Part 01: 川田: (……やっと、先回りができました)  相手の動向に対して注意深く目を配りながら、思考の片隅で私はしてやったり、と快#p哉#sかな#rをあげる。 残念ながら目的の品は手に入れられなかったが、「死神」の先回りができたのは、まさに僥倖……ようやく私にも、運が向いてきたのかもしれない。 川田: (もっとも……これまでやられっぱなしだったことを思えば、まだまだ大きく赤字なんですけど……っ!) 反吐が出るほど煮え湯を飲まされてきた過去を思い返して、私は内心で毒づきながら前を見据える。 実に理不尽というか、卑怯としか言えない力を「世界」の各所で好き放題に行使する存在――それが目の前にいる、西園寺雅だ。 その外見は少女の容姿であり、あどけなさをわずかに残しているが……彼女が有する『カケラ』は特殊なもので、しかも対抗できる手段が「ない」。 川田: (……ほんと、例の神様は迷惑千万な恩恵を授けやがったものですね……おかげでッ……!) 私は気配を殺しながら、表情も変えることなく銃の形をした武器を前に構え――躊躇いなく引き金を引く。 雅: ――――。 至近距離から放たれたはずの、弾丸。……しかし「死神」はあっさりとそれを避け、俊敏な動きで私の背後に回り込み……。 雅: ――はぁっ……!! 手に持った薙刀状の武器を移動した勢いに乗せて振り上げ、袈裟懸けに斬撃を放ってきた。 川田(私服目開): っ……?! とっさの反応で銃身を振り上げ、刃の根元にそれを叩きつけながら身をかわして私は後ずさって間合いを取る。 一瞬でも遅れていれば、私の肩はざっくりと切り裂かれた上で致命傷を負っていたことだろう。……ぞくり、と悪寒が全身を駆け巡る。 川田(私服目開): (本当に……苦労させられる……ッ!!) ただ、若干の不満はあれど……恐怖は、ない。むしろ、自然と笑みが口元からこぼれ出るのを私は明確に意識していた……! 川田: くくくっ……残念でしたね。今のは、完全に私を殺すつもりだったんでしょう? 川田: 初めの頃に対峙した時は、まだ手加減をするだけの余裕と傲慢が感じられましたのに……あなたも相当、切羽詰まってきたってことですか? 雅: ――っ……。 そんな挑発に対して、「死神」は応えない。……ただ、暗闇の中でも眉間に動きがあったように見えたのは、おそらく私の目の錯覚ではないと思う。 川田: ……っ……?  : ふいに視界の端で、……何かが動く影。ちら、と目だけを動かすと、#p興宮#sおきのみや#rの老刑事が立ち上がってこちらを窺っている姿が見えた。 川田: (確か……大石って言いましたっけ。まぁ覚えてたところで、この「世界」ではもはや何の役にも立たないんですけど) …………。 ……いや、待てよ。「死神」を相手取っているこの状況なら、ひょっとして……ッ? 川田: あのー、刑事さん。この場合、どっちが悪人だと判断しますか? 大石: ……っ……?! 川田: 私は銃で、向こうは薙刀。両方とも言い逃れなんてできないほどに、間違いなく銃刀法違反です。 川田: ただ、私はあなたを殺そうとして……向こうはそれを庇った。普通に考えれば、あっちが善と捉えて当然だと思います。 川田: ですけど……刑事さん。ひたすら怖い目と痛い目に遭って死ぬのと、眠るように痛みも少なく殺される……。 川田: あなたは、どっちが楽だと感じますか? 大石: あ……あんたは、何を言って……?! 川田: んー……要するに、こういうことです。 川田: あなたはもう、どこにも逃げられないし助かることはありえません。……残念ですが、死ぬことが確定です。 川田: なのにあの「死神」は、どういうわけかここであなたを助けようとしている。怪物どもになぶり殺しになるだけだというのに。 雅: ……っ……! 川田: というより……実のところ、「助けた」のはあなただけではないんです。他にも大勢、助けた「ふり」をしている。 川田: 自己満足? 偽善?……いえいえ、違います。あの「死神」はただ、卑怯なだけです。 川田: 自分の願望とエゴのために、他の人間の運命を踏みにじっておきながら、正義を気取っている。ほんと許しがたい悪魔ですよ、あれはね……! 雅: ……れっ……! 川田: あら……怒りました?ひょっとして、自覚がなかったんですか? 川田: あなたは自分のことを、正義と思ってる……まぁ思い込むのは勝手ですし、それも権利です。 川田: ただ、よく知っておいたほうがいいと思います。あなたはご自分の守りたいものを優先して億単位の人の命を奪い、あらゆる「世界」を壊した。 川田: それこそ、潔癖な理想論に酔いしれて粛清と革命の名のもとで大量虐殺を行った歴史上の独裁者のようにね。だから――。 雅: 黙れえええぇぇぇぇえぇッッ!!! 川田(私服目開): ……ッ……?! 烈風のごとく襲いかかってきた刺突をかわし、私は1つ、2つ、3つと銃の引き金を引く。 至近で放ったため、3発いずれも回避のための時間は小数点以下にゼロが並ぶ瞬間的なものであったはずなのに……。 それらはことごとく「死神」の身体を外し、後方の木々の幹、葉を揺らして空しく消える。 もはや人間業ではない、その動き。ただ、理不尽にも彼女はその能力を託されて圧倒的な戦力差を現実のものとしていた……がッ! 川田: (よし、……『先読み』の裏を取ったッ!!) 私は内心で得たり、とほくそ笑みながら「死神」の次の攻撃を待ち受ける。そして、たたらを踏む格好で横に素早く移動し――。 大石: ……っ……?! 雅: なっ……?! 薙刀の巨刃が頭上高く振り上がった次の瞬間、私は大石刑事の背後に回ってその身体を壁代わりにする。 そして、自分の攻撃対象外である人物が目の前に突然現れたことで、一瞬……ほんの一瞬、「死神」は目を見開きながら動きを止めた。 川田:            ――終わりです。 私は大石刑事を突き飛ばし、「死神」に重なったのを見て取ってからその背中に銃口を押し当て……引き金を引く。 大石: ぐはっ……?! 雅: っ、ぐ……ッ?! みるみる血が広がる、大石刑事の背中……さらにそこを貫通した弾丸によって、「死神」の腹部が赤黒く染まっていく。 ……これで、全て終わった。 少なくとも私は、その光景を目の当たりにして自分が勝ったであろうことを確信していた――。 Part 02: おそらくこれは、 夢とは異なるものなのかもしれない。だけど……。 雅: …………。 遠くの方から、……歌が聞こえてくる。 狂おしいほどに懐かしく、忌々しくも忘れ去ることができない……童歌。 そこかしこで耳にするたび、胸が締め付けられるように痛くて苦しくなる。 雅: ……っ……。 歌の響きとともに蘇ってくるのはいまだ脳裏に焼き付いて残る、古里の光景。そして――。 雅の妹: ふふっ、あははは……。 鈴を転がすような可愛く澄んだ声で私を呼びながら、鮮やかすぎる笑顔で手を振ってくる……あの子の姿だった。 雅: ……ぁ……。 困惑に引きずられて躊躇いを覚えながらも、私はおずおずと手を挙げてそれに応える。 すると、その合図が遠く離れた場所からも確認できたのか……彼女は笑顔をさらに明るく弾けさせると、こちらへ駆けてきた。 雅の妹: 姉さまぁ~っ……! その可愛らしくいじらしい様子に、私は自然と口元がほころびかけて……。 だけどすぐさま、ぞっとする悪寒にとらわれる。 雅: ……っ……?! あぁ……そうだ。私が今すべきことは、手を広げて彼女を迎え、抱き止めることではない。 むしろ叫んで、追い返すべきなんだ!「ここに来るな、早く逃げろ」と……ッ! 雅: ――、っ……ぁ……はっ……?! 喉に力を込め、肺の中の空気をすべて吐き出すような勢いで私は叫ぶ。叫び続ける。 だけど……それは言葉にならず、ひゅうひゅうとかすれるような音だけが空しく響くだけで、彼女に届かず――。 遠くから響いてくる何かの音が、急激に勢いと恐ろしさを増して膨れ上がったかと思った、次の瞬間――! 雅: なっ……?! 愕然と固まる私の目の前に、高潮なのか土崩なのかよくわからないものが轟々と空気を揺るがせて……流れていく。 戦慄が思考を支配し、時が……止まる。そしてしばらくしてから、ようやく私が正気を取り戻して現実に返ってくると――。 雅: ……。あ……ッ……?! 私の前には、さっき見た時にはなかった土の壁が高く、傲然と……そびえたっていた。 雅: ……っ……。 ここは、……どこだ。 ほんの少し前まで目の前には田畑があり、数えるほどとはいえ民家もあった。 なにより、珍しく洋風の外出着を着ておめかしをしていた「彼女」が……笑顔とともに、こちらへ向かっていたはずだ。 なのに、……今、私の視界にはただ茶色にぬかるんだ地面だけが……だだっ広く広がっている。 あぁ……そうだ。これは、悪い夢だ。でなければ、こんなほんの一瞬の間にすべてが一変するはずがない。……いや、起こりえない。 …………。 ……誰か、そうだと言って。 これは私の、悪い夢……決して現実ではない、妄想だとッ!! 雅: ……あ、……あぁっ……?! 雅: うわあああぁぁぁああぁぁぁっっ!!! Part 03: 耳をつんざく叫びが自分のものだと 意識した次の瞬間……私は、目を覚ました。 雅: ――っ……?! 起き上がって、辺りを見回す。……視界に映るのは、遠くに山を置いた田園風景。そして、自分が横になっている場所は――。 雅: …………。 やや湿った、木製のベンチ。そのすぐ横には「廃線」の印字が記されたバスの時刻表が掲げられている。 『#p雛見沢#sひなみざわ#r』……朽ちかけの標識柱には、この停留所の名前が書かれてあった。 雅: ひなみ……ざわ……。 もう何度口にして、耳にしたのか数えきれないその名称を、私は誰に言うのでもなく呟く。 そして、まだ薄もやがかかったような気分で鈍痛を覚える頭を押さえながら、ふらふらと立ち上がって道路を横切った。 雅: …………。 実にのどかな、田園風景……。目を凝らせば集落近くに人影がいくつか見えて、彼らは農作業に勤しんでいる様子だ。 目を覚ます直前まで色濃く、臭いとしても感じていた死の気配は……どこにもない。 このバス停付近も、自分の記憶が正しければおびただしい数の亡骸が折り重なるように転がっていたはずなのだが……。 そんなものはどこにも見えず、片づけたような痕跡さえ存在していなかった。 雅: ……っ……。 ようやく四肢に力が戻ってきたのを感じて、ゆっくりと歩き出す。 停留所から少し歩いたところには、小規模ながらも村の商店街がある。その中のひとつの店に、私は足を踏み入れた。 老婆A: ……いらっしゃい。 中に入るなり、店番をしていた老婆がぞんざいな挨拶とともに私をうろんな目で無遠慮に見つめてくる。 知らないやつが入ってきたと、警戒している様子がありありだ。……が、あえてそれに気づかないふりをする。 雅: (この光景は、もう何度目だろう……?) 毎回同じ反応を示すので、今となっては逆に滑稽。とりあえず私は何気なさを装った動作で、売り物のそばにある新聞紙を手に取り……。 その上部にある、日付を確認した。 雅: (昭和、58年……6月。ほぼ、同じ日付だ) 無感動のまま新聞紙を棚に戻し、老婆の若干咎めるような視線を背中で跳ね返しながら、私は店を出る。 以前であれば、「世界」の変化を確かめるために新聞紙を買って記事に目を通すこともあったが……今はもう、その必要を感じない。 いつも、同じ。何もかもが、何も変わらない。 唯一変わったものと言えば、その不変に対して失望や落胆を感じなくなった……私自身の冷淡な心かもしれなかった。 雅: (幾百幾千の星霜を越える気分とは、こういうものか……) ほろ苦く自虐的な笑みを口元に浮かべながら、私は商店街を通り過ぎる。 ……だから、最初は聞き間違いかと思った。店の軒先で立ち話に興じている、村の主婦たちとすれ違いざまで耳に届いた、その名を――。 主婦A: にしたって、村長代理も情がないよねぇ。いくら梨花ちゃまがいなくなったからって、雛見沢の外から養子を迎えるなんてさ……。 主婦B: 確か、西園寺家……だったっけ?古手家の遠縁の家系だかなんだか知らないけど、後釜に据えるには役者不足も過ぎるってもんだよ。 雅:           ――っ……?! 衝撃が頭から、まるで電撃のような速さで手足の端にまで駆け抜けていく。 この村で……雛見沢では決して村人たちが口にせず、私も耳にすることは絶対にないと思っていた……名前が……?! 雅: あ……あのっ! ……だから、思わず話しかけていた。 必要以上に関わるまい、いや関わるべきではないと自身に戒めていた禁を破ってまで、私は確かめずにはいられなかったのだ。 雅: い……今、なんて……?! 主婦A: っ……えっと、どちらの方で……? 雅: 答えて!あなたは今、……西園寺って言ったでしょ? 雅: 西園寺家の血を引いている人間が……この雛見沢に、いるの……?! 主婦A: え、えぇ……それが、なにか……? 雅: ……っ……!! それを聞いた私は、さっきまでの重苦しい気分を虚空の彼方へと放り出して走り出す。 雅: ……っ……ぅ、くくっ、あははははっっ……!! ……あぁ、見つけた。 見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけたッッ!! ついに、私はたどり着いた……! 天文学的数値だった極々小の可能性の中から、私が理想と思い描く最高の『カケラ』を秘めたこの「世界」へ……ッ!! 雅: あはははははは……あっはははははははははッッッ!!! 私は……笑った。以前に笑ったのはいつだったか、もはや思い出すのも億劫に思えるほど、本当に……久しぶりに……! …………。 だけど、それは。 私にとって、また新たな地獄の釜の蓋が開かれることを意味していた――。