Part 01: 沙都子(高校生夏服): ……あら、梨花。どうしてこんな時間に、私の部屋にいるんですの? 梨花(高校生): どうして、ってご挨拶な台詞ね。あなたがこの本を貸してほしいって言っていたから、わざわざ持ってきてあげたんじゃない。 沙都子(高校生夏服): あっ……そうでしたわ、うっかりしていました。お待たせして、ごめんなさいですわ。 梨花(高校生): それは別に構わないんだけど……ずいぶんと長い時間、部屋を留守にしていたみたいね。同室の子、お風呂に行くってさっき出て行ったわよ。 沙都子(高校生夏服): えぇ、さっき廊下ですれ違いましたので存じておりましてよ。……実はさっきまで、電話をしていましたの。 梨花(高校生): 電話って……いつものあれ? 沙都子(高校生夏服): えぇ、詩音さんですわ。あちらもあちらでお忙しいでしょうに、毎度毎度ご苦労様でしてよ……。 そう言って私は、やれやれと苦笑交じりにため息をつく。 この聖ルチーア学園に入学以来……詩音さんは手紙だの電話だのを使って、不定期ながら頻繁に連絡をしてくれていた。 その内容は、ほとんどが他愛のない世間話だ。やれ体調を崩していないか、勉強はどうだ、学友関係は良好か、等々……。 気遣ってくれるのは、とても嬉しい。嬉しいのだけど……たまに食傷というか、面倒に思えることもある。 老婆心という言葉があるが……これでは姉ではなく姑ではないか、とこぼしたくなるくらいの過保護っぷりだった。 梨花(高校生): くすくす……詩音としては、まだ本気で信じられないんでしょうね。まさかあの沙都子が、学園生活を満喫しているなんて。 沙都子(高校生夏服): 引っかかる言われようですわね……まぁ、入学当初は厳しい状況に陥りかけてどうなるものかと思ったのも確かですけど。 沙都子(高校生夏服): だからといって、魅音さんより付き合いが浅いはずなのに……まるで子どもの時から面倒を見てきたような扱いで、たまに参りましてよ。 梨花(高校生): ……言われてみれば、その通りね。魅音に双子の妹がいることは一応知っていたけど、そこまで顔を合わせた記憶が無かったし。 梨花(高校生): 詩音がルチーアを脱走していなかったら、今みたいに関わりを持ったりすることがなかったかもしれないわ。 沙都子(高校生夏服): ……ですわね。そういう意味では、詩音さんがこの学園に適合できなかったことを感謝すべきかもしれませんわ。 梨花(高校生): くすくす……怪我の功名ってやつかしら。 梨花(高校生): それにしても……以前に聞いた話だと、魅音と詩音がたまに入れ替わることがあったそうね。 梨花(高校生): 沙都子って……それに気づいていた?詩音がルチーアから戻ってきた頃だと、昭和57年くらいの頃らしいんだけど。 沙都子(高校生夏服): そうは申しましても、梨花も知っての通りあの頃はとてもそれどころではないことが連続して起きていて……。 沙都子(高校生夏服): 気づく、気づかない以前にそこまで意識が回らなかったというのが正直な感想ですわね。 梨花(高校生): ……そうね。ごめんなさい、無遠慮すぎる質問だったわ。 沙都子(高校生夏服): あ、いえ……勘違いしないでくださいまし、梨花。私はもう、#p雛見沢#sひなみざわ#rでのことはある程度割り切っておりますのよ。 実際、これは嘘でも強がりでもなかった。梨花たちと一緒に全てを乗り越えた「あの日」から、私にとって過去は本当に「過去」になりつつある。 もちろん、時々思い出したりして胸が潰れそうなほど苦しく、悲しくなることもないことはなかったけど……。 少なくとも以前のように、自分の殻に閉じこもってしまうほどではない。それだけは確かで、胸を張って主張ができた。 沙都子(高校生夏服): あ、でも……もしかしたら、あの時の違和感はそうだったのかもしれませんわね。 梨花(高校生): あの時の、違和感……? 沙都子(高校生夏服): 梨花は、覚えておりまして?さっきの話にあった昭和57年……。 沙都子(高校生夏服): にーにーがいなくなる前に、教室で起こった騒動ですわ。 悟史: 『……僕は、戦うよ』 そして、直後に彼が私に向かって呟いた……決意を込めた言葉が脳裏に蘇って――。 Part 02: あれは、何がきっかけでそうなったのかはもう覚えていないし、……思い出したくない。 ただ……おそらくだけど、私が「魅音」さんを怒らせるようなことをしたのだろう。 沙都子: 助けて……たすけて……、……にーにー…、にーにー……。 ……あの時私は、泣いていた。みっともない態度で、とても情けなく。 ただ、それがいっそう「魅音」さんの癇に障ったのだと今なら理解することができる……。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): あんたが……そんなだから……ッ!安易にすがるから……悟史くんが苦しんでいるのがわかんないのッ?! 彼女は床に散らばった教科書の束を拾い、まだ助けを求めようとする私の顔に投げつけてきた。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 泣きたければ泣けばいい! でもね、泣いたってね、何も解決しないッ!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 何で泣くの?! 泣けば誰かが助けてくれるから?!その助けてくれる人が、あんたの代わりにどれだけ傷ついているかなんて想像もつかないでしょ!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): わかってるの?! あんたの罪が!!あんたなんかいなければいい!! 苦しいなら死ね!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 悟史くんまで苦しめるな!!ひとりで苦しんでひとりで勝手に死ね!!お前なんか死んでしまええぇえぇえええー!!! 沙都子: わああぁああぁあぁああああんん!!にーにー!! にーにー!!!うわああぁああぁああん!!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 泣けばいいと思うな!!!悟史くんにすがれば済むと思うな!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): お前さえいなければ…!!お前さえいなければッ!! そう叫びながら「魅音」さんは、床に散らばった教科書やノートを何度も何度も叩きつけてくる。 ……私は亀の子のように縮こまり、さらに大きな声で泣き喚くだけだった。 と、そこへ髪の長い少女が躍り出て、縮こまる私の身体に覆い被さってきた。 ……古手梨花。今でこそかけがえのない大切な私の親友だが、当時はそれほど仲が良くなかったはずなのに……。 梨花: ……沙都子をいじめないでなのです。 梨花: 沙都子は可哀想なのです、いじめてはだめなのです……。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 可哀想だから何をしても許されると思っている?!可哀想だから悟史くんに寄り掛かってもいいわけッ?! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 甘やかしているんじゃないよッ!!!こいつがどこまでも甘えているから…悟史くんが辛い思いをしなくちゃならないんだッ!!! 梨花: …だめ!! だめなのです!!沙都子をいじめちゃだめなのです…!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 私はね、その甘えきった沙都子の根性を教育してやっているんだよッ!!!邪魔しやがるとあんたの頭から叩き割るよッ?!?! 「魅音」さんは椅子を掴み、振り上げる。あんなもので殴りつけられたらただじゃすまない。 それでも、梨花は両目を固くつぶって私に覆い被さり、自ら盾になろうとしてくれた。 沙都子: ……っ、ぁ……あぁ……! レナ: やめて!! 魅ぃちゃん!!!! そう言って教室の入り口から叫んでくれたのは、最近#p雛見沢#sひなみざわ#rに引っ越してきた竜宮レナさんだった。 さらに彼女を押しのけ、駆け込んできたのは……。 悟史: さ……沙都子っ? 私が今置かれている状況を瞬時に把握したにーにーは「魅音」さんに猛然と駆け寄り、飛びかかった。 もみ合うように2人は教室内を転がり、隅のロッカーに叩き付けられる……。 悟史: 沙都子!! 大丈夫か沙都子……!! 沙都子: にーにー!! にーにー!!わああぁあぁああぁぁぁん!! そして私は、たった今まで身を挺して庇ってくれていた梨花を押しのけると、にーにーに飛びついて、……泣いた。 悟史: どうしたんだよ……いったい、どうして……沙都子が……。……沙都子が……!! 沙都子: 何もしてないのに……何もしていないのに!!魅音さんが…魅音さんが……、わああぁあああぁあぁああぁあッ!!! 悟史: ど、……どういうことだよ魅音ッ!!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): どういうことって、……私は……、 悟史: 沙都子が何をしたよ?!僕たちが何をしたよ?!何でいつも苛められなきゃならないんだよ!! 悟史: ええ?! どうしてだよッ!!! 私から離れたにーにーは「魅音」さんに迫り、……その襟首を掴み上げる。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): さっき……悟史くんは私に、自分の胸に聞け、って言ったよね。……なら、沙都子の胸に聞いてみりゃいいじゃない。 悟史: 何をッ!!!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 悟史くんだって、自分で認めているんでしょ?……沙都子があんたにべったり頼っているから、悟史くんの重荷になっているんでしょ?! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 沙都子がもっとしっかりしていれば、悟史くんがこんなに大変な思いをすることなんてない!!そいつが全ての元凶なの!!! 悟史: こっ、……こいつ……!!!いい加減なことを言うんじゃないッ!!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 痛ッ、…いたたたたたたたたたたた…ッ!!! にーにーは「魅音」さんの髪を引っ張って振り回すと、乱暴なまでの力で壁に投げ……叩きつけた。 それでも、彼女は怯まなかった。……恐ろしいまでの形相で、にらみ返した。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): 悟史くんだって……沙都子を甘やかし過ぎているよ!!!あんたがそうやって際限なく甘やかすから、そいつはいつまで経ってもあんたにすがってばかりなんだよッ!!! 悟史: お前に僕たちの何がわかる!!何がわかるってんだよッ?! 悟史: 父さんや母さんを村ぐるみで追い詰めて……散々に苛めて!! そして今度は僕たちか?!それが園崎家のやり方なんだろッ?! 悟史: どこまでも村の裏切り者を苛め抜く!!そんなに楽しいかよ!!弱い者苛めがそんなに楽しいかよ! ええぇッ?! レナ: もうやめてえええぇえぇえッ!!!! 最後に叫んだのは……レナさんだった。 鬼のような形相で、「魅音」さんとにーにーを交互に睨みつけながら、その間に割って入る。 レナ: 悟史くん、もうやめてあげて。魅ぃちゃんに悪気はなかった。 レナ: ……悟史くんの力になってあげたくて、その気持ちがちょっとずれて、空回りしちゃっただけ。………ね? 悟史: …………。 レナ: 魅ぃちゃんも、もうやめて。……魅ぃちゃんが誰よりも悟史くんのことを心配してるのは知っている。 レナ: だけど、こんなやり方はそれの解決にはならない。 レナ: そんなの、ちょっと落ち着いて考えればわかることだよね? #p園崎魅音#sそのざきみおん#r(詩音): …………。 レナ: ほら、沙都子ちゃんも。お弁当箱を落としたくらいで、泣くことはないよ。ね? …落ち着いた? 梨花: ……沙都子、ボクがお弁当箱を拾ってあげますよ……。 沙都子: ………ぅうぅ、……ひっく、……ひっく……! 泣きじゃくる私の代わりに、梨花は床に散らばった弁当箱の中身を拾い集めてくれる。 そして、私は……あの時ぼんやりと、感じたのだ。 私を殴って、泣かせるほどの乱暴を働くほど激しい感情を迸らせるこの人は……本当に「魅音」さんなんだろうか、と……。 Part 03: ……それから、数日後。日直の仕事を終えて教室に戻ると、そこにはにーにーの姿があった。 沙都子: ……にーにー? 悟史: あ、沙都子。……今日は体調、大丈夫だったかい? 沙都子: えぇ……。監督が処方してくれたお薬が、ことのほかよく効いているようでして……。 沙都子: やっぱり監督は、名医さんですわね……。野球の時は少し頼りない感じですけど、困った時にはとても心強いですわ。 悟史: ……そっか。なら、よかったよ。 そう言ってにーにーは、やや無理をするように笑顔を向けてくれる。 おそらく、私が心配させまいと強がってみせていることに気づいているのだろう。 沙都子: ところで……にーにーは何を作っているんですの? 悟史: これは、灯籠だよ。中に蝋燭とかの灯りを入れて川に流したり、櫓とかに飾り付けたりするものなんだ。 沙都子: 灯籠……そんなものを、どうして……? 悟史: 地方の大きな七夕祭りとかでは、よく作られたりするものらしくてね。 悟史: この中に願い事や誰かへのメッセージを入れて、天の川で年に一度会っている織り姫様と彦星様に届けるんだってさ。 沙都子: 願い、事……。 ぼんやりと、その小さな箱状のものを見下ろしながら……私はなんとなく、胸に去来するものに思いを馳せる。 今、私が願うことと言えば……この地獄のような毎日から抜け出して、穏やかな日々を送ることしかない。 でも、それは決して叶うことがない。なぜなら神様には、もう何万回と言い続けているのに……いまだに聞き届けられた様子がないからだ。 だからもう、私は神なんかに期待しない。願いを叶えることができるのは自分自身でしかなく、今の自分が不幸なのは、……私に力が無いからだ。 そして、にーにーもまた……力の無い現状を受け入れるしかない。 それが悲しくて苦しくて、……悔しくて。今胸の内に抱えている絶望をより深く、そして色濃いものにして辛かったのだ……。 沙都子: ……願いは、叶いませんわ。神頼みなんて、ただの自己満足でしてよ。 悟史: わかっている……僕だって、願いを叶えてもらおうだなんて思っちゃいないよ。 悟史: 神様はそんなに慈悲深くないし、地上全ての人間に手を差し伸べられるほど物好きで、お人好しじゃないだろうしね。 沙都子: …………。 穏やかだけど……どこか突き放すような、虚無の響き。こんな表情をするにーにーを見たのは、もしかすると初めてのことだったかもしれない。 悟史: 魅音の言う通りだ。僕は苦しい現実を直視するのが辛くて……いつも逃げていた。考えないようにしていた。 悟史: 優しさ? 思いやり?……そんなの、自分への言い訳だ。結局のところ自信と勇気が無いからどこにも踏み込めず、ただ虐げられるだけだった……。 沙都子: にーにー……? 悟史: だから……これは願いじゃなく、決意表明だ。#p綿流#sわたなが#rしは、自分の汚れを流すために行われる儀式だけど……これは違う。 悟史: 自分がすべきこと、伝えるべきことをこの灯籠に託して……僕は行動を起こすんだ。言葉にした以上、引き返せない覚悟で――。 悟史: だから……ごめんね、沙都子。今までの僕はお前にとって、良いお兄ちゃんじゃなかった。 悟史: ただ、自分をそうだと思い込んで安心していた……卑怯者だった……。 悟史: でも、もう逃げたりしない……僕は、戦うよ。自分と、沙都子……2人のために……! 沙都子: にーにー……っ?ま……待ってくださいまし、にーにーッ! 梨花: 『……子、沙都子っ……?』 梨花(高校生): 沙都子……沙都子ってば! 沙都子(高校生夏服): っ……あ、あら梨花……どうしましたの? 梨花(高校生): ……それは私の台詞よ。いきなり黙り込んで話しかけても返事しないから、びっくりしちゃったじゃない。 沙都子(高校生夏服): 私……そんなにも上の空でおりましたの……? 梨花(高校生): えぇ……まぁ、そうは言っても数分くらいかしら。 梨花(高校生): とりあえず、もう夜も遅いことだし私は自分の部屋に戻るわ。あなたも早くお風呂に入って、身体を休めなさいね。 沙都子(高校生夏服): わかりましたわ。……あの、梨花? 梨花(高校生): なぁに? 沙都子(高校生夏服): ……。おやすみなさいませ。明日は寝坊しないよう、あなたもよく眠ってくださいまし。 梨花(高校生): くす……ありがとう、そうするわ。じゃあ、おやすみなさい。 …………。 沙都子(高校生夏服): 色々と、後悔……たくさんの悲しい記憶が積み上がってきておりますけど……。 沙都子(高校生夏服): それでも、あの時言えなかったこと……いつかあなたに、お伝えしたいですわ。 沙都子(高校生夏服): かばってくれて、ありがとう……って。