Part 01: ……刑事稼業を長く続けて、色々なことがあった。大小の思い出をあげはじめたら、もう数え切れない。 事件も解決、未解決に関わらず多くをこなしてきた。そのたびに感謝されたり、関係ができて親しい仲になったりしたこともあるにはあったが……。 それ以上に憎まれたり、恨まれたりすることが圧倒的に多かった……ような気がする。こちらには全く、悪意がなかったとしてもだ。 大石: (市民に愛される警察官……か。ポスターの標語で見かけるそんな言葉が、なんとも空々しく感じられたものです) ただ、それはこの職に就くと決めた時から覚悟していた。警察学校でも、警察官は嫌われて当然の立場なのだと懇々と教え聞かされたほどだ。 だからこそ私は、心ない周囲の連中から弱い者いじめだの、人としての情がないだのと罵りや中傷を受けても、気にしなかった。 ……というより、無視して耳を塞ぎ続けていた。まともにそれらを受け止めて吟味なんてすれば、とても心が持たないとわかっていたからだ。 大石: ……警察官が因果な商売とは、よく言ったものです。法を守り、正義を貫こうとすればするほどかえって善良な市民を苦しめて悲しませる機会が増えちまう。 大石: おかげで、世間の人たちからは完全に疫病神扱い。……赤坂さん、#p雛見沢#sひなみざわ#rや#p興宮#sおきのみや#rに住んでいる連中が私のことをなんて呼んでいるか、ご存じですか? 赤坂: あ、いえ……彼らは大石さんのことを、なんと? 大石: 『オヤシロさまの使い』……それが、私につけられた仇名というか、蔑称です。 大石: なんでも、私が雛見沢を訪れると村の守り神である『オヤシロさま』の#p祟#sたた#rりが起きる……なんて噂話をされていましてね。 赤坂: ……酷い言われようです。例の連続怪死事件の捜査に当たっているのだから、訪問や接触があって当然でしょうに。 大石: えぇ。だから私も、気にしていませんでした。ダム戦争以来、村の連中に嫌われていることも理解していましたしね。 大石: ですが、……。 赤坂: ……? 何か、あったのですか? 大石: ……。赤坂さん、酒の席での戯言です。ですから深刻に受け止めたりせず、私の愚痴話だと思って聞いてください。 大石: 私はね……後悔していることがあるんですよ。どうしてあの時、接点を持った「彼」のことをもう少し気遣ってやれなかったんだ、と。 大石: 目的の為に手段を選ばない、とは言いますが警察官としての本分を見失ってしまった……今でも忘れられない思い出です。 ……知らせを聞いて現場に駆けつけた時、私の胸の中にあったのは「やはり」という確信めいた思いだった。 大石: (2年前と同じく、北条家の人間が今年の「生贄」に選ばれたってわけですか……) やるせない思いとともに、私は車中でため息をつく。 おそらく今夜は出動することになるだろう、と万全の準備を整えていたので疲れこそないが……この暗澹たる気分だけは、払いようがなかった。 #p綿流#sわたなが#rしが行われた日を境にして、雛見沢の誰かがひとり殺されて……ひとりが姿を消す。それが、『オヤシロさまの祟り』だ。 1年目は懇意にしていた現場監督と作業員。2年目は村の嫌われ者だった、北条家夫妻。そして3年目は、御三家のひとつの古手家夫妻……。 となると、4年目にも同様に犠牲者が出ると考えるのは当然のことだったので……捜査員総出で、関係しそうな「候補者」の動向をうかがっていた。 主の目的は、事件を起こす犯人の発見と捕縛。……だが可能であれば、これ以上の犠牲者を出したくないという思いは当然皆の心にあった。 そんな中で起きた、今回の怪死事件……詳しい内容は鑑識の結果待ちではあったものの、状況的に殺人であることは間違いないだろう。 大石: (北条家に対する雛見沢の連中の感情はいまだに険悪なものがありますから、当然最有力だとは睨んでいたんですけどね……) ただ……今回の標的は家主の北条鉄平になると思って、妻の方の優先度を若干落としていた。その裏をかかれたことが口惜しい。 いずれにしても、起こってしまった以上自分たちにできることはひとつしかない。そう思い直して私は、現場へと車を走らせた。 熊谷: あっ……お疲れ様っす、大石さん! 大石: 先に来ていましたか、熊ちゃん。妻帯者なのに、こんな夜中までご苦労様です。 熊谷: いえ。……おそらく今夜は出ることになるとカミさんにも言っていたので、問題ありません。 大石: んっふっふっふっ……当たっても実に嬉しくない予想、ってやつですねぇ。そんな運、次の宝くじまで取っておけばよかったのに。 熊谷: いえいえ、逆にこれはラッキーの前触れかもしれませんよ。なんせ、不幸を先払いしたってわけですから。 熊谷: というわけで、今年のサマージャンボは期待させてもらうっす!ボーナスをつぎ込んで、一勝負に出るっすよー! 大石: なっはっはっはっ!悪いことは言わないから、止めておきなさい!奥さんに怒られる未来が目に見えるようですよ。 そんな不謹慎極まりない軽口を叩きながら、私は部下の熊ちゃんの案内で現場へと向かう。 不器用なりに気分を明るくさせようという、彼の心遣いはありがたいと感じていたが……うまく返せたどうかは、正直自信が無かった。 現場に到着し、そこに敷かれたシートをめくる。……生暖かくて鉄臭い空気が広がり、不快な気分をいやが上にも高めていった。 大石: ……これはまた、えげつない有様ですね。本人なのかどうか、一見したところでは確かめようがないですよ。 熊谷: 第一発見者は、近くを通りがかった農夫。最初は自分の車がはねたと思ったらしく、電話口の向こうで酷く狼狽していたそうです。 熊谷: 鑑識は、間もなく到着するとのこと。県警本部に搬送して、司法解剖を行う予定です。 熊谷: まぁ、血や肉片の飛び散り方から見て……石や金属の塊などで殴打された感じではない、というのが機捜の見立てです。 大石: 確かに。出血は外傷からではなく脳が衝撃によって破裂し、内部からどばっとあふれ出たように見えます。 大石: 顔は……こりゃまた、酷い。ぐしゃぐしゃになって、原形を留めていませんよ。 熊谷: はい。絶命してからも、凶器を何度も頭部に叩きつけていた様子ですね。ガイシャに対しての強い憎悪が見られます。 大石: 感情が入った殺人行為……2年目と3年目よりも、1年目の事件に近いものがあるってことでしょうかね。 熊谷: ……かもしれません。 大石: で……身元確認は終わっていますか?ここまで惨い姿をお見せするのは心苦しいですが、ご家族に検分してもらう必要がありますので。 熊谷: すでに済ませました。……長男が服装を見て判断してもらったところ、北条玉枝本人で間違いないとのことです。 熊谷: あっちの車の中で待機してもらっていますが、お会いになりますか? 大石: えぇ、ぜひ。……こちらも感情的にならないよう、注意させてもらいますよ。 悟史: ……っ……。 大石: んっふっふっふっ……どうも、こんばんは。私は興宮警察署の大石と申します。……お名前、うかがってもよろしいですか? 悟史: ……。北条、悟史……です。 Part 02: ……暗がりの中でもわかるほど、その少年は怯えきった表情を浮かべていた。 まぁ、無理もない話だろう。数時間前までは存命だった家族の変わり果てた姿を目の当たりにして、ショックを受けないわけがない。 大石: ふむ、北条悟史さん……ですね。殺された北条玉枝さんとのご関係を、お聞かせ願えますでしょうか。 悟史: 叔母……です。戸籍上は、義母になります。 大石: ……あぁ、なるほど。2年前の事件でご両親が……いや、お気の毒です。 すでにわかりきっていたことではあったが、慇懃な言動を保ちつつ少年をじっと見つめる。 ……優しげだが、その分気の弱そうな少年だ。とても殺人を犯すようには見えない。 だが……これまでの経験だと、こんなふうに不満を無意識下で内にため込む子は爆発した時にとんでもない行動を起こすことがある。 なにより、……青ざめている彼の様子にはどういうわけか家族を失ったという悲しさがあまり感じられないようにも見受けられた。 大石: (……やはり、噂は本当だったようですね) 北条悟史の様子を見て、私はひとつの確信を得る。事件に関わっているかの云々はともかくとしても、彼は叔母に対しての愛情がない……。 むしろ、嫌悪や憎悪にも近い思いが表情の端々ににじみ出ているようだった。 ……2年前。#p雛見沢#sひなみざわ#rで#p綿流#sわたなが#rしが行われたその日、北条家の夫妻が転落事故に巻き込まれた。 父親の遺体は見つかったが、母親は今のところ消息が不明……とはいえ、現場の状況から見て生存は絶望視されている。 その後、彼らの息子と娘は叔父である北条鉄平夫妻によって引き取られて、新たな生活を送り始めたのだが……。 粗暴な性格の鉄平はことあるごとに暴力を振るい、妻の玉枝もまた2人に対し愛情の欠片も見せずに接している……というのがもっぱらの噂だった。 沙都子: わぁぁあああぁあぁぁぁんんっっ!にーにー、にーにーぃ……!! 悟史: ……っ……。 ちょっとしたことで当たり散らし、殴ったり蹴ったりの暴力を振るう叔父から妹の沙都子をかばう、兄の悟史……。 家の外まで聞こえてくる叔父の怒号と妹の泣き声を、近所の人が何度も聞いたとの証言がある。 ……だが、それに対して周囲は何もしない。というよりも、できなかった。 なぜなら、家庭内暴力というものは立証から立件に至るまでの過程が非常に難しいからだ。 また、北条家に対する村の冷遇もあって……彼らは面倒事に巻き込まれるのは御免だ、とあからさまに無視しているきらいがある。 もちろん警察として、看過すべきではないと思ってはいたのだが……訴える人間がいない状況では、こちらから自主的に動くこともできなかった。 大石: ……北条悟史さん。そういえば今夜は、綿流しが開かれていましたね。やはりあなたも、お友達とご一緒にいましたか? 悟史: いえ、……体調が悪くて、家で休んでいました。 大石: ありゃ、そうだったんですか?お身体の具合が悪い時に呼び出してしまって、本当に申し訳ありませんでした。 悟史: あ、その……別に……。 大石: ちなみに、休まれていたのはおひとりで?ご在宅であることを証明してくれるような人、ご家族で誰かいませんか? 悟史: 妹は……お祭り会場から戻ってくるのが遅かったので……叔母が出かけてからは、ひとりでした。 大石: ふむ……ちなみに叔母さんは出かける前、どちらに行く予定か言っていませんでしたか? 悟史: いいえ。……最近は会話も少なくて、特に何かを言ってくることは……。 つまり、アリバイはなし……か。ここまであからさまに怪しいと、逆に裏を勘ぐってしまいたくもなる。 ひょっとして彼は、誰かにはめられた……?彼を犯人に仕立て上げようという、何者かの黒い#p思惑#sおもわく#rが働いたという可能性も……。 大石: (いや、……違う。そうじゃない) この怯えようから見て……ひょっとしたら、ここまで早く叔母の遺体が発見されるとは考えていなかったのかもしれない。 まさか真夜中に農夫が車を走らせるとも思わなかったから、アリバイを立てる余裕もなかったということなのか……? 大石: そうでしたか。……おや?その手についているものは、ひょっとして……。 悟史: ……っ……?! 大石: あぁ、泥ですね。このあたりは湿った場所が多いので、どこかでついたのかもしれません。 悟史: …………。 大石: ご協力、ありがとうございました。家まで送らせてもらいます。……熊ちゃん、悪いけど任せていいですかね。 悟史: い、いえ……すぐ近くなので、歩いて帰ります。 大石: んっふっふっふっ、そんなわけにはいきませんよ。もう夜も遅いですし、未成年の方がおひとりで外を歩くというのは立場上見過ごせませんからね。 悟史: ……。じゃあ、お願いします……。 大石: えぇ。では、よいお年を。 …………。 大石: まぁ、ほぼ確実と言いますか……彼で間違いないでしょうね。 軽くカマをかけただけでも、あの反応だ。むしろ違うという要素を見つける方が難しい。 大石: ただ、今回の事件を受けて園崎家がどう出てくるのか……その辺りですか。 そう呟きながら私は、部下のひとりを呼び寄せる。そして予定通り、園崎家周辺の監視を強化するよう彼に伝えるのだった……。 Part 03: 店員: ありがとうございました~。 胸だけでなく、横顔を押しつけて支える格好で大きなぬいぐるみを両手いっぱいに抱えながら、僕は店を出る。 背後から、若い店員さんが愛想のいい声で送り出してくれたけど……せめて店の外までは手を貸してもらえばよかったと、少し後悔した。 悟史: でも……なんとか買えて、よかった……。 達成感と安堵で胸をいっぱいにして、大きくため息をつく。 これで、沙都子が喜んでくれれば最高だ……そんな思いを秘めて僕は、近くに停めてあった自転車のもとへと向かった。 悟史: っ……むぅ、入らない……。 予想もしていなかった誤算を目の前に突きつけられて、僕は肩を落として大きく息をつく。 帰りは、自転車のかごの上に載せていこうと思っていたのだけど……あまりにも大きすぎて、足や手の一部も入らない。頭なんて論外だ。 このままだと運転中はずっとぐらぐら揺れて、片手で押さえながらでも安定しないだろう。 悟史: ……。仕方ない……。 こういう時に相談できるのは、監督だけだ。もしかしたらお昼休みに入っている頃かもしれない。 そう思って僕は、電話をかけることにした……。 大石: ……北条悟史くんが目撃されたのは、それが最後です。 大石: 直後に近くの公衆電話から、入江診療所へ電話をかけていたことは突き止めましたが……。 大石: 購入した大きなぬいぐるみも、いまだに発見できていません。 赤坂: ……。入江先生は、なんと? 大石: ぬいぐるみを運ぶ手伝いをしてほしいと連絡があったので、現場に車で向かったそうですが……。 大石: 待ち合わせ場所でいくら待っても彼は姿を見せず、午後の診察もあったので診療所に引き上げた……と。 大石: せめてその時、何かあったかと思って周辺を探しておけばよかった、と……悔やんでおられましたよ。 赤坂: 北条悟史さんに、何があったんでしょうね……。 大石: 4年目の#p祟#sたた#rりは、園崎家の連中がバックにいて引き起こされたと睨んでいたので……彼らがかくまった、というのが当初の読みでした。 大石: それに、ある人物から聞いたところによると彼は園崎家の娘とかなり仲が良かったそうで……おそらく無下には扱われないと考えていたんです。 大石: ですが……捜査を進めるうちに、どうやら園崎家でさえ、北条悟史さんの消息を掴んでいないことがわかってきました。 大石: ……アテが外れた、なんてものじゃない。私が挑発的に接触を図ったせいで、彼もまた陰謀に巻き込まれてしまった。 大石: それを思うと情けなくて、申し訳なくて……どれだけ詫びたところで許されないと思って、やるせなくなるんですよ。 赤坂: 大石さん……。 大石: ……親父同然に慕っていたおやっさんの仇を討ってみせると意気込んで、私はこの村で起きた連続怪死事件の捜査を行ってきました。 大石: ですが……結局それを突き止めることができず、それどころか出さなくてもいい犠牲者まで……。 赤坂: ……わかります。だから、大石さん。若輩の身で僭越かもしれませんがこう言わせてください。 赤坂: 今年こそ、『祟り』を止めて……必ず、犯人を捕まえましょう。私も微力ながら、力添えをさせていただきます。 赤坂: 過去は変えられませんが、未来は変えられる……誰かが私にそう教えてくれました。大石さんもきっと、変えられるはずです。 大石: 赤坂さん……。 大石: そうですね。……柄にもないことを愚痴っちまいました。忘れてもらえると、ありがたいです。 赤坂: はは、すみません。かなり飲んで酔いが回ってしまったのか……実は何を聞いたのか、覚えていないんですよ。 大石: …………。 大石: ありがとうございます、赤坂さん。酔いついでに、もう少しいかがです? 赤坂: えぇ、喜んで。今日はどこまでもお付き合いしますよ。