「は? マネージャー?」
「なんか、あたしに新しい人がつくことになったんだって」
春太が首を傾げると、晶穂のほうはこくこくと頷いた。
二人が通う悠凜館高校は学年末試験も終わり、ほとんど春休みのようなものだ。
ただ、テストの返却などで登校する機会もそこそこある。
今日も春太と晶穂は普通に学校に登校し、テストを返却してもらってきたところだ。
二人ともテストの結果は問題なく、そこはよかったのだが──
帰り道、晶穂が唐突にマネージャーの話を持ち出してきたのだ。
「マネージャーって俺じゃないのか?」
「あたしもそのつもりだったけど、ハルは謎のベーシスト〝ハウル〟をやってもらうから、マネージャーは別の人に頼むんだって。あと、女の人のほうがいいんだって」
「そういや前、青葉さんが事務所の態勢を整えるとかなんとか言ってたな……」
青葉キラは、全力で晶穂のバックアップをしてくれるようだ。
それは春太にとっても本当にありがたいことだが──
「晶穂のマネージャーは……俺じゃなきゃダメじゃないか?」
春太が晶穂のU Cube活動を手伝っているのは、単純に手伝いたいという気持ちももちろんあるが──
晶穂の身体が心配で、放ってはおけないからだ。
青葉キラはタレントに無理をさせないと言ってくれているが、晶穂には特殊な事情がある。
実はまだ、青葉キラには晶穂の心臓のことは説明していないのだ。
兄妹であることは明かしても仕事にはほとんど影響はないだろうが、心臓のことは問題が発生する可能性もある。
それを考えると、キラにでも迂闊には明かせなかった。
「でも、ハルがマネージャーだと、あたしがワガママ言いたい放題になっちゃうって問題はあるかもね。ワガママなタレントって今時は炎上しやすいし」
「それは晶穂の自制心的なもので解決できる問題じゃないか?」
俺をなんだと思ってるんだ、と春太は大いにツッコミたかった。
確かに、晶穂が仕事でワガママを言い出しづらくするために、ちゃんとした大人がついたほうがいいというのはわかるが……。
「とりあえずついてもらって、ダメそうだったらキラさんに相談してみるよ」
「うーん……ダメそうならマジで言えよ?」
「大丈夫、大丈夫。あたし、無理はしないから」
「…………」
春太も晶穂が心臓のことで捨て鉢になっているわけではないと理解している。
実際、定期的な検査もきちんと受けているようだ。
晶穂は自分の悲劇に酔ったりはしていないし、やるべきことはやっている。
ならば、春太も晶穂を信頼して、べったり張りつくのはやめるべきかもしれない。
「でも、ガチのマネージャーがつくなんてなあ。なんか生意気だな」
「あたしが生意気じゃないことがあった?」
「ないな」
春太は特に嫌味でもなく、はっきりと頷いた。
思えば、春にショッピングモール〝エアル〟で出くわしたときから晶穂は生意気だった。
「今日はそのマネージャーさんに会うんだよね」
「え、今からか?」
「しかも、マネージャーさんの自宅訪問」
「自宅……? ちょっと待て、こっちから訪ねていくのは変じゃないか?」
しかもマネージャーが問題がある人間だった場合、晶穂の身に危険が起きてしまう。
春太も、青葉キラがそんな人間をマネージャーにつけるとは思わないが……。
「あたしからお願いしたんだよ。会うなら早めに会いたいから。今日なら、家まで来てくれるなら会えるって言われて」
「だからってなあ……いきなり人の自宅はハードル高くねぇ?」
「ちなみに、ここ」
「んん!?」
晶穂に連れられて、なんとなく歩いていたが──
この周辺も、晶穂が指差した建物も春太は見覚えがあった。
小さいがまだ新しいアパートで、前にも来たことが──
「って、美波さんのアパートじゃねぇか!?」
「ハルって、あたしと付き合ってた頃から美人女子大生のアパートを足繁く訪ねてたんだよねえ……これは慰謝料請求していいのでは?」
「ゲームしてただけだ! 美波さんとは後ろめたいことはないぞ!」
「美波さんとは?」
じとっ、と晶穂が目を半開きにして春太を睨んでくる。
どうも、失言してしまったようだった。
「と、とにかく……マネージャーってまさか?」
「とりあえず、行こっか」
晶穂はアパートに入っていき、部屋のチャイムを押した。
部屋のドアの向こうでドタバタとなにか聞こえたかと思うと──
「あー、いらっしゃい、サク、サクのカノジョちゃん」
出迎えに出てきた美波は、黒いタートルネックのセーターという格好だった。
というか、セーターの下は太ももが剝き出しでなにもはいていない。
「……あの、美波さん? もっと時間かけていいので身支度したらどうですか?」
「あっ」
美波は下をはき忘れたことに気づいたらしい。
「い、いいでしょ。部屋の中ではこんなもんよ。サクたちが来るから一応セーターを着ただけだから。普段はシャネルの五番を着てるの」
「マリリン?」
春太はツッコミを入れ、晶穂は首を傾げている。
有名なネタだが、晶穂は知らないらしい。
「しょうがない。ちょ、ちょっと待ってて」
美波は一度部屋のほうに戻ると、白のミニスカートをはいて戻ってきた。
太ももがほとんど剝き出しなことに変わりはないが、なんとか客を迎えられる格好だ。
「じゃあ、あらためていらっしゃい。サク、サクのカノジョちゃん」

「今は元カノちゃんなんです。すみません、あたし、お姉さんの可愛い後輩をポイ捨てしちゃいました」
「あらら、サクってば捨てられたんだ? これで美波との関係も浮気じゃなくなるね」
「すみません、さすがの俺もどこからツッコミ入れればいいか……」
春太はまだ美波の部屋に上がってすらいないのに、早くもどっと疲れている。
「元カノちゃんじゃないとなると、アッキー……いや、アキちゃんがいいかな」
「なんでもいいですよ、美波さん」
「なんでハルがオッケー出してんの。あたしのほうはマネさんでいいか」
とにかく呼び方が決まったところで、春太と晶穂はようやく部屋に入れてもらう。
美波の部屋は、たいして広くもないのに50インチのTV、24インチの液晶モニターがある。
さらに新旧様々なゲーム機もそのまま床に置かれていて、周りには美波が愛して止まないゲームソフトのパッケージが山積みになっている。
まさに足の踏み場もない、カオスな部屋だった。
「相変わらず、狭いですね……」
「これが美女の一人暮らしの現実だよ。ドラマみたいな小綺麗な部屋なんてめったにないの」
「美女は関係ないと思いますが」
三人は、わずかな隙間に身を寄せ合うようにして座っている。
一応、ペットボトルのお茶を春太と晶穂に渡してきたあたり、客としてもてなしてもらっているようだ。
「ただ……あの、美波さん、本当に晶穂のマネージャーをやる気なんですか?」
「キラのヤツ、美波をモデルにするのはあきらめたけど、今度は事務所の仕事手伝ってくれってうるさくてさあ」
「青葉さん、いろいろスカウトしてるんですね」
春太の周りだけでも晶穂が既にスカウトに引っかかり、雪季もモデルはやる気だ。
そこにさらに、美波までマネージャーとして加わるとは思わなかった。
「まあ、美波も断り続けるのも悪いとは思うし、真面目な話をするなら……」
「はぁ、真面目な話ですか」
「美波も、もうすぐ三年でしょ? 大学三年になったら、すぐに就活の準備が始まるのよ」
「けっこう早いんすね」
卒業まで二年もあるのに、もう準備を始めるというのは高校生の春太にしてみれが気が早すぎるように感じる。
「あれ、でも忙しいならマネージャーを始める暇なんかないんじゃ……?」
「そこが真面目な話ってわけよ。ネイビーリーフって有名モデルとかU Cuberも抱えてて、けっこう今後も成長しそうなのよねー」
「待った! 美波さん、友達の会社に就職して楽に就活を済ませようっていうんじゃ!?」
「しかもキラのヤツ、社長のお孫さんで、次期社長って目もあるわけでしょ。これはもう言うこと聞いといたほうがいいかなって」
「打算的すぎる!」
「ハル、ハル、あのさ」
隣に座っている晶穂が、ぽんぽんと春太の肩を叩いてくる。
「騙されてどうすんの、ハル。この陽向美波さん、美人だし、大学でも成績優秀で、コミュ力も高いんだって。キラさんが言うには、好きなトコに就職できるだろうって話だよ」
「……成績優秀?」
「そこに引っかかるの、サク? 美波さん、高校の頃はめっちゃ勉強できたんだから。前に話したことあるでしょ」
「そ、それはそうですけど……」
美波が今通っているのは、普通ランクの女子大だ。
春太はてっきり、美波は高校時代に勉強を頑張った反動で、ダラけた大学生活を送っているものだと思い込んでいた。
「友達の会社にコネで潜り込むというより、友達を助けてあげようとしてるんじゃないの、このお姉さんは」
「……本人の前でそんな恥ずかしい話をはっきり言うね、アキちゃん」
「いい話じゃないですか。そういう人なら、こっちからマネージャーをお願いしたいと思っただけですよ」
晶穂はクールにそう言うと、ペットボトルのお茶をごくごくと飲んだ。
春太も晶穂にならって、お茶を飲み──
「というか美波さん、ルシータのバイトはどうするんです? 店長は美波さんをアテにしてると思いますけど」
「続けるよ。あのお店はいずれ美波の好きなゲームで棚を埋め尽くして、店というより美波の倉庫にする予定なんだから。ダウンロード販売反対、パッケージこそ正義!」
「店長に警告したほうがいいですかね、俺……」
春太は、心優しい店長には穏やかな人生を生きてもらいたい。
少なくとも、美波は大学在学中はルシータでのバイトを続けてくれるそうだ。
春太もルシータは気に入っているので、頼れる先輩が辞めずにいてくれるのはありがたい。
そうだ、春太はバイトでは美波を頼りにしている──つまり、美波は優秀なのだと元から知っていた。
「ハル、あたしは新マネが陽向美波さんなら文句ないよ」
「……晶穂がいいなら俺が文句を言うことでもないな」
実際、春太に任命の権限があるわけでもない。
「あ、美波は正確にはアキちゃんのマネっていうよりアキちゃんのチャンネルの担当マネだからね。つまり、サクのマネでもあるわけ」
「俺はマネージャーが必要なほど活動してませんけど」
「ふふふ、美波がサクのすべてを管理できるってわけだね。乱れた女性関係の把握もマネの仕事よね」
「乱れてませんよ!」
「乱れてないの?」
「た、たぶん……」
真顔で晶穂にツッコまれて、春太は自信なさげに答えてしまう。
この晶穂と付き合っていた頃に、浮気と言ってもおかしくない件がいくつかあったのは事実だ。
「い、いや、俺のことなんかいいんだよ。それより、晶穂──」
「ああ、そこはハルから話して。あたし、薄幸の美少女らしく自分からは言えないから」
「薄幸って……」
それも事実なので、ツッコミにくい。
ただ、確かに晶穂の口からは心臓の話はしづらいだろう。
本人の許可が出たなら、春太の口から説明するのが適当だ。
「あの、美波さん。晶穂のことなんですが──」
「大丈夫、なんとなくわかってる」
「え?」
美波は、珍しく真面目な顔つきになっていた。
「ウチの弟、身体弱いの。家にいるしかなくて、ゲームばっかりやってるヤツなのよ」
「……美波さん、ホントに弟さんいたんですね」
春太は以前、美波から弟の存在は聞いたことがあった。
ゲームが強いという話も知っていたが、まさかそんな理由だとは思っていなかった。
「だから、なんとなくアキちゃんの身体のことも察しがついた……けど、キラも気づいてたみたいね」
「え、キラさんが?」
晶穂も意外だったらしく、きょとんとしている。
「アキちゃん、病院通いしてることだけはキラに話してたんでしょ?」
「はい、通院の都合で撮影をズラしてもらうこともあったので」
晶穂のほうは珍しく歯切れが悪い。
「詳しく説明すると、CDデビューも無くなるかもってちゃんと話せなかったんじゃない?」
「……そのとおりです」
「大丈夫、身体に問題があるタレントは珍しくないらしいし、気をつければ活動できて、本人が望んでるなら全力でサポートするのがネイビーリーフの方針よ」
美波は、早くもネイビーリーフの一員と化しているようだ。
「言いたくないことは言わなくてもいいけど、できれば言えることは言ってほしいかな」
「そう……ですよね」
美波の言うことが正論ではあった。
なかなか自分の身体のことは言えない──特に晶穂は母を亡くしたばかりで、しかも自分も同じ病気を抱えているのだから。
だが、これからもネイビーリーフとともに活動していくなら、秘密にしておけないだろう。
「今すぐ説明しなくていいよ。けど、少しでも調子が悪かったら素直に申し出ること。美波がマネージャーをするならそれが条件。アキちゃん、オッケー?」
「はい、あたしも無茶はしたくないので。過剰に心配する馬鹿もいますから」
ちらっと晶穂が春太に視線を向けてくる。
春太は苦笑いして、こくりと頷いてみせた。
そこまでわかってくれるなら、やはり美波がマネージャーとして適任だろう。
女性で大人で頭も回るなら、春太よりはるかに向いている。
「じゃあ、今後は美波とアキちゃんでサクをシェアするってことでオッケー?」
「オッケーです」
「シェアってなんだ、シェアって!」
「アキちゃん」
「はい、マネさん」
突然、晶穂と美波が目配せする。
足の踏み場もない床をかき分けて、晶穂と美波が春太の左右にぴったりくっつくと。
ちゅ、ちゅっと続けて左右から春太の頰にキスしてきた。
「だ、だからなにをしてるんだ、なにを!?」
「まー、実はマネージャーがタレントより立場上だからね。ただのパワハラよ」
「これはAKIHOチャンネルのリーダーからメンバーへのセクハラだよ」
「どっちもダメだろ!」
早いうちに〝ハウル〟としてのタレント活動からは手を引いて、晶穂の安全管理だけ担当したほうがよさそうだ。
なにより、美波との付き合いはルシータでのバイトに限定させてもらおうと決めた。
「ううっ、寒っ……いったいいつになったら春が来るんだ……」
「妹を盾にしてみる?」
美波のアパートを無事に出て、春太と晶穂は並んで歩いている。
どんなにカオスでも美波のアパートはエアコンが効いていてあたたかかったので、春太はUターンしたいくらいだった。
もちろん、女子を盾に寒さを凌ぐつもりはない。
そもそも、小柄な晶穂では身長180センチをとっくに超えた春太の盾にはならない。
「寒さはともかく、美波さんはあれで信用できる人だから。晶穂も信じてくれていい」
「ちゃんと話したの、クリパのときくらいだけど良い人なのはわかってるよ。あれくらい、クセが強いほうが退屈しなくていいしね」
「退屈しないことは請け合えるな。ルシータのバイト、客が少ないのに続けられるのは美波さんが面白いからってのは大きいしな」
「おっぱいもけっこう大きいしね」
「……俺の周りはどういうわけか小さい人が少なくてな」
「雪季ちゃんの妹ちゃんは小さかったんじゃない?」
「小学生だろ」
さすがに、春太も小学生の胸をどうこうは言いたくなかった。
ちなみに、晶穂にも春太と雪季が冬舞と会ったときの話は伝えてある。
「ハルにも見境ってものがあったのか……今日は激動の一日だね」
「それ、そんなショックを受けることか?」
晶穂は元カレ兼兄貴をなんだと思っているのか、大いに疑問だった。
「でも、激動はこれからかもね。CDデビューもU Cubeの活動もマネがついたらやり方も変わってくるだろうし」
「そうだなあ……良い方向に変わると思うけどな。美波さんはあれで段取りいいからな」
「雪季ちゃんには妹ができたけど、あたしにはお姉ちゃんができる感じかな」
「お、お姉ちゃん……その、美波さんには見習わないでほしいところが多々あるというか」
「ハルってば、マネさんを信じてるのか疑ってんのかわからないよね」
「まあ……基本的に信じていい。能力的には」
あのカオスな部屋を見ればわかるとおり、美波は若干メンタル面で破綻している。
「その辺はあたしも見極めていくよ。どっちみち、スケジュールとか契約とかお金とか、そのあたりはあたしにはわかんないし」
「俺も無理だろうな。所詮はまだまだ世間知らずの高校生だな、お互いに」
春太も晶穂も勉強はできるほうだが、契約書を読んだりU Cubeの収益やCDデビューの印税の話などは理解しきれるかは怪しい。
そこは大人の力が必要だった。
陽向美波と青葉キラは年齢が近く、頼りやすい大人でもある。
「誰かを信じないとやっていけないもんね、あたしたちの活動は」
「晶穂、えらく前向きだなあ」
「ま、後ろ向きになってる暇はないからね」
「…………」
自分の残り時間の話ではない、と思いたい。
春太は、これからも晶穂が悲劇に酔わないと信じたい。
「JKってウリがあるうちにやることやっておかないとね! えーと、なんだっけ? 雪季ちゃんに教えてもらったんだけど……そう、バフ! JKってバフがかかってんだよね!」
「おまえ、普段雪季となにを話してんだ……?」
バフもゲーム用語で、攻撃力や防御力などを強化するという意味だ。
確かに女子高生というのは、ある種のバフがかかった状態かもしれない。
「避けてたこともやらないとね。お仕事もマジで動き出したし、そろそろ観念するか」
「観念?」
晶穂は、じぃっと春太の目をまっすぐ見つめてきて──
「ハルん家に本格的に引っ越してもいい?」
「……そんなもん、とっくに許可は出てるんだよ。むしろ、さっさと来い」
「はーい、お兄ちゃん」
「ウチでその呼び方をすると雪季がキレるぞ」
「雪季ちゃんの危機感を煽ったら、意外と桜羽家に残ったりしてね」
「…………」
雪季が実はまだ、妹のポジションに未練があると晶穂も気づいているらしい。
というより春太を含め、雪季の周りの全員が気づいているくらいわかりやすいが。
「ま、まあ、そうなると引っ越しだな。三月のこの時期だと、引っ越し業者はどこも空きがないかもな。雪季の引っ越しの業者も父さんがだいぶ探したらしい」
「あ、業者なんかいらないよ。晶穂さんの引っ越しは、ギターとパーカーとお母さんの遺骨があればいいのさ」
「…………そのボケは、特にツッコミづらいな」
最後に付け加えたものが重すぎて、「教科書とノートくらい持ってこい」とは言いづらい。
「はいはい、ハルはジョークが通じないね」
「晶穂のジョークが重いんだよ。まったく……でも晶穂、その、遺骨は……」
月夜見家の墓所は既にあって、納骨は可能らしい。
四十九日の法要後に納骨するケースが多いようで、春太もてっきりそうなると思っていた。
「お母さんには、お墓で眠るのはもうちょっと待ってもらうからね。CDができたらお母さんに自慢してやりたいから」
晶穂は、少なくともCDデビューまでは遺骨を置いておくことにしたらしい。
母の遺骨と遺影の前に、できあがったCDを供えたいのだろう。
春太は知らなかったが、納骨は特にいつまでにと期限は区切られていないそうだ。
なんなら、ずっと自宅に保管しておいても法的には問題ない。
晶穂は、一周忌か三回忌に合わせて納骨するつもりのようだ。
「真面目な話、引っ越しは業者が無理なら自力でやるしかないね」
「あー、それなら俺にアテがある。体力無限のヤツと、労働の段取りが得意なヤツが一人ずついて、そいつらならタダで使えるぞ」
「ハル、それって……」
晶穂も、春太が誰のことを言っているのか気づいたようだ。
引っ越しはイベントの一種なのだから、何人かを誘って楽しむのも悪くないだろう。
春太もたまには、汗をかいて身体を使うイベントを楽しみたいというのもある。
辛い出来事もたくさん起きたが、自分たちもそろそろ明るく楽しく過ごすべき──春太は隣の妹を見ながらそう思った。