Part 01: 魅音(私服): うーん……特に問題らしき問題はない、と思いたいんだけど……。 清掃と簡単な補修を済ませてガスや水道、電気の点検も完了した店内を見渡しながら……私は満足にあと少し足りない感想を抱く。 もちろん、開店準備に携わってくれた人たちには感謝の思いしかない。短期間かつ限られた予算内で、よくぞこれだけ見事な仕事をしてくれたものだ。 気になるのは……言ってしまうと、私のわがままに近い。ただ、それが解消されていないと責任ある立場としては首肯できないのも確かなので、難しいところだった。 ……数ヶ月前。#p興宮#sおきのみや#rの古い喫茶店が廃業して買い手を探していると聞いた私は、親戚の義郎おじさんと相談してその店舗を安く譲り受けることにした。 ちなみに義郎おじさんとは、エンジェルモートの経営者だ。以前のバイト中、混雑時になるとお客さんの待ちが増えたのでもう1店舗必要かも、と言っていたことを思い出したのだ。 ただ……同じような感じの店を構えたところで本店ほどの引きがあるかと言えば、かなり厳しい。あえて別の店にも行ってみよう、というウリが必要になる。 このあたりが、近いエリアで支店を増やす際にどうしても直面することになる難しい問題だ。……そこで私は、義郎おじさんに提案することにした。 魅音(私服): 『思い切って、この店は下手にいじらないで今の内装を活かしたままってのはどう?コンセプトを変えた、実験店舗ってやつでさ』 すると、なぜかその案に食いついてきたのがちょうどバイトの休憩中に割って入ってきた詩音で……。 彼女は「モダンの次はクラシック! これです!」と私たちにやたら暑く、じゃなかった熱く語って聞かせ、その日のうちに店の方向性が決まってしまったのだ。 魅音(私服): まぁ……詩音の援護射撃のおかげで、おじさんの説得が楽になったのは確かだけどね。内装工事も、最低限で済ませることができたし。 ある程度の設備がそのまま使える居抜きとはいえ、内装をがらり一変させてしまうと工事費がばかにならない。さすがは現役アルバイターの面目躍如、というところか。 とはいえ……まだ、どこかが物足りない。クラシック的な要素は調度品を古道具屋などで安く揃えることができたけど……あとは……。 菜央(私服): こんにちは、魅音さん。 魅音(私服): あれ、菜央ちゃん……と。 圭一(私服): よっ、魅音。新店舗の確認か? お前も色々と大変だな。 魅音(私服): ……って、圭ちゃん?こりゃまた、珍しい組み合わせだねー。 菜央(私服): 魅音さんから相談された、このお店の制服の材料を買って帰る途中で偶然会ったのよ。で、せっかくだし立ち寄っていこうって話になって。 圭一(私服): そろそろ工事が終わる頃だって言うから、どんな感じの店になったのかなって気になってさ。そしたら魅音が、中にいるのが見えたんだよ。 魅音(私服): なるほどね。……で、どう?エンジェルモートみたいなセクシー路線でなくて、圭ちゃんとしては残念かもしれないけどさ。 圭一(私服): おいおい……人聞きの悪いことを言うなよ。監督じゃあるまいし、俺はそういうことを目的にしてあの店に通い詰めているわけじゃねぇぞ? 菜央(私服): ……通い詰めてはいるのね。前原さんって硬派なタイプだと思ってたから、ちょっと意外だったかも……かも。 圭一(私服): んなっ?い、いやそれは、付き合いってやつで……! 菜央ちゃんにジト目を向けられて、焦った様子でしどろもどろに言い訳をする圭ちゃんがなんともユーモラスで……思わず噴き出してしまう。 もちろん、菜央ちゃんは本気で言っていない。仲のいい兄貴分に親しみを込めてからかい、その反応を楽しんでいるといったところだ。 実際に自分も覚えがあるから、よくわかる……って別に私は、圭ちゃんの妹のつもりで普段からかっているわけじゃないから。くれぐれも間違えないように! ……誰に言い訳をしているのだろうか、私は。そんな内心での葛藤、というより一人ボケ突っ込みをごまかすように、軽く咳払いする。 圭一(私服): それにしても前の経営者の人、この店を手放すってずいぶんと思いきったもんだよなー。駅前からも近いし、店内も悪くない感じに見えるんだが。 魅音(私服): 経営自体は、苦しい感じじゃなかったみたいだよ。ここを引き継ぐにあたって帳簿とかを見せてもらったけど、財務状況とキャッシュフローは手堅い感じだったしね。 圭一(私服): キャッシュ……なんだって?っていうか魅音、お前ってそういうのもわかるのか? 魅音(私服): 詳しいところは専門家の先生に見てもらって、解説込みで教えてもらうけど……まぁ、ざっとはね。でなきゃ、金融機関との交渉もできないでしょ? 圭一(私服): やっぱすげぇな、魅音って……。数学の勉強で四苦八苦している普段の姿からは、とても想像ができねぇぜ。 魅音(私服): ……それ、褒めていないよね?むしろ小バカにしているよねっ? 圭一(私服): いやいや、そんなことはねぇって!本気で感心しているんだから素直に受け止めてくれよ! 圭一(私服): あ、けど……だったら、なおさらわかんねぇな。なんでそんな、健全経営の店をタダ同然で手放したんだ?適正な価格で売れば、まとまった貯金になっただろうに。 魅音(私服): 老後を過ごす分くらいの蓄えは十分あるから、がめつくお金を得ようとは思っていないんだってさ。それと……。 魅音(私服): 買い手が私たちエンジェルモートだったからここを譲り渡してもいい……オーナーさんは、そう言ってくれたんだよ。 Part 02: 魅音(私服): まだうちの婆っちゃが小さかった頃くらいに、ここのオーナーさん夫妻は引っ越してきたらしくてね。 魅音(私服): ただ、当時のこの村は今以上に余所者に対しての風当たりが強くて……喫茶店を開いた当初なんて、ハイカラな商売だって色々と言われたみたいだよ。 圭一(私服): ハイカラって……そんなに嫌われるものなのか?珍しくて新しいものなんて、俺だったらすぐに飛び込んで試したくなるけどな。 魅音(私服): そりゃまぁ、圭ちゃんはね……って、私もか。ただ、新しいものを取り入れるにはそれなりに受け入れ側の寛容と覚悟が必要になる。 魅音(私服): 特に、今は違うけど……当時の喫茶店ってのはよく言えば大人の社交場で、悪く言うと背伸びしたがる不良どものたまり場という印象があった。 魅音(私服): そういう無責任かついい加減な風評は、田舎だからこそ奇妙に拡大解釈されて問題視をされてしまった、ってわけ。 圭一(私服): ……喫茶店って、そんな感じに思われていたのか? 魅音(私服): 少なくとも、#p雛見沢#sひなみざわ#r近辺ではね。たとえるなら……今のゲームセンターと同じ扱いって言えばわかる? 菜央(私服): ……ゲームセンターって、不良ばかりが集まるところじゃないと思うんだけど。塾帰りの小学生だって、普通に見かけたりするわよ。 魅音(私服): あれっ……そうだった?やっぱ都会とこっちじゃ、そういう文化の違いがあるのかもしれないねー。 菜央(私服): 別に、都会とかは関係な……あっ。 魅音(私服): ? どうしたの、菜央ちゃん。 菜央(私服): う、ううん……なんでもないわ。 菜央(私服): (そういえば、昭和の頃のゲームセンターはガラが悪い場所だったって先生が言ってたわね……。今の時代背景のことを、忘れないようにしないと) 魅音(私服): けど、ここのオーナーさんは夫婦で喫茶店に思い入れというか、こだわりがあったらしくて……色々言われながらも、地道に商売を続けてきた。 魅音(私服): その努力と腕が徐々に認められて、いつしかこの町に欠かせない存在として皆に認められるようになったんだってさ。 圭一(私服): そっか。……オーナーさんたち、頑張ったんだな。 菜央(私服): ほんとね。不利な条件を跳ね返して自分のことを相手に認めさせるって、言葉で言うほど簡単なことじゃないと思うわ。 菜央(私服): あ、でも……さっき魅音さん、ここのオーナーさんがエンジェルモートが譲り先なら問題ない、って同意してくれたって言ってたけど……どういうことなの? 魅音(私服): ……実はここのオーナーさん、最初はエンジェルモートのことがあまり好きじゃなかったんだって。 菜央(私服): えっ……な、なんで? 魅音(私服): あっはっはっはっ! まぁ、わかりやすい話だよ。あのきわどい衣装でウェイトレスが接客していたら、まともな同業者さんだったら眉をひそめるって! 魅音(私服): だからオーナーさんも、奥さんも……そういったイロモノの店だからすぐに潰れるだろう、なんて考えていたみたいだよ。 圭一(私服): 確かに……ここの店の経営方針とは、一見真逆に感じられてもおかしくねぇ店の雰囲気だしな。けど……。 魅音(私服): ……そう。私や詩音がバイトを始めた頃は、お色気路線のサービスが中心だった。 魅音(私服): でも、詩音は「それだけじゃ長続きしない」って考えたんだろうね。しばらくしてから店長や先輩たちに、色々と提案をするようになっていた。 魅音(私服): 時々私も、企画のまとめやらアイディア出しやらであの子に付き合わされたりしてね。夜通しとか休日返上とか、まぁ大変だったよ。 魅音(私服): あのバイタリティと攻める姿勢は、経営者向きだね。詩音は社会人になったら、きっと自分で会社を興してものすごいことをやってのけると思うよ。 菜央(私服): ……そうなんだ。でも魅音さんも、なんだかんだ言って詩音さんを手伝ってあげてたんだから……すごいと思うわ。 菜央(私服): お母さんが、いつも言ってたもの。アイディアや企画だけじゃ、服はできあがらない。それを形に変える手間が必要なんだって。 菜央(私服): その手間とサポートがあってこそ、詩音さんはいろんなことを考えて行動できたんだと思うから……魅音さんの存在だって、貴重よ。 魅音(私服): ……。あっはっはっはっ、まぁ調整とはったりが私の持ち味と言えばその通りだけどねー! 魅音(私服): で、話を戻すと……そういった私や詩音の姿勢が喫茶店を立ち上げた当時の記憶に重なったから、あの人たちは評価を改めることにしたんだって。 魅音(私服): というわけで今回、めでたくこのお店を好意的に譲り受けることになったんだけど……。 圭一(私服): ? どうした魅音、何かあるのか? 魅音(私服): うーん……ある、というよりも何かが足りない気がするんだよ。 魅音(私服): ただ、それがまだ掴みきれなくて……せっかくのアンティーク感を活かしたいから、あまり手を入れたくはないんだけど……。 圭一(私服): 足りない……か。俺が見た限りだと、このままでも十分いい感じにやっていけると思うけどな。 菜央(私服): けど、魅音さんの言う通り……少しのスパイスを加えて引きを作りたいところね。 菜央(私服): でも、何がいいのかしら……?大正の頃から続いてるこのお店の魅力と、エンジェルモートの良さをミックスするような……。 魅音(私服): ……ミックス?2つの店の要素を、混ぜ合わせる……か……。 圭一(私服): おい……まさかこの店のウェイトレスに、エンジェルモートのあのきわどい衣装を着させようだなんて言わねぇよな……? 圭一(私服): 確かにあの衣装は、店に入った途端にエンジェルモートに来たーって気分にさせてくれるが、この店の雰囲気には合わねぇぜ。 魅音(私服): このお店の雰囲気に、合わせる……。 菜央(私服): つまり……お店に来たっていう、没入感……ウェイトレスに加えて、お客さんも……! 魅音・菜央: ――それだッッ!! 圭一(私服): のわっ?ど、どうした2人とも……急に大声を出して!びっくりしちまっただろうが?! 菜央(私服): 魅音さん!園崎本家に着物って、たくさんあったりする? 魅音(私服): 売るほどあるよ!寸法も柄も、選び放題よりどりみどりで! 菜央(私服): その中でハサミを入れていいのがあったら、貸してもらってもいいっ?っていうか、切り刻んでもいい?! 魅音(私服): もちろんっ! 原型の面影がなくなるくらいにじゃんじゃんバリバリ切っちゃってOKだよ! 魅音(私服): って、こうしちゃいられない……!菜央ちゃんって、自転車? 私もそうだから一緒に本家へ向かおう! 時間は大丈夫? 菜央(私服): えぇ!着いてから一穂に電話すれば、問題ないわ! 魅音(私服): というわけで、圭ちゃん!ここ閉めるから、すぐに出ていってくれる? 圭一(私服): えっ? あ、あぁ……わかった……? 魅音(私服): それじゃ圭ちゃん、またね! 菜央(私服): さようなら、前原さん! 圭一(私服): あ、お……おいっ……?もう行っちまった。 圭一(私服): 詩音に負けず劣らず、あいつらも早いよな……決断と行動が……。 Part 03: 菜央(私服): どうかしら、魅音さん?突貫で仕上げたから、粗があるかもしれないけど……。 魅音(大正ロマン): いやいや、十分すぎるよ!けど菜央ちゃん、よくもあんなボヤけた白黒写真からここまでのものをつくり上げてくれたねー。 そういって私は、くるりと一回転して日傘を構えながら……そばにあったガラス窓に映った自分の姿を見つめる。 ……少し気恥ずかしさはあるが、それ以上の満足感。まさにパズルの最後のピースがパチリとはまったような、「これだ!」の思いが胸いっぱいに広がっていた。 圭一(大正ロマン): おぉ……すげぇな、その衣装。清楚感と色気があいまって、この店の雰囲気に溶け込んでいる感じだぜ。 菜央(私服): ふふっ、でしょう?これを思いついたのは、前原さんのおかげよ。 圭一(大正ロマン): えっ……お、俺? 魅音(大正ロマン): ウェイトレスの衣装が、エンジェルモートの雰囲気を醸し出しているって言ったでしょ?つまり足りなかったのは物じゃなくて、人……。 魅音(大正ロマン): つまり、お店の中で大正感を引き立たせるお客。それをプラスすれば、きっとこのお店のアンティーク感が引き立つって思ったんだよ。 圭一(大正ロマン): な、なるほど……それで俺も、こんな格好で店に来るように言われたってわけか。 圭一(大正ロマン): でもすげぇな、魅音と菜央ちゃん。そんな一言で、不足点を解決させちまうんだからさ。 圭一(大正ロマン): しっかし、目を惹かれるほどの衣装だぜ……。今は一穂ちゃんが、中でメイド服に着替えているんだよな? 圭一(大正ロマン): そいつも早く見てみたいところだけど……もし監督がそれを知ったら、歓喜を通り越して狂喜乱舞で暴れ回るかもしれねぇな。 入江: ――呼びましたか、前原さん。 圭一(大正ロマン): のわっ? か、監督……いつの間に! 入江: それは愚問というものです。メイドあるところに、この入江京介あり……それは自然の摂理で、永遠の真理! そう言って監督は、唖然とする私たちに構わずどこかの特撮もので見たような決めポーズを取る。 普段はとても誠実で真摯ないい人なのに、どうしてメイドが関わるとこんなにも阿呆な変態になってしまうのだろう……謎だ。 入江: ここに新たなメイド喫茶がオープンしたと聞いて、矢も楯もたまらずやってきました。 入江: そして、魅音さんのこの衣装……ッ!このクオリティを拝見しただけでも、このお店のメイド服がどれほど素晴らしいものかはもう、自明の理というものっ! 入江: 決めました……私はこのお店に通います。通い詰めます!いえ、もう住んでも構いませんッッ!! 魅音(大正ロマン): いや、ダメに決まっているでしょ!っていうか診療所はどうするんですか、往復するのも時間がかかりますよ?! 入江: 問題ありません。この隣に診療所を移します。どなたかが商売をやっておられても、大金を積めばきっと快く譲り渡してくれるでしょう。 圭一(大正ロマン): 地上げかよっ!っていうか監督、とにかく落ち着いてくれ!あんまり暴走すると、人格が壊れちまうぞ?! 入江: 壊れても構わない!私にはメイドさえあれば、他のものなど必要ない!そう! No Maid No Life――あふんっ……?! 魅音(大正ロマン): た、鷹野さんっ……? 鷹野: ……ごめんなさいね。お見苦しいところを「また」見せてしまったわ。 魅音(大正ロマン): い、いやまぁ……。ところで鷹野さん、手に持っているその注射器は……その……? 鷹野: 知らない方が幸せよ。それじゃ。 そう言って鷹野さんは一緒についてきた富竹さんの手を借りて監督を車のトランクに放り込み、そのまま去っていく。 あまりの急展開に、私たちは呆然とその様子を見送るしかなかったが……とりあえず脳内から消去することにした。 魅音(大正ロマン): え、えーっと……とりあえずこれ、私に似合っている……かな? 菜央(私服): えぇ……とっても似合うわ、魅音さん。それにこの感じだと、お店の店内を写真館としても使えそうね。 魅音(大正ロマン): 写真館……? 菜央(私服): そう、写真館。もしくはCM撮影とか。 魅音(大正ロマン): …………。 菜央(私服): ごめんなさい、おかしなこと言ったかしら。 魅音(大正ロマン): いや、その発想はなかったと思ってさ。なるほど、そういう使い方もあるのか。 古い調度品があるからこそ、背景として申し分ない。ある意味でゲストハウス的な使い方もありそうだ。 一穂(大正ロマン): お、遅くなってごめんなさい……! と、そこへようやく着替え終わったのか大正メイドの衣装に着替えた一穂がやってくる。 彼女には私と一緒に、ウェイトレスを手伝ってもらうことになっていたが……服の寸法はバッチリだ。さすが菜央ちゃん。 魅音(大正ロマン): うん……なかなか悪くないね。それじゃそろそろ開店の時間だから、みんなも準備よろしくねー。 一穂(大正ロマン): いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。 菜央(私服): 一穂も、さまになってるわね。まぁ、あたしが衣装作ったんだから当然かしら。 一穂(大正ロマン): え、えへへへ……こちらの席にどうぞ。当店自慢の喫茶メニューをお召しあがりください。 魅音(大正ロマン): …………。 圭一(大正ロマン): ? どうした魅音。一穂ちゃんを見ながらにやけているみたいだけど、ひょっとしてお前、そういう趣味が……? 魅音(大正ロマン): そ、そういうんじゃないよ!ただ……その……。 魅音(大正ロマン): なんか……いいなって。そう思っただけだよ。