Part 01: ……確かにあの時は、それが事実だと言われたところで絶対に信じられず、受け入れることができなかったと思う。 だけど……いやだからこそ、全てが終わってから……激しく後悔した。 どうして私は、「彼女」の言うことを信じてあげることができなかったのだ、と……。 もしあの時、真摯に耳を傾けていれば、私は……っ! 菜央(私服): ……あの、清浦さん。ちょっとご相談したいことがあるんですが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか? 刹那: 別にいいけど……どういった用件? 菜央(私服): 桂さんと、西園寺さんのことです。こっちの家で、少しお話を聞きまして……それで。 刹那: ……そう。 それを聞いただけで、どんな内容なのかはおおよその想像がつく。 ……正直面倒だな、と内心ため息をつきたかったがそれはこの菜央という女の子も、きっと同じだろう。 それになにより、彼女たちには命を救ってもらったという恩義もある。そう思い直して私は、少なくとも表立っての不満は押し隠しつつ「……わかった」と答えていった。 刹那: それで……どこで話をしたらいい?たぶん、あの2人には聞かせたくないことなんだよね。 菜央(私服): はい。……古手神社、ってわかりますか?分校から山の方に入った、古めかしい神社なんですが。 菜央(私服): そこにある展望台でなら、人目を気にすることなくお話をすることができると思います。 刹那: そこでいいよ。……先に行っててくれる?世界と園崎さんに村を観光してくる、って伝えた後でそっちに向かうから。 菜央(私服): わかりました。それでは。 ぺこり、と丁寧な仕草で頭を下げてから、鳳谷さんは乗ってきた自転車にまたがって去っていく。 ……古手神社、か。詳しい場所はわからないけど、園崎さんにでも聞けば教えてもらえるだろう。 世界がついてくる、と言い出すかもしれないがうまくごまかして断ることにしよう。……まぁ、あの子の性格だと屋敷でゴロゴロを選ぶだろうけど。 刹那: それにしても、変わった子……というより、見かけよりずいぶんと大人びた女の子だね。でも……。 なぜだろう……? 最初に会って話をした時から、彼女には奇妙な仲間意識を感じている。自分でも、その理由はよくわからないのだけど……。 鳳谷さんに伝えた通り、世界と園崎さんに話をしてから私は自転車を借りて……手書きでもらった地図を頼りに古手神社へと向かう。 一本道が多かったので、神社の所在はすぐにわかった。入口らしき場所のそばに自転車を止め、上の方に続く石段を確かな足取りで登っていく。 石段を登り終えると、いかにも年季が入っていると思われる鳥居が視界に入ってきた。その奥には本殿なのか、社らしき建物が見える。 刹那: 暑い……けど、ここは少しだけ涼しいかな……。 植え込みや木々が多いこともあってか境内は陰が多く、折から吹き抜ける風がひんやりと冷えて心地いい。 刹那: っと、展望台は……。 清涼な空気の中、思わず溶け込んでしまいそうになった意識を引き戻して境内を見回してみるが、あいにくと案内板らしきものはどこにも見当たらない。 仕方なく、ポケットから再び地図を取り出して広げる。待ち合わせ場所の展望台は、奥に入った先にあるようだ。 場所を確かめて地図をたたみ、ポケットに入れながら私はふと背後へと振り返ってみる。 刹那: …………。 境内はゴミなどで汚れ散らかった形跡もなく、植え込みも定期的に刈り込みがされているのかとても綺麗にまとまった様子だ。 ……廃墟にとり残された神社とは、とても思えない。いやそもそも、ここに来るまでの行程に存在していた村の景観は、間違いなく「生きた」ものだった……。 刹那: この村って……いったい、なんなの……? 怪物との遭遇や、世界の行方を探すことに気を取られてすっかり意識から外していたが……この#p雛見沢#sひなみざわ#rは本来、存在するはずがない場所なのだ。 ……通称『雛見沢大災害』。火山性の有毒ガスが発生したことで住民の大半が命を落とし、この村は地図上から抹消された。 赤坂さんたちの話をそのまま信じるのであれば、私たちは何らかの超常現象によって「世界」を移動し、ここにたどり着いたとのことだけど……。 刹那: ……。やっぱり、わからない……。 ここが本当に、私の知る「過去」の雛見沢だとしたら……いずれ大規模な自然災害が発生して、多くの住民たちが巻き込まれて死ぬことになる。 見ず知らずの私たちを快く自分の屋敷に泊めてくれた園崎魅音さんに、他の子たち……そして、今から会って話をする鳳谷菜央さんも、その中に含まれて……っ。 刹那: ……っ……! あの3人は事態を把握していたようだが、それでも間近に迫った危険を伝えて……避難か何らかの対策を勧めるべきだと思う。 偽善かもしれないし、無駄に終わる可能性もある。……それでも何もしないよりはずっとマシだと思い、私はせめてもの恩返しをしようと心に誓っていた。 Part 02: ……しばらく歩いていくと、植林の姿が減って大きく開けた場所へと出る。 そこには約束した通り、鳳谷菜央さんの姿があった。 刹那: ごめん、少し遅くなった。……待たせちゃった? 菜央(私服): いえ、全然。……あたしこそ、こんな場所まで来てもらってすみません。 そう言って鳳谷さんは、愛想のいい微笑みを私に返してくれる。 そしてふと、眼下に広がる風景に視線を戻したので私もその隣に並び、手すりにそっと手を置きながら彼女が見つめる先を見つめた。 刹那: ……村を一望できるなんて、素敵な場所だね。 菜央(私服): 清浦さんも、そう思いますか……?あたしも最初に見た時は、すごく感動しました。まるで外国の絵画みたいで、とっても綺麗で……。 刹那: うん……。 確かに、綺麗だと……思う。それは本心からの感想だ。 だけど同時に、私はこの光景が「未来」において永続するものではない、という事実を知っている。 だから、伝えなければいけない……そう意を決して私は、口を開きかけたが――。 菜央(私服): ……相談というのは、#p雛見沢#sひなみざわ#rで放映されてるTVドラマについてなんです。 刹那: ……は……? いきなり肩透かしを食らわされたというか……毒気を抜かれたような思いで、私は唖然と言葉を失う。 そうだ、思い出した。……確か鳳谷さんは、桂さんと世界について相談がしたいと言っていた。 だけど……それに先立って提示したのが、TVドラマ?いったいこの子は、何を言い出すつもりなんだろうか。 菜央(私服): たぶん、ご存知ないと思いますが……雛見沢では最近、あるTVドラマが話題になってるんです。主人公は、2人の高校生の女の子で……。 菜央(私服): 彼女たちは、同じ男の子のことを好きになって……それを取り合って修羅場になる、ってお話です。 刹那: ……そうなんだ。まぁ、よくある話……だよね……。 あいまいに相槌を打ちながら私は、少しこの子のことを過大評価していたかもしれないと内心で苦笑を覚える。 大人びた態度と口調だったので、多少身構えたが……やはり、小学生の話題とはこんなものだろう。 そう思って私は、しばらくのんきな会話に付き合おうと思い直した……が……。 菜央(私服): ……同じクラスメイトだったAさんは最初、仲良しの男の子がとあるBさんを好きになったと聞いて……応援するつもりだったんです。 菜央(私服): そのおかげもあって、男の子はBさんと付き合うことになって……交際を始めました。 菜央(私服): でも彼は、Bさんとの関係がうまくいかなくて……その相談をAさんに持ちかけました。どうやったら、Bさんとうまくやれるのだろうと。 菜央(私服): その相談を聞いて、色々と協力していくうちに……Aさんも、彼のことが好きになっていったんです。 刹那: ……っ……? 話に耳を傾けていくうちに……じわじわと、嫌なものが胸のうちに広がっていくのを感じる。 ……どういうことだ? 私は、その話に覚えがある。しかもそれは、創作上ではなく……まさに……。 菜央(私服): それを知ったBさんは、怒りました。自分が彼女なのに、ひどい裏切りじゃないかと。 菜央(私服): でもAさんにしてみれば、ちゃんと彼女として大事にしなかったあなたが悪い、と主張します。その埋め合わせを自分がしてあげてるだけだ、と。 菜央(私服): そんなふうに、2人の仲が険悪になったのが嫌になった彼は……他の子たちとの浮気を始めます。 菜央(私服): でも、そのことが学校中にもバレてしまった彼は女の子たちから嫌われて……結局、それを全て許してくれたBさんのもとへ戻りました――。 刹那: ま……待ってっ! さすがに口を挟まずにはいられなくて、私は大声で話を遮る。 TVドラマの話……だって?当てこすったものの例えだとしてもほどがある! それは、決して虚構の話ではない。まさに私自身が直面して悩み続けている、親友たちを取り巻く現状そのものだった……! 刹那: それって、桂さんから聞いたんだよねっ?あの子、そんなことまであなたに話したの!? 菜央(私服): ……。じゃあ、これって本当なんですか? 刹那: そ、そうだけど……でも、違うっ!世界には、世界の事情があったんだから!桂さんが言ったのは、あくまで彼女の主観――。 菜央(私服): ……いえ、違います。この話は……桂さんから聞いたんじゃないです。 菜央(私服): さっき言ったように、TVドラマのお話なんです。登場人物の名前は……Aさんが西園寺世界で、Bさんが桂言葉。 菜央(私服): 2人が好きになった男の子は……伊藤誠。あと、Aさんの親友は……清浦刹那さん、あなたのお名前なんです。 刹那: なっ……!? その事実を聞かされて、私は頭を殴りつけられたような衝撃にめまいすら覚えて……たたらを踏む。 ……どういうことだ。どうしてこの子の話すTVドラマの登場人物が、私たちの名前になっているんだ。 しかも……しかもっ!あの人間不信の桂さんがとても他人に話すとは思えない内容まで……どうして……!? 菜央(私服): 桂さんは……言ってました。西園寺さんたちとの仲がおかしくなったのは自分に原因があるんだ、って。 菜央(私服): でも……それが、相手に伝わらなかった。むしろ悪意で捻じ曲げられて、さらに誤解を招くことになってしまった。 刹那: っ……ま、待って……! 菜央(私服): ふたりの思いのすれ違いは、嫌悪から憎しみへと変わっていきます。やがて彼女たちは暴走し、ついには――。 刹那: 待ってってばッッッ!!! 自分でも驚くくらいの大声で叫び、……それに反応してか、遠くでカラスの群れが飛び去る鳴き声が聞こえてくる。 何を言ってる……何を言い出すんだ、この子はっ?私の大切な親友たちに、何か恨みでもあるのか!? 刹那: 信じられない……信じないッ!!桂さんからどう聞いたのかは知らないけど、デタラメを言って世界を貶めないで!! 刹那: あの子は……世界は、そんな子じゃない……!これ以上変なことを吹き込むつもりだったら、たとえ命の恩人でも許さないよ!! 菜央(私服): 清浦さん……っ……! 刹那: ……っ……! 私は激情のまま踵を返し、その場を立ち去る。……このまま留まっていると、年下相手に本気で暴力をふるってしまいそうだった。 ……にも関わらず、背後から鳳谷さんの声が聞こえてくる。何かを訴えかけるように。 だけど私は、耳をふさぎ……一切何も聞こうともせず、駆け去っていった――。 Part 03: 刹那: ……っ……ぅ……うぅっ……。 病院の屋上から黄昏の空を見つめながら、私は止まらない嗚咽とともにこぶしを握る。 まるで血に染まったように、真っ赤な空。……それがおぞましくて恐ろしくて、私の悲嘆な思いをいやが上にも増していた。 刹那: なんで……私は聞かなかったの……?あの子の話に、耳を傾けていれば……!! 激しい自己嫌悪と後悔に押しつぶされそうな絶望に苛まれながら……私は夕焼けの中、ぎりっ……と奥歯を噛みしめる。 ……気づいた時には、全てが終わっていた。どんなに悔やんでも泣き叫んでも、悪夢は現実のまま、決して覚めることがなかった。 あの後……元の「世界」に戻った私たちは、確かに今まで通りの日常を過ごし始めた。 だけど、それは何も解決できなかった問題を放置したまま、先送りにしたということで……。 その因果応報は最悪の現実となって、私たちのもとに返ってくることとなった……。 刹那: まさか、世界があんなことに……!それに桂さんが、どうして……!? あの夜……世界は、学校の屋上で発見された。首筋から大量の血を流して、瀕死状態で……。 物証から、それは桂さんによって負わされた傷だと判明した。世界は一命こそ取り留めたものの、現状も昏睡したままだ。 医師の話では、意識を回復する可能性は極めて低いらしい。将来の負担を考え、このまま延命措置を続けるかどうか……両親が話し合っているとのことだった。 そして、世界を「殺した」桂さんは捜索の結果……数週間後、海上に浮かんだヨットの中で発見された。 もちろん、彼女はすでに息を引き取っていた。……すぐそばに、誠の亡骸を置いたままで。 彼女が残した遺書らしきメモによると、別れ話を切り出されたことにより激高した世界の手で、彼は殺されたらしい。 それが事実だと裏付ける証拠は、彼の部屋に残っていた。……おそらく滅多刺しにされたのであろう、大量の血痕が。 刹那: (誠は、死んで当然だ……世界のことを弄んで、あの子の心と身体をボロボロにしたんだから……でも……!) 私が、死にたくなるほど苛まれる後悔……それはこの展開を、すでに知っていたという事実だった。 菜央(私服): 『あの後西園寺さんは、好きな人に裏切られたことで絶望して、彼のことを殺そうと暴挙に出るそうです……!』 菜央(私服): 『そして、その亡骸を見た桂さんに復讐で首筋をノコギリで切り裂かれて……死んでしまいます!だからそうならないよう、2人を止めてください……!』 刹那: っ……バカ、大バカ……清浦刹那の、大バカ女ッッ!! あの子は、あんなにも必死に……真剣に訴えてくれたじゃないか。 私の親友が助かる道を、あんなにも明確に示してくれていたじゃないか……! それを無視したのは、……私だ。世界を見殺しにしたのも……私……! 私がちゃんと考えて動いていれば、全てを救えたはずだったのだ!! 刹那: なのに……なのに私は、感情的になって……! 刹那: あの子たちのことも助けられたのに、何もしないまま……戻ってきて……! ……悔しい。情けない。どうして私は、こんなにも愚かだったんだ。 だから、もし……もしも許されるなら、神様。私の願いを……どうか、聞いてください。 刹那: もう1度……あと1度だけ、私に奇跡を……!今度こそ、私は間違えないから……絶対に、助けてみせるから……ッ!! …………。 だけど、そんな願いは虚しく、儚く夕闇の向こうへと消えて……そして……。 世界: ……な、刹那ってばー。 刹那: ……っ……? 刹那: あ、あれっ……世界? ど、どうして……!? 世界: 何を言ってるのよ、もう。寝ぼけてるの?もうすぐホームルームが始まる時間だから、そろそろ起きたほうがいいよ。 刹那: え……じゃあ、あれは夢……?で、でもあれは……あの子たちは……!? 世界: ……どうしたの?それはそうと、来週はいよいよ宿泊研修だから楽しみねー。 世界: 刹那はどこを回るか、もう決めた?もしよかったら、私と一緒に――。 刹那: …………。 刹那: ……ごめん、世界。私、どうしても行かなきゃいけないところがある。 刹那: だから……行ってくるね、世界。