Part 01: 田村媛命(新神衣): ……朝も早いうちに、ずいぶん慌しく出立する#p哉#sかな#r。全くもって落ち着かぬやつ#p也#sなり#rや。 神: ふむ……やはり来たか。あれほど見送りなどせぬと宣っておったのに。 田村媛命(新神衣): 邪推は止め給え。……偶々近くを通って気配を感じた故、無視をするのも不憫と思った哉。 神: まぁ、お主がそう言い張るのであればそれでよかろう。……感謝するよ、#p田村媛#sたむらひめ#r命。 田村媛命(新神衣): …………。 田村媛命(新神衣): ときに、そなた……往く先は、すでに決まっている也や? 神: ふむ……異なことを申す。我ら神々において場所の概念は、意味をなさぬ。ただその地に「源」を宿して、民草との関わりを持つのみ。 神: なにより、天地起こりし折にそう申したのはそなたであったと思うのだが……違っていたか? 田村媛命(新神衣): ……確かに、詮無きことを問うた哉。聞き流し給え。 神: 呵々。そなたの婉曲した物言いを聞けぬと思うと、やはり寂しさは残る。 神: 「源」を移し終えた後に、改めて交信を寄越すゆえ、暫しの途絶えを許せ。そなた「のみ」であれば、歓迎しようぞ。 田村媛命(新神衣): 吾輩「のみ」であれば……か。「あの者」も、ずいぶんと嫌われたもの也や。 神: 否、これは好悪の感情とは異なるもの。それに我らとて、「あの者」が決して悪しきものではないと理解しておる。 神: が……「あの者」が存在する限り、この地にて安寧は望めぬ。我らも、そして付き従う民草どもも……な。 田村媛命(新神衣): ……実に、徹底して破壊されたもの哉。信奉する神と異なるとはいえ、神の住まう社を手にかけるとは、正気とは思えぬ也や。 神: そなたの言う通り、結界を張って立ち入りを拒んでおけばよかったな。……やはり我の考えは、甘かったらしい。 田村媛命(新神衣): …………。 神: で、田村媛命……やはり、考えは変わらぬか? 田村媛命(新神衣): #p然#sしか#rり。そなたが時を費やして離去を決したように、吾輩も留まるを選んだのは熟考があって也や。 田村媛命(新神衣): 吾輩はさらに今後も、この地の者を見守る哉。……たとえ『#p喪神#sもがみ#r』とされようとも、かつて祖たちと交わした約定に従うが吾輩の使命。 田村媛命(新神衣): それに……「あの者」とて時に口挟む者がなければ、何かと辛かろうて。 神: 呵々。左様な想いを抱きて心を配しておりながら、いまだに和解が無きとは面白き関係であるな。 神: 睦まじくあれとは、さすがに申さぬ。……が、争うことはなるべく避けるがよかろう。この地に住まう、民草のためにもな。 田村媛命(新神衣): この期に及んでまで節介を焼く也や……?余計な気遣いだと知り給え。 神: 呵々。せめてもの餞と受け取るがよい。……では、去らばだ。 田村媛命(新神衣): 応。新たな宿り処でも、達者で過ごし給え。 田村媛命(新神衣): …………。 田村媛命(新神衣): 神去りし地にて、民草が行き着く先は自ずと知れるというもの哉……。 田村媛命(新神衣): なれど……吾輩は、それでも……。 一穂(私服): おはよう、美雪ちゃん。菜央ちゃんも、今日はいいお天気みたいだね。 美雪(私服): ……ぁ、うん。おはよう、一穂。 菜央(私服): おはよう……。 一穂(私服): ……? え、えっと……? 一穂(私服): (ど、どうしたんだろう……?美雪ちゃんと菜央ちゃんが、変な顔をして私の方を見てくるんだけど……) 一穂(私服): あ、あの……私の顔に、何かついてる? 美雪(私服): んー……いや、そういうことじゃなくって。 美雪(私服): あのさ……一穂。これは確認のつもりで聞くだけだから、気を悪くしないでね。 一穂(私服): う、うん……なに、美雪ちゃん? 美雪(私服): んー、なんて言ったらいいのか……。ごめん菜央、タッチ交代。 菜央(私服): なによ、もう。結局あたしが聞いたほうが早かったってことじゃないの。 一穂(私服): ……? どうしたの、2人とも?なんだか様子が変だよ。 菜央(私服): ……ねぇ、一穂。あんた、『鬼樹の杜』って何かわかる? 一穂(私服): キジュの、モリ……?ごめん、何のことかわかんないんだけど。 菜央(私服): はぁ、やっぱりね……。じゃあ、一穂。また変な質問になるけどあんた昨夜って、何か夢を見たりした? 一穂(私服): ゆ、夢……? いきなりそう聞かれても、特に覚えがないんだけど……。 菜央(私服): ……そう。じゃあ、「あの夢」を見たのはあたしと美雪だけみたいね。 一穂(私服): 「あの夢」って……どんな夢? 美雪(私服): キミが夢の中に出てきて、教えてくれたんだよ。この「世界」であの田村媛と会える方法をね。 一穂(私服): わ、私が……? な、なんで?! 菜央(私服): それがわかってたら、わざわざあんたに確認なんかしないわ。 菜央(私服): しかも、あたしだけならともかく……同じ内容の夢を美雪が見たって言うから、余計に気になったのよ。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): (……美雪ちゃんと菜央ちゃんが、口を合わせて私に嘘をつくはずがない。ということは、本当に起きたこと……?) 美雪(私服): 夢の中の出来事だ、って忘れちゃうこともできるんだけど……どう思う、一穂? 一穂(私服): どう、って聞かれても、私にはさっぱり……。 一穂(私服): (そもそも、2人の夢の中に私が出てきたのは私自身の意思じゃないんだし……) 一穂(私服): (ただ、2人が昨夜同じ夢を見たっていうのは確かに偶然としては片づけられないかも……) 一穂(私服): ……ところで、美雪ちゃん。夢の中の、その……「私」はどうやったら田村媛さまと会える、って言ってたの? 美雪(私服): 古手神社の裏山の奥の山道を進んだところに、祠が設けられた大きな老樹があるそうなんだよ。そこに行けば、田村媛がいるんだって。 美雪(私服): で、キミから聞いた名前なんだけどそれは『鬼樹』で……その辺り一帯を『鬼樹の杜』って言うらしいんだ。 一穂(私服): 『鬼樹の杜』……。 菜央(私服): 一応、行き方は夢の中で教えてもらってまだ覚えてるけど……3人で行ってみる? 一穂(私服): ……。大丈夫、かな……? 美雪(私服): んー……まぁ何かあった時は、すぐに引き返せば平気だよ。そんなに遠い場所でもない感じだったしね。 一穂(私服): ……わかった。確かに、それが使えるんだったらポケベルを経由するよりも話がしやすくなるしね。 美雪(私服): よし、決まりっ。それじゃ朝ご飯を食べたら、早速行ってみよう! Part 02: 一穂(私服): (とりあえず、3人で装備を万全に整えてから古手神社の裏山に入ったんだけど……) 美雪(私服): かなり荒れ放題だね……道なんてまさに、獣道って感じだしさ。 菜央(私服): 足元に気をつけなさいよ、一穂。結構な急勾配だから、うっかり踏み外すと谷底まで真っ逆さまよ。 一穂(私服): わ、わかった……! 一穂(私服): (アウトドア経験のある美雪ちゃんは当然だけど、菜央ちゃんもしっかりした足取りだな……。2人に置いていかれないように、頑張らないと) 一穂(私服): 美雪ちゃん……今、私たちがいる場所ってどこなのかわかってる? 美雪(私服): ちょっと待ってね、えーっと……古手神社があっちの方になるから、たぶんこの辺りかな。 菜央(私服): 同じ景色が続いてるのに、よくわかるのね。あたしは申し訳ないけど、さっぱりだわ。 美雪(私服): ガールスカウトの経験のおかげだね。地図を見て、方角と勾配を把握しておけばとりあえず怖いものなしだよ。 一穂(私服): ……っ……。 美雪(私服): 大丈夫、一穂? もしきついようだったら、もう少しペースを落とすけど。 一穂(私服): へ、平気……だと、思う……。 菜央(私服): 別に無理しなくてもいいのよ。急がなきゃいけないわけでもないんだしね。……美雪、ちょっと休憩しましょう。 美雪(私服): 了解っ。……一穂、喉が渇いてたらお茶でも飲む? 一穂(私服): あ、ありがとう……んっ、んくっ……はぁ……。 一穂(私服): (周囲を見回してみたけど、やっぱり見覚えはない……) 一穂(私服): (2人の夢の中に出てきた「私」は、どうしてこんな山奥に入る道を教えたりしたんだろう……?) 菜央(私服): 一穂……少しは落ち着いた? 一穂(私服): う、うん……ごめんね、私が変なことを夢の中で言ったせいでこんなことになっちゃって……。 美雪(私服): あははっ、それを謝るならむしろ私たちだよ。なにしろ夢の話を信じて、ここまでキミを連れ出したんだからさ。 美雪(私服): お詫びに帰ったら、一穂の好きな夕食を作ってあげるよ。クラブハウスサンドなんてどう? 一穂(私服): ……わざと言ってるよね、美雪ちゃん? 菜央(私服): 大丈夫よ、美雪の手なんて借りずにあたしが作るから。歩きながら、好きな献立を考えておいて。 美雪(私服): さてと……そろそろ行こっか。一穂も辛くなる前に、遠慮せずに言ってね。 一穂(私服): う、うん……。 美雪(私服): ……。うーん、おかしいなぁ。距離的には間違ってないはずなんだけど……。 菜央(私服): どうしたのよ、美雪。あれだけ豪語してたのに、まさか迷ったなんて言ったりしないでしょうね? 美雪(私服): んー、そのつもりはないんだけど……地図と、今私たちが歩いてるところの地形が微妙に違ってるんだ。 菜央(私服): 地図と地形が違ってるって……それ、迷ったってことでしょ? 美雪(私服): いやいや、そうじゃないって!地図にある通りに進んだら、もっと登り道が山頂付近にまで続いてるはずなんだよ。 美雪(私服): なのに、ここから急に坂がなだらかになって森も少しずつ開け……て……。 菜央(私服): どうしたの……って、ここは……?! 一穂(私服): なっ……?! 美雪(私服): いやー……驚いたね。地図にはこんな場所、全く記載がないのにさ。 菜央(私服): これが、『鬼樹の杜』……? 美雪(私服): その可能性は高いね。あっちにすごく大きな樹が見えるし、その根元辺りには……。 菜央(私服): 祠……かしら。確かに夢の中で聞いて、映像として「見せて」もらった通りの光景ね。 一穂(私服): ……っ……! 田村媛命(新神衣): 『……来るな……』 田村媛命(新神衣): 『来てはならぬ……今すぐ、引き返せ……!』 一穂(私服): (ど、どうしたんだろう……?急に胸の鼓動が激しくなって、苦しい……!) 一穂(私服): (誰かが……あの樹が、何かを伝えてる……?こっちに来るなって、拒絶……ううん……) 一穂(私服): (これは、警告……?私たちが近づくと、危ないことが……?!) 美雪(私服): とりあえず、ここまで来たんだし……あの祠が何か、確かめてみようよ。 菜央(私服): そうね。一穂もそれでいいかしら……ってどうしたの、一穂っ? 一穂(私服): っ……だ、ダメっ……! 一穂(私服): 今、あれに近づいたら、……ダメッ……! 美雪(私服): 一穂……っ? しっかりして、一穂! 菜央(私服): ……一穂っ……!! Part 03: 一穂(私服): …………。 田村媛命(新神衣): ……ほ、カズホ……。 一穂(私服): っ、……この、声は……? 田村媛命(新神衣): 起きるがよい、カズホ……。 一穂(私服): #p田村媛#sたむらひめ#r、さま……? 田村媛命(新神衣): ようやく目を覚ました#p也#sなり#rや。大事は無きものと早期にて判明したとはいえ、長らく自失を続けておった故に些か案じた#p哉#sかな#r。 一穂(私服): す、すみません……。あの、ここは……どこですか? きょろきょろと周囲を見渡してみて、私は田村媛さまに尋ねかける。 ……なんとも形容しがたい彩りと、果てがどこにあるのか全く判別がつかないほどの「異次元」としか言いようのない「空間」だ。 自分の身体が立っているのか、それとも浮かんでいるのかさえも覚束ない。 …………。 それと、田村媛さまのお姿が……あれ?以前に会った時の服装と、少し違うような……。 一穂(私服): あっ……そ、そういえば美雪ちゃんと菜央ちゃんは?確か、私と一緒にいたはずなのに……?! 田村媛命(新神衣): それについては、心配に及ばぬ也や。両名とも無事に「世界」へ肉体と精神を還し、存在を留めている哉。 田村媛命(新神衣): 今は衝撃の余波を受け、気を失っているが……間もなくすれば目を覚ます也や。 そう言って田村媛さまは手に持った#p大幣#sおおぬさ#rを振るい、私の目の前に画面のようなものを出現させる。 そこには、草むらの上で横になった2人の姿がはっきりと映っていて……その表情を見る限り、おそらくは心配ないだろう。 一穂(私服): でも……どうして私だけが、こんなところに? 田村媛命(新神衣): そなたら3人に戒めを授けおくべきと考えた故、ここに呼び出したのが理由哉。 一穂(私服): い、戒め……? 田村媛命(新神衣): #p然#sしか#rり。すでにその身にて理解したであろうが、吾輩の力の源である『鬼樹』――あの樹のもとへ往くは今後一切、まかりならぬ。 田村媛命(新神衣): さもなくば、吾輩とてそなたらを助くること能わざるとは申さずとも、いと難し也や。此度はたまさかの知らせにて、把握せしめたが……。 田村媛命(新神衣): 次に同じことがあらば、吾輩とて全員の庇護は約束できぬ哉。ゆめゆめ忘れては相ならぬ厳命とその心身の奥深くにまで刻み付け給え。 一穂(私服): えっと……難しい言葉が多すぎて、ちゃんと理解できてるか自信がないんですけど……。 一穂(私服): つまり、あの樹のそばに近づいてはいけない……そういう解釈でよろしいんですか? 田村媛命(新神衣): 吾輩の意図としては、中らずといえども遠からず。 一穂(私服): ……なぜですか? 田村媛命(新神衣): ……。説明せずとも、元の場所へ戻りし際にそなたはここでの記憶を忘れる也や。ただ、吾輩の戒めを意識の潜在部位に残すのみ。 田村媛命(新神衣): 故に、説明の必要は無き哉。さらに申すと、いらぬ情報は記憶と感情に傷跡を残す恐れもあると弁え給え。 一穂(私服): ……。そうかもしれません。 一穂(私服): これまでずっと、知らないことばかりでした。そして、何かを知るたびにまた謎が増えて……正直、毎日わからないことだらけです。 一穂(私服): けど……知らないままでいるって、とても辛いんです。何が起こっても、私には何もできない。 一穂(私服): そして残るのは、後悔と無力感だけ……。 田村媛命(新神衣): ……っ……。 一穂(私服): だったら、どんなに辛くても知っておきたいんです。それが何の役に立つのかなんて、わからない……でも、少なくとも何かできる可能性は「増える」。 一穂(私服): お願いします。たとえ記憶の中からは消えてなくなったとしても……心がそれを覚えてて、何かができるきっかけになるかもしれない。 一穂(私服): だから……お願いします、田村媛さま……! 田村媛命(新神衣): …………。 田村媛命(新神衣): ……そなた、変わったな。ずいぶんと前向きな思考になった気配也や。 一穂(私服): えっ……そ、そうですか? 田村媛命(新神衣): くくっ……知らぬは当の本人、とはよく言った哉。 田村媛命(新神衣): ふむ、ならばよい也や。たとえ聞いたとしても、どうせすぐに忘れる……いや、忘れてもらわねばならない事実ではあるが。 田村媛命(新神衣): 万が一の可能性……そして保険のため、そなたに真実を伝え置こう。 ……。そして、私は。 田村媛さまから告げられた「真実」に衝撃を受けて、言葉を失い……。 そして意識も、直後に失ってしまった……。 一穂(私服): …………。 美雪(私服): 一穂……一穂ってばっ……! 一穂(私服): ……っ……。 一穂(私服): み、……ゆき、……ちゃん? 美雪(私服): あぁ……よかったぁ……! 菜央(私服): 何度声をかけても、全然目を覚まさないから心配したのよ……もうっ! 一穂(私服): ご、ごめん……2人とも、怪我はない? 美雪(私服): もちろん平気だよ。……っていうか、私たちのことの前に自分のことを心配しなって。まったく……! 一穂(私服): あ、あはは……ところで、ここはどこ? 美雪(私服): んー、それがよくわからないんだよ。一応地図が手元にあるから、山を下りる経路はわかってるんだけど……。 美雪(私服): ……『なんで私たち、こんな山奥にまでハイキングに来たんだろ?』それがどうしても、思い出せないんだよ。 菜央(私服): あたしも……『どうしてここにいるのか』、まるでわからないわ……。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): とりあえず……山を下りよう。こんなところにいて日が暮れたりしたら、迷子になっちゃうよ。 美雪(私服): そうだね……この状況になった経緯は、山を下りて家に戻ってから考えよっか。 菜央(私服): ……えぇ、そうしましょう。 一穂(私服): ……。うん。 …………。 一穂(私服): (田村媛さま……私、忘れてません。あなたが教えてくれたこと、ちゃんと覚えてます) 一穂(私服): (だから……私は、いつか……※※を……)