Prologue: ……朝。目を覚ました私は、布団から起き上がって周囲に目を向ける。 千雨: 夢の続き……じゃ、ないな。 布団で寝るという違和感が拭えず、夜中に何度も目を覚ましたりしたのでわかってはいたのだが……自分の部屋でないことを理解して、ため息をつく。 ここは、#p雛見沢#sひなみざわ#rであてがわれた2階の部屋。前原圭一というやつの家族が住んでいた屋敷を借り、私「たち」は共同生活を送っていた。 千雨: とりあえず……起きるか。 ぼさぼさに乱れた髪をぞんざいに整え、大あくびとともに布団からのそり、と抜け出た私はそばにある姿見の鏡に目を向ける。 昨夜はうっかり、寝間着に着替えないまま布団に寝こけてしまったらしい。……親と同居だったら、どやされているところだ。 1階のリビングに向かうと、そこには美雪と菜央が制服姿に着替えて食卓についている。 そして……2人の対面には当然のことながら、「あの」公由一穂の姿があった。 一穂: っ……お、おはよう……千雨ちゃん。 千雨: ……あぁ、おはよう。 ぎこちない挨拶に、おどおどとした態度。……正直、あまり気持ちのいいものではない。 ただ、毎朝の挨拶を欠かさないのは大したものだ。これだけぶっきらぼうに接し続けていれば、いずれ心が挫けて避けられると思っていたのだが。 千雨: (そういう意味では、腹が据わってるのかもな……なんて、これじゃまるでいじめっ子だ) そんな自己嫌悪が、さらにこの不機嫌な気持ちに拍車をかけている。……まさに悪循環だった。 美雪: おっはよー、千雨……あれ、制服は?今日は登校日だから、朝ご飯を食べたら登校だよ。 千雨: あぁ……わかってる。着替える前に、顔を洗いに降りてきただけだ。 素っ気なく言葉を返してから、私はリビングを出て洗面所へと向かう。 そして、冷たい水で眠気を払ったが……胸の内に溜まる思いは重ったるい泥のようにわだかまり、悪夢を見た後のような気持ち悪さを感じていた。 千雨: 何かを企んでるようには、とても見えない。美雪と菜央も、心を許してる……。 だけど……いや、だからこそ「彼女」に対してどう接していいものかわからず、私はいまだにこの共同生活を受け入れることができずにいた。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 『この注連縄を通れば、あなたは雛見沢に戻ることができます』 ……思い出す。私は古手神社の分社で出会った西園寺絢という不思議な雰囲気の女性に導かれ、この雛見沢にやってきた。 いや……「戻ってきた」のだ。ある奇妙な力によって過去の雛見沢を訪れた私たちは昭和58年6月の#p綿流#sわたなが#rしの夜、そこで何が起こったのかを目撃することになった。 その後、美雪や知り合いになった菜央とともに村からの脱出を試みたのだが、元の「世界」である平成5年に私だけが逃げのびて……。 途中ではぐれた2人は以降、行方不明になってしまった。だから私は彼女たちを「過去」に戻って救い出すべく、昭和58年の雛見沢を訪れることにしたのだ。 ただ……とりあえず美雪たちと再会できたものの、ここ数日間は何事もない日々を過ごしている。 しかも、美雪の話によると綿流しはすでに終わっていて……その前後で騒ぎのようなものは一切起きていないとのことだった。 千雨: (っていうか、再会した時のあいつら……完全に私の記憶と違ってたよな) 必死の思いで、高天村から徒歩だのヒッチハイクだのの手段を使いながら、数日かけて雛見沢へとたどり着き……。 昭和58年の「世界」で美雪と再会できた時、あいつが私を見て驚きながら開口一番に放った言葉は「千雨……どうして来たの?!」だ。 わけがわからず話を聞いてみると、雛見沢には私とではなく「単身」で来たというのが冗談でもなんでもない、彼女の主張だった。 美雪(私服): 『キミには、私が雛見沢に行ってる間お母さんたちに向けたアリバイ工作をお願い、って頼んでたよね? まさか、そっちで何かあったの?』 千雨: 『は……? いや、そうじゃなくて……』 抱き合って再会を喜ぶのは恥ずかしいので、正直遠慮したいとは思っていたものの……あまりにも想定外の反応に、一瞬言葉が詰まった。 おまけに、菜央ちゃんには顔を合わせるなり怪訝な目を向けられて……正直、戸惑ってしまった。 千雨: (「あんた、誰……?」は参ったよな。まるで初めて会ったみたいに……じゃなくて、実際に初対面だって言われたし) 彼女にはわりと懐かれているという自負があったので、その反動もあって本気で凹みそうになったほどだ。 とりあえず、ややこしくなる一方だったので私は2人に話を合わせて……今に至っている。 ……実のところ、私の憶測とはいえひとつの「答え」は出ていた。ただ、それを言葉にすることに躊躇いがある。 私の勘違いか、記憶違いであってほしい……だけどおそらく、その願いはきっと叶えられないだろう。それがわかっているからこそ、私は――。 千雨: それとも、この現状そのものが私をだまそうという「あいつ」の目論見……? 考えれば考えるほど、自分の思考が底なしの穴の中に陥っていくのを覚えて……苛立たしさを払うつもりで首を振る。 千雨: (とりあえず……今優先すべきことはひとつだけだ。美雪と菜央ちゃんをこの場所から安全に連れ出して、そして……!) そんなことを内心で呟きながら、水道の蛇口を閉めると同時に背後からひたり……と足音がした。 一穂: ……千雨、ちゃん? 振り返らなくても声ですぐに誰だかわかったが、あえて首を巡らせて肩越しに視線を送る。 すると、そこに立っていた一穂が私の目を見てびくっ……と肩を揺らすのが見えた。 千雨: なんだ。お前も顔を洗いに来たのか? 一穂: う、ううん……あの、大丈夫?ここ数日、ずっと疲れた顔をしてるけど……。 千雨: ……なんでもない。枕が変わったせいで、寝付きが良くないだけだ。 そう答えて私は、自分も制服に着替えるために2階へと戻っていく。 千雨(制服): ……。どうなってんだ、この「世界」は。 制服に着替えながら、私はこの世界へ戻ってきたあの日のことを思い出す。 私たちと美雪の間には、致命的な記憶の差異がある。 経験したはずの大災害は存在せず、美雪の記憶だと私は……「東京に残ったものの美雪の後を追いかけて、雛見沢に来た」ということになっていた。 千雨(制服): (わからないことが多すぎる以上、美雪たちに全てを話したところで混乱を招くだけ……か) 千雨(制服): だとしたら、今はわかることを調べて……正体と#p思惑#sおもわく#rを掴んでから、だな。 ただ、思考に浸る上で一番引っかかるもの……それは「公由一穂」の存在だ。 村長の孫娘。妙なところでビクビクしている。米が好き……私が記憶している以前の「世界」で覚えていることは、まぁそれくらいだ。 あと……美雪と菜央には無条件に懐いているが、私とは距離を置いている様子だ。 千雨(制服): ……怯えてるってのか。ふざけやがって。 そう思いながら私は、がり……と首筋をかく。 鏡を見ると、寝ている間に虫にでも刺されたのか少し赤くなっているのがわかった。 Part 01: 通学路になっている村道の途中でレナと合流し、5人になった私たちが教室に入ると……先に来ていた下級生たちが一斉に振り返る。 髪の長いのが、古手梨花。短めなのが北条沙都子。あと……頭に妙な「飾りつけ」を載せているのが梨花の親類だという、古手羽入だった。 千雨(制服): (以前本人に指摘しようとしたら、美雪が全力でごまかしてたな……なんだったんだ、あれは?) まぁ、どういう理由があってのことなのかはいまだに不明のままだが……美雪の忠告もあって、とりあえず現状は見て見ぬふりを継続している。 にしても、あの角……「飾りつけ」のわりに頭にしっかり固定されているように見えるんだが、まさか本物……じゃないよな……? 沙都子: おはようですわ……あら、魅音さんは? レナ: はぅ……用事があるから先に行って、だって。 沙都子: あら、そうですの。……それにしても久しぶりの登校のはずなのに、あまりご無沙汰感はありませんわねぇ。 美雪: そりゃあ、授業がなくてもなんやかんやみんなで集まって毎日遊んだりしてるからねー。昨日だって、川に釣りに行ったでしょ? 梨花: みー。たくさんお魚さんが連れて、昨日はパーティーだったのですよ~☆ 羽入: お腹いっぱいになるイベントなら、いつでも大歓迎なのですよ~あぅあぅ♪ そう言って美雪たちは、口々に昨日の釣りやら数日前の部活やらの話で盛り上がっている。 私としては、まぁ退屈こそしなかったが……楽しかったかと尋ねられると、正直微妙だ。 ……なにしろ私の目には、レナや魅音たちの豹変した「あの時」の姿がはっきりと焼き付いている。とてもじゃないが、心を許す気分にはなれない。 レナ: はぅ~、千雨ちゃんがさばいてくれたおかげで持って帰ってからラップにつつんで冷凍できて、とっても助かったよ~。 美雪: 持って帰った後であの量を一度にさばくのは大変だもんね~。やっぱり魚系、水系は千雨の領分ってやつ? 千雨(制服): …………。 美雪: 千雨……? 千雨(制服): ……あ? あ、あぁ。 話を振られたことに気づくのが遅れて、つい生返事を返した私に……レナが心配そうな表情でそっとのぞき込んでくる。 ……予想していなかったその動作に一瞬本能的な反応で身構えそうになったが、なんとかこらえることができた。 レナ: はぅ……千雨ちゃん、今日は元気ないね。昨日無理させちゃったのかな……かな? 千雨(制服): あ、いや……そんなことはない。 息づかいを感じるほど至近から見つめられて、私は言葉を濁しながら視線をそらす。 ……どうにも、このレナというやつは苦手だ。武道の経験が無いはずなのに隙が見えづらく、底がうかがい知れない不気味さを感じる。 なぜか菜央ちゃんは無条件に、彼女のことを信頼して慕っている様子だったが……やはり私は、懸念を抱かずにはいられなかった。 千雨(制服): ……川魚は寄生虫が多いからな。昨日現地で焼いた時、もう少し火を通した方がよかったかもと心配になっただけだ。 レナ: はぅ……そっか。ちゃんと焼いたつもりだったけど、次からは気をつけた方がいいかもね。夏の時期は、食中毒とかも怖いから。 千雨(制服): ……あぁ。 あっさりと私の言葉を受け入れたレナの言葉を、私は素直に受け入れられなかった。 あの「世界」でこちらを殺そうとしてきた竜宮レナの、殺意と狂気に取り憑かれたような顔がまだ色濃く脳裏に残っていて……。 たとえ穏やかな笑みをたたえていても、彼女の顔を見るたびに思い出してしまうからだ。 美雪: あはははっ。まぁ千雨の愛想の悪さは筋金入りだからねー。その辺りは大目に見てあげてよ。 そんな言葉とともに、私の腕に美雪の腕がさりげない動作で回される。 ……じゃれてきたのが、こいつで良かった。慣れた匂いを先に感じていなかったら、きっと反射的に組み伏せる動作に入っていたと思う。 美雪: でも、大丈夫だよ。この子は顔に出なくてわかりづらいだけで、ほんとはお祭り大好き人間だからさー。 千雨(制服): ……おい、誰がお祭り好きだ。勝手に私の性格をねつ造するんじゃない。 美雪: とか言って、照れ隠しがすごいんだよねー。こういうのをなんて言うのかな、うーん……。 千雨(制服): あのな、美雪……。 抗弁しようと口を開きかけたが、それよりも早く美雪が耳元に小さな声で囁きかけてくる。 ……彼女は一応、笑顔を保ったまま。だけどその口調は若干、私をたしなめるように固い響きが加わっていた。 美雪: 千雨……キミがなんで不機嫌なのかは知らないけど、もう少し合わせてよ。フリでいいからさ。 千雨(制服): ……っ……。 場に合わせるのは、私の最も不得意な分野だ。反対に美雪は得意な方だから……こういう時のフォローは、とても頼りになる。 ただ、だからといって無条件かつ無制限に甘えて好き勝手に振る舞ってもいいというわけではない。……美雪の注意を受け入れ、私は呼吸を整えた。 千雨(制服): あー、まぁ……今さらなことを気にしただけだ。だから気にしないでくれ。 梨花: ……みー、大丈夫なのです。ぽんぽんが痛い痛いになった時は、入江に診てもらえばいいのですよ。 そう言って、微妙な空気の私たちの間に古手梨花が猫のようにするりと入り込んでくる。 そして、場をほわっと和ませるように眩しいほどの笑顔を振りまいてきた。 梨花: お魚に問題があるとわかっていれば、対処のしようがあると入江も言っていたのです。だから安心していいのですよ、にぱー☆ 沙都子: あら……監督、食中毒についてそんなことを言っていたんですの? 羽入: あぅあぅ……言っていたような、言っていなかったような……? 菜央: 確かに、原因が何かの見当がついてるなら治療方法もわかりやすいわよね。 菜央: なんだかよくわからないけど、何かがおかしいって状況が一番対応が難しいって昔お母さんが言ってたし……。 と、その時……ちょうどチャイムが鳴り、私たちはそれぞれ慌てて自分の席につく。 そしてしばらくしてから教室の扉が開き、担任の知恵先生が現れて教卓の向こうに歩いていった。 レナ: ……はぅ……。 梨花: みー……。 美雪: えっと……。 ……沈黙が続き、あちこちで困惑する声が上がる。委員長の園崎魅音が姿を見せる気配がなかったので、朝の号令がかからなかったせいだ。 菜央: どうしたんだろう、魅音さん……? 知恵: あ……すみません、言い忘れていました。園崎さんは用事があって、遅れるとのことです。 知恵: すみませんが竜宮さん、代わりに号令をお願いします。 レナ: わかりました。きりーつ……。 一穂: …………。 千雨(制服): (そう言えば、一穂のやつ……昨日私が焼いた魚を、あまり食べなかったな) 千雨(制服): (前の「世界」だと、なんでもうまいうまいって言いながら食ってたのに……味覚が変わったか?) 結局、教室に入ってから一穂は一言も喋らないまま……授業という名の、夏休みの過ごし方の確認が始まった。 梨花: みー……結局、魅ぃは来なかったのです。 羽入: あぅあぅ、もう学校が終わってしまったのですよ。 羽入の言う通り、魅音は遅れるどころか……知恵先生が出ていった後も姿を見せなかった。 まだ昼間で日は高いものの、帰る時間だ。さっさと教室を出ないと、職員室から知恵先生が注意しに戻ってくるかもしれない。 菜央: 魅音さんに何かあったのかしら……。レナちゃん、今までこういうことってあった? レナ: ううん、遅れることは何度かあったけど、来なかったのは初めてなんじゃないかな……かな。 沙都子: 確かに。魅音さんが用事があって休む時は、前もってちゃんと言ってからですものね。 沙都子: ひょっとして、相当面倒なことに巻き込まれたとか……? 一穂: ま、まさか学校に来る途中で何かあったとか……! 梨花: 村の中で魅ぃに何かあったら、知恵にも連絡が行くと思いますですが……心配なのです。 美雪: ねぇ、ちょっと帰りに様子を見に行ってみるってのはどう? レナ: うん、そうだね。昨日は帰り際も元気だったから、風邪とかじゃないと思うけど……はぅ……。 ざわざわと不穏な空気が漂うのを横目に、私は先に帰り支度を整える。と、そんな中……一穂が顔を上げ、ふいに扉の方へ目を向けた。 羽入: あぅあぅ、どうしたのですか一穂? 一穂: えっと、気のせいかもしれないけど……。 一穂が羽入の方を向いた一瞬の間に、とおりのいい快音とともに扉が開かれる。 魅音: ……っと、間に合った!いや、授業には間に合っていないけど……結果オーライだね、うん! そんな言葉を発しながら姿を見せたのはこの分校の委員長……園崎魅音だった。 レナ: あっ……魅ぃちゃん! 魅音: みんな、まだ残っていてくれたんだね!いやー、二度手間にならなくて良かったよー! 一穂: み、魅音さん! 無事だったんだね?! 魅音: へっ……無事って、何が? 梨花: 魅ぃがなかなか来ないので、何かあったのかと心配したのですよ。 羽入: あぅあぅ、授業はもう終わってしまいましたが……それよりも二度手間ってどういう意味なのですか? 魅音: いや、実はさ……あっつ。 ここまで全力で走ってきたのか、魅音は汗で額にはりついた前髪を払い……私たちに向かって拝みながら、言った。 魅音: みんな、海に行かない?……っていうか行って! 一緒にっ! Part 02: 菜央: 今週末? 海……? 唐突にもほどがある提案に、菜央ちゃんを含めた大半が目をしばたたかせている。 もちろん、私もその一人だ。しかも状況はまったく読めない……だが。 羽入: 海……!! 羽入だけはなぜか、妙に目を輝かせながら食いつくような様子を見せていた。 羽入: あぅあぅ、海に行けるのですか?いつなのですか?! いつ海に行けるのですか?! 美雪: おぅ、すごい……前のめりを通り越して、カタパルト射出直前って感じだねー。 梨花: 落ち着いてくださいなのです……羽入。さすがに、明日や明後日に行くほど性急なお誘いとは思えないのですよ。 魅音: あ、いや……できれば今週末だと助かるから、つまり明日の土曜日からってのは……ダメ? 菜央: あ……明日っ?まだ水着とか、何の準備もできてないのに……! 沙都子: いくらなんでも、唐突なご提案ですわね……。特に異存があるわけではありませんけど、理由くらいは教えていただいてもよろしくて? 詩音: あぁもう、だから言ったのに……! そう呆れた声を上げながら、魅音に続いて姿を現したのは……。 詩音: 間の説明を飛ばして、結論から言いすぎです。それ、交渉で一番やっちゃダメなやつですよ? 魅音の妹、詩音だった。 ……とは言っても、私はこの「世界」に来るまでこの園崎詩音と会うどころか、存在を知ることもなかったのだが。 どうやら彼女は理由があって、#p興宮#sおきのみや#rに住んでいるとのことだった。 千雨(制服): (地元の名家の子なのに、一人暮らし……その辺りに、なんかきな臭い事情がありそうだな。まぁ、深く突っ込むつもりはないが) レナ: はぅ、詩ぃちゃん……何があったの? 詩音: まぁ早い話が、短期アルバイトのご相談ですよ。ぜひとも、皆さんのお力を借りたくて。 梨花: みー、海でのアルバイト……とは、どんなものなのですか? そう尋ねる梨花の目は、平然を装いながらもどこか興味深そうな色をたたえている。 羽入: わくわく、わくわく……! 背後の羽入に至っては、言うまでもない。若干の戸惑いを見せた菜央ちゃんや沙都子とは好対照なほど、乗り気な様子を見せていた。 千雨(制服): (こいつら……海が好きなのか?) 海があれば他に何もいらないと豪語できる私としては、親近感がわきかけたが……。 そんな私たちを見渡しながら、詩音は肩をすくめて苦笑交じりに説明を引き受けていった。 詩音: うちの親戚、隣県の海水浴場で海の家を経営しているんですが……今年はどういうわけか、バイトの子があまり集まらなくて。 詩音: せめて繁忙期の一番忙しいお昼時だけでも人員を集められないか、と泣きを入れてきたんです。 美雪: 海の家……ってことは接客業? 魅音: うん、ご飯を作ったり、運んだり……もうなんでもいいから手伝ってくれるとすっごく助かるんだけど……どう?! 菜央: ……そんなこと、急に言われてもね。レナちゃんはどう思う? あまり気が向かないのか、菜央ちゃんは隣のレナにそう言って話を向ける。 すると彼女は、少し考えてから……にっこりと微笑みながら口を開いていった。 レナ: はぅ……レナはお手伝い、全然OKだよ。 レナ: よかったら菜央ちゃんもかぁいい水着、これからレナと一緒に買いに行くのはどうかな、かな? 菜央: っ……えぇ、もちろんっ!レナちゃんの写真、いっぱい撮ってあげるわっ! 羽入: あぅあぅ、数秒で菜央の手のひらがクルックルなのですよ~。 ……どうにも菜央ちゃんは、レナに対しての信頼というか思慕の念が深すぎる。カラスの羽が白と言われても、無条件で肯定する勢いだ。 とはいえ、証拠もない状態で彼女に口を挟んでも不快な思いを抱かせるだけなので……黙っておく。 千雨(制服): (……さて、私はどうしたものかな) 海は好きだ。大好きだ。なぜならそこは、サメが住んでいる場所だからだ。 ……だが、先日の釣りと同じく#p雛見沢#sひなみざわ#rの連中に対しての不信感が隠せていないのに、心から楽しめるとはとても思えない。 というわけで、今回は何か理由をつけて遠慮させてもらおうと考えたのだが……。 美雪: じゃ、私たちも参加。一穂も千雨も行くよね! 私が答えを出すよりも早く、美雪が勝手に参加を宣言してしまった。 一穂: 役に立てるかどうか、わからないけど……が、頑張る……ね。 魅音: ありがとう、一穂!大丈夫、無理はさせないから! 千雨(制服): お、おい美雪っ!私はまだ、参加するとは一言も……! 美雪: ……参加しなよ、千雨。ちゃんとフォローするから。 皆に見えない角度から向けられた、美雪の表情を見て私は言葉を失う。……明らかに誘いや提案ではなく、私に参加を強いるものだった。 確かに……この状況だと私だけ不参加と言うのがこの状況ではあまり好ましくないのはわかっている。 千雨(制服): (まぁ……美雪たちが行く以上、私だけが別行動をしたら前回と同じことになりかねないしな) なんて自分に言い聞かせて、私は渋々頷く。……それを聞くや、にかっと笑みを浮かべる美雪の顔が、なんとも憎らしかった。 千雨(制服): 手伝うには手伝うが……こんなツラだからな。接客面は期待するなよ。 詩音: 愛想がいいに越したことはないですけど、無愛想でも一部にウケそうですけどね……沙都子たちはどうですか? 沙都子: 梨花と羽入さんが乗り気ですから、二人が行くなら私もお付き合いしましてよ。 梨花: ……羽入、行けますですか? 羽入: はいなのです!海、とっても楽しみなのですよ~!! 嬉しそうにはしゃぐ羽入を見つめながら、レナが優しげに表情を緩める。 レナ: もしかして羽入ちゃん海初めてなのかな? ……かな? 羽入: えっと……そのはずなのです。 羽入: 昨日の夜、テレビで海の話をしていていつか行きたいと思っていたのです!! 詩音: それはちょうどよかったです。じゃあ全員参加ってことで。はい拍手~! 一穂: わ、わー……。 話はまとまった、とばかりに笑う詩音に拍手を送る一穂。 戸惑いを抱えながらも嬉しそうな彼女の表情を、私はただ黙って見つめることしかできなかった。 Part 03: 慌ただしく準備を整えて、迎えた翌日――。 葛西さんという、詩音の使用人……というにはあまりにも強面すぎる人の運転する車に乗って、私たちは海水浴場へと到着した。 千雨: なんだかんだで、来ちまったな……。まぁ、野生のサメと出会うことができれば全てよしとするか。 魅音(私服): いやいや、縁起でもないことを言わないでよ!サメなんかが1匹でも海水浴場に出ちゃったら、商売があがったりだよ?! 沈みそうな気分を盛り上げようと、切り替えてサメのことに思いを馳せたが……すぐさま魅音から文句が飛んでくる。 千雨: サメと会わずに、海に来る意味なんてないだろうが。っていうか、サメが何種類いると思ってるんだ? 羽入(私服): あぅあぅ、何種類いるのですか? 千雨: 沖縄を含めたら、国内だけでも200種類以上発見されてる。 千雨: それに、サメって言ってもこれくらいの小さいのから……映画で人を襲うようなデカイやつもいる。 手で瓶ビールほどの大きさを示してやると、下級生たちが興味深そうに頷いた。 梨花(私服): みー……それは知らなかったのですよ。 羽入(私服): そんな小ザメもいるのですか?ぜひぜひ見てみたいのですよ~! 千雨: あー、この辺りには出るのかなぁ……?目撃情報がないだけかもしれないが……。 沙都子(私服): 羽入さんは朝から元気ですわね……ふあぁ。 朝早く出発したせいか、眠たげな沙都子とは反対に羽入は元気に大はしゃぎだ。 詩音(私服): 沙都子ー、ちゃんと起きてくださいね。寝ぼけて仕事中に怪我したら大変ですから。 沙都子(私服): わかっておりますわ……ふわぁ。 あくびを噛み殺す沙都子の言葉は、表面上言い返してはいるものの……とげとげしい感じは全くない。 千雨: (これは……甘えてるのか?魅音やレナに見せるのとは違う顔だな) 初めて見る沙都子の顔をまじまじと見る。 知らない人が増えて、知っている人間の知らない面を垣間見た。それ自体は、よくあることだが……。 梨花(私服): …………。 千雨: (ただ、梨花がその光景を嬉しそうに見てるのはどうしてなんだ……?) 沙都子と一番仲がいいのは、梨花だと思っていた。 もちろん、梨花と詩音も仲間として親しくしている様子だったので、不思議と言うほどではないのだが……。 親友が他の誰かと仲良くしているのを喜ばしいと素直に思っている様子が、どうにも私としては違和感を覚えてしまう……。 千雨: (それとも、沙都子の一番は自分だって疑っていない……のか?) 自信があるのか、そもそも気にしてないのか。どちらにせよ、そういうところは私の親友に似ているような……。 美雪(私服): まぁ、サメウォッチングはさて置いて……せっかくだし、千雨もちゃんと力を貸してよ。当座の生活費の足しにすると思ってさ。 千雨: ……わかった。で、具体的な仕事は何をすればいい? 詩音(私服): お姉の料理組と私の接客組に分けます。メンバー表はこっちで作らせてもらいました。 千雨: ……は……? 要するに、私はどっちになったんだ?……嫌な予感しかしないのだが。 めんどくさくて美雪に選ばせた、妙に華やかな水着に着替えた後……即座にアルバイトがはじまった。 羽入(水着): ご注文、お受けするのですよ~! 梨花(水着): 焼きそば、お待ちどうさまなのです。 沙都子(水着): おつり500円ですわ~!またお越しになってくださいまし~。 千雨(水着): ……あざっしたー。 私の仕事自体は簡単だ。注文を厨房に回し、料理を運んで金をもらう。 混んでくるお昼時は必然的に、手早く大量に料理の出来る人間が優先で厨房に入るので、残りが接客担当となる。 それはわかっている。わかっている……が。 千雨(水着): (……なんで一穂も、接客組なんだよ) 正直、困る。私が彼女に喋りかけられても、上手く返せないというのもあるが。 男性海水浴客A: ねぇ君、アルバイト何時まで? 男性海水浴客B: この後一緒に遊ぼうよ! 一穂(ナイト水着): え、えっとわ、私仕事中なので……。 千雨(水着): (あー、クソ……こうなると思った) 梨花たちは子どもなので、声はかけられない。 ……万一かけようものなら、そいつは速攻排除する。もちろん陸に。海は陸のゴミ箱じゃない。 ちなみに詩音は、声をかけてもムダですよと言わんばかりの空気をまとっているので……声をかけられても上手に受け流している。 接客慣れしている現役アルバイターの名は、伊達ではないということだろう。 私の方は、声をかけたい空気を出されても軽く睨めば速攻で逃げていく。 となると、最終的に辿りつくのは……。 男性海水浴客A: ねぇ、いいじゃんか。ちょっとくらい。 一穂(ナイト水着): えっと、ともだ……い、一緒に来てる人たちがいるので……! 一応断っているつもりのようだが、コレはダメだ。押せばいけると思わせるだけでしかない。 男性海水浴客A: 友達と来てるの? じゃあ一緒に……。 千雨(水着): 失礼、ご注文はお決まりですか? 男たちと一穂の間に一体を滑り込ませながら仮称・お客様を睨み付けると彼らは肩を震わせる。 男性海水浴客A: あー、えっとさぁ……ここ、ちょっと高くない?ボッタクリにもほどがあるでしょー。 千雨(水着): ご了承ください。 男性海水浴客B: いや、ご了承ってさぁ。こっちは客なんだけど? 千雨(水着): ……失礼ですが、まだご注文をいただいていないようなので。 注文してないお前たちは客じゃない、と軽く言葉の外に含ませながら軽く睨む……と。 梨花(水着): みー……。 私たちと男の間に、梨花が入り込んできた。 梨花(水着): お値段の分、お料理にこだわっているのですよ。ボクたちもさっき一生懸命野菜を切ったのです。 羽入(水着): あ、あぅあぅ……とっても美味しいのですよ! 一穂(ナイト水着): り、梨花ちゃん! 羽入ちゃん! 男性海水浴客B: ふん。美味いとか、食ってないのにわかるかよ。 羽入(水着): だったら、値段に見合っているかもわからないと思うのですよ。 羽入(水着): 僕は、このお店の料理はお値段に見合うおいしさがあると思うのです! 男性海水浴客A: はぁ? ガキが生意気言っ……うっ。 暴言を吐いた男は、ようやく他の客から冷たい目で見られていることに気づいたようだ。 それも当然だ。料理を注文するどころか、店を健気に手伝っている子供に暴言吐いている大人を見ながら食う飯はまずいだろう。 男性海水浴客A: チッ……おい、他行こうぜ。 男性海水浴客B: あのさぁ……そういう態度ってよくないよ?このお店、潰しちゃってもいいの? 千雨(水着): ほぉ……どうやって潰すおつもりで?参考までにお聞かせ願えませんか。 男性海水浴客B: はぁ? そんなの決まって……ひっ?! これ見よがしに、手に持ったリンゴを片手で砕いてみせる。……少しもったいないが、時にはパフォーマンスも必要だろう。 男性海水浴客A: なっ……こ、こいつバケモ――? 千雨(水着): ありがとうございました。お帰りはあちらです。 私が出口を指さすと、男たちは文字通り裸足で逃げ出した。 千雨(水着): (……潰れるも何も、夏が終われば海の家なんざ大体終わりだっての) さすがにバイト中なので、心の中で唾を吐き捨てる。背中を蹴り飛ばさないだけ、まだ頑張ったほうだろう。 千雨(水着): (砂浜に埋めてやろうと思ったんだがな……。とりあえず連中の顔は覚えたし、次会ったら問答無用でそうしてやろう) 梨花(水着): ……大丈夫でしたか、一穂。 一穂(ナイト水着): あ……ありがとう梨花ちゃん、羽入ちゃん! 羽入(水着): あ、あぅあぅ……海にはあんな危険もあるのですね。 梨花(水着): みー、そうなのです。だから羽入、甘いお菓子をあげると言われても知らない人についていってはダメなのですよ。 羽入(水着): い、行かないのですよ……あぅあぅ! 背中で賑やかなやりとりを聞きながら男たちがテーブルに残した水のコップを片付けていると。 一穂(ナイト水着): あ、あのっ……。 千雨(水着): ……なんだ? 一穂(ナイト水着): あ、ありがとう千雨ちゃん。私、どうしたらいいかわからなくて……。 千雨(水着): ……次からは、誰かを呼べ。私でもいい。 一穂(ナイト水着): う、うん!ありがとう……! ありがとう……! 怖かったのか、目に涙を浮かべる一穂に何度も何度もお礼を言われて……困惑が大きくなる。 千雨(水着): (ほんとにこいつ、あの時の「あれ」なのか……?) 以前目撃した、#p綿流#sわたなが#rしでの惨劇を思い返す。 あの「世界」で私たちを殺そうとした魅音とレナは、厨房の中で慌ただしくも楽しげに料理をしている。 そして一穂は、たかが声をかけられた程度で怯えて固まり、今は弱々しく微笑んでいて……。 千雨(水着): (……なんなんだよ、いったい。この「世界」は、あの時と別物だって言うのか?) わからない……何を信じていいのかわからない。けど、今言うべきなのは……。 千雨(水着): 梨花、羽入……間に入ってくれて、助かったよ。もしお前たちが来なかったら、あいつらと殴り合いになってたかもしれん……勝ってたがな。 羽入(水着): あぅあぅ、すごい自信なのです……。 梨花(水着): みー……争いは避けるに越したことはないのです。どうしても避けられない争いはもっと他にあるのです。 羽入(水着): あぅあぅ、せっかく楽しい海に来たのですから楽しく安全に過ごすのが一番なのですよ! 梨花(水着): みー、その通りなのですが……羽入、本当に大丈夫なのですか? 羽入(水着): たむ……友達が手伝ってくれているのです。ですから、少しくらいは#p雛見沢#sひなみざわ#rを離れても大丈夫なのですよ。 千雨(水着): ? おい、なんの話だ……って。 尋ねようとした視界の端で、もじもじと足をすりあわせる一穂が見えた。 千雨(水着): なんだ? トイレなら早く行ってこい。 一穂(ナイト水着): そ、そうじゃなくて……!私、千雨ちゃんにどうしても伝えたいことが……! 何を伝えたいんだ、と私が問いかけようとしたその時……。 浜辺の向こうで歓声があがった。 反射的に場の全員がそちらを見て。 羽入(水着): あ、あれはなんなのですか……?! 胸を弾ませたように、羽入が楽しげな声をあげる。 ――彼女が指さす先、果てしなく広がる水平線の上にはカラフルな建造物があった。 Part 04: 客足が落ち着いた頃に休憩をもらい、全員で歓声がした方角へ歩いていくと……その全容はすぐに明らかになった。 羽入(水着): す、すっごいのですよ~! 沙都子(水着): あ、あれはいったいなんですの……?! 梨花(水着): みー。公園によくある遊具に似ていますですが……何倍も大きくて、海に浮いているのですよ。 確かに梨花の言う通り、形状は公園に設置されたアスレチック遊具のそれとよく似ている。 ただ、子どもたちが遊ぶためのそれとは違ってかなり複雑なつくりをしているようにも見えた。 千雨(水着): そもそも、あんなのが来た時にあったか……? 一穂(ナイト水着): な、なかった気がする……。 私たちがそんなことを話して訝っていると、偵察のためなのかいち早く動いていた詩音が長い髪を揺らしながら、こちらへ戻ってきた。 詩音(水着): 何をやっているのか、聞いてきましたよ~! レナ(水着): お疲れ様、詩ぃちゃん!あれっていったい何なのかな、かな……? 詩音(水着): どうも地方のテレビ局が主催して、海上アトラクションのゲーム番組を収録するために突貫で設置したものみたいです。 詩音(水着): 今の時期のお昼のバイトが見つからなかったのは、あっちの収録に必要なスタッフを募集したことが影響しているみたいですね。 詩音(水着): 素人の飛び入り参加も、ペア抽選で受け付けているって話ですけど……みなさん、どうします? ほら、と詩音がスタッフからもらってきたのかチラシを差し出してくる。 魅音(水着): いやどうしますか……って、あたしたちは海の家のバイトがあるじゃんか。参加なんてできるわけがないでしょ? 詩音(水着): ……ですよねぇ。そっちを放り出して遊ぶというのは、さすがに色々とまずいでしょうし。 沙都子(水着): あら、最優秀ペアには賞金が出るみたいですわね。 沙都子(水着): 賞金額は……100万円……?! 詩音(水着): さっさと抽選引きに行きますよ、お姉!あんな小汚い海の家でちまちまっと稼ぐより、ドカンと一発当ててやりましょう! 梨花(水着): ……みー。見事なまでに手のひらクルックルなのです。 羽入(水着): あぅあぅ、僕が前に言った台詞をとらないでくださいなのですよ~! 菜央(水着): えっと……詩音さんって、お金困ってるの? 詩音(水着): まぁ、さほど困ってはいませんが……あるに越したことはありませんよ。お金があれば、旅行とかも行けますしね。 詩音(水着): 沙都子、行きたいところはありますか?言ってくれれば世界中のどこにでもねーねーが連れていってあげますよ~♪ 沙都子(水着): ……詩音さんのお気持ちは嬉しいですけど、そういうのは取らぬタヌキのなんとやらですわ。 羽入(水着): 旅行……! 呆れた表情の沙都子とは対照的に、羽入の目がきらり……と興味津々とばかりに輝き出す。金額よりも、その用途に関心が傾いた様子だ。 梨花(水着): 羽入、行きたいのですか? 羽入(水着): はいなのですよ! みんなで一緒に行けるのなら、いろんなところに行ってみたいのです! 一穂(ナイト水着): みんなで一緒に、旅行……。 一穂も興味を示し、一同が盛り上がりを見せる。……が、そんな中で私はひとりだけ後ろを向く。 さすがに、これ以上は付き合っていられない。生活費がかかってくる海の家でのバイトならまだしも、わいわいと黄色い声で騒ぐ気にはなれなかった。 千雨(水着): 頑張ってこい……海の家は任せろ。 美雪(水着): って……待ってよ、千雨。とりあえず、抽選だけでも引いてみない? 一足先に海の家に戻ろうと返しかけた踵を、美雪の言葉で止められる。……またしても逃げる機会を失った、くそ。 美雪(水着): 全員が合格するのはさすがになさそうだし、海の家も落ち着いてきたから数人抜けるくらいは大丈夫だと思うよ。 美雪(水着): 数で押し切るためだと思って……ね?協力してよー。 千雨(水着): ……引くだけだからな。 沙都子(水着): じゃあ全員でくじを引きに……どこに行けばいいんですの? レナ(水着): もしかして、あの人だかりができているところかな……かな? 梨花(水着): みー。あれが全員参加希望者だとすると、当たる確率は低そうなのです。 魅音(水着): ペア抽選とやらは、二人の名前の組み合わせを書いて投票するらしいよ。 魅音(水着): 組む相手が違うなら、くじ引きは何度引いてもいいんだって。 詩音(水着): ここにいるのは、私とお姉と沙都子。そして梨花ちゃまと羽入さん、レナさん。 詩音(水着): 菜央さん、美雪さんに一穂さん、千雨さん……計10人ですね。 菜央(水着): つまり、何回くらい挑戦ができるの? 詩音(水着): 10人で、2人組ですから……とりあえず、2人組を総取っ替えすればいいだけです! 美雪(水着): おぅ、力技……。 とりあえず列には並んだものの、梨花の言う通りに当たる確率は低い。 そのはず……だった。 スタッフ: 大当たりーっ! 予選参加、決定です! ……私と一穂のペアが、参加の当たりくじを引くまでは。 千雨(水着): いや、嘘だろ……なんだこれは……? あまりにもと言えばあまりにも意地悪すぎる組み合わせに、私は表情を隠すことも忘れて天を仰いでしまう。 これが天の配剤だというのなら、神様が寝ぼけていたのか……あるいは完全に悪意で操作したとしか思えない。 一穂(ナイト水着): わ、私っ、自信ないよ……!それに千雨ちゃんなら、美雪ちゃんの方が……! 一穂もまさか、自分が当たりを引くとは全く想像もしていなかったらしい……まぁ、それも私も同じなので若干の同情を覚える。 千雨(水着): (よりにもよって一穂か。これは……) 尻込みする一穂に同意するわけじゃないが、私も交代を申し出ようとする……が。 美雪(水着): ダメだよ、当選したのは一穂と千雨だから。せっかくだし、楽しんでおいでよ。 その言葉に、背中からすっと熱が引いていく。 千雨(水着): 美雪、お前……。 信じられない思いで、私は美雪を見る。 私が一穂を避けているのを、こいつは見てたはずだ。なのに、そんな彼女と行ってこいと……? 千雨(水着): (私の気持ちは無視か……?) 腹立たしくなった私は、文句を言おうとして……。 千雨(水着): ……ったく。 苦い思いをかみ潰しながら、頭をガリガリとかいて……大きくため息をついた。 あぁ……わかっている。こいつが私の意思とは違う方向を勧める時は、私が気づいていない何かがあるのだ。 ただ、今の私はその#p思惑#sおもわく#rがわからない……だから戸惑う。苛立つ。 千雨(水着): (面倒なことになった……本当に) どうするべきか思案していると、水着の裾を僅かに引っ張られた。 梨花(水着): 千雨……。 千雨(水着): なんだよ、梨花。 じっ、と私を見上げながら……梨花は口を開いていった。 梨花(水着): 羽入は……ほんの少し前まで村の外に出られませんでした。 梨花(水着): それは、ボクも同じだったのです……そして沙都子も、ボクに付き合って……。 梨花(水着): 本当は、ボクが二人を旅行に連れていってあげたかった。大人になったら、と……叶わぬ願いを持っていました。 千雨(水着): 叶わぬって……そんな。 たかだが旅行で大げさな……と言いかけたが、やけに真剣な表情に茶々を入れそうになった気分を改めて、私は言葉を飲み込む。 この梨花と羽入に、いったいどういった事情があったというのだろう……? その詳細については知ることができず、私はただ先を聞くだけだった。 梨花(水着): でも、この海の家に来て喜ぶ羽入を、楽しそうな沙都子を見て……思ったのです。 梨花(水着): できることなら沙都子と羽入を、行きたいところに、行ってみたいところに連れていってあげたい。 梨花(水着): ……どうか、お願いなのです。 無邪気そうに明るい声と表情の中に、幾ばくかの祈りめいた真剣な思いを感じて……。 私は端々に抱いていた違和感を、自分の中でなんとか繋げて……いった。 千雨(水着): 金云々よりも、私たちが優勝したから旅行に行けるって……そういう建前が必要なのか? 梨花(水着): …………。 無言の首肯に、私も無言で返す。 古手梨花の頼み事は、私には何の関係もない。一方的で勝手な願いなので、叶える筋合いはない。 だが……知ったことかとは、さすがに返せなかった。 千雨(水着): (親友の命の恩人にここまで頼まれて、ダメだなんて言えるかよ……) 私は、知っている。彼女が15年前赤坂衛にSOSを出したから、赤坂美雪が無事に生まれて来たことを……。 千雨(水着): ……。あー、くそっ……。 一穂(ナイト水着): えっ? あっ……。 苛立ちまぎれに頭をかきながら、なんの話だろうときょどきょどしていた一穂を横目で睨み付ける。 一穂(ナイト水着): えっ?! ご、ごめんなさ……ひゃっ?! その謝罪を無言で遮り……私は一穂の肩を抱き寄せて言った。 千雨(水着): やるからには1位だ、それ以外は認めない。……先に言っておくが、私は負けず嫌いなんだ。 一穂(ナイト水着): う、うん……それは前から、なんとなく……そんな気がしたけど。 千雨(水着): は……そうかよ。 おどおどとした態度のまま言い返してきた一穂に、私は思わず警戒心を解いて吹き出してしまう。 千雨(水着): よし、行くぞ。 梨花(水着): 千雨……。 千雨(水着): 期待はするなよ。 羽入(水着): 千雨、一穂ー! 頑張ってくださいなのですよ!海の家のお仕事、千雨と一穂の分まで頑張るのです!! 千雨(水着): ……あぁ、そっちは頼んだ。 私は一穂の肩を掴んだまま、アスレチックへと向かう。 千雨(水着): やるぞ、一穂。 一穂(ナイト水着): う……うん!! Epilogue: 海の家のアルバイトが終わり、夕飯も風呂も済ませて後は自由時間……。 と来たところで、このメンツが大人しく布団に潜りこむことはなく。 詩音(私服): やっぱり夏の風物詩と言えば、花火ですよね~。 ごくごく小規模な、花火大会がはじまった。 レナ(私服): はぅ~♪ 大きい花火も綺麗だけど、小さい花火はかぁいいね~!! 菜央(私服): そうね、かわいいわ~。 手持ち花火から吹き出す火花を楽しげに見つめているレナに、菜央がうんうんと頷く。 沙都子(私服): それにしても、たくさん花火買ってきたんですのね。 魅音(私服): せっかくだからね!ラストは打ち上げ花火やるよー!! 美雪(私服): それ、おもちゃ屋で売ってるので一番大きいやつじゃない? 梨花(私服): みー。店頭で売っているのを見ても、使うところは初めて見たのですよ。 羽入(私服): な、なんだかすごそうなのです……!海に来てよかったのですよ! 一穂(私服): う、海でしかやっちゃダメなのかな?あぁでも、#p雛見沢#sひなみざわ#rでやって山火事になったら大変なことになっちゃうし……。 にぎやかな声と火花で彩られる砂浜を横目に、私はひとり皆から離れた岩場で海面を見つめていた。 ……暗く淀んだ、夜の海。もしサメがいたとしても、人間の肉眼ではとても発見することなどできないだろう。 そんな私の耳に……歩み寄る気配があった。振り返らずとも、わかる。 千雨: 美雪か。……今度はどんな説教をしに来たんだ? 美雪(私服): そんなに身構えないでよー。……にしても、さすが千雨だね。振り返らなくても私だってすぐにわかるなんてさ。 千雨: お前の歩き方は、特徴がある。砂浜の踏みしめる音を聞けば一発だ。 美雪(私服): もはや武道の達人の領域だね。 美雪(私服): まぁ全中どころか大人を交えた全国大会でも無双状態のキミなら、そのレベルに達してるって言われても納得できるけどさ。……隣、いい? 千雨: 嫌だって言っても座るつもりだろ?……好きにしろ。 そう言われて美雪は、私の横の岩場に腰を下ろす。 美雪(私服): ……ゲーム、惜しかったね。 千雨: 言えよ……あんだけ大口叩いといて、私が足滑らせて失格になるとは思わなかったって。 美雪(私服): いやいや、一穂もその後すぐ落下したし? 千雨: あれは私が落ちたのに、驚いたせいだろ。別の誰かと組ませたら、本戦に進めてたかもしれない。 美雪(私服): 他の誰も当たりを引けなかったんだから、もしかしたら……は、想像しても意味がないよ。 美雪(私服): って、普段の千雨なら言うと思うけど。 千雨: ……普段の私なら、か。 いつもの私はそう言うだろう。でも……今の私は、いつもの私じゃない。 千雨: なぁ、美雪……この「世界」は、なんなんだ? ぐしゃりと前髪ごと頭を掴み、前の「世界」で見たものを思い出す。 言葉にできない。わからない。知らないものは例えられない。伝えられない。 そんな状況で絞り出せる言葉など……たかが知れていた。 千雨: 公由一穂って……いったい、何なんだ? 美雪(私服): ……さぁ、なんだろうね。 怒るか、訝しく聞き直してくるかと思っていたが……意外にも美雪は冷静に、そして当然のように返してきたので……。 私の方がかえって驚きを覚え、目を見開きながら彼女の横顔を見つめた。 美雪(私服): この「世界」も一穂も、仲良くなればなるほど知った気になればなるほど……わからないことがそれ以上に増えていく気がするよ。 千雨: お前、何に気づいて……いや、怪しむ点があるのか?だとしたら、なんであんなにも無警戒なんだ。 美雪(私服): 気づいてるのかな……けど、怪しむだけじゃ何も変えられない。 美雪は両足を投げ出す。暗い海の水面に、揺れる足の影がうつる。 美雪(私服): それに、今こうしていられるのはあの時期……#p綿流#sわたなが#rしを越えた先だからだと思う。 千雨: だから安心だって?……そんなこと断言できないだろ。 千雨: 危険がないなんて保証するようなものは何もない。なのに……! 美雪(私服): ……ねぇ、千雨。 美雪は足をぶらつかせながら、星空を見上げて言った。 美雪(私服): 私たち全員が、ここの海水浴場に来るのはこれで2度目だって言ったら……どうする? 千雨: は……? 美雪(私服): ちなみに梨花ちゃんと沙都子、羽入は初めて。 美雪(私服): 確か梨花ちゃんが、どうしても雛見沢を出られないって言い出してね。理由は、なんだったけ……忘れちゃった。 美雪(私服): それに沙都子と羽入も、一緒に付き合って……代わりに公由夏美ちゃんって子が一緒に来た。 美雪(私服): 海の家でのバイトはあったけど、海上アスレチックはなかったなー。 美雪(私服): ……もちろん、キミもいなかった。 そこで美雪は、空へ向けていた視線を動かして……じっと、私を見つめる。 暗がりの中で、よくわからなかったが……なぜかその顔には、憂いにも似た陰りが宿っているようにも感じられた。 千雨: おい……なんの話だ。 美雪(私服): 昨日見た、夢の話だよ。 美雪(私服): でも、あの夢を見た後だとさ……羽入ちゃんと梨花ちゃんのはしゃぐ理由がわかる気がするんだ。 美雪(私服): ……どんな理由かはわからないけど、あの時は行けなかったから。 美雪(私服): たぶん、梨花ちゃんじゃなくて羽入ちゃんか沙都子に何か原因があったんだと思う。 美雪(私服): でも、今回はよくわからないけどそれが解消されたから来ることができた……だから羽入ちゃんは大喜びしてた。 千雨: お前、それは……。 美雪(私服): 本人たちに問いただしたか、って?できるわけないよ……ただの夢だしね。 美雪(私服): でも、なんか夢で片付けるにはリアル過ぎてさ。 美雪が背伸びをしながら、ゆっくりと岩場に倒れ込む。 荒波にもまれ、長い時間をかけてなだらかになった岩の表面だが……それでも背中に刺さって痛いはずだ。 でも彼女は、その痛みが今必要とばかりにわずかに顔をしかめながら淡々と語っていった。 美雪(私服): ひょっとしたら、千雨も同じ……いや、なんか悪夢を見たんじゃない? 美雪(私服): 部活メンバーだけじゃなくて、一穂を見る目も変わるような……さ。 千雨: …………。 あれは、単なる夢では片付けられない。美雪と菜央ちゃんを置き去りにして、ひとりだけ平成に戻ったあの経験は……。 千雨: (……けど、それが無かったら?) 今頃、みんなと花火を楽しむ輪の中に入って一緒に無邪気に、はしゃいでいただろう……美雪に気を遣わせることもなかったはずだ。 千雨: ……美雪。お前は、何を知ってるんだ? 美雪(私服): 私は、なにも知らない。だけど、もし雛見沢のみんなに……そして一穂に何か目的があるのだとしたら、私はそれが知りたい。 美雪(私服): 確認したことはないけど、菜央もたぶん……同じだと思うよ。 千雨: それが分からない限り、元の「世界」……平成には戻れないってのか? 美雪(私服): うん。この状態で戻っても、行く前より後悔が増えるだけだよ。 美雪(私服): ……上手く言葉にできないけど、そんな気がするんだよね。 そして、身体を起こした美雪はそのまま立ち上がり。 美雪(私服): よしっ! 私も花火してこよーっと。 花火に興じる集団の中へと戻っていく。……親友の背中を見送りながら、私は乱れた自分の前髪を整えた。 千雨: …………。 千雨: あぁ……わかってるさ。あいつらが私や美雪たちのことを、悪く思ってないってことはな。 だが、私は一度……地獄を見た。見てしまった以上、見る前には戻れない。 そして……。 沙都子(私服): ネズミ花火、乱舞ですわーっ! 一穂(私服): ひゃあっ?! ネズミ花火に慌てふためく一穂の姿を見つめ……深海水のように冷え切った声で呟いた。 千雨: 公由一穂は……間違いなく、何かを隠してるぞ?