第5話 妹はまだ一人で立ち向かえない



「お兄ちゃあーん、ちゃんもゲームあそびたい」

「え、も?」

 開いていたドアから、トコトコと入ってきたのはだった。

 長くばしているかみを二つに結んだかみがたが、最近のお気に入りだ。

「うーん、やり方覚えられるか?」

「はい、がんばります」

 は、ぐっとこぶしにぎめてうなずいた。

 四歳の妹はなにをやらせても下手だが、やる気だけは割とある。

「だって、お兄ちゃんずっとゲームばっかりです」

「ああ、うん」

 はとにかく兄のマネをしたがるので、はるもこの展開は予想していた。

 もっとも、運動のたぐいだけははるがやっていてもまったく興味を示さないが。

「まえは、いつもすぐにお外にいってたのに」

「お父さんが外で遊ぶのしばらく禁止って言うから」

 はるは公園でケンカしてしまったので、外での遊びを禁じられている。

 がある日たまたま、一人で公園にいて、近所の男子たちにからまれてしまった。

 はるは一人でどこかへ行った妹をさがして公園にけつけ、その男子たちとケンカしてはらったのだ。

 父は妹を守ったことはめてくれて、暴力をるったことは𠮟しかってきた。

 じゃあどうすればよかったんだ、とはるは不満だったが父の言うことには逆らえなかった。

 はるもまだ五歳なのだから。

 誕生日に父がゲーム機をプレゼントしてくれたが、はるはずっと放置していた。

 アウトドア派のはるはあまり興味を持てなかったが、遊んでみると意外におもしろい。

 すっかりはるは、ゲームにハマっていた。

「お兄ちゃん、ちゃん、これやってみたいです。この絵、すきです」

「『ストバス』か」

 が手に取ったパッケージには、いろいろなゲームの人気キャラクターがえがかれている。

 人気キャラたちを使ったかくとうゲーム『ストライク・バスターズ』、略して『ストバス』。

 複雑な操作無しで派手なひつさつわざせるので、子供にも人気が高い。

 このゲームなら、初心者のでもある程度は楽しめるだろう。

 はるは幼いながらも、なんとなくそう思って。

「いいぞ、俺がやり方を教えてやるよ」

「はぁい、おねがいします!」

 うれしそうに笑って、はるわたしたコントローラーをにぎった。

 妹はわいい。

 こんな単純なことが、はるにはなによりの幸せだった。



「お兄ちゃん……お兄ちゃん」

「ん? ああ?」

 はるが目を開けると──そこに、の顔があった。

 はモコモコしたパジャマに上着を羽織り、三月になった今でも防寒はかんぺきだ。

「お兄ちゃん、コントローラーにぎったままてましたよ」

「え? そうか……」

 自室のベッドを背もたれにして座り、ゲーム機のコントローラーをにぎっている自分に気づく。

 はるは、ちらっとかべけいかくにんする。

 深夜の一時を過ぎていた。

「十二時くらいまではおくあるんだけどな。いつの間にかちしてたか……」

めずらしいですね、お兄ちゃんがちなんて」

 はるは、久しぶりのCS64コールサインシツクスフオーでつい夢中になってしまったらしい。

 武器とスキルをカスタムしていたはずだが、いつの間にかてしまったようだ。

「ヤバかったな。対戦中にちしてたら、仲間からひんしゆくかうところだった」

「FPSの最中にちはないですよ」

「そりゃそうか」

 FPSではいつ敵がおそってくるかわからないので、うっかりてしまうことなどない。

「ちょっといいですか?」

 は断りを入れると、はるの手からコントローラーを取り上げた。

 ぽちぽちと操作して、はるのプレイヤーデータをながめている。

「ランクSSで、ポイントが……えっ、こんなに? お兄ちゃん、本気でエリミネーターねらってませんか……?」

 エリミネーターとは64ロクのランクの中でも最高位で、日本では数人しかいない。

「ガチで射程内に入ってきたな。俺、ひょっとしてFPSいんじゃね?」

「……ついに私が本気を出すときが来ましたね」

「受験のときに本気出してなかったみたいに言うなよ」

 合格しているのだから、いいのだが。

 は特にけずぎらいではないのに、ゲームとなると競争心をしにしてくる。

「でもマジでゲーム楽しいわ。最近、全然遊んでなかったからなあ」

 はるいききを始めたのは、スケートの際にもとに心配されていたからだ。

 こうはいに心配をかけるのはさすがに悪い。

 今もまだ数々の問題があるのでゲームをひかえていたが、いききくらいするべきなのだろう。

「たまには遊んだほうがいいですよ、お兄ちゃん。あきさんの とかCDデビューとかいろいろあるのもわかりますけど」

 もまったく同じことを思ったらしい。

「そうだな、俺の人生ってゲームとともにあったみたいなトコあるしな」

「私もですよ」

 はにっこり笑って、はるにコントローラーを返してきた。

 はるはそれを受け取ってから、ゆかに置いた。

「夢を見てた、

「夢ですか?」

「ああ、たぶん初めていつしよにゲームしたときのことだな。覚えてるもんだ」

「私、おくにないかもです……気づいたら毎日お兄ちゃんとゲームばかりしてて、ママに𠮟しかられたことくらいで」

「まあ、はまだ四つとかだったからな。そもそも、よくストバスとか遊べたもんだ」

「小さい子が最初に遊ぶゲームではないですね」

 しようしている。

 当時のはるでもストバスなら遊べると思い込んでしまったが、今思えばもっとシンプルなゲームを遊ばせるべきだった。

 あのころはもちろん、実ははるもまともに操作できていなかったのだろう。

 ストバスは適当にボタンを押すだけでも、〝戦っている感〟が出せるゲームでもある。

「私も久しぶりに64ロクやってみましょうか……」

「そういや、受験終わったあともゲームやってないのか?」

「実は……受験勉強中はやりたくてやりたくて仕方なかったのに、終わってみると気がけたのかコントローラーを持つ気がしなくて」

「そういうもんか。がんりすぎた反動がそんな形でくるんだな」

 そこまで言って、はるはふと気づいた。

もまだ起きてたのか?」

「いえ、てました。キッチンでお水を飲んできたところです。あきさんはスヤスヤですよ」

「あいつ、今日もさつえいだったからなあ。つかってんだろ」

 CDデビューの話は事務所とレコード会社で進行中だが、あきはその間ただ待っているわけにはいかない。

 今は『Lost Spring』の本格的なMVのさつえいが進行している。

 はるもベーシスト〝ハウル〟として参加してはいるが、あきよりはずっと負担が軽い。

「ちょっとやってみますね……きゃっ、エイムがガバります!」

「はは、そりゃそうだろ」

 コントローラーで敵にねらいを定めるのは難しい。

 敵にねらいを定めることを〝エイム〟、ねらいがフラつくことを〝ガバる〟という。

 ほんの数日プレイしなかっただけでも、エイムがガバるので、今のではまったく定まらないだろう。

「やんっ、そこからってきますか! ああっ、げないでくださーい!」

 はコントローラーをにぎると、思わず身体からだごと動いてしまう。

 はるには動き回るの姿がなつかしくて、微笑ほほえましかった。

「ああー……ビリです。1キル8デス……すみません、お兄ちゃんのアカウントなのに」

「一戦くらいかまわないって。もっとデスるかと思ってたよ。意外にやれてたじゃないか」

 うでまえでははるじやつかんおとるものの、元から中学生としては強いほうだった。

「私も成長したんですよ。しんちように立ち回ることを覚えました」

「前はガンガンめてたのにな」

めるばかりだとデスがかさんで──」

「お、おい? 、どうした?」

 はるは、の目からぽろっとなみだがこぼれたのを見てぎょっとする。

 まさか、久しぶりの64ロクに感動したわけではないだろうが──

「……いえ。したら、こうして夜中にお兄ちゃんとゲームをすることもなくなるのかな、なんて思ってしまいまして。すみません、急にじようちよ不安定で」

「いや……」

 そうか、とはるうなずく。

 むしろ、そんなことを言われたらはるのほうが泣き出しそうだった。

 ついこの前、しもつきとうの受験合格で泣いてしまったばかりだというのに、情けない。

「いえ、だいじようです。もう少しやってもいいですか? 私のアカウントにえるので」

「別に、俺のでもかまわないけどな」

 はるしようすると、も笑ってメニュー画面にもどり、自分のアカウントにえた。

 どうやら、もうじようちよが直ったらしい。

 確かに不安定ではある……が、それははるのほうも同じことだった。

「あー……このさつばつとした世界、なつかしささえあります。やっぱりおもしろいですね」

の部屋のモニター持ってきて、俺も入るかな。久しぶりに組んで遊ぶか」

「今、私がいつしよにやると確実にトロールになりますよ」

「トロールではないだろ」

 はるはまたしようする。

 トロールもゲーム用語で、味方チームの足を引っ張るてきこうを指す。

 ただうでおとろえていて味方にこうけんできないだけなら、トロールとは言わない。

「お兄ちゃんがそばにいてくれるだけでじゆうぶんです。昔から、こうしてお兄ちゃんと並んで遊んでましたね」

「さっきの夢でもそんな感じだったな」

 はるが答えると、はにこっと笑ってゲームを再開した。

 昔のは今よりずっと兄にべったりで、はるにもたれたり、ひざに乗ってきたりするのはにちじようはんだった。

「あ、やられました! うーん、まだゲームに集中できませんね。つかれてるんでしょうか」

しの準備、大変なのか?」

 はるしの手伝いはできていない。

 あきの手伝いのほうがいそがしいのもあるが、が「自分でやりたい」と主張しているのだ。

 今は荷造りの段階なので、す本人が作業するのが一番だろう。

 重い物の運び出しなどでは、はるももちろん手伝うつもりだ。

「それもありますけど……あの、お兄ちゃん?」

「ん?」

 64ロクは一試合が最長でも一〇分と短い。

 の復帰二戦目は敵チームが五分ほどで勝利スコアに達し、あっさりと負けている。

「今さら甘えるのはどうかと思うんですが……いいでしょうか?」

が俺に甘えるのに許可なんていらねぇよ」

 はるは三度目のしようをしてしまう。

 が妹でなくなり、カノジョを目指すといっても、はるのほうの意識はそこまで変わっていない。

 を甘やかすことに、ためらいなどあるはずがなかった。

「この前、ママが来てましたよね」

「母さん? ああ、受験のときの話か」

 はるの育ての母にして、の実母は今は他県在住だが、受験本番の一週間前にむすめめんどうを見るためにこちらにやってきた。

 はるも久しぶりに母の手料理を食べられて、大変にありがたかったものだ。

「あのとき、ママからちょっとお話を聞きまして。受験が終わって、ママが帰る少し前のことだったんですけど」

「もうだいぶ前じゃないか。なにかあったなら、先に言えよ」

「いえ、そのときはまだ軽く話をられた程度で……ですが、動きがあったみたいな感じで」

「よくわからんな。言えるなら、はっきり言ってくれ」

 はるはゲーム機を操作して、電源を切った。もうゲームどころではない。

「私、行かないといけないんです」

「行く? もとたちとの卒業旅行のことか? フェアランにまりがけで遊びに行くとか俺もうらやましいくらいだ」

 フェアリーランドは有名な遊園地で、たちはフェアラン内のホテルに一ぱくしてたっぷり遊びたおすそうだ。

もとという呼び方がまだ引っかかりますが、いつもの私のかんだいな心で許すとして……それとは別の話です。実は、前から気になっていたことが……」

「気になってたこと?」

「そのことで、ママに相談していたんです」

「うん」

 もったいぶった言い方だが、はるあせらなかった。

 は他意なく、なんとか整理しながらしゃべっているだけなのだろう。

「私の……血の繫がった父親のことです

…………

 とつぜん、予想もしなかったワードが飛んできた。

 はるの父、しんろうはパパと呼んでいるし、この先もずっとそう呼び続けるだろう。

 血がつながっていなくても、は気にしないし、父も実のむすめ以上にわいがっている。

「私たち、血のつながりに……なんて言うんでしょうか、その……」

ほんろう?」

「それです、お兄ちゃん」

 受験勉強で身につけた知識が、早くもけ始めているのではとはるは少し不安になる。

ほんろうされてきたわけですから。ずっと放置してきた──いえ、気にかけたこともないフリをしてきたことにも、決着をつけないとと思いまして」

「決着って……の実の父親っていうのは」

「ご健在らしいです」

…………

 はるは、「いっそくなっていたほうが話が簡単」と思ったことを申し訳なく思う。

 なんにしても、人の死を願ったりしてはいけない。

「じゃあ、。行くっていうのは、父親に会いに行くのか?」

「そうなんですが、話がちょっとめんどうなんです」

「どこか遠くにいるのか? 外国とか?」

「えっと……これ、見てください」

 はパジャマのポケットからスマホを取り出し、なにか操作してはるの前にかかげてみせた。

「ん? の写真か……あれ、なんだこれ?」

「わかりますか?」

「……わかるようなわからんような」

 はるは、のスマホに表示された写真をまじまじとながめる。

 ただのり写真だというのに、これほどまでに困惑させられることがあるのか

 はるは、わずかに残っていたねむんでいくのを感じた。



さわです!」

 彼女は堂々と名乗って、にっこり笑った。

 そのがおが──あまりにも雪季にそっくりだった

「なんか俺、小さいころにこの子と毎日会ってた気がするな……」

ぐうですね、私も毎日見かけてましたよ……鏡の向こうで」

 はるとなりで、あつられている。

 このと名乗った少女は──雪季の妹だ

 より正確に言うなら、はらちがいの妹ということになる。

 ねんれいは十一歳、小学五年生らしい。

「おねーさん、とそっくりですね。びっくりしちゃいました」

「そ、そうですね」

、大きくなったらこんな美人になるんですね。楽しみです」

「は、はぁ」

 はニコニコ楽しそうだが、のほうはまだしようげきから立ち直れないようだ。

 は実父の話を母から聞き、そのときにこの妹の存在も聞いたらしい。

 実父はさいこんしており、そのさいこん相手との間にむすめが生まれていた。

 そのむすめの写真が実父から母経由でのもとに届き、はるおどろかされたというわけだ。

 写真で見るより、実物のほうがはるかにに似ている。

「あ、おねーさんたち、今日はわざわざ来てもらってすみません」

「いや、それはこっちが出向くのが当然だな……」

 相手はまだ小学生なので、さくらまで来てもらうわけにもいかない。

 そういうわけで、はるはらちがいの妹の家の近くまで出向いてきた。

 意外にそう遠くなく、さくらえきからは一時間もかからないきよだった。

 ここは、の自宅近くにあるファミレスだ。

 はるは、ボックス席に並んで座り、と向き合っている。

 の前に置かれているのは、大きなチョコレートパフェだ。

 えんりよするはるがすすめたもので、彼女は甘い物好きらしくうれしそうに食べている。

 はるは、ドリンクバーの飲み物だけだ。

 はもちろん、はるも少なからずきんちようしている。

 相手は小学生ではあるが、とはただならぬ関係だ。

 しかも、思っていたよりもはるかに〝妹らしい〟姿形をしていたので余計にきんちようが高まってしまっている。

…………

 はるは母親似かと思っていたが、実は父親のおもかげいでいたようだ。

 なんでも、の実の両親はハトコ同士で、顔も似ていたらしい。

 が父方の、母方のとう、両方に似ているのはそのあたりが理由のようだ。

 同じ父を持つは、幼き日のにあまりにも似すぎている。

 長いかみは黒だが、も小学生のころかみいろは黒だったので余計に似て感じる。

 は長いくろかみを編み込みにして、小学校の制服らしきこんいろのセーラー服姿だ。

 この〝妹〟は私立の小学校に通っているらしい。

「あのー、おにーさん? の顔になんかついてますか?」

 はパフェを食べていたスプーンの動きを止め、きょとんとした顔をする。

「あ、いや、そうだな……ちゃんって呼んでいいか?」

「はい、どうぞ。フルネームですごい名前ですよね、ウチのおとうおもしろがってつけたとしか思えなくて」

「確かにめずらしいが……いい名前じゃないか」

 冬にうと書いて、〝ゆき〟。

 さわというみようは彼女の父の故郷ではよくあるものらしいが、下の名前のほうはかなりめずらしい。

 確かに〝冬にうもの〟は、雪ではあるが。

 

 はるが、ネーミングセンスに共通したものを感じるのは気のせいではないだろう。

「……私の名付け親、父親のほうだったんですね」

「疑いの余地はないな」

「おねーさんは雪の季節で〝ふゆ〟なんですよね?」

「え、ええ、私のほうこそよく〝ゆき〟ってちがわれるんですけど」

「〝ゆき〟ならいいじゃないですか。なんて、〝ふま〟ってちがわれるんですよ。ふまはないと思うんですよ、ふまは」

 は、ぷんぷんとおこっている。

 はるしようしつつ──

「えっと、ちゃんは……五年生なんだよな」

「はい、でももうすぐ六年生になります」

 中三のとは四つちがいの妹ということになる。

 実父と母親はが生まれてすぐにこんし、母のほうはが二歳のときにさいこんしている。

 妹が四つ年下ということは、実父のほうもさいこんは割と早かったらしい。

「あ、そうだ。これも謝らないと。ごめんなさい、おねーさん」

「え? な、なんで謝ってるんですか?」

 とつぜん、小学生に頭を下げられて、はまたこんわくしている。

「本当はおとうが来るはず──というか、おとうがメインだったのに。あの男、いそがしくて。昨日、とつぜんフランスに行っちゃったんですよ」

「フランス……世界をまたけてるんですね」

「聞いてないですか? ウチのおとうはゲーム会社に勤めてるんです。日本支社の社員なんですけど、本社はフランスで、よくそっちにも行くんですよね」

「ゲーム会社? どこのゲーム会社なんだ?」

「ヴィジョネストって会社です……まあ、知らないですよね」

「ヴィジョネスト!?

「わっ、声でかっ」

 思わず、はるは声を張り上げてしまった。

 が、またきょとんとしている。

「それって、64ロクを開発してる会社じゃ……!?

「おにーさん、64ロクを知ってるんですか。おとう、日本じゃあまり人気ないって言ってましたけど」

「あー……今は大人数バトロワ系FPSがりだもんな。レジェンディスとか」

 64ロクのメインは6vs6のチーム戦で、大人数のバトルロワイヤルが流行している今、そこまでの人気はない。

「ちなみにおにーさん、64ロクのランクはいくつ?」

「今はSSだな。なんとかエリミネーターを目指そうと思ってる」

「SS! おにーさん、人生捨ててゲームしてないですか!?

「それほどでも……」

 はるは、小学生に人生を心配されてしまっている。

 も父がゲーム開発者だけあって、ゲームにはくわしいようだ。

「おっと。俺のやりこみなんかどうでもいいな。それより、ちゃんのお父さんは……しばらくもどってこないのか?」

「はい、一度行くとなかなかもどってこないんですよ。会社が帰らせてくれないとかで」

「どこも親っていうのはいそがしいもんだな」

 の父親は、育ての父も実の父も仕事に追われているようだ。

「でも、案外それだけでもないかもです。おとうはコミュ障なんで」

「え?」

 がきょとんとする。

「ずっと会ってなかった実のむすめとの対面がこわいのかもしれません。別に悪いヤツじゃないんですけどね、おとう。弱気なんです」

「そう……なんですか」

 はうつむいて、なにやら考え込んでいるようだ。

 コミュ障で弱気、というならもまさにそのタイプだ。

 今日もはるに同行してもらわなければ、ここには来られなかったかもしれない。

 は父親から見た目だけでなく、メンタル的な性質もいでいるようだ。

「でもはおねーさんに興味あったから! といっても、姉がいるって知ったのはつい最近なんですけどね」

「ああ、ちゃんのほうも姉のことは知らされてなかったのか」

「おとうさいこんだったっていうのは聞いてたんですよ。だから、もしかして……とは思ってはいました」

…………

 はるうすうす感じていたが、このという少女は小五にしてはマセている。

 父の過去のこともいろいろせんさくしていたようだ。

 それには父のコミュ障をがず、初対面の〝姉〟にもまるでひるんでいない。

 マセている上に、こうしんおうせいでもあるようで、父の過去にも姉にもきようしんしんの様子だ。

「あ、ちゃん……」

「なんです、おねーさん?」

「敬語、使わなくていいですよ。お兄ちゃんも……いいですよね?」

「え? ああ、それはもちろん」

 は実父の話に少しどうようしているらしい。

 急にの敬語にツッコミ出したのは、どうようしているせいだろう。

「この敬語はのクセなんですよ。は、ようえんが相手でも敬語です」

「……私と同じですね」

 はそうつぶやいてから、はるの耳元に顔を寄せてくる。

「私、敬語はママのマネをしているつもりでしたが、父からの遺伝でしょうか……?」

「敬語は遺伝しねぇだろ。でも、そういうところもふくめて……」

 はるささやき返してから、あらためてながめる。

「完全に小型のだよなあ……性格以外は」

「んー、とおねーさん、おにーさんから見てもそこまで似てます?」

「予備知識なしでも、まいだって確実にわかるレベルだな」

 はるがそう言うと、はわずかに顔を赤くした。

「そんなにですか。おにーさんが言うならちがいないですね。うれしいです」

 がおでそう言い、パフェの最後の一口をしそうに食べて「ごちそうさまでした」とおぎよう良く手を合わせた。

「あ、そうだ。あの、おねーさん」

「は、はい。なんですか?」

「おねーさんって言うと、しんせきとか近所の人みたいですから……〝お姉ちゃん〟って呼んだらダメですか?」

…………っ

 は、いつしゆんびっくりしたようだ。

 確かに、おねーさんよりはお姉ちゃんのほうがけつえんがあるように感じられる。

 はるも、妹だったからは〝お兄ちゃん〟呼びで、しんせきの子のような存在であるとうからは〝お兄さん〟と呼ばれている。

「はい……いいですよ。いえ、いいよ、ちゃん」

…………っ

 思わず、はるは横のの顔をまじまじと見つめてしまった。

 妹が〝タメ口〟をいているのを見たのは生まれて初めて──ではないだろうが、物心ついてからはこれが最初かもしれない。

「私は……その、妹に敬語を使うのは変ですよね。変だよね。だから、タメ口でいい?」

「もちろん! やったぁ、のお姉ちゃんだ!」

 は今にもおどり出しそうなくらいに、かれている。

 マセてはいるが、小五らしいじやさも持っているらしい。

「じゃ、あらためてお姉ちゃん、よろしく! さわ、十一歳! しゆはワゴンのゲームを買って遊ぶことです!」

おそろしいな。行動パターンまでとまったく同じじゃねぇか」

「えっ、そうなんですか、お姉ちゃん! お姉ちゃんもワゴンゲーマニア?」

「マ、マニアじゃないけど……」

 はるがバイトしているゲームショップ〝ルシータ〟で、ワゴンで安売りされているゲームをよく買っていたものだ。

「あ、は勉強も好きです。成績はじゆくでもトップなんですよ」

「そこだけと真逆だな」

「お兄ちゃん!?

 が、心外だという顔ではるにらんでくる。

 はるはすぐに失言に気づき、をなだめた。

 それにしても、はいろんな意味で予想外の存在らしい。

「ゆ、ちゃん。私、ワゴンゲーだけじゃなくてゲームはなんでも強いからね。このお兄ちゃんも強いけど、私のほうがもっと強いの」

「いや、それはちがう」

「お兄ちゃん! そこは認めてくださいよ! 大人げないです!」

 またもや失言してしまったはるだった。

 は、はるの顔をじーっと見つめてきて。

「そっか、お姉ちゃんのお兄ちゃんってことは、のお兄ちゃんでもある……?」

「いいえ、それはちがうよ」

も大人げないぞ」

 そこは認めてやれ、とはるは苦笑いする。

 は妹ではなくなったはずだが、妹ポジションをおびやかされると防衛反応が出るようだ。

「まあ、俺のことはしんせきのお兄さんだとでも思ってくれ」

「はい、おにーさん」

 は元から人なつっこいようだが、はるにも悪い印象は持っていないようだ。

 なんといっても、じつまいなので、きらわれずに済んでほっとした。

 それからは、の学校生活などについて聞き、まいの初対面は無事に終わった。

 はるが年長者として全員分の料金をおごり、ファミレスを出た。

 まだ午後三時で、夕方にもなっていないが、一応家までを送る。

 家までは近いらしいが、安全を考えれば当然のことだ。

「あ、ここがの家です」

 が指し示したのは、れいな六階建てのマンションだった。

 なかなか立派な建物で、の父親はかせぎは悪くないらしい。

「上がっていきます?」

「いや、おやさんは留守なんだろ? 勝手に上がり込むのは気が引けるな」

 はるが答えると、がうんうんとうなずく。

 コミュ障のには、初対面の相手の家におじやするのはハードルが高い。

「そうですか。ウチ、おとうはだいたい家にいないし、おかあはもとからいないからいつでも遊びにきてくださいね」

「……ああ」

 の実父は、の母親とも数年前にこんしているらしい。

 どうもはるの周りではこんが多いが、大人の世界は複雑なようだ。

「じゃあ、ちゃん、また。LINEもするから」

「はい、お姉ちゃん。からもLINEします」

 もちろんまいれんらく先はこうかんして、はるもついでにこうかんしている。

 初対面の印象はよかったようなので、まいの交流は続きそうだ。

 の実父との交流が今後どうなるかはわからないが……。

「あ、あのー、お姉ちゃん?」

「はい?」

 一度マンションに向かおうとしたが、立ち止まってもじもじしている。

、お姉ちゃんに会えてよかったです。美人だし、やさしいし、ゲームも最強だっていうし、文句なしです」

「え? あ、はい」

 ゲーム最強は俺だ、などと口をはさむほどはるは空気が読めないタイプではない。

 は明らかになにか別のことを言いたげだ。

「ああ、そうか。

「お兄ちゃん?」

、俺たちも去年の春から秋まで会えなかっただろ。ちゃんは、もっと長いことおまえに会えなかったんだ」

 そうだ、はついさっきにおわせていた。

 父はさいこんで、ひょっとして自分には兄弟がいるのではと期待していたと──

「あ……そうですね」

 は、はっとした顔になる。

 はるはずいぶん遠回しな言い方をしてしまったが、に自分で気づいてほしかったのだ。

 このわいい小さな妹は、やっと会えた姉に甘えたいのだと。

ちゃん」

「きゃ……」

 は、ぎゅっと小五の妹をきしめる。

 ファミレスの席に座っていたときはわかりにくかったが、も小五にしては背が高い。

 が174センチで、はそれより15センチほど低いだろうか。

「お姉ちゃん……、本当にうれしいです」

「うん、私も。今度、いつしよにゲームしよう」

 今日初めて会ったとは思えない──まるで生まれたときからいつしよのようなまいの姿だった。

 はるは、なぜか急になみだぐみそうになってしまう。

 俺、最近すっかりなみだもろくなってるな……と思いつつ。

 まいの姿を、はるやさしく見守っていた。



 帰りの電車の中──

 ドアそばに立ったは、ぽつりとつぶやいた。

「変な感じなんですよね」

「なにが?」

 はるは、のほうを見た。

 はドアの窓から外をぼんやりとながめている。

「私、ずっと──それこそ、しようがい〝妹〟だと思ってたんですよ」

しようがいって、また大げさな」

「なのに、今は妹でなくなって、しかも自分に妹までできちゃいました」

「……予想外の事件が続くな、の人生は」

 それははるあきもまったく同じことが言えるが。

ちゃん、わいかったですね。初めて会ったのに妹だって感じました。お兄ちゃんも、小さい私と初めて会ったとき、同じように思ったんでしょうか?」

「……さあ。さすがに、と会ったころおくはないからな」

「にーちゃ、にーちゃってなついてましたよね、私」

「ああ、あれか」

 あきの母、あきに見せてもらった昔の動画だ。

 はるの父がさつえいして、実母の翠璃みどりわたし、それがさらに翠璃みどりの親友だったあきわたるという複雑なルートを辿たどった動画でもある。

「ママから聞いたことがあります」

「なんだ、今度は?」

「私、小さいころから人見知りがひどくて、『母にあらずんば人にあらず』で、ママ以外にはまったくなつかなかったって言ってました」

へいか、おまえは」

 有名な〝へいあらずんば人にあらず〟をもじったのだろう。

「でも、お兄ちゃんにはあっさりなついてたって。ママの姿が見えなくなるとすぐに泣き出してたのに、お兄ちゃんがそばにいたら良い子で遊んでたみたいです」

…………

 もちろんも人間だから、おこったり泣いたりすることはつうにあった。

 ただ、確かに幼いころからそばにいたはたいていの場合、ごげんだった。

「あの『にーちゃ』動画をるより前、あっちにした直後にママから聞いたんです。私たちは実のきようだいじゃなくても、他のどんなきようだいより仲が良かったって」

「……だれかに言われるまでもないだろ」

「そうですね……」

 はるは、物心ついたときには仲のきようだいだった。

 それは自分たち二人のおくに刻み込まれている真実だ。

「俺たちはきようだいとしてくやってきた。でも、今はそうじゃない。つうとは全然ちがう形できようだいじゃなくなったが、はそれで──いいんだろ?」

「はい、こうかいはないです」

 は窓のほうを見たまま、こくりとうなずいた。

 こんな問答ももう、何度目だろうとはるかんがいぶかく思ってしまう。

 だが、なつとくするまで何度でもかえせばいいだけだとも思う。

 もちろん、はる自身がなつとくすることも必要だ──

「でも、ちゃんは本当に私にそっくりでしたね。しかも人なつっこくてわいいですし」

「そうだな、成長したらもっとに似てきそうだ。みたいにわいくて、しかも人なつっこかったら以上にモテるんじゃないか?」

「うっ……妹に負けないようにモデルになって姉としての立場を守らないと」

「そんな動機でモデル始めんのかよ」

 すっかり忘れていたが、もネイビーリーフとのけいやくの話を進めなければならない。

 あきのときと同じく、はるうことになるだろう。

「あ、お兄ちゃん。確かに、ちゃんはすっごくわいくなると思いますけど……」

「ん?」

ちゃんも、おにーさんおにーさんってなついてくれてますけど、あの子が言うとおり私の妹でお兄ちゃんの妹みたいなものですからね」

「なんだ、今度はそれを認めるのか」

「ええ、言っておきますが……妹はカノジョにできないんですからね?」

がそれを言うのか!?

 どうやら、は妹としてよりもはるのカノジョになりたい女の子として、けいかいしているようだ。

 はるじやつかんの年下キラーではあるが、もちろん小学生は守備はん外だ。

 そんなの的外れな心配はともかく──

 妹だった少女は、今日の出会いでまた一つ変わった──大人に近づいたのかもしれない。

 がいなくなる日を前に、とのきよが少しずつはなれていくかのようだった。