第七章 「対岸」
「──戦車みたいだけど」
ストーク少佐はその言葉を聞いてはじかれたようにしゃがむと、自分の鞄に両手を入れた。アリソンとヴィル、そしてその行動で顔を上げたベネディクトとフィオナが見守る中、ストーク少佐は小型の双眼鏡を取り出した。両膝を絨毯につけて、眼鏡を額の上に上げ、双眼鏡を窓の外へ。
三秒後、
「…………」
ストーク少佐が苦虫を噛みつぶしたような顔で振り向くと、ベネディクトが冷ややかな目で睨んでいた。そして訊ねる。
「で、今度はなんですか?」
「クレイン憲兵中尉殿。見つけました。大陸横断特急です。谷の反対側、本線を走行中」
「確認した。やはり一班はなしか。何かあったな……。──このまま走り続けて、頭を押さえられるか?」
「大丈夫です。こちらの方が速いです。それに向こうは、鉄橋を渡る前のカーブで大きく速度を落としますから」
「渡りきられたらいろいろと厄介だ。なるべくその前で停車させて確保する。信号弾と無線を用意しろ」
「了解。しかしもし、向こうが停止命令に従わない場合は?」
「その場合、少佐は失敗したと判断するしかない。残念だが計画は中止だ」
「と言われますと?」
「〝目標〟の身柄確保を諦め、今乗っている全員に死んでもらう。路線を先行し、鉄橋を渡ったところで脱線装置をしかけて横転させる。負傷者は谷底に突き落とす。運良く目標が生存していれば連れて帰る。それだけだ。我々が泥をかぶる必要はない」
「……了解しました」
「そうなったら、〝発見〟するべき我々が手を下すことになるな。皮肉なものだ」
丸い双眼鏡の視界の中、谷の北側を、つまり大陸横断特急の走る反対側の斜面を、一台の車両が走っていた。
外見は戦車のようだった。長さは約六メートル。高さと幅は三メートルほど。鉄板で覆われたくさび形の車体に、緑と茶色の迷彩塗装が施され、車体最上部には円筒形の砲塔があった。そこから機関銃の銃身が外に突き出ているのが見える。車体下部左右には、戦車やトラクターに使われる無限軌道、いわゆる〝キャタピラ〟がついていた。
キャタピラがついてはいたが、まるで停車中のように、まったく回っていなかった。キャタピラが回っていないのに、車両は走り続ける。
車両の下には、道ではなく線路があった。キャタピラの内側に鉄道用の車輪がついていて、二本のレールの上を、その車両はまるで機関車のように一台だけで走っていた。前と後ろにはしっかりと連結器、そして突き出た二本のツノのような緩衝器がついていた。
「あれは一体なんなんですか?」
双眼鏡をおろしたヴィルがストーク少佐に聞いて、
「だから戦車じゃないの?」
隣にいたアリソンが答えた。
「でも、線路の上を走ってる……」
「だからそういう戦車じゃないの?」
食堂車の右側窓。車両後ろから、ヴィルとアリソン、フィオナとベネディクト、ストーク少佐の順番で窓のそばに膝をついて、今は閉じられたカーテンの下からこっそりと頭を出していた。最後に双眼鏡を覗いたヴィルが、アリソンに双眼鏡を返した。アリソンからフィオナ経由でベネディクトに渡って、ベネディクトがストーク少佐に返す。その際に、
「ご返答をお願いします」
しっかりと言った。
「分かりました……。お嬢さんの言うとおり、あれは戦車の類、厳密に言えば装甲軌道車です」
ストーク少佐が、渋々と答えた。
「そうこうきどうしゃ?」
アリソンがオウム返しに聞いて、
「そうです。キャタピラで地面を、さらに〝軌道〟──つまり線路の上も内側の車輪を下げることで走ることができる特殊な装甲車です。つい最近開発に成功しました。線路の上でも他の場所でも偵察や警戒に使える、とても高性能で便利な車両です」
ストーク少佐が答えた。
「自慢はいいから。なんでそんなものがここに?」
「現時点では、分かりません」
ストーク少佐がアリソンの質問に答えたとき、装甲軌道車の砲塔ハッチが開き、信号弾が発射された。先ほどと同じ緑の光と白い煙が、谷の上を飛んだ。
そして、列車に鈍い衝撃が加わった。体が前に持っていかれ、全員が手すりに掴まる。列車がブレーキをかけて、大きく速度を落としていく。
「あれだけ言ったのに!」
ストーク少佐は立ち上がると、鞄を引っ掴んで車掌長室へ向かった。
「どうにも、私はあの人を信じることができません」
ベネディクトがロクシェ語でぼやいた後。四人はストーク少佐の後を追った。ストーク少佐は車掌長室で、イスに座り無線機にかじりついていた。
「減速するなと言ったはずです」
ベネディクトは脇から手を伸ばすと、無線機のスイッチを一つ触って、それを押し上げた。機関士からの必死の返答が、スピーカーに流れる。
『し、しかし、装甲軌道車より〝減速セヨ〟との無線指令が入っております。──チャンネルを切り替えて直接お話しください』
その声を聞いて、ストーク少佐は分かりました、と一言だけ返した。そして無線機のダイヤルを回して周波数を変える。スピーカーに声が飛び込んできた。
『こちら併走中の装甲軌道車。大陸横断特急列車、責任者応答されたし。くり返す──』
四人が見つめる中、ストーク少佐は一度息を吐いて、マイクのスイッチを握り締め口の前に。
「大陸横断特急乗車中の王立陸軍少佐、ストークです。そちらは?」
数秒の後、返答がスピーカーに流れる。
『憲兵隊のクレイン中尉です』
「〝憲兵〟? なぜ?」
ベネディクトが小声でつぶやきながら眉をひそめた。ヴィルからの翻訳を聞いたフィオナも、
「軍の警察? 兵士の取り締まりにあたる?」
そう聞き返した。ヴィルが頷く。
「クレイン憲兵中尉。こちらはやむを得ぬ事情で、一部乗客だけを乗せて列車を切り離し、麓まで急ぎ運行中です。現在貴賓車両に乗客が二名。私の後ろに四名いて、この無線を聴いています」
ストーク少佐が言って、数秒の間があってから返信。
『──了解しました。わたくし共は、我が軍の一部反乱分子による貴賓車両乗客の暗殺計画を察知してこれを阻止すべく行動中です。乗客は無事なのですね?』
その言葉に、ストーク少佐がちらりとベネディクト達を見て、どうです? と言わんばかりに親指を立てた。
「無事です。そしてそちらに、この先の警護を依頼したい」
『了解しました。この先約三十キロメートル、湖の先の鉄橋でそちらの線路はこちらと合流します。その手前で停止してください。こちらが合流します』
「了解。こちらはそこまで列車をゆっくりと走らせるので、そちらから異常がないか前後を監視するよう希望します。緊急時には赤の信号弾を」
『了解しました。監視にあたります』
「よろしく。仕事が終わったら麓でお茶でも飲みましょう。おごりますよ」
『いいですね。それでは』
「話がついた。ストーク少佐はほぼ計画どおりに事を運んでいるぞ。ますます一班は一体何をしていたのか」
「すると……、機関車の故障でもあったのでしょうか?」
「そうかもしれないな。まあいい。我々だけで計画どおりやる。列車と併走して鉄橋まで向かう。警護のために前後を見張れ。──もちろん見張るフリだけでいい。どうせ誰も来ない」
「了解」
装甲軌道車との無線を終えて、ストーク少佐はすぐさま機関士達と話をして、低速で鉄橋直前まで走らせることを命令した。了解の返答を確認して、無線を切って立ち上がった。
「食堂車に戻りましょうか?」
列車は先ほどまでとはうって変わって、ゆっくりと線路を走っていた。揺れと騒音がだいぶ緩やかになった。
五人は食堂車に戻り、ほとんど定位置と化してきたイスに座った。ストーク少佐は、閉じられたカーテンを少しめくり、谷の向こうを併走する車両を見た。
「もう安心と考えていいのかしら?」
フィオナが訊ね、
「そうですね。憲兵までが動いているとすれば、ここにいるとても胡散臭い少佐殿が言ったことも本当だったのかもしれません」
ベネディクトが、ロクシェ語で返事をした。
そんな二人の会話を、向かい側のイスに座り見ていたストーク少佐が、
「さて──。これから、皆さんに一仕事お願いしないといけません」
そう言いながらイスから立ち上がった。口調は穏やかで、まるで模様替えの手助けでも頼もうとしているようだった。四人が彼を見て、ベネディクトが聞く。
「お願いですか?」
「そうです。皆さんの、一致団結した協力が必要です」
「……何をするんです?」
ストーク少佐が答える。
「あの装甲軌道車を、撃退します」
五秒ほどの静寂。
「今なんと?」
ベネディクトが聞き返し、ヴィルはフィオナに、
「ストーク少佐が僕達に、あの装甲車を撃退するように頼みました……」
ロクシェ語で内容を伝える。
「ストーク少佐、あなたは正気ですか? せっかく自分達を守ってくれる、それも憲兵隊の車両を攻撃?」
「正気ですよ。酔っぱらってもいません」
ストーク少佐が腰に手を伸ばし、拳銃を抜いた。ゆっくりと右手を伸ばし、目の前のベネディクトへと銃口を向けかけ、
「とても正気です」
その手を空中で止めた。銃口は斜め上、天井を向いたままだった。ただし後少し腕を下げれば、すぐにベネディクトを射抜ける位置。
「これは驚いた」
ベネディクトはそう言いながらフィオナを脇に押し、そしてストーク少佐を睨み付けた。アリソンとヴィルは、二人を横から注視するかたちになる。ストーク少佐がちらりとヴィル達を見た。隙のない、硬い視線だった。
「カー少佐、フランチェスカ次期女王様、そしてそちらの若いお二人。──この先死にたくなければ私を信じてください。私の指示どおりに行動してください」
「〝脅迫〟ですか?」
ベネディクトが聞いた。
「いいえ、違います。〝警告まではいかない注意〟とでも言いましょうか。──私はあなた方に死んでもらいたくない」
「正直、おっしゃっている意味が全然分かりません」
ベネディクトはそう言いながら、両手をゆっくりと動かして腰の位置に運ぶ。腰に当てた瞬間、手が空を掴む。
「あなたの銃は、さっきそちらの少年に」
「そうでしたね……。すっかり忘れていました」
視線を向けられたヴィルに、アリソンが、
「そうよ。ヴィルが今一丁持っているんだから、この場をぱぱっとなんとかしなさいよ」
若干緊張感に乏しい発言をして、
「意味なく人に銃口を向けてはだめだ」
ヴィルはそう言った。ストーク少佐が頷く。
「そうですね。彼の言うとおりです」
「あなたが言うな」
ベネディクトがすぐさま言った。ストーク少佐は天井に銃口を向けたまま、
「今日だけは、私を信じなさい。この列車の中で死にたくなければ。──そして全員の協力が必要なんです」
「何をすれば?」
ヴィルが聞いた。ベネディクトはロクシェ語を使う。
「ヴィル君。この人は、絶対に何かを腹の中に隠していると思いますが」
ヴィルは即答する。
「はい。でもそれは、あの日以来の僕達もそうです」
「…………」
「話は聞きましょう。フィーさんには後で説明しますので少しお待ちを」
ヴィルはそこでベゼル語に切り替え、
「ではストーク少佐。僕達は何をすればいいんですか?」
ストーク少佐は小さく頷いて、
「お答えします。あの装甲軌道車を、完全に行動不能にします。橋を渡る前にです。鉄橋を渡って向こう側の線路に合流する際、やつらに前に出られたらお終いです。打つ手がなくなります」
「理由はなんですか?」
「今は言えません。でも、そうしないと私達の命が危ない」
ベネディクトが呆れた様子で、
「それを信じろと? どちらかというと私は、共犯者になる前にあなたを憲兵隊に突き出す方を選びたいですが」
「それは麓でどうぞ」
あっさりと言われて、ベネディクトが露骨にムッとした。ヴィルが聞く。
「つまり、理由は言えないけど信じろということですね?」
「そうです。それも時間がない」
「…………」
ヴィルは鍵穴を覗き込むような目で、眼鏡のレンズの向こうにある、ストーク少佐の青い瞳を見た。ストーク少佐も目を逸らすことはなく、ヴィルの茶色の瞳を覗き返す。
「分かりました。あなたを信じます。僕達がどうすればいいか教えてください」
ヴィルが言った。ベネディクトが息を吐いて、大きく呆れたように手を振った。ストーク少佐は目を細めて、
「ありがとう。ではこれから、谷の反対側の装甲軌道車を破壊、最低でも行動不能にします」
「で、簡単に言うけどどうやって?」
アリソンが聞いて、
「こちらから銃撃します」
「その拳銃で?」
ストーク少佐は首を横に振った。拳銃をあっさりとホルスターに戻し、
「いいえ。──武器は、今から取りにいきます」
「ふーん。取りにいくんだ」
アリソンがそう独り言を言って、そして続けて聞いた。
「どこに?」
厨房車の廊下を、列車先頭に向けて五人が走っていた。
先頭がストーク少佐で、鞄は車掌長室に置いてきたので持っていない。アリソンにヴィル、フィオナとベネディクトが続く。
五人は厨房車、貴賓車両を立て続けに通り抜けて、荷物車へと入った。左端に廊下があり、途中に荷物室への入り口ドアが二つある。奥のは乗客用荷物室の、手前のは、貴賓車両乗客専用の荷物室への入り口。大きく頑丈な鉄のスライドドアが閉まり、鎖が繋がれて大きな錠前が下がっていた。
「この中です」
「鍵はあるんでしょうね?」
アリソンの問いに、
「警備の名目上、預かっていますよ」
ストーク少佐が言って、懐から鍵を一つ出して錠前を外した。鎖を捨ててドアを、
「重いですね。手伝ってください。──ああ、どうも」
ベネディクトが無言で手を貸した。スライドドアは大きな音を立てて開き、列車の揺れで閉じないように開ききった状態でロックがかかった。
荷物室の中身は、朝見たとおり、布がかぶさった山積みの荷物だった。
分厚い布を、ストーク少佐がはぎ取っていく。その下にあったのは木箱の山だった。いろいろな大きさの木箱が積み重ねられ、ロープで固定されていた。木箱には中身を示す張り紙などは一切なく、角に小さく番号がペイントされているだけ。
「揺れで落ちてきそうな木箱には注意を」
ストーク少佐はそう言って、ロープを片っ端からほどき始める。ベネディクトが手伝った。台車を、とストーク少佐に言われて、アリソンとヴィルは、荷物室脇に金具で固定されていた台車を取り外す。タイヤが二つついた小型の台車で、荷物を手前にもたれかけて運ぶタイプ。
「カー少佐、これを持ち上げるのを手伝ってください。あなたはそちらを。重いですよ」
ストーク少佐が指示した木箱は、長さが二メートル以上、幅と高さが五十センチはある大きなものだった。一緒に持ち上げたベネディクトが、その重みに顔をしかめる。
「のっぽの死体入りの棺桶ですか、これは? 八十キロはある」
「違いますが落とさないように。──台車を」
二人はそれを木箱の山からおろし、ヴィルとアリソンが押してきた台車に縦にして置く。ベネディクトの方が下で、余計な労力を強いられた。
台車に乗った木箱を、ストーク少佐は鮮やかな手つきで縛った。次にベネディクトにそれを押して食堂車まで行く重労働を、フィオナには箱をこじ開けるためのバールを一つ渡し、先行してドアを開けるように命じた。
「あなた達はその木箱を二人で担いでください」
ヴィル達にあてがわれたのは、長さは一メートルと少し、幅と高さが三十センチほどの小型の木箱。ただしずっしりと重い。二人は端を持って、フィオナ達の後を追った。
ストーク少佐は何も持たずにその後に続き、
「一人楽してるわね。言い出しっぺのくせに」
荷物の後ろを持って歩くアリソンから指摘される。
「金持ち連中にも頭を出さないように警告しておかないと。──先に行っていてください。小さい箱から開けるように」
そしてストーク少佐は、貴賓車両でアリソン達を見送った。完全に見えなくなってから、ボディーガード部屋のドアを激しくノックした。
「私です。開けてください」
鍵が開くと、拳銃を手にしていたイーエンを押しのけるようにして中に入り、ドアを閉めて鍵を閉める。憮然としているイーエンに厳しい顔を向け、
「氏は?」
「中にいるが」
「緊急の話があります。入れなさい」
「…………」
イーエンは渋々貴賓室のドアを開けて、二人は中に入った。ソファーにふんぞり返って酒の空瓶を増やしていたテロルが、なんだ? とぼやきながら二人を見た。

ストーク少佐は忌々しそうに、
「どこをどうかぎつけたのか、我々を逮捕しに憲兵隊が来ました。〝谷向こう〟を装甲車で走っています。──イーエン、とっとと訳しなさい!」
強い口調に気圧されるように、イーエンがすぐにロクシェ語で伝え、テロルの顔が引きつる。
「なんだと?」
その言葉の通訳を待たず、ストーク少佐はきつい口調で、ほとんど怒鳴るようにして、
「今さっき無線で相手に適当なことを言いましたが、このままではいずれ全員捕まります。くそっ! どこからか情報が漏れていましたね」
そこまで言って、ストーク少佐はイーエンをじろりと睨んだ。あからさまに彼を疑っている目だったが、
「…………」
イーエンは何も言わず、言われた言葉を翻訳した。
「ど、どうする?」
明らかに動揺しているテロルが言った。
「どうするもこうするも、撃退するしかないでしょう。やつら全員を殺してでも」
「撃退する? しかし……、憲兵だぞ?」
「憲兵だろうとそうでなかろうと、私の知ったことではありません。そんなのは後で私の属する組織がいくらでももみ消してさしあげますよ」
「……そうか。それは頼もしいな。でもどうやって撃退する?」
「あなたの荷物を少しお借りします。実はもう行動を始めています。カー少佐達を適当に言いくるめて働かせている最中なので、私も指揮に戻らないといけません」
「〝荷物〟って……、まさかあれを使うのか? 貴様正気か?」
「正気です。ここで捕まって、ロクシェとスー・ベー・イルと、両方の国で裁判を受けるのが望みですか? 生き恥をさらすことになりますよ。私もあなたも」
「いいや……」
テロルの言葉に、ストーク少佐は笑顔を作った。有能な販売員が取り引き先で見せるような、人当たりのいい笑顔だった。
「心配しないでください。ここまで来たのならもう少しです。障害は、実力を持って排除します。何人死のうが構いませんよ」
「万が一狙撃されたら話になりません。絶対にここから出ないようにしてください。カーテンも閉じて。私以外誰が来ても開けないように。──私はちょっと人を殺してきます」
ストーク少佐がそう言い残して部屋を出ていった後、
「あいつはイカレている」
テロルがポツリと言った。イーエンは硬い表情のまま、
「…………」
何も言わずに閉じられたドアを見ていた。
「お待たせしました」
ストーク少佐が最後尾の食堂車に現れたとき、
「まったくもう。旅行だというのに」
ベネディクトが愚痴をこぼしながら、小さい箱をバールで手際よくこじ開けていた。テーブルがどけてある食堂車に、大きな箱と小さな箱が並んで置かれている。
「ご苦労様」
ストーク少佐がねぎらいの言葉をかけて、ベネディクトは声の主を見ずにどうも、と返す。
ストーク少佐は閉まったカーテンの隙間から、谷の向こう側を見る。列車と同じゆったりとした速度で、装甲軌道車が走っていた。
やがて蓋を打ちつけた釘が全て外れて、ベネディクトは蓋を持ち上げて適当な位置に放った。
木箱の中には、ぐしゃぐしゃに丸めた新聞紙が詰めてあった。それをベネディクトとヴィルが片っ端からどけていくと、中から一丁の銃が現れた。
「これはまた」
ベネディクトが驚きつつ、それを持ち上げる。長さ一メートルほどの散弾銃だった。銃身の下にチューブ型の弾倉が並び、そこに付いたフォアグリップを往復させて装填するポンプアクション式。散弾銃特有の太い銃身の上には、穴がいくつも開いた放熱板が張ってある。
がしゃん、とベネディクトがフォアグリップを引いて、弾が入っていないことを確認した後、
「玩具ではないようですね」
「散弾はここにあります。後で銃に詰めてください」
ストーク少佐が、木箱の脇に入っていた手提げ金庫のような箱を持ち上げた。ベネディクトが受け取って床に置いて開けると、円筒形の散弾がびっしりと詰まっていた。
ストーク少佐が、もう一つの巨大な木箱に取りかかる。慣れた手つきで次々と釘を外し、三分割されていた棺桶の蓋をひっぺがした。
「さあ起きなさい。暴れる時間ですよ」
ストーク少佐は楽しそうに言いながら、中の新聞紙や内部固定のための板などを放り出していく。途中からヴィルとベネディクトが手伝い、全てをひっぺがした後、そこに眠っていたものを見て絶句した。
「…………」「…………」
そこには、先ほどと同じように箱のほとんどを占めて、一丁の銃が入っていた。ヴィルの脇からアリソンが覗き込んで、指を差して、
「何これ?」
「見てのとおり、銃ですよ。ライフル」
ストーク少佐が答えた。はいそちらを持って、とベネディクトに指示し、二人で前後を掴み持ち上げにかかる。
「クソッ、重い」
「五十キロはありますからね。腰を痛めないように」
二人の手によって木箱から這い出てきたのは、長さが二メートルある銃だった。
その形は銃らしく、銃身があって、弾丸を発射するための機構を収めた四角い機関部分があり、その下に人間が握るグリップや引き金を備え、脇には狙撃用の大きなスコープが据え付けられ、後ろには狙うときに肩と頬を付けるストックがあった。
しかしその全体のサイズは、巨人向けかと思うほど大きい。工場の配管のように太い銃身が突き出て、その銃身だけで普通の銃と同じかそれ以上の長さがあった。銃身先端は、横にガス抜き穴が開けられたハーモニカ型をしている。
機関部分の下に、巨大な二脚があった。二本の鉄の先には、人間が足にはめて使えるほどの大きなソリが移動用についている。その前方には射撃時固定用の別の二脚が。
どすん、と絨毯の上に置かれた銃が、ソリとグリップの三点で安定した。
「ふう……。何ですかコレは? こんな大きな銃を見るのは初めてだ」
呆れているベネディクトに、ストーク少佐は木箱の中から鉄製の箱を取り出す。縦横が三十センチほどの、数人用の弁当箱のような箱。
「ちなみにこれが弾倉です。銃の上にはめ込みます」
「それはいいから、この銃はなんですか?」
ベネディクトの問いに、ストーク少佐が答える。
「この銃は、ロクシェ軍最新式の対戦車ライフルです」
「対戦車ライフル? これで戦車を撃つんですか?」
「そうです。最新の大型戦車は無理でも、軽戦車や装甲車なら遠慮なく撃ち抜きますよ。待ち伏せ射撃をしたら、それなりの戦果を上げるでしょう」
「聞くのもばかばかしいですが……、口径は?」
「二十ミリです」
ストーク少佐が答えながら、木箱の中の弾薬箱を開けて、専用の弾を持ち上げて見せた。弾丸の直径は二十ミリ。ワインのハーフボトルに真鍮の色を塗ったような、桁外れに大きな弾だった。持つ手をはみ出ていた。
「人間が撃って大丈夫なんですか? これは」
ベネディクトが呆れ顔で訊ねた。口径二十ミリといえば、戦闘機の機首などについている機関〝砲〟の大きさだった。
「一応はそう設計されているはずです。まあ、実際撃ったことはないので分かりませんが」
ストーク少佐があっさりと言って、
「でも、今状況を変えるために必要なのはこれです。これで向こうを狙撃し、行動不能にさせることができれば私達の勝ちです」
「それは、二十ミリもあれば、当たれば可能でしょうが……、誰が撃つんですか? 言い出したあなたですか? ストーク少佐」
ベネディクトの質問に、ストーク少佐は首を振った。
「私は双眼鏡で着弾を観測しないといけません。ですからあなたですよ、カー少佐」
「自分は、情けない話ですがライフル射撃はそれほど上手くない」
「では、他に射撃ができて腕のいい人はいますか?」
ストーク少佐が冗談交じりにそう質問すると、ベネディクトの視線はアリソンの隣にいた少年へ。アリソンの視線も隣にいる少年へ。
「なんで僕を見るんですか?」
ヴィルが言い返した次の瞬間、
「決まりだ」
「うん。決まりね」
食堂車の後部、テーブルとイスをどかした空間。
「貼ったところをお願いします。ご遠慮なく」
窓の下の壁に、小さく切った布テープが何カ所も、四角い枠を描くように貼られていた。
「しかし乱暴だ。──みんな下がって」
ベネディクトがそう言いながら、弾を込めた散弾銃を持ちながら近づく。
アリソンやフィオナは食堂車の中央部まで下がり、その前にストーク少佐が立つ。ヴィルはその隣で、箱に入っていた対戦車ライフルの簡易使用マニュアルを必死に読んでいた。
ベネディクトは近くに誰もいないことをもう一度確認すると、一度フォアグリップをポンプする。じゃきん、と乾いた金属音と同時に一発目が装填された。
「今度は壁かよ。──俺だって弁償はできないぞ」
ベネディクトは散弾銃を肩に構えて撃った。九発入った大きな鉛玉が一斉に撃ち出されて、木製の壁を強引に穿った。木屑がはじけ飛んで大きな穴を開けた。
ベネディクトはポンプを引いて撃ち殻をはじき出し、前に押し出して次を装填、すぐに撃つ。ベネディクトは立て続けに、列車破壊にいそしんだ。五発撃ち込んだ後しゃがみ、足下の箱から新しい弾を詰めていく。
「ちなみにそれ、〝塹壕銃〟ですよ。ロクシェ陸軍の」
ストーク少佐がそう言って、散弾を詰め込むベネディクトの手が一瞬だけ止まった。すぐに次を押し込みながら、
「この忙しいときにどういうおつもりかは知りませんが、自分は気にしませんよ」
「そうですか。それはいいことです」
弾込めの終わったベネディクトが、再び壁に向かって撃ちまくった。壁を撃った後に、その上の窓枠にも射撃をくわえ、ガラスを粉々に砕いた。ボロボロになった壁へ、
「それっ!」
最後はベネディクトの蹴りが何発も入る。窓枠は向こう側に落ちて消えて、その下の壁に残っていた木片も転げ落ちた。
そして壁にできあがったのは、人が屈んで通れるほどの大きな穴だった。冷たい風が巻き込んで、その向こうでは、谷の景色が、蒼い水を細長くたたえた湖が流れていく。
「お疲れさま。あなたは新しく弾を入れて、それで他のみんなを守ってください。ヴィル君はこれを」
ストーク少佐が、手に持っていたものをヴィルに渡す。それは頭にかぶる布製のヘッドギアで、ラグビー選手が防護のためにつける物に似ていた。ただし色は緑と茶色の迷彩。バンドをつける喉の位置にマイクが、耳のところにヘッドフォンがあった。長い電気コードが、電池の箱を通った後もう一つのヘッドギアに繋がる。
「射撃の衝撃が強いので頭につけるんです。耳栓でもあると同時に、観測者の私と有線電話で会話ができます」
ヴィルはそれを頭にはめながら、目の前足下に横たわる銃を、二メートルを超える巨体を見た。ヴィルの茶色の瞳に映るそれは、
「…………」
大き過ぎてはみ出していた。
ストーク少佐がヘッドギアをつけているときに、ベネディクトがすっとヴィルの脇によって、耳元にロクシェ語で話しかける。
「最終決断です。あの男を信じずに憲兵側につく方法もある」
ヴィルはベネディクトに視線を送り、
「やります」
短く答えた。ベネディクトは、そうか、と言ってヴィルの肩を軽く叩き、
「〝君なら余裕でできる。気楽にやれ〟、〝責任重大だ。絶対外すなよ〟──好きな方を取ってくれ」
そうベゼル語で言った。ヴィルが笑ったのを見て、ベネディクトも笑顔で軽く手を振って、散弾銃片手にさがっていく。
ストーク少佐がヘッドギアをはめて、一度腕時計を見た。
「ではやりましょうか。そっちを頼みます」
ストーク少佐とヴィル二人で、対戦車ライフルを引きずって穴へと近づける。太い銃身先端を穴から出して、さらに銃身を数十センチ前へ押し出した。そうしないと、伏せて構えたヴィルの足が反対側に当たってしまう。
位置を決めてから、ストーク少佐はソリの前についていた二脚を足でおろし、絨毯に食いつかせるようにして立たせた。その二脚がしっかりと支え、ソリが空中に数センチ浮いた。
伏せたヴィルがグリップを右手で握りストックを頬と肩につけ、射撃の体勢を取った。それは銃を構えるというより、巨大な機械にへばりついているといった方が正しかった。
「基本は小さなライフルと変わりませんよ。狙って引き金を引けば撃てる。反動が強いでしょうが、しっかり肩をつけていれば大丈夫です」
ストーク少佐がそう言った後、電話のスイッチを入れて聞こえるか訊ねた。ヴィルから、
『よく聞こえます』
との返答。
満足げに頷いたストーク少佐に、ベネディクトが後ろから訊ねる。
「えっと……、まさか、このまま走った状態で撃つんですか?」
ストーク少佐は首を振った。
「まさか。そんな状態で命中させられたら、その人は一流の芸人ですよ。──今から大嘘を言いに行きます」
車掌長室でストーク少佐は、装甲軌道車の憲兵隊中尉に無線をつないだ。機関車の調子がおかしく、駆動部からの異音と異常振動が認められたので、これより低速運転に移り、状態が改善されない場合一度停車して調査する。対岸から監視を続行されたし。
次に自分の列車の機関士に厳命する。
今から三キロほどゆっくり走れ。その後対岸がよく見える、なるべく線路がまっすぐな場所で汽笛を鳴らした後完全に止まれ。いいから止まれ。追って命令があるまで絶対に動かすな。
ゆっくりと列車の速度が落ちていく中、
「さて、ヴィル君の腕の見せどころです」
ストーク少佐は嬉しそうに言いながら食堂車に戻っていく。アリソンと一緒に来ていたベネディクトが、一度無線機を見た。
「…………」
そして小さく首を振って自分の考えを否定、食堂車へと戻る。