Part 01: 鷹野: ……今日は快晴で良かったわね、ジロウさん。雨なんて降ったら、せっかく咲き始めた桜が台無しになっていたところよ。 富竹: そうだね。けど、たとえ天気が悪くても露光をしっかりと確保して焦点を絞れば、いい感じの写真が撮れるものなんだよ。 富竹: あと、雨が上がった後は草葉の上に雨粒が残って、まるで宝石のようにキラキラと輝いて映えるからね。それに……。 鷹野: くすくす……もう、そうじゃなくて。せっかくの休日デートなんだから、晴れの日が良いに決まっているでしょう? 富竹: えっ? あ、あははは……そうだったね。気が回らなくてごめん、鷹野さん。 そう言ってジロウさんは苦笑しながらも、自分の至らなさを誠実に謝ってくれる。 もちろん、私も本気で不満を言ったわけではない。半分以上はいつものようにからかっただけだ。 とはいえ、今日も私の方から風景写真の撮影で色々教えてもらいたい……と持ちかけなければ、せっかくの休日なのに誘ってもくれなかっただろう。 それが不満と言えば、……確かにそうかもしれない。 鷹野: (もっと自分の都合で振り回してくれても別に構わないのにね……まぁ、それが彼のいいところと言えば、その通りなんだけど) 交際を意識してからそれなりに日が経つというのに、いまだにジロウさんは踏み込もうとしてこない。 特にここしばらくは、「例の件」で後ろめたさもあってか……自分から予防線を引いてしまっている。 その真摯さが嬉しくて、改めて好意を抱くことには繋がっていたけれど……やはり物足りなさは否めず、思わず苦言じみた思いが口をついて出た。 鷹野: ジロウさんは、自己評価が低いのが玉に瑕ね。あなたのような人なら、これまでにも素敵な人が引く手あまた状態だったでしょうに。 富竹: いやいや、そんなことはないよ!学生の頃も自衛隊に入ってからも、僕はずっとそういったものとは無縁に過ごしてきたし……。 富竹: 何より、与えられる課題や仕事にすごくやり甲斐を感じていたからね。素敵だと思った女性は、鷹野さんが初めてだよ。 鷹野: くす、……それは光栄に思うと同時にちょっと重く感じる発言ね。 鷹野: 知っているかしら、ジロウさん?女は真面目一辺倒よりも、扱いに慣れた人に心惹かれたりするものなの。 鷹野: 余裕のある態度と振る舞いが、自信があるように感じるのでしょうね。……だからジロウさんも、たとえ虚勢でも一途すぎないほうがいいと思うわ。 富竹: ……。確かにその通りかもしれない。僕は女性に対してその……不慣れだから、そこに不満を抱かれても仕方ないと思う。 富竹: でも……僕は大切な女性に対しては誰よりも誠実で、真剣でいたいんだ。 富竹: もちろん、直すべきところがあったら改善に努めるつもりだ。……軟派に振る舞え、というのはさすがに難しいだろうけど。 富竹: 鷹野さんのように知識と魅力にあふれた人に僕がアピールできるのは、とにかく真面目であることだけだから……その……。 鷹野: あら……くすくす!その言い方だと、私は男女交際の経験が豊富だという感じに聞こえるわね。 鷹野: 私って、そんなに軽い女に見えるのかしら?ちょっとショックだわ……。 富竹: いっ……いやいや、そういう意味じゃないよ!そ、そりゃ鷹野さんほどの素敵な人だったら、学生の頃も就職してからも凄くモテたと思うけど……。 富竹: あぁっもう、何を口走っているんだっ?ごめん鷹野さん、僕は君のことを悪く言うつもりはこれっぽっちも……、っ? 鷹野: ……くす。 しどろもどろになって混乱するジロウさんの様子がおかしくて、愛おしくて……私は人目がないのをいいことに、そっとその広い胸の中にしなだれかかる。 不満はある。こうあってほしい、という願望も。だけど、やっぱり……これがジロウさんなのだ。 ……これまで私は、ずっと「夢」に向かって一直線に駆け抜けてきた。わき目も振らず、ただそれだけが生きる意味だと信じて。 そして権力を得るためには、嘘も必要。目標を達成するには、汚い手段さえ辞さない。 全ては「夢」のため……そんな言い訳をして、骨の髄まで「邪」になりきっていた。何が本当で何が嘘かも、わからなくなるほどに。 だからこそ、いつも嘘偽りなく接してくれるジロウさんの存在が……まぶしかった。憧れた。 この人の誠実を、受け止めよう。そして、今抱えている「苦しみ」を……少しでも癒してあげたい。 そんな決意を胸に秘めたからこそ、私は今日彼をここに誘い出したのだから……。 鷹野: ……ジロウさん。あなたは私に、ずっと言えずに黙っていることがあるのよね? 鷹野: ここなら、誰も聞いていないわ。だから……話して頂戴。 富竹: ……ッ……! 私の告げた言葉に衝撃を受けたのか、ジロウさんが息をのむ声が……聞こえる。 そして彼はしばらく黙り込んだ後、観念したように口を開いていった……。 Part 02: 富竹: ……『東京』の決定事項が正式に下ったよ。『#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群』の研究は、今年いっぱいで終了になるとのことだ。 鷹野: やっぱり、……そうなったのね。 失望はそれなりにあるが……驚きはない。数ヶ月前からすでに雲行きが怪しかったので、心の準備ができていたせいだろう。 鷹野: 小泉先生が亡くなられたことで、反対派勢力が権力をほしいままに振るい始めたってことね。その影響がついに、形になって出始めた……か。 富竹: ……すまない、鷹野さん。僕にもっと力とコネがあれば、もしかしたら……! 鷹野: くすくす……気を悪くしないでほしいんだけど、あなたにそんな期待はしていなかったわ。だって決めたのは、はるか上の方の人たちだもの。 鷹野: 小泉先生は私のため、そういった人たちを強引に押さえつけてくれていた。だからあの人がいなくなれば、彼らは思うがままに動く……。 鷹野: それが当然の流れ。自然の摂理ってものでしょうね。 富竹: 鷹野さん……。 鷹野: ねぇ、ジロウさん。あなただから正直に打ち明けるけど……私は今、2つの選択肢のどちらかで悩んでいるのよ。 富竹: 2つの、選択肢……? 鷹野: えぇ。ひとつはこのまま上の命令に従ってプロジェクトを穏便に終了させる。……もちろん、入江所長たちの処遇などもきちんと整理してね。 鷹野: そして、祖父の悲願だった『雛見沢症候群』の研究は政府やその他の国家機関から忘れ去られて、日の目を見ることなく静かに消えていく……。 鷹野: うまくいけば、どこかの大学か企業の研究所が手を差し伸べてくれて、研究を続られるという幸運があるかもしれないけど……。 鷹野: 予算も規模も、今とは比べものにならないほど小さくなってしまうことは間違いがないわ。 富竹: ……だろうね。でも、鷹野さんたちの頑張りが完全に「な」かったことになってしまうなんて、あまりにも惜しいと僕は思っている。 富竹: だから、もしそのあてを探すのだったら是非手伝わせてくれ。できる限り僕は……いや。 富竹: 僕の全てを賭けてでも、力になってみせるとここに誓うよ……鷹野さん。 鷹野: くす……それは頼もしいわ。で、2つめの選択肢だけど……。 鷹野: 『雛見沢症候群』の恐ろしさと凄まじさを上の連中に痛いほど知ってもらうためには……いっそ大爆発させるのも、ありかもしれない。 富竹: えっ……そ、それはどういう意味だい? 鷹野: 言葉の通りよ。『雛見沢症候群』に感染した村人は女王感染者……古手梨花の死から48時間以内に発症して、末期症状に至る。 鷹野: 具体的には思考の加速と拡大による妄想、さらには攻撃衝動と自傷行為の誘発……。 鷹野: 本当にそうなったら、村人全員が殺し合って命を落とす地獄絵図が繰り広げられることになるでしょうね。 鷹野: それを見たら上の連中も、自らの過ちと愚かさを悔いるかもしれない。なにしろ己の判断によって、小村とはいえ約2,000人の命を奪うのだから……。 富竹: た……鷹野さんっ?! 鷹野: えぇ、わかっているわ。これは悪魔に魂を売った……鬼畜外道の極み。きっと歴史を読んだ後世の人たちは私のことを「魔女」と呼んで忌み嫌い……憎むと思う。 富竹: そ、それがわかっていて……まさか、本当にやるつもりなのかい?! 鷹野: ……あら、ジロウさん。1つ目の選択肢と違って、私を手伝ってはくれないのかしら……? 鷹野: 私はあなたと一緒なら、喜んで地獄に落ちてもいいと本気で思っているのに……私に対するあなたの愛は、その程度だってことなの……? 富竹: …………。 富竹: 鷹野さん。僕は、君が好きだ。君がそれほどの覚悟で導き出した結論なら、たとえともに地獄に落ちようと世間になんと言われようと……別に構わない。 富竹: だけど……僕にとって君は、世界中の誰よりも美しくて気高い人なんだ! そんな人が世間から邪悪だの外道だのと罵られる未来は見たくない! 富竹: いや、たとえ死んで見る機会がなくなったとしても、存在しているということさえ認めたくないんだ! 富竹: だから、もしそうなった時は……君を止める。僕の全てを、命さえ差し出してでもだ! 鷹野: ……。それはすなわち、最悪の場合は私を殺す……ということ……? 富竹: あぁ。でも、君ひとりだけは逝かせない……!そして君の命は、他の誰にだって奪わせるものか! 富竹: 君は……僕が殺す。そして僕も、必ず君の後を追いかけて永遠に償い続ける……君のために……!! 鷹野: …………。 鷹野: ありがとう、ジロウさん。その言葉が……聞きたかったの。 富竹: えっ……? 鷹野: 2つ目の選択肢……本当に魅力的で、数え切れないほど恋い焦がれたわ。 鷹野: でも、もしおじいちゃん……高野一二三先生が生きていたら、きっと絶対に許さなかったと思う。 鷹野: 安易な逃げを選び、愚かな手段で承認欲求を満たそうとする人間が自分の孫なんかであるはずがない……。 鷹野: そんな声が、……聞こえた気がしたのよ。 富竹: 鷹野さん……。 鷹野: だからこそ、私はあなたにも同様に愚かな選択をしないよう引き留めてもらいたかった。 鷹野: そして、……申し訳ないけど、試したのよ。あなたの真摯な思いがうわべの言葉だけでなく本心からのものかどうかを、……ね。 鷹野: ……ごめんなさい、ジロウさん。でも、私がそうなる前に自分が殺すと言って……そして後を追うと誓ってくれたこと、嬉しかった。 鷹野: だから私は、あなたに賭ける。そしてあなたが私のために生きてくれるのなら、私もあなたのために……生きることを誓うわ。 富竹: 鷹野さん……いや、三四さん。 富竹: 確かに僕は、今までずっと臆病だった。君を傷つけたくないと言いつつも、実のところ僕自身が傷つくのを恐れていたのかもしれない。 富竹: 愛していると言いながら、覚悟が足りなかった。だから僕は、ここに誓うよ。……君のことを全てを投げ出してでも、必ず守り抜いてみせる。 富竹: だから三四さんも、僕のことを信じてほしい。君の生きがいだった『雛見沢症候群』の研究は、決して無駄になんてさせるものか……! 鷹野: ジロウさん……。 富竹: 実は、僕に考えがあるんだ。君さえよければ会ってもらいたい人がいるんだが、近いうちに時間をもらってもいいかい……? Part 03: 魅音(私服): ほらっ、富竹さん急いで!せっかくの千載一遇の絶好の大チャンス、早くしないと間に合わなくなっちゃうよ! 富竹: ちょっ、魅音ちゃん……!そんなふうに手を引っ張られたほうが走りにくいんだけど……? 美雪(私服): 富竹さんが本気で走ろうとしてくれないからですよ。何を恥ずかしがってるんですか? 富竹: い、いや……宴会の席に三四……鷹野さんがいるって聞いたから、その……気恥ずかしいっていうか……。 美雪(私服): 何を言ってるんですか、婚約したんですよね?もう村中の噂になってますよ~。 富竹: えっ……そ、そうなのかい?!僕はまだ誰にも話していないのに、いったい誰が……?! 魅音(私服): 鷹野さんです。すっごく嬉しそうに、婚約指輪を見せてくれましたよ……くっくっくっ。 富竹: あ、あははは……渡した時はあっさりと素っ気ない感じだったから、失敗したと落ち込んでいたんだけどね……。 梨花(私服): みー。鷹野は喜んでいる時ほど、表情を隠そうとする面倒くさい女なのですよ。 梨花(私服): これからも色々と振り回される未来が今からでも目に浮かんでくるようで、富竹はかわいそかわいそなのですよ。にぱー☆ 羽入(私服): あぅあぅ、なんで梨花はそんなにも嬉しそうな顔をしているのですか……?他人の不幸は蜜の味とは、趣味が悪すぎなのですよ。 梨花(私服): 蜜の味ではないのですよ、みー。どちらかといえばキムチ風味なのですよ、もぐもぐ。 羽入(私服): んぎゃああぁぁぁああぁっっ?!焼ける、焼けるっ? 喉の中が大火事で燃えさかっているのですよ~~?! 菜央(私服): ちょっと梨花、キムチを食べながら歩くなんて行儀悪いわよ。羽入も芝生の上をゴロゴロと転がって遊んで、服が汚れても知らないんだから。 羽入(私服): ぼ、僕はやりたくて転がっているわけではないのですよ……がくっ……。 沙都子(私服): ……返事がなくなりましたわね。まるで屍のようですわ。 一穂(私服): と、とりあえず富竹さん……せっかくなので、来てください。 富竹: あ、あぁ。わかっ、……た……? 菜央(私服): それじゃ、もう一枚……今度は桜の木を背景に、ポーズを決めてください。 鷹野(セーラー): こうかしら……はい、ポーズ♪ レナ(私服): はぅ~……鷹野さん、とってもかぁいい~♪セーラー服、とっても似合っていますよ! 鷹野(セーラー): くすくす……せっかくなんだから、恥はかき捨てて楽しまないとね……あら? 富竹: ……。鷹野さん、なのか……? 鷹野(セーラー): くすくす……魅音ちゃんたちの挑発にまんまと乗ってしまって、罰ゲームを受けてしまったわ。 鷹野(セーラー): どうかしら、ジロウさん?年甲斐もなくこんな格好をして、少し恥ずかしいんだけど……。 富竹: …………。 鷹野(セーラー): ? どうしたの、ジロウさん。 富竹: ……め……。 鷹野(セーラー): め? 富竹: 女神様が……いる……! 沙都子(私服): をーっほっほっほっ……やっぱりですわ!確かにお歳のことを考えたら無理しておいでで?やりすぎですわ! って思いましたけどね。 鷹野(セーラー): ……沙都子ちゃん? 沙都子(私服): ひっ……ひぃいいぃぃぃっ?!わ、私は皆さんの意見を代弁しただけでしてよ! 梨花(私服): みー、そんなことはないのです。とっても似合っているのですよ、鷹野。 沙都子(私服): んがっ? り、梨花ぁぁぁあ?! 羽入(私服): あ、あぅあぅ……ぼ、僕も素敵だと思うのです。……ごめんなさい沙都子、僕は巻き添えになんてなりたくはないのですよ。 沙都子(私服): うっ……裏切り者おおぉぉぉおっ!! 富竹: …………。 菜央(私服): どう、結構いい感じでしょ?罰ゲームのつもりだったのに、結構さまになってたから富竹さんにも見てもらおうと思ったのよ。 レナ(私服): はぅ……そうだねっ。セーラー服だけど、菜央ちゃんのデザインがちょっと大人向けだったから逆に鷹野さんの方が素敵に見えるかな……かなっ。 富竹: あ、あぁ……うん、そうだね。目どころか、魂が奪われた感じだよ……。 魅音(私服): おっ……? 私、いいことを思いついたよ!せっかくだから富竹さんには学ランを着てもらって、2人並んで婚約記念の写真を撮るってのはどう? 美雪(私服): おぅっ……それはいいかもね!後々になって羞恥に悶える富竹さんの顔が今から目に浮かぶようだよ……あはははっ! 富竹: が、学ランっ?さすがにそれは、ちょっと勘弁してもらえるとありがたいんだけど……。 菜央(私服): 大丈夫よ! 実はこんなこともあろうかと、富竹さん向けの体格に仕立て直した学ランを用意しておいたわ! 一穂(私服): じゅ、準備がいいね菜央ちゃん。……あれ? ということはもしかして、最初からこうするつもりだった……? 魅音(私服): くっくっくっ……!だって普通の婚約発表なんて、面白くないでしょ?こういう時はいじれるだけいじり倒さないとね~? 沙都子(私服): お……鬼ですわ……! 魅音(私服): だって鬼の子だもーん、あっはっはっはっ! 富竹: あ、あははは……参ったなぁ。三四さんはその……大丈夫かい? 鷹野(セーラー): えぇ。せっかくみんながお祝いしてくれるのだから、楽しませてもらいましょう……くすくす。