Part 01: ……ここはいったい、どこなんだろうか。見覚えがあるようでないような、奇妙な光景が目の前に広がっている。 ただひとつ確かなのは、私が「あの子」……梨花と向き合っているという事実だけだった。 梨花(高校生冬服): …………。 梨花は私を見つめながら、口元を引き結んでいる。ここまで固く険しい表情をした彼女を見たのは、いつ以来のことだろうか。 沙都子(高校生): ……っ……。 そして、この息が詰まるほどに張りつめた空気が満ちる中……私は、梨花からの返答を待っていた。 ……言葉では表現できない、複雑な想いが胸の内に渦巻いているのを感じる。 これは期待? 不安?それとも、全く別の何か――。 梨花(高校生冬服): 沙都子……。 と、自分でも収まりのつけられない感情を持て余していたその時……梨花が、口を開く。 そして、言葉を選ぶようにやや目を伏せてから顔を上げ、感情を殺した面立ちで告げていった。 梨花(高校生冬服): ごめんなさい。もうあなたとは、一緒にいられないわ。 沙都子(高校生): えっ……? あの、……梨花……っ? 言葉の意味がわからない……というよりも理解することを拒絶する感情が思考を打ち砕き、私は呆然とその場に立ち尽くす。 ……さっきから不思議に感じていることだが、いったいこれはどういう状況だ。なぜ梨花は私に謝った上で、別れを告げるのか……? 沙都子(高校生): ……ぁ……ぅ……。 全身から血の気が失せて、意識が遠のく。声を発しようにも喉が痙攣したように震えて、力が入らず息さえもまともに出てこない。 そして、実に間抜けなほど反応ができずに固まる私を一瞥してから、梨花は踵を返して……。 梨花(高校生冬服):            ――さよなら……。 ささやくような小さな響きながらもあまりに容赦なく冷たい言葉を鋭く放つと、梨花は私に背を向けて去っていった。 沙都子(高校生): っ……ま、待ってくださいまし、梨花っ!いったい何が、どういうことなんですの?! 困惑と混乱で頭の中が真っ白になっていたが、それでも反射的な本能だけで私は叫び……私は必死に梨花のあとを追いかける。 しかし、……ゆっくりとした足取りで進んでいるはずの彼女はずんずん離れて遠ざかり、どんなに呼んでも歩みを止めようとしなかった。 沙都子(高校生): 梨花っ……待って、梨花! 梨花ぁぁぁあぁっ!! 沙都子(私服): っ……はっ……?! 目を開けた途端、いっぱいに伸ばした手が天井に向けて突き出されているのが視界に入る。 乱れた鼓動が胸を激しく跳ね上げ、耳の奥には激しい反響。……汗で濡れた前髪が額に貼りついて、すごく気持ち悪い。 そして起き上がって周囲を見回し、目に映るのがいつもの我が家であることを確かめた私は……胸の中が空になるほど大きくため息をついた。 沙都子(私服): 夢、でしたのね……よかった……。 酷い内容だった。前後の状況や経緯の詳細は起きた瞬間にほぼ全部消えてしまったのに、衝撃的な印象だけが鮮やかすぎるほど残っている。 まさに、悪夢としか言いようのない代物だ。梨花が自分に別れを告げて、どこか遠くに去っていくだなんて……。 沙都子(私服): ……っ……! 切り取ったその一瞬を思い出しただけでも、ぞっとした戦慄が全身を駆け巡る。……額から頬を伝い、大粒の汗が流れ落ちた。 沙都子(私服): ……。そういえば、今は何時かしら……? 気を静めるつもりでわざと声に出しながら、私は壁時計を見て今の時刻を確かめる。 2本の針が指し示すのは、10時過ぎ……寝坊したのか、と思ってつい慌てかけたが、日めくりの赤い数字を見てすぐに緊張を解いた。 沙都子(私服): なんだ、日曜日でしたのね……ふぁ……。 口元にわき上がってきたあくびを噛み殺し、ふと隣に目を向け……おや、と動きを止める。 そこで寝ているはずの、梨花の姿がない。……布団は綺麗にたたまれ、玄関を見ると彼女の靴が一足なくなっている様子だ。 沙都子(私服): もう起きて、どこかに行ったのかしら……? だけどそれなら、なぜ自分に一言もないまま外に出ていったのか、違和感がこみ上げる。 と……そんな疑問のせいで先ほどの不安が再び鎌首をもたげたその時、玄関の扉が開いて羽入さんが中へと入ってきた。 羽入(私服): あぅあぅ沙都子、やっと起きたのですね。ずいぶんよく寝ていたのですよー。 そう言って彼女は、両手に持っていた大きな袋をよいしょ、と畳の上に置く。中にはぎっしりと、たくさんのみかんが入っているのが見えた。 沙都子(私服): えっと……羽入さん、それは? 羽入(私服): 知り合いにみかんをたくさんもらった、と魅音から連絡があったので、おすそ分けを受け取りに行ってきたのですよー、あぅあぅ♪ 沙都子(私服): そうでしたの。朝早くからご苦労様ですわ。ところで、その……梨花はどちらに? 羽入(私服): あぅあぅ……覚えていないのですか?沙都子にもちゃんと話してから、梨花は家を出ていったはずなのですが。 羽入さんは小首を傾げながら、屈託のない表情とつぶらな瞳で私を見つめてくる。 ただ……そう言われてもまるで記憶がない。羽入さんは嘘をつくような子ではないので、言われたことは確かなようだが……。 沙都子(私服): ……すみません。もしかしたら半分寝ぼけていたみたいなので、よければ教えていただけまして? 羽入(私服): わかりましたのですよ。梨花は今――。 Part 02: 日曜日なのに、分校の玄関は鍵がかかっておらず扉が半ば開け放たれていた。 沙都子(私服): …………。 授業もないのに学校を訪れて、若干の心地悪さを感じながらも私は、そこから中へと入る。 そして、廊下を通って教室に向かうと……いつもの談笑とは異なる類いに感じる話し声が少しずつ聞こえてきた。 梨花(私服): みー……なんだか、変な答えが出たのです。どこか計算を間違ってしまいましたですか? 一穂(私服): ううん、それであってるよ。この図形問題は、わざと長さと角度を本来とは違うものにしてるんだと思う。 菜央(私服): 正確な寸法だと、別に計算をしなくても定規や分度器を使って数値を出すことができるでしょ?そうさせないための引っかけ問題ってやつね。 梨花(私服): なるほど、わかりましたのです……。では、こっちの問題はどう解けばいいのですか? 美雪(私服): どれどれ。んー、これは……あれっ? ふいに顔を上げた美雪さんが、教室の外に立つ私に気づいて視線を向けてくる。それを受けて一穂さんたちも、こちらへと手を振ってみせた。 美雪(私服): おはよう……じゃなく、もうこんにちは、だね。結局キミも、ここに来ることにしたの? 沙都子(私服): あ、いえ……皆さんは、どうして分校に? 仕方なく教室に入りながらそう尋ねると、彼女たちはきょとん、とそれぞれ目を丸くしてこちらを見つめてくる。 なぜか梨花まで、怪訝そうな表情だ。……その反応に少し不快な思いを抱きつつ、私はさらに質問を繰り返していった。 沙都子(私服): え、えっと……日曜日だと、ここの校舎は施錠されているはずなので……どうやって中に入られたのか、と思いまして。 菜央(私服): 昨日の下校間際に、あなたにも話さなかった?梨花からの提案で、日曜日に勉強会をやろうって。 美雪(私服): まぁ、要するに自主的な補習ってやつだね。もちろん知恵先生たちの許可はもらって、鍵もこうして預かってるよ。 沙都子(私服): 勉強会……補習……? あぁ……やっと、思い出した。確か土曜日に算数の答案が戻ってきたのだけど、珍しく梨花の点数があまり良くなかったので……。 梨花(私服): 『次はもう、間違えないようにしたいのです。しっかり覚えたいので、協力してほしいのですよ』 そう言って梨花は、美雪さんたちに頼んで臨時の講師をやってもらうことになったのだ。 沙都子(私服): (その時に、私もどうかと誘われましたけど……あまり乗り気がしないので、断ったのでしたわ) ……なぜ、今まで忘れていたのだろう。勉強に関する話題だったから、自分でもよほど覚えておきたくなかったとか……? ともあれ、自分の拙い記憶力による勘違いだと合点した私は、多少ぎこちなさを残しながらも悪態まじりに話を合わせていった。 沙都子(私服): はぁ……ほんとに梨花は真面目ですわねぇ。休みの日まで、勉学に勤しむなんて。 沙都子(私服): 私は授業だけでも、お腹がいっぱいですのに。そこまで勉強に対してひたむきになれる姿勢は、とても真似ができませんわ。 梨花(私服): みー。でも、難しい問題が解けるとパズルやゲームみたいに、面白くなってくるのですよ。 沙都子(私服): ……共感できませんわね。勉強をそのように面白おかしく感じられるのは、成績のいい人だけの特権でしてよ。 梨花(私服): 沙都子……。 美雪(私服): まぁまぁ、そう決めつけなくてもさ。勉強を好きになるかどうかは、本人の興味がうまくそこで合致するかにかかってるからね~。 菜央(私服): それに、特権って言われるのはちょっと……ね。好き嫌いなんてみんな人それぞれなんだし、勉強を楽しめる人がいてもいいと思うんだけど。 不愉快そうにムッとする菜央さんの表情を見て、私は自分の失言を悟る。 ……どうも今日の私は、少し踏み込みすぎだ。言葉の毒が強すぎて、ただの悪口になっている。 沙都子(私服): ……すみません、さすがに言いすぎましたわ。梨花にも嫌な言い方をして、許してくださいまし。 梨花(私服): 大丈夫なのです、沙都子。ボクは全然気にしていないのですよ、にぱー。 菜央(私服): あたしも……ごめんなさい。以前テストでいい点数を取った時に、それと近いことを友達に言われたのを思い出しちゃって……。 笑顔を返す梨花に続き、菜央さんはそう言って申し訳なさそうに頭を下げてくれる。 もちろん、彼女が謝るいわれなんてない。言いがかりにも近いことを口にしたのは私で、それに抗弁するのは至極もっともな反応だ。 ……。ただ、ちくりとした痛みとともに思う。謙虚に非を認められるこの態度は、できる人の余裕から生じる「特性」ではないのか、と……。 一穂(私服): え、えっと……あの、沙都子ちゃん……? 沙都子(私服): つ……つい、お邪魔をしてしまいましたわね。私、そろそろ失礼を……、っ? そう言って一穂さんから離れようとした際……彼女の座る机に置かれた参考書らしき書籍が、視界の隅にちらりと映り込む。 その表紙には、『全国私立中学入試解説集』というタイトルが大きく目立つように記されてあった。 沙都子(私服): あの……一穂さん、そちらの本は……? 一穂(私服): あ、これ? ちょっと前に梨花ちゃんから、東京の私立中学の入試問題はどんなものか知りたい、って相談されてね。 一穂(私服): で、魅音さんにこれを手に入れてもらって勉強会のついでに持ってきたんだよ。 沙都子(私服): 私立中学……入試……っ? その言葉を聞いた途端……ぞわっ、と悪寒が全身を駆け巡って、戦慄を覚える。 まさか……まさか梨花は、この分校ではなく別の中学を受験するつもりなのか……?! 沙都子(私服): あ……あのっ、梨花……?ひょっとしてあなた、東京の中学にでも行くつもり……ですのっ……? 声を整えて平静を装いながら、胸の内で暴れる激しい鼓動と息苦しさを必死にこらえて、私は尋ねかける。 すると、梨花はあっさりと首を横に振り……「違いますのですよ」と笑顔で否定していった。 梨花(私服): 雛見沢と東京で、どれくらい勉強する内容が違っているのかを知りたくなっただけなのです。 梨花(私服): 思っていた通り、今のボクには全然歯が立たない難問だらけで……あれをなんなく解ける人たちはやっぱりすごいのですよー。 美雪(私服): んー、そうだね。高校受験を控える私でも、結構頭を抱える問題だらけで驚いたよ……菜央はどう、キミなら解けそう? 菜央(私服): 半分……いえ、30%くらいかしら。計算問題はまだしも、暗記問題とかになると習ってないところばかりだから、お手上げね。 菜央(私服): そもそもこのレベルの問題を解ける人たちって、小学校に入学した段階で受験を目指してるのが大半だから……東京でも一握りだと思うわ。 一穂(私服): そ、それでも菜央ちゃんは、一応少しは解くことができるんだ……すごいなぁ。 梨花(私服): みー。というわけなのでもちろん、ボクは沙都子たちと一緒に来年からも分校に通い続けるつもりなのですよ。にぱー♪ 沙都子(私服): そ……そうでしたのね?びっくりしましたわ……をっほっほっ……。 いつもの高笑いでごまかそうとしたけれど……あまりにも驚きすぎて、声がうまく出てこない。 まさか今の私の顔は、血の気が引いて真っ青な表情になっていないだろうか……?鏡が手元にないので、確かめようがなかった。 沙都子(私服): (……。あ、あれっ……?) 梨花が今言った台詞を、私は内心で反芻する。 彼女は、……間違いなく言った。「今のボクには歯が立たない」と……。 沙都子(私服): (だとしたら、「今」はそうだとしても手が届くようになるかもしれない「未来」を、梨花は目指そうとしている……?) ……消えかけた不安が、再び鎌首をもたげて私の首筋を冷たく撫でていく。 そんな思いを抱く私をよそに、梨花は一穂さんたちと一緒に勉強の話題で楽しそうに盛り上がっていた……。 Part 03: その後……梨花は確かに、宣言していた通り中学は#p雛見沢#sひなみざわ#r分校への進学を選択した。だから制服が変わった以外、同じ学校生活だった。 ……。でも、彼女が変わったのはむしろ学校が終わってからの過ごし方だ。遊ぶ時間が、めっきりと少なくなった。 足しげく図書館の自習室に通い、授業内容より難しい問題集と取っ組み合い……知恵先生たちへの質問も毎日のように行った。 家に帰ってからもひたすら予習に、復習。監督たちに頼んで都会の集中講習にも参加し、その熱心さは村でも評判になるほどだった。 そんな彼女の姿勢に、何かを感じたのか……あるいはただ寂しさに駆られて、同じ時間を一緒に過ごしたいという思いからか……。 私も、梨花と同じ道を進もうと決心した。ずっと前から誘われていたルチーアへの進学に、本腰を入れて取り組むことにしたのだ。 梨花(高校生冬服): 『……ありがとう、沙都子。あなたが一緒に来てくれると、とても心強いわ』 それを伝えた時の梨花の笑顔は、今でも忘れられない。本当に心の底から、嬉しそうで……。 だから、私は頑張った。受験勉強は難しくて本当に苦痛だったけれど、梨花のためなら耐えられた……我慢ができた。 その努力の末に、2人揃って合格を決めた時……かつての部活メンバーはみんな、大喜びで祝福してくれたものだ。 詩音さんだけは、さすがに心配しすぎだと苦笑いを覚えるほど口うるさく念を押していたが……それでも私の頑張りだけは、素直に褒めてくれた。 詩音: でも……沙都子。マジで合わないと思ったら、とっとと辞めて雛見沢に戻ってくるんですよ。 詩音: 逃げた卑怯者だの、落ちこぼれだの……言いたいやつには好きなふうに言わせたらいい。環境に合う、合わないは厳然と存在するんです。 詩音: それより、無理に自分を合わせようとして心を蝕まれるほうが厄介です。あんたの能力は、どこでだって伸ばすことができるんですから……。 沙都子(高校生): ……詩音さん……。 梨花(高校生冬服): くすくす……大丈夫よ、詩音。もし本当に苦しいって沙都子が言い出したら、その時は私も一緒に辞めるわ。 梨花(高校生冬服): 私にとって大事なのは、ルチーアに行くことじゃない。沙都子と一緒の学校で、一緒に頑張ることなんだから……ね? 沙都子(高校生): ……。ありがとうですわ、梨花。 梨花がそう言ってくれたからこそ、私は抱きかけた不安と心配を棚上げにして新生活に意識を向けることができた。 うん、……きっと大丈夫。梨花と一緒なら、どんな困難が目の前に立ちふさがったとしても……私は……。 …………。 でも……そうまでして入学したルチーアは、聞いてきた華やかなイメージとはほど遠いものだった。 毎日がひたすらに勉強、勉強、勉強の繰り返し。先生は授業を淡々と進めるけれど、わからない生徒がいても完全に置いてきぼり。 だから頑張って、頑張って、頑張って……理解しようとしても努力しても、苦しんで悩んでもそれが解消されることは決してない。 そして落ちこぼれた生徒に待っているのは、授業よりも過酷で苛烈な勉強漬けの日々……。 それは「補習」などという生易しいものではなく、まさに拷問に等しい苦行だった。 どれだけ続ければ終わるのか、全くわからない。目標もなくただひたすら、与えられた課題に取り組むことを強制される。 解き方もヒントもなく、行き詰まったら答えを見つけるまで拘束。……単語や年号、公式などは完全に暗記ができるまで書き取りの繰り返し。 もはやそれは、教育などではなかった。思考や感情を奪い、言動を機械のように無機質に落とし込んでしまう……まさに、洗脳だった。 ……最初の頃は、かなりの不満があっても実はいい方法があるのでは、と疑問を抱き、改善の道を探そうという意欲もわずかにあった。 そして、努力次第で展望も開かれる……だから頑張ろう、と何度も、何度も自分に言い聞かせようともしてみた。 だけど……そんな思いは一顧だにされず、無味乾燥な上意下達で画一化したやり方を求められるうちに……。 ……私の表情は虚無に染まり、心を絶望が覆い隠していった。 沙都子(高校生): 『私はどうして、ここにいるんですの……?』 娯楽どころか希望もなく、息の詰まる環境に追いやられてただひとつ残ったのは……自身の存在に対する疑いと、全てに対する嫌悪。 ひどく、惨めな思いだった。自分に対して価値や意味をなんら見出せず、まるで家畜以下のようにも感じられて……。 その一方で……学園の期待に適う優秀な人材は、実に寛大で恵まれた境遇を与えられた。 その中には、梨花の姿もあった。彼女は周囲に認められて価値ある者として扱われ、まるでお姫様のような扱いを受けていた。 女子生徒A: 今度、私たちのお茶会に来てください。あなたのような素晴らしい方とは、ぜひとも懇意な関係になりたいですわ。 女子生徒B: 古手さん。私たち、サロンを開いておりますの。有識なあなたにも参加してもらえると嬉しいわ。 ……たまに学園で彼女の姿を見かけると、取り巻きたちに囲まれて笑顔を浮かべる様子が目について……鼻にもついた。 ……話が違う。どういうことだ。梨花は私と、ずっと一緒にいてくれると言っていたじゃないか。 なのに、どうして彼女は私以外の誰かと一緒にいる? 私が独りぼっちで苦しんでいるのに、なぜ声もかけず関わろうとしてこない……? 梨花(高校生冬服): 『沙都子なら、きっとできるわ。私は信じているからね……』 時々顔を合わせて話をすれば、そんなことばかりを告げて、去っていく。 あぁ……なんてありがたくて憎らしくて、優しくてひどい言葉だろうか。 でも、私が求めていたのはそんな励ましじゃない。どんなに信頼されたとしても、嬉しくもない。 あの子に求めていたのは、もっと後ろ向きで……だけど私の心に寄り添った、ただ一言の……っ……。 …………。 それでも、私は頑張った。耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて。 朝も夜も、授業も放課後も休日もずっと耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え続けて……! ……。でも、ある日。ついに心が悲鳴を、あげた。 ……それが、限界だった。悟ったのだ。これ以上、ルチーアに居続けていたら私の心は壊れてしまう、と。 だから……一縷の望みを託して、私は梨花を呼び出した。 そして、告げた。「もうルチーアを、辞めたい」と。 ついてきてくれると、思っていた。以前の約束を守って、……でも……。 梨花(高校生冬服): 『……ごめんなさい、沙都子。私は、あなたと一緒にはいられない……』 そう言って梨花は……一応は苦渋の色を表情に浮かべて、私の提案を拒んだ。 ただ……その一瞬で、気づいた。気づいてしまったのだ。 彼女はおそらく、このやり取りが近い将来に起きることを想定して……この返答を用意していたのだと。 なぜ、それがわかった……と?聞くまでもないことだ! なぜならそれを聞いて、私がこんなにも動揺しているのに……! 梨花は全く表情を崩すこともなく、それどころか安堵にすら近い色を見せて声も震わせず、実に憎らしくて恨めしいほど落ち着いて……ッ! 梨花(高校生冬服): 『……さよなら、沙都子』 そう告げて、……彼女は去っていったからだ。 …………。 私はいったい、梨花にとって何だったのだろうか。 親友? 幼馴染……?それとも、それとも……ッ?! だけど、……その瞬間にただひとつだけわかったことがあった。 梨花は……約束を破ったのだ。私のことを最優先で考えるという、なによりも貴重に思っていたあの誓いを……ッ!! 沙都子(高校生): ――だからっ! 約束を破ったのはあなた!あなたが全て悪いんですのよぉぉぉッッ!! ……悲鳴が上がる。周囲で逃げ惑う生徒たちの姿が、視界の端で見えている。 今日は、新生徒会長の就任式。圧倒的な支持を集めて壇上で挨拶を述べていた古手梨花の姿は……もう、どこにも見えない。 なぜなら、彼女は……大量の鮮血の海に沈んで私の足元で事切れていたからだ――! 沙都子(高校生): あははははは……あっはははははははは!!! そう哄笑しながら、私は引き金を引き続けた。撃って撃って撃って撃ちまくって、殺して殺して殺して殺して殺し続けた。 私の存在を軽んずる者は、みんな死ねッ! 私を認めようとしない者は、みんな消えろッ! 他人を存分に踏みにじり、傷つけておきながら自分たちだけが高みに登ろうとするような薄情で傲岸な輩は、増上慢とともに逝けッ! そして……そしてッッ! 何も手に入れられなかったから……自分の願いが叶わなかったことを支離滅裂な逃げ口上にして、全てを壊して壊し続ける恥知らずな私は――ッッ!! 沙都子(高校生): ひひっ……ひひひひひひひひ……ひひゃははははははははははははははははは!!! その罪に等しい裁きを、わが身の全てに……ッ!! 梨花(高校生冬服): ……沙都子?起きてくださいなのです、沙都子……! 沙都子(高校生): っ……、ふ……ぁ……?! 梨花(私服): いったいどうしたのですか、沙都子?ずいぶんうなされていたようですが……。 沙都子(私服): ぇ……あの、……ここは……? まだ夢見心地を残したまま、私は左右に目を向ける。 夕暮れ時の、見慣れた分校の教室。確かここで梨花は、一穂さんたちと一緒に……? 沙都子(私服): えっと……一穂さんたちは……? 梨花(私服): みー、もう帰ったのですよ。聞きたいところは全て聞けたので、十分にほくほくなのです。 沙都子(私服): そう……ですの……。 達成感と充実感で笑顔を浮かべる梨花とは裏腹に、私の心はさらに暗く沈んでいく。 ……このまま梨花は、さっき見た夢のように新しい世界に向かって突き進んでいくのだろうか。 私たちのこと……私のことは過去の産物として、ここへ置いてきぼりにして……そして……。 沙都子(私服): っ、……あ、あの……梨花。私、あなたに……聞いてもらいたいことが……。 梨花(私服): みー。それはそうと沙都子、これを見てくださいなのです。 そう言って梨花は、私が声をかけるよりも早く手に持ったノートを広げて、私に見せてくる。 書かれてある内容は、算数の問題の解答例だ。でも、……あれ? 確か、それは……。 沙都子(私服): それって、私が先日間違えた問題……? 梨花(私服): はいなのです。美雪たちに、解き方の極意を事細かく教えてもらったのです。 梨花(私服): これをきちんとマスターしたら、沙都子も一緒に次のテストは怖いものなしなのですよ。にぱー★ 沙都子(私服): …………。 私は言葉を失ったまま、にこにこと嬉しそうな梨花の笑顔を……呆然と見つめる。 ……夢の中とは、違っていた。彼女は私を置いてきぼりにするどころか、一緒に歩もうとしてくれたのだ。 なのに、私は……たとえ悪夢での出来事とはいえ、梨花に対して……なんてことをっ……!! 梨花(私服): ……みー? どうしたのですか、沙都子? 沙都子(私服): っ……い、いえ……なんでもありませんわ。 沙都子(私服): そのノート……帰ったら写させてくださいまし。あと、もしよければわからないところを詳しく教えていただけると嬉しいですわ。 梨花(私服): もちろんなのです。そのつもりで美雪たちを質問攻めにしてきたので、どんとこいなのですよ。 沙都子(私服): ……っ……。 梨花の優しさを、ありがたいと同時にひどく申し訳なく感じながら……私はこみ上げてきそうな嗚咽を、必死に飲み込む。 ……そうだ、まだ早い。泣くのも絶望するのも、まだまだ先の話だ。 だからもっともっと、梨花と話をしよう。勝手に期待して、勝手に裏切られた気分になって最悪の未来を迎えないためにも……。 梨花(私服): 沙都子、そろそろ帰りましょうなのです。日が暮れると、商店街が閉まってしまうのですよ。 沙都子(私服): ……えぇ、そうですわね。夕食は私が、梨花のために腕を振るってみせますわ。 梨花(私服): みー、それは楽しみなのですよ~♪