岩山に挟まれた幅三百メートルほどの谷には、あおい水面が広がっていた。

 谷間に風はない。空よりも濃い蒼さをたたえる水面には、さざ波一つない。まるで蒼い宝石をけずって、そのまま谷にはめ込んだようだった。

 谷の両脇には、水面からわずか一メートルほどの高さの位置に線路が敷かれていた。

 北側の線路にはめいさい塗装のそうこうどう車が、反対側には大陸おうだんごう特急が、とてもゆっくりと、人が走るのと同じくらいの速度で走っていた。

れいねー」

 食堂車のカーテンのすきから、アリソンが湖を見て声を上げる。

 ヘッドギアをつけたヴィルは、たい戦車ライフルを構えたまま、壁に開いた穴から同じ景色をながめ、

「綺麗だな」

 ぽつりとつぶやいた。直後、失礼、と言いながらストークしようの体が視界をさえぎった。ストーク少佐は十発の〝ほうだん〟を詰めただんそうを、ヴィルの頭のすぐ前、機関部分に上向きに開いた穴へと差し入れる。


ちゆう殿」

「ん? なんだ」

「ここを通るたびにいつも思うんですが、この湖は本当に美しいですね」

「ああ、そうだな。スー・ベー・イルの宝だ」

「ここを汚さないようにうるさく言ったのは、ストーク少佐殿でしたっけ?」

「ああ。……みようなところで堅い人だ。賛成だけどな」

「でも、こんな綺麗な景色を見ていると──」

「ん?」

「自分の仕事が少し嫌になりますよ」

「仕方ない。それが我々の役目だ」


 ヴィルは、右側にあるそうてんレバーを引いた。もうれつに重いそれを引ききって、元に戻す。

『準備はいいですね?』

 電話でストーク少佐の声が聞こえ、ヴィルはゆっくりとスコープをのぞいた。

 あおい水面の上に、ゆっくりと走る一台の装甲車。その姿が水面に上下さかさに映っていた。ヴィルはスコープの狙いを、そうこう車の車体こう、教えられたエンジン部分へと向けた。車体の揺れがあるので狙いが一定しない。

 ストック部分に当てた左手で、電話のスイッチを押す。

『準備はいいです。まだ揺れているのでとらえにくいですが』

 ストークしようは分かりました、と言って、

「あなた達は、しやしようちようしつ脇でなるべく頭を下げていてください」

 ベネディクト達にそう命じた。アリソンが不平を漏らす。

「ここで見ていたいのに」

「ここは危険です。まんいち向こうからち返されたらどうしますか?」

「じゃあ、ヴィルとあなたはどうするのよ?」

 アリソンがそくに言い返して、ストーク少佐は答えなかった。

「……何よ?」

 黙ってアリソンを見るストーク少佐に、アリソンがいぶかって言い返した。

 ストーク少佐は静かに首を振って、

「戦争は男の仕事ですよ、おじようさん」


「何よそれちっとも答えになってないわよそれに空軍しよぞくのわたしに対するいやのつも──」

 アリソンが、ベネディクトとフィオナに引っぱり出されていく。

 三人がドアの向こうに消えた後、イスに座りまどわくにへばりついてそうがんきようのぞいているストーク少佐が、三メートルほど離れた床で銃に抱きつきスコープを覗いているヴィルに言う。

『そろそろこっちも向こうも止まります。──できれば、最初の一発でお願いします。向こうが撃たれていることに気がつくと、すぐさま撃ち返してくるでしょう』

『分かりました』

 ヴィルが答えた後、しばらく二人が黙った。列車は低速で走り続ける。やがてストーク少佐が、軽い調ちようで話しかけた。

『まだちょっと時間があるようですね。きんちようしないように』

『はい』

『有名なしやげき大会の入賞者ですか。人は見かけによりませんね。──ちなみにめています』

『ありがとうございます。それと、アリソンを追い払ってくれて感謝します』

『ああ……、いいですよ。──君は彼女と、どういう関係で? っと、聞き方がまずかったかな?』

『いいえ。普通の幼なじみです。八さいから、しばらく一緒の場所で育ちました。今はたまに会うだけですが』

『有名なムートさんの〝未来の家〟ですね』

『──ああ、アリソンが言ったんですね?』

『ええ。ベゼル語がとても上手じようずで疑問に思っていたので、聞いたらそう教えてくれました。それでなつとくしました』

『…………。──アリソンは八さいのとき、親がみどりじまで戦死して送られてきました。来た当時は他の子と同じように毎日ボロボロ泣いていて、なじむまではとても大変でした』

『みんなそうでしょうね……。君や彼女は、私のようなもと敵国の軍人は少なからず憎いでしょう。それを否定はしませんよ』

『僕はともかく、アリソンはそんなことはありません』

『……どうしてですか?』

『アリソンの父親、オスカー・ウィッティングトンしようは味方に殺されましたから』

『…………。それはどうい──』

『部下と一緒に緑島の戦場ではぐれて、その部下が保身のために裏切ったんです。せん報告書では、二人が敵前とうぼうの後、部下が少佐をしやさつして西側にはんしたけんだいとありました。ウィッティングトン少佐の死体は数ヶ月後に回収されましたが、さんだんじゆうきん距離から頭をたれていて、がいこつかいしゆう不可能だったそうです』

『……ひどい話です』

『酷い話です。──最後に一つ聞かせてください。あなたの本当の任務はなんですか? ストーク少佐』

 たい戦車ライフルを構えたままヴィルがそうたずねて、

『……知りたいですか?』

 そうがんきようのぞいたままのストーク少佐が質問で答えた。

『ええ、とても。自分がこれからやることの意味くらいは知っておきたいと思っています』

『……では言いましょう。私を信じてくれたお礼です。──テロル氏のたいですよ』

『逮捕? 今、〝逮捕〟って言いましたか?』

『ええ、言いました。テロル氏を逮捕するために、列車内で逃亡しないようにれんらくやくのフリをして見張る。それが私の本当の任務です』

ようは?』

『二つあります。一つはこんな物のみつ。ま、それはたいした罪ではありませんが』

さいしんえいの武器の密輸がたいしたことではないとすると、もう一つはなんですか?』

『〝全人類に対する罪。戦争せんどう容疑〟とでも言いましょうか。自己しんだけではなく、せっかく終わった戦争を、自分の力でまた起こそうなんて、神をも恐れぬだいざいです』

『…………。テロル氏は、ロクシェを売るつもりだった? ロクシェでの逮捕は近いと聞いています。氏は自分の持っている全ての軍事・兵器情報を手みやげに、スー・ベー・イルにぼうめい、いや、〝逃亡〟するつもりだった? そうすればスー・ベー・イルは有利になるかもしれないし、一部人間がそれによって開戦をせんどうすることができる?』

 そうがんきようの下で、ストークしようの口が満足げな笑みを作る。

『そのとおり。あなたはとても理解が早い。こんなお土産みやげなど可愛かわいいものです。テロルは、祖国そのものを売ろうとしているんです。そしてそれに食らいついたのが、なさけないことに私のどうほう軍人達です。仮に〝れんちゆう〟とでも呼びましょうか? ──今まで宿しゆくてきロクシェを滅ぼすために何百万人もの戦死者を出したのはなんのためだったのかと、連中は和平を快く思っていなかった。そしてぐんしゆくでこれからの生活を失うことにも耐えられなかった。軍隊とは国民を守るためにある。その国民が安定を受け入れるきっかけを得たというのに、連中はそれが許せなかった。あるじの幸せを、というよりもはや〝どっちが主なのか〟を忘れてしまった、あわれなそう達です』

『……ただ黙って煮られるのを拒んだということですね』

『そうです。連中はテロル氏の持つ東の軍事情報があれば、ロクシェへのだい攻勢が成功すると信じています。そうなれば他の軍人達も賛同してくれると確信している。そんな馬鹿ばかりではないことを望みますが、もし万が一そんなことになれば、結果がどうであれな死体の数が増えるだけです。──せっかく終わった戦争を、走狗の自己しんのために起こさせるわけにはいかないんです。連中を全員見つけてたいするにはまだ時間がかかります。だからテロル氏だけは、なんとしても連中に渡すわけにはいかないんです。ボディーガード共々が方で逮捕し、連中のことも洗いざらいしやべってもらう。絶対に』

『でも、その人達はどうやってテロル氏をスー・ベー・イルに逃がすつもりだったんですか? 列車に戻ってこなければ、逃亡はすぐにばれてしまいます。そうすれば調査が入るでしょう』

『そのとおりです。そして連中は、それを克服するために恐ろしい計画を立てた。──ヴィル君、ちょっとしたクイズです。〝人の存在を完全に消すために、もう二度と誰からも捜されなくなるために一番いい方法はなんでしょう?〟』

『死ぬこと』

 ヴィルがそくに答えた。ストーク少佐は静かにうなずく。

『そう。連中はテロル氏を死んだことにしたかった。それも後々めんどうくさい〝殺された〟ではなく、〝死んだ〟ことに。そのためには事故にえばいい。──例えば列車事故とか』

『あっ! ……まさか、列車ごと?』

 左目だけで、ヴィルはストーク少佐を見た。ストーク少佐は双眼鏡の下の口を動かす。

『そう、そのまさかです。私の仲間がさつした連中の計画はこうです。──今いるさんがく地帯でこの列車を武装兵で制圧し、みつ品と〝テロル氏〟を積み替えた後、列車を乗員乗客もろとも谷底に突き落とす。不幸なだつせん事故の生存者はなし。一人や二人のたいが発見できなくても、疑う人はいない。死亡者リストにはだいごうの名があった』

『…………。たった一人のために、四十人以上をまつさつするつもりだったんですね』

『そうです。私にはテロル氏をたいすると同時に、その計画を阻止する必要があった』

『だから、あなたはしやしようちようさん達を殺したんですね? ストークしよう


 ヴィルが質問して、数秒が過ぎた。

『まだ、てきは鳴らないみたいですね……。こんな長い話をするとは思ってもいませんでした』

 ストークの声がヴィルの耳に入る。ヴィルの左目の視界ぎりぎりで、ストーク少佐は先ほどまでと変わらず、まどわくに寄りかかりそうがんきようで谷の向こうを見ていた。

『そう……。私が全員を殺しました。ロクシェ側には殺人者はいなかった……。れんちゆうしゆうげきから確実に逃れるには、列車をどうしても運行予定より早める必要があった。彼らが準備を整える前に、確実に山脈を越える必要があった。しかし線路の上では、運行責任者に絶大な権力がある。私が頭を下げて頼んだところで、言うことは聞いてくれなかったでしょう』

『でしょうね。本当のことを言うわけにもいかない』

『だから私は、乗員乗客たちが〝疑われたくないから〟と列車ぶんをすんなり受け入れるように、テロル氏を狙っているというくうの犯人をでっち上げた。初めからそのつもりで乗りました。──ひどいやつだと思ってくれてもけつこうです。私自身も国家のいぬですから』

『……今ここで、それについてとやかく言うつもりはありません。僕達は自分達の安全を守りたいだけです』

『連中の襲撃が早まったのだけは、これは完全に私の予想外でした。あなた方がいてくれてよかった』

 ストーク少佐が言ったとき、大きく一度てきが聞こえた。列車にブレーキがかかった。長い車両が、じわじわと速度を殺していく。

『そろそろですね』

『準備はできています。──最後に一つだけ教えてください。テロル氏は……、スー・ベー・イルに秘密のコネでもあったんですか? 西側のさんどう者は以前からいて、今までずっとみつなどをして、ロクシェを長年ひそかに裏切っていた……?』

『いいえ。この列車に乗っている英雄さんのおかげでだい戦争の危機が去って、テロル氏は自己しんのためにせいぜい努力したんでしょう。でもロクシェ側は氏を見捨てた。それでを変えようとしたんですよ。テロル氏は連中と何らかの方法でコンタクトを取った。そして今回の事例に』

『なるほど……。酷い人ですね』

『だからって彼をたないように。はくしてもらいたことがとてもたくさんあるので』

 ストーク少佐がそうじようだんを言った後、双眼鏡から目を離してヴィルに顔を向けた。ヴィルもストックにつけていた顔を少し上げて、自分を見るストーク少佐の、あおい瞳を見た。

『自分の予測が甘くて、こんな事態を招いてしまいました。すまないと思っています。だから、このほうげきを成功させましょう。君の狙いに、みんなの命がかかっています。──絶対に死なせたくない』

「…………」

 ヴィルは答えなかった。一度うなずいて、頭を戻す。右目はスコープの中へ。その十字線の向こうで、速度と共に揺れが止まりつつあった。

しやげきは私の命で。そうてん

 ヴィルが、手を添えていたグリップを握り込んだ。そこにあるレバーが押され、たい戦車ライフルの大きなボルトが前進した。激しい金属音と共に、それは巨大なたまをくわえ込んで射撃可能な状態へ。

 ヴィルが一度息を吸った。そして小さくつぶやく。

「一発だ」


「そろそろ止まります」

 しやしようちよう室の脇の廊下で、壁を背に頭を低くして、両足を前に投げ出して座っていたベネディクトが言った。そのとなりには同じようにして、フィオナとアリソンがいる。

「まあ何と言えばいいのか、こんな旅行になってしまってじやつかん責任を感じてはいます」

 ベネディクトが言って、

「まあ気にしないで。今夜の宿さえヴィルと一緒なら文句は言わないわ」

 アリソンが答えた。


ちゆう、そろそろ列車が止まります。こちらも止まります」

「ああ。任せる。列車が湖に映って、なかなかいいものだな」

「そうですね。もっと長ければさぞかし映えたでしょう。──あっ?」

「どうした」

「……中尉、しゆうせきで列車は後ろ五両を切り離し、今は八両をけんいん中という話ですよね」

「そうだ。それがどうした?」

「変ですね……」

「何が?」

「どう見ても、七両しかないように見えるんですが……」

「……何?」

「間違いないですよ……」

「五、六、七……。確かに一両りな──。ああっ! 出せ!」

「はい?」

「今すぐ発車しろ! 一班は故障なんかじゃない、阻止されたんだ!」

「え?」

「今すぐ発車しろ! 頭を押さえるんだ! 急げ急げ急げ!」


 列車が完全に止まった直後、

て』

 ストークしようの静かな声。ヴィルが撃った。

 巨大な銃がえた。

 銃口からき出したガスが食堂車全てのガラスを揺らし、かべあなに残っていたくずに巻き上げた。銃身が跳ね上がり、二脚の先の爪がじゆうたんを破って床に食い込む。ヴィルの体が反動で後ろに押され、ヴィルの顔が一瞬ゆがむ。からやつきようが下に落ちて、跳ねて転がった。

 直径二センチ、重量百五十二グラムのだんがんが銃口から飛び出して、猛烈な勢いで回転しながら、あおい湖の上を飛ぶ。三百メートルの距離を〇・四秒で突き抜け──

「何っ?」

 ほんの一瞬前までそうこうどう車がいた場所を通過、その向こう側のがけに当たり、つちけむりを上げながら大きな岩を一つこなごなにした。

 声を上げたストーク少佐の丸い視界の中、岩からはじけ飛んだ小石が装甲軌道車に当たる。


「なんだ? 今の音は?」

「細かい何か当たったようですが……、まさかたれているのでは?」

「クソッ、そのために止めたのか! はかられた! ──加速しろ。絶対に前に出る」


『外れた! 向こうが動き出した』

 ストークしようの声。ヴィルはそくに答える。

『見えてます。こっちも動かしてください。狙えません』

『しかし──』

『早く!』

 ストーク少佐はヴィルとの電話線のジャックを抜いて、食堂車から廊下へと飛び出た。そこにいたベネディクトをばしそうになって、飛び越えてしやしようちよう室へ入る。無線をつかむと、機関士に向けてえた。

『今すぐ発車しろ! さもなくば死ぬぞ!』


 大陸おうだんごう列車が、ゆっくりと動き出した。いらつくほどゆっくりと、じわじわと加速を始める。

「何があったんです?」

 ベネディクトの問いに、

「向こうがぎりぎりで気づいて、発車しました。こっちも走らせます」

「走りながら撃つんですか? ちやですよ!」

「他に方法が? あなた達はここにいなさい! アリソン!」

 ストーク少佐がきつい調子で吠えて、名前を呼び捨てにされたアリソンがにらみ返した。

「何よ?」

「ここにいるんだ。頭を出すなよ。──後はヴィル君を信じるしかない」

 そう言って自分をえるストーク少佐に向かい、アリソンは、はっ、と小さく笑いながら肩をすくめた。

けいなお世話よ。──わたしはいつだって信じているわよ」


 ストーク少佐がドアをくぐり食堂車へと消えて、ベネディクトは、さんだんじゆうを握り締めて立ち上がった。

「どこへ?」

 フィオナが聞いて、

「できるかどうか分かりませんが、ちょっとようどうに行ってきます」

「どうやって?」

 ベネディクトはさんだんじゆうを見せて、

「これでつんです。角度を上手じようずにつけて撃てば届くでしょう。散弾ですし」

 すぐさまアリソンが、

「当たってもそうこうを軽くノックする程度じゃない?」

「そうです。でも向こうは、ヴィル君よりこっちを気にする」

「なるほど……」

 ベネディクトはフィオナを見て、

「というわけですので、私ももう少し活躍してきます。ここで待っていてください」

「分かった。早く帰ってきてね」

 フィオナの笑顔に、ベネディクトはゆっくりと腰を下ろし、自分の顔を寄せる。

 瞳を閉じ静かにキスを交わす二人を見ながら、アリソンの口が声を発せずに動く。

じんだわ〟


「狙えますか?」

「まだです」

 戻ってきて電話線をつなげながらストーク少佐がヴィルに聞いて、ヴィルはそくに答えた。

 たい戦車ライフルはせいいつぱい左にひねられていて、その銃身が穴の端にほとんど当たっている。

 列車が速度を増し、その振動と音が伝わってきた。ヴィルののぞくスコープ越しの景色が、大きく揺れる。

 やがてヴィルが、

『もうすぐです』

『こうなった以上は、走りながら撃つしかありません。移動する場所からのしやげきの経験は?』

 ストーク少佐の質問に、

『一度だけ』

 ヴィルが答えた。


「列車が動き出しました」

「見えている。じゆうてつこうだんだけを十発めろ。全員はつぽうに備えろ」

「まさか、列車を撃つので?」

「どこから撃ってくるのか見えれば、そこに十発撃ち込むだけだ。車体の基部には当てないようにす──。おい、なんだ今の音は? ──まただ!」

「撃たれています。間違いありません。ライフルか何かでしょうか? はじいてますよ。これくらいはまったく平気です」

「まったく平気でも、たれている以上は撃ち返す。どこからだ?」


 一両目の食堂車、並ぶ窓の一番前。

 そこだけカーテンを開き、窓を押し下げ、ちゆうごしの姿勢から、

「そらっ!」

 ベネディクトがさんだんじゆうを撃っていた。谷の向こう、だいぶ速度を増した列車の斜め前を、そうこうどう車が走っている。ベネディクトは銃口を少し上に向けた状態で、

「大体こんなものだろう」

 引き金を引いた。銃声と反動。すぐさまベネディクトはフォアグリップを往復、次をそうてん

「当たれよ」

 再び撃つ。


『銃声?』

 ヴィルの疑問に、

『ああ、英雄さんがおとりになってくれています』

 窓の外に一瞬だけ顔を出したストークしようが答えた。続いて対岸を見て、だいぶ前を走る装甲軌道車をにらむ。

『狙えますか?』

『もう少し』


「まただ! くそっ! ──どこだ……?」

ちゆう! 見つけました! 後ろから二両目の、せんとう付近」

「どれ……。見つけた。窓の脇から銃身を出しているな」

「やはりライフルか何かですね」

「馬鹿なやつだ。英雄りか? じゆうは?」

「準備よし」

「よし、席を替われ。俺が撃つ。まどわくごと撃ち抜いてやる。少し速度を落とせ。並ばせろ」


 線路を走る装甲軌道車のほうとうが、ゆっくりと回転して左を向いた。うつむくように下を向いていた、突き出た細い銃身が、水平の位置へとあげられる。そして火をいた。

 ばらららららららっ、と銃口からえんをあげて、その後うすく煙をたなびかせる。

 撃ち出された十発のだんがんは、窓枠から突き出ていた散弾銃の銃身やその下のストック部分に、その窓枠そのものに、そしてその付近二メートル四方に立て続けに当たった。ガラスはこなごなに砕け散り、へんが太陽光にきらめく中、散弾銃がへし折れながら車両の反対側へと飛んだ。壁に激しくぶつかり、跳ね戻った。

 誰もいない食堂車のあつじゆうたんに、使用不能になったさんだんじゆうが落ちて鈍い音を立てた。


「よし! いたぞ」

りようかい。このまま行けばだいじょうぶです。少し速度を落とします」


「ただいま」

 ベネディクトがフィオナの脇に座りながら言って、

「おかえりなさい。今の激しい音は?」

 フィオナの質問。ベネディクトが涼しい顔で答える。

「カーテンのバンドにくるんで窓に置いてきた銃がたれたんでしょう。かわいそうに」


『チャンスです。撃て』

 ヴィルが二発目を撃った。

 そうこうどう車のほうとうの脇で、巨大な火花が光った。


「うわっ! ──なんだ今のは?」

「何かで撃たれました! それもだいこうけいの銃です。まだ向こうは生きてます!」

「加速だ! どこからか探せ!」


めいちゆう。──砲塔の脇です。まだ走っています』

『了解』

 ヴィルは左目を閉じ、右目はスコープ越しに装甲軌道車に向けられていた。ヴィルがへばりつくたい戦車ライフルの下、二脚の間に大きなからやつきようが二つ転がっていた。

『揺れがひどい……』

『落ち着きなさい。まだ行ける。車輪が継ぎ目を通った後の一瞬は安定します』

『それに、向こうがげんそくするから狙いがずれます……』

 ヴィルの焦った声に、ストーク少佐の落ち着いた返答。

『例えそうでも、カアシの祭りで目標の先を見越すしやげきはやっているはずです。第三競技の〝ウサギ撃ち〟のようりようですよ。あの、レールの上を滑るウサギ型の的を思い出しなさい。こっちの的はもっと大きい』

『…………。了解。ウサギなら当てられます』


「どこだ……、どこから撃ってきている……」

ちゆう! 発見しました! 列車さいこうの辺り!」

「…………。見つけた! ごていねいじゆうがんまで開けてやがる……。くそ、大砲だぞあれは。じゆうたまをありったけそうてんしろ」

「──準備よし!」

「よしつぞ。──くたばりやがれ」

 ヴィルが撃つより早く、そうこうどう車の機銃が再び火をいた。五発に一発入ったえいこうだんの光が、細い線となってあおい湖面に映る。

 そのだんがんの嵐は、列車の白い屋根の上を飛び越えた。斜面に当たって、つちけむりの列を作った。

「何? ──クソッ、さっきのしようげきしようじゆんがずれている!」


 ヴィルが撃った。

 三度目の衝撃に、銃身の近くあった窓のガラスが耐えられず、いつせいにヒビが入った。

 湖の上を、弾丸がしようしていく。音より速い弾丸がいくにも衝撃波を作り、鏡のような水面に、白く薄い、きぬいとのようにせんさいな跡を残した。

 弾丸は、ウサギの形をしたまとではなく、装甲軌道車の車体こうわきに吸い込まれた。

 キャタピラのループをくぐり、車体外側の鉄板をいともたやすくつらぬき、中にあった薄っぺらな燃料タンクの鉄板を、チューリップの花のように開かせながら突き抜けた。弾丸はその先の車体内でネズミ花火のように跳ね、生まれた火花がタンクから押し寄せるガソリンのだくりゆうの中に飛び込む。

 車体後部が爆発した。真っ赤なほのおが、車体を前のめりに一瞬持ち上げた。

 爆発音が湖面におうぎを描きながら通り抜けて、そして列車に届く頃、車体後部がレールの上に落ちた。鉄道用しやりんだつせんする。

 こくえんを噴き上げながら、装甲軌道車はレールを外れて斜行を始めた。

「湖には落ちるなよ。汚さないでほしい」

 つぶやいたストーク少佐の願いをくみ取ったのか、車体は大きく右に傾き、キャタピラ部分を右の地面に接触させる。続いてつののようなかんしようまくらに食いついて、それをじくに車体は左におうてんした。火花を散らしながら、車体が滑っていく。

 レールの上に横倒しになり、装甲軌道車は移動を停止した。黒い煙は流れるのをやめて、風のない谷で、ただ真っ直ぐ上へと昇っていった。

 反対側の谷を、大陸おうだん特急の白い屋根がゆうぜんと通り過ぎていく。


「な、なんだ……? 爆発したぞ」

「おそらく、たい戦車ライフルでげき退たいしたのでしょう。信じられませんが」

 ひん室の窓にへばりついてガラスを顔のあぶらで汚しているテロルに、イーエンの冷静な返答がくる。

「ほーっ、たいしたものだな、私のライフルは! 数をそろえれば、歩兵のせんとう能力はかくだんに上がるぞ。──くたばれけんぺいども! オマエらに用はない!」

 こぶしを振り上げて感動するテロルの後ろ姿を見ながら、

「…………」

 イーエンは無言のまま、イスの上に置いてある自分のけんじゆうに手を伸ばした。

旦那だんな様……」

 振り向いたテロルが、イーエンが銃を手にしていることに驚き、

「なんだ?」

 イーエンは銃口を下げたまま、小さく何度か首を振る。

「おかしい……。これは絶対におかしい」

「何がだ? 言ってみろ」

「予定では湖の脇で列車を止めて、荷物を受け渡すはずです」

「しかし、憲兵がかぎつけて来たという以上──」

「私どもには〝スー・ベー・イル軍の組織〟としか聞かされていません。もしもさっきの憲兵れんちゆうも組織の一員だったとしたら……」

「では、あの男が言ったことはどうなる?」

「それですが、もし彼が我々の思っているような人間でないとしたら……、全て話が合います」

 イーエンの言葉に、テロルの顔が怒りで赤くなる。

たばかられたということか?」

「まだ断言はできませんが、私はその可能性が高いと思います。今からそれを調べてきます。旦那様はここにいてください。かぎは掛けたままで、誰が来ても絶対に開けないように。しやしようちようがいない以上、私がいここの鍵は持っていません」

 イーエンが冷静な調ちようで言って、テロルはなつとくしたよううなずいた。

「よし、分かった……。行ってこい。ただし──」

「はい」

「何かあっても絶対に死ぬなよ。私はお前と一緒にけんじゆうらいを期すのだからな」

「……かしこまりました」

 うやうやしく礼をした後、ストックがついた拳銃をわきに、イーエンが部屋を出ていった。

 扉が閉まる。そしてしっかりと鍵が掛かる音が、部屋にひびいた。


 たい戦車ライフルから体を放し、じゆうたんの上にあおけになったヴィルに、

『よくやりました。素晴らしい』

 近づいたストークしようが手を伸ばした。

『肩は平気ですか? 外れていないでしょうね?』

『平気ですが……、反動で押されたときにお腹のベルト金具がれて痛かったです』

『ははっ。でもじようです。もう外していいですよ』

 二人が起き上がってヘッドギアを外したとき、ドアを開けてベネディクト達三人が入ってきた。

「全員ですね。──では、ヴィル君をたたえてください。あと英雄さんのおとりにも」

 アリソンはヴィルに真っ直ぐ近づき、汗が浮かぶ顔に手をわせる。

「汗びっしょり。かないと汗あせもになるわよ」

 ヴィルがにがわらいして、

「だいじょうぶだよ。子どもじゃないんだから」

 ポケットから取り出したハンカチを、アリソンに渡した。

「それで手を拭いて」

「…………」

 アリソンはしばらくハンカチをながめ、

「それっ」

「うわっ」

 それでヴィルの顔をえんりよなく拭いていった。

「──動くとけがするわよ。まったく、わたしにも少しは仕事をさせなさい」

「…………」

 二人を無言で眺めていたストーク少佐に、

「あのれんちゆう、どうなりますか?」

 ベネディクトが後ろからたずねた。

 ストーク少佐は振り向いて、

「後でなんとでも。──それより、機関士達に連絡して、金持ちにまたあいそうを言ってこないと。皆さんはここで待っていてください」

 そう言い残して、ストーク少佐はドアをくぐり抜けて出ていった。


    *  *  *


「テロル氏の逃亡たい……。それがストーク少佐の真の目的だったのですか……」

「本人はそう言いました」

なつとくしましたよ。……あの人は首都スフレストスから来たと言いました。軍のみつ情報部か何かにしよぞくしているんでしょう。まず間違いなく、普通の軍人ではありません」

 アリソン達は食堂車の入り口わきで、左右に分かれてイスに座っていた。ベネディクトとヴィルが会話を交わす。

「テロルがたいされて、ちゃんとした証言が取れれば、その〝れんちゆう〟はいちもうじんでしょうね。我が軍でも相当数の逮捕者が出るでしょう。ぐん全体を揺るがす、巨大なスキャンダルに発展するでしょう。──でもそれはしょうがない。どのみち縮小は避けられないのですし、もう私も、なんか軍をめてもいい気がしてきましたよ」

「でも、そのために……、しやしようちようさん達を……」

 フィオナがちんつうな表情で言いよどんだ。

「行動をめはしませんが……、さもなければ私達を含め四十人以上の人間がせいに──」

 ベネディクトはそこで一度はつげんを打ち切り、

「いいえ、やめます。人の死の数をてんびんにかけるのは、軍人の悪いくせなのです。──ストークしようは、それを先に言っていたら、私達が協力しなかったかもしれないと恐れたんでしょうね」

 となりにいるアリソンから水のびんを渡され飲んでいたヴィルが、

「でも……、それでも分からない」

「何が?」

 アリソンが聞いて、ヴィルはそくとうする。

「なぜ僕達を、あの時に殺さなかった? 車掌長さんを殺すところを見られて、予想より早く殺人がばれてしまった。テロル氏にあんな演技をさせなくても、適当な時機を見計らって自分が発見して、しゆうせきに列車を押し入れてしまえばよかったんだ」

「そう言えばそうね……」

 アリソンが一度つぶやき、直後に、

「分かった」

「ん?」

 ヴィルが、そして顔を上げたベネディクトとフィオナが、アリソンをいつせいに見た。

「きっとあの少佐さん、私にれたのよ」

 アリソンが言った。

 しばし全員がちんもくする。リズムをふむ車輪の音が、急に大きく聞こえた。

「…………」

 ヴィルはアリソンをしばらくぽかんとながめ、

「な、何よ。ちょっとしたじようだんよ」

 アリソンが言った直後だった。ドアがノックされた。

 廊下から食堂車へ通じるドアだった。一番近くで座っていたアリソンがドアに近づいたが、ガラス越しにひとかげは見えない。

「?」

 アリソンがあっけなくドアを開けて、そこに見たのは、自分めがけて肩から体当たりをかけるイーエンの姿だった。

「わっ──」

「アリソン!」

 ヴィルが後ろからアリソンを引きずって横へ。直後、

「うわっ!」

 イーエンの左肩がヴィルの腹部に当たった。強烈なタックルを受けて、ヴィルの体は車内へと飛ばされた。足をついても踏みとどまることができず、背中からじゆうたんに落ちて、うずくまったまま滑っていった。

「ヴィル!」

 アリソンが叫び、しかし同時に身をひねる。イーエンのりがくうを切った。アリソンは身をかがめて、絨毯の上で痛みに身をよじるヴィルへと駆け寄る。

「くそっ!」

 あくたいをついたイーエンの右手には、ストックつきのけんじゆうが握られている。それを構えようとしたイーエンのむなもとを、横になったイスがおそった。向かい側にいたベネディクトが、両手でイスの背を持ち、大きく振って打ち付けていた。

 イスはバラバラになりながらイーエンをのけぞらせ、その手から拳銃が放れる。空中でぼうはつしただんがんは窓の外へ消えて、からやつきようはいしゆつされずに詰まりながら、拳銃は絨毯に落ちた。

「下がれ」

 ベネディクトはフィオナの服をつかみ、かべぎわまで引きずり倒した。

「クソッ!」

 イスのしようげきから一瞬で立ち直り、両手のこぶしを握り締めたイーエンに、ベネディクトは右手でなぐりかかった。左ほおをきれいにとらえたが、右に傾いたイーエンの顔から、きようあくな視線がベネディクトをにらみ返した。

「なっ?」

「うらぁ!」

 気合いと共に、イーエンが左手の手のひらをベネディクトに押し出す。体重を乗せた強烈なしようていきが、ベネディクトの右胸に当たった。

 ミシッ、と嫌な音がして、

「がっ!」

 ベネディクトの体がおもしろいように飛ばされる。かべわきのフィオナの前を斜めに通り抜けて、三メートルほど離れたまどわくにぶつかった。掴んだカーテンをむしりながら、壁に寄りかかるようにして崩れ落ちた。

 ベネディクトが一度つううなった後、顔を上げてイーエンをにらみ付けた。イーエンもまた、口元から血を流しながら睨み返し、

「英雄さん、そんなんじゃ戦場で生き残れないぞ」

「空だったら、あんたに負けない自信があるんだけどな……。アンタとしのわりに強すぎだ」

「ここは陸だ。お返しだ」

 イーエンはイスを一つ片手でつかむと、ベネディクトに投げつけた。とっさに顔をおおったベネディクトの両腕で、イスが砕け散った。ベネディクトの体が揺さぶられ、

「ぐっ!」

 そして痛めた右胸を押さえながら倒れた。

 イーエンが車内をさっと見渡す。車両中央まではじかれたヴィルがうつぶせに倒れて、

「ヴィル! ヴィル!」

 その脇でアリソンが揺すり起こそうとしている。左前ではベネディクトが横になり、すぐ左の壁では、

「っ……」

 フィオナが恐怖に引きつった顔で見上げていた。

「やあ、女王様」

 イーエンが、なほど落ち着いた顔で言った。フィオナが両手で後ずさりしようとして、すぐに壁に頭をぶつける。

「女性を殺すのは趣味ではないが、もう人生最高の時は過ごされただろう。これからの人に花を持たせてもらおう。あなた方一人でも生きていてもらっては困るのだ」

 イーエンが、一歩ずつフィオナに近づいた。

「フィー……、逃げろ……」

 ベネディクトの声。

「…………」

 フィオナは、迫り来るイーエンを見上げていた。

「さようなら、次期王女様」

 腰を落としたイーエンの両手が、フィオナの細い首に伸びる。その瞬間、フィオナが笑った。

「?」

 手を止めたイーエンに、

「女王より向いていると思うんだけど──」

 笑顔のフィオナが声をかけた。彼女の右手が、腰の脇のポーチから、イーエンの左腕したを通り彼の顔の前にすっ、と差し出される。そこには銀色の細長い機械が握られていた。

「笑って」

 フィオナがシャッターを押した。

 ぼふっ、という音と共に、フラッシュバルブがもうれつな光を発した。反射で目を閉じたイーエンの顔面が白い光におおわれて、彼の顔のおうとつを無くさせる。反対側の壁に、頭の陰が一瞬かんだ。

「がっー!」

 目を閉じてえたイーエンのひたいを、フィオナがカメラで力いつぱい突いた。のけぞったイーエンの脇をすり抜けて、フィオナはうようにしてベネディクトの元へ。

 その時アリソンは、

「ヴィル! ヴィル!」

 うつぶせのヴィルの体をガクガクと何度も揺らし、ようやく、

けいに痛いからやめて……」

 ヴィルからか細い返事が返ってきた。そして、

「左の腰……。早く……」

「ん?」

 アリソンがヴィルのジャケットをめくる。


「くそお!」

 イーエンが吠えて、壁に手を突きながら立ち上がった。荒い息をしながら、何度か頭を振った。目をしばたたく。

「やってくれる……」

 イーエンが、ベネディクトを引き起こそうとしているフィオナを見た。ベネディクトは苦痛に顔をゆがめながらも、何とか上半身を起こし、背中を壁につけた。

「全員くびり殺してやる!」

 イーエンが、怒りにまかせて吠えた。その時、

「手を上げなさい!」

 アリソンの声。

「!」

 イーエンが車両中央へと顔を向ける。アリソンは倒れているヴィルの前でちゆうごしになり、右ひざをついて、

「さもないとつわよ!」

 ベネディクトがヴィルに渡した回転式けんじゆうを構えていた。両手でしっかりと握り、前に突き出す。距離は七メートルほど。

 壁にもたれたベネディクトと、肩を貸そうとしていたフィオナが、アリソンを、続いてイーエンを見た。

「ふざけるなよ……」

 イーエンのどうかつに、

「じゃあつわ。撃ちたいし」

 アリソンがえんりよなく引き金を引いた。だんそうが回り、同時に起き上がったハンマーが勢いよく倒れる。

 ぱん。

 乾いたれつおんと同時に、銃身が反動で跳ね上がった。

 そして、

「…………」

 イーエンはほうけた顔をして立っていた。

 彼は首をさげて、ざっと自分の体を見渡した。どこにも異常なし。それから後ろを振り返ると、食堂車入り口のドアの窓ガラスに、先ほどまではなかったの巣が一つできていた。

「おじょうちゃん……、ドだな」

 イーエンが素直な感想を言って、

「うるさいわね! 慣れないけんじゆうだからよ! 自分のだったらとっくに当てているわよ!」

 アリソンがムキになって言い返した。その瞬間がねに力がかかり、

 ぱん。

 な二発目が発射され、アリソンとイーエンの間の床に穴を開けた。撃った本人が驚いた後、

「いいからこうさんしなさい!」

 再び銃口をイーエンに向けてえて、

「それはじようだんのつもりか? 笑えばいいのか?」

 イーエンがすぐ言い返した。

 成り行きを見守っていたベネディクトが、

「頭を狙うな……、腹だ……。腹を狙え」

「このっ!」

 アリソンが撃った。

 ぱんぱん。

 立て続けに二発。イーエンがとっさに顔を腕でかばう。一発目が後ろの壁の飾り皿を割って、二発目が右胸に当たった。

「ぐっ」

 イーエンがうなり、一度後ろに押された体が、すぐに前に傾く。たたらを踏んだイーエンは、

「やった! ──え?」

 それでも最後はその場に踏みとどまった。

「何?」

 ベネディクトが目を見開き、

「痛てえ……」

 そしてイーエンのうなり声。彼はたれた胸に手を当てて、そこを何度かさすった。その手に血がつくことはない。

「やってくれるな。かなり痛いんだぞ」

「なんで?」

 アリソンがけんじゆうを構えたまま声を上げ、イーエンは軽く自分の胸をたたぐさをする。

「それでも素晴らしい製品だ。これからは、兵士もこれをつけることになるだろうな」

「クソッ! ぼうだんチョッキか……」

 ベネディクトがあくたいをついた。そしてこれ以上ないほどいまいましそうに、

「やっぱり頭を狙え……」

「このっ!」

 ぱん。

 五発目のはつぽう。イーエンは再び両腕で顔面をおおった。そしてだんがんは、わきばらの横四十センチほどの空間を通過していった。

「おじょうちゃんは絶対にしやげきには向いていないな。よく言われるだろ?」

「うるさいわね!」

「残りは一発だぞ」

「最後に当てようと思っていたのよ!」

「ああ、そうかい。それを外してみろ。全員の死体を湖に叩き落としてやる」

「この……」

 にらみ付けるアリソンの両腕の先で、拳銃の狙いが落ち着きなく揺れ続けた。腕で覆われたイーエンの頭を通り過ぎ、また戻り、通り過ぎる。時折起きる列車の揺れが、それを増幅させる。

「どうした?」

 イーエンが、かくのために一歩前に踏み出した。

「この……、くそ……」

 アリソンのひたいから、汗がひとすじ流れたとき、

「落ち着いて」

 声と共に、アリソンの体に後ろから誰かが抱きついた。長いきんぱつの左横に、短い茶色の髪がみつちやくする。

「ヴィル!」

 左に向けたアリソンの視線の先には、他のものは見えないほど大きくヴィルの横顔。その額右側からは、細く血が流れていた。

「僕も手伝うよ。──手をもう少し伸ばして。右手を前に押し出すように、左手は逆に引いて」

 ヴィルはそう言いながら、アリソンの両手に、ゆっくりと自分の両手を重ね合わせていく。ヴィルはアリソンの手ごと、けんじゆうを握り込んだ。右手人差し指が、アリソンのそれと重なる。

「だいじょうぶ。一発あれば十分だ……」

 体を重ねて自分を狙う二人に、

「ふざけるな……。なんだそれは? おゆうのつもりか?」

 少し腕のすきを広めたイーエンが、吐き捨てるように言った。その脇からベネディクトが、その目に向かって話しかける。

「最後に知っておきなさい。彼はカアシの六位です」

「…………」

 イーエンの視線が二人に戻る。

「そう……、すこし左。引き金はじわっと絞るように、たこげのひもあやつようりようで……。力を抜いて……。車輪が通過したらつ。準備いい?」

「うん!」

 ヴィルにほおを密着させられて、アリソンが素直な返事を返す。

 直後、

「うおおおっ!」

 イーエンがえながら駆け出した。ヴィルが最後に一言、

「ちょっと右。そう──、って」

 ぱん。

 乾いた音と共に、男の叫びと突進が止まった。静かな一瞬が過ぎた後、男はそのまま前のめりにひざをついて、

「あ、ああ……?」

 そして身をひねりながらあおけに倒れた。男のひたいには小さな穴があいていて、あふれる血が頭の後ろを通って流れていく。見開かれた目に、白い天井が映っていた。

「くそっ……、撃たれ、た……」

 イーエンの口から、とぎれとぎれの言葉が発せられる。

「わた、しが、死んだ、ら──だんな、様は、ど──う、なる?」

「武器みつすいたいです。スー・ベー・イルに死刑はない。快適な刑務所らしが約束されるでしょうね」

 胸を押さえたまま立ち上がったベネディクトが男の質問に答えて、フィオナの肩を借りながら近づく。

「……そ、うか……。ははっ!」

 ベネディクトは、最後の言葉のまま唇が止まった男の、その首元に指を当てて、

りつなボディーガードだったよ」

 開かれた目に向かって言った。

 フィオナが、そっと左手を伸ばして、男のまぶたを閉じた。

 小さな声で、

「あなたのたましいが、天国で救われますように」

 笑ったまま死んだ男に声をかけた。


「ヴィル君、アリソン君、無事か?」

 顔を向けたベネディクトが見たのは、

「だいじょうぶ。ちょっと重いけど……」

「ごめん。力が抜けて……」

 寄りかかったヴィルを必死に支えるアリソンの姿だった。やがてヴィルがゆっくりとりきで体を起こし、アリソンの脇に座ったまま大きく息を吐いた。

「ヴィル君。体は平気ですか?」

「なんとか、だいじょうぶです。しばらく息ができませんでしたけど。──それよりベネディクトさんのほうが!」

「あー、私ですか? ろつこつは間違いなくヒビでも入っていますね。痛いです。まあ、死にはしませんよ」

 ベネディクトが言って、フィオナが心配そうにのぞき込む。ベネディクトは笑顔を作り、

「それと、あなたもよくやりました。助けてくれて、ありがとう」


 アリソンはびんの水でらしたハンカチを傷口に当てながら、ヴィルの顔を何度も覗き込んで、本当に平気かとしつこいくらいに聞いていた。

っただけだから平気」

 ヴィルが答えた。

「彼にさっきの話を聞かれたようですね。かつでした」

 ベネディクトが言った直後、

「!」

 ヴィルが急に顔を上げた。アリソンの手がずれてハンカチが落ちる。出血は止まっていた。

「だとすると……」

 ヴィルが立ち上がった。そのまま歩いて、イーエンの落としたけんじゆうを拾う。

「どうしました?」

「ストークしようはどこに? まさかイーエンに──」

 ヴィルは拳銃のスライドを引いて、引っかかっていたからやつきようを外した。次のたまそうてんする。

「見てきます」

「わたしも──」

「アリソンはここにいて」

 そう言い残して、ヴィルはドアの向こうに消えた。


 ちゆうぼう車両の長い廊下。前方のれんけつ部分へつながるドアの前にいたストーク少佐が、列車こうから廊下を小走りで向かってくるヴィルを見つけ、

「え? ──ヴィル君」

 驚いて声をかけた。

 ヴィルは一瞬たじろいだ後、ストーク少佐を見つけて息を吐いた。

 廊下を近づいてきたヴィルのひたいに血がにじんでいるのを見つけ、さらに後ろ手に持たれたストックつきの拳銃を見て、ストーク少佐が聞く。

「何があったんです!」

「テロル氏のボディーガードに話を聞かれたんです。……危うく、殺されるところでした」

「それで?」

 ほとんど叫ぶように聞いたストーク少佐に、ヴィルは落ち着いたようで答える。

「僕はだいじょうぶです」

「そんなのは見れば分かります! 他のみんなはどうです?」

「アリソンが……」

 ヴィルは、そこで一度った。ストークしようが、一度目を閉じる。

「彼をってみんなを助けてくれました。他の人達も、けがはしましたがなんとか。──でも、彼にこれからはくさせるのは不可能になりました」

「それは……。まあ、皆が無事でよかった。なに、自白はテロル氏にこれからいくらでもしてもらいますよ」

「ストーク少佐はどちらに?」

しやしようちよう室の無線が通じなくて、機関車まで歩かされました。れんちゆうにはちゃんと言ってあります。このままふもとへ」

「そうですか……、僕はボディーガードとかち合ったのかと」

「ああ、心配してくれて感謝します。後は、テロル氏に直接言うだけです。もうたいしても構いませんが、麓までは見張るだけでいいでしょう。あのひん室はぼうだんですが、同時に逃げ場もない」

 ストーク少佐は歩き出し、れんけつ部分を通り抜け貴賓車両のドアの前に。ヴィルが続いた。

 ボディーガード部屋のドアにかぎは掛かっていなかった。中に入り、ストーク少佐は貴賓室のドアをノックした。反応はない。

「テロルさん! 私です! ──開けてください!」

 防弾ようの重いドアを激しくたたき続け、何も反応がなかった。ストーク少佐が、

「まさか……」

 レバーを押したが、鍵の掛かったそれは動かない。

「イーエンが鍵を持っていたはずです。お願いできますか?」

 ストーク少佐が聞いて、ヴィルはうなずいた。

「分かりました。お気をつけて」

 そくに取って返すヴィルの背中を見ながら、

「素直でいい。──私みたいなあくとうにはなるなよ」

 ストーク少佐がつぶやいた。


 しばらくして食堂車から戻ってきたヴィルが、

「ありました」

 ストーク少佐に鍵を渡す。その後ろから、アリソン、そしてフィオナに肩を借りたベネディクトが現れた。ストーク少佐が少し微笑ほほえんで、

「皆さんご無事なようで」

「おかげさまで」

 一番疲れた顔をしているベネディクトが言った。

 きんぱつにヴィルの血を吸わせたアリソンが、ストークしようを見上げて、

「いろいろひどい目にあったわ。もうあなたとの旅行は絶対に嫌よ、ストーク少佐さん」

「それはどうも」

 ストーク少佐はしようした後、もう一度だけひん室のドアをたたき、その後テロルに向けて部屋に入るむねけいこくした。

 かぎが差し込まれ、ロックが外され、そしてドアが開かれる。


「どうして──、なんでこうなる?」

 ストーク少佐の声が、静かな部屋に流れる。

 部屋に入った五人全員が、ソファーに座る死体を見ていた。頭から血を流し、だらりと垂れ下がった右手の下に、小さなけんじゆうが落ちていた。

かくの自殺ですか……」

 ベネディクトがつぶやいた。そして、

「イーエン。お前の旦那だんな様は、死んでしまいましたよ。理由は自分で聞いてください」

 ストーク少佐は拳銃を持ち上げて、だんそうたまを外してテーブルの上に置いた。そこには、ごうさいがされた、この部屋の鍵が置いてあった。

 ヴィルは部屋に入ってから一言も発せず、テロルの死体を見ていた。

 ストーク少佐ははっ、とおおぎように笑い、

「スー・ベー・イルに死刑はありません。例え法に問われても、命だけは助かったというのに。──私の仕事は、さんざん苦労して、これで失敗です」

 ちよう気味に言った。

にくなものです。私は最後までテロル氏をだませたと思っていたのに、そのテロル氏にしてやられました。もしも、運命のがみというものがいるとしたら……」

「いるとしたら何よ?」

 アリソンの質問に、ストーク少佐が答える。

「彼女はそうとうのれに違いありません」