第八章 「陰謀という名の列車」
岩山に挟まれた幅三百メートルほどの谷には、
谷間に風はない。空よりも濃い蒼さをたたえる水面には、さざ波一つない。まるで蒼い宝石を
谷の両脇には、水面からわずか一メートルほどの高さの位置に線路が敷かれていた。
北側の線路には
「
食堂車のカーテンの
ヘッドギアをつけたヴィルは、
「綺麗だな」
ぽつりとつぶやいた。直後、失礼、と言いながらストーク
「
「ん? なんだ」
「ここを通るたびにいつも思うんですが、この湖は本当に美しいですね」
「ああ、そうだな。スー・ベー・イルの宝だ」
「ここを汚さないようにうるさく言ったのは、ストーク少佐殿でしたっけ?」
「ああ。……
「でも、こんな綺麗な景色を見ていると──」
「ん?」
「自分の仕事が少し嫌になりますよ」
「仕方ない。それが我々の役目だ」
ヴィルは、右側にある
『準備はいいですね?』
電話でストーク少佐の声が聞こえ、ヴィルはゆっくりとスコープを
ストック部分に当てた左手で、電話のスイッチを押す。
『準備はいいです。まだ揺れているので
ストーク
「あなた達は、
ベネディクト達にそう命じた。アリソンが不平を漏らす。
「ここで見ていたいのに」
「ここは危険です。
「じゃあ、ヴィルとあなたはどうするのよ?」
アリソンが
「……何よ?」
黙ってアリソンを見るストーク少佐に、アリソンが
ストーク少佐は静かに首を振って、
「戦争は男の仕事ですよ、お
「何よそれちっとも答えになってないわよそれに空軍
アリソンが、ベネディクトとフィオナに引っぱり出されていく。
三人がドアの向こうに消えた後、イスに座り
『そろそろこっちも向こうも止まります。──できれば、最初の一発でお願いします。向こうが撃たれていることに気がつくと、すぐさま撃ち返してくるでしょう』
『分かりました』
ヴィルが答えた後、しばらく二人が黙った。列車は低速で走り続ける。やがてストーク少佐が、軽い
『まだちょっと時間があるようですね。
『はい』
『有名な
『ありがとうございます。それと、アリソンを追い払ってくれて感謝します』
『ああ……、いいですよ。──君は彼女と、どういう関係で? っと、聞き方がまずかったかな?』
『いいえ。普通の幼なじみです。八
『有名なムートさんの〝未来の家〟ですね』
『──ああ、アリソンが言ったんですね?』
『ええ。ベゼル語がとても
『…………。──アリソンは八
『みんなそうでしょうね……。君や彼女は、私のような
『僕はともかく、アリソンはそんなことはありません』
『……どうしてですか?』
『アリソンの父親、オスカー・ウィッティングトン
『…………。それはどうい──』
『部下と一緒に緑島の戦場ではぐれて、その部下が保身のために裏切ったんです。
『……
『酷い話です。──最後に一つ聞かせてください。あなたの本当の任務はなんですか? ストーク少佐』
『……知りたいですか?』
『ええ、とても。自分がこれからやることの意味くらいは知っておきたいと思っています』
『……では言いましょう。私を信じてくれたお礼です。──テロル氏の
『逮捕? 今、〝逮捕〟って言いましたか?』
『ええ、言いました。テロル氏を逮捕するために、列車内で逃亡しないように
『
『二つあります。一つはこんな物の
『
『〝全人類に対する罪。戦争
『…………。テロル氏は、ロクシェを売るつもりだった? ロクシェでの逮捕は近いと聞いています。氏は自分の持っている全ての軍事・兵器情報を手みやげに、スー・ベー・イルに
『そのとおり。あなたはとても理解が早い。こんなお
『……ただ黙って煮られるのを拒んだということですね』
『そうです。連中はテロル氏の持つ東の軍事情報があれば、ロクシェへの
『でも、その人達はどうやってテロル氏をスー・ベー・イルに逃がすつもりだったんですか? 列車に戻ってこなければ、逃亡はすぐにばれてしまいます。そうすれば調査が入るでしょう』
『そのとおりです。そして連中は、それを克服するために恐ろしい計画を立てた。──ヴィル君、ちょっとしたクイズです。〝人の存在を完全に消すために、もう二度と誰からも捜されなくなるために一番いい方法はなんでしょう?〟』
『死ぬこと』
ヴィルが
『そう。連中はテロル氏を死んだことにしたかった。それも後々
『あっ! ……まさか、列車ごと?』
左目だけで、ヴィルはストーク少佐を見た。ストーク少佐は双眼鏡の下の口を動かす。
『そう、そのまさかです。私の仲間が
『…………。たった一人のために、四十人以上を
『そうです。私にはテロル氏を
『だから、あなたは
ヴィルが質問して、数秒が過ぎた。
『まだ、
ストークの声がヴィルの耳に入る。ヴィルの左目の視界ぎりぎりで、ストーク少佐は先ほどまでと変わらず、
『そう……。私が全員を殺しました。ロクシェ側には殺人者はいなかった……。
『でしょうね。本当のことを言うわけにもいかない』
『だから私は、乗員乗客
『……今ここで、それについてとやかく言うつもりはありません。僕達は自分達の安全を守りたいだけです』
『連中の襲撃が早まったのだけは、これは完全に私の予想外でした。あなた方がいてくれてよかった』
ストーク少佐が言ったとき、大きく一度
『そろそろですね』
『準備はできています。──最後に一つだけ教えてください。テロル氏は……、スー・ベー・イルに秘密のコネでもあったんですか? 西側の
『いいえ。この列車に乗っている英雄さんのおかげで
『なるほど……。酷い人ですね』
『だからって彼を
ストーク少佐がそう
『自分の予測が甘くて、こんな事態を招いてしまいました。すまないと思っています。だから、この
「…………」
ヴィルは答えなかった。一度
『
ヴィルが、手を添えていたグリップを握り込んだ。そこにあるレバーが押され、
ヴィルが一度息を吸った。そして小さくつぶやく。
「一発だ」
「そろそろ止まります」
「まあ何と言えばいいのか、こんな旅行になってしまって
ベネディクトが言って、
「まあ気にしないで。今夜の宿さえヴィルと一緒なら文句は言わないわ」
アリソンが答えた。
「
「ああ。任せる。列車が湖に映って、なかなかいいものだな」
「そうですね。もっと長ければさぞかし映えたでしょう。──あっ?」
「どうした」
「……中尉、
「そうだ。それがどうした?」
「変ですね……」
「何が?」
「どう見ても、七両しかないように見えるんですが……」
「……何?」
「間違いないですよ……」
「五、六、七……。確かに一両
「はい?」
「今すぐ発車しろ! 一班は故障なんかじゃない、阻止されたんだ!」
「え?」
「今すぐ発車しろ! 頭を押さえるんだ! 急げ急げ急げ!」
列車が完全に止まった直後、
『
ストーク

巨大な銃が
銃口から
直径二センチ、重量百五十二グラムの
「何っ?」
ほんの一瞬前まで
声を上げたストーク少佐の丸い視界の中、岩からはじけ飛んだ小石が装甲軌道車に当たる。
「なんだ? 今の音は?」
「細かい何か当たったようですが……、まさか
「クソッ、そのために止めたのか!
『外れた! 向こうが動き出した』
ストーク
『見えてます。こっちも動かしてください。狙えません』
『しかし──』
『早く!』
ストーク少佐はヴィルとの電話線のジャックを抜いて、食堂車から廊下へと飛び出た。そこにいたベネディクトを
『今すぐ発車しろ! さもなくば死ぬぞ!』
大陸
「何があったんです?」
ベネディクトの問いに、
「向こうがぎりぎりで気づいて、発車しました。こっちも走らせます」
「走りながら撃つんですか?
「他に方法が? あなた達はここにいなさい! アリソン!」
ストーク少佐がきつい調子で吠えて、名前を呼び捨てにされたアリソンが
「何よ?」
「ここにいるんだ。頭を出すなよ。──後はヴィル君を信じるしかない」
そう言って自分を
「
ストーク少佐がドアをくぐり食堂車へと消えて、ベネディクトは、
「どこへ?」
フィオナが聞いて、
「できるかどうか分かりませんが、ちょっと
「どうやって?」
ベネディクトは
「これで
すぐさまアリソンが、
「当たっても
「そうです。でも向こうは、ヴィル君よりこっちを気にする」
「なるほど……」
ベネディクトはフィオナを見て、
「というわけですので、私ももう少し活躍してきます。ここで待っていてください」
「分かった。早く帰ってきてね」
フィオナの笑顔に、ベネディクトはゆっくりと腰を下ろし、自分の顔を寄せる。
瞳を閉じ静かにキスを交わす二人を見ながら、アリソンの口が声を発せずに動く。
〝
「狙えますか?」
「まだです」
戻ってきて電話線をつなげながらストーク少佐がヴィルに聞いて、ヴィルは
列車が速度を増し、その振動と音が伝わってきた。ヴィルの
やがてヴィルが、
『もうすぐです』
『こうなった以上は、走りながら撃つしかありません。移動する場所からの
ストーク少佐の質問に、
『一度だけ』
ヴィルが答えた。
「列車が動き出しました」
「見えている。
「まさか、列車を撃つので?」
「どこから撃ってくるのか見えれば、そこに十発撃ち込むだけだ。車体の基部には当てないようにす──。おい、なんだ今の音は? ──まただ!」
「撃たれています。間違いありません。ライフルか何かでしょうか?
「まったく平気でも、
一両目の食堂車、並ぶ窓の一番前。
そこだけカーテンを開き、窓を押し下げ、
「そらっ!」
ベネディクトが
「大体こんなものだろう」
引き金を引いた。銃声と反動。すぐさまベネディクトはフォアグリップを往復、次を
「当たれよ」
再び撃つ。
『銃声?』
ヴィルの疑問に、
『ああ、英雄さんが
窓の外に一瞬だけ顔を出したストーク
『狙えますか?』
『もう少し』
「まただ! くそっ! ──どこだ……?」
「
「どれ……。見つけた。窓の脇から銃身を出しているな」
「やはりライフルか何かですね」
「馬鹿なやつだ。英雄
「準備よし」
「よし、席を替われ。俺が撃つ。
線路を走る装甲軌道車の
ばらららららららっ、と銃口から
撃ち出された十発の
誰もいない食堂車の
「よし!
「
「ただいま」
ベネディクトがフィオナの脇に座りながら言って、
「おかえりなさい。今の激しい音は?」
フィオナの質問。ベネディクトが涼しい顔で答える。
「カーテンのバンドにくるんで窓に置いてきた銃が
『チャンスです。撃て』
ヴィルが二発目を撃った。
「うわっ! ──なんだ今のは?」
「何かで撃たれました! それも
「加速だ! どこからか探せ!」
『
『了解』
ヴィルは左目を閉じ、右目はスコープ越しに装甲軌道車に向けられていた。ヴィルがへばりつく
『揺れがひどい……』
『落ち着きなさい。まだ行ける。車輪が継ぎ目を通った後の一瞬は安定します』
『それに、向こうが
ヴィルの焦った声に、ストーク少佐の落ち着いた返答。
『例えそうでも、カアシの祭りで目標の先を見越す
『…………。了解。ウサギなら当てられます』
「どこだ……、どこから撃ってきている……」
「
「…………。見つけた! ご
「──準備よし!」
「よし
ヴィルが撃つより早く、
その
「何? ──クソッ、さっきの
ヴィルが撃った。
三度目の衝撃に、銃身の近くあった窓のガラスが耐えられず、
湖の上を、弾丸が
弾丸は、ウサギの形をした
キャタピラのループをくぐり、車体外側の鉄板をいともたやすく
車体後部が爆発した。真っ赤な
爆発音が湖面に
「湖には落ちるなよ。汚さないでほしい」
つぶやいたストーク少佐の願いをくみ取ったのか、車体は大きく右に傾き、キャタピラ部分を右の地面に接触させる。続いて
レールの上に横倒しになり、装甲軌道車は移動を停止した。黒い煙は流れるのをやめて、風のない谷で、ただ真っ直ぐ上へと昇っていった。
反対側の谷を、大陸
「な、なんだ……? 爆発したぞ」
「おそらく、
「ほーっ、たいしたものだな、私のライフルは! 数をそろえれば、歩兵の
「…………」
イーエンは無言のまま、イスの上に置いてある自分の
「
振り向いたテロルが、イーエンが銃を手にしていることに驚き、
「なんだ?」
イーエンは銃口を下げたまま、小さく何度か首を振る。
「おかしい……。これは絶対におかしい」
「何がだ? 言ってみろ」
「予定では湖の脇で列車を止めて、荷物を受け渡すはずです」
「しかし、憲兵がかぎつけて来たという以上──」
「私どもには〝スー・ベー・イル軍の組織〟としか聞かされていません。もしもさっきの憲兵
「では、あの男が言ったことはどうなる?」
「それですが、もし彼が我々の思っているような人間でないとしたら……、全て話が合います」
イーエンの言葉に、テロルの顔が怒りで赤くなる。
「
「まだ断言はできませんが、私はその可能性が高いと思います。今からそれを調べてきます。旦那様はここにいてください。
イーエンが冷静な
「よし、分かった……。行ってこい。ただし──」
「はい」
「何かあっても絶対に死ぬなよ。私はお前と一緒に
「……かしこまりました」
扉が閉まる。そしてしっかりと鍵が掛かる音が、部屋に
『よくやりました。素晴らしい』
近づいたストーク
『肩は平気ですか? 外れていないでしょうね?』
『平気ですが……、反動で押されたときにお腹のベルト金具が
『ははっ。でも
二人が起き上がってヘッドギアを外したとき、ドアを開けてベネディクト達三人が入ってきた。
「全員
アリソンはヴィルに真っ直ぐ近づき、汗が浮かぶ顔に手を
「汗びっしょり。
ヴィルが
「だいじょうぶだよ。子どもじゃないんだから」
ポケットから取り出したハンカチを、アリソンに渡した。
「それで手を拭いて」
「…………」
アリソンはしばらくハンカチを
「それっ」
「うわっ」
それでヴィルの顔を
「──動くとけがするわよ。まったく、わたしにも少しは仕事をさせなさい」
「…………」
二人を無言で眺めていたストーク少佐に、
「あの
ベネディクトが後ろから
ストーク少佐は振り向いて、
「後でなんとでも。──それより、機関士達に連絡して、金持ちにまた
そう言い残して、ストーク少佐はドアをくぐり抜けて出ていった。
* * *
「テロル氏の逃亡
「本人はそう言いました」
「
アリソン達は食堂車の入り口
「テロルが
「でも、そのために……、
フィオナが
「行動を
ベネディクトはそこで一度
「いいえ、やめます。人の死の数を
「でも……、それでも分からない」
「何が?」
アリソンが聞いて、ヴィルは
「なぜ僕達を、あの時に殺さなかった? 車掌長さんを殺すところを見られて、予想より早く殺人がばれてしまった。テロル氏にあんな演技をさせなくても、適当な時機を見計らって自分が発見して、
「そう言えばそうね……」
アリソンが一度つぶやき、直後に、
「分かった」
「ん?」
ヴィルが、そして顔を上げたベネディクトとフィオナが、アリソンを
「きっとあの少佐さん、私に
アリソンが言った。
しばし全員が
「…………」
ヴィルはアリソンをしばらくぽかんと
「な、何よ。ちょっとした
アリソンが言った直後だった。ドアがノックされた。
廊下から食堂車へ通じるドアだった。一番近くで座っていたアリソンがドアに近づいたが、ガラス越しに
「?」
アリソンがあっけなくドアを開けて、そこに見たのは、自分めがけて肩から体当たりをかけるイーエンの姿だった。
「わっ──」
「アリソン!」
ヴィルが後ろからアリソンを引きずって横へ。直後、
「うわっ!」
イーエンの左肩がヴィルの腹部に当たった。強烈なタックルを受けて、ヴィルの体は車内へと飛ばされた。足をついても踏みとどまることができず、背中から
「ヴィル!」
アリソンが叫び、しかし同時に身をひねる。イーエンの
「くそっ!」
イスはバラバラになりながらイーエンをのけぞらせ、その手から拳銃が放れる。空中で
「下がれ」
ベネディクトはフィオナの服を
「クソッ!」
イスの
「なっ?」
「うらぁ!」
気合いと共に、イーエンが左手の手のひらをベネディクトに押し出す。体重を乗せた強烈な
ミシッ、と嫌な音がして、
「がっ!」
ベネディクトの体がおもしろいように飛ばされる。
ベネディクトが一度
「英雄さん、そんなんじゃ戦場で生き残れないぞ」
「空だったら、あんたに負けない自信があるんだけどな……。アンタ
「ここは陸だ。お返しだ」
イーエンはイスを一つ片手で
「ぐっ!」
そして痛めた右胸を押さえながら倒れた。
イーエンが車内をさっと見渡す。車両中央まではじかれたヴィルがうつぶせに倒れて、
「ヴィル! ヴィル!」
その脇でアリソンが揺すり起こそうとしている。左前ではベネディクトが横になり、すぐ左の壁では、
「っ……」
フィオナが恐怖に引きつった顔で見上げていた。
「やあ、
イーエンが、
「女性を殺すのは趣味ではないが、もう人生最高の時は過ごされただろう。これからの人に花を持たせてもらおう。あなた方一人でも生きていてもらっては困るのだ」
イーエンが、一歩ずつフィオナに近づいた。
「フィー……、逃げろ……」
ベネディクトの声。
「…………」
フィオナは、迫り来るイーエンを見上げていた。
「さようなら、次期王女様」
腰を落としたイーエンの両手が、フィオナの細い首に伸びる。その瞬間、フィオナが笑った。
「?」
手を止めたイーエンに、
「女王より向いていると思うんだけど──」
笑顔のフィオナが声をかけた。彼女の右手が、腰の脇のポーチから、イーエンの左腕
「笑って」
フィオナがシャッターを押した。
ぼふっ、という音と共に、フラッシュバルブが
「がっー!」
目を閉じて
その時アリソンは、
「ヴィル! ヴィル!」
うつぶせのヴィルの体をガクガクと何度も揺らし、ようやく、
「
ヴィルからか細い返事が返ってきた。そして、
「左の腰……。早く……」
「ん?」
アリソンがヴィルのジャケットをめくる。
「くそお!」
イーエンが吠えて、壁に手を突きながら立ち上がった。荒い息をしながら、何度か頭を振った。目を
「やってくれる……」
イーエンが、ベネディクトを引き起こそうとしているフィオナを見た。ベネディクトは苦痛に顔を
「全員くびり殺してやる!」
イーエンが、怒りにまかせて吠えた。その時、
「手を上げなさい!」
アリソンの声。
「!」
イーエンが車両中央へと顔を向ける。アリソンは倒れているヴィルの前で
「さもないと
ベネディクトがヴィルに渡した回転式
壁にもたれたベネディクトと、肩を貸そうとしていたフィオナが、アリソンを、続いてイーエンを見た。
「ふざけるなよ……」
イーエンの
「じゃあ
アリソンが
ぱん。
乾いた
そして、
「…………」
イーエンは
彼は首をさげて、ざっと自分の体を見渡した。どこにも異常なし。それから後ろを振り返ると、食堂車入り口のドアの窓ガラスに、先ほどまではなかった
「おじょうちゃん……、ド
イーエンが素直な感想を言って、
「うるさいわね! 慣れない
アリソンがムキになって言い返した。その瞬間
ぱん。
「いいから
再び銃口をイーエンに向けて
「それは
イーエンがすぐ言い返した。
成り行きを見守っていたベネディクトが、
「頭を狙うな……、腹だ……。腹を狙え」
「このっ!」
アリソンが撃った。
ぱんぱん。
立て続けに二発。イーエンがとっさに顔を腕でかばう。一発目が後ろの壁の飾り皿を割って、二発目が右胸に当たった。
「ぐっ」
イーエンが
「やった! ──え?」
それでも最後はその場に踏みとどまった。
「何?」
ベネディクトが目を見開き、
「痛てえ……」
そしてイーエンの
「やってくれるな。かなり痛いんだぞ」
「なんで?」
アリソンが
「それでも素晴らしい製品だ。これからは、兵士もこれをつけることになるだろうな」
「クソッ!
ベネディクトが
「やっぱり頭を狙え……」
「このっ!」
ぱん。
五発目の
「おじょうちゃんは絶対に
「うるさいわね!」
「残りは一発だぞ」
「最後に当てようと思っていたのよ!」
「ああ、そうかい。それを外してみろ。全員の死体を湖に叩き落としてやる」
「この……」
「どうした?」
イーエンが、
「この……、くそ……」
アリソンの
「落ち着いて」
声と共に、アリソンの体に後ろから誰かが抱きついた。長い
「ヴィル!」
左に向けたアリソンの視線の先には、他のものは見えないほど大きくヴィルの横顔。その額右側からは、細く血が流れていた。
「僕も手伝うよ。──手をもう少し伸ばして。右手を前に押し出すように、左手は逆に引いて」
ヴィルはそう言いながら、アリソンの両手に、ゆっくりと自分の両手を重ね合わせていく。ヴィルはアリソンの手ごと、
「だいじょうぶ。一発あれば十分だ……」
体を重ねて自分を狙う二人に、
「ふざけるな……。なんだそれは? お
少し腕の
「最後に知っておきなさい。彼はカアシの六位です」
「…………」
イーエンの視線が二人に戻る。
「そう……、すこし左。引き金はじわっと絞るように、
「うん!」
ヴィルに

直後、
「うおおおっ!」
イーエンが
「ちょっと右。そう──、
ぱん。
乾いた音と共に、男の叫びと突進が止まった。静かな一瞬が過ぎた後、男はそのまま前のめりに
「あ、ああ……?」
そして身をひねりながら
「くそっ……、撃たれ、た……」
イーエンの口から、とぎれとぎれの言葉が発せられる。
「わた、しが、死んだ、ら──
「武器
胸を押さえたまま立ち上がったベネディクトが男の質問に答えて、フィオナの肩を借りながら近づく。
「……そ、うか……。ははっ!」
ベネディクトは、最後の言葉のまま唇が止まった男の、その首元に指を当てて、
「
開かれた目に向かって言った。
フィオナが、そっと左手を伸ばして、男の
小さな声で、
「あなたの
笑ったまま死んだ男に声をかけた。
「ヴィル君、アリソン君、無事か?」
顔を向けたベネディクトが見たのは、
「だいじょうぶ。ちょっと重いけど……」
「ごめん。力が抜けて……」
寄りかかったヴィルを必死に支えるアリソンの姿だった。やがてヴィルがゆっくりと
「ヴィル君。体は平気ですか?」
「なんとか、だいじょうぶです。しばらく息ができませんでしたけど。──それよりベネディクトさんのほうが!」
「あー、私ですか?
ベネディクトが言って、フィオナが心配そうに
「それと、あなたもよくやりました。助けてくれて、ありがとう」
アリソンは
「
ヴィルが答えた。
「彼にさっきの話を聞かれたようですね。
ベネディクトが言った直後、
「!」
ヴィルが急に顔を上げた。アリソンの手がずれてハンカチが落ちる。出血は止まっていた。
「だとすると……」
ヴィルが立ち上がった。そのまま歩いて、イーエンの落とした
「どうしました?」
「ストーク
ヴィルは拳銃のスライドを引いて、引っかかっていた
「見てきます」
「わたしも──」
「アリソンはここにいて」
そう言い残して、ヴィルはドアの向こうに消えた。
「え? ──ヴィル君」
驚いて声をかけた。
ヴィルは一瞬たじろいだ後、ストーク少佐を見つけて息を吐いた。
廊下を近づいてきたヴィルの
「何があったんです!」
「テロル氏のボディーガードに話を聞かれたんです。……危うく、殺されるところでした」
「それで?」
ほとんど叫ぶように聞いたストーク少佐に、ヴィルは落ち着いた
「僕はだいじょうぶです」
「そんなのは見れば分かります! 他のみんなはどうです?」
「アリソンが……」
ヴィルは、そこで一度
「彼を
「それは……。まあ、皆が無事でよかった。なに、自白はテロル氏にこれからいくらでもしてもらいますよ」
「ストーク少佐はどちらに?」
「
「そうですか……、僕はボディーガードとかち合ったのかと」
「ああ、心配してくれて感謝します。後は、テロル氏に直接言うだけです。もう
ストーク少佐は歩き出し、
ボディーガード部屋のドアに
「テロルさん! 私です! ──開けてください!」
防弾
「まさか……」
レバーを押したが、鍵の掛かったそれは動かない。
「イーエンが鍵を持っていたはずです。お願いできますか?」
ストーク少佐が聞いて、ヴィルは
「分かりました。お気をつけて」
「素直でいい。──私みたいな
ストーク少佐がつぶやいた。
しばらくして食堂車から戻ってきたヴィルが、
「ありました」
ストーク少佐に鍵を渡す。その後ろから、アリソン、そしてフィオナに肩を借りたベネディクトが現れた。ストーク少佐が少し
「皆さんご無事なようで」
「おかげさまで」
一番疲れた顔をしているベネディクトが言った。
「いろいろひどい目にあったわ。もうあなたとの旅行は絶対に嫌よ、ストーク少佐さん」
「それはどうも」
ストーク少佐は
「どうして──、なんでこうなる?」
ストーク少佐の声が、静かな部屋に流れる。
部屋に入った五人全員が、ソファーに座る死体を見ていた。頭から血を流し、だらりと垂れ下がった右手の下に、小さな
「
ベネディクトがつぶやいた。そして、
「イーエン。お前の
ストーク少佐は拳銃を持ち上げて、
ヴィルは部屋に入ってから一言も発せず、テロルの死体を見ていた。
ストーク少佐ははっ、と
「スー・ベー・イルに死刑はありません。例え法に問われても、命だけは助かったというのに。──私の仕事は、
「
「いるとしたら何よ?」
アリソンの質問に、ストーク少佐が答える。
「彼女はそうとうの