「マクドガルが死んだんだ。もう誰も、お前らの聖域なんぞを侵そうとは考えないさ。あまつさえ、こんだけの力を見せつけられたんだ……」
《我らは危険性のことを説いているのではない──罪と罰について言っているのだ》
脂汗を浮かべて、オーフェンは言った。
「これだけ壊せば、十分だろう」
《聖域を侵すことの意味を知っていないから、汝はそう言える……》
「どんな意味があるってんだ──何百もの人間を一瞬で皆殺しにするほどの意味か!」
《まさしく、その通り──》
あまりにもあっさりした返答に、オーフェンが二の句を継げられずにいるうちに、背後から声があがった。
「冗談でしょ! だいたい、自分の子供も巻き添えにしちゃうような奴は──」
クリーオウだ。オーフェンはあわてて振り向いた。奇襲をかけようとしていたのか、村人たちの陰に隠れていたのを、ぱっと飛び出してくる。彼女は金髪をはためかせ、胸に抱いたディープ・ドラゴンを高く掲げた──
「やっちゃいなさい!」
叫ぶ。いや、子ドラゴンに命令したのだろうが。
刹那、子ドラゴンの小さな瞳が膨大な輝きを放った。輝きは一瞬で、巨大なドラゴンの群れの足元に突き刺さると、そのまま、さらに数千倍にも膨れ上がった。空間をもひしゃげるディープ・ドラゴンの暗黒魔術が、視界のすべてを一掃する。
地鳴りがとどろき──そして、遠ざかり、次の瞬間には、すべてのディープ・ドラゴンは消えうせていた。あの一撃で死んだわけがない。恐らくは、転移して逃げたのだろうが。ふうっ──と、風だけが通るその虚空に、静かな声が残る……
《この通りだよ、人間の魔術士よ……その子のように、我らは支配されれば、従わねばならぬ……》
「…………」
オーフェンは反射的に、クリーオウに抱かれた子ドラゴンに視線を転じた。子ドラゴンは、いつの間にか自分の親にするように、クリーオウの首もとに頭をこすりつけている。
《我らの戦士の力とは、そうした代償の上に得たものだ。それは王も女王も同じ……人間の魔術士よ。汝らはそうした価値を失ったと同時、自由をも得た……》
「…………」
誰も、なにも口にしない。
《その自由は、管理できない……なればこそ危険なのだ。我らは、汝らを滅ぼすだろう。我ら種族は、この大陸を護らねばならぬ……》
「だから……なんで、俺に話すんだ、そんなことを」
オーフェンは、棒立ちになってうめいた。ドラゴンが答えてくる──わずかに、勝ちを含んだ口調で。
《言ったであろう。汝を手駒とするため──精神支配を受けようと受けまいと、これで汝は我らの希望通りに動かざるを得まい。汝は──》
「我は放つ光の白刃!」
オーフェンは唐突に叫ぶと、空白の虚空を光熱波で焼き払った──その轟音で、ドラゴンの最後の一言は聞こえない。聞きたくなかった。
そして声は消える。オーフェンは、じっと立ち尽くしていた。焦土を撫でる微風が《森》の枝葉をざわめかせる。
誰も、意味のある言葉は吐かなかった。まだ泣いているフィエナ──すすり泣くのではなく、もっと強く嗚咽している。その背中をたたいてやっているマジクに、助かった安堵から、やはり泣きはじめる村人たち。そしてなついてくるドラゴンを胸に、じっとこちらを見つめているクリーオウ。透き通ったブルーの双眸が、こちらの姿を映しているのが、遠目にもなんとなく想像できた。
オーフェンは、じっと無表情ですべてのものを見回した。そして視線を上に転じる。ようやく朝になりはじめた空は、極端なグラデーションに波打っていた。