「お兄ちゃあーん、雪季ちゃんもゲームあそびたい」
「え、雪季も?」
開いていたドアから、トコトコと入ってきたのは雪季だった。
長く伸ばしている髪を二つに結んだ髪型が、最近のお気に入りだ。
「うーん、やり方覚えられるか?」
「はい、がんばります」
雪季は、ぐっと拳を握り締めて頷いた。
四歳の妹はなにをやらせても下手だが、やる気だけは割とある。
「だって、お兄ちゃんずっとゲームばっかりです」
「ああ、うん」
雪季はとにかく兄のマネをしたがるので、春太もこの展開は予想していた。
もっとも、運動のたぐいだけは春太がやっていてもまったく興味を示さないが。
「まえは、いつもすぐにお外にいってたのに」
「お父さんが外で遊ぶのしばらく禁止って言うから」
春太は公園でケンカしてしまったので、外での遊びを禁じられている。
雪季がある日たまたま、一人で公園にいて、近所の男子たちに絡まれてしまった。
春太は一人でどこかへ行った妹を捜して公園に駆けつけ、その男子たちとケンカして追い払ったのだ。
父は妹を守ったことは褒めてくれて、暴力を振るったことは𠮟ってきた。
じゃあどうすればよかったんだ、と春太は不満だったが父の言うことには逆らえなかった。
春太もまだ五歳なのだから。
誕生日に父がゲーム機をプレゼントしてくれたが、春太はずっと放置していた。
アウトドア派の春太はあまり興味を持てなかったが、遊んでみると意外に面白い。
すっかり春太は、ゲームにハマっていた。
「お兄ちゃん、雪季ちゃん、これやってみたいです。この絵、すきです」
「『ストバス』か」
雪季が手に取ったパッケージには、いろいろなゲームの人気キャラクターが描かれている。
人気キャラたちを使った格闘ゲーム『ストライク・バスターズ』、略して『ストバス』。
複雑な操作無しで派手な必殺技を繰り出せるので、子供にも人気が高い。
このゲームなら、初心者の雪季でもある程度は楽しめるだろう。
春太は幼いながらも、なんとなくそう思って。
「いいぞ、俺がやり方を教えてやるよ」
「はぁい、おねがいします!」
雪季は嬉しそうに笑って、春太が渡したコントローラーを握った。
妹は可愛い。
こんな単純なことが、春太にはなによりの幸せだった。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん」
「ん? ああ?」
春太が目を開けると──そこに、雪季の顔があった。
雪季はモコモコしたパジャマに上着を羽織り、三月になった今でも防寒は完璧だ。
「お兄ちゃん、コントローラー握ったまま寝てましたよ」
「え? そうか……」
自室のベッドを背もたれにして座り、ゲーム機のコントローラーを握っている自分に気づく。
春太は、ちらっと壁掛け時計を確認する。
深夜の一時を過ぎていた。
「十二時くらいまでは記憶あるんだけどな。いつの間にか寝落ちしてたか……」
「珍しいですね、お兄ちゃんが寝落ちなんて」
春太は、久しぶりのCS64でつい夢中になってしまったらしい。
武器とスキルをカスタムしていたはずだが、いつの間にか寝てしまったようだ。
「ヤバかったな。対戦中に寝落ちしてたら、仲間から顰蹙かうところだった」
「FPSの最中に寝落ちはないですよ」
「そりゃそうか」
FPSではいつ敵が襲ってくるかわからないので、うっかり寝てしまうことなどない。
「ちょっといいですか?」
雪季は断りを入れると、春太の手からコントローラーを取り上げた。
ぽちぽちと操作して、春太のプレイヤーデータを眺めている。
「ランクSSで、ポイントが……えっ、こんなに? お兄ちゃん、本気でエリミネーター狙ってませんか……?」
エリミネーターとはCS64のランクの中でも最高位で、日本では数人しかいない。
「ガチで射程内に入ってきたな。俺、ひょっとしてFPS上手いんじゃね?」
「……遂に私が本気を出すときが来ましたね」
「受験のときに本気出してなかったみたいに言うなよ」
合格しているのだから、いいのだが。
雪季は特に負けず嫌いではないのに、ゲームとなると競争心を剝き出しにしてくる。
「でもマジでゲーム楽しいわ。最近、全然遊んでなかったからなあ」
春太が息抜きを始めたのは、スケートの際に素子に心配されていたからだ。
後輩に心配をかけるのはさすがに悪い。
今もまだ数々の問題があるのでゲームを控えていたが、息抜きくらいするべきなのだろう。
「たまには遊んだほうがいいですよ、お兄ちゃん。晶穂さんのU CubeとかCDデビューとかいろいろあるのもわかりますけど」
雪季もまったく同じことを思ったらしい。
「そうだな、俺の人生ってゲームとともにあったみたいなトコあるしな」
「私もですよ」
雪季はにっこり笑って、春太にコントローラーを返してきた。
春太はそれを受け取ってから、床に置いた。
「夢を見てた、雪季」
「夢ですか?」
「ああ、たぶん初めて雪季と一緒にゲームしたときのことだな。覚えてるもんだ」
「私、記憶にないかもです……気づいたら毎日お兄ちゃんとゲームばかりしてて、ママに𠮟られたことくらいで」
「まあ、雪季はまだ四つとかだったからな。そもそも、よくストバスとか遊べたもんだ」
「小さい子が最初に遊ぶゲームではないですね」
雪季も苦笑している。
当時の春太は雪季でもストバスなら遊べると思い込んでしまったが、今思えばもっとシンプルなゲームを遊ばせるべきだった。
あの頃の雪季はもちろん、実は春太もまともに操作できていなかったのだろう。
ストバスは適当にボタンを押すだけでも、〝戦っている感〟が出せるゲームでもある。
「私も久しぶりにCS64やってみましょうか……」
「そういや雪季、受験終わったあともゲームやってないのか?」
「実は……受験勉強中はやりたくてやりたくて仕方なかったのに、終わってみると気が抜けたのかコントローラーを持つ気がしなくて」
「そういうもんか。頑張りすぎた反動がそんな形でくるんだな」
そこまで言って、春太はふと気づいた。
「雪季もまだ起きてたのか?」
「いえ、寝てました。キッチンでお水を飲んできたところです。晶穂さんはスヤスヤですよ」
「あいつ、今日も撮影だったからなあ。疲れ切ってんだろ」
CDデビューの話は事務所とレコード会社で進行中だが、晶穂はその間ただ待っているわけにはいかない。
今は『Lost Spring』の本格的なMVの撮影が進行している。
春太もベーシスト〝ハウル〟として参加してはいるが、晶穂よりはずっと負担が軽い。
「ちょっとやってみますね……きゃっ、エイムがガバります!」
「はは、そりゃそうだろ」
コントローラーで敵に狙いを定めるのは難しい。
敵に狙いを定めることを〝エイム〟、狙いがフラつくことを〝ガバる〟という。
ほんの数日プレイしなかっただけでも、エイムがガバるので、今の雪季ではまったく定まらないだろう。
「やんっ、そこから撃ってきますか! ああっ、逃げないでくださーい!」
雪季はコントローラーを握ると、思わず身体ごと動いてしまう。
春太には動き回る雪季の姿が懐かしくて、微笑ましかった。
「ああー……ビリです。1キル8デス……すみません、お兄ちゃんのアカウントなのに」
「一戦くらいかまわないって。もっとデスるかと思ってたよ。意外にやれてたじゃないか」
雪季も腕前では春太に若干劣るものの、元から中学生としては強いほうだった。
「私も成長したんですよ。慎重に立ち回ることを覚えました」
「前はガンガン攻めてたのにな」
「攻めるばかりだとデスが嵩んで──」
「お、おい? 雪季、どうした?」
春太は、雪季の目からぽろっと涙がこぼれたのを見てぎょっとする。
まさか、久しぶりのCS64に感動したわけではないだろうが──
「……いえ。引っ越したら、こうして夜中にお兄ちゃんとゲームをすることもなくなるのかな、なんて思ってしまいまして。すみません、急に情緒不安定で」
「いや……」
そうか、と春太は頷く。
むしろ、そんなことを言われたら春太のほうが泣き出しそうだった。
ついこの前、雪季と霜月透子の受験合格で泣いてしまったばかりだというのに、情けない。
「いえ、大丈夫です。もう少しやってもいいですか? 私のアカウントに切り替えるので」
「別に、俺のでもかまわないけどな」
春太が苦笑すると、雪季も笑ってメニュー画面に戻り、自分のアカウントに切り替えた。
どうやら、もう情緒が直ったらしい。
確かに不安定ではある……が、それは春太のほうも同じことだった。
「あー……この殺伐とした世界、懐かしささえあります。やっぱり面白いですね」
「雪季の部屋のモニター持ってきて、俺も入るかな。久しぶりに組んで遊ぶか」
「今、私が一緒にやると確実にトロールになりますよ」
「トロールではないだろ」
春太はまた苦笑する。
トロールもゲーム用語で、味方チームの足を引っ張る利敵行為を指す。
ただ腕が衰えていて味方に貢献できないだけなら、トロールとは言わない。
「お兄ちゃんがそばにいてくれるだけで充分です。昔から、こうしてお兄ちゃんと並んで遊んでましたね」
「さっきの夢でもそんな感じだったな」
春太が答えると、雪季はにこっと笑ってゲームを再開した。
昔の雪季は今よりずっと兄にべったりで、春太にもたれたり、膝に乗ってきたりするのは日常茶飯事だった。
「あ、やられました! うーん、まだゲームに集中できませんね。疲れてるんでしょうか」
「引っ越しの準備、大変なのか?」
春太は引っ越しの手伝いはできていない。
晶穂の手伝いのほうが忙しいのもあるが、雪季が「自分でやりたい」と主張しているのだ。
今は荷造りの段階なので、引っ越す本人が作業するのが一番だろう。
重い物の運び出しなどでは、春太ももちろん手伝うつもりだ。
「それもありますけど……あの、お兄ちゃん?」
「ん?」
CS64は一試合が最長でも一〇分と短い。
雪季の復帰二戦目は敵チームが五分ほどで勝利スコアに達し、あっさりと負けている。
「今さら甘えるのはどうかと思うんですが……いいでしょうか?」
「雪季が俺に甘えるのに許可なんていらねぇよ」
春太は三度目の苦笑をしてしまう。
雪季が妹でなくなり、カノジョを目指すといっても、春太のほうの意識はそこまで変わっていない。
雪季を甘やかすことに、ためらいなどあるはずがなかった。
「この前、ママが来てましたよね」
「母さん? ああ、受験のときの話か」
春太の育ての母にして、雪季の実母は今は他県在住だが、受験本番の一週間前に娘の面倒を見るためにこちらにやってきた。
春太も久しぶりに母の手料理を食べられて、大変にありがたかったものだ。
「あのとき、ママからちょっとお話を聞きまして。受験が終わって、ママが帰る少し前のことだったんですけど」
「もうだいぶ前じゃないか。なにかあったなら、先に言えよ」
「いえ、そのときはまだ軽く話を振られた程度で……ですが、動きがあったみたいな感じで」
「よくわからんな。言えるなら、はっきり言ってくれ」
春太はゲーム機を操作して、電源を切った。もうゲームどころではない。
「私、行かないといけないんです」
「行く? 素子たちとの卒業旅行のことか? フェアランに泊まりがけで遊びに行くとか俺も羨ましいくらいだ」
フェアリーランドは有名な遊園地で、雪季たちはフェアラン内のホテルに一泊してたっぷり遊び倒すそうだ。
「素子という呼び方がまだ引っかかりますが、いつもの私の寛大な心で許すとして……それとは別の話です。実は、前から気になっていたことが……」
「気になってたこと?」
「そのことで、ママに相談していたんです」
「うん」
もったいぶった言い方だが、春太は焦らなかった。
雪季は他意なく、なんとか整理しながらしゃべっているだけなのだろう。
「私の……血の繫がった父親のことです」
「…………」
突然、予想もしなかったワードが飛んできた。
春太の父、真太郎を雪季はパパと呼んでいるし、この先もずっとそう呼び続けるだろう。
血が繫がっていなくても、雪季は気にしないし、父も実の娘以上に可愛がっている。
「私たち、血の繫がりに……なんて言うんでしょうか、その……」
「翻弄?」
「それです、お兄ちゃん」
受験勉強で身につけた知識が、早くも抜け始めているのではと春太は少し不安になる。
「翻弄されてきたわけですから。ずっと放置してきた──いえ、気にかけたこともないフリをしてきたことにも、決着をつけないとと思いまして」
「決着って……雪季の実の父親っていうのは」
「ご健在らしいです」
「…………」
春太は、「いっそ亡くなっていたほうが話が簡単」と思ったことを申し訳なく思う。
なんにしても、人の死を願ったりしてはいけない。
「じゃあ、雪季。行くっていうのは、父親に会いに行くのか?」
「そうなんですが、話がちょっと面倒なんです」
「どこか遠くにいるのか? 外国とか?」
「えっと……これ、見てください」
雪季はパジャマのポケットからスマホを取り出し、なにか操作して春太の前に掲げてみせた。
「ん? 雪季の写真か……あれ、なんだこれ?」
「わかりますか?」
「……わかるようなわからんような」
春太は、雪季のスマホに表示された写真をまじまじと眺める。
ただの自撮り写真だというのに、これほどまでに困惑させられることがあるのか。
春太は、わずかに残っていた眠気が吹き飛んでいくのを感じた。
「寒風沢冬舞です!」
彼女は堂々と名乗って、にっこり笑った。
その笑顔が──あまりにも雪季にそっくりだった。
「なんか俺、小さい頃にこの子と毎日会ってた気がするな……」
「奇遇ですね、私も毎日見かけてましたよ……鏡の向こうで」
春太の隣で、雪季も呆気に取られている。
この冬舞と名乗った少女は──雪季の妹だ。
より正確に言うなら、雪季の腹違いの妹ということになる。
年齢は十一歳、小学五年生らしい。
「おねーさん、冬舞とそっくりですね。びっくりしちゃいました」
「そ、そうですね」
「冬舞、大きくなったらこんな美人になるんですね。楽しみです」
「は、はぁ」
冬舞はニコニコ楽しそうだが、雪季のほうはまだ衝撃から立ち直れないようだ。
雪季は実父の話を母から聞き、そのときにこの妹の存在も聞いたらしい。
実父は再婚しており、その再婚相手との間に娘が生まれていた。
その娘の写真が実父から母経由で雪季のもとに届き、春太も驚かされたというわけだ。
写真で見るより、実物のほうがはるかに雪季に似ている。
「あ、おねーさんたち、今日はわざわざ来てもらってすみません」
「いや、それはこっちが出向くのが当然だな……」
相手はまだ小学生なので、桜羽家まで来てもらうわけにもいかない。
そういうわけで、春太と雪季が腹違いの妹の家の近くまで出向いてきた。
意外にそう遠くなく、桜羽家の最寄り駅からは一時間もかからない距離だった。
ここは、冬舞の自宅近くにあるファミレスだ。
春太と雪季は、ボックス席に並んで座り、冬舞と向き合っている。
冬舞の前に置かれているのは、大きなチョコレートパフェだ。
遠慮する冬舞に春太がすすめたもので、彼女は甘い物好きらしく嬉しそうに食べている。
春太と雪季は、ドリンクバーの飲み物だけだ。
雪季はもちろん、春太も少なからず緊張している。
相手は小学生ではあるが、雪季とはただならぬ関係だ。
しかも、思っていたよりもはるかに〝妹らしい〟姿形をしていたので余計に緊張が高まってしまっている。
「…………」
春太は雪季は母親似かと思っていたが、実は父親の面影も受け継いでいたようだ。
なんでも、雪季の実の両親はハトコ同士で、顔も似ていたらしい。
雪季が父方の冬舞、母方の透子、両方に似ているのはそのあたりが理由のようだ。
同じ父を持つ冬舞は、幼き日の雪季にあまりにも似すぎている。
長い髪は黒だが、雪季も小学生の頃の髪色は黒だったので余計に似て感じる。
冬舞は長い黒髪を編み込みにして、小学校の制服らしき紺色のセーラー服姿だ。
この〝妹〟は私立の小学校に通っているらしい。
「あのー、おにーさん? 冬舞の顔になんかついてますか?」
冬舞はパフェを食べていたスプーンの動きを止め、きょとんとした顔をする。
「あ、いや、そうだな……冬舞ちゃんって呼んでいいか?」
「はい、どうぞ。フルネームで凄い名前ですよね、ウチのお父が面白がってつけたとしか思えなくて」
「確かに珍しいが……いい名前じゃないか」
冬に舞うと書いて、〝ゆき〟。
寒風沢という苗字は彼女の父の故郷ではよくあるものらしいが、下の名前のほうはかなり珍しい。
確かに〝冬に舞うもの〟は、雪ではあるが。
雪季に冬舞。
春太が、ネーミングセンスに共通したものを感じるのは気のせいではないだろう。
「……私の名付け親、父親のほうだったんですね」
「疑いの余地はないな」
「おねーさんは雪の季節で〝ふゆ〟なんですよね?」
「え、ええ、私のほうこそよく〝ゆき〟って間違われるんですけど」
「〝ゆき〟ならいいじゃないですか。冬舞なんて、〝ふま〟って間違われるんですよ。ふまはないと思うんですよ、ふまは」
冬舞は、ぷんぷんと怒っている。
春太は苦笑しつつ──
「えっと、冬舞ちゃんは……五年生なんだよな」
「はい、でももうすぐ六年生になります」
中三の雪季とは四つ違いの妹ということになる。
実父と母親は雪季が生まれてすぐに離婚し、母のほうは雪季が二歳のときに再婚している。
妹が四つ年下ということは、実父のほうも再婚は割と早かったらしい。
「あ、そうだ。これも謝らないと。ごめんなさい、おねーさん」
「え? な、なんで謝ってるんですか?」
突然、小学生に頭を下げられて、雪季はまた困惑している。
「本当はお父が来るはず──というか、お父がメインだったのに。あの男、忙しくて。昨日、突然フランスに行っちゃったんですよ」
「フランス……世界を股に掛けてるんですね」
「聞いてないですか? ウチのお父はゲーム会社に勤めてるんです。日本支社の社員なんですけど、本社はフランスで、よくそっちにも行くんですよね」
「ゲーム会社? どこのゲーム会社なんだ?」
「ヴィジョネストって会社です……まあ、知らないですよね」
「ヴィジョネスト!?」
「わっ、声でかっ」
思わず、春太は声を張り上げてしまった。
冬舞が、またきょとんとしている。
「それって、CS64を開発してる会社じゃ……!?」
「おにーさん、CS64を知ってるんですか。お父、日本じゃあまり人気ないって言ってましたけど」
「あー……今は大人数バトロワ系FPSが流行りだもんな。レジェンディスとか」
CS64のメインは6vs6のチーム戦で、大人数のバトルロワイヤルが流行している今、そこまでの人気はない。
「ちなみにおにーさん、CS64のランクはいくつ?」
「今はSSだな。なんとかエリミネーターを目指そうと思ってる」
「SS! おにーさん、人生捨ててゲームしてないですか!?」
「それほどでも……」
春太は、小学生に人生を心配されてしまっている。
冬舞も父がゲーム開発者だけあって、ゲームには詳しいようだ。
「おっと。俺のやりこみなんかどうでもいいな。それより、冬舞ちゃんのお父さんは……しばらく戻ってこないのか?」
「はい、一度行くとなかなか戻ってこないんですよ。会社が帰らせてくれないとかで」
「どこも親っていうのは忙しいもんだな」
雪季の父親は、育ての父も実の父も仕事に追われているようだ。
「でも、案外それだけでもないかもです。お父はコミュ障なんで」
「え?」
雪季がきょとんとする。
「ずっと会ってなかった実の娘との対面が怖いのかもしれません。別に悪いヤツじゃないんですけどね、お父。弱気なんです」
「そう……なんですか」
雪季はうつむいて、なにやら考え込んでいるようだ。
コミュ障で弱気、というなら雪季もまさにそのタイプだ。
今日も春太に同行してもらわなければ、ここには来られなかったかもしれない。
雪季は父親から見た目だけでなく、メンタル的な性質も受け継いでいるようだ。
「でも冬舞はおねーさんに興味あったから! といっても、姉がいるって知ったのはつい最近なんですけどね」
「ああ、冬舞ちゃんのほうも姉のことは知らされてなかったのか」
「お父が再婚だったっていうのは聞いてたんですよ。だから、もしかして……とは思ってはいました」
「…………」
春太は薄々感じていたが、この冬舞という少女は小五にしてはマセている。
父の過去のこともいろいろ詮索していたようだ。
それに冬舞は父のコミュ障を受け継がず、初対面の〝姉〟にもまるで怯んでいない。
マセている上に、好奇心旺盛でもあるようで、父の過去にも姉にも興味津々の様子だ。
「あ、冬舞ちゃん……」
「なんです、おねーさん?」
「敬語、使わなくていいですよ。お兄ちゃんも……いいですよね?」
「え? ああ、それはもちろん」
雪季は実父の話に少し動揺しているらしい。
急に冬舞の敬語にツッコミ出したのは、動揺しているせいだろう。
「この敬語は冬舞のクセなんですよ。冬舞は、幼稚園児が相手でも敬語です」
「……私と同じですね」
雪季はそうつぶやいてから、春太の耳元に顔を寄せてくる。
「私、敬語はママのマネをしているつもりでしたが、父からの遺伝でしょうか……?」
「敬語は遺伝しねぇだろ。でも、そういうところも含めて……」
春太は囁き返してから、あらためて冬舞を眺める。
「完全に小型の雪季だよなあ……性格以外は」
「んー、冬舞とおねーさん、おにーさんから見てもそこまで似てます?」
「予備知識なしでも、姉妹だって確実にわかるレベルだな」
春太がそう言うと、冬舞はわずかに顔を赤くした。
「そんなにですか。おにーさんが言うなら間違いないですね。嬉しいです」
冬舞は笑顔でそう言い、パフェの最後の一口を美味しそうに食べて「ごちそうさまでした」とお行儀良く手を合わせた。
「あ、そうだ。あの、おねーさん」
「は、はい。なんですか?」
「おねーさんって言うと、親戚とか近所の人みたいですから……〝お姉ちゃん〟って呼んだらダメですか?」
「…………っ」
雪季は、一瞬びっくりしたようだ。
確かに、おねーさんよりはお姉ちゃんのほうが血縁があるように感じられる。
春太も、妹だった雪季からは〝お兄ちゃん〟呼びで、親戚の子のような存在である透子からは〝お兄さん〟と呼ばれている。
「はい……いいですよ。いえ、いいよ、冬舞ちゃん」
「…………っ」
思わず、春太は横の雪季の顔をまじまじと見つめてしまった。
妹が〝タメ口〟を利いているのを見たのは生まれて初めて──ではないだろうが、物心ついてからはこれが最初かもしれない。
「私は……その、妹に敬語を使うのは変ですよね。変だよね。だから、タメ口でいい?」
「もちろん! やったぁ、冬舞のお姉ちゃんだ!」
冬舞は今にも踊り出しそうなくらいに、浮かれている。
マセてはいるが、小五らしい無邪気さも持っているらしい。
「じゃ、あらためてお姉ちゃん、よろしく! 寒風沢冬舞、十一歳! 趣味はワゴンのゲームを買って遊ぶことです!」
「恐ろしいな。行動パターンまで雪季とまったく同じじゃねぇか」
「えっ、そうなんですか、お姉ちゃん! お姉ちゃんもワゴンゲーマニア?」
「マ、マニアじゃないけど……」
雪季は春太がバイトしているゲームショップ〝ルシータ〟で、ワゴンで安売りされているゲームをよく買っていたものだ。
「あ、冬舞は勉強も好きです。成績は塾でもトップなんですよ」
「そこだけ雪季と真逆だな」
「お兄ちゃん!?」
雪季が、心外だという顔で春太を睨んでくる。
春太はすぐに失言に気づき、雪季をなだめた。
それにしても、冬舞はいろんな意味で予想外の存在らしい。
「ゆ、冬舞ちゃん。私、ワゴンゲーだけじゃなくてゲームはなんでも強いからね。このお兄ちゃんも強いけど、私のほうがもっと強いの」
「いや、それは違う」
「お兄ちゃん! そこは認めてくださいよ! 大人げないです!」
またもや失言してしまった春太だった。
冬舞は、春太の顔をじーっと見つめてきて。
「そっか、お姉ちゃんのお兄ちゃんってことは、冬舞のお兄ちゃんでもある……?」
「いいえ、それは違うよ」
「雪季も大人げないぞ」
そこは認めてやれ、と春太は苦笑いする。
雪季は妹ではなくなったはずだが、妹ポジションを脅かされると防衛反応が出るようだ。
「まあ、俺のことは親戚のお兄さんだとでも思ってくれ」
「はい、おにーさん」
冬舞は元から人なつっこいようだが、春太にも悪い印象は持っていないようだ。
なんといっても、雪季の実妹なので、嫌われずに済んでほっとした。
それからは、冬舞の学校生活などについて聞き、姉妹の初対面は無事に終わった。
春太が年長者として全員分の料金をおごり、ファミレスを出た。
まだ午後三時で、夕方にもなっていないが、一応家まで冬舞を送る。
家までは近いらしいが、安全を考えれば当然のことだ。
「あ、ここが冬舞の家です」
冬舞が指し示したのは、小綺麗な六階建てのマンションだった。
なかなか立派な建物で、冬舞の父親は稼ぎは悪くないらしい。
「上がっていきます?」
「いや、親父さんは留守なんだろ? 勝手に上がり込むのは気が引けるな」
春太が答えると、雪季がうんうんと頷く。
コミュ障の雪季には、初対面の相手の家にお邪魔するのはハードルが高い。
「そうですか。ウチ、お父はだいたい家にいないし、お母はもとからいないからいつでも遊びにきてくださいね」
「……ああ」
雪季の実父は、冬舞の母親とも数年前に離婚しているらしい。
どうも春太の周りでは離婚が多いが、大人の世界は複雑なようだ。
「じゃあ、冬舞ちゃん、また。LINEもするから」
「はい、お姉ちゃん。冬舞からもLINEします」
もちろん姉妹で連絡先は交換して、春太もついでに交換している。
初対面の印象はよかったようなので、姉妹の交流は続きそうだ。
雪季の実父との交流が今後どうなるかはわからないが……。
「あ、あのー、お姉ちゃん?」
「はい?」
一度マンションに向かおうとした冬舞が、立ち止まってもじもじしている。
「冬舞、お姉ちゃんに会えてよかったです。美人だし、優しいし、ゲームも最強だっていうし、文句なしです」
「え? あ、はい」
ゲーム最強は俺だ、などと口を挟むほど春太は空気が読めないタイプではない。
冬舞は明らかになにか別のことを言いたげだ。
「ああ、そうか。雪季」
「お兄ちゃん?」
「雪季、俺たちも去年の春から秋まで会えなかっただろ。冬舞ちゃんは、もっと長いことおまえに会えなかったんだ」
そうだ、冬舞はついさっき匂わせていた。
父は再婚で、ひょっとして自分には兄弟がいるのではと期待していたと──
「あ……そうですね」
雪季は、はっとした顔になる。
春太はずいぶん遠回しな言い方をしてしまったが、雪季に自分で気づいてほしかったのだ。
この可愛い小さな妹は、やっと会えた姉に甘えたいのだと。
「冬舞ちゃん」
「きゃ……」
雪季は、ぎゅっと小五の妹を抱きしめる。
ファミレスの席に座っていたときはわかりにくかったが、冬舞も小五にしては背が高い。
雪季が174センチで、冬舞はそれより15センチほど低いだろうか。
「お姉ちゃん……冬舞、本当に嬉しいです」
「うん、私も。今度、一緒にゲームしよう」
今日初めて会ったとは思えない──まるで生まれたときから一緒のような姉妹の姿だった。
春太は、なぜか急に涙ぐみそうになってしまう。
俺、最近すっかり涙もろくなってるな……と思いつつ。
抱き合う姉妹の姿を、春太は優しく見守っていた。
帰りの電車の中──
ドアそばに立った雪季は、ぽつりとつぶやいた。
「変な感じなんですよね」
「なにが?」
春太は、雪季のほうを見た。
雪季はドアの窓から外をぼんやりと眺めている。
「私、ずっと──それこそ、生涯〝妹〟だと思ってたんですよ」
「生涯って、また大げさな」
「なのに、今は妹でなくなって、しかも自分に妹までできちゃいました」
「……予想外の事件が続くな、雪季の人生は」
それは春太も晶穂もまったく同じことが言えるが。
「冬舞ちゃん、可愛かったですね。初めて会ったのに妹だって感じました。お兄ちゃんも、小さい私と初めて会ったとき、同じように思ったんでしょうか?」
「……さあ。さすがに、雪季と会った頃の記憶はないからな」
「にーちゃ、にーちゃって懐いてましたよね、私」
「ああ、あれか」
晶穂の母、秋葉に見せてもらった昔の動画だ。
春太の父が撮影して、実母の翠璃に渡し、それがさらに翠璃の親友だった秋葉に渡るという複雑なルートを辿った動画でもある。
「ママから聞いたことがあります」
「なんだ、今度は?」
「私、小さい頃から人見知りがひどくて、『母に非ずんば人に非ず』で、ママ以外にはまったく懐かなかったって言ってました」
「平家か、おまえは」
有名な〝平家に非ずんば人に非ず〟をもじったのだろう。
「でも、お兄ちゃんにはあっさり懐いてたって。ママの姿が見えなくなるとすぐに泣き出してたのに、お兄ちゃんがそばにいたら良い子で遊んでたみたいです」
「…………」
もちろん雪季も人間だから、怒ったり泣いたりすることは普通にあった。
ただ、確かに幼い頃からそばにいた雪季はたいていの場合、ご機嫌だった。
「あの『にーちゃ』動画を観るより前、あっちに引っ越した直後にママから聞いたんです。私たちは実の兄妹じゃなくても、他のどんな兄妹より仲が良かったって」
「……誰かに言われるまでもないだろ」
「そうですね……」
春太と雪季は、物心ついたときには仲の良い兄妹だった。
それは自分たち二人の記憶に刻み込まれている真実だ。
「俺たちは兄妹として上手くやってきた。でも、今はそうじゃない。普通とは全然違う形で兄妹じゃなくなったが、雪季はそれで──いいんだろ?」
「はい、後悔はないです」
雪季は窓のほうを見たまま、こくりと頷いた。
こんな問答ももう、何度目だろうと春太は感慨深く思ってしまう。
だが、雪季が納得するまで何度でも繰り返せばいいだけだとも思う。
もちろん、春太自身が納得することも必要だ──
「でも、冬舞ちゃんは本当に私にそっくりでしたね。しかも人なつっこくて可愛いですし」
「そうだな、成長したらもっと雪季に似てきそうだ。雪季みたいに可愛くて、しかも人なつっこかったら雪季以上にモテるんじゃないか?」
「うっ……妹に負けないようにモデルになって姉としての立場を守らないと」
「そんな動機でモデル始めんのかよ」
すっかり忘れていたが、雪季もネイビーリーフとの契約の話を進めなければならない。
晶穂のときと同じく、春太が付き添うことになるだろう。
「あ、お兄ちゃん。確かに、冬舞ちゃんはすっごく可愛くなると思いますけど……」
「ん?」
「冬舞ちゃんも、おにーさんおにーさんって懐いてくれてますけど、あの子が言うとおり私の妹でお兄ちゃんの妹みたいなものですからね」
「なんだ、今度はそれを認めるのか」
「ええ、言っておきますが……妹はカノジョにできないんですからね?」
「雪季がそれを言うのか!?」
どうやら、雪季は妹としてよりも春太のカノジョになりたい女の子として、冬舞を警戒しているようだ。
春太は若干の年下キラーではあるが、もちろん小学生は守備範囲外だ。
そんな雪季の的外れな心配はともかく──
妹だった少女は、今日の出会いでまた一つ変わった──大人に近づいたのかもしれない。
雪季がいなくなる日を前に、雪季との距離が少しずつ離れていくかのようだった。