「…………」
「君は
「それから、どうなった……?」
「
「ちょっと待ってよ!」
「わたしの両足の
自分で叫んだ後、アリソンが息をのむ。
「……本当に、パパなの?」
アリソンが、ほとんど自分自身に確認を取るかのように言った。ベゼル語だった。ストーク
「ヴィル君は信用に足る人間だよ」
そう答えた。
アリソンはヴィルを見る。ヴィルは黙って一度
それでもアリソンは、何度か首を
「ひひゃい」
「でもヴィル君。確実にそうだという自信はありましたか?」
ストーク少佐の問いに、アリソンの手をやっとほどいて、両頬を少し赤くしたヴィルは首を振った。
「あなたの口から聞くまで、やはり
ヴィルの返答を聞いたストーク少佐が、
「ははっ!」
楽しそうに笑った。
「違っていたら、
ヴィルがストーク少佐を
「どうしてそこまで?」
「それは、アリソンに父親と会わせてあげたかったから……、いいえ、あなたにアリソンを会わせたかったかもしれません。あなたは決して、自分から正体をばらすようなことをしないでしょう。撃たれるかもしれなかったのに、自分からは言わなかった。アリソンに会えたとはいえ、戦争もなくなったとはいえ、本気で何も言わず、そしてもう二度と会うつもりではなかったのでしょう」
「私は、父親であることを捨てた人間だ……。本来は会わせる顔なんかないよ」
「そうですね。
「……そうか。ありがとう。感謝するよ、ヴィル君」
「どういたしまして」
「詳しくは分からないけど──」
アリソンが口を開いた。
「やっぱりここにいるのがわたしのお父さんで間違いないのね?」
全員が
「そう……」
ポツリと漏らした。
「えっと……」
さっきまでヴィルの
「久しぶり!」
そう言ったきり、後が続かなかった。五人がしばらく無言のまま立ちすくんで、フィオナが後ろから助け船を出す。
「なんかこう、もっと話すことない? せっかく再会できたんだし」
アリソンが振り向いて、
「えっと……、それが……、なんか変で。さっきまでストーク少佐として、
「それもそうかも。でも、すてきなことだわ。なんでもいいから、お話をするといいわ」
「そうなんだけど……、えっと……」
「まさか、飛行士になっているとはね。驚いた」
ストーク少佐が言った。床を見ていたアリソンが顔を上げる。
「子どもの頃から運動
アリソンが言葉に詰まり、
「……それは、どうも……」
それだけ答えた。
「そして軍に入っているとは……。東西の安定を願ってはいたけれど、ひょっとしたら戦場で会うようなことになっていたかもしれなかったな。──カー少佐」
ストーク少佐はベネディクトに視線を向けて、
「感謝しますよ。あなたがきちんと発表しなければ──」
「そこまでです」
ベネディクトは、ストーク少佐の発言を
「後でとても驚くでしょうが、そのことについて絶対に言っておきたいことがあるので、後で聞いてください。それよりも娘さんとの会話をどうぞ」
「……そうかい。でも、正直私も何を言っていいのか悩んでいる。アリソン」
「……えっと、なに?」
「……後ででいいので、今の住所を教えてほしい。手紙を書くつもりだ。……何か荷物も贈るよ。……次の誕生日のプレゼントとか」
「……あー、うん、どうも……。ちなみに誕生日、前と変わってないから」
「うん……。それは、そうだろうね。住所は頼むよ」
親子のそれとは思えない、
「分かったけど……、今はちゃんとした住所がないわ。部隊
「そうか……」
ストーク
「…………」
「…………」
数秒の
「わたしは来年から、学校卒業したら
アリソンが言いきった。
「あ」
言った後、言った本人が言ってしまったことに驚いて、同時にストーク少佐も驚いた。
「……それは、その……。──ヴィル君とは?」
アリソンが首を、ふるふると細かく振る。
「ううん。ぜんぜんまだ……」
「
「連邦大のこともまだ。ヴィルがそう決めて、そうなったらいいなー……、と」
「うん。分かった」
後ろで話を聞いていたヴィルが言った。とてもあっさりと言った。
「はい?」「は──?」
振り向いて自分を見た少女と、その後ろで同じように自分を見るその少女の父親に、
「僕は決めたよ」
「……何を?」
アリソンが聞いて、
「上級学校を卒業したら、連邦大を目指す。そのために首都に部屋を借りて住む。だから、アリソンも一緒に住もう」
右手に大型の
「あ……」「…………」
四つの青い瞳が驚きで見開かれて、その後ろに長い
「わっ!」
「本当に?」
「え?」
「今言ったのは本当?
アリソンの
「もちろん本当だよ……。僕は決めたんだ」
「…………」
アリソンはしばらく黙った後、下を向いて、くぅー、と小さな
ごん。
「うぐっ!」
ヴィルの呼吸が止まるほどの
「私達は、
「そうね」
ベネディクトとフィオナがそう言って、出口へ向け中央の通路を歩き出す。ヴィルとアリソンの脇を通り過ぎる。ベネディクトはその際、ヴィルが左手で持っていた回転式
そして、
「え? あれ? いや──」
「私達は、外でお話ししましょうか?」
「それがいいわ」
にこやかに言ったベネディクトとフィオナに引きずられて、ストーク少佐が後ろ向きに歩き去っていく。それでも必死に反論を試みて、
「いや、しかしあの二人を──」
「それはいいですから、
「しかし、娘がこのまま──」
「二人っきりにさせてあげましょう」
「まだ将来を決めるのは早い──」
「いいからこちらにどうぞ、大佐。
「だが、あの
「いいからこちらに。
やがて三人は、
「…………」
ヴィルがぽかんと見ている前で、扉の向こうへと消えた。
「決まりね! いいのね! ヴィル、卒業したら一緒に住むのね! それでいいのね?」
制服のブレザーを引きちぎる勢いで
「僕は……、ずっと悩んでいたんだ……」
「うん!」
アリソンは、少し
「でも、あれだけの決意で物事を
「うん!」
「僕は、本当は
「うん! ……はい?」
蒼い瞳の上の
「アリソン、僕は連邦大を受けるよ。そのために首都に部屋を借りる。だから、アリソンも住所をそこにすればいい。そうすれば、お父さんからの荷物もちゃんと受け取れるでしょ」
「うん……。それだけ?」
「ううん」
ヴィルが首を振って、
「そうよね!」
アリソンが声を
「家賃とか掃除とか、一緒に住むと便利だよ。
「はい? ──本当にそれだけ?」
「え? ──何が?」
「…………」
アリソンは、
「それっ!」
ヴィルを投げた。両手で胸元を掴んだまま引っ張り、右足をヴィルの右足外側に引っかける。おもしろいように技がきまり、ヴィルは、
「うわっ!」
そのまま腰と背中から床に落ちた。
「そういうことを言っているんじゃないの!」
「痛い揺らさないで痛いから」
アリソンがヴィルの体をガクガクと揺らす。石の床に後頭部がごんごん当たり、ヴィルが小さく悲鳴を上げた。
「
「えっと、何が? ──痛い痛い」
「わたしのことどう思っているかってことよ!」
「え? それはもちろん好きだよ。アリソンは昔から僕に勇気をくれるような──痛い」
「そんなことじゃなくて!」
叫んだアリソンが、
「──ねえヴィル、キスしていい?」
ヴィルを見下ろしながら聞いた。

「え? ──えっと、ここで?」
目を見開いたヴィルが混乱しながら聞いて、
「何言ってるのよ! さっきの話もう忘れたの? ここじゃないとダメなのよ!」
アリソンの返答と、激しい揺らし。
「痛い痛い……、分かった痛い痛い分かったから──」
二人
長い