Part 01: 昨夜、寝る前にはたと思いついたので急いでスーパーのチラシの裏に書き殴ったアイディアのメモ。 その内容は、起きてから再度見返しても「いける」という手応えがあったのだが……。 私の提案を聞いた魅音さんは、いつものように悪乗りしてくれずに首を振って難色を示していった。 魅音(私服): へっ……? いやいや、さすがにそれは無理だって!演出にしてもやりすぎっていうか、これはないって! 沙都子(私服): あら、そうですの?魅音さんならきっと何台かお持ちの上で乗り回していると思っていましたのに。 魅音(私服): あんた、「アレ」がどれだけの値段がするのか知っているのっ? 自動車どころか、高級外国車がリーズナブルに思えるくらいにバカ高なんだよ?! 美雪(私服): んー、どうしたのさ魅音。沙都子と言い争ってるみたいだけど、何かあった? 魅音(私服): あぁっ美雪たち、ちょうどいいところに!聞いてよー、沙都子がとんでもないことを言い出してきてさー! 菜央(私服): とんでもないこと……ふむ、あの魅音さんがそういうくらいなんだから、もはや人の道を外れた非常識なことって理解でいいのかしら。 魅音(私服): ちょっ……「あの」って、どういう意味っ?そんなに私、あんたたちに無理難題とか無茶な頼みとかをしたことは……したことは……。 魅音(私服): たまにしか、したことがなかった!……気がする。 美雪(私服): 魅音……そんな発言をしてる時点で、説得力がまるでないことは自覚してる? 魅音(私服): うっ……は、反省しています……。 美雪さんと菜央さんにツッコまれて、魅音さんはしゅん、と肩を落としてうなだれる。 もっとも、私は……そしておそらく2人も魅音さんの無茶振りが決して嫌いではないし、断りたいと考えたことはほとんどない。 むしろ毎回、楽しいことを持ち込んでくれる彼女の行動力と気遣いには感謝の思いも……っと。 沙都子(私服): そんなことより、話を戻してくださいまし!私の話がまだ終わっておりませんわ! 沙都子(私服): ……ですが、逆に意外ですわね。魅音さんでなくとも園崎家なら、きっとどこかに隠し持っていると思っておりましたのに。 魅音(私服): ないない、さすがにないっ!だいたいそんなものを置いていたって、使い道がないじゃんか?! 沙都子(私服): 使い道なら、ひとついいのがありましてよ。たとえば田畑に農薬を散布する時とか……。 魅音(私服): アメリカの大規模農園と一緒にしない!#p雛見沢#sひなみざわ#r全域でも猫の額程度の広さしかないんだから、そこまでの機体は必要ないでしょ?! 菜央(私服): えっと……結局のところ沙都子は、魅音さんから何を借りようとしてたの? 沙都子(私服): をーっほっほっほっ、決まっていますわ!夜の闇を切り裂きながら月の空を飛んで舞う怪盗に必須となる、現代ならではのアイテムと言えば! 一穂(私服): あ、アイテムと言えば……? 沙都子(私服): ずばり、ヘリコプターですわ~! どうだ、とばかりに私は胸を張り、皆に同意を求めるべく左右に顔を向ける。 ……だけど、レナさんや一穂さんたちは揃って意に反した微妙な表情を浮かべ、怪訝そうに私を見つめ返してきた。 美雪(私服): ……ヘリコプター、ねぇ。 一穂(私服): あの、沙都子ちゃん。それは、えっと……。 菜央(私服): 無理よ。さすがの魅音さんでも、それはちょっと厳しすぎると思うわ。 魅音(私服): まったくもってその通りだよ!私の家にあるものなんて、せいぜい対戦車用のRPG-7か、スティンガーくらいだって! 千雨: ……おい、どさくさに紛れて聞き捨てならない固有名詞が飛び出してきたんだが、それはいいのか? 魅音(私服): 大丈夫大丈夫! ちゃんと正規のルートを通して手に入れたものだから、クリーンなやつだよ。 千雨: いや……この日本においてそういった武器弾薬を購入して所有すること自体がヤバいというか、いろんな法に違反してる気がするんだが……。 レナ(私服): ……それにしても沙都子ちゃん、どうしてヘリコプターが必要なのかな、かな? 沙都子(私服): 今度行われるスタンプラリー、じゃない謎解きで私は怪盗役になりましたので……その登場演出を派手にやりたいと考えたんですのよ。 圭一(私服): いや、空からだと派手には違いねぇが……そこまで登場の仕方を凝らなくてもいいと俺は思うんだがな。 沙都子(私服): 何を言うんですの、圭一さんっ!イベントでキャラを演じるのであれば、まずは目立ってこそというもの! 沙都子(私服): ただ怪盗の服を着てを演じるだけでは、コスプレしたコンパニオンさんと同じ! 沙都子(私服): ……あ、もちろんコンパニオンの方々は接客のプロとして、尊敬していましてよ。ただ、私が申し上げたいのは……。 圭一(私服): 客の応対だけじゃなく、本物のように「見せる」ことも取り入れたい……ってことか? 沙都子(私服): その通りですわ! なりきるのなら徹底的に!使える手段は何でも使うべきでしてよ~! 圭一(私服): な、なるほどな……俺もなんとなく、そうあるべきだと思うようになってきたぜ。 魅音(私服): あんたまで説得されてどうする、圭ちゃん!! 魅音(私服): とにかく、ヘリコプターは無し!運転自体はともかく、機体はそんな簡単に入手できないんだから、却下だよ! 美雪(私服): そうだよ沙都子、さすがにそれは無理だって。……ん? 運転はともかくってことは、ひょっとして誰かがライセンスを持ってたりするの? 魅音(私服): ライセンスはないけど、一応私ができるよ。戦闘機動とかはさすがに無理だけどね。 千雨: ……ここの村の警察は、昼寝でもしてるのか?明日からすぐにテロリストができる危険人物を放置しても大丈夫なのか? 沙都子(私服): はぁ……仕方ありませんわね。でしたら、別の手段を考えることにしますわ。 美雪(私服): 別の手段って……ほんと諦めないね、沙都子は。 一穂(私服): あ、あははは……。 Part 02: 美雪(私服): 沙都子ー。当日の配置とローテーションの件で打ち合わせに来たんだけど……って、何してるの? 沙都子(私服): 何って、決まっていますわ。空を飛んで安全に移動する手段がないものか、いくつかの方法を試しているところですのよ。 一穂(私服): 風船、気球、パラシュート……どれも風とかの影響を受けて、危なそうだね。 美雪(私服): ……いや、沙都子さぁ。そもそも「空を飛ぶ」と「安全」という2つの要素が明らかに二律背反というか、矛盾だと思うんだけど。 羽入(私服): あぅあぅ。そもそも吸血鬼とかじゃないのですから、怪盗が空を飛ぶ必要はないと思うのですが……。 梨花(私服): みー……魅ぃにヘリコプター案を却下されて、沙都子は少し意地になっているようなのですよ。 美雪(私服): うーん……さて、どうしたものかねぇ。引き受けたのだからみんなを楽しませたい、って沙都子の気持ちはわからなくもないんだけどさ。 千雨: おい美雪、家に忘れ物をしてたみたいだから持ってきてやったぞー。これ、使うんだろう? 美雪(私服): あっ、ごめんごめん。うっかり鞄に入れ忘れてたよ。ありがとね、千雨。 千雨: それはいいんだが……なんか、すごい有様だな。空を飛ぶって演出をまだ諦めてなかったのか? 沙都子(私服): をーっほっほっほっ、当然ですわ!せっかく思いついたアイディア、なんとしても形にしてみせましてよ~! 千雨: その意気込みだけは大したものだよ。……あぁ、そういえばこれを言っておかないとな。みんな、帰りは別の道を通ったほうがいいぞ。 菜央(私服): あら、どうして?途中の道で、事故とかでもあったりしたの? 千雨: いや、工事だ。どうやら舗装した路面が陥没したみたいで、急いで埋め直してる。 美雪(私服): 路面が陥没?そりゃまたどうして、そんなことに? 千雨: 工事の人の話だと、先週の大雨で下の土の地面が流されたらしいな。で、そこに空間ができてドスン、だそうだ。 千雨: 他の路面部分も、念のため調べるんだとさ。まぁ、発見が早かったから誰かが落ちたって連絡は、今のところ入ってないって話だ。 レナ(私服): はぅ……怪我する人がいなかったみたいで、よかったよ。 羽入(私服): あぅあぅ……でも、他にも落とし穴ができている可能性は否定できないのです。ひょっとしたら、別の道にも……? 菜央(私服): ちょっ……? 怖いこと言わないでよ。帰り道が歩けなくなっちゃうじゃない。 千雨: まぁ、他のところは下水管や排水路がしっかりと設置されてるそうだから、問題はないだろうって工事の人は言ってたぞ。 千雨: だから、さほど心配は……って、沙都子?急に黙り込んでなんだか難しい顔をしてるが、そんなに心配なのか? 沙都子(私服): あ、いえ。そうではなくて……その工事車両をお借りするには、どうすればいいのかと考えていましたのよ。 美雪(私服): へっ……工事車両なんかを借りて、どうするのさ? 沙都子(私服): ちょっと、いいことを思いつきしたのよ。工事車両とくれば、クレーン。あの巨大なアームに吊り下げてもらえば……! 一穂(私服): そ、そっか……! うまくいけば、空を飛んでるように見えるかもしれないね。 千雨: いや……さっき私が見てきた限りだと、クレーン車なんて影も形もなかったぞ。これから増援で来るかもしれないけどな。 美雪(私服): んー、それに道路の補修が終わったらすぐ次の現場に行っちゃうだろうしね。貸してもらうのは、なかなか難しいと思うよ。 沙都子(私服): た、確かに……そこまでは考えが至りませんでしたわ。 千雨: すまんな。せっかく思いついたのに、水を差すようなことを言っちまって。 菜央(私服): けど……そうね。工事車両だったら、前に沙都子が言ったヘリコプターよりも調達にまだ現実味があると思うわ。 菜央(私服): たとえばだけど……#p興宮#sおきのみや#rとかだと建設会社がありそうだし、使ってないものを貸してもらうってのはどうかしら? 梨花(私服): みー……さっき美雪が言ったように、最近降った大雨のせいで土木作業は大忙しなのです。 梨花(私服): 当然興宮でも、ひっきりなしに仕事が舞い込んで大忙しだと町会の人たちも言っていたのですよ。だから、使われずに放置されている車両なんて……。 梨花(私服): っ……放置、車両……? 美雪(私服): ……梨花ちゃん?今度はキミまで固まっちゃったみたいだけど、何か思い当たるものが……? 梨花(私服): ……あるのです、あったのですよ! 一穂(私服): び、びっくりした……!突然大声を上げて、どうしたの? 梨花(私服): あそこにある工事車両なら、使えるかもしれないのです!早速魅ぃに聞いてくるのですよ、みー! 沙都子(私服): あっ、ちょっと待ってくださいまし梨花っ?私もご一緒しますわ~! レナ(私服): 行っちゃったね……でも梨花ちゃんは何を思いついたのかな、かな? 美雪(私服): とりあえず、後を追いかけよう。なんか面白くなりそうな気がしてきたよ♪ 千雨: 楽しそうだな、美雪……。 Part 03: 詩音(私服): それじゃ、リハーサル始めますよー!準備はいいですか、沙都子~? 沙都子(怪盗): えぇ、バッチリですわ……!覚悟も決まりましたので、どうぞいつでも始めてくださいまし! 詩音(私服): わかりましたー!……それじゃお姉、よろしくお願いします! 魅音(私服): 了解っ! それじゃ、いっくよー! 沙都子(怪盗): っ……を、をーっほっほっほっ!これですわ、私が望んだ理想の怪盗の姿はっ!まさに完璧、パーフェクトでしてよ~! 菜央(私服): ほわっ……ほ、ほんとに飛んだっ……? 美雪(私服): ……いや、正確に言うと飛んだというより、引き上げられたって表現が正しいんだけどね。 千雨が沙都子に、そして魅音に提案した空中遊泳の演出方法……それは、工事用のクレーン車で彼女の身体を持ち上げるというものだった。 縄梯子をつかんで登っているようにも見えるけど、実は背中をフックで固定して安定させている。そういった安全の配慮も万全にされていた。 ……とはいえ、これは本来の使い方じゃない。そして工事用の車両は普通の自動車の操作よりも当然難しく、簡単なことじゃない……のだけど。 魅音(私服): まだまだ、こんなものじゃないよ~!沙都子、ちゃんと身体は固定できているかい?今度はアームを動かしてみるからねー! 圭一(私服): うおっ……す、すげぇ……!なんか本当に、飛んでいるみたいに見えるぜ! 詩音(私服): 背後に無骨な機体が見えているのが、玉に瑕ですけどねー。でも、お姉が工事車両を操縦できるなんて知りませんでしたよ。 魅音(私服): いやー、あはははっ!営林署の人たちが作業しているのを見ていたら、試しにやってみたくなっちゃってねー。 魅音(私服): もしかしたら将来の役に立つかも、って思って簡単な操作は教わっていたんだけど、どうせなら実用的なものも、ってさ。 菜央(私服): 実用的なのは確かにその通りだけど、それを実際に覚えようっていうのが魅音さんらしいわね。 レナ(私服): あははは。でも、菜央ちゃんだってすごいよ。あの衣装にフックとかの固定器具を取りつけて、つり下げられるように一日で改造したんだから。 菜央(私服): 中にハーネスを組み込んだ分、最初のデザインよりも重くなっちゃったけどね。でも、安全でないと意味がないから。 圭一(私服): いや、あれってかなり格好いいよなぁ……!なぁ菜央ちゃん、ものは相談なんだが――。 菜央(私服): ……さすがに無理よ、前原さん。イベント本番までもう日がないんだし、他の衣装の仕上げだってあるんだから。 圭一(私服): くっ……そうか、残念だぜ。俺も空飛ぶ探偵になってみたかったー! 一穂(私服): えっと……怪盗はまだしも、探偵が空を飛んだりすることってあったかな……? 美雪(私服): んー、どっちかといえば地面を走って怪盗を追いかけるイメージのほうが強いかな。で、ほとんどの場合取り逃がすと……。 美雪(私服): ……警察側としては、かなり不本意極まりないね。私たちも何か対抗手段を講じるべきだと思うけど、千雨はどう? 千雨: 知らん。……というか、確か工事車両の操作も免許とかが必要だったよな。その辺りはどうなんだ? 美雪(私服): んー、その辺りは私有地での操作ってことで逃げ切れるんじゃないかなぁ。公道じゃなければ基本的に車の運転だってOKなわけだしね。 千雨: ……大勢の客を外から呼んだイベントだぞ、そんな理屈が通用するのか? 詩音(私服): まぁまぁ、その辺りの面倒な交渉と手続きは私たちの方でなんとかしますよ。 詩音(私服): それじゃ、沙都子。本番の方もよろしくお願いしますねー! 沙都子(怪盗): えぇ、もちろんですわ!華麗に優雅に、月夜を背景にして怪盗を演じてみせましてよ~! 千雨: いや……本番は昼だから、月なんて出てないだろ。 美雪(私服): そういうところにツッコミを入れるのは野暮だよ、千雨。それに美しい月は、みんなの心の中にあるものなんだから♪ 千雨: ……やめろ。普通に気色悪いぞ、美雪。