第9話 妹は……


 が無事に中学の卒業式を終え、はると二人でさくらもどり──

 さらにそれから数日、年度の終わりと新年度の始まりも目前にせまってきた。

「いよいよ明日なんですねえ……」

「明日しとは思えないくつろぎっぷりだけどね、ちゃん」

 はるの部屋には、二人の女子が集まっている。

 もちろん、あきの二人だ。

 すでに夕食を終え、も済ませている。

 はいつものモコモコしたピンクのパジャマ姿、あきこんのパーカー姿で、下は二人そろって太ももしのショートパンツだ。

「あ、やられた! ちゃん、ズルい! 話しかけたすきをついてばすなんて!」

「そ、そんなばんがい戦術はやってませんよ。しなくてもあきさんには勝てますし」

「めっちゃあおられてる、あたし!」

 はるの部屋のモニターに、古き良きゲーム機 ブイつながれている。

 立ち上げているゲームは、もちろん初代『ストバス』だ。

 さくらでの最後の夜ということで、記念すべきゲームで遊んでいるわけだ。

 ストバスを見たこともないというあきに、が実際に対戦しつつ遊び方を教えているところだ。

 はるはベッドに座って、後ろからその二人をながめている。

あき、そこ! アイテム取れ!」

「え? アイテムってなに! どれ、どれ取るの!?

「あ、私がいただきです」

 初心者にもようしやしないだった。

 実際、はストバスに関してはかなり強いほうで、かくとうゲームも得意なはるでもなかなか勝てないレベルだ。

 ストバスどころかゲーム初心者のあきでは、勝ち目はない。

「くっそー。負けると腹立つし、接待されたらムカつくし!」

だいじようです、私はゲームのときは兄だろうと親友だろうとじんになるまでめます」

「けっこうこわいね、ちゃん……」

 あきは、割と本気でおびえている。

 とはいえ、も多少の手加減はしているようで、本来ならいつしゆんあきなどばしているだろう。

「あ、でもこのBGMいいね。ノリがよくて、かっこいい」

「わかりますか、あきさん! ですよね、ストバスはBGMがかっこいいんですよ! 実はサントラも持ってますから今すぐ持ってきま──って、ゆきかぜそうに送ったんでした! 明日、持ってきます!」

「明日はしだろ」

 一度しておいて、サントラを届けにまたもどってこられてはひようけしてしまう。

「うっ、そうでした……そうです、このステージのBGMもいいですけど、もっと熱い曲のステージが──すぐ終わらせてそっちに移りましょう」

「わあああっ! つよっ!」

 は手加減モードを解除して、あきしゆんさつしてしまう。

 それから善意しかないみをかべて、ステージせんたく画面で新たなステージを選んだ。

「確かに、いい曲だね……熱い」

「ですよね」

 はニコニコしながらも、コントローラーを操作する手は止めない。

 もちろん、あきがボコボコにやられている。

「つーか、熱いBGMでちゃんがさらに強くなってんじゃん!」

「そ、そうですか?」

「こんなもん勝てない、勝てない。ハル、交代」

「はいはい」

 はるはベッドから下りて、あきとポジションを交代する。

「ふふふ、お兄ちゃんが相手でもめプはしませんからね」

「言っとくが、ストバス始めたのは俺が先だからな。今夜はさせてもらうぞ」

 はるはコントローラーをにぎって、ギラリとするどい目でモニターをにらむ。

 彼は本気だった。

「あ、くそっ、いきなりそんなわざめてくんのか!」

「確実にけずっていくのがかしこいやり方ですよ」

 はゲームで遊ぶときはIQが上がるようだ。

「でも、さくらでの最後の夜なのに、ゲームで遊んでていいのか?」

「これが一番私たちらしいじゃないですか。あきさんもいつしよに遊んでくれますし、文句ないですよ」

 は雑談をしつつも、ゲーム操作はまったくミスらない。

 こうやって幼いころから、話しながらゲームをしてきたのでマルチタスクでも混乱することはないのだ。

「あたしは、カモられてるだけじゃない? 今度、もっと練習してリベンジしに行くから」

「いつでもだいかんげいです。ゆきかぜそうは女子なら出入り自由ですからね。つららちゃんせんぱいも、あきさんには来てほしいみたいでした」

「人気者はつらいね」

 あきはチャンネル登録数もまだまだびているので、人気者なのは本当だ。

「学校でも、ヨソのクラスの連中もあきの顔を見るためにウチの教室まで来てたからな」

「あたし、てんになっちゃいそうだね。CDデビューしたらどうなっちゃうんだろ?」

「あ、それで思い出しました、あきさん」

 はゲーム操作をしつつ、あきがおを向ける。

「CD発売したら買うので、サインしてくださいね」

「買わなくていいよ。ちゃんには何枚でもプレゼントするから」

 俺には? ときそうになるはるだった。

「売り上げがあんま悪いと、ネイビーリーフが自腹切って大量こうにゆうしてくれるだろうしね」

「な、なんてぎやく的な。そんなマネしねぇだろ、あおさんも」

 でちょっとバズった程度の新人のCDがいきなり売れるわけないよ」

「あのなあ……あっ、やられた!」

FOOOフウー! 私の勝ちでーす!」

 ゲームのときは、じやつかんキャラの変わるだった。

「ちょっと待て、キャラ変えるから。どれでいくか……」

「はい、ゆっくり選んでいいですよ、お兄ちゃん」

 はるはキャラクターせんたく画面をにらみ、が使っているキャラとのあいしようこうりよしつつ、しんけんに考える。

「ハルも大人げないなあ。こいつ、割とすぐに意地になるっていうか」

「本気になってくれるから、楽しいんですよ」

「ふーん、ゲームはそんなガチでやるもんでもないと思ってたけど。そういや、ちゃん。このゲーム機は持っていかないの?」

「元々、お兄ちゃんのですから。お兄ちゃんといつしよに遊べないなら、ゆきかぜそうに持っていっても仕方ないですね」

「俺も、もうストバス以外じゃ ブイはさすがに動かさないんだよな」

「ふーん……あ、マネさんによると ブイって中古でもけっこういい値段がつくって」

「さっそくなみさんに問い合わせんな」

 はるはまだしんけんにキャラを選びつつ、ツッコむ。

ゆきかぜそうの部屋、あまり広くないからな。少しでも荷物は減らしたほうがいいだろ」

「そうなんですよね……今後、大型のゲーム機が発売されないことをいのります」

 発売されたら買わないというせんたくは、にはないらしい。はるにもないが。

「そういえば、あきさんは本当に荷物少ないですよね。私の部屋、私のものがなくなったら、ものすごくがらんとしちゃいました」

 しは明日──

 といっても、荷物の大半はすでし業者によってゆきかぜそうに運ばれている。

 は明日は、リュック一つでゆきかぜそうに行く。

「アパートに残してきた荷物もあるし、レンタル倉庫にぶち込んだのもあるけど、少ないね。あたしの人生は、ギターとパーカーがあればいいのさ」

「ミニマリストにもほどがあるな」

 あきはいと遺骨は、父が自分の部屋に置くと主張したため、そのとおりにしている。

 あきの希望どおり、やまぶき医師に翠璃みどりの写真をもらい、あきえいと並べてかざった。

 あきえいは彼女自身が最後にりした写真だったが、翠璃みどりの写真も彼女が最後に入院する前に自宅でったものらしい。

 長いかみを三つ編みにして、上品なセーターとロングスカートという服装で、お気に入りだったらしいグランドピアノの前に座っている写真だった。

 はるは、自分が生まれたころの母の写真しか見たことがなかった。

 五年前、くなる直前の母の姿はしんせんで──前に見た写真から十一年もっている割には若々しく、せているようにも見えなかったため、ほっとしたものだ。

 実母、翠璃みどりの写真ははるの机にも置いている。

 写真は今もはるたちのすぐそばにあり、ゲームに興じているむす微笑ほほえましく見ているかあきれているか、気になるところだった。

あきさん、本当にえんりよせずに荷物を置いていいですよ? 私が使ってた部屋、そんなに広くはないですけど……」

「別にあたしはなんもいらないよ。音楽があればいいから」

「おまえ、そんなせつ的な……」

「言っとくけど、ヤケになってるわけじゃないから。前より念入りに検査してもらってるし。この前、やまぶき先生に言われたけど、今はこれといって大きな異常はないらしいよ」

「そ、そうなのか」

 あきが以前より通院を増やしていることは、もちろんはるも知っているが……。

「もちろん、なにかが起きる可能性は他の人より高いし、注意はしなくちゃダメ。でも、お母さんよりしようじようはずっと軽いんじゃないかって。この前たおれたのは、お母さんのことで心労が重なったせいもあるみたい」

「よかったです、あきさん……!」

 はコントローラーをゆかに置くと。

 後ろでベッドに座っていたあきに、がばっときついた。

「わっ、ちゃん。そんな感激するほどのことでもないって」

「感激するほどのことですよ。ずっと元気でいてくれないと……その、イヤです。すみません、力がなくて……」

 あききついたまま、しんけんな顔で言った。

 あきを妹のように思っているように、もおそらく──

「いいよ、ハルはなおじゃないからストレートに感激してくれないもんね。ちゃんみたいになおに言ってくれるの、マジうれしい」

「は、はい」

 は照れくさいのか、真っ赤になっている。

 それから、はっとなってあきからはなれると。

「の、飲み物ないですね。あったかいお茶、れてきます。お兄ちゃん、その間にキャラ決めておいてくださいね」

「ああ、じゃあたのむ」

 はこくりとうなずくと、全員のカップを回収して部屋を出て行った。

「今日のちゃん、いつもより明るいくらいだね。明日すとは思えない。というか、あたし、ここにいていいの?」

「いいに決まってるだろ。えんりよなんかするな。あきらしくもない」

「あたしだって空気くらい読むのに。でも、そっか。二人きりだと逆に気まずい?」

「空気を読め」

 あきにズバリと言い当てられている。

 はるは、長年いつしよに暮らしてきた妹が、妹でなくなって明日にはこの家からいなくなるという現実をまだ受け入れられていない。

 もしかすると、のほうも同じかもしれない。

 二人きりでいると、おそらく気まずくて話もできないだろう。

 正直、あきの存在がありがたかった。

「ゲームでもやってないと、間が持たないのは確かだな……」

「そういえば、ハルって……結局、ちゃんのしって認めてないんじゃないの?」

「……そんなことはない。わかった、とは言っただろ」

「言ったっけ……って、三人でいつしよたときのこと?」

 さくらを出て、ゆきかぜそうすとあらためて宣言して。

 はるは、それを認めたつもり──だった。

「あたしは、そうは思わなかったな。少なくとも、気持ちよく送り出すって感じじゃなかったでしょ」

…………

 はるは、しに反対はしていないし、荷物の運び出しも手伝った──というより、力仕事ははるが一人でやったようなものだ。

 まつかぜが部活で手伝えなかったのもあるが、の荷物ははるが運んでやりたかった。

 ただ、そこまでやっているのに、確かにはっきりとしを認めてはいない。

 今まで気づかなかった──いや、気づかないフリをしていたのかもしれない。

「別に……俺がなにか言ってもしはもう終わってるんだからな」

「そうだけどさ。やっぱハルは意地っ張りだなあと思って」

「我ながらガキだなと思ってる。を気持ちよく見送らなきゃいけないって、とっくに気づいてんのにな」

「まあ、それでいいんじゃない?」

 あきは、後ろからぽんとはるりようかたに手を置いた。

ちゃんも、ハルにさわやかに見送られたら、それはそれでいやだと思うよ。未練があるくらいの態度のほうが、ちゃんも実はうれしいんじゃない?」

「……いろいろ複雑だな」

 はるらない態度が正解だとは、思いもしなかった。

 ただ、の性格を考えれば、じゆうぶんにありえることではあった。

 しよう姉のあきのほうが、のことを理解しているのかもしれない。

「ゲームをやって最後の夜を過ごすのが、俺とらしい……けど、本当にこれでいいのか」

「最後の最後までなやみが絶えないね、ハル」

「まったく……よし、キャラは決めた。こいつでたたきのめす」

 はるは十字キーを操作して、目当てのキャラにカーソルを合わせた。

 初代ストバスを始めて、最初に愛用していたキャラだ。

 一番使い込んだキャラこそ、と戦うのにふさわしい。

「あ…………

「ん?」

 ドアが開いて、が入ってきた。

 トレイに湯気を立てるカップを三つせている。

「ああ、ありがとうな、……って、どうした?」

 はドアのところに立ったまま、ぼんやりとはるのほうを見ている。


「お兄ちゃん、ちゃんもゲーム遊びたい……」


…………っ!

 はるは、コントローラーを取り落としそうになった。

 まったく同じ台詞せりふを、夢の中でついこの前聞いたばかりだ。

 正確には、もっと甘ったるい声で──

『お兄ちゃあーん、ちゃんもゲームあそびたい』

 そう、そんな声だったが、今のはもちろんそこまで甘えたしゃべり方はしない。

「急に思い出しました……私、あのとき本当にうれしかった……」

「なに……?」

「お兄ちゃん、いっつも外に遊びに行っちゃうから、私も追いかけてお外に行って。でも、お兄ちゃんどこにいるかわからなくて。だから、一人で公園で遊んだりもして」

…………

 そうだった、は小さいころはいつもはるの後ろをトコトコとついてくるような妹だった。

 だがはるは、一人で行きたいところに行くことも多かったのだ。

「お兄ちゃんがゲームをするようになって、おうちにいてくれたから。私、いつでもお兄ちゃんといつしよに遊べたからうれしかったんです……」

「俺も、と遊ぶのは楽しかったよ」

 はるは、コントローラーをゆかに置いた。

 あきがベッドから下りて、の手からトレイを受け取って──そのまま部屋を出て行く。

 ドアを閉じる前に、一度だけちらりとはるのほうに目を向けた。

あきめ……」

 気まずくても、やるべきことをやれ──妹はらない兄にそう言いたいらしい。

 はるは、ゆかに座ったままのほうに向き直った。

、来い」

「お兄ちゃん……!」

 たちまち、の目からなみだがぽろぽろとこぼれ出した。

 そのまま、ゆかりようひざをついたかと思うと──はるにぎゅっときついてきた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……! 私、あのころからずっと、お兄ちゃんといつしよにいるのがうれしくて楽しくて……! ずっとはなれたくなくて……!」

「ああ、俺もいつしよにいる時間がなにより大事だった、ずっと」

 はるは答えて、の背中をきしめる。

 なぜが泣き出したのか、はるにもはっきりとした理由はわからない。

 ただ──ここで雪季が泣くのは当たり前だ、と感じていた。

 妹でなくなり、カノジョになりたいと願い、明日には住み慣れた家をはなれてして、今夜のようにゲームを遊ぶことも簡単にはできなくなる。

 いて理由を挙げればそんなところだろうが──

 には言語化できないだろうし、はるも理由をすべて推測することなどできない。

「うっ、ううっ……お兄ちゃん、お兄ちゃん……私、私っ……!

「もうなにも言わなくていい、。好きなだけ泣いていい」

「甘やかしすぎですよ、最後まで……お兄ちゃんは、私のこと大事にしすぎなんです……!」

 はるの胸に顔をうずめて、泣き続けている。

 けいれんしているのではと疑うくらいに、激しく身体からだふるわせて。

「ごめんなさい、お兄ちゃん。もう明日からはお兄ちゃんの服もおせんたくできないのに、よごしちゃって……!」

「そんなこといいんだ、

 せんたくくらい、はるは自分でできる。

 明日は、自分で今着ているこの服をせんたくに放り込み、ベランダに干してかわかすことになる。

 それだけの想像が──はるにはひどくさびしかった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」

…………

 はるはもうなにも言わず、だまって身体からだきしめていた。

 最後の夜はゲームを遊んで、泣くきしめて。

 ゲームで遊ぶのも、を甘やかすのも、はるがずっと続けてきたことだ。

 それも今夜で、もう終わってしまう。

 と──妹と過ごした時間は今ここで終わる。

 きしめているこの手をはなしたそのしゆんかんに、終わるのだ──



 朝から空は明るく、三月の終わりにしてはぽかぽかとあたたかい。

 今日のさくらの朝は──

 めずらしく父が出勤をおくらせ、家族四人でそろって朝食をとった。

 もちろん、料理はうでるってくれた。

 ご飯としる、焼き魚に野菜のもの、玉子焼きにつけもの

 は朝から手のんだ料理を見事に仕上げ、父とはるあきの三人はなおにそのしさをめた。

 は照れて真っ赤になりつつも、うれしそうだった。

 父は満足して出勤していき、そして午前九時──

「じゃあ行きますね、お兄ちゃん、あきさん」

 げんかんのドアを開け、外に出た。

 今日のは、白いコートにクリーム色のセーター、黒のタイトなミニスカート、タイツという格好で、マフラーは着けていない。

 茶色のかみは、いつもより少しった編み込みにしている。

 じっくり時間をかけて朝食をつくった上に、たくでも手をかなかったようだ。

「ああ、行ってこい」

 はるうなずき、に続いて外に出る。

 あきだまったまま、はるの後ろをついてきた。

「でも、本当にゆきかぜそうまで送らなくていいのか?」

「自立の第一歩ですよ。一人で行かないと」

「……そうか」

 負うた子に教えられ、とはまさにこのことだった。

 しの荷物はゆきかぜそうに送っているし、今日の荷物はリュック一つだけだ。

 はるが持ってやるほどのこともないだろう。

「この辺りの景色をながめながら、ゆっくり歩いていきます。あ、ちゃんと車にも気をつけますから」

「もうそんな心配はしてないよ。子供じゃないんだからな、は」

「はい、子供じゃありません、私は」

 は笑って、こくりとうなずいた。

 そのとき──

「わぁっ……!

 うすいピンク色の花びらが、ひらひらとさくらげんかんい込んでくる。

 はるの目にはそれがいつしゆん、天使の羽根のように見えて──

「そうでした、もう桜がいてるんでしたね。ウチはさくらなんて名前なのに、桜の木は一本もないですけど」

 は、それこそ天使のように、くすくすと笑っている。

 すぐ向かいの家には大きな桜の木があり、この時期は桜の花びらがい込んでくるのだ。

「桜がう中の旅立ちか。出来すぎてるくらいだけど、悪くないね」

「はい、あきさん。私、桜は好きなので。うれしいですね、祝福されてるみたいで」

「今度、このテーマで曲をつくるよ。桜がう中を巣立っていくわいい女の子の曲を」

「楽しみにしてます。カラオケに入ったら歌いますね」

つうにCD化すると思われてる……? 期待が重い」

あきさんの曲、好きですよ。CDになってカラオケに入って、たくさんの人にいてもらいたいですね」

「が、がんるよ」

 マイペースなあきも、〝妹みたいな〟相手からの期待には弱いようだ。

「って、話してたらいつまでっても出発できませんね。じゃあ……」

 は明るく笑っていて、昨夜あんなにも泣いたのがうそのようだ。

 今泣いたからすがもう笑う──いや、子供の感情がコロコロ変わるということわざだったか、とはるは思い直す。

 もうは子供ではない。

 数日後には高校に入学するのだから、子供などと言ってはに悪い。

「行ってきます!」

 は宣言するように言うと、手をってから──

 小走りに家の門を出た。

 が、もう二度ともどってこないわけではない。

 早ければ一ヶ月後──GWには里帰りしてくるだろう。

 し先のゆきかぜそうは、電車を使えば簡単に行き来できるきよにある。

 もっとひんぱんに帰ってくるかもしれない。

 だが帰ってくるのは、〝この家を出た〟なのだ。

 はるとは血がつながっていなくて、妹ではなくて、住んでいる家も別々。

 それではもう、まるっきりの他人だ──

「ハル」

「ん、ああ。ぼーっとしてても仕方ないな。そうだ、せんたくをしないといけないんだった」

「しゃーない。それはあたしがやってあげよう」

「え? あきが? 料理どころかそうもなにもしないおまえが? 手を大事にしないといけないとか、そんな理由でてつていてきに家事をけてるあきが?」

「あたしに言いたいことが相当たまってるみたいだね。せんたくくらいできるっつーの。そんなことよりさ──」

 あきは、はるの横に並んだ。

 今朝のあきはいつものようにパーカー姿で、下は太もももあらわなホットパンツ。

 いつもどおりで、だが表情は──いつもとちがう。

 じぃっとはるの目をのぞき込み、本気で歌っているときと同じしんけんな表情をかべている。

「あたしはさ、ただハルの妹になるんじゃなくて。ちゃんと、ちゃんのお姉ちゃんになりたいんだよね」

「ちゃんとって……おまえだってと血はつながってないぞ」

 まさか、あきの父親がはるの父ではなく、の実父──などというオチはないだろう。

「あたしが言うのもなんだけど、血のつながりってそこまで重要かな?」

「おまえ……」

「あたしはハルの妹になって、そのあたしにわいい妹もできる。なにこれ、最高? あたし、 でバズって、CDデビューも決まって、お兄ちゃんがいて、妹もできるなんて。すっげー幸せじゃん」

 あきは不意にニヤッと笑うと。

 とつぜん、バン! とはるの背中を息が止まるほどの強さでたたいた。

…………っ! な、なんだよ、あき!」

「行きなよ、ハル。ちゃんのトコへ。あたしの幸せのために」

「すげーことをおくめんもなく言うな……」

「あたし、いやなことも続いたけど、泣きたくなることもたくさんあったけど、ハッピーなことがあってもいいでしょ。幸せはきっと、あたしの心臓のりようにはよく効くよ」

すごい新説を提唱してきたな……」

 だが、こまごまとツッコミを入れている場合でもない。

あき、おまえにはずっとおどろかされてきたな」

「そうだっけ?」

「トボけんな。ここだけの話で、本当のことを言おう。きようだいじゃないってわかったときより、おまえに『はじめまして、お兄ちゃん』って言われたときのほうがおどろいた」

あやうく、あたしより先にハルの心臓が止まるトコだったんだね」

「おい」

 ボケが重すぎて、はるといえどもツッコミを入れられない。

「でも、今日の、今のあきの話が一番おどろいたかもしれない。おまえはいつだって、俺の想像をえていくよな」

 はるの周りに深いれつを刻み込んでいったのは、いつもあきだったが──

 そのれつせるようにはるの背中を押すのも、あきだけなのかもしれない。

「これからもあたしは、ハルをおどろかせていくよ。それが一番楽しいから。だから、これからもずっとね」

 これからも、ずっと──

 そうだ、あきとの時間もまだまだずっと続いていく。

 あきはその時間に、の存在を必要としているのだ──

「行って、ハル──ううん、お兄ちゃん」

「……今後は、その呼び方でいくつもりか?」

「今だけだよ、もちろん。ハルがその呼び方を許すのは、一人だけでしょ?」

「ああ、そうだ」

 はるは迷うことなくうなずいた。

 この家で「はじめまして、お兄ちゃん」と真実を明らかにした少女は、今はもう本当に妹になった。

 はるあきを妹として認め、受け入れると決めた。

 だが、それだけでははるあきの三人の物語は終わらない。

「ここで走り出さなきゃ、ロックじゃねぇよな」

「わかってんじゃん。ロックでいこうよ」

 ここから新たに始めなければならないのだ。

 はるあきの幸せのため──

 なにより、を幸せにするために──



!」

「わっ?」

 が、ぴょんとがっておどろいている。

 はるは全力しつそうし、はのんびり歩いていたおかげか、すぐに追いつけた。

 がいたのは、例のなにかといんねんがある児童公園だった。

 ほんの一ヶ月ほど前に、ここでたおれているあきを発見したばかりだ。

 はその公園内で、ブランコにスマホを向けて写真をっていた。

 まだ朝早いからか、他にひとかげはない。

「……、なんで写真なんかってるんだ?」

「き、記念といいますか。この公園の遊具も古いですし、いつなくなるかわかりませんし」

「なるほどな」

 このブランコは、はるが初めてキスした場所でもある。

 が記念に写真を残しておきたいと思うのは、自然なことだ。

「あの、お兄ちゃん? 私、なにか忘れ物しましたか?」

「いや、全部ゆきかぜそうに持っていったと思う。俺もチェックを手伝っただろ」

「はい、そうでしたね。えーと、それなら……」

 は、こくこくとうなずき、口元に手を当てて考え込む。

「あ、お昼はオムライスをつくって冷蔵庫に入れておいたのでチンしてくださいね」

「聞いたよ」

「晩ご飯は昨夜のカレーが残ってるので、あたため直して食べてください。けっこう時間がかかるので、かきまぜながらコトコトあっためないとダメですよ?」

「わかってる」

「あっ、一つ言い忘れてました! リビングの湿しつ、フィルターのこうかんが必要なので、新しいのを買っておいてください。型番はリビングのたなのマニュアルを見てかくにんして──」

「それは知らなかったが、ちゃんとやっておく」

 家族の健康のためにも、冬の湿しつは重要だ。

 もう春だが、まだしばらく湿しつにはかつやくしてもらわなけばならない。

 ただ、それはきんきゆうの課題ではない。

「オムライスもレンチンできるし、カレーもあたためられる。湿しつのフィルターこうかんだってできる。なみだれた服もせんたくできる。俺だって子供じゃないからな」

「そ、そうですよね」

「でも、俺はの料理が好きだ。母さんが職場復帰してから、ずっとにメシをつくってもらってきたんだからな」

「え、はい。その……ありがとうございます。お兄ちゃんがいつもしそうに食べてくれるから、私もがんってつくろうと思って……って、なんのお話なんですか?」

 は完全にまどっているようで、オロオロと視線をさまよわせている。

 はるもなにを言うべきか決めてこなかったので、く話ができないが──

「そうだな、く話そうとかざかしい。まったく俺はゆうじゆうだんで、いろいろ先送りにして、のこともずっと迷わせてきたよな」

「そ、そんなことは……私たちみたいなじようきようで迷わないほうが変ですよ。お兄ちゃんは真面目で、私のことを思ってくれるから迷ったんです。迷ってくれてうれしいくらいです」

「……なんだかなあ。のほうこそ、俺を甘やかしてるよな。なあ、。俺もおまえにゲームとか勉強とかいろいろ教えてきたけど、もう一つだけ教えていいか?」

「お兄ちゃん……?」

 はまだまどいつつも、小さくうなずいた。

「俺にせんたくくらいさせろ。湿しつのことくらい自分で気づかせろ。メシくらいたまには自分で用意させろ」

「え……? 一つじゃなくて、たくさん言ってませんか?」

「大事なことは一つだ。つまりな……を甘やかすな」

「兄……?」

 は、びくりと反応する。

 大きな目を見開き、吸い込まれたかのようにはるの顔を見つめてくる。

 はるはその視線にひるまず、まっすぐに見つめ返して──


、おまえは俺の妹だ」

「えっ!?


 は短い悲鳴を上げ、またがりそうなほどおどろいた。

 というより、言ったはる自身がおどろいている。

 ここまではっきり言うつもりはなかった──だが、自分を止められなかったのだ。

「あ、あの、お兄ちゃん? 私、もう妹じゃないってことで話はまとまりましたよね……?」

「そうだな、血のつながりはないし、自身ももう俺の妹でいたくない。それはよくわかってる。わかっているが……俺にとっては妹なんだよ」

「お、お兄ちゃん……」

 はふらついて、ブランコのくさりつかんだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。話が去年の春までもどってませんか?」

もどっちゃいけない理由はないだろ」

 幸せだった過去を取り戻してなにが悪いというのか──

 はるは開き直っていることは自覚しつつ、まだ止まれなかった。

「この数ヶ月、俺とあき、それにみんなでぶつかったり、わかり合ったりしたことはじゃないと思う。それで、最後に辿たどいた結論がそれなんだよ」

「そ、そんなこと……言われても……」

 は、ブランコのくさりをぎゅっとつかんでいる。

 つかんでいないとたおれてしまうのかもしれない。

「お兄ちゃんを甘やかすとか……そんなの考えたこともないですし……」

「だったら俺のことは置いといてくれ。、おまえはどうしてもさくらの家を出たいのか?」

「ほ、本当に話がもどってます。そんなこと……だって……」

 は、明らかに足元がふらついている。

 今にも地面にひざをついてしまいそうだ。

「私は、さくらの家にいたらずっとお兄ちゃんの妹のまま……お兄ちゃんに甘えちゃうんです。だから、家を出てゆきかぜそうに……」

「ああ、の決意もよくわかってる。その上で、にはさくらの家にいてほしい」

 はるは前に出て、の手をつかむ。

 しがみつくなら、ブランコのくさりではなく自分につかまってほしい。

「俺は、とっくにわかっていたはずなんだ。俺は、妹の雪季が好きなんだよ

…………っ

 つかんだの手から、ふるえが伝わってくる。

 そのふるえは大きく、まるではるの手をはらおうとしているかのようだ。

「お、お兄ちゃん、なにを……」

「昨夜のゲームも楽しかったな。やっと受験も終わって、も遊んでいい時期なんだ。俺だって、まだ大学受験でガツガツするには早いだろ」

きようだいみたいに遊びたいってことですか……?」

「みたいに、じゃない。きようだいとして遊びたいんだよ」

…………っ

 はるつかんだの手が、びくんとふるえる。

 さっきからあまりにも彼女をどうようさせてしまっているが、はるは伝えるべきことをここで言い切るつもりだった。

いやか? 父さんと母さんがこんする前みたいに、きようだいでゲームして、買い物行って、いつしよにメシを食うのは」

「で、でも……私たち、あんなこともあったのに」

 は、かぁっと顔を赤くする。

 もちろん、受験前夜にはるが一線をえたことを言っているのだろう。

 そうだ、あんなことをした以上、はるきようだいと言えないかもしれない──

「ただ、俺はが好きで──妹だからが好きなんだよ。それはもうちがいない。常識とかりんとか、その感情の前ではなにも関係ないんだ」

「お、お兄ちゃん……本気で言ってるんですか?」

 激しくまばたきしてどうようを示すに、はるだまってうなずいてみせる。

 自分でも、とんでもないことを言っているのは理解している。

 ただ、ごまかしたり、つくろったりしていては、の心を動かすことはできない──

のことは妹として好きで、女の子としても好きだ。これが俺の本当の気持ち、なおな気持ちなんだよ」

「ほ、本気なんですか……」

 は、さっとうつむいてしまう。

 うつむき、かたふるわせ、ひざもガクガクとふるえて──

「なあ、。俺は──」

「待って!」

 はるがさらに言葉を続けようとしたところで。

 が顔を上げ、にらむような視線を向けてきた。

「ずるい……ずるいです、お兄ちゃん!」

「え?」

「私だって、妹だけどお兄ちゃんが好きに決まってるじゃないですか! でも、そんなの変だからずっとまんしてきたんです! なのに、お兄ちゃんだけ……お兄ちゃんだけ、それを認めてはっきり言っちゃうなんて……!」

、今まで言ったことなかったか? 態度にはだいぶ出てた気がするが……」

「少なくとも、私自身はまんしてたつもりでした!」

 は、こぶしにぎめてはるの胸にドンとたたきつけてきた。

 パワーに欠けているので、はるむないたにはほとんどダメージはない。

「……私だって」

「え?」

「私だって、お兄ちゃんのお兄ちゃんが好きです」

「……ややこしいが、言いたいことはわかる」

「わかってもらわないと困ります……」

 はるの胸にこぶしを当てたまま、再びうつむいてしまう。

「……でも、ダメです。ゆきかぜそうにはとうちゃんも入るんです。明日には来るはずです」

「この前、卒業式でとうに会っただろ。あのとき、あいつ、自分は一人でもゆきかぜそうくやっていけるみたいな話をしてた。なにを言ってんだろと思ったが、要するに……を引き留めてもいいって言ってくれてたんだな」

 とうは、短い間とはいえ、はるを間近で見ていた。

 だから、この展開を予想していたのかもしれない。

「でも、つららちゃんせんぱいも……ゆきかぜそうに入るって言ったら喜んでくれて、かんげいかいの準備もしてくれてると思います」

かんげいかいには出ればいい。でも、だからといって入居しなくちゃいけないとは限らない」

「限りますよ! かんげいかいに出て、入居しないなんてずうずうしすぎます!」

「そんなことは問題じゃないのは、もわかってるだろ」

 かんげいかいは、少なくともとうは入居するのだからかいさいされるはずだ。

 はるもつららには多少悪いとは思うが、だからといってを行かせる理由にはならない。

「……いいんですか?」

「ああ」

ちゃんと会ったときにも言いましたよね……妹はカノジョにしちゃいけないのに」

「俺は、妹だからカノジョにしたいんだよ。もう一度、俺ときようだいの関係を始めよう。好きだってことを認めて、その上でもう一度きようだいになろう」

「お兄ちゃん……メチャクチャです」

「だけど、これが俺の望みだ。なやんで迷って、辿り着いた最後の答えだ

 そうだ、もう迷いも先延ばしもできない。

 両親のこんから始まり、あきが明かしたしようげきの事実を経て、ここまで来た──

 今、目の前にいる女の子は妹で。

 決して手放したくない、好きな女の子でもある。

「私、お兄ちゃんのマネをしてゲームを始めました」

「うん?」

「私、いくつになってもお兄ちゃんのマネをしちゃうみたいです。そうです、私もお兄ちゃんと同じ……きようだいの関係をもう一度始めたいです。私は妹で、お兄ちゃんのことが好きな女の子なんです」

「ああ、……」

 はるは、の手をつかんだまま引き寄せて、きしめた。

「お兄ちゃんっ……!

 も逆らわずにはるきついてくる。

 今のは、昨夜のように泣いていない。

 うれしさがあふれて、かがやくようなみをかべて。

 ぎゅっとはるきついている。

 迷いに迷い、ようやく辿たどいた、二人でいられる場所。

 今、はるに芽生えている確かな気持ちは、長い回り道をした上で手に入れたもの。

 兄と妹として積み上げてきた時間があっても、二人はこいをすることが許される。

 そう、こいができる──

 この答えは、だれにもくずせない。

 とうは、妹でありカノジョでもある。

 はるは、ここでやっと妹のとカノジョのをこのうでくことができたのだ──