第8話 妹は卒業したい


 あきしも無事に終わり──

 その三日後に、はるあきしを手伝ってくれたまつかぜ涼風すずか、それにも連れて焼き肉を食べに行ってきた。

 しかも、中高生だけで行くにしては分不相応なほどの高級店。

 はるまつかぜ、それに大食いなあきが高級肉をちゆうちよなく食べまくったおかげで、DNAかんていの費用はれいんでしまった。

 あきは、費用の出所を疑っていたようだが、特についきゆうはしてこなかった。

 もしもいつかあきあきの過去を知り、DNAかんていをしたくなったらはるがあらためて費用を工面すればいい。

 兄として、それくらいのしようはあるべきだろう。

 そのごうすぎる焼き肉から、さらに数日後──

「はぁ……なんだか寒くなってきたような気がします」

「そんなことはないだろ、車内なんだから」

 はるは、となりに座っているに苦笑いを向ける。

 今、はるは電車にられているところだ。

 確かに北に向かっているが、車内はもちろん暖房がじゆうぶんに効いている。

 はるまどぎわに座っているのは、車窓の景色を見るためでなく、が「まどぎわのほうが寒そうです……」と言い出したからだ。

 目的地は、はるの母が住む町だ。

 言うまでもなく、しもつきとうの実家の旅館〝そうげつ〟もその町にある。

「二度目の卒業旅行の行き先が、あの町になるとは思いませんでした」

「まったくだ」

 は苦笑いしていて、はるも同じくしようする。

 ほんの数日前、かわもととともに卒業旅行に出かけて、まりがけで遊園地で遊んできた。

 それから間をあけずに、こうしてまた電車に長時間られて旅に出ている。

「でも、俺も卒業式くらいは出ておいたほうがいいと思う。中学の卒業式は人生で一回しかないんだしな」

「そう……ですね」

 は今も、形式上は母の町の中学にざいせきしている。

 かつて通い、今もかわもとがいる中学の卒業式に出席するわけにはいかない。

 はかなうなら、そちらの卒業式に出たかっただろうが……さすがにそれは無理だった。

 一方で、母の町の中学からは「卒業式に出席するように」というれんらくがきた。

 今でもはれっきとした在校生なのだから、そのれんらくは当然だろう。

 はだいぶ迷ったようだが──

 その中学の生徒であるしもつきとうに相談し、出席を決めた。

 町までは三時間ほどの旅で、はるも当然のようにっている。

 中学生とはいえ、女子の一人旅はさせられないのではるが甘いということもないだろう。

 卒業旅行というのはこの場合、〝卒業式に出るための旅行〟というわけだ。

 ちなみにあきもついてきたがったが、CDデビューの準備がいそがしくなったので断念している。

「あ、。前の中学の制服、持ってきてるだろうな?」

「はい、ちゃんと持ってます。捨ててませんよ」

 はいつもまりがけのときは荷物が多い。

 今回はひときわカバンも大きく、体格とパワーにめぐまれたはるでも少し重いくらいだったが、制服もちゃんと入れてあるようだ。

「あのセーラー、おまえガチでいやがってたもんなあ」

「うっ……あ、あのころは私も未熟で……」

「未熟って」

 黒いセーラータイプの制服で、スカートもミニスカート大好きなにとってはあまりにも長すぎるシロモノだった。

 ダサいダサいと、当時は遠くはなれていた兄に不満だらけのLINEを送っていたものだ。

「セーラーの制服か。があれを着てたころから、まだ一年もってないのになつかしい気がするな」

「そうですね……私があちらにいたのは春の終わりころから秋までですからね。まだ半年ってないくらいですか」

「そうか。一年どころか、半年もってないのか」

 さくらもどってきてからも、あまりにもいろいろなことが起きすぎた。

 これだけのうみつな時間は、はるの人生の後にも先にもないかもしれない。

「私も成長しました。がんって、卒業式に出ます。あちらの中学のみなさんとも仲良く──な、仲良くできるでしょうか?」

「いきなり不安になるなよ」

 はるは、ぽんとの頭に手を置く。

 妹を甘やかすときにいつもやっていた仕草で、今はもうやるべきではないかもしれない。

 だがクセになっているので、簡単にはやめられそうにない。

 そもそも、のほうも気にしていないようだ。

とうもいるしな。あいつがくサポートしてくれるだろ。卒業式の練習はできてないし、こういうときは甘えてもいいんじゃないか」

とうちゃんも同じようなこと言ってました。私に任せてくださいって」

 にとってとうは中学の同級生で、同士で、この春からは同じ女子高の生徒だ。

 多少は甘えても許される相手だろう。

「このかみも、とうちゃんが許可を取ってくれたんですしね」

たよりになるなあ、あいつ」

 が通っていた中学は〝せんぱつ禁止〟だが、今のは茶に染めている。

 先日受験が終わって黒から茶に染め直したばかりで、また黒に染めるとかみいたんでしまう。

 それを知っていたとうが教師にこうしようして、ちやぱつを許可してもらったのだ。

「その代わり、春からの生活ではとうちゃんが私をたよることも多そうって言ってました」

「さすがとうだなあ……」

「え?」

「いや」

 はるはまたしようして、首を横にる。

 とうは卒業式でサポートすることを、に借りだと思わせないようにそんなことを言ったにちがいない。

 頭が良く、やさしく、旅館のむすめとして育ったとうは自然なづかいができる。

 あれで一時はイジメっ子をやっていたというのが信じられないくらいだが。

 とにかく、はるはこの卒業旅行のいにはなんの不安もなかった。

 不安のない時間──こんなにかけがえのないものはないだろう。



 はるがこの町の中学に足をれるのは初めてのことだ。

 三階建ての校舎は木造で、ずいぶんと年季が入った建物だった。

 はるが住む街は大都会ではなくとも田舎いなかではないので、古い木造校舎はしんせんに感じる。

 つい、校舎の写真を数枚ってしまったりもしつつ。

 卒業式が行われる体育館のほうも古びてはいるが、中に入ってみると他の中学と大差はなかった。

 ストーブがいくつか置かれてはいるものの、寒い町の広い体育館はずいぶんと冷え込む。

 寒がりのはるには厳しいかんきようだが、じやつかんきんちようしているせいか、そこまで気にならない。

「卒業証書、じゆ!」

 卒業式は、開会のあいさつ、国歌と校歌のせいしように続いて卒業証書のじゆが始まった。

 はるが見たところ、生徒数はかなり少ない。

 自分が卒業した中学の半分ほどではないかと思うくらいだった。

はる、前に出てってもいいみたいですよ」

「あ、俺もいいのかな……?」

 となりに座っているのは、の実母ではるの育ての母であるとうしらだ。

 仕事のおにである母も、さすがにまなむすめの卒業式となればきゆうを取っている。

「お父さんの代わりですから、いいでしょう。ああ、のクラスが呼ばれ始めましたよ」

「じゃあ、行ってくる」

 小声で母と話してから、はるはスマホを手に保護者が並んでいる列からた。

 数人の保護者たちが同じように列から出て、スマホやカメラを子供たちに向けている。

 教師たちも注意していないので、もくにんされているらしい。

 実ははるは、かわもと、それにあきから「卒業式の様子をさつえいしてくるように」と厳命されている。

 しっかりっておかないと、彼女たちになにを言われるかわかったものではない。

 はるは一応は正装──ゆうりんかん高校の制服を着てきている。

 親ならともかく、制服姿の男子高校生が中学の卒業式を熱心にさつえいしているのはじやつかんあやしさがあるが──

 保護者代わりなんだから、とはるは開き直ってることにした。

…………

 列に並んでいるの横顔にスマホを向けつつ、しようする。

 はかなりきんちようしているようで、ただ立っているだけでもガチガチになっているのがわかってしまう。

 数ヶ月通ったもののめないまま去ってしまった学校──

 卒業式だけ参加するのは、でなくてもきんちようするだろう。

しもつきとう!」

「はい!」

 そのとき、りんとした声をひびかせ、返事をしたのはとうだった。

 今日も長いくろかみをポニーテールにして、そのかみらしながらだんじようへ向かう。

 生徒数が少ないこともあって、この中学では全員を一人ずつ呼んで卒業証書をわたしている。

 はるの中学は生徒数が多めだったので、クラスの代表一人が受け取るシステムだった。

 正直、はるだんじようぎようぎようしく受け取るなどめんどうだったので、そちらのほうが楽で助かった。

 はるよりはるかに真面目なとうは、きっちり背筋をばして階段を上がって校長の前に立ち、一分のすきもない動作で証書を受け取った。

 もちろん、はるはそのとうさつえいしている。

 はるにはもうとうしんせき同然なので、さつえいするのも当たり前のことだ。

…………

 だんじようから下りてきたとうが、はるに気づいて──

 にこっとしようかべてくれた。

 初めてとうと古びた倉庫で出会ったときには、彼女にこんな微笑ほほえみを向けてもらうなど想像もできなかった。

 それから、数人が卒業証書を受け取り──

とう!」

「はいっ!」

 じやつかん、声が上ずったもののきちんと返事もできた。

 返事ができてえらい。

 まさか、中三女子を相手にそんなことでめられないが、はるはなんでもめてやりたい気分だった。

「お……」

 はるは、小さくつぶやいてしまう。

 はきちんと背筋をばし、だんじようへ向かっている。

 運動はできないのに、走りや水泳のフォームだけはかんぺきだったりする。

 これなら、モデルもやっていけるかもしれない。

「って、とうのマネをしてんのか、あいつ」

 校長の前で頭を下げた角度、卒業証書の受け取り方といい、とうの完コピだった。

 さくらだったらとうよりのほうが先だったので、みようとうに変わってよかった……などと思っていそうだ。

 は無事に卒業証書を受け取って、階段を下りてくる。

 はるかりなくさつえいしながら──

…………

 とうとう、あのも中学卒業か……。

 はるは思わず、かんがいぶかくなってしまう。

 同じ部屋で暮らし、公園でいつしよに遊び、毎日のようにゲームをして、買い物に行き、料理をつくってもらってきた。

 物心ついたころからのとの思い出が、次々と頭の中を流れていく。

 いろいろあったが、はるにとっては人生の大半を〝妹〟として見てきたのだ。

 どうやっても、まだ〝妹〟という意識がけきるものではない。

 おそらく、のほうも口ではどう言っても、少なからずまだはるを〝兄〟として見ているのではないか。

 その〝妹〟の卒業式──

 ヤバい、とはるはとっさに目元を押さえた。

 とうの受験合格、『Lost Spring』のライブ演奏、の出会いとハグ──はるは泣いたり、必死になみだをこらえたりしてきた。

 最近なぜかなみだもろくなってしまったはるが、の立派な姿を見て、泣かずにいられるはずもなく。

「お兄ちゃん」

 階段を下りきったが、はるのほうを見て──

 くちびるをパクパクと動かし、そう言ったようだった。

 はるだまってこくりとうなずいて。

 の目にも、わずかになみだかんでいるのを見た。

 卒業式に出席してくれてよかった──はるは心からそう思い、きっとも同じように思っているだろうと確信していた。



「ふーん、TVとかでは見たことあったが、実際に見ると味があるなあ」

「そういうものでしょうか?」

 はるは木造校舎のろうを歩きながら、あちこちにスマホを向けている。

 となりにいるのはとうだ。

 卒業式を終えたとうに、木造校舎がめずらしいと話したら、彼女が中に入らせてくれたのだ。

 ギシギシときしろうや、古びた教室はなかなかにしんせんおもしろい。

 さつえいさせてもらえるのは、ありがたいことだった。

 とうによると、のんな学校なので、教師も保護者がさつえいするくらいで文句は言わないらしい。

「この校舎、あきのMVのさつえいにいいかもな……あきの持ち歌に、ノスタルジックな青春ソングもあるからなあ」

「お兄さん、すっかり みたいになってますね」

「俺は基本的に裏方なんだけどな。あきは今がびる時期だから、できることをやっておかないと」

「……あきせんぱいうらやましい」

「ん? あきがどうかしたか?」

「いえ、なんでもありません」

 とうは笑って首を横にった。

「ああ、いつまでもってたらまずいか。とうも友達のとこにもどりたいだろ?」

だいじようですよ。そもそも、ウチは生徒全員が幼なじみみたいなものですから。卒業式だからって、そんなあらたまって話すこともないんですよね」

「あー、そういうもんなのか」

 この中学は人数も少ないし、せまい地域から生徒たちが集まってきている。

 ほとんどが、小学校のころからの顔見知りばかりだそうだ。

「でも、やっぱ卒業式となると特別──あれ、か?」

 はるろうの窓から外を見下ろし、校庭に生徒がたくさん集まってワイワイ話していることに気づいた。

 いくつもグループができているが、そのうちの一つ──二〇人ほど集まっているグループの中心にがいた。

「ウチのクラスの子たちですね。さんを気にしてた子たちが集まってるみたいです」

「へぇ……」

 はコミュ障を発揮しているようで、ちょっと困ったようなみをかべているが──

 本気で困っているわけではなさそうなので、はるは見守ることにする。

「実はさん、人気があったみたいなんですよね。この学校に来なくなってからわかったんですけど。当然ですよね、都会から来た女子であんなにわいいんですから」

「まあ、良くも悪くも人目を引くタイプではあるな、昔から」

 幼いころ、公園で悪ガキたちにからまれたのも、わいかったからだ。

さん、この学校につうに通うこともできたはずなんですよね。私のせい──」

「はい、そこまで。とう、もうその話はしなくていいって」

 はるはスマホを持っていた手をって、とうを制する。

のほうも学校にもこの町にもむ努力をしなかったんだ。とうだけが悪いわけじゃない。もう本当に、この件は言わないでいいし、気にする必要もない」

「……ありがとうございます、お兄さん」

「晴れのかどの日なんだ、そういうこうかいとかは全部ここに置いていけ。特にとうは、これからまったく新しい生活が待ってるんだしな」

 はるは窓にもたれ、周りに囲まれて笑っているを見つめる。

「ちょっとこわくはあるんですよね」

「え?」

「私はご覧のとおりのせまい世界でずっと生きてきたので。ミナジョで、ゆきかぜそうで、あの大きな街で三年もやっていけるのかなって……」

「やっていけるだろ、ゆうで」

 はるはすぐにそう答えて、とう微笑ほほえみかける。

 このゆうしゆうとうでもそんなことを不安に思うのかと意外だったが──彼女もまだ中学三年生、不安はあるに決まっている。

 だったらその不安を解消してやるのは、〝お兄さん〟の役目だ。

つう田舎いなかから都会に出るのは大学進学のときが多いだろうし、そこまで成長すれば新しいかんきようにもみやすいかもしれない。けど、とうなら今すぐでもだいじようだ。ミナジョにもゆきかぜそうにもとつららさんがいるんだし、なによりとうはしっかりしてるからな。短い間だが、いつしよに暮らしたんだ、俺にもそれくらいわかる」

「……お兄さんが近くにいるから、かもしれません」

「ああ、俺の家だってゆきかぜそうからそこまで遠いわけじゃない。会おうと思えばいつでも会える。だから、なにも不安になることはない。不安になったら、俺はいつでもとうに会いに行くよ」

 はるは、とうにならそのくらいのことはしてやるつもりだ。

 とうが今日ここに置いていく思い出の中では、彼女にキツく当たってしまったが──

 今はもう、はるとうのことをかわもとと同じくらい気に入っている。

「それに、三年って言ったけど大学も行っていいんだろ。だったら最短でも七年ある。俺らの近くに七年もとうがいてくれるんだ。俺もうれしいよ」

「お兄さん、甘やかしてきますね……私は妹じゃないんですよ?」

「妹じゃなくても、つい甘やかしてしまうらしい。けど、だれでもってわけじゃないぞ」

「私、お兄さんにとって特別ですか……?」

「ああ」

 はるは迷わずにうなずいた。

 電車で三時間もかかる町に来た理由には、とうの卒業式を見たいというのもふくまれている。

「じゃあ、今だけ……少しだけ」

「え? おい、とう……!」

 とうはすすっとはるのそばまで近づくと──

 いつしゆんだけびして、ちゅっとくちびるを重ねてきた。

 すぐにそのくちびるはなれて。

 とうは、顔を真っ赤にしてうつむいた。

「この思い出も、ここに置いていきますから……」

「……持っていきたいなら、かまわない。俺も覚えておくよ」

「もう……お兄さん、卒業式だからって甘やかしすぎです。でも……うれしい」

 はるとうは見つめ合い、同時に笑ってしまう。

 とうとは、温泉や温水プールでいろんなことをしてしまったが、キスは初めてのことだった。

 付き合っているわけでもないので、当たり前なのだが──

「あっ。こ、校庭から見られなかったでしょうか?」

「今さらあせるなよ。まあ、だれもこっちなんか見てないだろ」

 校庭を見ても、特にさわぎになっている様子はない。

 この美人のしもつきとうがキスした現場を見られていたら、すぐにおおさわぎになっているだろう。

「でも……そうですね」

「うん?」

「私、ずっとこの町にいようかとも思ってたんです。高校から都会に行けるっていっても強制じゃありませんから。このままこの町で大学まで進学したって家族も文句は言いません」

「まあ……家族としては、とうがここにいてくれるほうがうれしいだろうな」

「ええ、だけどお兄さんとさんと、あきせんぱいれいぜんさんかわさんたちがいるから……迷わず、町を出られます」

「ああ」

 はるうなずくと、とうはにこっと笑った。

「七年あれば、お兄さんのことも……チャンスはありますしね」

「おいっ」

 はるしようすると、とうは今度はいたずらっぽく笑って小さく舌を出した。

 こんな子供っぽいところもあったらしい。

「お兄さん、今はこれですけど……」

「な、なにしてるんだ?」

 とうが制服のスカートをすすっと持ち上げ、白い太ももをあらわにしている。

 いやがっていたのと同じ、ひざたけで長めのスカートだ。

「次にお会いするときは、私もミニスカートの女子高生になってますから。楽しみにしてください」

「……とうならミニスカも似合うだろうな」

 しもあるし、なによりとうしも手伝うだろうから、次に会うときは作業着のとうになりそうだが。

 ただ、高校の制服を楽しみにしているとうに水を差すこともないだろう。

「ありがとうございます。あと、もう一つだけ……」

「卒業のいわいだ、全部聞こうじゃないか」

 はるは窓からはなれて、とうのそばに立つ。

「私、これでも物心ついたころから旅館のむすめで、周りにはいつもたくさん人がいたんです」

「ん? ああ、そりゃそうだろうな」

「だから完全アウェイのゆきかぜそうでも、くやっていけると思うんですよね」

「そうだな、とうがいればもなんとかめるだろ」

「お兄さん、そういうことじゃないんです」

「は?」

 とうがなにを言いたいのか、はるにはいまいちよくわからない。

 迷いなく町から旅立てて、新生活もくこなせるという話というだけではなさそうだ。

「だから、もし私が雪風荘に一人で入ることになっても──」

「一人で──?」

とうちゃん、お兄ちゃん、こんなところに!」

 そのとき、ろうの向こうからがぱたぱたと走ってきた。

「あ、すみません。お話のじやだったでしょうか……?」

「いえ、だいじようですよ、さん。どうしたんですか?」

 とうは気にした様子もなく、首を横にった。

 どうやら、はるとの話は終わってしまったらしい。

 最後に言いかけていた話は気になるが、とうはあれ以上語るつもりはないようだ。

「あっ、そうです! もー、とうちゃんをさがしてる人、いっぱいいましたよ。私がそうさくを引き受けたんです」

「す、すみません、さん」

「んー……」

 とうがぺこりと頭を下げると、がアゴに指を当ててなにやら考え込み始めた。

 それから、とうのすぐ前まで歩いて行く。

「あの、とうちゃん?」

「はい?」

「もう、〝さん〟じゃなくて。呼び捨てか、せめてちゃん付けとかでどうでしょう」

「あっ……」

 とうの提案に、おどろいた顔をする。

 は、との少しえんりよがある関係も卒業したくなったようだ。

 とうのほうはおどろいた顔のままうなずき──照れくさいのか、ほおを赤く染めて。

「そ、それでは……ふ、ちゃん」

「はい、とうちゃん。敬語ももういらないですよ。私のはクセだから使いますけど」

「そ、それじゃあ……ちゃん、みんなのところに行こうか」

「はい、行きましょう」

 とう、実はよく似ている同士の二人ががおうなずき合う。

 今の二人はしんせきで親友──がこの町にきてよかったと、はるはあらためて感じた。



 はるとうに先に校庭にもどってもらい、少しだけ校舎でさつえいを続けてから。

 校庭に出ると、とうはまだ他の生徒たちと話し込んでいた。

 なんだ、「あらたまって話すこと」もけっこうあるんじゃないか──とはるは苦笑いする。

はるおそかったですね」

「ああ、木造校舎なんてめずらしかったもんだから」

 近づいてきたのは、母だった。

「せっかくだし、あとでとクラスメイトの写真もらせてもらうか」

はる、今日の写真、私にも送ってくださいね」

「データ送って、プリントしたものも宅配便で送るよ。ああ、母さんもしには立ち合うのか?」

「そのつもりでしたが、ちょっと仕事が立て込んでいまして。し当日は無理そうですが、今月中にはまたそちらに行きますよ」

「そうか、じゃあプリントした写真はそのときでいいか。しっかり調整した写真を用意しとくから」

 はるはこの数ヶ月のあき チャンネル手伝いのおかげか、構図や色味などにもこだわるようになっている。

はる、映像関係のお仕事を目指すんですか?」

「え? いや、別に……」

 はるは進路のことなど、まだ考えたこともない。

 高校一年生なのだから、つうのことだろう。

「よくPCで動画編集なんかをやってるってお父さんから聞いたので」

「そんな話をしてるのか、父さん。いやまあ、まだしゆみたいなもんだから」

「リビングのPCはもう古いでしょう。編集を勉強するなら、えんじよしますから新しいPCを買いなさい。進級祝いということでプレゼントしましょうか?」

「いやいや、PCって高いんだぞ。編集に使うようなスペックなら余計高いから」

「私も仕事でPCは使ってますから、たぶんはるよりくわしいですよ。おばさんだからって甘く見ないでほしいですね」

「……ゲームにも使っていいか?」

「私はむすを信じてますよ」

 母は、自分が育てたむすがゲームにおぼれることはないと確信しているようだ。

 そのしんらいは裏切れない。

「ええ、そうです。私にとって、はるむすなんですよ」

「なんだよ、今さら」

 そうだ、はるも実の母である翠璃みどりのことを多少は知ったが、あくまで母親はここにいるとうしらだ。

 実母に申し訳ない気はするが、そこはゆずれない。

「だから、私は認めます、はる

「母さん……?」

 母ははるを見て一つうなずいてから──に目を向けた。

 はじけるようながおが、そこにいる。

「考えてみれば、を任せる相手として、あなた以上の適役が存在するとは思えません

「母さん、それって……」

「あなたは私のむすですから。だれがなんと言おうと、遺伝子がどうであろうと。私もお父さんも、あなたたちが仲が良すぎて、あなたたちが実のきようだいじゃないから、二人の関係をずっと心配していました。ですが、本当は逆なんですよね」

「逆って……」

「血がつながっていないから、本当はどんなに仲が良くてもかまわなかったんです。あなたたちをこうとしたのは、私とお父さんがけんていを気にしたからです。大人の都合ですね」

…………

 はるにも、母と父がなにをけいかいしていたかはじゆうぶんわかっている。

 仮にもきようだいとして周りににんしきされていたはるが、こいびととして付き合っては変な目で見られるからだ。

 実のきようだいでないと判明した日の夜に、かくにんしあったことでもある。

は今までずっと、今でもあなたのことが好きなんでしょう。その気持ちを止める理由は私にはありません」

「……まだ父さんは、なにも言ってないんだよな」

「お父さんはあまり多くを語らない人ですから。ただ、ここからはお母さんの独り言として聞いてほしいんですけど」

「うん?」

「お父さん、あれでなかなかの武勇伝をお持ちの人なので。はるのことをどうこう言えないんじゃないでしょうか」

「……なるほど」

 父は少なくとも、あきの存在のことで身に覚えはあったらしい。

 子供たちの前では常に真面目で冷静な男だが、子供に教えられない一面があったのはちがいない。

「ああ、私とのこんの原因はお父さんのうわじゃないですよ? もちろん、お母さんもうわなんかしてません」

「……独り言なんだろ。なにもツッコミ入れてないよ」

 父と母のこんの原因が気にならないと言ったらうそになる。

 こんの話を切り出された日に、「すれちがいが多い」とか多少の理由は聞かされたが、はるもそれだけがこんの原因ではないとわかっている。

 だが、今さらついきゆうしようとも思わない。

 はるにも、父と母には絶対に話せないことがいくらでもある。

 それと同じく、親でも子供に語れない、彼らだけのドラマがあるのだろう。

はるも、まだ子供です。ですが、もうお母さんやお父さんのもとをはなれていく準備を始める時期です。はる、あなたも親からはなれた自分の社会を築きつつあるんでしょう?」

「社会……」

 そんなたいそうなものが、自分にあるのか。

 ただ、高校生活ももうすぐ二年目で、アルバイトをしてお金をかせぎ、あき 活動をして音楽も始めて、カノジョだっていた。

 楽しい同級生たち、わいこうはいたち、バイト先のせんぱいとキラの事務所の人たち。

 確かに、親とは関係ないところではるの交友関係ができあがっている。

「もう一度言いましょう。お母さんはむすを信じてます。だから、とどんな関係を望むのか──あなたの気持ちのままに決めていいんです、はる

…………

 はるは、だまってうなずく。

 母からのしんらいは重いし裏切れない──そして、自分の気持ちを裏切らなくてもいい。

「お兄ちゃーん、ママーっ、みんなで写真りましょう!」

が呼んでいます。行きましょう、はる

「ああ」

 はるはもう一度うなずき、ぶんぶんと手をっているを見る。

 には、もとからかわれいぜんもとという親友がいる。

 しもつきとうに、妹のさわ

 これから住むゆきかぜそうせんぱいとうつらら。

 高校生活が始まれば、の人間関係はさらに広がっていき、彼女なりの社会を築いていくのだろう。

 たとえはるが兄のままでもの成長を止めることはできない、止めてはいけない。

 は妹であることをやめるために、はるからきよを取ろうとしている。

 きよを取った先には、が築いた新しい社会があるのだ。

 はるは、もう受け入れるしかなかった。

 のことが好きなら、彼女は妹のままではいけない。

 自分の気持ちになおになるために、を好きでいるために。

 を新しい世界に旅立たせなければいけない──