Part 01: 梨花(高校生): あの、これは……? 困惑の思いを笑顔で隠しつつ、渡された可愛らしい封筒を手にして私は目の前の女子生徒に尋ねかける。 すると、1年生とおぼしき彼女は頬を紅潮させて荒い息を何度も吐き出してから……きっ、と意を決したように顔を上げていった。 下級生: しょっ……招待状です!古手梨花さんに是非、私たちが開くお茶会に参加してもらいたいと考えて、その……! 梨花(高校生): えっと、招待……私を……? きょとん、と目を瞬かせながら私はその言葉を反芻し、封筒を開くと中に入ってあった便せんを広げて読む。 そこには、綺麗な文字で挨拶の文章と場所と日時が書かれていて……ご丁寧なことに手描きの地図までもが記されていた。 梨花(高校生): (学園の子からお茶会のお誘いを受けるのは、とりたてて珍しいことではなかったけど……) 下級生から……それも私の知人の仲介等もなく招待されるのは今回が初めてのことだったので、少し反応に困ってしまう。 さらに、手紙を持ってきた本人は決死の面立ちで、目に涙さえ浮かべていて……。 これで冷たく事務的に断ったりすれば、比喩などではなく本気で首を吊りかねないほどの悲壮感を全身から漂わせていた。 梨花(高校生): (さて……どうしたものかしらね) とりあえず、記載された日時は特に生徒会の予定が入っていなかったから対応自体はできる……と思う。 ただ、だからこそ久々に息抜きがてら沙都子とのんびり過ごしたいと思っていたので、そちらを優先したいところ……なんだけど……。 下級生: あ……あのっ、……やっぱりダメ、……でしょうか……? 梨花(高校生): えっと……ん……。 言葉を濁しつつ、ずるい、と内心で呟く。……こんな泣き顔で迫られてしまっては、即座に断りづらいじゃないか。 梨花(高校生): そうね……生徒会での予定を確認するから、返答は少し保留にさせてもらえるかしら。 梨花(高校生): 明日の今頃、もう一度ここに来てくれる?可否はともかく、改めて返事をさせてもらうわ。 下級生: あ……ありがとうございます!お忙しい中、呼び止めてしまってすみません。で、ではっ……! そう言って下級生は、額が膝につくかと思うくらいに深々と頭を下げると……ほとんど逃げるような勢いで駆け去っていく。 あまりにも急な展開に、私はしばらくぽかん、とその場に立ち尽くして……徐々にこみ上げてきたおかしさにくすっ、と吹き出してしまった。 梨花(高校生): まさに『風と共に去りぬ』、とでも表現すべきかしらね……。 昔の有名な小説の題名を独りごちてから、私はたたみ直した便せんを封筒に戻して鞄の中にしまう。 そして、初々しくも勇敢な下級生に思いを馳せながら踵を返して、背後に見える学園寮への道をたどっていった……。 沙都子(高校生): ……なるほど。上級生の梨花をお茶会に誘おうだなんて、命知らずな勇者さんがいたものですわね。 梨花(高校生): 命知らず、はさすがに言い過ぎよ。別にとって食べたりなんかはしないんだから、そこまで恐れられる覚えはないんだけど。 沙都子(高校生): をーっほっほっほっ!たとえ食べられなくとも、一睨みで石にされるかもしれませんのよ~♪ 梨花(高校生): 沙都子……あんた、私のことをいったい何だと思っているの? 沙都子(高校生): メデューサ、ゴーゴン……そういった伝説上の怪物以上に恐ろしい鬼の副長、ではなく副会長……。 沙都子(高校生): なんて肩書きは、いかがでして? 梨花(高校生): ……それって肩書きじゃなくて、完全に悪口じゃない。まったく。 あまりにも失礼すぎる言われように私はベッドの上に腰を下ろしながら、椅子に座る沙都子にジト目を向ける。 ちなみに『ゴーゴン』は神の怒りによって怪物に変えられてしまった3姉妹の女神の総称で、『メデューサ』がその中のひとりだという。 まぁ、どちらであっても不本意なたとえだし、実にどうでもいい話ではあるのだけど……。 沙都子(高校生): で……どうするんですの、梨花?そのご招待、お受けになりまして……? 梨花(高校生): うーん、そうね……蛮勇をふるって挑んできた相手に敬意を払って、招待を受けるのもひとつの手ではあるわね。 梨花(高校生): あと、そろそろ生徒会に有望な下級生を呼び込む時期が近づいてきたし……ここで接点を作るのも、悪くないかも。 沙都子(高校生): ……そうですわね。人材集めも、大事なことのひとつでしてよ。 梨花(高校生): ? どうしたの、沙都子。あなたはあまり賛成ではないようだけど……何か気になることでもあった? 沙都子(高校生): いえ、そういうことではありませんわ。ただ……その、私は……。 沙都子(高校生): ……。なんでもありませんわ。ただの私の勘ぐりすぎでしかありませんので、気にしないでくださいまし。 梨花(高校生): …………? Part 02: 本音を言うと……私はお茶会というものにあまりいい印象がない。 それは、以前に見た「悪夢」の光景が……脳裏にこびりついて離れなかったからだ。 沙都子(高校生): (それは、私と梨花の心が離れていった……決して考えたくもなくおぞましい「世界」の可能性を描いた……夢……) その「世界」で私は、聖ルチーア学園の校風にどうしてもなじむことができなかった。授業にもついていけず、勉強が嫌いになっていた。 それとは対照的に、順調に成績を伸ばすことで学友や教師たちからの信頼と尊敬を重ねていった梨花と疎遠になり、クラスからも孤立して……。 放課後にお茶会などで親睦を深める彼女と、取り巻きたちの様子を遠くから何度も見かけて……私は苦々しい悔しさと悲しさを募らせていた。 沙都子(高校生): (私は梨花のために、こんなにも頑張って無理を重ねてきたというのに……!) 沙都子(高校生): (あなたは私のことを、気遣ってくれないの?手を差し伸べるだけの価値もないってこと……?!) そんな、声にならない叫びを一人部屋にこもって何度悲嘆に暮れたか……もはや、数え切れない。 もちろん、実際の梨花はそうじゃなく……徐々にすさんでいく私を見るのが辛くて苦しくて、どう声をかけるべきかわからなかったのだろう。 冷静になってみれば、よくわかる。私を救うにはどうすればいいのか、と悩んで彼女もまた……苦しんでいたんだと。 …………。 だけど、その「世界」での私は梨花の苦悩や逡巡に思いを馳せることができないほどすさみ、卑屈になって……。 大好きでかけがえのない親友だったはずの彼女のことを疑い……その有難い言葉にも、耳を傾けられなくなっていた。 沙都子(高校生): (梨花は、変わってしまった……。そして、変化のきっかけを与えたのはあの取り巻きの連中……!) そう思い込むことで、私は梨花の周りで物知り顔で小賢しく立ち回る女子生徒たちを恨み、憎むようになっていた。 ……あいつらがいるから、梨花は一時の享楽や華やかさに惑わされてしまったのだ。 そして、私と疎遠になったのは……きっとあいつらが彼女にあらぬことを吹き込んだに違いない――。 なんて可能性、いや妄想を考えれば考えるほどおぞましい暗躍と陰謀が頭の中で膨れ上がって、思考を支配して……。 いつしかそれは、あたかも事実のように君臨し……私の感情の全てを支配していった。 被害妄想……?いや違う、これは梨花を想ってこその使命感……そして、義務だ。 なぜなら、私は誓ったのだ。#p雛見沢#sひなみざわ#rの外の「世界」で有意義な学園生活を送り、村に役立つ知識や技術を培って戻る……。 その夢を実現させるために梨花と力を合わせ、同じ苦楽を味わいながらも困難を乗り越えてともに成長していくのだ、と。 それなのに、あんな俗物どもが周りにいては彼女を堕落させ……せっかくの夢を壊す結果になってしまいかねない。 ……だから、排除すべきなのだ。これは、私にしかできないことなんだから――! 女子生徒A: あの……北条さん?古手さんは、どこにいるのかしら? 女子生徒B: 古手さんが私たちに、話したいことがあるそうだけど……どういったご用件か教えてくれる? そう言って取り巻きの女子生徒どもは、私のことを怪訝そうに見つめながら梨花のことばかりを尋ねてくる。 沙都子(高校生): (目の前には私がいるのに、雑談どころか挨拶さえも……全然ッ……!) あぁ……やはりか。こいつらにとって私は、できれば関わり合いになりたくない類いの存在なのだ。 だから、梨花から私を引き剥がそうとした。顔は言葉以上に雄弁だとは、よく言ったものだ……! 沙都子(高校生): ……あなた方の思い、私も少しくらいは理解できましてよ。 沙都子(高校生): 梨花を、自分たちだけのものにしたい……そう考えてしまうほどにあの子は魅力的で、素敵な存在ですものね。 沙都子(高校生): だから……あなた方も考えたんですのね。私を排除してしまえば、梨花を独占できると……ッ! 女子生徒A: あ……あの、北条さん?あなたはいったい、何を言って――ひっ?! 沙都子(高校生): そんなわけですので……あなた方がやってきたことを、ここでお返ししてあげますわ……。 沙都子(高校生): さぁ、どうぞ受け取ってくださいまし……ッ!! 女子生徒B: た、助けっ……いや、っ、ぎゃああぁぁぁぁあっっ!! 梨花(高校生): 沙都子……?どうしたの、こんなところに――なっ?! 沙都子(高校生): 見てくださいまし、梨花……あなたを惑わせていたやつらは、この通り私が全て処断してあげましたわ……! 梨花(高校生): な……なんてことをっ!あんた……いったい、どうして……?! 沙都子(高校生): どうして怒るんですの?私はあなたの夢の障害になるものを、取り除いてあげただけですのに……。 梨花(高校生): 何が障害よ!私のクラスメイトたちを、こんな目に……!あんたは人間じゃないわ!! 沙都子(高校生): 私は、人間じゃない……?く、くく、くふふふふッッ……!! 梨花(高校生): っ、な……何がおかしいのよ、沙都子っ? 沙都子(高校生): 梨花……私が人間じゃないという台詞は、そのままあなたにお返ししますわ。 沙都子(高校生): えぇ、今気づきましたのよ……私はその言葉の通り、人間ではない……。 沙都子(高校生): そして、梨花……あなたも私と同じ、※※なのですわッッ!! 梨花(高校生): ――っ……?! Part 03: 梨花(高校生): ……子? ちょっと、沙都子ってば。 沙都子(高校生): えっ? な、なんですの梨花……? 梨花(高校生): もう、話を聞いていなかったの?だから例のお茶会の招待は、さっきちゃんと断ってきたわ。 沙都子(高校生): こ、断った……どうしてっ?この前は下級生との人脈をどうこう、と仰っていたではありませんの?! 梨花(高校生): だって、よくよく考えてみたんだけど……今回のことでもし既成事実ができあがったら、あちこちからの誘いが増えるかもでしょう? 梨花(高校生): そうなると、とてもじゃないけど今後断るのがますます難しくなりそうだから……ここで区切りをつけておこうと思ったのよ。 沙都子(高校生): ……そうでしたの。梨花がそう決めたのでしたら、私としては何も申し上げることはありませんわ。 そう体裁を取り繕って答えながら……私は内心で大きく息をついて安堵する。 最悪の目覚めから、昨夜見た夢の記憶を放課後まで引きずっていた私にとって……今の言葉はまさに救いにも等しかった。 沙都子(高校生): (なんとなく、物わかりの良さで受け入れるつもりでいたのだけど……) 沙都子(高校生): (まさか、夢で見るほどに嫌だったとは……自分で自分の本音に呆れてしまいますわ) 梨花(高校生): ? どうしたのよ、沙都子。ひょっとして、今日は疲れているの? 沙都子(高校生): いえ、そんなことはありませんわ。 沙都子(高校生): ……にしても、下級生の子はお気の毒ですわ。せっかく勇気を振り絞って招待状をお渡しになったのに、報われなかったんですもの。 梨花(高校生): うーん……それなんだけど、沙都子。よくよく聞いたら私を招待しようとしたのは、度胸試しみたいなところがあったみたいね。 沙都子(高校生): ……はぁ?あの、度胸試し……とは、どういうことですの? 梨花(高校生): つまり、学園でも1、2の知名度と人気を誇る……って、なんだか思い上がった言い方かしら。 沙都子(高校生): あら、私はそう思いませんのよ。だって梨花が有名で人気者なのは、揺るぎのない事実なんですしね。 梨花(高校生): それを言い出したら、沙都子の方がもっとすごいじゃないの。……まぁ、それはともかく。 梨花(高校生): そんな私を、自分たちのお茶会に誘えるかどうか……で勝負をして、あの子が貧乏くじを引いたってことよ。 沙都子(高校生): つまり梨花は、ダシに使われたということですの?……さすがにそれは、上級生をナメすぎですわね。 沙都子(高校生): 梨花、よろしければその方々のお名前を教えてくださいまし。私が直々に赴いて文句を言ってやりましてよ。 梨花(高校生): ……それは止めておきましょう。私ならまだしも、トップのあなたがここで首を突っ込んだりしたらさすがに冗談では済まなくなるわ。 沙都子(高校生): 冗談にするつもりはありませんのよ。今後そんなおふざけを二度とさせないためにも、キツイお灸が必要ではないかしら……? 梨花(高校生): 落ち着きなさい、沙都子。お灸どころか、今のあんたの舌鋒と発言力をぶつけたら……彼女たちには死刑宣告同然よ。 梨花(高校生): 最悪、この学園にもいられなくなるかもしれない。それとも、あなたは暴君になりたいの? 沙都子(高校生): それは、……ん……。 梨花(高校生): 今回だけは若気の至りということで、大目に見てあげましょう。もちろん二度目は許さないけどね。 沙都子(高校生): 若気の至りって……どうも梨花は、昔から古いというかババ臭い言葉を使いますわね。本当に私と同い歳ですの? 梨花(高校生): 誰がババァですって……?私のどこと何をもってそんなステキすぎる感想を持ったのか、徹底的に話し合おうじゃない……! 沙都子(高校生): ちょっ……ま、待ってくださいまし、梨花!言うに事欠いて過ぎた発言をしてしまったのは謝罪の上で撤回しますわ! 沙都子(高校生): だから、お怒りを解いてくださいまし!その振り上げた箒も、どうか……ッ!! 梨花(高校生): ……なによ。ちょっとからかい半分で怒ってみせただけなのに、大げさね。 いつも以上に怯えた反応を返したのが予想外だったのか、梨花は鼻白んだ表情で箒をぽい、と地面の上に放り投げる。 ……長物を振り上げられるのは例の「悪夢」を見た後だと心臓に悪いし、ここで度胸試しなんて断じて御免だった。 梨花(高校生): 大丈夫、沙都子……?ごめんなさい、ちょっとおふざけが過ぎちゃったかしら。 梨花(高校生): そこまで怒ったわけじゃないんだけど、驚かせたのなら謝るわ。 沙都子(高校生): い、いえ……私の方こそ、梨花がそう言われて喜ぶわけがないとわかっていながら、軽率でしたわ。 梨花の方から謝られたことで、逆に気まずさを覚えた私は……慌てて自分が至らなさを素直に認めて、真摯に頭を下げる。 すると、機嫌をよくしてくれたのか……彼女はふふっ、と笑みを浮かべると私の手を取りながら立ち上がっていった。 梨花(高校生): そんなわけだから、沙都子。せっかくの空いた時間、久しぶりに2人きりでお茶会をするのはどう? 沙都子(高校生): お茶会……?久しぶりというほど前回やった時からさほど日は経っていませんのに……いいんですの? 梨花(高校生): もう、興が冷めることを言わないでよ。理由なんて、何でもいいじゃない……ねっ? 沙都子(高校生): ……ですわね。では、お言葉に甘えさせてもらいましてよ。