Prologue: 平成5年 夏の某日―― 千雨: ……結構、混んできたな。 騒がしさを感じるようになった店内をふと見渡しながら、私はグラスを傾けて無料のお冷やをぐびっ、と飲む。 夕食時が近いとはいえ、まだ浅い夜。こんな時刻にカフェを利用する人はあまりいない、と思っていたのだが……。 普段よりもやや空席が少なく感じるのは、ここ数日の暑さで涼みを目的にした人が増えたせいなのかもしれない。 千雨: さて、そろそろ来るはずなんだが……っと。 腕時計で時刻を確かめてから顔を上げると、ちょうど目を向けた入口付近に「彼女」――魅音の姿が視界に映る。 相手もすぐに気づいてくれたのか、にこやかな表情で手を上げながら小走りで私のいる席にやってきた。 魅音(25歳): ごめんね、待った?急に厄介事が入ってきて、出るのが遅くなっちゃったんだよ。 千雨: いや、こっちもさっき来たところだ。……むしろ、そんな状況でいいのか?忙しいんなら、日を改めてもいいぞ。 魅音(25歳): いやいや、もう片付いたから大丈夫だよ。それに、こっちの都合で出直してもらうのはさすがに申し訳ないしさ。 そう言って魅音は快活な笑顔で、ひらひらと手を振ってみせる。 さすがは荒くれどもをまとめ上げる、親分格と言ったところか。実際の年齢よりも雰囲気に貫禄があるようで、実に頼もしい。 魅音(25歳): んじゃ、始めよっか。千雨が前回話していた、富竹さんに関しての情報を先に報告してもらってもいい? 千雨: わかった。まずは……。 千雨: ……てな感じに、富竹ジロウ氏の所在と消息に関しては現在も調査中だ。進展がなくて、申し訳ない。 前回の会合で魅音に見せたリストをテーブルの上に広げながら、私は頭を下げて有力な情報を得られなかった結果を詫びる。 「彼」がいるとにらんでいた場所の候補名には、ことごとく空振りを示した「×」の書き込み。……打率0割とは、情けない話だ。 千雨: 正直、一件くらいは多少の手がかりがあると期待してたんだが……遠路はるばるな場所もあったのに、無駄足を踏んだよ。 魅音(25歳): 交通費は、あとで請求してくれていいよ。学生の立場だと結構負担もキツいだろうしさ。 千雨: 助かる。……実は昼飯代までつぎ込んで、来週からどうしようかと思ってたんだ。 魅音(25歳): あっはっはっはっ、やっぱり!来た時にドリンクを頼んでいなかったから、多分そうじゃないかって思ったよ。 魅音(25歳): それに、見つけられなくても仕方ないって。私たち御三家の人間でさえ、あの人の正体は結局わからずじまいだったんだからさ。 魅音(25歳): むしろ、それを調査できるだけのツテを持っているだけ、あんたは大したもんだね。……いったい何者なの、その警察関係者って? 千雨: 近いうちに、本人を連れてきて紹介するよ。……で、魅音の方は何か新情報でもあったか? 魅音(25歳): 私も今のところ、ナシのつぶてだよ。信頼できる人間を何人か使ってはいるんだけど、接点がなかなか見つけられなくって。 魅音(25歳): 夏美ちゃんの手を借りることができていれば、もう少し調査も進められたのかもしれないけど……彼女も最近は、かなり忙しいみたいだしね。 千雨: まぁ……『眠り病』が蔓延してる現状だと、厚生省の職員も大変のようだな。 千雨: 対応が遅いとマスコミが鬼の首を取ったように非難を浴びせてくるし、だからといって拙速に進めて万一ミスれば、賠償問題……。 千雨: まともな神経の持ち主だったら、ノイローゼになってもおかしくないところだ。……身体を壊さないといいんだが。 魅音(25歳): …………。 千雨: ? どうした、魅音。なんで私の顔をじっと見てくる? 魅音(25歳): ……千雨って、相当なマスコミ嫌いだよね。それはやっぱり公務員の娘だけに体制派か、官僚寄りってヤツ? 千雨: 私は子どもの頃から、反体制派だ。長いものに巻かれるってのが、どうにも性に合わんと自覚してる。 千雨: それに、体制派の対角線にあるのがマスコミって考え方もどうかと思うぞ。連中は表向き、反体制を標榜してはいるが……。 千雨: そのくせやってることは言論の自由を笠に着て、強者ではなく弱者を恣意的に攻撃する……言ってしまえば別の体制派そのものじゃないか。 千雨: そういういじめっ子な姿勢が嫌いだし、立場を使い分けて責任から逃げるのも卑怯だと思う。だから私は……っと、そんなことより。 いかんいかん、どうもこの手の話題になるとどうにも脱線してしまいそうになる。 そんな自戒を込めた咳払いをひとつしてから話題を変えて、私は鞄の中から用意してきたとある資料を取り出した。 魅音(25歳): ? そのレポートみたいな、書類の束は……? 千雨: ……その前に、魅音。例の富竹ジロウって人は、確かカメラマンだってお前たちには言ってたそうだな。 魅音(25歳): うん、そうだよ。といっても企業とかに所属していない、フリーだって言っていたけどさ。 千雨: で……それ以外の職業に就いてた話って、お前の記憶の中にあったりするか? 魅音(25歳): へっ……?それ以外って、具体的にはどういったもの? 千雨: たとえば……そうだな。彼が学校の先生とか、自衛隊員の指導教官とかを務めてたりといったものだ。 魅音(25歳): あっはっはっはっ!あのマッチョでムキムキな体型の富竹さんが、先生や教官をやっていたってぇ?  魅音(25歳): いや、ないない!そんな記憶なんて、あるわけが……。 笑い飛ばしながら否定しようとした魅音だったが、過去へと思いを馳せていくうちに……口をつぐむ。 そして徐々に笑みが消えると、今度は苦々しげな表情になって呻くように言った。 魅音(25歳): ……あったよ、うん。おそらくこれも、改変された別の「世界」の記憶なんだろうね。 千雨: やっぱりか。私も偶然「ツテ」からこれを手に入れたんだが、ぜひ魅音にも見てもらいたいと思ってな。 そう言って私は、クリップで留めた書類を魅音に向かって差し出す。 そこには、当時の分校での様子をうつした写真が何枚も綴じられていて……。 それらを1枚ずつ見つめて確かめるたび、彼女の表情が険しいものに変わっていった。 魅音(25歳): この写真は、本物だね。レナや圭ちゃん、沙都子に梨花ちゃん……。 魅音(25歳): そして、知恵先生の隣にいるのが富竹……先生。確かにこの人から、受験対策の講義を受けた覚えがあるよ。 千雨: その人物は、10年前まで陸自の調査部に所属してたそうだ。で、過去に負った怪我の治療を理由に退官した後……別の部署に異動。 千雨: その部署はどこなのかは、まだ突き止めてない。ただ、彼が現地調査を行う際に使ってた肩書きがフリーのカメラマンと教師だったらしい。 魅音(25歳): っ、それって……? 千雨: あぁ。カメラマンという身分だと、現場の各所を見て歩くのに好都合。諜報を行う際によく使われる職業だ。 千雨: それと教師は、元々陸自の指導教官の経験があって……その適性を活かしたらしい。 魅音(25歳): なるほどねぇ……。確かに、なかなか教え方がうまかったもんだから意外とお世話になったもんだよ。 魅音(25歳): けど、最初見た時は笑っちゃったねー!筋肉隆々の富竹さんが、数学とかで滔々と語ってきたんだからさ……くっくっくっ! 千雨: …………。 魅音(25歳): ん、どうしたのさ千雨?私の顔をじっと見て、黙り込んじゃって。 千雨: いや、なんでもない。それで魅音に、確かめておきたいことがあるんだが……。 そう前置きをしてから私は、魅音に尋ねかけていった。 千雨: ……#p雛見沢#sひなみざわ#rに、夏祭りってものはあったか? Part 01: 昭和58年 夏――。 なぜだか教師になって私たちの前に現れた富竹さんから、意味深な言葉を告げられたその日の夕方……。 私たち3人は梨花ちゃんに許可をもらい、「あるもの」を求めて祭具殿の中に入っていた。 一穂: (……古手家の秘宝、『カムノミコトノリ』。本来だったら、移動してきたこの「世界」でも中の祭壇に飾られているはず、なんだけど……) 美雪: んー……床の隅っことかも見てみたけど、それらしいものはどこにもないみたいだね。菜央、そっちはどう? 菜央: ……だめね。これだけ探してないんだから、やっぱりもう何者かに持ち去られた後だと考えたほうがよさそうね。 美雪: そっか。……ねぇ、一穂。本当に、この祭具殿の中にキミが持ってるのと同じ形状の水晶玉が保管されてたの? 一穂: う、うん……。 以前の記憶通りなら、とは思いつつ……確実にそうだと断定できるだけの自信もなかったので、私は曖昧に頷く。 と、そんな私の様子を見たのか少し離れた場所にいた美雪ちゃんは私のところに歩み寄ってくると、ぽんっと肩を叩いていった。 美雪: ごめんごめん、聞き方が悪かったかな。今のは疑ってるとか、そういうことじゃないよ。ただの確認だから、気にしないで。 一穂: ……ごめんなさい。せっかく2人に手伝ってもらったのに、何も見つけることができなくて……。 菜央: 謝る必要なんてないわよ。むしろ、あたしたちも一緒に探したからこそなかったんだ、って疑いなく思えるんだから。 菜央: とはいえ……だとしたら、いったい何者がここから持ち去ったんだろう、って疑問も当然のことながら出てくるんでしょうけどね。 美雪: んじゃ……整理のために、もう一度聞くよ。一穂の言う『カムノミコトノリ』って水晶玉は、どこの「世界」でも絶対にあったんだよね? 一穂: うん。私は実際に見たわけじゃないけど、その存在自体は全ての「世界」においてあったはずだって、梨花ちゃんが……。 一穂: ……だよね、梨花ちゃん? 梨花: …………。 美雪ちゃんの問いかけに答えた私が話を向けると、隣にいる梨花ちゃんはうつむいて何も答えない。 一穂: どうしたの、梨花ちゃん……? 梨花: えっ……? 再度呼びかけて、ようやく気づいてくれたのか彼女は顔を上げる。……その表情は曇っていて、浮かない様子で元気がないように見えた。 一穂: あの……大丈夫?もし疲れてるんだったら、先に戻って休んでもらっててもいいけど……。 梨花: そういうわけにもいかないわ。村の人たちに内緒でここを開けた以上、施錠の確認は管理責任者の務めよ。 梨花: なんて、強がってみても……ダメね。身体は特になんともなくても、気持ちの方にかなりダメージがきちゃったみたい。 一穂: 梨花ちゃん……。 梨花: 私はこれまで、数多の「世界」を移動して渡り歩いてきたけど……いつも羽入が一緒で、あの子の存在をそばに感じていた。 梨花: なのに、あの子がいなくなっただけじゃなく「いる」という記憶まで忘れてしまった事実がどうにも情けなくて、悔しくて……。 梨花: いったいどうして、こんなことになったんでしょうね……。 一穂: …………。 自虐的な笑みでほろ苦いため息をつく梨花ちゃんの表情が切なくて、痛々しくて……私はかける言葉を失ってしまう。 彼女にとって、羽入ちゃんの存在はある意味で親友の沙都子ちゃんと同じくらい……いや、それ以上に大切だったのかもしれない。 そんな人が自分の前から姿を消し、あまつさえ最初から「い」ない人だと思い込まされていたことがどれだけ衝撃的で、屈辱的でさえあったのか……。 2人の深い関係と絆をまだ理解していない私には、とても想像することさえできないものだった。 美雪: ねぇ、梨花ちゃん……結局のところ、羽入って何者だったの? 美雪: 以前は、古手家の遠い親戚だって言ってたけど……本当はそうじゃなかったんだよね? 梨花: …………。 梨花ちゃんはその質問に対し、そっと口をつぐんで再びうつむく。 そして、しばらくの間沈黙が続いて重い空気に私たちが固唾をのんでいると……彼女はおもむろに顔を上げ、ぽつりと答えた。 梨花: ……神様よ。 美雪: えっ……? 菜央: ちょっと梨花、冗談は止めてよ。あたしたちは真面目に――。 梨花: 信じるかどうかは、あなたたち次第。……でも、私は本当のことしか言っていない。 梨花: #p雛見沢#sひなみざわ#rでよくその名を耳にする、『オヤシロさま』……それが、羽入の正体よ。 一穂: ……っ……! 予想をはるかに超える事実の吐露に、私たちは思わず言葉を失ってしまう。 確かに、あの頭の角を見かけた時から普通の人ではないのかもしれない、という疑いこそ持っていたけど……だからって、まさか……? 美雪: じゃ、じゃあ……!羽入って子は、本当に……神様、なの……?! 梨花: 世間一般に言われる『神』というものとは、意味と概念が少し違っているんでしょうけどね。 梨花: それから、昔からの言い伝えにあるような#p祟#sたた#rりを実際に引き起こしてきた元凶ではない。物理的に影響を及ぼしてきたことも……ない。 梨花: ただ、少なくとも人でも……ない。そういう意味で、あの子は「神様」なのよ。 一穂: …………。 梨花: あと……これは言い訳になるかもしれないけど、遠い親戚というのもあながち嘘じゃないわ。だってあの子は、古手家の祖先のようなもの。 梨花: 古手家は『オヤシロさま』の血を代々受け継ぎ巫女を務めてきた……それは紛れもない事実で、歴史的にも証明されていることよ。 菜央: っ……信じられない、けど……一穂から聞かされた話を信じようって決めた以上は、これも受け入れるべきことなんでしょうね……。 美雪: だねー。いままで当然だと思ってきた常識とかが、頭の中でゲシュタルト崩壊していく感じだよ。 菜央: ……ゲシュタルト崩壊って言葉は、こういう時に使うものじゃないでしょ。 美雪: もののたとえってやつだよ。でもまぁ、……なるほどね。 美雪: 一穂と同じように、梨花ちゃんもまた数多の「世界」を渡り歩く能力を持ってる。 美雪: だから、「世界」移動を可能にしてたのは梨花ちゃんたちにそういった背景と経緯があってのことなんだなって、納得したよ……。 梨花ちゃんの説明を聞いて、美雪ちゃんは苦笑とともに肩をすくめる。そして彼女は、私たちに向かっていった。 美雪: とりあえず、『カムノミコトノリ』がここにないとわかった以上……この「世界」で私たちがやるべきことは3つだね。 美雪: 『カムノミコトノリ』の捜索と、羽入の消息の確認……そして……。 菜央: 富竹さんが何を知ってて……何をやろうとしてるのかを、確かめることね。 美雪: そういうこと。……ついでに、梨花ちゃんの記憶の中から羽入って子の存在を消したやつの正体も。 美雪: ……とはいえ、これだけの力を持った梨花ちゃんに干渉ができるやつだ。とても一筋縄じゃいかないと相当の覚悟が必要だろうけどさ。 梨花: そうね。……いずれにしても当分の間は何かの変化が起きるまで、日々の推移をじっくり見守ったほうがよさそうね。 一穂: そう……だね。あまりショックが大きすぎないような、穏便な変化だといいんだけど……。 美雪: あはははっ、確かにね。ただ、小さすぎるとそれはそれで変化に気づきづらくなると思うけどさ。 菜央: なんにせよ、起きてもいないことに一喜一憂しても疲れるだけよ。今は泰然自若、でんと構えておきましょう。 美雪: …………。 菜央: ? なによ美雪、そんな顔をして。あたしが言ったこと、何か変だったかしら? 美雪: いやぁ……菜央って時々おませさんというより若年寄みたいな発言をするなー、ってさ。実は梨花ちゃんみたいに、時を超えてきたとか? 菜央: ……ブッコロがすわよ、あんた。 梨花: くすくす……あと、美雪?今の発言をよぉぉく聞いてみると、まるで私まで若年寄だって言われているようなんだけど……っ? 美雪: ちょっ……ま、待って菜央! それに梨花ちゃんも!今のはこの場を和ませるための、軽い冗談で……?! 美雪: た、助けて一穂ぉぉおぉっ?キミだけは、私の味方だよねぇえぇぇっ?! 一穂: あ、あははは……。 Part 02: それから、数日後――。 一学期最後の授業を終えた私たちは、知恵先生から夏休みの課題を渡された後……過ごし方についての説明を受けていた。 知恵: 皆さん、明日からいよいよ夏休みです。1ヶ月以上の長い休みになるので、それぞれに楽しい予定も立てていると思いますが……。 知恵: 学生の本分である勉強を忘れないよう、なるべく時間を見つけて課題以外にも色々と取り組んでみてください。 知恵: 特に最上級生の園崎さんは、今年の夏がなによりも大切な時です。頑張ってくださいね。 魅音: わかりましたー……って、知恵先生。どうして私だけを名指しなんですか?最上級生だったら、他にもいるのに。 そう言って魅音さんは、不服そうに口を尖らせた表情をしている。 その様子を見た美雪ちゃんが「……やれやれ」とため息をつきながら軽く目配せを送ってきたので、とりあえず私は小さく肩をすくめてみせた。 知恵: 別に、他意などはありませんよ。園崎さんは前回の全国模試でも結果を出して、最近は特に頑張っているようですしね。 魅音: っ……あれはその、えっと……。 知恵: ただ、高校入試まではあと半年程度。他の受験生の方々もさらに勉強して、本番に備えてくるものだと思います。 知恵: ですから今の成果に驕らず、満足せず……さらなる成績の向上を目指してくれると先生は期待していますよ。 魅音: あ、あははは……頑張り、ます……。 首筋に流れる汗をハンカチで拭いながら……魅音さんは引きつった笑みで、そう答える。 おそらく知恵先生は、嫌味でもなんでもなく本心から坦懐にそう励ましたのだ……と思う。 ただ、「真実」を知っている私としては魅音さんの苦しげな反応も理解できたので、言葉通りに受け止めるのは正直難しかった……。 一穂: (確かあの模試って、魅音さんのふりをした詩音さんが受けてあの点数だったんだよね……。次は魅音さん、どうするつもりなんだろう?) とりあえず魅音さん、頑張れ。超頑張れ。……本人には決して届かないとは思いつつ、そう呟かずにはいられなかった。 知恵: あと……富竹先生が、特にあなたのことを心配している様子でしたよ。 魅音: へっ? 富竹先生が……どうして? 知恵: 富竹先生は仰っていました。『園崎さんは基礎よりも実践から入ったせいで、変な癖と苦手意識がついてしまっているようだ』。 知恵: 『つまり、一度基礎をしっかりやってそれらを取り除くことができれば、伸びる余地はある』。 知恵: 『なぜなら、これまで曲がりなりにもぶっつけで実践に立ち向かうことができていたのは、天性の勘と応用力が備わっていたからだ』。 知恵: 『それを活かすためにも、今一度基本に戻って頑張ってもらいたい』……だそうですよ。 美雪: おぅ、富竹さ……じゃない富竹先生って、結構魅音の能力を買ってくれてたんだ。 レナ: あははは。確かに、魅ぃちゃんってどんな難しい問題でも途中で投げ出したりしないで、答えまでちゃんとたどり着こうとするよね。 圭一: だな。まぁ、その過程で迷走して答えが間違ったりすることも多いんだが……意外に難問が解けたりも時々あったしな。 沙都子: それに、実益主義と言っていたように役に立つ知識などは色々とお詳しいですのよ。私も教わって、何かとためになりましたしね。 菜央: 必要がある時は誰よりも努力して、率先して動く魅音さんの姿はいつも頼もしいわ。あたし、見習わなくちゃって思ってるもの。 梨花: みー。加えて数々の修羅場を踏んできた経験と度胸は、胸を張ってもいいことなのですよー。 魅音: っ……みんな……! 魅音: まぁ、あんたたちからそこまで嬉しいことを言われたんじゃ、さすがに無碍にはできないよね。そんじゃいっちょ、頑張るとしますか! 美雪: まぁ、魅音がやればできる子だってのは間違いなく確かだと私も思ってるしねー。……わりと乗せられやすい性格でもあるけど。 一穂: み、美雪ちゃん……しー……! 知恵: 先生からの注意は、以上です。それでは皆さん、風邪などの病気に気をつけて登校日には元気な顔を見せてください。 魅音: きりーつ! 気をつけ、……礼っ! 一同: 先生、さよーならー! そして、先生が教室を出て行った後……私たちはいそいそと帰り支度をしながら、明日からの予定に思いを馳せていた。 魅音: さーて、明日からは待ちに待った夏休みだー!盛大に遊んで騒いで、楽しい思い出をいっぱい作っていこー! 美雪: いや、魅音……先生や私たちとしたさっきの話、ちゃんと覚えてる?勉強を頑張るって決意表明はどこに飛んでったのさ? 梨花: みー……魅ぃは3歩進むとすぐに忘れてしまう、便利な記憶力の持ち主なのですよ。 沙都子: 梨花、それは言いすぎ……とはさすがに言えるものではありませんわね。私も正直呆れてしまいましてよ。 魅音: ……い、いやいやっ、ほんの冗談だって!もちろん忘れてなんかいないってば! 圭一: 魅音、お前なぁ……そういう冗談で笑える状況じゃないだろ?少しは空気を読めよ、ったく。 レナ: はぅ、魅ぃちゃん……遊ぶだけじゃなく、勉強もやっていこうね?せっかく成績が良くなったんだし……。 圭一: あっ……なんだったら、俺と一緒に穀倉の塾にでも通うか? 受験対策講座は今から申し込めば、まだ間に合うはずだぜ。 魅音: ぐっ……? 正直心情的には断固としてご遠慮申し上げたいところなんだけど、後になって地獄を見ることだけは避けたいぃ……。 魅音: 受験諦めますか、それとも人間諦めますか……?うぅ、それが問題だ……。 圭一: いや、そこまでじゃねぇだろ?アブない薬のCMみたいに考えるなよ……。 頭を抱えて懊悩する魅音さんに対して前原くんとレナさんはからかい半分、心配半分の様子で声をかけている。 と、そんな様子を私たちが見守っていたところふいに魅音さんが、がばっと顔を上げていった。 魅音: よし、わかった……!こうなったら、次の夏祭りまで部活は封印する!塾通いも……帰って母さんに相談する! 魅音: せっかくみんなと遊べる夏休み最大のイベントなのに、禁止されたりでもしたらたまったもんじゃないしねっ! 圭一: おっしゃ、その意気だ魅音!今日はちょうど塾に行く予定だから、パンフレットをもらってきてやるぜ! レナ: 頑張ってね、魅ぃちゃん!他にも何日かみんなで図書館に集まったりして、勉強合宿をやるのはどうかな、かな……? 魅音: べ、勉強合宿っ?いや……そっちは持ち帰ってから、もうちょっと総合的に検討を……。 応援に気合い十分な前原くんとレナさんに対して、魅音さんは……若干引き気味でうろたえている。 一穂: (とりあえず、魅音さんがあの調子だったら受験に向けて全く無駄に時間を過ごすことはないよね……たぶん……) そう思って私がふと、近くにいた梨花ちゃんに目を向けると……。 梨花: みー、夏祭り……? 彼女はなぜか、怪訝そうな表情で呟きながら何度も首を傾げている。その様子に違和感を覚えた私は、そっと小声で尋ねかけていった。 一穂: 梨花ちゃん……夏祭りで何か、気になることでもあるの? 梨花: 気になるというか……初めて聞いたのよ。夏祭りっていったい、何のことかしら……? 一穂: ……どういうこと? 梨花: 私の記憶だと、#p雛見沢#sひなみざわ#rで夏祭りなんてイベントは存在しない。だって6月に、それと同意義の『#p綿流#sわたなが#rし』があるんだから。 梨花: 隔月とはいえ、同じ夏の季節に似たような村祭りを2回もやるなんてちょっと考えづらいでしょう……? 一穂: た、確かに……。じゃあ、この「世界」で夏祭りが存在するのは……どうして? 梨花: わからない……もしかして、この「世界」に羽入がいないことと関係があるのかしら……。 梨花: それに、雛見沢の夏祭りって何を奉っているの?ただの騒がしいイベントならともかくとして、祭りには何かのテーマがあるものだし……。 一穂: ……そうだね。だったら、私がみんなに聞いてみるよ。 そんな疑問を抱く梨花ちゃんに代わって、私は魅音さんたちに尋ねかけていった。 一穂: ……あの、魅音さん。雛見沢の夏祭りって、どういうものなの……? 魅音: えっ? あー、一穂たちにはまだ話していなかったっけ。 魅音: 8月に行われる夏祭りは、この村に祀られている神様のひとり……#p田村媛#sたむらひめ#r命への願いを届けるものなんだよ。 一穂: 田村媛命……?! Part 03: 夕食を終えて、一息ついてから……私たちは居間に集まり、分校で聞いた夏祭りについて話し合うことにした。 美雪(私服): んー……にしても、よりにもよって「あの」#p田村媛#sたむらひめ#rを奉るお祭りとはねぇ。 菜央(私服): あえて「あの」を強調するんじゃないわよ。……まぁ、あたしもあんたと同意見だけど。 一穂(私服): あ、あははは……。 美雪ちゃんと菜央ちゃんのげんなりした顔に、私は苦笑するしかない。 どうもこの2人は、田村媛さまに対して懐疑的というか……いい印象がない様子だ。多分神様としては、信頼していないと思う。 美雪(私服): ねぇ、一穂。これまでキミが渡り歩いてきた「世界」だと、そういったイベントってあったりした? 美雪(私服): 具体的には、田村媛命の名前を冠したお祭り、儀式……宗教性の強い催事だね。 一穂(私服): う、ううん……私の覚えてる限り、そんなのは一度もなかったと思う……けど……。 菜央(私服): けど……なに?何かあんたが引っかかることでもあったりするの? 一穂(私服): 引っかかるというか……逆に不思議だな、って。 一穂(私服): だって田村媛さまって、この#p雛見沢#sひなみざわ#rの地に古くから存在している神様なんだよね……? 一穂(私服): なのにどうして、これまでの「世界」だと村の人たちに敬われたり、それでなくても存在を覚えられたりしてこなかったのか……って。 美雪(私服): ……言われてみれば、確かにおかしな話だね。私たちにとっては若干頼りになるかあやしい、ポンコツ神様だけどさ。 菜央(私服): 雛見沢の守り神は『オヤシロさま』……たとえそうだとしても、同じ神様の存在をこれまで無視し続けてきたのはなんでだろ……だろ……? 美雪(私服): んー……とりあえず、想像したところで正しい答えが見つかるわけじゃないしさ。 美雪(私服): だったら本人に直接聞いて、真相と理由を確かめた方がいいと思うよ。 一穂(私服): うん……けど、本人に聞くって言ってもどうやったら……あっ……? と、その時私のポケットの中で振動が肌に伝わり……かすかに電子音の鳴り響くのが聞こえてくる。 ひょっとして、と思って手を差し入れると、それは携行していたポケベルからのものだった。 一穂(私服): ポケベルが、鳴ってる……? 急いで取り出してから液晶画面を見ると、そこに表示されていたのは電話番号とは明らかに異なる数字の羅列だ。つまり……。 菜央(私服): いいタイミングで、かかってきたわね……。 美雪(私服): よし、早速かけてみよう!田村媛からどう聞き出すかは、一穂に任せてもいい? 一穂(私服): わ、わかった……! 近くにあった電話の受話器を取り、私はポケベルの画面に表示された番号を丁寧にダイヤルしていく。 そして何度かの呼び出し音の後、耳に当てた受話器の向こうから「あの人」の厳かな声が聞こえてきた……。 田村媛命: 『……久しい#p也#sなり#rや。さて、そちらでの状況を聞かせ給え。何か、特筆すべき変化などは――』 一穂(私服): あ……あのっ!田村媛さまは、本当に神様なんですかっ? 田村媛命: 『……は……?』 一穂(私服): あぁ、そうじゃなかった……!えっと、……田村媛さまはなんで、雛見沢の人たちからこれまでずっと無視されてきたんですかっ? 田村媛命: 『……そなた、吾輩を侮辱する心づもり#p哉#sかな#r?愚弄するのならば、通話はここで仕舞いにしてやっても善き也や――』 一穂(私服): っ……ま、待ってください!そういうつもりじゃなくて、あの、そのっ……! 菜央(私服): ……美雪、お願い。 美雪(私服): おっけー。……代わるよ、一穂。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 結局、田村媛さまとの応対を美雪ちゃんに代わってもらって……。 私たちは、この「世界」の雛見沢において行われている夏祭りについて尋ねていった。 田村媛命: 『雛見沢で、吾輩の名を冠した夏祭り……?そのようなものがあったとは、初耳也や』 田村媛命: 『ちなみに、その祭事とはどのような内容哉?』 菜央(私服): 他の場所で行われる『虫送り』や『虫追い』……害虫を追い払うのを目的としたもののようね。 菜央(私服): その派生として火の象徴、花火なんかも打ち上げられるらしいわ。 田村媛命: 『ふむ……雛見沢、さらに遡って鬼ヶ淵村においても虫を追い払うような祭事は歴史の中において存在していなかったはず也や』 田村媛命: 『≪虫≫は農耕の害虫の他に病疫の因子の象徴。であるが故、忌避すべきではないとの教えに基づく哉』 美雪(私服): 病気の原因を排除する風潮が、雛見沢にはなかった……? 美雪(私服): いったい、どんな理由でそういうことになったの? 田村媛命: 『詳細は吾輩も知らぬ。……されど、そなたらが申したように角の民の長が存在を消した』 田村媛命: 『その要素が変化に繋がっている可能性は大いに考えられる也や』 一穂(私服): …………。 田村媛命: 『ゆえに、其方での異常を解消すべくそなたらは疾くかの者の所在を探り当て、再び招き入れるべきが善きと知り給え』 一穂(私服): そ、そんなことを言われても……どこをどうやって探したらいいのかさえ、私たちにはわからないんですが……。 田村媛命: 『……ふむ、それも道理也や。ならば、特定の時間軸の箇所において吾輩の『神域』に足を踏み入れることを許す哉』 田村媛命: 『その地に赴きて角の民の長の所在を探り、かの者と合流する術を見つける也や』 田村媛命: 『新月の夜を迎える夕来帰の境にて、導かれし地へ向かうがよい。日時は――』 その日と場所を告げられた後、田村媛さまとの通話は終了した……。 美雪(私服): んー……とりあえず日時と場所はわかったけど、……どうする? 菜央(私服): どうするって、行くしかないでしょ。……レナちゃんと別行動をするのは、すごく不本意だけどね。 一穂(私服): …………。 私たちは顔を見合わせながら、ため息をつく。 なぜなら田村媛さまが指定したその日時は、ちょうど夏祭りが行われる当日だったからだ。 Part 04: #p雛見沢#sひなみざわ#rの夏祭りが行われるという、当日の昼下がり――。 同行を申し出てきた梨花ちゃんとともに、私たちは#p田村媛#sたむらひめ#rさまが指定した場所へと一緒に向かうことになった。 美雪(私服): ねぇ、梨花ちゃん。何度も聞いて申し訳ないけど……本当にいいの? 梨花(私服): あら……どうして?ここまで色々と協力させておきながら、今さら仲間外れにするつもり? 美雪(私服): いや、そういうつもりじゃないけど……んー。 菜央(私服): 夏祭りってことは、雛見沢での祭事でしょ?だとしたら当然、古手家の巫女である梨花が何かの役目を担ったりすることになる……。 菜央(私服): そんな忙しい身の上のあんたにわざわざ負担になるようなことをさせるのはどうか、ってあたしたちは心配してるのよ。 言いづらそうに口を濁す美雪ちゃんに代わって、菜央ちゃんがはっきりと本音を打ち明ける。 だけど、梨花ちゃんは苦笑交じりに肩をすくめると首を軽く左右に振りながら言葉を返してきた。 梨花(私服): 大丈夫、問題ないわ。そもそも羽入と『カムノミコトノリ』の捜索は、私が一穂たちに頼んだようなものでしょう? 梨花(私服): むしろよそ者……と言ったら嫌な表現だけど、関わりがないはずのあんたたちに頼っていることに若干の申し訳なさもあるんだから、気にしないで。 一穂(私服): 梨花ちゃん……。 梨花(私服): それに……私もよくわからないけど、今回の夏祭りの主導は古手家じゃなくて公由家が行っているみたいね。 梨花(私服): だから、祭りの式典のようなものに参加する必要はないみたいだし……気を遣ってくれなくても平気よ。 美雪(私服): 公由家が、主導……?それってどういうことなの、一穂? 一穂(私服): わ、私に聞かれても……。 裏山の道を進みながら、私たちは怪訝な思いで顔を見合わせる。 この異常な状況を生み出した中心に、公由家が存在しているというのはなぜなんだろう。……疑問と不安が渦巻いて、嫌な感じだった。 菜央(私服): とりあえず……何か答えを出そうにもまずは田村媛が指定してくれた場所に行って、そこにあるものを確かめてからよ。 菜央(私服): 『オヤシロさま』云々の話に、『カムノミコトノリ』。それに加えて今回の「世界」で夏祭りが行われるのは、どういった経緯と理由によるものなのか……。 菜央(私服): 突き止めるべき謎はそれこそ山積みだけど、『下手な考え休むに似たり』とも言うし……いったん棚上げにしておきましょう。 一穂(私服): ……そうだね。 菜央ちゃんの提案に頷き返して、私たちは再び裏山の道を指定された通りにずんずんと突き進んでいく。 たまに営林署の職員や、林業の人が足を踏み入れるくらいだという神社の裏山の道筋は獣道のように見づらかったけど……。 あらかじめ地図を手に入れて、田村媛さまから得られた情報をもとに経路を予測していた美雪ちゃんのおかげで私たちはほぼ順調に目的地に向かうことができていた。 美雪(私服): そろそろ、指定された座標の場所のあたりだね。田村媛の言った通りなら、もうすぐ林を抜けて広場みたいなところに着くはず……おっ? 美雪ちゃんの言葉に応えるように、ふいに視界を覆っていた雑木林がなくなり……ぽっかりと開けた空間が、目の前に広がる。 そこは適度に陽光が差し込みつつ、周囲に連なる木々による日陰のおかげか風も少し涼しくて……。 何よりも空気が、厳かな静けさに満ちた……不思議な感じがする場所だった。 美雪(私服): ここが……田村媛が言ってた、いわゆる『神域』……? 梨花(私服): ……驚いた。こんな場所が裏山の中にあったなんて、私も今まで聞いたことがなかったわ。 圧倒されるような思いを抱いて息をのみながら、私たちはぐるりと周囲に目を向ける。 広場の奥には大きくて太い、いかにも年季の入った霊樹がそびえ立っていて……。 その根元あたりにふと視線を向けた私たちはあっ、と息をのんで目を見開いた……! 菜央(私服): みんな、見て……!あの大きな樹の幹のところに、人がいるわ! 一穂(私服): っ……あれって、まさか……?! 梨花(私服): 嘘っ……は、羽入……?! なんとそれは、見紛うことなく茨のようなもので全身を束縛された羽入ちゃんその人だった……?! 梨花(私服): は……羽入っ?なんで、そんなところに?! 美雪(私服): ちょっ……梨花ちゃん、迂闊に近寄るのは――って、危ない! ツクヤミ: 『ぐぉぉおおおぁぁぁぁぁッッ!!』 美雪ちゃんの悲鳴が届くよりも早く、梨花ちゃんの目の前に異様な姿をした怪物――『ツクヤミ』が出現する。 そして呆然と固まる彼女を、その巨大な拳で襲おうとしたのが私の視界に映って――! 一穂(私服): はぁぁああぁっっ!! 反射的に身体が動いて割って入った私は、それを間一髪自分の武器で受け止めた。 一穂(私服): っ……どうして、この『神域』に『ツクヤミ』が……?! そんな疑問に答える代わりに、次々と姿を現した『ツクヤミ』の群れが私たちを取り囲んでいく。 美雪(私服): ……こうなったら、やるべきことはひとつだね。 菜央(私服): えぇ……!あの『オヤシロさま』を助け出すためには、こいつらと戦うしかないわ……! 梨花(私服): 羽入……待っていて!すぐに助け出してあげるから……!! 美雪ちゃんたち3人も覚悟を決めたのか、私に続いて『ロールカード』を振りかざす。 そして武器を構えるや、周囲の『ツクヤミ』たちに勇ましく声を上げながら立ち向かっていった――! Epilogue: 菜央(私服): ……ふぅ、なんとか倒せたわね。一穂と美雪、そっちはどう?他に『ツクヤミ』らしい連中の姿は見える? 美雪(私服): んー、見たところ新手はいないようだね。今倒したやつで最後みたいだよ。 一穂(私服): う、うん……気配も感じないし、大丈夫じゃないかな……? 菜央(私服): だとしたら、今度は羽入の救出ね。梨花、手伝ってもらっていい? 梨花(私服): えぇ、もちろんよ。 用心のため武器は手に持ったまま、私たちは大樹のそばへと駆け寄る。 そして羽入ちゃん……『オヤシロさま』に絡みついた茨を斬り、その身柄を解放することができた。 一穂(私服): 羽入ちゃ……じゃなかった、『オヤシロさま』……? 羽入(巫女): ……っ……。 呼びかけの声が届いたのか、地面に横たわる彼女の瞼が……ゆっくりと開かれていく。 そして、のぞき込む私と目が合うや我を取り戻したように瞬きを繰り返すと、周囲を窺うように顔を左右に動かした。 羽入(巫女): あ……あぅあぅ、私……僕は……いったい……? 梨花(私服): よかった、無事で……っ。 安堵の思いがこみ上げてきたのか、梨花ちゃんは涙ぐみながら『オヤシロさま』の小さな身体をぎゅっ、と抱きしめる。 なにはともあれ、2人が再会できて良かった。そう思って私はほっ、と胸をなで下ろした。 美雪(私服): んー……#p田村媛#sたむらひめ#rの言う通りに来てみたけど、まさかここで『オヤシロさま』本人を発見できるなんてね。 美雪(私服): にしても、なんでここに捕まってたんだろうね。誰にこんなことをされたのか……キミ、覚えてる? 新たに降ってわいてきた違和感からの疑問に、美雪ちゃんは『オヤシロさま』へ質問を投げかける。 すると彼女は、梨花ちゃんの腕の中から顔を出して……なんとも複雑そうな表情で首を傾げながら口を開いていった。 羽入(巫女): 僕にも……状況がよくわからないのです。気がついた時には、この鬼樹の杜の中に閉じ込められていて……。 羽入(巫女): 周囲へ呼びかけても答える声は何もなく、誰の気配も感じられないまま……意識が遠のいてしまっていたのですよ。 美雪(私服): つまり……犯人の姿は見てないってことか。連れ去られたのはいつ頃だったか、直前の記憶とかは残ってたりする? 羽入(巫女): ……#p綿流#sわたなが#rしのお祭りのことは、辛うじて。ただ、梨花の奉納演舞を見たかどうかは……あまり自信がないのです。 美雪(私服): 自信がないって……どういうこと?梨花ちゃんの演舞を見たって記憶はちゃんとあるんだよね? 梨花(私服): 記憶自体があっても……この子も私と一緒に、いくつもの「世界」を渡り歩いてきたのよ。 梨花(私服): だから、彼女の覚えている記憶がこの「世界」のものなのか、あるいは別か……混同している可能性も否定できないわ。 美雪(私服): ……なるほど。だとしたら、彼女の覚えてることからその前後を推理するのは難しそうだね。 羽入(巫女): ごめんなさいなのですよ……あぅあぅ。 菜央(私服): あと、羽入。あたしたちがこの鬼樹の杜に入った途端に、空気の流れが変わったように感じたわ。 菜央(私服): もしかして『ツクヤミ』が姿を現したのは、あたしたちが羽入に近づこうとしたことがきっかけだった……? 新たに出てきた疑問に、私たちの困惑はさらに深まっていく。 結局のところ、この状況を生み出したのはどういった理由で、何者の手によるのだろう。……本当に、わからないことだらけだ。 梨花(私服): ……やめましょう。情報が少ない中であれこれ考えてみても、何かが進展するとは思えないわ。 美雪(私服): そうだね。ひとまずここを出て、古手家に戻ろう。そして――なっ? そう言いながら踵を返そうとした美雪ちゃんが、後ろに目を向けたまま驚愕の声を上げる。 一穂(私服): ど、どうしたの……? そう言って気遣いながら振り返ると、私たちもまた息をのみ……目を見開いたまま、その場に固まった。 一穂(私服): ど、どうしてあなたが……ここに……?! 再び、平成5年某日――。 魅音(25歳): #p雛見沢#sひなみざわ#rに夏祭りがあったか……って、あんたが聞きたいのはそんなこと? 千雨: あぁ。地元のイベント行事についての記録をまとめてる資料がどこにも発見できなくてな。 千雨: だったらそこに住んでたやつに直接聞けば確実だし、肌感も知ることができる。……で、どうだ? 魅音(25歳): いや、まぁ……その通りだけどさ……。 尋ねられた魅音は、やや拍子抜けしたように苦笑を浮かべている。 おそらく、私から何か無理難題を突きつけられるとでも思ったのだろう。脱力したような表情は、その反動か。 魅音(25歳): もちろんあったよ。屋台がたくさん並んだり、花火が打ち上がったりしてね。 魅音(25歳): 綿流しほどの盛り上がりはなかったけど、それなりに楽しかったな~。 千雨: そうか。なるほどな……。 魅音の答えを聞いて私は、ひとつの確信を得る。そして真実を掴んだ手応えに動悸を覚えながら、さらに言葉を繋いでいった。 千雨: ……で、もうひとつ質問だ。それを実際に体験したのは、本当に魅音だったのか?それともお前の姿に変装した……詩音の方か? 魅音(25歳): へっ……?いや千雨、いきなり何を言い出して……?! 千雨: なら、質問のベクトルを変えよう。私が今こうやって話してるお前は、魅音か? 千雨: あるいは入れ替わったまま、10年前から魅音にならざるを得なくなった詩音か……? 魅音(25歳): ――――。 その質問に対して、魅音の顔から表情がすっと消える。 そしてしばらくの沈黙が続いてから……「魅音」は髪をくしゃりとかき上げ、大きくため息をついていった。 園崎魅音(詩音): ……どこで気づきましたか?この10年間、親戚の誰にも見抜かれたことがなかったんですけど。 千雨: 富竹さんが先生をやってたことを、お前が知ってたあたりだな。 千雨: もし入れ替わったのが事実だったら、魅音は分校で教師を務める富竹さんと会ってるはずがない……違うか? 園崎魅音(詩音): あら、そういう根拠であれば私のアリバイを否定することはできませんよ。 園崎魅音(詩音): 私がお姉から聞いていたとか、その逆のパターンもありますしね。 園崎魅音(詩音): できればもう少し確実な証拠を突きつけてもらいたいものです。 千雨: ……それじゃ、そいつをお目にかけるとしようか。実はさっきから、奥の席で待ってもらってたんだ。……いいですか? その呼びかけに応じ、奥のテーブル席で背を向けていた女性がすっくと立ち上がる。 そして振り返り足音を忍ばせながら、自分たちの目の前に立った容姿を見て……詩音はあっと声を上げていった。 園崎魅音(詩音): あんたは、まさか……?! 灯: 覚えていてくれたんですね、詩音さん。というわけで黒沢千雨くんの協力者になった、警察関係者の……秋武灯です。 屈託のない、少し人を食ったような笑み。……ただ、彼女の瞳の奥にはなぜか奇妙なものを感じずにはいられなかった。