Part 01: #p綿流#sわたなが#rしが開かれる、日曜日の夜。祭会場に出かける準備をしながら美雪は、あたしたちに奇妙な質問をしてきた。 美雪(私服): ……ねぇ一穂、それに菜央。キミたちは『タイムパラドックス』について、これまで考えたことってある? 菜央(私服): なによ、藪から棒に。そもそもあたしたちが「過去」にいるってこと自体が事実と矛盾してるんだから、当然意識してるわよ。 平成5年のあたしたちが、ありえない力によって過去である昭和58年にいる……この時点でもう、本来では「おかしな状況」が成立している。 当然、この状態を継続することは「未来」に対して改変などの影響をもたらす可能性があり……お世辞にも望ましいものとはとても言えないだろう。 美雪(私服): うん、そうだよね。……ただ、そういったリスクを冒してでも過去において何があったのかを突き止めたい。そのために#p田村媛#sたむらひめ#rは、私たちをここに送り込んだ。 美雪(私服): 私たちも、#p雛見沢#sひなみざわ#rを訪れた目的がほぼ同じってことで彼女……って呼んでもいいのかは微妙な感じだけど、あの神様の提案に乗ってここに来た。 美雪(私服): だけど……いや、だからこそ節目と思われる今夜の綿流しを前に、その「パラドックス」について心を決めておくべきなんじゃないかなって思ったんだよ。 菜央(私服): ……。確かに、その通りかもね。 いよいよ今夜は、村祭りである綿流しが開催され……その数日後に雛見沢大災害が起きて、村人の大半が命を落とすことになる。 これは偶然の一致なのか、あるいは何かの関与があってのことなのかは……これまで色々と調べてみたが、残念ながらあたしたちにもわからない。 ただ雛見沢の終焉が近づいてきた以上、今後の身の振り方はあたしたちの身を守るだけでなく……未来での矛盾した要素を解消するためにも、きちんと考慮すべきことでもあった。 一穂(私服): あの……「パラドックス」を意識するって、何のこと? そもそも『タイムパラドックス』はどういう状態のことを指して言ってるの? 菜央(私服): そうね。簡単に言うと、未来から過去に行った人がそこにあるものの状態を変えたり、干渉をしたりして未来への連続性が失われてる……ってことかしら。 一穂(私服): 連続性……え、えっと……? 美雪(私服): んー……菜央のそれは少し難しい言い回しだから、具体例を交えてわかりやすく話をしてみるとさ。 美雪(私服): たとえば、未来から過去を訪れた人が自分の生まれるきっかけになった父親と母親を結ばれないように仕向けたり……。 美雪(私服): あるいは極端な場合だと、片方を殺したりして元の世界に戻った時、自分の存在はなかったことになるんじゃないか……ってことだよ。 菜央(私服): タイムトラベルものを扱ったSFの物語とかで、よく言われてきた矛盾点よね。 菜央(私服): そのあたりのことをどうごまかすか、あるいはうまく理由づけできるかで作家の技量が問われるわけなんだけど……。 美雪(私服): だからね、一穂。この雛見沢で起きた大災害の真相を突き止めて、万が一にでも止めることができたとしたら……。 美雪(私服): その後、元の「世界」に戻った私たちはいったいどうなっちゃうのかな……って私は考えたんだよ。 一穂(私服): っ……それは……。 美雪の説明でようやく理解ができたのか、一穂は息をのんでうつむく。 現状のあたしたちは、当然のことながら未来からここに訪れたという連続性があるので、記憶をそのまま引き継いでいることになる。 だけど、元の世界に戻った時点で本来の連続した流れへと復帰することになるので……その状況になった時点で自分たちの記憶がどうなるのか、と美雪は懸念しているのだ。 菜央(私服): まぁ……普通に考えたら雛見沢を訪れるそもそもの理由がなくなってしまうわけなんだし、記憶が失われるのか、あるいはそのままか……。 菜央(私服): いずれにしても、実際にそういう状況になってみないことにはなんとも言えないわね。 美雪(私服): あははは、だよねー。ここで心配したところで意味がないってことは私だってわかってるつもりだよ。ただ……。 美雪(私服): これは、私のわがままかもしれないけど……一穂と菜央のことは、ずっと覚えたままでいたい。キミたちのことを、忘れたくないんだ。 美雪(私服): この「世界」の雛見沢に来たことは奇跡みたいなことで、本来はありえないことだしあっちゃいけないってわかってるんだけどさ……。 菜央(私服): 美雪……。 そう言って寂しく笑う、美雪の不安げな表情が切なく感じて……あたしはきゅっ、と胸元を握りしめる。 彼女の思いは、すごくわかる。理解できる。……なぜならあたし自身も、そうあってくれればと心の底から願っていたことだったからだ。 だから……あたしは、答えた。たとえ確証なんて提示できない戯言であったとしても、自分に言い聞かせて少しでも安心したいと思って……。 菜央(私服): 大丈夫よ、美雪。それに一穂も。あんたたちのことは、何が何でも覚えてるつもりだから。 菜央(私服): 貴重な体験をした上、信頼して友達と呼べる相手が2人もできたのよ。簡単に諦めたりなんてできないわ。……一穂だって、きっとそうよね? 一穂(私服): う……うん!私も美雪ちゃんと菜央ちゃんのこと、忘れるなんて絶対嫌だよ……! 美雪(私服): 菜央……一穂……っ。 あたしと一穂にそう言われて、美雪は大きく目を見開いて瞳をうるませる。 そして、ぐすっ……とかすかに鼻で嗚咽を飲み込み、伸びをしながら大きくため息をついてから、笑った。 美雪(私服): いや、あはは……ごめんね、変なこと言っちゃってさ。 美雪(私服): これからいよいよ綿流しが始まるって思ったら、ちょっとナーバスになっちゃったのかも。 菜央(私服): そうよ美雪。ふてぶてしいくらいの図太さがあんたの持ち味なんだから、余計なことを考えずにデーンと構えてなさいっての。 美雪(私服): 了解っ……って、んんっ?菜央って私のこと、そんなふうに思ってたわけ?それはそれで心外極まりないんだけど。 一穂(私服): あ、あははは……あれ、玄関からチャイムが聞こえてきたよ。 菜央(私服): きっとレナちゃんだわ。時間があったら家まで迎えに来てくれるって言ってたもの。……はーい! レナ(私服): こんばんは、菜央ちゃん。一穂ちゃんと美雪ちゃんも、準備はできたかな……かな? 菜央(私服): えぇ、もちろん。行きましょう、レナちゃん♪ Part 02: #p雛見沢#sひなみざわ#rで長らく続く村祭りというだけあって、参道から境内にかけて立ち並ぶ屋台の数は相当なものだった。 大勢で一緒に行動しても邪魔になるかと思い、涼宮さんや魅音さんたちとは時間を決めて何人かで別行動をすることにした。 もちろんあたしは、レナちゃんと一緒だ。ただ美雪と一穂は、運悪く涼宮さんに捕まって魅音さんたちと屋台対決に加わることになった。 菜央(私服): ……あたしたちだけが別行動で、よかったのかしら。 レナ(私服): 大丈夫だよ。沙都子ちゃんと梨花ちゃん、羽入ちゃんも3人で回るって言っていたしね。 レナ(私服): それに魅ぃちゃんは、どうしても涼宮さんと決着をつけたいみたいだよ。昼間の野球対決を合わせると1勝1敗だから、絶対に勝ち越すんだー、だって♪ 菜央(私服): ……そうなんだ。 それで、前原さんと詩音さんが対決メンバーとして呼ばれたということか。加えて美雪と一穂の5人なら、向こうとちょうどの人数だ。……って、一穂も? 菜央(私服): 戦力的には、レナちゃんが入ったほうがよかったんじゃない?一穂は『ツクヤミ』退治なら強いけど、他は……その……。 あの子のことを悪く言うつもりなんて全くないけど、屋台に出るようなゲームが得意とはちょっと思えない。足手まといとまでは思わないが、弱みになりそうだ。 レナ(私服): あははは、そんなことはないよ。一穂ちゃんだってやる時はきっと、やってくれるから。 レナ(私服): それに……ほんとのことを言うと一度は誘われたけど、レナの方からごめんね、って断わったんだ。 レナ(私服): だって今夜のお祭りは、菜央ちゃんと回りたかったから。はぅ……。 菜央(私服): ぁいっ……? れ、レナちゃん……。 そんな嬉しすぎる理由を聞いて、あたしは思わず目を見開きながら横に立つレナちゃんの顔を振り仰ぐ。 すると、あたしが大好きな彼女は少し頬を染めながら……優しげで素敵な笑顔で、にっこりと見つめ返してくれた。 レナ(私服): はぅ……それじゃ菜央ちゃん、どこから回る?遊ぶのと食べるのと、どっちからがいいかな、かな? 菜央(私服): あ、あたしはね……えっと、えっと……! はぐれないように繋いでくれたレナちゃんの手を握りながら、あたしは飛び跳ねたくなるくらいに浮かれた思いを弾ませる。 お祭りに行ったことは、これが初めてではない。お母さんと一緒に地元の神社での縁日や、近所の商店街で開かれた屋台で遊んだりもした。 ……あとは、両親がまだ仲良しだった頃に観光地の有名なお祭りを見に足を運んだこともあった。 その当時はまだ祖母が元気だったので、いろんなものを買ってくれたりしたものだ。でも……だけど……っ! 菜央(私服): (ごめんなさいお母さん、お父さん、おばあちゃん!今夜はあたしの人生の最高峰を、余裕で更新よ……!) それくらいに今のこのひとときが楽しくて、嬉しくて……幸せすぎる。 これ以上の幸せがあるなんて、今のあたしにはとても想像ができない。それに、ほしいとも思わない。 何もかもが満ち足りて、夜なのに世界がキラキラと輝いているように見えて眩しいくらいだった。 レナ(私服): ……あっ、菜央ちゃん。もしよかったら、あっちの金魚すくいから始めるのはどうかな、かな? 菜央(私服): えぇ、いいわ! レナちゃんのために、大きな鯉くらいの金魚を捕まえてみせるから! レナ(私服): あははは。レナの家には鯉を飼えるような池がないから、小さめの方が嬉しいな。 菜央(私服): わかったわ、レナちゃん!一緒に頑張りましょうね! そう言ってあたしが繋いだままの手を握りしめると、レナちゃんは優しく笑顔で握り返してくれる。 それが、本当に嬉しくて幸せで……絶対に手放したくないと思えば思うほどに……。 ……喪われることの可能性が脳裏をよぎり、ぞっとした恐怖が感情と思考を支配してきた。 菜央(私服): (記憶が喪われる……?元の「世界」に戻ったら、レナちゃんがあたしのことを忘れるかもしれない……?) 出かけ間際の美雪がもらしたことを思い出すまでもなく、その可能性が頭をよぎったのは一度や二度ではない。 ただ、あたしはそのたびに目をそらして考えることを放棄してきたのだけど……。 いざ、#p綿流#sわたなが#rしという区切りの時を迎えて……ふと思った。 菜央(私服): (あたしは……耐えられるんだろうか……?レナちゃんが……お姉ちゃんがいないという、現実に……) ……嫌だ。 手放したくない、失いたくない。忘れたくない、忘れてほしくない……! 身を引き裂かれて奈落に突き落とされるような苦痛と恐怖、そして絶望を味わうくらいなら、いっそこのままがいい。 戻れなくてもいい、いや戻りたくない。そんなことを考えてぎゅっと唇を噛んだ――と、その時だった。 菜央(私服): ……。えっ……? 耳鳴りのようなものを感じたあたしは、顔を上げ……思わずあっ、と息をのむ。 視界から……彩りが、消えている。いやそれだけじゃなく、動きも……。 いうなれば……時が、止まった感じだ。それは決して比喩などではなく、事実でありあたしが置かれている現実だった……。 菜央(私服): ど……どういうことっ?いったい何が起きて、こんな……?! そう言ってあたしが、固まったままのレナちゃんの手だけは絶対に離すまいと強く握りながら、周囲に目を向けると――。 雅: ……本当に、今のままがいい? 菜央(私服): ……っ……?! 雅: なら……試させてもらう。あなたの意思の強さ……そして、覚悟を……!! Part 03: …………。 そして、あたしは……梨花の奉納演舞が行われた直後、「真実」を目の当たりにすることになった。 村人A: ぎゃははははははッ!!死ね、みんな死ねぇぇぇ!! 村人B: 殺してやる、殺してやる……!!みんなみんな、ぶっ殺してやるぅぅぅっっ!!! 菜央(私服): な……なによ、これ……っ? 菜央(私服): いったい何なのよ、これはぁぁあぁッッ?! あたしは、叫んだ。……叫ばずにはいられなかった。 今この瞬間も、夢であれば……何かの間違いであったら、と思考だけでなく心までもが現実を否定し、逃避したい感情を抑えることができない。 目の前に繰り広げられている惨劇は……狂気と殺意に彩られた、悪夢のような光景。 血肉の臭いが吐き気を催すほどに四方で溢れかえり、聞こえるのは殴ったり斬ったり、倒れたりする際に生み出される怒声、阿鼻叫喚……! 何よりも命が傷つき、壊れて……喪われる音だった。 菜央(私服): ……っ、……ぅ……?! 屋台が立ち並び、夜でも明るく賑やかだった境内は数時間前まで平和だった雰囲気を一変させて――。 もはや人間ではなく獣たちが跋扈し、視界に入ったものに対してことごとく、躊躇いもなく襲いかかっていく地獄のような光景が広がっている。 まさに、地獄絵図のような悪夢……いや、夢だと覚めてしまえば現実に戻って消えてしまう分、今の方がずっと不愉快で無慈悲極まりなかった……! 菜央(私服): っ……そうだ、レナちゃん!あの人は、どこに……?! 恐怖と絶望で気を失いそうになりながらもあたしは必死に蛮勇を振り絞って心に鞭を打ち、泣きたい気持ちに耐えて周囲に目を向ける。 演舞を見ていた時……気がつくと、隣にいたはずのレナちゃんの姿が消えていた。 おそらくお手洗いにでも行ったのかと思って、そこまで心配はしていなかったのだけど……今は……! 菜央(私服): レナちゃん……! どこなの、レナちゃんっ!! あたしは大声で彼女の名前を叫びながら、おそらく集会所があると思われる方向へと駆け出す。 すると当然、狂気に歪んだ村人たちの顔が一斉にこちらへと向いて……私に襲いかからんと迫ってきた。 菜央(私服): ……っ、この……!! すかさずあたしはポケットから取り出した『ロールカード』を武器に変え、一切の躊躇いもなく彼らを迎え撃ち、殴り、斬り……薙ぎ払っていく。 もちろん……恐怖は、あった。泣きたかった。気持ち悪かった。 だけど、レナちゃんの身に万一のことがあったらと考えただけで、じっとしている場合じゃない、逃げても何ひとつ解決はしないと思い直して……。 あたしはとにかく、前を向いて進んだ。どんな時でも自分から動かないと、周りは助けてなんかくれないってずっと、教わってきたから……! 菜央(私服): 邪魔しないで……!あたしは、レナちゃんと……お姉ちゃんと、絶対に会ってみせるんだからァァァッッ!!! そう叫ぶとともに、あたしは……捨てる。自分が人間であることを捨て、野獣そのものに思考を切り替えてとにかく、突き進む。 ……負けるものか。絶対に諦めるものか。 やっと、やっと会うことができた、大好きな人……そして手に入れた幸せを、手放したりするものかッ!! そのためだったら、あたしは鬼になる!悪魔に心臓でも、魂でも見切り品同然に売り渡してやる!! そんな決意……いや狂気を胸にしながら一歩でも前に、前にと足を踏み出して……! 突然視界が暗転し、……意識が闇に包まれた。 …………。 菜央(私服): っ、……ぐ……っ……?! 意識が戻った瞬間、全身に鈍痛が駆け巡り……それでも耐えなければと懸命に自分を励まして、あたしは目を開ける。 まず視界に映ったのは……土の地面。そして少し進んだ先に見える建物は、古手神社の集会所だった。 菜央(私服): ……気を失ってた?というより……まだ、生きてる……。 すぐに状況を飲み込めなかったけど、あたしは身体の自由がまだあることを確かめてから……周囲に目を向ける。 あたり一面から漂ってくる……気持ち悪い臭い。それは、昨夜のあの出来事が夢でなかったことをいやが上にもあたしに強く思い知らせていた……。 菜央(私服): っ……とにかく、探さなくちゃ……。 まずは、レナちゃん……そして一穂と美雪の行方だ。そう思って立ち上がった、あたしの目の前に……。 菜央(私服): ……ぁ、……ぁっ……?! あたしは、……見た。見てしまった。 朝日の光を浴びて、レナちゃんが見知らぬ……いや、「知っている」制服を身にまとって、冷ややかな瞳をあたしに向けている。 菜央(私服): っ……そ、その制服……どうしたのっ?着てた涼宮さんは、いったい……?! レナ(私服): …………。 レナちゃんは、答えない。ただ静かに、あたしを見据えて……。 その手に持ったものを、容赦なく……鋭く、あたし目がけて振り下ろしてきた――。 …………。 雅: ……やっぱり、「あいつ」か。 雅: ようやく、見つけた……。