「雪季ちゃーん、高校合格おめでとおおおおおっ!」
ギャギャーンッと、晶穂がエレキギターを激しくかき鳴らす。
アンプから鳴り響く音に、春太は思わず耳を塞いだ。
「おい、晶穂! 音がデカすぎる! もうちょい抑えろ!」
「はいはい、まったくロックじゃないんだから、ハルは」
晶穂は、やれやれと呆れつつアンプの音を調整する。
「今のは開幕だから派手にヤっただけ。桜羽家が騒音で訴えられたら悪いからね」
「いいえ、晶穂さんありがとうございます。今のお祝い、心に響きました」
雪季も晶穂のテンションに影響されたのか、おかしなことを言って頭を下げる。
ここは、桜羽家のリビング。
今日は昼から、〝雪季の合格祝い〟が開催されている。
いや、合格祝いは何度も開催済みなのだが。
合格の直後に、今は実家に帰っている透子もまじえて桜羽家で開催されたのが最大のものだっただろう。
その後、雪季の二人の親友、氷川流琉と冷泉素子の二人も無事に受験に合格してから、この三人での合格祝いもあった。
その際は、当然のように春太も参加している。
そして、本日は合格祝いに加えて──
「晶穂さんもおめでとうございます……でいいんでしょうか?」
「いいんじゃない? 退院、マジめでたいし。もう素材の味を活かしすぎた料理ともおさらばだし、いつでも好きなときにシャワー浴びられるし、シャバの暮らしは最高だぜっ!」
じゃじゃーんっ、と再びギターをかき鳴らす晶穂。
音量を抑えていても、それなりにうるさい。
「まあ……確かにめでたいな。晶穂もおめでとう」
「雪季ちゃんのついでに祝ってくれてありがと、ハル」
「お、おまえなあ……」
「ジョーク、ジョーク。今日は三人だけの内輪のお祝いなんだし、仲良くやろう、仲良く」
「はいはい。でも、二人ともその格好は……」
「いいでしょう、お兄ちゃん♡」
「ちょっと恥ずいけど、悪くないかも?」
ソファに座っていた雪季が立ち上がる。
今日は長い茶髪を二つのお団子に結び、赤を基調としたチャイナドレス姿だ。
スカート部分はかなり短く太ももがあらわな上に、深いスリットまで入っている。
ただ普通に立っているだけで、パンツが見えてしまいそうだ。
胸もぴったり布地が密着していて、中学三年生にしては大きなふくらみが強調されてしまっている。
「ああ、可愛いな、雪季。そういうのも似合うんだな」
「ふへへ♡」
兄にストレートに褒めてもらい、雪季は満更でもなさそうに笑う。
「おいおい、こっちも見てもらわないと。あたしも恥を忍んでこんなカッコしてんだから」
「意外だよなあ……」
晶穂は、黒を基調にしたフリフリのゴスロリドレスだ。
こちらもふわっと広がったスカートは短く、太ももがあらわ。
しかも肩から胸にかけて肌が剝き出しで、小柄な身体に似合わない大きすぎる胸の谷間がくっきり見えている。
「言っとくけど、雪季ちゃんのご希望だから。なんなら、雪季ちゃんに引っ張って行かれて買ってきたから」
「別にそんなところ主張しなくても」
実際、晶穂のキャラクターには合わない。
春太もそろそろ晶穂と出会ってから──実は再会だったのだが──一年近くになるのに、私服のパターンはあまり見た覚えがない。
晶穂は夏でも冬でもだいたいパーカー姿で、下は短いスカートかホットパンツをはいている。
上着を着るにしても、スカジャンなどボーイッシュなデザインを好むようだ。
そんな晶穂には、フリフリヒラヒラのゴスロリドレスは──
「確かに、気は確かなのかと思いはするけどな」
「確か、をかぶせてまでディスってきたね、こいつ」
じろり、と晶穂がジト目を春太に向けてくる。
「でも晶穂、小さいし、意外と似合ってるんじゃないか?」
「小さいは余計だよ。デカくても着れるでしょ。そういうわけで、次は雪季ちゃんがゴスロリ着てみたら?」
「長身でも似合うと思うんですが、私はそういう派手すぎるのは苦手で……」
「おい、この子の兄貴。自分が嫌なものを人に着せてるよ、あんたの妹」
「雪季はファッションには妥協しないからな。晶穂には似合うと思ったから着せてるんだろ」
「さすがお兄ちゃんです、よくわかってます」
雪季がニコニコと笑う。
「あ、晶穂さん、写真は何枚まで撮ってOKですか? あと、SNSにアップするのは事務所的に大丈夫でしょうか?」
「あたし自身の許可がスルーされてない?」
そう言いつつも、晶穂は雪季にスマホで撮られるままにしている。
こんなゴスロリ服を着た以上は、雪季に撮影されることはとっくに承知していたのだろう。
「は~、満足です……って、お兄ちゃん、晶穂さん! お料理が冷めちゃいます!」
「いや、俺は気づいてたが」
「あたしも。まあ、雪季ちゃんが満足いくまで好きにすればいいと思ったし」
「……お兄ちゃんだけじゃなくて、晶穂さんまで私に甘いですね?」
雪季は、戸惑った苦笑いを浮かべている。
その雪季がつくった料理が、リビングのテーブルにずらりと並んでいる。
餃子に麻婆豆腐、回鍋肉、八宝菜、春巻、エビチリ、焼きそばに炒飯まで。
三人ではとても食べきれない量の中華料理だった。
雪季は本日のメニューに合わせてチャイナドレスを着ている──いや、チャイナドレスを着たかったので、それに合わせて中華料理にしたのだろう。
「あたしもハルも中華好きだしね。雪季ちゃんが引っ越していなくなってた隙に、よく二人きりでラーメン食べに行ったもんだよ」
「なるほど。お兄ちゃん、そのあたり詳しく」
「ま、待て待て、人聞きが悪い。ホントにただラーメン食いに行っただけだろ! それより、マジで冷めるから食おう」
「ごまかされた気もしますが……そうですね」
「「いただきます」」
春太と晶穂が同時に言って、箸を手に取った。
「うん、美味い。この餃子、まだ熱々だな」
「この回鍋肉ってあたしが全部食べていいんだっけ?」
「おいおい、許可もらう前に肉をごっそり持っていくな!」
晶穂は菜箸で、回鍋肉を肉多めで自分の皿にたっぷりよそっている。
「あ、そうでした。回鍋肉は晶穂さんがお好きかと思って、もう一皿つくってあったんです。持ってきますね」
雪季は立ち上がって、ぱたぱたとキッチンへ向かう。
「さすが雪季ちゃん、気が利くね。あたし入院で瘦せちゃったし、たくさん栄養とって、もっとおっぱいも育てないと」
「ふーん」
「ハル、もっと反応しろ! あたしのおっぱいなんてもう飽きてるのかもしれないけどさ!」
「だから人聞きの悪いことを言うな!」
春太は雪季が聞いていなくてよかった、と密かに安堵する。
「ただ、あんま食いすぎるなよ。食べ残しても雪季は気にしないから」
「大丈夫、大丈夫。せっかくのパーティーなんだし、今日くらいは気にせずに食べないと」
「退院してから、あんま節制してるようにも見えないけどな……」
「でもマジで体力つけたほうがいいんだよ。雪季ちゃん、味付けとか抑えてくれてるみたいだし、大丈夫じゃない?」
「なんだ、気づいてたのか」
春太も八宝菜を食べつつ、頷いた。
間違いなく美味いが、以前の雪季の味付けよりも優しい味になっている。
「ま、食べられるうちに美味しい物食べとかないとね」
「……おい」
「なんてね。ほら、お母さんだって普通に寿司食ってお酒吞んでたじゃん。あたしら、食事はそこまで制限ないんだよ。晶穂さんはまだ成長期だし、栄養とらないと」
「成長期ねぇ……」
春太は、晶穂をじぃっと眺める。
身長は確かに低いが、胸は充分すぎるほど大きいので栄養は足りている気もする。
「なんか言いたいことありそうだね。いいよ、今日はめでたい日だし、広い心でなんでも受け入れてあげよう」
「まあ、晶穂は実際、割と寛大だけどな……」
そこは春太も認めざるをえないところだ。
カノジョとしては、浮気も相手によっては多少認めなくもないらしい。
寛大すぎて怖いくらいだが。
「はーい、お待たせしました。回鍋肉の追加と、たまごとわかめのスープもありますよ」
「まだ追加があるのか。雪季、大変だっただろ?」
そこに料理を持って戻ってきた雪季に、春太は思わず呆れてしまう。
「せっかくのパーティーですから。目一杯腕を振るいました! 晶穂さんの退院祝いがメインですし。パパも材料費、どっさり渡してくれましたし!」
「雪季に甘いのは俺と晶穂だけでもないな」
父は、血の繫がりがない雪季を、実の息子である春太以上に可愛がっている。
「追加の回鍋肉、いただき!」
「あ、待て晶穂! そっちは俺のだろ!」
「もー、ケンカしないでください! みんな仲良くですよ!」
一番年下の中学生女子が、高校生男女をたしなめている。
情けない光景だった。
仕方なく、春太と晶穂は公平に料理を分け合い、しばらく我を忘れて食事を楽しんだ。
「ふぅー……めっちゃ食ったな……」
「お兄ちゃん、本当にすっごい食べましたね……私、いくらなんでもつくりすぎたと反省してたんですけど。私の反省、返してもらえます?」
「そんな形のないものは返せないな。いや、でも美味かった」
リビングのテーブルを埋め尽くすほど並べられた料理は、ほとんどがなくなっている。
「ホント、食べすぎだよね。ハル、さすがに太るよ?」
「晶穂には言われたくねぇなあ」
もちろん、料理を春太が一人でたいらげたわけではない。
晶穂も春太に勝るとも劣らない量を胃に収めている。
「あっ、雪季は大丈夫だったか? 足りたか?」
「私、お兄ちゃんたちの半分も食べてませんけど、お腹いっぱいですよ。チャイナドレスがちょっとキツくなってきたくらいです」
雪季は身体に密着したチャイナドレスのお腹を撫でている。
「まー、ハルはね。食欲と性欲を同時に満たせてるわけだからね」
「性欲は満たしてないだろ!」
春太は食事を楽しんだだけで、変なことはしていない。
チャイナドレスとゴスロリドレスの美少女を眺めながらの食事が、楽しくなかったと言えば噓になるが。
「さて」
「どうした、晶穂?」
晶穂が、ごくごくとお茶を飲み干し、コップをテーブルに置いた。
「せっかく三人揃ってるんだし、あたしがメインらしいから、言いたいこと言っていい?」
「……なんだ」
春太は、ごくりと唾を吞み込む。
晶穂からは、彼女が倒れて入院する前に〝雪季との一夜〟の件で責められている。
その後、晶穂と険悪な関係になったわけではないが──あの件が終わったとは思っていない。
「雪季ちゃん、ハルとヤったね?」
「…………っ」
ぼっ、と雪季が真っ赤になる。
「お、おい、晶穂。そんなストレートな……!」
「ボカしてもしゃーないでしょ。ああ、雪季ちゃん、ハルが吐いたっていうか、あたしがなんとなく察しただけだから」
「そ、そうなんですか……」
雪季は真っ赤になったまま顔を伏せてしまう。
派手な陽キャに見えても雪季は恥ずかしがりで、性的な話は大の苦手だ。
「それで、どうなの? ハルには確認したけど、一応雪季ちゃんにもね。あたしには、確認する資格、あると思うから」
「はい……あると思います」
雪季は、こくりと頷いて。
「その、お兄ちゃんと……受験の前の夜に……その……」
「はい、そこまで。オッケー、よく頑張りました」
晶穂は、ぱんと手を打ち合わせて雪季を制した。
「あたし、そこまで悪趣味じゃないから。雪季ちゃんにみなまで言わせないよ」
「あ、晶穂さん……」
「…………」
いや、ほぼ全部言わせたみたいなもんだろう、と春太は思ったが、口は挟めない。
「一応、まだあたしがハルのカノジョなんだよね。別れた覚えはないから」
「……ああ」
そこは春太も認めるしかない。

晶穂が腹違いの妹だとわかってからも、ズルズルと数ヶ月も経ってしまった。
ただ、晶穂との関係が壊れるのが怖くて、引っ張ってきた春太の責任だった──
「ごめんなさい、晶穂さん! 私、晶穂さんがまだお兄ちゃんのカノジョで、お兄ちゃんのこと好きだってわかってたのに! 私が悪いんです、私がお兄ちゃんを誘ったんです!」
「ま、待て、雪季。そこまで言わなくていい。俺が一番悪いに決まってるだろ」
「ハルこそ待ちなよ。男だからとか年上だからとか、そんなことを理由に、現実を無視して一人で責任を背負い込まないように」
晶穂が腕組みして、じろりと春太を睨んでくる。
「そうだね、雪季ちゃんが言ったとおりなら、ハルより雪季ちゃんのほうが悪い。ハルが流されやすいことも、雪季ちゃんなら知ってただろうしね」
「はい……ごめんなさい、晶穂さん」
「わかった、許そう」
「えっ!?」
ぺこりと大きく頭を下げていた雪季が、大慌てで顔を上げる。
春太も思わず、晶穂の顔をじいっと凝視してしまう。
その晶穂は真面目そのものの顔をしていて、冗談だと笑い出したり、逆に「そんなわけない」と怒り出す様子もない。
「謝ったなら許すよ。ハルには言ったけど、あたしは寛大なんだよ」
「か、寛大すぎませんか……? 私、お兄ちゃんをね、寝取り……みたいな……」
「えぇー……雪季ちゃんみたいな可愛い子が寝取るとかそんなワード、口に出してほしくないなあ。あたしの天使なのに」
「おまえ、本格的に雪季を妹だと思ってないか?」
春太は雪季を妹と思ったり思わなかったりとブレてきたが、妹を取られるとなると複雑な思いがしなくもない。
「あたしは、現実を受け入れることにしたんだよ。心臓ヤバくなって倒れて、現実逃避してる場合じゃないって気づいたから」
晶穂は腕組みを解き、自分の胸に触れる。
「だから、まずはこれを言わないと。あたしとハルがずっと受け入れずにきた現実を、はっきりさせないとね」
「な、なんだ?」
「ハル、別れよう」
「…………っ!」
春太は、ソファから立ち上がってしまう。
別れはいつか、必ず訪れることはわかっていた。
春太と晶穂は、血が繫がった兄妹なのだから。
歪な関係をずっと続けてきたが、それはどちらかが現実を受け入れれば終わることもわかっていた。
先に、晶穂のほうが現実に戻ることを決めたのだ──
「まず、あたしはクラスメイトの晶穂さんに戻るよ」
「ま、待て。クラスメイトって……それだけじゃ済まないだろ」
「そう、あたしたちはただのクラスメイトでもいられない。ハル、あたしに上着をかけて、言ってくれたよね」
「え?」
春太は立ったまま、小柄な少女を見下ろす。
「晶穂は妹だ──って。あの言葉のおかげで、あたしは死なずに済んだのかもしれない」
「……聞いてたのか」
「うっすら聞こえた程度だけどね」
公園で倒れていた晶穂に、春太は確かにそんな言葉をかけた。
雪季もまた、すぐそばでその言葉を聞いていた。
証人付きの、ごまかしようがない──ごまかすつもりもない言葉だった。
「いや、俺はなにもしてない。おまえ、あのときの発作はたいしたことなかったんだろ」
「発作が軽く済んだのはハルのおかげだって思うことにしたんだよ。ううん、ハルじゃなくて──お兄ちゃんのおかげだって」
「…………晶穂さん」
雪季もまた、複雑そうな顔をしている。
自分以外の人間が、春太を兄と呼ぶことになんとも思わないはずがない。
「って、ちょっと余計なこと言いすぎたか。せっかくのパーティーなのにね」
晶穂は明るく笑い出したが、春太は笑える気分ではない。
もちろん、雪季も笑わなかった。
晶穂が明確にカノジョでなくなり、妹になろうとしている。
これは春太、雪季と晶穂の三人の関係で──あまりにも大きすぎる変化だった。
三人の間を大きく分かつ、深い亀裂が入ってしまったような──
春太は、そんな気がしてならなかった。
「やっぱり、ちょっと狭くないか?」
「しゃーない。あんたがデカすぎんだよ、ハル」
「そんなこと言われても」
パーティーの後片付けが済み、三人とも入浴も済ませて。
春太は、晶穂とともに雪季の部屋にいた。
あまり広いとも言えない部屋で、雪季のベッドの他に、床に布団が一つ敷いてある。
「あんたはでっかいけど、あたしはちっさいからちょうどいいでしょ」
「プラマイでちょうどいいって感じじゃないぞ。完全に俺、はみ出してるだろ」
「でも、ハルと雪季ちゃんを一緒に寝かすわけにもいかないじゃん。あたしは妹だからいいけど。妹だから」
「……晶穂さん、私を挑発してますか?」
ベッドの上に寝転んでいた雪季が、じぃーっとジト目で晶穂を睨んでいる。
この部屋の主である雪季が自分のベッド、床の布団に晶穂と春太。
三人で〝枕を並べて寝る〟ということになってしまった。
春太は、正直なところ居心地の悪さを感じている。
晶穂は春太とはっきり別れて妹になり──
雪季とは兄妹ではありえない一線を越えてしまった。
この関係の二人と同じ部屋にいて、ぐーぐー眠れるほど神経は太くない。
「……なあ、やっぱ俺は自分の部屋に戻っていいだろ?」
「ダメ」
「ダメです」
晶穂と雪季が、同時にきっぱり拒否してくる。
どうやら春太は逃げられないらしい。
妹だった少女と、妹になった少女は、二人揃ってテンションが上がっているのではないか。
パーティーのあととはいえ、危うく修羅場になりそうだったのに、ハイテンションでいられるというのも妙な話だ。
「パパはもう寝ましたし、なんの心配もいりませんよ」
「それはそうだけどな……」
今夜は父も帰宅しており、雪季が残しておいた材料で手早くつくった中華を美味そうに食べていた。
満足して早くも寝床に入ったようで、二階のことは気にしないだろう。
父とは一度腹を割って話し、雪季と晶穂のことは完全に春太に任せたようでもあった。
実際、父が口出しする問題でもなくなっている。
晶穂にとって、遺伝的な意味での父が誰か、という点はあまりたいした問題ではないようだから。
「布団からはみ出して寝るのは寒そうだなあ……まだ夜は冷えるぞ」
「お兄ちゃん、やっぱり私のベッドに来ますか? 実はこのベッド、セミダブルですよ?」
「え、そうだったのか? 本当だ、なんかデカいな」
春太はがばりと起き上がって、雪季のベッドをあらためて眺める。
雪季が一度引っ越し、また戻ってきてからこの部屋には普通に出入りしてきたが、気づいていなかった。
「つーか、ダメに決まってんじゃん。あたしは妹だから、一緒の布団に入っても許されるだけだよ?」
「普通、高一にもなったら兄貴と妹で同じ布団では寝ないけどな」
「どの口が言うの?」
「……すみません」
春太は高一の時点でも、まだ実妹だと信じていた頃の雪季とイチャつき、風呂にまで一緒に入っていた。
確かに春太がどうこう言えることではない。
「うーん……」
「なんだ、雪季?」
雪季がなにやら唸って、ベッドから下りて部屋を出て行った。
そうかと思うと、すぐに戻ってきた。
「どこ行ってたんだ、雪季……って、掛け布団持ってきてくれたのか」
「それでは寒いですよね。毛布も持ってきましたよ」
雪季は、春太の部屋に行ってベッドの掛け布団を持ってきてくれたのだ。
さすがに長年、世話焼き妹をやっていただけあって、気が利く。
「おー、雪季ちゃん、ありがと。これであたし、ぽっかぽかだ」
「おまえが独占する気か! だいたい、晶穂は寒がりじゃないだろ!」
晶穂は冬になっても、寒がりの春太から見れば正気を疑うような薄着で外をウロウロしていた。
「お兄ちゃん、晶穂さん、二人で仲良くお布団を分け合ってください。いいですね?」
「……はい」
「もしかして、雪季ちゃんがお姉ちゃんではないだろうか?」
春太は素直に頷き、晶穂は首を傾げている。
とりあえず、春太と晶穂は雪季に言われたとおりに二人で布団を分け合う。
春太としては、いくら妹になったといっても、雪季の前で晶穂と同じ布団に入るのはかなり気が引けるが……。
「そうです、それでおっけーですよ」
雪季はベッドの上から身を乗り出してきて、ぎゅっと春太と晶穂の手を握ってきた。
「おい、雪季。危ないぞ、ベッドから落ちる」
「いくら私でもそこまで運動神経終わってませんよ。じゃあ、こうします」
雪季はベッドから下りて、春太と晶穂の枕元にぺたりと座った。
それから、あらためて春太と晶穂──兄妹の手を握ってくる。
「少し──いえ、凄く複雑な気がするのは認めます。でも、同じくらい嬉しいんです。お兄ちゃんと晶穂さんが兄妹になってくれて」
「……認めてくれるの、雪季ちゃん?」
「二人は本当の兄妹なんですから。でも、私の許可が必要だっていうのなら──認めます」
「雪季……」
春太は雪季に手を握られたまま、身体を起こす。
晶穂も同時に、同じようにして起き上がり、布団の上に座った。
「きっとこれでよかったんです。これが本当の私とお兄ちゃん、晶穂さんの関係なんです」
雪季は、微笑んで──
だが、その大きな瞳は確かに潤んで、今にも涙がこぼれてしまいそうで。
「お兄ちゃん、晶穂さん。私、決めました。もう行ったり来たりはやめにします。私は、桜羽雪季を本当に卒業して、冬野雪季になります」
ぎゅっ、と雪季は春太の手を握る手に力を込めてきた。
春太はその手を握り返すことができない。
雪季が、まだなにか言おうとしていたから。
「私、雪風荘に引っ越します。桜羽家を出て、お兄ちゃんに守られるだけの自分をやめて、まずは妹じゃない雪季になります」
そう宣言した雪季の瞳から──
ぽろり、と涙がこぼれた。
そのまま、ぽろぽろと涙がこぼれて止まらなかった。
「……雪季。わかった、もうそれ以上言わなくていい」
「はい……」
春太は、雪季の涙をぬぐってやることもできない。
自分がなにかやれば、雪季が今まさに決めた覚悟を壊してしまうかもしれないから。
妹の、妹だった少女の決意を変えることはもうできない。
晶穂も黙って、雪季の手を握り締めるだけだった。
あの日、あの夜、公園のブランコで終わったはずの桜羽春太と桜羽雪季の、兄妹の時間はしばらくの延長期間を経て──
今度こそ、終わったのだ。