Part 01: 美雪(私服): そういえばさ、千雨。今度やるエンジェルモートのハロウィン企画って海賊がテーマになったわけだけど……。 美雪(私服): あちこちの海で海賊団が暴れ回ってたのって、確か近世ヨーロッパの頃だよね。その当時は海洋警察みたいな組織って、あったりしたのかな? 千雨: また妙な話をぶっ込んできやがったな……。っていうか海賊がいた時代なんて、海洋警察どころか警察って概念自体がなかったと思うんだがな。 美雪(私服): あれっ、そうだったっけ……?じゃあ犯罪者が出た時は、誰が取り締まってたの? 菜央(私服): 確か、軍隊が治安維持の役割を担ってたはずよ。広義の国防って解釈でね。 菜央(私服): 本格的な警察組織ができたのは、ヨーロッパでも近代になってからだって聞いたことがあるわ。 千雨: 詳しいな、菜央ちゃん。今時の小学校だと、社会科の教科書にそういったことも書いてあったりするのか? 菜央(私服): ううん。以前、洋画を観に行った時にちょっと気になったからお母さんに聞いてみて、それで教わったのよ。 菜央(私服): 歴史物の作品とかだと、トラブルがあった時に駆けつけてくるのが兵士だったりするでしょ?なんで警察の人じゃないんだろ、ってね。 美雪(私服): んー、言われてみれば確かにそうだったね。ただ私は、洋画だと字幕を追うのに夢中になってそういうところを見逃しちゃってたよー。あははっ。 菜央(私服): いつかテレビでの映画放送みたいに、吹き替え版が映画館でも上映されたらいいのにね。……で、話を戻すと海洋警察がどうかしたの? 美雪(私服): おぅ、うっかり脱線しちゃうところだったよ。いやー、今回は海賊の衣装を着てイベントに参加することになったんだけど……。 美雪(私服): やっぱり警察官を志してる立場としては、たとえ仮装でも「賊」と名のつくキャラを演じるのになんとなく抵抗を覚えちゃうんだよねー。 千雨: ……条例がないからって菜央ちゃんに2人乗りを持ちかけた誰かさんが、よくもそんな綺麗事を言えたもんだな。 美雪(私服): あれはいいんだよ。だってずっと前から、現実に即してないルールだって思ってたことだしさ。 美雪(私服): たとえ悪法でも、公僕が思考を停止して判断を蔑ろにされた上で従うことを強制されるような社会は間違ってる……そういう姿勢って、おかしい? 千雨: いや……私個人の考えだと、構わないとは思う。自分やお前が因果応報的に不利益を被るというのは、納得ずくの話だからな。 千雨: だが、菜央ちゃんも巻き込むとなれば話は別だ。私もお前も、自転車の運転には自信があるが……全てのトラブルを回避できる、という保証はない。 千雨: だから万が一、いや億が一であっても不幸な事故が起きる可能性を問われたら……お前はそれを、絶対ないと断言できるのか? 美雪(私服): っ、それは……ん……。 菜央(私服): ……えっと、千雨。あたしは別に、2人の運転が不安だなんて全然思ってないわ。ただ、その……。 千雨: あぁ、わかってるさ。……もし菜央ちゃんに少しでも怪我をさせたら、美雪と私はすごく後悔すると思う。 千雨: そういう嫌な思いを絶対にさせないように、先にリスク回避をしておこうってことだろ? 美雪(私服): ……そうだね、千雨。キミの言う通り、私は意固地になってたのかもだね。ごめんなさい。……菜央にも、ごめん。 菜央(私服): 別に、謝らなくてもいいわよ。あたしだってその、2人乗りを提案された時……ちょっとだけ、やってみたかったんだもの。 美雪(私服): そうなの? 菜央(私服): えぇ。だって映画とかドラマとかで、2人乗りのシーンってよく出てきたりするでしょ? 菜央(私服): 優しいお姉さんが、仲良しの妹を荷台に乗せて笑顔で街角を軽やかに、楽しげに走り抜けていく……そういうのって、やっぱり憧れるもの。 千雨: ……確かに、そうだな。私も美雪も兄弟姉妹がいない一人っ子だったから、子どもの頃は同じように思ったことがあったよ。 美雪(私服): あぁ、そうだ思い出した!それで千雨が一緒にやろうって自転車を借りて、私を後ろに乗せたんだよね~。 千雨: えっ……そうだったか? 美雪(私服): 間違いないって! で、いざ走ろうとしたけど両方ともほぼ同じ体重だから全然進まなくて……危ないからもうやめよう、ってなったんだよ。 菜央(私服): ふふっ……ということは千雨だって、2人乗りの前科があったんじゃない。美雪のことを強く言えないかも……かも。 千雨: いや、あれは団地の敷地内の話だから。私有地での運転は、公道と違って違法でも多少のお目こぼしが……あったか、美雪? 美雪(私服): なんで私に聞くのさ?キミの方が道交法には詳しいはずでしょー? 千雨: ぐっ……揚げ足を取りやがって……! 菜央(私服): …………。 美雪(私服): ? どうしたの、菜央。 菜央(私服): あっ……ごめんなさい。2人のことを見てて、なんだか羨ましくなってきちゃったから……。 菜央(私服): 兄弟が欲しいのは今もずっと思ってるけど、幼なじみがいるのもいいな、ってね。 千雨: ……この場合は幼なじみより、腐れ縁という方が正しいと思うんだがな。 美雪(私服): ひどいなぁ、千雨……。自分のことを発酵してるだの熟成してるだの、あんまり卑下するのは良くないことだよ? 千雨: 腐ってるのはお前の方だ。自覚しろタクアン娘。 菜央(私服): ふふっ……あははは……。 Part 02: 美雪(私服): ……ん?玄関からチャイムが……誰か来たのかな?はーい。 美雪(私服): あれ……レナ?どうしたの、何かよ――ぼへっ? 菜央(私服): こんにちは、レナちゃんっ!もしかして、遊びに来てくれたの?! レナ(私服): はぅ、遊びとはちょっと違うんだけど……菜央ちゃんはこのあと時間あるかな、かな? 菜央(私服): もちろんよ!たとえあったとしても、レナちゃんが最優先で全部キャンセルか無視してみせるわ! 千雨: いや菜央ちゃん、さすがにそれはダメだろ。人としての信用問題に関わると思うぞ。 美雪(私服): ……それと同時に、私との友情問題のことも考えてくれると嬉しいけどねー。うぅ、壁にぶつけて鼻が痛ぃ……。 菜央(私服): えっ?……あぁっ、あたしったらつい!ごめんなさい美雪、怪我とかしてない? 美雪(私服): まぁ、そこまでじゃないけどさ……。ほんと菜央って、レナのことが関わると周りが全然見えなくなるよねー。 菜央(私服): だ、だって……ぁい……。 レナ(私服): あははは……でも、菜央ちゃんがそんなふうに喜んでくれるのはレナも嬉しいかな、かな。 レナ(私服): だから美雪ちゃん、菜央ちゃんのことを許してあげて。ね? 美雪(私服): はいはい。そもそも私、別に怒ってたわけじゃないしさ。 美雪(私服): それに、好きなものに夢中になりすぎて周りが見えなくなるくらいに暴走する子の相手は、もう慣れっこになってるしねー。 千雨: ……おい美雪、なんで私を見る? 菜央(私服): 次から気をつけるわ、美雪。……それでレナちゃん、私に何の用があって家まで誘いに来てくれたの? レナ(私服): あのね、ハロウィン向けの料理でちょっと面白そうなレシピを思いついたから……菜央ちゃんに手伝ってもらえないかな、って。 レナ(私服): それでうまくいったら、試食代わりに夕食をみんなにご馳走したいんだけど、どうかな……かな? 美雪(私服): おぅ、それはいいねぇ。願ってもない話だと思うけど、千雨はどう? 千雨: そうだな。たとえ実験台だとしても、レナと菜央ちゃんの作る料理だったらまぁ大丈夫だろう。……美雪と違ってな。 美雪(私服): おぅ……意趣返しってわけ?キミってほんと根に持つよねー。 レナ(私服): あははは、よかった~!それじゃ菜央ちゃん、一緒に買い出しに行こう♪ 菜央(私服): えぇ! 美雪にはお詫びの代わりに腕を振るって美味しいものを作るから、楽しみにしててね~! 美雪(私服): ……って、おぅ。もう行っちゃったよ。まさに風と共に去りぬ、って感じだね。 千雨: さっきぶっ飛ばされたお前にとっては、嵐か台風ってたとえの方が適切なのかもしれんがな。にしても……。 美雪(私服): ? どうしたの、千雨。 千雨: あ、いや……さっきの話を思い出したんだが、たとえ仮装であっても盗賊じゃなく警察がいい、か。お前らしいと言えばらしいが……くくっ……。 美雪(私服): ちょっとー、千雨。わりと真面目に考えた上でのことなんだから、笑わなくてもいいじゃんか。 千雨: いや、悪い。別におかしいだとか、バカにしてだとかで笑ったわけじゃないんだ。 千雨: ただ、世の中の連中がお前みたいに警察に対して信頼と敬意を持ってるやつらばかりだったら……。 千雨: そして警察も、正義と治安の役目を担う立場だと全員がきっちりと自覚してたら……世界はもっと平和で公平な状況になってたんだろうな、って思っただけだ。 美雪(私服): ……相変わらずだね、千雨。やっぱり警察のことは、まだ嫌い? 千雨: あぁ、嫌いだね。スキあらば悪さをしようと企む連中も、それをみすみす見逃す軟弱な警察もな。 千雨: 信頼ってのは……小さな石の積み重ねだ。面倒であっても、ひとつひとつ拾っていくことでいざという時の力になる。 千雨: なのに、出世や縄張り意識に気を取られて本当に困ってるやつらの声をないがしろにする……そういう連中が多すぎて、うんざりするよ。 美雪(私服): 千雨……。 千雨: それにな、美雪。世間一般の考え方で言えば、残念ながら性悪説が主流でお前は少数派だ。 千雨: それをちゃんと理解した上で将来の道を考えて、ある意味覚悟しておかないと……お前が辛いぞ。 美雪(私服): んー……私は世の中って、そんなに捨てたものじゃないと思うんだけどね。たとえば……。 美雪(私服): ……って、こういう警察に対しての見解はキミとするべきじゃなかったね。議論しても平行線で、水掛け論になるだけだしさ。 千雨: そうだったな。……あと、私は自分の考えや意見を簡単に譲らないがそれを他人に押しつけたりはしない。 千雨: お前はお前で、私は私。お互いの主張を尊重できれば、それでいいと思う。 美雪(私服): もちろん、それは私も同意見だよ。でも……。 美雪(私服): いつか、お互いに正しいと信じるものを共有できるようになったら……それはそれですごく幸せなことじゃないかな、とも思うよ。 千雨: 共有はできてるじゃないか。私は警察のことが嫌いだが、逆に憧れを持ってる美雪のことは気に入ってるし、否定もしない。 千雨: だからお前が正義のため、信念を持って何かに立ち向かうと言うんだったら……どこまでも力を貸してやるし、頼ってくれていい。 千雨: お前が望むなら、盾でも矛でも……その時の求めに応じた姿になってな。 美雪(私服): ありがとう、千雨。今はそれだけで十分ってことにしておくよ。 千雨: 今は……か。まだ私を説得することを諦めようとしないとは、お前も頑固なやつだな。 美雪(私服): ふふっ……そっちこそ。 Part 03: ……そして、私は夢を見た。あの日のように海賊船に乗り、自らが人魚の姿になったものだ。 ただ……状況がなんとも奇妙だった。私は海賊たちによって捕らわれ、明日をも知れぬ立場に追い込まれていた。 海賊A: へっへっへっ……ようやく捕まえたぜ。結構苦労させられたが、その甲斐はあったな。 海賊B: これなら、どこの闇市場に出しても高値がつきそうだぜ。そうなりゃ俺たちは大金持ちだ……ひひっ! 千雨(人魚): くっ……! 四方をむさ苦しい身なりの男どもに囲まれ……私はにらみ返すことしかできなくてぎりっ、と奥歯をかみしめる。 腕には鎖を巻き付けられて自由が利かず、下半身は尾ひれになっているので身動きもままならない。 さすがにこの状況では、俎の上の鯉ならぬ甲板上の人魚……逃げようにも戦おうにも、私にはスキや術を見いだすことができなかった。 千雨(人魚): (くそっ……海の中だったら、こんなやつらの好きにはさせないってのに……!) それでも、私はまだ諦めようとは思わなかった。たとえ多勢に無勢であっても、最期まであがいて必ず自分の「世界」に戻ってやる……絶対に……! なんて覚悟を胸に秘め、押し寄せてくる恐怖と絶望の感情を追い出そうと内心で戦っていた――と、その時だった。 海賊A: うわっ? な、なんだ……?! 突然、遠くの方から轟音が聞こえてきたかと思うと船のすぐそばの海面が弾け……水柱が吹き上がる。 甲板の上に降りかかってくる、雨のような水飛沫。それとともに船体は激しく揺れ、何人かの男たちがたまらず体勢を崩してその場に転倒した。 海賊A: ほ、砲撃っ……? どっちからだ?! 海賊B: お頭、あれを! あの旗印は……ま、まさか?! 海賊A: 私掠船……いや、あの国の海軍に所属する荒くれ者どもの船団だ! 海賊B: こ、こっちに向かってきています……!どうしましょう、俺たちみたいな少人数じゃとてもかないっこない! 海賊A: う、うるせぇ!野郎ども、生き残りたかったら武器を取れ!戦闘準備だ! 美雪:海賊: ……んー、その勇ましい心がけは天晴れだね。でもちょっと、判断を下すのが遅かったかな。 海賊A: なっ……お、お前はっ? 美雪(海賊): 砲撃にばっかり目が向いて、小船が近づいてることに気がつかなかった?だめだよ、反対側も警戒を怠っちゃ……っ そう言いながら女海賊――美雪は俊敏な動きですぐそばにいた男たちのひとりの懐に入り、剣を振るって袈裟懸けに斬りつけた。 海賊B: ぐわぁぁぁああっっ?! 美雪(海賊): にしても、提督のやつ……!私たちが接近してるってのに、容赦なく大砲を撃ちまくってさー。 美雪(海賊): おかげで危うく、こっちまで沈められるところだったよ。少しは加減ってものを考えてもらいたいよねー。 海賊A: て、てめぇ……!お前ら、何をしている! さっさと片付けろ! 美雪(海賊): ――だから、反応が遅いよッッ!! 海賊A: ぐわあぁぁぁあぁあぁっっ?! 美雪(海賊): いやー、とりあえず片付いたね。無事に取り返すことができて、よかったよ。 千雨(人魚): 美雪……お前は、なんで……? 美雪(海賊): んー? そんなの決まってるじゃない。困ってる人がいたら手を貸す……それが私たち、義賊の仕事だよ♪ 美雪(海賊): おっ……? ようやくうちの船団の連中がこっちに向かってきたよ。 美雪(海賊): キミも、もう少しの辛抱だからね。私たちがちゃんと、住んでた元の場所に連れてってあげるからさ。 千雨(人魚): …………。 海賊姿の美雪を見て……ふと、思う。 結局こいつは、何をやろうと……どこにいようと善人で、それ以外にはなれないのだ。 だから、私は憧れる。そして悲しさを覚える。 大空を飛ぶ鳥を見上げる、海中のサメのようにお互いの住む「世界」の違いを思い知らされて……。 千雨(人魚): (人魚姫と同じだな。住むべき場所を間違えれば、泡となって消える……) いつか私も、異なる価値観と信念を持つ美雪と道を違え……離れるべき時が来るのだろうか。 そんな恐ろしい想像が頭をよぎり、私は寒くもないのに身を震わせずにはいられなかった……。