二つの死体を乗せ、車体にだんこんを残した大陸おうだん列車が、イルトア山脈を越えてふもときゆうりよう地帯で止まったとき、ヴィル達四人は眠っていた。

 一両目の食堂車の、じゆうげきの被害が少ない後方のじゆうたんの上に、乗務員用しやりようからはぎ取ってきたマットレスと予備のシーツ、そして毛布を使って、四人がれいに並んで寝入っていた。その脇には、昼食と夕食の合間として食べたパンかごとジャムのびんからになっていて、水のあきびんが転がっている。

「着きましたよ」

 ストークしようが三人を起こした。アリソンだけはヴィルが起こした。

 そこは広い車庫の中で、ウナギのどこのような細長い建物に、列車がすっぽりと入れられている。整備中でバラバラになったじよう機関車が、となりの線路に停められている。窓の外は真っ暗で、鉄骨がむき出しの天井につるされた灯りが、鈍く光っていた。

あぶらくさいところで申し訳ありません。さすがにひとにつく駅のホームにそのまま入れるわけにはいかなかったので、軍の車両工場を使わせてもらいました。後の処理は、私の仲間がやります。皆さんにはこれから車でホテルへ。いま私達がいるのは、イルトア山脈の西の麓にある町です。歴史とおもむきがある、綺麗なところですよ」

 ストーク少佐がそう言って、最後につけ足す。

「町の名前は〝リリアーヌ〟といいます」


 現場に残ったストーク少佐と別れて、四人は案内役として紹介された黒スーツ姿の男の運転で、夜の町中を走った。後ろから荷物を乗せた車が続く。

 町中心部にある石造りのりつなホテルに到着した車は、そのまま地下の駐車場へと入った。

 アリソン達四人はエレベーターに乗り、最上階の部屋へと案内される。二つある部屋に、ベネディクトとヴィル、アリソンとフィオナ、が割り振られ──アリソンがげきした。

 案内役を頭からかじりそうな勢いで文句を言って、案内役はじやつかん腰が引けていたが、それでも自分はストーク少佐の命令に従っているだけだと反論した。

「ベネディクトさんもけがをしているし。もう今日は寝るだけだから」

 ヴィルがアリソンをなだめて、アリソンが今度はヴィルに厳しい視線を向ける。それから渋々と、フィオナと一緒に部屋の中に消えた。

 ベネディクトとヴィルがごうな部屋に入ると、すぐに医者がやってきた。医者はけいなことを言わず、何もせんさくせず、ベネディクトとヴィルをた。やはりろつこつにヒビの疑いのあるベネディクトには痛み止めを渡し、ヴィルのり傷にのうめを塗って部屋を出ていった。

 ベネディクトとヴィル、部屋に二人きりになって、

「アリソンが別部屋でちょうどよかった」

 ヴィルがそう切り出した。そして、ベッドの一つにあおけになり、げんそうな顔をしているベネディクトに向かって、

「かなり込み入ったお話があります」


「ヴィル君……、それは……、にわかには信じられない。──でも、絶対違うというかくしようもない……」

「僕は、このまま終わらせたくないんです。何か手は打てないでしょうか? ここはスー・ベー・イルです。ベネディクトさんに頼むしかありません」

「…………」

「お願いします」

「……ああ、できなくはない。元々そのつもりだったんだし、明朝にしかるべき場所さえ確保できれば……。でも、君の計画は危険だぞ?」

「危険なのは僕だけです。そしてこれは、間違いなく最初で最後の機会です。このままでは、全員がうそを知っただけで終わってしまいます」

「…………」

「お願いします」

「分かった……。その作戦に乗ろう」


なに考えているのよ! あのしようもヴィルも!」

「まあまあ」

「信じられない! ひどい! ほう!」

「まあまあ。まだ日はあるわ」

「このまま終わったら、作戦は大失敗よ!」

「そうならないように、努力しましょう」

「そうよ! ──でも、今日は寝るわ。高そうな部屋ね」


    *  *  *


 よくじつの朝。

「えー、なになに──『リリアーヌは中世にイルトア王室の保養所として湖のほとりに建てられたたった一軒の別荘から始まった町で、その名は当時の国王のめいぎみであり後にめいくんとして知られたリリアーヌ女王から取られました』 えっと──『れんづくりの建築物は、産業かくめい以降の急速な工業化時代において、歴史的けんぞうぶつの保護法の対象にいち早く選ばれたことでも知られています。イルトア山脈を流れ下った清流が町中をうるおし、郊外では香水の原料となる花のさいばいがとてもさかんです。初夏には町のあちらこちらで花が咲き乱れることから、〝ふもとの花の都〟として知られています』」

「すてきな町ね。……こんなことにならなければ決して来ることがなかったなんてにくだわ。──あっ!」

「どうしたの?」

「カメラを部屋に忘れたわ……。二つとも。ドジね」

 かつしよくの煉瓦で造られた建物が並ぶ町中を、車が走る。長い高級リムジンで、黒スーツにサングラス姿の男が運転手を務めていた。スー・ベー・イルでは左側通行なので、運転席は右側になる。

 ガラスで仕切られた車体こうは広く、大きな座席は前後に向かい合って四つある。ホテルでもらった観光さつをロクシェ語にほんやくしながら読むアリソンと、そのとなりでカメラを忘れたフィオナが前を向いて座っていた。二人に向かい合って、ヴィルとベネディクトが座っていた。

 アリソンはほぼ昨日と同じ服装だが、綿パンツの上はセーターではなく革製のジャケット。カンバス地の小型バッグを、大切そうにひざの上に置いている。フィオナはロングスカートに白いブラウス、そしてカーディガン姿。ヴィルは前日と同じ、シャツを変えただけの学校制服姿すがた。書類入れのようなかばんを持っていた。

 そしてベネディクトは、

「でも、そのかつこうはなあに? ベネディクト」

 軍服姿だった。

 黒い空軍制服の上下を、すきなく着込んでいる。えりかいきゆうしようや胸のくんしようが輝き、腰にはベルトとけんじゆうのホルスター。膝の上に載せた大きなせいぼう。一人車の中で浮いていた。

「一応、私のせいそうはこれなので……」

 ベネディクトが答えて、フィオナがげんそうな顔をする。

「それで、これからどこへ行くの?」

 アリソンの質問に、

れいなところです」

「どんな?」

「今はまだ……」

 ベネディクトが言葉をにごした。アリソンとフィオナが首をかしげる。

 ヴィルは黙って、窓の外をながめていた。煉瓦造りの建物が流れていく。


 車が止まったのは、町を抜けて、まだ茶色い土だらけのきゆうりよう地帯をしばらく走った先にあった、小さな湖のほとりだった。湖面を囲むように木々が豊かにい茂り、一帯が公園になっている。鳥の声が聞こえ、弱く暖かい春の風が吹いていた。

 そこに、石造りの建物があった。扉が開かれている大きな入り口アーチをくぐった先には、通路の左右にベンチが並べられ、突き当たりにはさいだんがあった。がみや天使の姿をした白い彫刻と、その手前に金と銀のしよくだいが並ぶ。

「すてきなところね!」

 車を降りてその景色を見たフィオナが、かんたんの声を上げた。ベネディクトがせいぼうをかぶりながら、続いてヴィルとアリソンが降りる。

「喜んでくれて、何よりです。この辺りの地域ではごくありふれた、公園を兼ねたれいはいどうです。お祭りや音楽祭なども行います。夏は花が咲き乱れて、もっとれいでしょうね」

「今もすてきだわ。山にはない良さね」

「今は誰もいませんが、祝日には、たくさんの人が訪れるところです。もっとも私は、あまりしんじん深い一家に生まれなかったので、こういうときくらいしか使わないのですが……」

 ベネディクトが言って、

「どういうとき?」

 フィオナにすかさず質問される。ベネディクトが、

「あ、いや……、じきに分かります」

 制帽のつばつかんで顔をかくした。

 ベネディクトは車に近づき、スーツ姿の運転手にしばらく車内で待つように言った。

 そこに、もう一台の車が到着した。同じようなサングラスの運転手つき高級車から降りたのは、眼鏡めがね姿の中年の軍人、ストークしようだった。会ったときから何も変わらない、げ茶色のおうりつ陸軍の制服姿すがたで、かばんは持っていなかった。

「みなさん、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

「おかげさまで! ──で、どうしたの?」

 アリソンがまず大声でにくを言って、それからたずねた。

「私ですか? カー少佐に呼ばれたんですよ」

「ふーん」

 そっけない返事をしたアリソンに軽く肩をすくめて、

「最初にご報告が。よろしいですか? カー少佐」

 ストーク少佐がことわりを入れて、ベネディクトがしようだくする。

 ストーク少佐がいくつかの情報を伝える。まず、テロル氏とイーエンは、スー・ベー・イルへの逃亡とみつかくさく、殺人事件を起こして列車を早めさせたが、捜査をさつしたさんどう者が彼を見捨てたため失敗をさとり自殺、そのたいはロクシェ側に引き取られる──間もなくニュースとしてそう発表されること。

 しゆうせきに残った乗員乗客達は全員がだが、旅行は中止となり、連絡を受けてさんみやく東側から送られた機関車によってロクシェに引き返していること。テロル氏と一緒に列車に残った英雄さんや、通訳に残った人間は全員無事であると伝えられたこと。

「──そしてしやしようちよう並びにその乗員さつがいについては、これは、イーエンが一人で行ったことになりました」

 ストークしようがあえて事務的な調ちようで報告した。ヴィルが同じように事務的な口調で訳す。フィオナはストーク少佐をしっかりと見ていて、一瞬かれと目が合ったが、

「…………」

 何も言わなかった。ストーク少佐が続ける。

「スー・ベー・イル軍内部では、今回かかわった部隊、しようこうなどの内部そうが進んでいます。これについて言えるのは、そのことだけです。そのうちしかるべき処分が、誰も知らないところでなされるでしょう。──ちなみに私は、存在しなかった」

「別に、それについて追及などしませんよ」

 ベネディクトが静かな口調で言う、

「〝ストークおうりつ陸軍少佐〟などという人は、この大陸には存在しないのでしょう。〝ヘルマンさん〟のように。真実はやぶの中へ」

 ストーク少佐は小さくうなずいて、そうですね、と答えた。

「さて、最後にあなた達です。スー・ベー・イル国民であるカー・ベネディクト王立空軍少佐はどうでもいいとして──失礼、ロクシェ市民のおさんかたには、今日から二日以内に帰国していただくことになりました。みようちよう出発予定で、みどりじままでの飛行機を手配しています」

「首都はダメってことね」

「とても残念です。しかたありませんけど」

 アリソンとヴィルが感想を漏らした。

「申し訳ないと思っています。そして私は、方法を見つけて全員をスフレストスに招きたいと考えています。〝何時か〟は約束できませんが、きっと。──最後にもう一度お礼を言わせてください。私は、あなた方全員の勇気と英知あふれる行動に、心から感謝します。そして、私からの報告は以上になります」


「さて、中に入りましょうか?」

 ベネディクトが言って、中を見て回れるの? とフィオナの質問。

「もちろんですよ。そのために来たんですから。──ストーク少佐も」

「立ち会えて光栄です」

 ストーク少佐が言って、

「何に?」

 アリソンがたずねた。

「あれ? 聞いていな──」

「入ってください! みな入って! お願いします!」

 ベネディクトが大声でストークしようの発言を止めた。

「なんなの?」

 げんそうな顔をしたフィオナを押して、れいはいどうの入り口アーチをくぐっていった。

 ヴィルとアリソンが続く。そして運転手にここで待つように伝えて、ストーク少佐が後を追った。


 結婚せんせいしき

 結婚を決めた二人がいち礼拝堂や教会を訪れて、ちかいのキスを交わすことで結婚を約束するしきてんのことだった。スー・ベー・イルのカップルは、ほとんど誰でもが行う。二人っきりでもいいが、友人や家族を立会人として呼ぶことがある。

「私はあなたに、それをり行う許可がほしいのです」

 ベネディクトがだいぶもって回った説明をしたおかげで、フィオナの理解がやや遅れた。

「つまりですね、私はあなたとの結婚を正式が、──いいえ、正式に申し込みたい。その上でこの場を使いたいと思っているのです。ご理解いただけたでしょうか? フィー」

 やっとフィオナが状況を飲み込んで、となりにいる男性の、やや照れてじやつかん汗が浮かぶ顔を見上げた。

「本当は、列車がスフレストスに着いたときに、きちんとお願いしようとずっと思っていましたが、このようなことになってしまい、申し訳ありません。──そして、返事をいただけたらと」

「どうすればいいの?」

 フィオナの質問に、ベネディクトが答える。

「〝はい〟ならキスを。〝いいえ〟ならりを」


 フィオナが目を閉じて、軽く顔を上げる。

 ベネディクトがゆっくりと身をかがめて、彼の顔がフィオナに近づいて、

「私達に、永遠なる愛の神のがあらんこと──」

 そしてベネディクトは、ロクシェ語で言い直した。

「愛の神様はずっと見守ってくれるとすてきなのでそのようにお願いします──」


 さいだんの前に、キスを交わす二人がいた。

 右後ろのベンチには、ヴィルとアリソンが並んで立っていた。かばんを左脇に挟み静かに二人をながめるヴィルと、その右どなりでヴィルのジャケットのかたぐちを固くつかみながら、

「すてきね」

 小声で感激の声を漏らすアリソン。

 左後ろには、ストーク少佐が一人立っていた。せいぼうを取り右手で胸の前に当て、おだやかな顔で〝二人〟を眺めていた。

 唇を離して目を開けた二人が、

「あの」「あの」

 同時に発言して、

「そちらからどうぞ」

 ベネディクトがゆずる。フィオナはくすっと笑い、そのはずみで目から涙が流れたが気にするようはなく、

「村のみんなをなつとくさせるのは大変かもしれないわ」

 ベネディクトが答える。

「がんばりますよ」

「ありがとう。──どうぞ」

「私から言いたいのは、これからいろいろ大変なことが起きるでしょうが、二人で乗り越えましょう、そんなよくある言葉です。それと──」

「それと?」

「ロクシェ語はもっともっと勉強しますよ」

「え? それは別にいいわ」

「どうしてですか?」

 ベネディクトがたずねると、なみだの女性は楽しそうに笑って言った。

「わたしはあなたの〝なロクシェ語をだらだらと聞く〟のがとても好きなの」


「おめでとう。立ち会えてうれしく思います」

 ストークしようが言って、ベネディクトが礼を返す。

 ヴィルのジャケットをさらに引っ張っていたアリソンがやっと手を離し、硬い顔をしたヴィルに訊ねる。

「どう?」

「え? ……何が?」

「感想よ。感動したとか、おめでとうとか」

「ああ……、そうだね。うん」

「なにそれ?」

 かなりぜんとしたアリソンをなかば無視するかたちで、ヴィルはストーク少佐へと目をやった。

 ストーク少佐はベネディクトとフィオナに近づいて、

「呼んでいただいて、本当に感謝します。発表はまだ先かと思いますが、あなた方が東西の新しいけ橋になることを祈ります。私はこれで」

 うやうやしく頭を下げたストーク少佐に、フィオナが声をかける。

「ありがとう。そして、あなたの仕事が減るように祈っています」

 ベネディクトが訳さず、ストーク少佐は顔を上げた。ヴィルとアリソンに顔を向けて、眼鏡めがねの下の青い瞳を細めた。

「お二人も。……おそらくもう、二度と会うことはないでしょう。ひどい二日間だったかもしれません。でも、私は、楽しかったですよ。本当に」

 ヴィルは答えなかった。アリソンが軽く手を振って、

「お元気でね。とんでもない少佐さん」

「ありがとう。──さようなら」

 ストーク少佐は笑顔のまま振り向いた。ベンチの中央にある通路を、入り口アーチへと歩いていく。

 その背中を見ながら、

「〝の背中〟か、否か……」

 ヴィルの小声のつぶやき。アリソンがげんそうな顔をしてヴィルを見た。ヴィルがそれに気づいて、アリソンに言う。

「アリソン、しばらくそこで、見ていてほしい」

「? 何を?」

 ヴィルは質問を無視するように歩き出した。数歩進んで、さいだん前へ。

「こちらへ」

 ベネディクトがフィオナを引っ張り、祭壇の左手へと下がる。

 ヴィル一人が祭壇の前に立ち、遠ざかっていくストークしようの背中を真っ直ぐに見た。

 ヴィルが、左脇に抱えていたかばんに、ゆっくりと右手を差し入れる。鞄の口のボタンを外しながら、右手が鞄から出た。

 その手に、けんじゆうが握られていた。大きな拳銃で、細い木製のグリップと、その前にだんそう。ごてごてした機関部と、細く伸びた銃身。

 ヴィルがハンマーを上げる。安全装置を外す。ゆっくりと拳銃を、左手を添えながら持ち上げていく。鞄がいしゆかに落ちた。

「一体どっちなのか、果たして〝正解〟なのか、もうすぐ分かる。また使わせてもらいます──ラディアさん」

 小さなつぶやき声。

 狙いは男の背中に落ち着いて、ピクリとも動かない。ヴィルの人差し指が引き金に触れて、

「さあ」

 ヴィルはった。


 ぱん。

 軽めのしやげき音が、れいはいどうに鳴りひびいた。

 拳銃の銃身はそれほど跳ね上がらず、からやつきようも飛び出ない。

 放たれたたまは、

「痛っ!」

 歩いていたストーク少佐の右肩に後ろから当たり、そして跳ね返った。硬いゴムでできた訓練用のだんがんは、床で何度か跳ねた後、ベンチの下に転がっていく。

 ストーク少佐が振り向いて、自分に向かって拳銃を構えるヴィルを静かに見た。

「痛いよ」

「でしょうね」

 二人が会話を交わす。

 アリソンが首をかしげ、フィオナが驚きで口を開け、そしてベネディクトが真剣な表情で、通路でたいするヴィルとストーク少佐を見ていた。

 そのストークしようの向こうから、入り口アーチの扉を跳ね開けて二人の運転手が駆けてきた。二人の手には、ストーク少佐のものと同じ軍用の自動けんじゆうが握られていている。少し突き出た銃身に、サイレンサー用のネジが切ってあった。

「やっぱりカタギの兵士じゃないな、あいつら」

 ベネディクトがポツリとつぶやいた。

たい!」

 一人がヴィルの姿を認めて、

さま──!」

 駆け寄りながら拳銃を向けようとして、

つな」

 ストーク少佐がたった一言。

 サングラスの男達はそくに動きを止めた。アリソンも、自分の腰に巻いたバッグに入れようとしていた手を止めていた。

「ですが──」

「ここはいいですから、二人とも車で待っているように。誰も来させないように。命令です」

「…………」

 二人は拳銃をふところのホルスターにしまって、まだ構えたままのヴィルを横目でにらみ、そして言われたことに素直に従い、戻っていった。

 扉が再び閉められ、男達が視界から消えた後、

「〝大佐〟さんですか。本当はずっとずっと偉かったんですね、〝ストーク少佐〟」

 ヴィルが話しかけた。いたって普通の調ちようだった。そしてようやく、拳銃の銃口をおろした。

 ストーク少佐も、どこまでもおだやかな顔のままで、

「それは我が国の、そしてとてもいい拳銃ですね。一体どこで手に入れたんですか?」

「後でお教えします」

「それはどうも。──でね、ヴィル君。私のおくが確かなら、〝意味なく人に銃口を向けてはだめだ〟と言ってくれたのは君ではなかったですか?」

「そうですね。すみませんでした。痛かったですか?」

「とても痛かったですよ。説明くらいはもらえると思っていいですか?」

「ええ。いろいろ聞いてもらいたいことが」

「聞きましょう」

「ありがとうございます」


「僕はいくつかのねんを持っています」

 拳銃を右手に下げたままのヴィルと、通路正面に立つストーク少佐。ヴィルの左、ベンチ最前列の脇にアリソンが、そしてちょうど反対側には、ベネディクトとフィオナが立っていた。その位置のまま、ヴィルの話を聞いていく。ベネディクトは必死に同時つうやくしていく。

「まず、テロル氏の自殺にねんを持っています。イーエンさんは僕達の話を盗み聞いて、あなたが自分達の思っていたような人間ではないことを知りましたが、果たしてずっとひん室に閉じ込もっていたテロル氏は知り得たんだろうか? 〝もう自分はダメだ〟と思うのには少し早とちりじゃないかと。もちろん断言はできませんので、これだけではなんとも言えません。本当にテロル氏の早とちりだったのかもしれません」

「そうですね。終わりですか?」

 ストーク少佐が質問しながら、たれた右肩を、左手で軽くさすった。

「いいえ。二つ目の疑念はあなたについてです。あなたは、〝れんちゆう〟と称した人達のしゆうげき方法をとてもよく知っていた。ひとのない山岳地帯の下りで後ろからおそうことも、谷底への列車事故をそうすることも。そして木箱に番号がい何も書いていなかったみつ品目の正確な中身まで。〝連中〟のたいには時間が必要だと言ったわりには、よく知り過ぎている気がしませんか?」

 ヴィルがいつたんる。ストーク少佐は何も言わずに、さあ次は? とでも言いたげにヴィルを見ていた。ヴィルが続ける。

「そしてだからこそ取ったという、列車運行せきにんしやを殺して、しゆうせきへ乗り入れて切り離して軽くした列車を早めるという方法。これが、どうにも危険で場当たり的ぎる気がしたんです。途中で殺人を見つけられて騒ぎになったら? 現に最後の最後でですが僕達に見られてしまった。──どうにも、前々から考えて実行された計画には思えなかったんです。テロル氏を〝連中〟の手に渡さずに確実に逮捕するのが目的なら、かんしよう地帯を出てから山岳地帯までのどこかで、列車が止まったところで人を送り込んでこっそりとがらを確保してしまえばいい。その場合連中はテロル氏のいない列車を襲ってからりになって、そのしよういんめつのために事故は絶対に起こしたでしょうが、テロル氏は〝平野部で連中の手引きで逃げていたところを捕まえた〟とでも発表してしまえば済むことです。こちらの方が確実ではないでしょうか?」

「それでは、結局四十人以上の死者が出てしまいますよ」

 ストーク少佐がたしなめるように言って、そういえばそうですね、とヴィルが返す。

「では、ちょっと考える方向を変えます」

「ん?」

「この先は仮定です。もしもの話です。──ストーク少佐、あなたがテロル氏を逮捕するために乗ったわけではなかったとしたらどうでしょうか」

「……では、なんのために私は乗ったのでしょう?」

「確実に殺すために」


「仮定を続けます。テロル氏が死ぬことについて考えました。あの列車内でテロル氏を殺害する、あなたにとって、つまりスー・ベー・イルにとってのメリットとデメリットは何だろうと。まずデメリットからですが、なんといっても大きいのは、テロル氏を囲おうとしていた〝れんちゆう〟をはくによってたいできなくなること」

「それで今の私はとても困っているんですが」

「そしてメリットです。──〝連中〟をテロル氏の自白によって逮捕できなくなること」

「…………」

「テロル氏が死んでしまえば、今回の実行部隊や、裏で糸を引いていた人達、彼ら全員を逮捕しなくて済む。結果、ベネディクトさんが言った、〝ぐん全体を揺るがす巨大なスキャンダル〟に発展しなくても済むんです。今回テロル氏だつしゆに動いた〝連中〟へのおしおきよりも、安定時代の巨大スキャンダルの方を嫌がった場合、これはとても大きなメリットです。──他にもあります」

 ヴィルはそこで、ベネディクトのフィオナへのほんやくを少し待った。ベネディクトが訳し終えた後、

「わたしが代わる?」

 アリソンがベネディクトに聞いたが、

「いいや、アリソン君はヴィル君の話を聞いていてほしい」

 その答えを聞いて、そう、と軽く首をかしげた。そのアリソンを見ていたヴィルが、ストークしようへと視線を戻し、発言を続ける。

「別のメリット。それは、テロル氏が今までスー・ベー・イル軍と行ってきたみつ貿易のことを、全て〝なかったこと〟にできることです。テロル氏は今回以前から、スー・ベー・イル軍へのつながりがあった。恐らくは武器、ぐん情報などを売っていた。スー・ベー・イル軍の中には、それに関わった人が、つまりテロル氏を利用してきた人がたくさんいると思います。──今回テロル氏を手にした〝連中〟が、そのことで彼らをって、ロクシェ攻撃に参加させることができたかもしれない。しかしテロル氏が死ぬことで、それらのしよういんめつをすることができる。逆に死刑のないスー・ベー・イルで生きていてもらうと、しんのためにどんなことを言い出すかたまったものではない」

「ちょっと待ってくださいよ。テロル氏が我が軍と終戦以前からつながっていたと言うんですか?」

 ストーク少佐が聞いて、ヴィルがそくに答える。

「そのとおりです」

「それは……、私はたい戦車ライフルしやげきの前に聞かれて否定したつもりですけど。テロル氏は今回初めてロクシェを売る決意をした」

 ヴィルが、首を横に振った。

「あなたの答えはうそです。確実に嘘です。どういうふうに答えるのか知りたくて、あえて僕はたずねました。いわばかまをかけたんです」

「……そう言いきってしまえるしようはあるんでしょうね?」

「証拠は今ここにはないんですけど、僕達の頭の中にはかくしようがあります」

 ヴィルの言葉に、ほう、とストークしようが楽しそうな反応を見せた。ヴィルが、それはですね、ともつたいぶってから、長い一文を一気に言って答える。

「僕自身が、ラプトア共和国の東西こつきようぞいにあるテロル氏しよゆうみつ飛行場から、テロル氏所有の飛行機に乗って、いんに乗じてルトニ河を越え、簡単にスー・ベー・イルに侵入したことがあるからです」

「なんだって……?」

 ストーク少佐が、初めて表情の変化を見せた。ほんの少しだけまゆを寄せたところに、

「ああ、あれそうだったの! ──ちなみにその飛行機のそうじゆうはわたし」

 さらにアリソンの言葉が追い打ちをかける。ストーク少佐の首がアリソンに振られ、

「それでしたら、ひどくなつとくがいきますね」

 次に、そう言ったベネディクトへ。ベネディクトが続ける。

「あの辺りはロクシェ側もスー・ベー・イル側も、住んでいる人が少ない。夜間に飛行機を使えば、いくらでもみつはできたでしょう。現に私だって、あなた達を送り届けることにいとも簡単に成功している」

「そうね。あの時はご苦労様。まさかあんなに簡単にルトニを越えられるなんて思ってもみなかったわ」

 ベネディクトとアリソンの会話に、

「君達……、なんの話をしている?」

 ストーク少佐が割り込んだ。その質問には、ヴィルが答える。

「テロル氏の密輸手段についてです。僕達は以前、さっき言ったとおりかなりテロル氏にめいわくをかけたことがあったので。──密輸については、もちろんあなたも知っていたでしょう? ストーク少佐。そしてうそを答えたということは、それは〝知ってもらいたくないこと〟だった」

「…………」

 ストーク少佐はちんもくを続け、実質こうていしているようなものだった。

「話を仮定に戻します。もしテロル氏は死んでくれた方がいいとしたら、あなたの目的が殺すことだとしたら、どういう方法があるでしょう? それも後々めんどうくさい〝殺された〟ではなく、〝死んだ〟ことにするためには? そのためには事故にえばいい。例えば列車事故とか」

 ヴィルが、ストーク少佐の言葉をそのまま引用した。

「あなたについてのねんはまだあります。──あなたはテロル氏やボディーガードにあまり怪しまれていなかった。このことがかなり引っかかりました。逃亡しようとしているテロル氏のところにけいのためにぐんしようこうがやってきたら、普通は嫌がります。でもテロル氏は〝列車を切り離し急いでふもとに向かう〟というあなたの提案をあっさりとのんだ。氏が逃亡を手助けしてくれる〝れんちゆう〟とのせつしよくを考えていれば、あなたが〝連中から逃げきるためにやった〟と言ったその行為に同意したのはどう考えても変です。しかし、あなたも仲間だったと考えると、これが少しも変ではなくなる。あなたは〝連中〟の仲間、逃亡を支援する受け入れ側の人間だった──少なくとも、テロル氏達にはそう思われていた。計画の実行者の一人だったと信じ込ませていた。列車切り離しを、〝こういう計画になりました〟とうそを言えば、テロル氏には確かめようがないし反対もしない」

「…………」

「そしてそれは、半分は本当だったのではないでしょうか。あなたは〝連中〟の情報をさつして阻止のために乗ったのではなく、以前から〝連中〟と接触があって、その意見にさんどうしているように見せかけて計画に参加した。そうして誕生したれんらくやくが〝ストークしよう〟で、その任務はしゆうげき前に列車内部を制圧しておいて〝連中〟の仕事をやりやすくすることだった。これなら、みつ品のことや襲撃方法をよく知っていたこともなつとくがいきます」


「ただし真の目的は違った。あなたの本当の任務は、テロル氏を確実に殺害し計画をだい失敗させることだった。──それによって〝連中〟を失望させて、大それた夢を見させないようにすることができる。同時にテロル氏の口を封じ、軍の大スキャンダルをかいして、国民の軍に対する信頼や軍全体のの低下を防ぎ、西側がテロル氏と手を組んでいた事実もまつさつできる」

「…………」

「さらに仮定です。ではその任務を果たすために、あなたはどうするつもりだったのでしょうか? 僕はこう考えます。あなたは当初、しやしようちようさん達を、列車運行せきにんしやを殺して事件を作り上げ、しゆうせきで切り離した列車を早めようなんてめんどうで危険なことは、まったく計画していなかった。そんなことはしなくてもいいし、そんなことはしない方がいいからです。そのまましばらくへいおんに走らせた後、適当な時間にあなたはひん室でテロル氏を確実に殺して、後は運転士を殺すなり持っていたばくやくを使うなりしてだつせんさせ、谷底へ突き落とせばいい。やはり列車事故を、襲撃の前に起こすだけでいい。一人の死体が見つからないくらいは、大した問題ではない。でもそれはテロル氏ではなく、あなたになる。ストーク少佐という人物も一緒に事故死することによって、〝連中〟からも姿をくらませられる」

「つまり、私は任務のためにの乗客全員をせいにする考えだったと?」

 ストーク少佐の問いに、

「そうです」

 ヴィルがあっさりと答えた。

「それはまた、ひどいことを思いつきましたね、君は」

「そうですね。でも〝れんちゆう〟の考えたとおり、結局これが一番めんどうのない方法なんです。〝不幸な事故があった〟だけで全てが終わってしまいますから」

「なるほどね」

「でも、あなたはそれをしなかった。列車を切り離し早めることで逃亡を図って、予想外だったしゆうげきを実力行使で振りきった。──そして最後に、テロル氏を自殺にそうして殺した。イーエンさんも、後で何らかの方法で殺すつもりだったのでしょう」

「仮定のまま質問しますが、私はどうやってテロル氏を殺せたんですか?」

がんじような扉にしっかりとかぎが掛かっていたあの部屋に入れたのは、あなただけです」

「言っていることがむちゃくちゃですよ。鍵はイーエンとテロル氏がそれぞれ持っていました」

「そのとおりです。イーエンさんの鍵はちゃんと腰についていましたし、テロル氏の鍵はテーブルの上に。それによって〝テロル氏は殺せない〟と演出したんですね。でも、鍵のことは簡単です。あなたが同じものを持っていただけのことです。それは列車の中でしやしようちようさんだけが持っていたものです」

「…………」

「車掌長さんだけを、というより、車掌長さんのたいだけをわざわざ車外に放り出した理由はそれです。かぎたばふんしつをごまかすため。他の人の所持品は全て残っていたので、〝物取りではない〟と皆に思い込ませた」

 言いきった後、ヴィルはストークしようの反応をはかるように間をおいた。ストーク少佐は何も言わずに、ヴィルの次の言葉を待った。ヴィルが口を開く。

「僕の考えは、あくまで想像です。でも、この想像が当たっていた場合、なんであなたはそんな危険で面倒なことをしたのかと考えました。それは、突発的にそうしなければならない理由が生まれてしまったからだと思いました。──ではその理由は、なんなのか?」

 ヴィルが首を左に向けた。そこにいる、きんぱつと青い瞳を持つ少女を見た。

「ん? ──何?」

 アリソンが楽しそうに聞いて、ヴィルはそれには答えなかった。ストーク少佐へと顔を戻す。

「むっ」

 アリソンが少しむくれた。そのむくれっつらを見て目を細めたストーク少佐に、ヴィルが言い放つ。

「僕が思いついた答えはただ一つ。〝アリソン〟です」


 ストーク少佐はヴィルへと視線を動かし、黙ったままにらむ。

 アリソンは自分の名前に反応した後、

「え? わたしが何?」

 ヴィルへと聞いた。ヴィルは、今度はしっかりと答える。

「ストークしようが突発的にむちゃをした理由が、〝アリソン〟じゃないかってこと」

「はい? なにそれ? なんで?」

「それを今から説明するから、聞いてほしい」

「分かった。聞きましょ」

 アリソンはあっさりと言った。ヴィルはベネディクトとフィオナを見て、ベネディクトは何も言わずうなずいた。ヴィルが真っ直ぐ前に向き直り、

「ストーク少佐も」

 ストーク少佐はおだやかな表情で、

「続けてください」

 そう短く言った。

「僕がずっと疑問に思っていたことがあります。途中アリソンやベネディクトさん達にも聞きましたが、答えが出ていないことが。──アリソンを殺さなかったことです」

「…………」

「あなたはあの時、アリソンを殺さなかった。昨日の早朝、しやしようちようさんのことを見られたときです。アリソンや僕を殺してしよういんめつする機会があったのに。もくげき者をあえて殺さないなんて変ですよ。あの時は誰も見ていなかったし、しかも展望車だった。追いかけてきたアリソンをルーフから突き落として、その後僕を同じように落として殺す。簡単にできたはずです。しかも、〝若い二人は展望車から落ちました〟ということでいくらでも処理できる」

 ヴィルが一度をおいたが、ストーク少佐は何も言わなかった。

「なぜ殺さなかったのか? それは、死んでほしくなかったから。ではなぜ、死んでほしくなかったのか?」

「わたしにれたからかしら?」

 アリソンが昨日と同じじようだんを言って、

「ごめん、ちょっと黙っていて」

 ヴィルにそくに言い返された。アリソンはかなり、とても、相当ムッとしてヴィルをにらんだが、

「分かった。続けて。教えてもらいたかったし」

 軽く手を振りながらそう言った。

「いろいろと考えたんですけどね、ストーク少佐。結局、あなたのように任務のためには無関係の人間を殺すことをいとわないほどじようになれる人間が、それでもアリソンを殺さなかった理由なんて一つしか思いつかなかったんです。あなたは、アリソンのことを前から知っていた。以前会ったことがあった」

 その言葉の意味をベネディクトから聞いたフィオナが、

「あっ──!」

 何かを思い出して声を上げた。口を開けたまま、固まった。ベネディクトが、げんそうな顔でフィオナを見た。

「…………」

 何も言い返さないストークしようを見ながら、

「はい? ヴィル、わたしがこの少佐さんに会ったことがあるっていうの?」

 アリソンが聞いた。ヴィルはアリソンを見ずに、ストーク少佐を注意深く見たままで答える。

「そう。そのとおり」

 アリソンがボンヤリと視線を上げ、数秒考え、

「えっと……、ごめん、ぜんぜんおくにないんだけど。去年まつの合同演習? 案内してくれた眼鏡めがねたいは違うわよね? えっと、その前のルトニ河でのあれ?」

「もっと前だよ、アリソン」

「それ以前に合同演習はなかったわよ」

「知ってる。──だからもっと前だ」

「もっと前に、スー・ベー・イルの人なんて知らないわ。おばあちゃん以外は」

 どこまでも怪訝そうな顔をしているアリソンに、ヴィルは手招きをした。

「なに?」

 アリソンはすたすたとヴィルに近づいて、通路でその脇に立って、

「なに?」

「アリソン。あの人をよく見るんだ。ひょっとしたら、思い出せるかもしれない」

 ヴィルはそう言って、ストーク少佐を手のひらで指し示した。

 アリソンは首を振って、

「いや、一昨日おとといから何回も見ているけど……、知っている人には思えないんだけど」

「そうか……。もう何年も前のことだからね。前に手紙でも書いていたし……、写真もなかったし……、しかたがないか」

 ヴィルのつぶやきをあまり聞いていなかったアリソンが、両手を振って言う。

「ああもう、こうさん! 降参! 一体だれなの? 〝未来の家〟で会った人? 昔の学校のたんにんの先生? ──ってそんな人がスー・ベー・イルにいるわけないか」

 ベネディクトのとなりで、フィオナが青ざめていた。ベネディクトの腕をしっかりとつかんで、きつく握る。

「だいじょうぶですよ。ヴィル君に任せましょう」

 ベネディクトが小さな声で言って、フィオナがベネディクトの顔を見上げる。

「本当に……?」

「ええ。本当です」

 ベネディクトは静かに答えた。


「はい。答えは? ヴィル。もうこうさんするから教えて」

「分かった」

 ヴィルがうなずいて、そしてこう続ける。

「ちょっとざんこくなことを言うことになるから、かくして聞いてほしい。アリソンが駆けつけた時に、おばあちゃんが既に息を引き取っていた時のような感じで」

 その発言に、アリソンはヴィルの目をのぞき込んだ。まゆを寄せて、何かを聞こうと息を吸い込んだが、

「…………。分かった」

 結局それだけしか言わなかった。

「じゃあ言うよ、アリソン。あそこにいるストークしようは──」

 ヴィルが視線を向ける。ストーク少佐は視線をらさず、しっかりと立ったまま、次の言葉を待つ。

みどりじまでアリソンのお父さんを殺して、スー・ベー・イルに寝返ったもと部下だ」


「はい?」

 アリソンの問いに、

「他に考えられないでしょ」

 ヴィルの返答。アリソンは寝起きのようなほうけた顔をして、そして数秒後に、しんみような面もちのまま、

「ああなるほど……」

 そうつぶやきながら、腰に巻いたバッグに手を伸ばした。バッグに入り、出てきた右手に握られていたのは回転式けんじゆう。アリソンはそれを両手で握り、

「そういうことね……」

 まっすぐストーク少佐に突きつけ、その狙いがにピタリと一瞬で落ち着いた。

「とてもいいことを聞いたわ」

 引き金にゆっくりと指をかけた瞬間。

「ん? ──あれ?」

 ヴィルの左手が、その拳銃を上からしっかりとつかんだ。回転式拳銃は丸いだんそうを掴まれると、引き金を引けなくなる。

「まだ早いよ、アリソン」

 ヴィルの言葉に、アリソンが聞き返す。

「そう?」

 アリソンの表情はどこまでもおだやかで、銃口を真っ直ぐ見つめるストークしようのそれもまた同じように落ち着いていた。

 ストーク少佐がヴィルにたずねる。

「そのけんじゆうは?」

 ヴィルのかわりに、

「自分のですよ」

 まずベネディクトが答えた。そしてアリソンが、

「ホテルを出る前に、ヴィルが渡してくれたの。『何か危険なことがあったら使うように』って」

 ストーク少佐がヴィルを見ながら、

あくとう……」

 小さくつぶやいた。


っちゃだめ!」

 フィオナが叫んだ。

「撃っちゃだめよ! アリソンさん、気持ちはとてもよく分かるわ! でも、ヴィル君が一発ぐーでなぐって、それでいいじゃないの!」

「…………」

 アリソンは首をひねって、フィオナを見た。静かで決意を秘めたまなしを、フィオナは同じようににらみ返して、

「わたしにも一発殴らせてよ」

 フィオナの言葉を聞いて、アリソンは微笑ほほえんだ。そして、

「わたしは、ヴィルが撃てって言ったときに撃つわ」

 アリソンはストーク少佐へと顔を戻した。

 フィオナはすぐとなりにいる人間に、

「……ベネディクト! 止めなさいよ!」

 そうった。そしてベネディクトは、首を振った。

「いいえダメです」

「どうしてよ!」

 ベネディクトが答える。

「まだヴィル君の魔法が終わっていないので」


 アリソンがピタリと向けた銃を押さえながら、ヴィルが、

「あなたは、ロクシェのことをよく知っていた」

 ストークしように向かって言った。

「あっ……!」

 フィオナが驚いて顔を上げた。ヴィルが使ったのは、自分にも理解できるロクシェ語だった。

「覚えていますか? お化け銃の三発目をつ前。僕は、揺れがひどいと弱音を言った」

 ストーク少佐は何も言い返さない。黙ってヴィルのロクシェ語を聞いた。

「するとあなたは、カアシしやげきさいの第三競技の〝ウサギ撃ち〟を例に出して、僕を安心させてくれた。アドバイスはとても的確でした。ありがとうございます。──その前についせき列車をアリソンが見かけて、僕とアリソンがロクシェ語で会話したとき、あなたは急に反応して何ごとかと強い調子でたずねてきた。僕達のロクシェ語での会話を理解していたのでしょう。それで追跡列車だと気づいた。むりやりでも割り込んだのは、仕方がなかったからでしょうね」

「…………」

「あなたがれんらくやくの座をめたのは、ロクシェ語ができるからです。テロル氏やイーエンさんには、そのことは伝えていなかったみたいですが、そのために二人だけの会話が分かったのはこうごうだったでしょう」

「…………」

「レストキ島か車内かは分かりませんが、アリソンを見たとき、あなたはさぞかし驚いたでしょう。そしてすぐに考えた。どうすればテロル氏を無事にあんさつした上に、ついげき部隊をまいて、アリソンにがいが及ばないようにできるかを。そしてそれを見事にし得た」

「…………」

「僕は、あなたにとても感謝しています。とてもとても、感謝しています。あなたがいなければ、いまごろ僕はくだらないいんぼうに巻き込まれて死んでいた。ベネディクトさんも死んでいた。フィオナさんも死んでいた。そしてなにより、アリソンが死んでいた」

「…………」

「そして、それ以外にも感謝することがあります。それは、アリソンと僕を会わせてくれたことです。あなたがいなければ、僕はアリソンと〝未来の家〟で、ムートおばあちゃんの元で、出会うことはなかったのでしょう。僕は幼い頃、アリソンの勇気いつぱいの行動力に感動しながら育ちましたし、今もそう思っています。去年の夏、そして年末、アリソンのおかげでとてもすばらしい体験をすることができました」

「…………」

「ありがとうございます。こうしてお会いできたことを、心からうれしく思います」

 ヴィルのしやに、ずっと黙ったままアリソンの目を見ていたストーク少佐が、

「きついじようだんだ」

 たった一言だけ言い返した。それは当然ロクシェ語で、アリソンの目が輝く。

「ヴィル。そろそろ撃っていいかしら?」

「もう少し待って」

 ヴィルが答える。彼の手は回転だんそうつかんだままだった。

「うん、分かった」

 アリソンが素直にうなずいた。

 ヴィルはストークしように向かって、

じようだんなんかじゃありませんよ。そして今、あなたに対してとてもかんめいを受けています。あなたは本当に、すごい。感動しているんです」

 こうふんかくそうとしないその言葉に、ストーク少佐だけではなく、アリソンとフィオナもまゆをひそめる。

「やっぱりあなたは凄い。立場と責任から、絶対に自分からは本当のことは言わないんですね。とても強い精神力です」

 調ちようはずむヴィルに、

「だいじょぶ?」

 アリソンが心配そうにたずねて、うんだいじょうぶ、とヴィルが答える。そして、

「凄いですね、二人とも。あなたもアリソンも。感銘を受けてばかりです」

 もう一度しようさんの声。ヴィルは左手でけんじゆうを握ったまま、ストーク少佐へ軽く一歩踏み出した。

 ヴィルはストーク少佐の青い瞳をえ、一度静かに頭を下げる。そして、

「お会いできて光栄です。オスカー・ウィッティングトン少佐!」


「はい?」

 アリソンのほうけた声。同時にヴィルの左手が、アリソンの両手から拳銃をすっと抜き取った。

「あれ?」

 アリソンが自分の両手のひらを見て、ヴィルにしかめっつらを向ける。

「ちょっと! なんで取っちゃうの?」

ったら大変なことになっちゃうから。今の僕の言葉聞いてなかった? この人は、アリソンのお父さんだよ。オスカー・ウィッティングトン少佐さ」

「はあ? なに言ってるの、ヴィル。この人は部下の──」

「違うよ、アリソン。さっきのはうそだったんだ。ごめん。──ああ言えば、アリソンに撃たれる前に本人が言うかと思ったんだ。でも違った。絶対に自分からは言わないということを、最後まで押し通したんだよ。凄い人だ」

「はあ?」

 アリソンが何度めかの気の抜けた声を出して、次にストーク少佐を見た。彼は右手をひたいに当て、ため息を大きくついていた。ふう、と息を吐いた後、顔を上げて、

「理由」

 ポツリと言った。当然ロクシェ語だった。ヴィルがうれしそうに答える。

「二つあります。小さいのと大きいのが。──小さい一つは〝未来の家〟のことです。あなたは僕がお化け銃をつ前に、アリソンのことをたずねて、幼なじみだと言った僕に〝いえ出身だな〟と言った。そしてアリソンが言ったから知っていると言った。これはおおうそです。アリソンが家出身だということを自分から言うことは、絶対にありませんでした。最近あった、たった一件の例外がいは。あなたがもし部下だったとして、アリソンが家出身だなんて、どう考えても知り得ない。アリソンが当時住んでいた首都には、政府が建てたりつな戦争いんがいくつもありました。わざわざ遠く離れた〝未来の家〟に送られてくるわけがない」

「…………」

「それは、あなたが送り込んだから知っている。自分が〝戦死〟したらアリソンが行くように手配してあった。──そして二つ目です。僕は去年の夏から、アリソンのお父さんが西側出身ではないかとずっと疑っていました」

「言葉?」

 ストークしようの問い。アリソンはヴィルを見たりストーク少佐を見たり忙しい。

「いいえ。確かにだとは思いましたけど、軍での仕事で必要だった場合は、覚えさせられるでしょう。それに、言葉のことだったら前から知っていましたから、去年の夏から疑う理由にはなりません」

 ストーク少佐が無言でうなずき、ヴィルの発言を待つ。

「去年の夏、こんなことがあったんです。──『グレイルズのお姫様』というおとぎ話はご存じですね? あのおとぎ話についての話を、ひょんなことからアリソンとすることになった。アリソンは家に来たときにはおとぎ話は卒業していましたから、それについての話をするのは初めてだった。アリソンは父親から教わった話として、そのあらすじを最後まで言ってくれました。最後を覚えていますか?」

「空が、なくなってしまう」

「そうです。アリソンもそう言いました。そしてこれは、親がロクシェの人だとしたら確実におかしい」

「なぜ?」

「この話がロクシェに伝わっていることは知っていると思います。でも、あなたはたぶん一度も読んだことはなかった。ロクシェで読まれているそれは、けつまつがまるっきり違うんです。これは僕も、学校の図書室にあった本でオリジナルをちゃんと読むまで知らなかった。こうまんちきなお姫様は、最後に空の神様のところへ行きますが、空の神様はお姫様に言い聞かせます。〝空がほしいというのならくれてやろう。そのかわり、おまえの家族をくれ〟」

「…………」

「お姫様は悩んだ末にこう答えます〝一緒に空を見上げる家族がいるから空がほしい。交換はできない〟──空の神様は、お姫様を地上へと帰してくれました。〝そして素直になったグレイルズのお姫様は、大好きな家族と一緒に、あおい蒼い空を見上げるのでした。おしまい〟」

 ヴィルの発言が終わった後、

「…………」

 五秒ほどが過ぎ、ストークしようは頭を振りながら、ヴィルにロクシェ語でたずねる。

「で──、いったいどこの誰が、あのオチが意味めいのシュールですてきなお話を、そんなつまらない仲良し話に書き替えたんですか?」

 ヴィルが首をかしげ答える。

「さあ、そこまでは……」


「言ったでしょう。魔法つかいを信じるといいことが起きますね」

 ベネディクトの言葉を聞きながら、三人を見ながら、

「そうね……」

 フィオナは笑顔でおおつぶの涙をこぼす。


「えっと、だから、つまり……。どういうこと?」

 アリソンは一人たいあくできず、混乱を極めていた。首をあちこちに振った後、ヴィルの笑顔で落ち着いて、

「説明しなさい!」

 叫んだ。

「いいよ。みじかに行くよ。そこにいるアリソンのお父さんは、ロクシェでのつうしようオスカー・ウィッティングトン少佐は、スー・ベー・イル出身者だったんだ。もともと」

「なんで? それに死んだんじゃないの?」

すいろんはできるけど……、もう本人に聞いた方が早いと思う」

 ヴィルがストーク少佐を見て、説明をうながした。しかしストーク少佐は、

「聞きたいですね。お願いします」

 そうヴィルに言い返した。右手に大型けんじゆう、左手に回転式を持ったままのヴィルは、素直に答える。

「分かりました……。僕は、こう思っています。あなたは、スー・ベー・イルのスパイだったのではないかと」

 ベネディクトが息をのむ音が聞こえた。ストーク少佐はポツリと、

「続けてください」

「はい。だい戦争の後、水面での東西対決が激しくなって、双方が相手にスパイをひんぱんに送り込んだことはよく知られています。スー・ベー・イル出身だったあなたは何らかの方法でロクシェの市民になって、そこで生活を始めた。そして軍に入った。──あなたは出世し、やがてベゼル語ができることを買われて、首都の軍れい勤務になった。それも、本来スー・ベー・イルの情報を集め、自軍の情報を管理する情報部員に」

「いい調子ですね。続きをどうぞ」

「アリソンの母親のことは、分かりません。──そしてレストキ島ふんそうが起きたとき、あなたに重大な任務ができた。それはきっと、何らかの情報を持って、もしかしたら頭の中に入れて、スー・ベー・イルに戻ることだった。そうとでも考えないと、命がけでルトニを越えた理由がない。あなたはムートさんを頼り、アリソンが〝未来の家〟に行くように手配した後、戦場さつにかこつけてレストキ島に渡った。スー・ベー・イルに戻るため、〝人の存在を完全に消すために、もう二度と誰からも捜されなくなるために一番いい方法〟を取った。つまり自分を、戦死したことにした……。部下に自分のにんしきひようをつけさせて、すぐに発見されたときでも顔が分からなくなるようにさんだんじゆうった……」

 軽い拍手の音。ストークしようが手をたたいていた。ベネディクトが、すごいな、と二人に対しての感想を漏らす。

 ストーク少佐は拍手を止めて、

「今はそうでもないらしいですが、当時のロクシェぐん情報部は、かなり運営がさんでした。私のようなモグラが入り込む余地はいくらでもあったんです」

「〝モグラ〟?」

 フィオナが聞いて、

「情報部に入り込んだ、てきがわ情報部員のことです。もっとも効果的なスパイですよ」

 ベネディクトが答えた。

「そのおかげでその十年の安定があったと思いますし、そのせいでテロル氏はゆがんでしまったのですけど……」

 そう言って黙ったストーク少佐に、ヴィルが推理をぶつける。

「あなたの持ち帰った情報は……、それがないとだい戦争もありえた? そしてそれは、テロル氏に関わっていた?」

「そうです。私が持ち帰ったのは、当時開発されたばかりの新型列車ほうについての全てです。砲そのものの性能から、配置図、配置予定図、しやていを延ばしたかつてきな特殊ほうだんの図面など。もしあれがそのまま使われていたら、東側に強大に有利に働いた。いつせい攻勢もありえましたし、島は取られていたかもしれなかった。その後スー・ベー・イルは圧倒的に不利になる。絶対にそれは防がなければならなかった。……どんなせいを払ってでも」

 ストーク少佐が続ける。

「そしてそれらは、ほとんどがテロルてつこうによって作られたものでした。テロル氏はみつろうえいがばれた後、相当だんを踏んだことでしょう。あの当時のテロル氏は、自分の会社の力でロクシェは勝つことができると本気で信じていましたからね。あながち外れではありませんでしたけど。──やがてテロル氏の中で、みつを守れなかったロクシェ軍に対する信頼は薄れて、自分の力を買ってくれるところならどこでもよくなってきた。その結果、うら取り引きを始めた。先ほど言われたとおり、これもスー・ベー・イルの情報部が関わっています。私が今回この役をじきじきに志願したのは、せきねんのカタを自分の手でつけるつもりだったからです」

「なるほど……」

 小声でうなるように言って、ヴィルがうなずいた。

「それがどうですか? 二度と会えないとかくした人間と会うことになるとは……。私は、あの島のホームで成長した自分の娘の姿を、しかもこの手で殺す予定になっている列車の乗客として見たとき、ふんするかと思いましたよ」


「……たい殿。質問してもいいでしょうか?」

 フィオナと一緒に、ゆっくりと通路を近づいてきたベネディクトが、ロクシェ語でそう聞いた。

「どうぞ、英雄さん」

「あなたの本当のお名前は、なんですか?」

「まあ……、ストーク・フレンも、オスカー・ウィッティングトンも本当の名前といえばそうなのですが、今はアイカシア・クロスで通しています」

「アイカシア大佐……。そして、ヴィル君がてきしたテロルぼうめいや〝れんちゆう〟の件ですが……」

「そういえばまだ仮説でしたね。でも、本当のことはどうでもいいことですよ。それに私は平気な顔をしてうそをたくさん言いますから、あまり信用しないように。──適当につけ足しておくと、〝全て当たり〟な程度です」

「…………」

 答えを聞いて、ベネディクトは押し黙った。脇からフィオナが無言でそでを引っ張り、ヴィルの前でほうけた顔で立っているアリソンを視線で指し示した。

 ベネディクトが意をんで、それ以上の発言をやめた。


「ちょっと待ってよ!」

 アリソンが声を上げた、

「ストークしようが、わたしのお父さんだって言うの?」

「ご本人はもう、そう言っているわ」

 フィオナが後ろから言った。アリソンは振り向いて、必死になって訴えかける。

「でも……、なんだか違うわよ。ボンヤリ覚えているわたしのお父さんは……、こうなんて言うか、──そう! もっとかつこう悪かったわ! デブだったのよ! デブでまるまる太っていて、足音がどたどたとうるさくて、似合わない変なひげやして……」

「そうはっきり言わないでくださいよ。部下に体格を合わせるのに、必死でしたから」

 ストークしようが言った。部下のことを話すほんの一瞬だけ、どこかもの悲しげな顔を作った。

「そんなの信じられないわ!」

 アリソンが叫んだ。

 ヴィルはアリソンに、

「何か質問してみるといいと思う。本人でしか知り得ないことを」

「そうね! 問題を出すわ、ストーク少佐さん。──わたしは家でなんて呼んでいた?」

「ロクシェ語ではお父さん。ベゼル語ではパパでしたね。しかしなんて問題を出す……」

 そくとうされてかつあきれられて、アリソンはヴィルにたずねる。

「正解だわ。簡単すぎたかしら?」

「……いや、問題になっていないんだ。さっきからずっと〝お父さん〟って使っているし、ベゼル語では〝パパ〟としか呼びようがないよ。何か別のを。具体的なことを覚えていない?」

「そうね……」

 アリソンが考えているとき、ストーク少佐が右手を上げて、眼鏡めがねをゆっくりと外した。つるをたたみ、ぐんぷくの内ポケットの中に入れた。そして口を開いた。

「七さいの君の誕生日に──」

「ん?」

「首都きゆう市街にあるベマーテ公園に連れていくように、私は頼まれた。午前中に仕事を終えて、幼年学校に迎えに行って、そのまま歩いて公園まで行った」

「…………」

「君はすごいことができるようになったから見てと言って、私が持ち上げて、やたら高い鉄棒にぶら下がらせた。さかがりでのぼった君は、鉄棒を握ったままその上に足をついて……、私はあわてて駆け寄ったが、君は後ろに回転しながら、一気に前に飛び出した。それがやりたかったんだな」

「それから、どうなった……?」

ゆうはんふんぱつして、レストランでラザニアとケーキを買って持ち帰って食べた。プレゼントは、新しいぼうだった」

「ちょっと待ってよ!」

 そくにアリソンが叫んだ。

「わたしの両足のりを出っ張ったお腹にくらって、しばらくもんぜつしていたことがごっそりと抜けているわよ!」


 自分で叫んだ後、アリソンが息をのむ。

「……本当に、パパなの?」

 アリソンが、ほとんど自分自身に確認を取るかのように言った。ベゼル語だった。ストークしようかんけつに、

「ヴィル君は信用に足る人間だよ」

 そう答えた。

 アリソンはヴィルを見る。ヴィルは黙って一度うなずいた。

 それでもアリソンは、何度か首をかしげてきんぱつを揺らしたり、疑いのまなしであおい目を細めたり、あまつさえ両手を使って両ほおを強くつねったりした──ヴィルの。

「ひひゃい」


「でもヴィル君。確実にそうだという自信はありましたか?」

 ストーク少佐の問いに、アリソンの手をやっとほどいて、両頬を少し赤くしたヴィルは首を振った。

「あなたの口から聞くまで、やはりかけでした」

 ヴィルの返答を聞いたストーク少佐が、

「ははっ!」

 楽しそうに笑った。

「違っていたら、ち殺されていたかもしれないのに?」

 ヴィルがストーク少佐をにらみ返して、一度だけ頷いた。

「どうしてそこまで?」

「それは、アリソンに父親と会わせてあげたかったから……、いいえ、あなたにアリソンを会わせたかったかもしれません。あなたは決して、自分から正体をばらすようなことをしないでしょう。撃たれるかもしれなかったのに、自分からは言わなかった。アリソンに会えたとはいえ、戦争もなくなったとはいえ、本気で何も言わず、そしてもう二度と会うつもりではなかったのでしょう」

「私は、父親であることを捨てた人間だ……。本来は会わせる顔なんかないよ」

「そうですね。ひどい人です。──そのこと〝も〟言いたかった」

「……そうか。ありがとう。感謝するよ、ヴィル君」

「どういたしまして」


「詳しくは分からないけど──」

 アリソンが口を開いた。

「やっぱりここにいるのがわたしのお父さんで間違いないのね?」

 全員がうなずくのをざっと見渡して、アリソンが、

「そう……」

 ポツリと漏らした。うれしくも悲しくもない、特別こうふんや感動が表れてはいない、ごく普通の顔だった。そのままの顔をストークしように向けて、

「えっと……」

 さっきまでヴィルのほおをつねっていた手を軽く振る。

「久しぶり!」

 そう言ったきり、後が続かなかった。五人がしばらく無言のまま立ちすくんで、フィオナが後ろから助け船を出す。

「なんかこう、もっと話すことない? せっかく再会できたんだし」

 アリソンが振り向いて、

「えっと……、それが……、なんか変で。さっきまでストーク少佐として、昨日きのう一昨日おとといと話をしていたのに急に〝お父さんです〟なんて言われても……」

「それもそうかも。でも、すてきなことだわ。なんでもいいから、お話をするといいわ」

「そうなんだけど……、えっと……」

 が続かないアリソンに、

「まさか、飛行士になっているとはね。驚いた」

 ストーク少佐が言った。床を見ていたアリソンが顔を上げる。

「子どもの頃から運動しんけいはよかったとはいえ、さいせんたんの機械を扱うようになっているとは思いもしなかった。大したものだよ」

 アリソンが言葉に詰まり、

「……それは、どうも……」

 それだけ答えた。

「そして軍に入っているとは……。東西の安定を願ってはいたけれど、ひょっとしたら戦場で会うようなことになっていたかもしれなかったな。──カー少佐」

 ストーク少佐はベネディクトに視線を向けて、

「感謝しますよ。あなたがきちんと発表しなければ──」

「そこまでです」

 ベネディクトは、ストーク少佐の発言をさえぎった。

「後でとても驚くでしょうが、そのことについて絶対に言っておきたいことがあるので、後で聞いてください。それよりも娘さんとの会話をどうぞ」

「……そうかい。でも、正直私も何を言っていいのか悩んでいる。アリソン」

「……えっと、なに?」

「……後ででいいので、今の住所を教えてほしい。手紙を書くつもりだ。……何か荷物も贈るよ。……次の誕生日のプレゼントとか」

「……あー、うん、どうも……。ちなみに誕生日、前と変わってないから」

「うん……。それは、そうだろうね。住所は頼むよ」

 親子のそれとは思えない、そうほう腰の引けた会話が続く。

「分かったけど……、今はちゃんとした住所がないわ。部隊あてで手紙は届くけど、荷物はだめ」

「そうか……」

 ストークしようがとても残念そうな顔で言って、そして会話は続かない。

「…………」

「…………」

 数秒のちんもくののち、アリソンはふと何かを思い出したようで、でも! と声を上げる。

「わたしは来年から、学校卒業したられんぽう大学すヴィルと首都で一緒に部屋りて住む計画よ! そこに送って!」

 アリソンが言いきった。

「あ」

 言った後、言った本人が言ってしまったことに驚いて、同時にストーク少佐も驚いた。

「……それは、その……。──ヴィル君とは?」

 アリソンが首を、ふるふると細かく振る。

「ううん。ぜんぜんまだ……」

かんじんのヴィル君の考え一切なしで結論はまずいな……」

「連邦大のこともまだ。ヴィルがそう決めて、そうなったらいいなー……、と」

「うん。分かった」

 後ろで話を聞いていたヴィルが言った。とてもあっさりと言った。

「はい?」「は──?」

 振り向いて自分を見た少女と、その後ろで同じように自分を見るその少女の父親に、

「僕は決めたよ」

「……何を?」

 アリソンが聞いて、

「上級学校を卒業したら、連邦大を目指す。そのために首都に部屋を借りて住む。だから、アリソンも一緒に住もう」

 右手に大型のけんじゆうを握り、左手には回転式の拳銃を上からつかんだ姿で、ヴィルははっきりと言いきった。

「あ……」「…………」

 四つの青い瞳が驚きで見開かれて、その後ろに長いきんぱつたずさえた方が、ヴィルに迫ってきた。両手がふさがっているヴィルの胸ぐらをつかんで、

「わっ!」

「本当に?」

「え?」

「今言ったのは本当? うそじようだんや演出じゃないでしょうね!」

 アリソンのり声に、ヴィルの静かな声が続く。

「もちろん本当だよ……。僕は決めたんだ」

「…………」

 アリソンはしばらく黙った後、下を向いて、くぅー、と小さなうなり声のようなものを出し、最後は掴んだヴィルの胸元へと、

 ごん。

「うぐっ!」

 ヴィルの呼吸が止まるほどのきをたたき込んだ。そしてそのまま、ヴィルの胸元にひたいを押しつけたまま、動きが止まった。

「私達は、じやなようですね」

「そうね」

 ベネディクトとフィオナがそう言って、出口へ向け中央の通路を歩き出す。ヴィルとアリソンの脇を通り過ぎる。ベネディクトはその際、ヴィルが左手で持っていた回転式けんじゆうを掴みあげ、自分のホルスターへしまった。

 そして、

「え? あれ? いや──」

 ぼうぜんとしていたストークしようわきを、二人して左右から抱える。

「私達は、外でお話ししましょうか?」

「それがいいわ」

 にこやかに言ったベネディクトとフィオナに引きずられて、ストーク少佐が後ろ向きに歩き去っていく。それでも必死に反論を試みて、

「いや、しかしあの二人を──」

「それはいいですから、たい

「しかし、娘がこのまま──」

「二人っきりにさせてあげましょう」

「まだ将来を決めるのは早い──」

「いいからこちらにどうぞ、大佐。へき発見についてのおもしろい話がありますよ」

「だが、あのとしで一緒の部屋などとは──」

「いいからこちらに。女王のめいが聞けませんか?」

 やがて三人は、

「…………」

 ヴィルがぽかんと見ている前で、扉の向こうへと消えた。


「決まりね! いいのね! ヴィル、卒業したら一緒に住むのね! それでいいのね?」

 制服のブレザーを引きちぎる勢いでえりくびつかみながら、顔を上げたアリソンがたずねた。ヴィルは目の前すうセンチに迫るアリソンの顔を見ながら、静かにうなずく。

「僕は……、ずっと悩んでいたんだ……」

「うん!」

 アリソンは、少しうるんだあおい瞳で見つめ返す。

「でも、あれだけの決意で物事をし得たストークしようを見て、なんだか勇気をもらった気がする。それで決断したんだ」

「うん!」

「僕は、本当はれんぽうだい受けた方がいいのに、分かりきっていたことなのに、失敗を恐れてばかりいた。それじゃだめだって、そう思える勇気をもらった」

「うん! ……はい?」

 蒼い瞳の上のまゆが、力強く寄せられる。

「アリソン、僕は連邦大を受けるよ。そのために首都に部屋を借りる。だから、アリソンも住所をそこにすればいい。そうすれば、お父さんからの荷物もちゃんと受け取れるでしょ」

「うん……。それだけ?」

「ううん」

 ヴィルが首を振って、

「そうよね!」

 アリソンが声をはずませたが、次のヴィルの言葉は、

「家賃とか掃除とか、一緒に住むと便利だよ。いつせきちようだ」

「はい? ──本当にそれだけ?」

「え? ──何が?」

「…………」

 アリソンは、

「それっ!」

 ヴィルを投げた。両手で胸元を掴んだまま引っ張り、右足をヴィルの右足外側に引っかける。おもしろいように技がきまり、ヴィルは、

「うわっ!」

 そのまま腰と背中から床に落ちた。あおけになったヴィルに、胸元を掴んだままのアリソンがしゃがみ込んで顔を寄せる。長いきんぱつが降って、ヴィルのかお左右に垂れ下がった。視界をさえぎるかたちになって、真っ直ぐ前に見えるのはアリソンの顔だけ。

「そういうことを言っているんじゃないの!」

「痛い揺らさないで痛いから」

 アリソンがヴィルの体をガクガクと揺らす。石の床に後頭部がごんごん当たり、ヴィルが小さく悲鳴を上げた。

つう男女が一緒に暮らそうといえばもっと別の意味とか深い意味とか別の意味とか考えないのヴィルって一体なに考えているの!」

 おおいかぶさったあおい目でにらまれ、ヴィルは必死に答える。

「えっと、何が? ──痛い痛い」

「わたしのことどう思っているかってことよ!」

「え? それはもちろん好きだよ。アリソンは昔から僕に勇気をくれるような──痛い」

「そんなことじゃなくて!」

 叫んだアリソンが、

「──ねえヴィル、キスしていい?」

 ヴィルを見下ろしながら聞いた。

「え? ──えっと、ここで?」

 目を見開いたヴィルが混乱しながら聞いて、

「何言ってるのよ! さっきの話もう忘れたの? ここじゃないとダメなのよ!」

 アリソンの返答と、激しい揺らし。

「痛い痛い……、分かった痛い痛い分かったから──」

 二人がい誰もいない、れいはいどうさいだんの前。ヴィルは石の床にあおけで、その顔におおいかぶさったアリソンの顔が、ゆっくりと近づいていき、そして止まった。

 長いきんぱつが、二人の顔を包む。