「行くよ、ハル、キラさん」
「ああ」
「私のことは気にしなくていい。AKIHOちゃん、サクハル、二人でやりたいようにやってくれ」
「はい、そうします」
晶穂は、ニヤリと笑う。
なにもない、がらんとしたステージ。
立っているのはギターとベース、ドラムの三人だけ。
機材がそのまま乱雑に置かれ、水分補給用のペットボトルも隠していない。
すべてありのまま、自分たちはただ歌い奏でるだけ。
晶穂が望んだのは、そんなステージだった。
「ハル、ミスってもいいから、遅れず追いかけてきて」
「ミスせずに追いかけてやるよ」
「それが最高」
晶穂はまたニヤッと笑うと、ギターを軽く奏でた。
その晶穂は、黒いパーカーにデニムのホットパンツという服装。
春太とキラは、黒いスーツの上下にサングラスという怪しげな格好だ。
今日は『Lost Spring』生配信の日。
晶穂が要望したとおり、ライブ形式で公開することになったのだ。
はっきり言って演奏に自信がない春太は、事前収録で公開してほしいと本気で思っている。
だが、晶穂はこの曲だけはライブで世に出したいと望んだ。
ならば春太もキラも反対はできない──この曲は晶穂がよみがえらせ、晶穂が歌い奏でるのだから。
ステージの前にカメラが三台置かれ、撮影スタッフがリアルタイムで映像を切り替えていく。
配信開始時間は決められ、SNSなどでも既に告知してある。
「行きます」
晶穂は、そう短く宣言した。
配信開始時間は決まっているが、多少のズレはOKということになっている。
いつでも、晶穂のタイミングで始められるのだ。
晶穂がドラムのほうを振り向き──
ドラムのキラがスティックでカウントを出して、晶穂と春太が演奏を開始する。
天井の照明が、なにもないステージを光で彩る。
ギターが鳴り響き、春太のベースとキラのドラムがリズムを刻む。
「……………………………っ!」
晶穂は叫ぶ。
本来、静かな曲だった『Lost Spring』は晶穂のアレンジによって激しい曲へと生まれ変わっている。
そう、晶穂のボーカルは歌というより叫びだ。
その叫びはあまりにも高く激しく、絶叫といったほうがいい。
春太が冷や冷やしてしまうほど。
晶穂の心臓が止まるのではないかと、本気で心配になるほどに。
いや、晶穂の叫びが凄まじすぎて春太の心臓のほうが止まってしまいそうだ。
春太はコーラスまで任されているが、素人が力任せにがなっているだけの声など晶穂の声量にかなうはずもない。
中学時代はバスケ部にいて、大声を出すことにも慣れているのに。
晶穂はギターも負けずに激しくかき鳴らし、春太はついていくだけで精一杯だった。

キラは危なげなくついていっているが、実は必死なのかもしれない。
それほどまでに晶穂の歌もギターも突っ走っている。
いつものマイペースでクールな晶穂はどこへ行ったのだろうか。
ビリビリとスタジオの空気を激しく震わせ、晶穂は心臓を鷲摑みにしてくるような叫びを上げ続けている。
どこにもない春を探しにいこう
これは二人の少女が、希望を託した歌。
未来が見えなかった少女たちが、自分たちには春などない、青春もなにもあったものじゃないとヤケになって歌った曲。
だが、きっと晶穂は違う──
春太は、晶穂の歌はオリジナルの曲とは違うと確信している。
晶穂は生きるために歌っているのだ──
生き続けてやると、その心臓を激しく脈打たせて絞り出すような声で歌っている。
春太は、晶穂がライブでの配信にこだわった理由がわかった気がした。
この強烈なパフォーマンスは、何度でも録り直し可能な状況では決して生まれない。
今この瞬間に生まれる声で歌うからこそ、晶穂の歌は〝生きるための歌〟として視聴者たちに届いてくれる。
なんの根拠もないが、春太にはそう思えてならなかった。
どこにもない春を探しにいこう
居場所のない僕ら辿り着こう
きっと、俺たちの春は見つかる。
山吹翠璃と月夜見秋葉、この曲を生んだ二人にも晶穂の歌は届く。
春太は必死にベースを奏でながら、涙をこらえながら──そう思った。
「おお……!」
「マジか……?」
無事に学年末試験も終わり、ようやく春太たちの周囲も落ち着いて。
そして、『Lost Spring』のライブ配信から三日後──
「ハ、ハル……あたしの見間違いじゃないよね?」
「あ、ああ……落ち着け、晶穂。まだ慌てるような段階じゃない」
春太と晶穂は、テーブルの上に置かれたノートPCの画面を見つめている。
特に晶穂のほうは、顔が画面に当たりそうなほどだ。
「まさか、こんなにハネるとは……まだ数字伸びてんぞ。しかもリアルタイムで」
「ああ、あたしもう見てらんない、逆に」
「なんの逆だよ。いや、こんなの二度と見られないかもしれないぞ。見とけ、見とけ」
「えぇ~……」
晶穂は、一度顔を離しつつも、ちらちらとノートPCの画面を見てはいる。
ここは、晶穂が契約している芸能事務所〝ネイビーリーフ〟の打ち合わせ用スペース。
初めて春太が晶穂とともに事務所を訪ねたときにも通された場所だ。
春太たちは、スペースのテーブル前に座り、事務所の備品であるノートPCでAKIHOチャンネルの登録者数を確認しているのだ。
「まさか、こんなあっさり十万人を超えるとはな……」
「ついこの前まで一万を超えて喜んでたのに。あたし、騙されてない? もしくは事務所がお金で登録者数を買ったとか?」
「そんなもん買えるか!」
多少なら、金銭で登録者を増やすことも可能かもしれない。
だが、十万という数は不正でどうにかすることは難しいと春太は思う。
実際、U Cubeでは登録者数が再生数にも大きく影響するし、その再生数次第でU Cuberが得る収益も変わってくる。
本気で不正をするなら、収益を上回る支出が必要になるのではないだろうか。
春太はそこまで動画配信の仕組みは理解していないのだが。
「でも、『Lost Spring』がここまでハネるなんて、さすがの晶穂さんも想像もしなかったよ……」
「想像できたヤツはいないよ。俺も含めて」
春太も、ごく稀に短期間で大きく再生数が伸びる動画があることは知っている。
それでも、まさか身内が上げた動画がそうなるとは──
AKIHOチャンネルでライブ配信された『Lost Spring』。
がらんとしたなにもないステージで晶穂が歌いながらギターを奏で、メンバーであるリズムユニット〝アオザクラ〟の出番は最小限。
曲自体のデキの良さと、晶穂の命懸けで歌っているかのようなパフォーマンスを前面に押し出した映像が、効果を発揮したらしい。
「『Lost Spring』、もう百万再生を超えてるもんなあ。信じられねぇ」
「バズって怖いよね」
晶穂は他人事のように言っているが、実際に一度数字がゴソッと動いてから、爆発的に伸びていく状況は怖くもある。
「青葉さんがSNSで宣伝してくれたし、青葉さんのコネでモデルさんとかミュージシャン、有名U Cuberも紹介してくれたのも大きいよな」
「あたし、わかったよ……人は一人では生きられないってこと」
「悟るな悟るな」
晶穂は半分冗談、半分本気なのだろう。
実際、『Lost Spring』が良い曲でも、晶穂が登録者数百人のU Cuberで事務所と契約していないフリーの身だったら──
まず、ここまでの結果は出なかっただろう。
晶穂が積み上げてきたものがあってこその十万登録突破、百万再生突破なのだ。
「ああ、待たせてしまったな、AKIHOちゃん、サクハル」
打ち合わせ用スペースに現れたのは、セミロングの黒髪に銀のメッシュが入った美女──
青葉キラは、この芸能事務所ネイビーリーフ所属のモデルにして、事務所社長の孫でもある。
「とにかく、おめでとう。『Lost Spring』は良い曲だと思ったが、こうも派手にバズるとは思わなかった」
「いえ、キラさんたちのおかげです」
非常に珍しいが、晶穂が殊勝なことを言っている。
さすがにマイペースな晶穂でも、この現実離れした状況では別の人格くらい出てくるらしい。
「ははは、実は事務所のみんなも興奮してるんだ。U Cuberを何人かプロデュースしてるが、ここまで派手にハネたのは君たちが初めてだからね」
「あの、もっと『Lost Spring』を押し出すことってできるでしょうか?」
これまた珍しく、晶穂がおずおずと切り出した。
春太へのズバズバした物言いとは別人のようだ。
「バズった動画はシンプルな映像で出しましたけど、ストーリー仕立てのMVとか、お客さんも入れたライブ版とか、あと世界に向けて英語版とか。ハル、あまり英語が得意じゃないので訳詞には時間がかかるかもしれませんけど」
「俺が訳すのか!?」
なにをさらっと巻き込んでるのか、と春太はぎょっとする。
英語は苦手ではないが、歌詞を丸ごと英語でとなると話は違う。
「ウチらの曲なんだよ? 人に歌詞を任せるわけにはいかないでしょ」
「ぐっ……わ、わかったよ」
実は春太も晶穂も『Lost Spring』が、翠璃と秋葉のどちらが作詞、作曲を担当したのか知らない。
父もそれは知らなかったが、曲作りは翠璃と秋葉が二人で話し合いながら進めていたらしく、特に作業分担はなかったようだ。
晶穂が親たちの曲を生き返らせたのだから、春太もできることはやるしかない。
「曲の実作業についてはAKIHOちゃんとサクハルに任せる。それと、今AKIHOちゃんが言ったような企画は一通り進めるつもりだ」
「えっ!? い、いいんですか!?」
「当然だろう。もう祖父──社長にも話はつけた。予算もそれなりに大きい額が出せるはずだ。スタッフも事務所のツテを使えるだけ使う」
「トントン拍子すぎて、怖いくらいですね……」
晶穂らしくなさが極まった台詞だった。
春太もキラの話に驚いてはいるが、晶穂のリアクションに気を取られてしまうほど意外だ。
「ただ……」
「な、なんですか、キラさん?」
「AKIHOちゃん、MVやライブは事務所が主導して進められる。もう一つ、そうはいかない話があるんだ」
青葉キラは真剣に言って、顔の前で手を組み合わせた。
春太と晶穂は、思わず同じタイミングでごくりと唾を吞み込んでしまう。
「メイディ・ヴェルクからCDデビューの話が来てる」
「メ、メイディ・ヴェルク!?」
春太は、がたりと音を立てて椅子から立ち上がった。
音楽に詳しくない春太でも、その会社名は知っていた。
音楽制作会社の大手で、同名のレーベルで多くのCDを発売している。
「配信じゃなくて、是非ディスクで出したいという話だ。ただ、ハードルも高い。はっきり言うと、途中でポシャる可能性も大いにある。話を受けるかどうかは慎重に検討して──」
「受けます」
「えっ?」
晶穂が即答し、キラがぽかんとする。
今時はCDの販売は厳しいということは、音楽にさほど興味がなかった春太でも知っている。
大手レーベルとはいえ、簡単に大ヒットとはいかないだろう。
いや、大手だけに話が複雑になっていく可能性もある。
売り出し方にメーカーから注文がつくかもしれないし、晶穂の意向がどこまで通るかもわからない。
最悪、話が揉めに揉めて、晶穂が納得できない完成度で世に出てしまう可能性もあるのだ。
キラがそこまで説明しなかったのは、いきなり水を差したくなかったからだろうが……。
「いや、AKIHOちゃん? 一応、事務所も絡む話だから、詐欺を疑う必要はないが……別の会社からオファーが来る可能性もあるし、急ぐ話じゃないから時間をかけて考えてもいいんだぞ?」
「いえ、一番にオファーをもらったんですし、そこで進めたいです」
今度は、晶穂らしいきっぱりとした口調だった。
キラは少し戸惑った顔をしていたが、椅子にもたれて腕組みすると。
「私としてはゆっくり進めるのもアリだと思うけどな。それに……今言うのはなんだが、たぶんCDはそこまで売れない。ミリオンを連発していた時代とは違うしな」
「もちろん売れたほうが嬉しいですけど、そこはそんなに問題じゃないんです」
「……青葉さん、晶穂がこう言ってるので。お願いできませんか」
春太も、晶穂に口添えする。
決断するのは晶穂で、実際に段取りを組むのはキラだ。
春太には、ただ晶穂の決断を尊重するくらいしかできない。
「うーん、メイディ以上のメーカーはそうはないのも事実だな。そうだな、私が弱気だったかもしれない。メイディに賭けてみよう。いいかな、AKIHOちゃん?」
「望むところです」
晶穂は不敵に笑う。
そうだ、それこそが晶穂だ、と春太はなんだか嬉しくなってきた。
春太はほとんど傍観者になっているが、妙に満足してしまっている。
「ふふふ……」
「どうしたんですか、青葉さん」
春太は、腕組みしたまま笑い出したキラに不審な目を向けてしまう。
「AKIHOちゃんの気持ち、わかるなと思って」
「そういえば、キラさんも高校時代にバンドやってたんですよね」
「ん? 晶穂、どういうことだ?」
春太は首を傾げる。
晶穂とキラが二人だけでわかりあっているようだが、春太にはなんの話かわからない。
「単純な話だよ。音楽やってりゃ、一度くらいCD出してみたいって夢見るもんだから」
「ああ、そういう……」
なるほど、確かに俺には理解が及ばない。
春太はそう気づいて、苦笑してしまう。
「CDデビューって言われたら、ぱくーって食いついちゃうんだよ」
「私ももし高校時代のバンドに明け暮れてた頃にCDデビューの話が来ていたら、メイディどころか怪しげなメーカーでも目を輝かせて興奮してただろうな」
ははは、と青葉キラも笑っている。
音楽経験者にとって、CDデビューは本当に特別なことらしい。
「任せてくれ、AKIHOちゃん。さっきはああ言ったが、今時はスピード勝負だからな。良い条件で迅速にCDが出せるように契約をまとめてみせる」
「お願いします、キラさん」
晶穂が頭を下げたので、春太も慌ててそれにならう。
OKしてしまったら、契約に関しては晶穂どころか春太でも特にできることはない。
大人を信じて任せるしかない──
「任せてくれ。そうなると、事務所でもいろいろと態勢を整えないとな」
キラは目を閉じて、うーんと考え込み始める。
悩んでいるようでいて、どこか嬉しさを隠しきれない表情だ。
「あ、キラさん。契約でこっちが判断することとか、ハンコが必要になったらハルにお願いします」
「ん? うーん、判断はできればAKIHOちゃん本人が望ましいし、君は未成年だから保護者が必要だな。まず相談をするだけでも、家族のほうがいいんだが」
「大丈夫です。桜羽春太は、あたしの実の兄なんで」
「え…………?」
「…………っ」
キラが目を見開き、その美しい顔にぽかんとした表情を浮かべて。
春太は、思わず絶句してしまう。
まさか、こうもあっさり──重要なビジネスパートナーではあるが、個人的な付き合いはまだ浅い青葉キラに明かすとは。
「お、おい、晶穂……!」
「もういいでしょ。隠し事せずに生きていこうよ、お兄ちゃん」
「…………」
晶穂は本気で、自分が春太の妹である事実を明かしていくつもりらしい。
春太も決して反対ではないが……。
まだ覚悟ができていないのも事実で、戸惑うばかりだった。
「うーん、美味いっ! やっぱここのラーメンは最高だね」
「ああ、マジで美味いな。はー、あったまる……」
春太と晶穂は、事務所からの帰り道にラーメン屋に寄った。
前にも何度か来たことのある、学校近くのラーメン屋だ。
まだ夕方で、このあと雪季の美味しい夕食が待っているのだが──
気が抜けたら小腹が空いてきたという晶穂の発言により、軽く食事することになったのだ。
「でも、雪季は鼻が利くからなあ。晩メシの前にラーメン食ったことがバレたら俺もおまえもお説教だよ」
「たとえお説教をくらうとわかっていても、人生にはラーメンを食べなきゃいけないときがある……」
「おおっ、晶穂ちゃん! いいこと言うねぇ! ほら、煮玉子オマケだ!」
「ありがと、大将さん」
「いつの間にか名前知られてるんだな、おまえ……」
晶穂は、春太が知らないところでもこのラーメン屋に通っていたらしい。
そういえば、と思い出す。晶穂は〝一人でラーメン屋入れる系女子〟だった。
兄として食生活を管理したほうがよさそうだ。
晶穂はこれで大食いなので、塩分の過剰摂取には気をつけさせたい。
「つーか……晶穂、ここでよかったのか?」
CDデビューのオファーが来たお祝いも兼ねている。
最近、合格祝いや退院祝いと祝い事が続いているが、CDデビューの話も充分すぎるほど大きい。
このラーメン屋が美味しい店とはいえ、お祝いには不向きなのではないか。
「上等、上等。キラさんの話だとまだ油断はならないっていうし、本決まりになるまで慎ましくいこう」
「慎ましくねぇ……」
晶穂としては、話が上手くいかない可能性ももちろん考えているようだ。
派手に祝ったりしないのは、彼女なりの願掛けなのかもしれない。
「一応、本決まりになるまでは周りにも言えないしね。言えるとしたら、雪季ちゃん、トーコちゃん、雪季ちゃんの友達二人、松風くん、つらら、元カノさんくらいかな」
「多いな!」
それだけの人間に話したら、もう言いふらしているのと同じだ。
「大丈夫、大丈夫。みんな秘密を守ってくれる人ばかりだよ。もちろん、キラさんもね」
「それは……間違いないな」
CDデビューの話ではないことに、春太もすぐに気づいた。
青葉キラは春太と晶穂の血縁に驚きつつも、受け止めてはくれたようだった。
二人はラーメンを綺麗にたいらげ、大将にお礼を言って店を出た。
「うん、この腹具合なら雪季の晩メシも米一粒も残さずに食えそうだ」
「あたしもよく食べるほうだけど、ハルは大概だねえ。今はいいけど、太っちゃうよ?」
「松風なんか俺の二倍くらい食ってるぞ」
「松風くんは、毎日ドMかってくらい練習してんじゃん。カロリー消費がエゲつないでしょ」
「俺もストリートバスケでもやるか……」
「この大切な時期にベーシスト・ハウルが突き指でもしたら大事だよ」
「俺、『Lost Spring』以外はガチで弾く気ないからな?」
春太にしてみれば、今やもっとも大事な曲である『Lost Spring』こそプロのベーシストに任せたいのだが、晶穂のこだわりなのでそこだけはやむをえない。
「ハルは欲がないね。今や、AKIHOチャンネルは栄光への道が開かれてるっていうのに。メンバーでいれば富も名誉も思いのままだよ?」
「欲に目がくらむのは失敗フラグだぞ」
「欲望がなけりゃ、音楽では成功できないよ。バンドマンが音楽を始める動機の九十五パーセントは〝モテたい〟だからね、晶穂さん調べでは」
「大いに偏見が入ってそうな調査だな」
もっとも、否定はできない話だ。
男女ともにモテたいという気持ちはあって当然だろう。
「まー、ハルはもうモテすぎでJCハーレムまでつくっちゃったから、賢者モードに入れてるんだろうけどさ」
「人聞きが悪い!」
「そんなことより、あたしもう一箇所行きたいところあるんだけど」
「そんなことで済ませてほしくないが、まあ付き合おう」
今日はCDデビューの話が来ためでたい日だ。
多少は、晶穂を甘やかしてもいいだろう。
まだ寒い三月の街を二人で歩いて行き、春太はすぐにどこに向かっているのか気づいた。
「ただいまー」
「……お邪魔します」
到着したのは、月夜見家のアパートだった。
もちろん今もまだ契約したままで、晶穂の義父が家賃を払っている。
晶穂はほぼ毎日ここに来て、母親に線香を上げているようだ。
秋葉の死後に整理された居間には、遺影や位牌が置かれている。
春太が先に線香を上げさせてもらい、続いて晶穂も同じく線香を上げると。
「お母さん、今日はいい報告ができるよ」
手を合わせたまま、笑顔で秋葉の遺影に語りかけた。
「CDデビューの話、もらったよ」
「…………」
「どうだ、見たか! お母さんとハル母が叶えられなかった夢、娘と息子が叶えちゃったから! ふふん、悔しいよね!」
「報告が思ってたのと違う!」
まさか、亡き母に向かってマウントを取るとは思わなかった。
「ねぇ、ハル。あたし、なんでU Cube始めたと思う?」
「承認欲求に突き動かされたんだろ?」
「それもあるけどね」
晶穂はニヤリと笑ってから。
「音楽が好きで、今音楽をやるならライブハウスじゃなくて動画配信だから、U Cubeを選んだってだけ。けど、最終目的は──CDデビューだったんだよ」
「……なんでそれ、初めから言わなかった?」
「恥ずかしいじゃん……」
「…………」
確かに、夢を語るのは恥ずかしい。
それが真剣であればあるほどだということは、春太にもわかる。
だが、晶穂が本当の目的を語らなかった理由としては、意外な気がした。
「というより、LAST LEAFの目的って言ったほうがいいかな」
「秋葉さんと俺の母親の?」
「そう、お母さんたちはCDデビューを目指してたんだよ」
「……それも初耳だぞ」
「あの二人、体力的にライブは無理だからね。目指せ武道館ってわけにはいかなかったから」
「それは……そうだろうな」
春太の母も、晶穂の母も身体に問題を抱えていた。
五曲程度のミニライブならともかく、一時間も二時間も演奏し続けるのは難しかっただろう。
そうなると、自動的に夢すらも限られてくる──
それでも、母たちにとっては大切な夢だったのだろう。
「あたしは、お母さんとハル母の夢を継いだつもりだったから。CDデビュー、叶うならすぐにでも叶えたい。慎重にやってる暇はないよ」
「そうだな……それこそが晶穂らしい」
春太は、笑顔で頷く。
夢を叶えるために勢いで突っ走っていく。
クールに見えても熱い情熱を秘めていて、後先を考えずに走り抜けていくのが月夜見晶穂だ。
晶穂が前だけ見て駆けていく性格だからこそ、春太は彼女に惹かれたのだろう。
ただ──晶穂が後先を考えないだけならいい。
後がないから、焦っているとしたら……?
春太は、つい不吉な想像をしてしまう自分を殴りたくなってくる。
もちろん、そんな想像をしているなどと晶穂に話すことはできない。
「でも、もう少し早く夢を叶えてればよかったね」
「遅いってことはないだろ。秋葉さん、早すぎるって驚いてるんじゃないか?」
「まあ、ウチの母は素直じゃないからね。CDデビューの話をしても、『詐欺じゃないの?』とか『売れないならデビューしないほうがマシ』とか憎まれ口を叩いてたかも」
「秋葉さん、晶穂の憎まれ口の師匠だからな」
「なるほど、そういう捉え方もできるか。遺伝かもしれないね。怖いな、遺伝」
はは、と晶穂は軽く笑っている。
いや、笑っていたかと思うと──また手を合わせて母の遺影を見つめた。
「お母さん、お母さんとお母さんの親友の曲のおかげだよ。やっと二人の夢が叶うよ。ここからは、あたしが頑張るから。あたしが新しい夢を見るからさ」
「…………」
春太は黙って、晶穂の肩を抱いてやった。
彼にはこのくらいしかできないが、今はこうする以外に選択肢はない。
晶穂も、春太のほうに身を寄せてきて──わずかに身体を震わせていた。
まだ、晶穂は母を失った悲しみから立ち直っていない。
当然だ、と春太は思う。
秋葉の死から二ヶ月ほどしか経っていない。
立ち直ってもおかしくないだけの時間ではあるが──
その間に、自分も母と同じ病気で倒れ、苦しんでいる。
悲しみが癒えるどころか、追い打ちをくらったような状況なのだから。
「大丈夫だよ、今のあたしには〝お兄ちゃん〟がいるからね」
「……そうだな」
晶穂が妹になったということは、春太が兄になったことも意味する。
わかりきった当たり前のことではあるが、春太はその事実を意図的に言い聞かせなければ、まだ実感が持てない。
「でもさあ、ハル。ちょうどいいから、今のうちに言っていい?」
「ん?」
「あたしは妹になったし、ハルのカノジョじゃなくなったけどさ」
「ああ」
晶穂は顔を上げ、潤んだ瞳を春太に向けて──
「ハルがカノジョをつくっていいかどうかは別問題だよ?」
「…………」
CDデビューの話が来て、亡き母たちの夢に向かって動き出し、晶穂は自身の夢を描き始めている。
だからといって、まだハッピーエンドというわけにはいかないらしい。
今、桜羽春太はカノジョがいない身になった。
雪季はもちろん、春太の周りの女子たちにとっても聞き捨てならない話なのかも──
春太は、少しばかり寒気を感じていた。