別に、自分になにかの価値があると信じていたわけではない──それほど楽天的でも、能天気でもなかった。だが──

「人を殺した奴が、言うことを許されるせりふじゃない」

 光の中に消えたひとかげを思い出しながら、オーフェンは言った。すっと──子ドラゴンの首から、手を放す。彼はその手をそのまま、巨大なディープ・ドラゴンへと突き出した。

「俺が相手をする。俺が死ぬまでは、ほかの誰にも手を出すな」

「オーフェン──」

 クリーオウのつぶやきを、オーフェンは無視した。なんとなく、ありがたくはあったのだが。

《我は汝をしようさんする。だが、汝は理解しなかった》

 ドラゴンが、静かな声を発した。そして、さらに静かな声。

《さらばだ》

 次のしゆんかん、ドラゴンと目が合った。

 ディープ・ドラゴン種族と視線を合わせて、生き残った人間など、史上に存在していない。ディープ・ドラゴンは殺せるときには確実に敵を殺すのだし、相手の術中に入れば、抵抗する力は人間にはない。相手は、神とまであがめられる種族なのだ。

 だがこのディープ・ドラゴンは、その最初のいちべつでは、なんの攻撃もしてこなかった。オーフェンは、そのままくるりと身をひるがえし、け出した──

 ざわ──

 まだ逃げることすらできていなかった村人たちが、ざわめきを発する。かなり数を減じた人込みに飛び込んで、、オーフェンは走った。一目散に、目的に向かって。

 逃げているわけではない。

 背後から一撃を食らって、それで終わりかというかくもしていたのだが──その攻撃すらなかった。だがそんなことを考える間もなく、オーフェンはまだえんじようしている小屋に飛び込んだ。さきほど屋根の上で村人たちに追い詰められ、そして数人の村人ごと魔術で爆発させた、あの小屋だ。

 中に入ってから、見回す──壊れた家具やらなにやらに混じって、探し物を発見した。壊れたときに、屋根の上から村人が落としたのだろう、鉄製のまつけんじゆう

 オーフェンは無言でそれを拾い上げた。シリンダーを外して、まだ弾丸がそうてんされていることを確認する。炎の熱で暴発もしていない、弾倉は四連発。ただし、あまり連射すれば、熱でシリンダーがゆがんで暴発しかねないほどのあくしろものだ。王都でなら十年以上前に、とうにはいぜつされているであろうモデルである。

 ふう──と、オーフェンはいきらした。

「魔術は通じない──こんな武器が通じる相手じゃない──で戦える相手でもない」

 人間の考えるざかしいさくなどが通じる相手ですらない、とオーフェンは胸中で付け加えた──ディープ・ドラゴンは、こちらの心を読むこともできる。

 がちゃり、と手の中の拳銃を振って、オーフェンはシリンダーを定位置にはめ込んだ。普通持つべき左手ではなく、右手で、ぎゅっとじゆうにぎる。

《準備はできたか?》

 ──とうとつに、声が頭にひびく。

 オーフェンは、反射的に叫んでいた。

「我はつむぐ光輪のよろい!」

 同時に、左腕を振り上げる。

 振り上げられた腕に紡ぎ上げられるように、無数の光の輪で出来たあみが、彼の身体を包んだ。そして、すべての視界が光におおわれる──

 そのまま眼球がふつとうするのではと思うほどの熱量が、彼の身体をあつとうした。もっとも、そう思ったのはさつかくだったのだろう──火傷やけどひとつ負わなかったし、拳銃も暴発しなかった。ただ、すべての光が消えたとき、彼がいた小屋はちりすら残らず蒸発して消えていた。

 光の網も、消える。

 ふうっ……と、砂をふくんだ風がいちじん──オーフェンは、ディープ・ドラゴンとたいしていた。小屋だけがしようめつし、あとは彼が小屋に飛び込む前とまったく変わらない景色が残っていた。こちらをえるディープ・ドラゴン──村の周囲をドラゴンらに囲まれて、逃げることすらできない村人たち。そして村人たちとは少し離れたところで固まっている、クリーオウとマジク──クリーオウはまだ子ドラゴンを胸に抱いている。いつの間に合流してきたのか、レンジャーたちの姿もあった。

 オーフェンは無言で拳銃を両手に構えなおし、引き金を引いた。ぱんっ、と少なからぬ反動が、腕を通して彼の肩をたたく。弾丸は正確にドラゴンの左目をねらい──そして──銃口と目標のちょうど中間のところで、ぱっとはじけてくうに消えた。

 ドラゴンが、魔術でち落としたのだ。

 オーフェンは、気にせずに口を開いた。

「俺は今から、すべての力をもつてお前を相手する──すべての武器、すべての能力、すべての経験──なにもかもすべてだ」

《ほう?》

 と、ドラゴン。なにも動じた気配がない──当たり前と言えば当たり前だが。

 オーフェンは、やぶにらみの目をさらにかたむけた。

「俺の前で人を殺すな──ムカついてくるんだ」

《……怒りを持つな。それでは我らには勝てぬ》

「……!?

 オーフェンがいぶかると、ドラゴンはさらに続けた──無表情な声で。

《我らをにくむな……我らは戦士の種族だ。主たる者に命じられて、我らは戦う》

 ぎしり──と奥歯が鳴った。

ていこうできない人間をせんめつするのが、戦いか、お前らの!」

《我らに命じる者が、この村が不要になったと判断した──》

 その声に反応したのは、オーフェンではなかった。

「不要だと──!?

 きように引きつった悲鳴が、村人たちの中からき起こる。

「あんたらを、あがめていたんだ──」

《それも知っていた。使い魔をせんにゆうさせていたからな》

「使い魔……?」

 強力な精神支配により、五感をも共有する生物──通常、術者よりも知能においておとる生物を用いる──

 オーフェンの脳裏に浮かんだのは、フィエナの顔だった。

《そう、あのだ──》

 ドラゴンは、どういうつもりか、聞いてもいないことまでしゃべりはじめた。

《我らが主は、マクドガルという男の持っている情報を必要としていた──あの男をうために、この村は打ってつけだった》

「……情報……」

 じゆうにぎる手が痛い──気が付くと彼は、それほど強く鉄のかたまりを握りめていた。

(このドラゴンども──いや、その主とかいう奴は──)

 俺と同じ情報を欲しがっている、とオーフェンはさとった。マクドガルが、マクドガル元教師が、キムラックでなにを見たのか──

《フィエナは手間取ったが、あの男がすでにその情報を失っていると、我は判断した。彼は正気を失っていたのだ。彼は結局、恐怖に追われてここへ逃げ込んできただけだった》

 その判断は恐らくちがっているとオーフェンは思ったが、反論はしなかった。マクドガルが死んでしまった今、もう無意味なことだ。

 その代わり、彼は別のことを聞いた。

「なぜ……そんなことまで、俺に話す」

《それは当然──》

 ドラゴンの目がうっすらと光ったような気がした。

なんじを新たな使い魔とするためだ》

「────!」

 オーフェンはとっさに、後方にんでいた──魔術をけるときのくせで、跳び退すさりながら防御のための魔術を編もうとしている。が、これは今回は完全に失敗だったと彼は悟った。ディープ・ドラゴンの暗黒魔術は、人間の力ではまったく防げない。

 後ろに跳んで、ドラゴンからは遠ざかっているはずなのに──ドラゴン種族の緑色のそうぼうは、いきなりとてつもなく大きくなったように見える。精神支配のえいきようである。

 とりあえず、彼は叫んでいた。

「我はつむぐ光輪のよろい!」

 こんなものでディープ・ドラゴンの魔術は防げない──

 が、光のあみが彼とドラゴンとの間をへだてたしゆんかん、それまでドラゴンから受けていたプレッシャーが、あっさりとさんする。

(────!?

 オーフェンは、信じられない思いで、それでも次の魔術を放っていた。

「我は放つ光のはくじん!」

 網が消えると同時、その残像をくように、純白の光熱波がドラゴンの顔面をねらう。が、それは、ドラゴンの元にとどく前に、吹き消されるように霧散した。

 せつ、オーフェンの頭の中にひらめくものがあった。

(そうか──こいつら──)

《気づいたようだな》

 落ち着き払った声で、ドラゴン。だがその平静な声も、もはやオーフェンをいらだたせはしなかった。

 胸中で、叫ぶ。

かんちがいしていた──こいつらは、別に神でもなんでもない──ただの魔術士なんだ!)

『魔術』は万能たり得ない。全能たる力を有するのは、神々の『魔法』だけである。

 かといって、ディープ・ドラゴンと自分との能力のへだたりが一歩でも近づいたわけではないのだが、それでもオーフェンは、らくの迷宮から出口を発見したような心持ちになっていた。

 自分の音声魔術が、声のとどかないところには効果が及ばないように──

(こいつらの暗黒魔術は、視線のとどかないところには効果が及ばないんだ!)

 圧倒的な熱量で村ごと消し飛ばされれば、それまでであるが、少なくとも精神支配だけは、その視界をさえぎるだけで防ぐことができる。

「マジク!」

 オーフェンは、けんじゆうを立て続けに二射しながら叫んだ。動態視力にすぐれたドラゴンは、その弾丸すらをも見てかいする。もとより、そんなものでたおせる相手でないことは知っていたが。

あれやれ!」

「あ──あれ、ですか?」

 マジクが、いきなり叫びかけられてびっくりしたように──そしてクリーオウがいるほうを、バツ悪そうにちらりと見てから、それでもじゆもんとなえ始める。

(ん……?)

 マジクが魔術の構成を編みはじめたのを見ながら、オーフェンは、ふといぶかった。マジクの視線を追ったのだが──クリーオウが、少し移動している。

(また、なんかやるつもりか、あいつ──?)

 その瞬間、ややかん高いマジクの声があたりにひびき渡った。

「我は乱すこうれつおり!」

 用途の割には物々しい呪文を考えるものだとは思うが、そんなことを苦笑しているひまはなかった。彼の周囲の光景が、金属板をくしゃくしゃに丸めたように、めちゃくちゃにゆがむ。マジクの、一応、最も成功率の高い魔術──つまるところは使用ひんが高いということだが──

《貴様、視界を──》

 ドラゴンが、あくまで落ち着いた声でうめく。ただし、視界が遮られているせいで、その声はだいぶ聞き取りづらくなっていた。

「その通り──」

 オーフェンは言った。

「光をくつせつさせたのさ。本来なら、死角をおぎなうために使うんだがね!」

「あわわわ」

 と、これはマジクがどうようした声。クリーオウに聞かれると思ったのだろうが、そんなことに構ってはいられない。

 その間に、オーフェンも魔術の構成を編み上げてある。彼は右手を──空っぽの右手を差し上げて、声を張り上げた。

「我は築く太陽のせんとう!」

 ぎゅおうっ──圧縮されたものがふくれ上がる、こすれたような音が響き──

 遮られた視界が、不規則にしんまる。ねらいがくるっていなければ、ディープ・ドラゴンを炎で包み込んだはずだ。

《こんなことで、我をりようすることはできぬぞ──》

「知ってるさ!」

 だが、視界を狂わせたのは、なにも相手の魔術をかくらんするためだけではない。

(うまくいってくれ──)

 オーフェンはぎりぎりの感情をめていのった。相変わらず、なにに祈ったかは自分でも分からない。あるいはドラゴンの種族に魔法のぬすまれた、けな神々にかもしれない。結果が出るまでは──出るとしたらだが──もう一瞬もかからないはずだ。

か──?)

 かくを決めて、と知りながら次の魔術を放とうとした、そのとき──

 ばんっ! という、あまりに小さなれつおんと、そしてドラゴンの悲鳴とが響き渡った。

 

 炎のかけらをまとわり付かせ、地響きを立ててディープ・ドラゴン=フェンリルが横倒しになる。その目の上あたりが、べったりとのりれているのが見えた。村人たち──そして、村を取り囲んでいるドラゴンたちが、大きなどよめきを発する。

「拳銃の暴発だよ」

 オーフェンは、しっかりとドラゴンをにらみえながら言った。

「視界を遮ったのは、さいかくすためでもあったのさ──あんたの頭のあたりに拳銃をほうってね、魔術で炎を起こした。すでに三発もってシリンダーが過熱してたんだ。少しでも熱をあたえれば、残った弾丸が暴発するさ。しょせんはあくぞうひんだ。暴発すれば、粉粉にくだけ散る。その破片が、うまいことあんたに命中するかどうかは、はっきり言って分の悪いけだったがね」

《そして精神支配を遮っておけば、そのさくも読まれることはない、か──》

 至近距離での拳銃の暴発が直撃すれば、軽傷だったはずはないのだが、ドラゴンの言葉によどみはない。

《だが、我を殺すことはできなかったな》

「…………」

 それは事実だった。ドラゴンには、まだまだ余力がありそうに見える。それでなくても、村を取り囲んでいる数十ものディープ・ドラゴンたちがいるのだ。

 勝ち目が見えたわけではない。オーフェンがだまっていると、フェンリルは続けた。

《我はまだ、なんじほろぼす力を残している》

「…………」

 オーフェンは、ぎゅっとこぶしにぎめた。

 だが、続いて発せられた言葉は、完全にオーフェンの予想を裏切っていた。

《キリランシェロ──汝の名は、知っている》

「……なに……!?

 オーフェンは、実際になぐられたように、どうようのうめきを発した。ドラゴン種族が人間の個人名を知っているはずがないし、仮に聞いたことがあったとしても、そんなものをおくしているわけもない。

《汝の知り合いを知っている──約束があるため、我はお前を殺せない。連れを助けるために、汝が生命をけると本気で言うのであれば、この場は我らが退しりぞこう》

「な…………」

 オーフェンはなかばパニックを起こして、ディープ・ドラゴンを見つめた。俺の知り合い──人間とドラゴンが──約束をしただと?

 神とあがめられる種族と。

 そんなことができるのは──

 オーフェンの頭の中に浮かんだ名前は、ひとつしかなかった。

(大陸最強の黒魔術士──人間に考えられ得る、最高の能力タレントを有していた男──チャイルドマン教師……あんたか!?

 胸中でさけぶも、ドラゴンは答えない。

 疑問は残したままドラゴンが、すっと起き上がる。ケガをしてもその挙動には音がない。

《だが、この村をほろぼすことはやめることができない。《森》の最聖域に立ち入ろうとかくさくした者たちは、滅ぼさねばならぬ》

 その言葉に対して、反応もできない。それほど早く、ドラゴンたちがいつせいに動いた。周囲を囲む、すべてのディープ・ドラゴンらが、その高くそびえるきよの頭頂から視線を放つ──

 オーフェンは確かに、その魔術の対象から、自分の身体が外れているのをさとった。絶望的なプレッシャーが感じられない。だが、心に覚えた絶望感は、今までの比ではなかった。思わず、両目をきつく閉じる。

(次に目を開けたら──もうだれもいない──死んでいる!)

 目を閉じたまぶたの奥まで、ふくれ上がる光が差し込んでくるような気がする。

(なんで俺の力は、お前たちに通じないんだ──)

 けいれんするような内臓のどうが、叫びをふるわせる。

(殺してやる──目を開けて、全員死んでいたら、お前たちを殺してやる──!)

 はげしい感情は、体力をしようもうさせた。がっくりと、地面にひざをつく。無力な拳で地面をなぐりつけて、彼はぜつきようした。

「俺はキリランシェロだ──俺に殺せないものはないんだ! チャイルドマンが、そう約束した──やめないと、お前らを殺すぞ!」

 しようねつかわいた顔を上げる──と、すべては終わっていた。

 村はなくなっていた。完全に、地上から。黒々としたしようの上に、大陸の正統なる支配者たち──ドラゴン種族がずらりと並んでいる。頭から血を流しているドラゴンを中央に。

 そして、ちっぽけな人間たちは、ひとかたまりになってそれとたいしている。対峙しているというよりは、教師に怒られてろうに立たされているといった様子ではあったが。

 クリーオウも、マジクも、そして村人たちも──誰も死んでいなかった。オーフェン、彼自身も。

 地べたにはいつくばったままで、オーフェンはぼうぜんとドラゴン種族らを見やった──彼のすぐ目の前に、彼に背を向けて、小さな少女が立っている。

(クリーオウ……?)

 かと思ったが、そうではなかった。もっと幼い。フィエナ──あのだ。巫女の服はもう着ておらず、ごく普通の村娘といった格好だったが。

《なぜもどってきた? フィエナ……》

 ドラゴンの声はそうごんに、焦土にひびいた。オーフェンは、それに答える少女の声が、やけにきんちようしてこわばっているのに気づいた──そして、驚くほどはっきりしていることにも。

「知っていたからです……逃げられないでしょう? あなたたちが、《森》の聖域をおかそうと考えたこの村の人を許さないことを、知っていました」

《そう……我は、なんじには教えた。だから、逃げる機会をも与えてやったはずだ。お前といっしょにいた、あの殺し屋、もう逃げたのだろう?》

「ええ──サルアはわたしが《森》の外まで転移させました。彼も、あなたが知りたがっている情報を持っているようだったから。彼はわたしの友達だもの。あなたには渡しません。ここにいる人達……誰もです」

 と、彼女は、ちらりとマジクのほうを見やった──そして再びドラゴンへと向き直り、両腕を広げて続ける。

「あなたと五感を共有することで、わたしもあなたの魔術が使えるんです──ディープ・ドラゴン種族の中でも、有数の力を持っているあなたの力を。知っているでしょう? あなたたちを追い出すほどの力は出せなくても、あなたたち全員の魔術を無効にするくらいはできるんです」

《汝を選んだことは、ちがいだったようだ──》

 ドラゴンがつぶやいたしゆんかん、フィエナの身体が、ばちっと帯電したようにはじけた──おそらく使い魔とするための精神支配を解いたのだろう。そのしようげきで、ぺたんとしりもちをつく少女の身体を、オーフェンは素早く抱きとめた。彼女はふるえながら、それでも続けた──

「ええ──間違いだったんです。もっと強い人を選べば良かったんです──強い人なら、あなたの言いなりになんてならなかった。マクドガルを説得して、あなたたちに逆らうようなぼうな計画をてつかいさせることができたのに、わたしは、こわくてできなかった……」

 そこまでまくし立てるように言うと、彼女は、ひくひくとしゃくり上げはじめた──支配を解かれたことで、緊張の糸が切れたらしい。ヒステリーの気配を感じて、オーフェンはマジクにくばせした。多少なりとも親しい人間でないと、じようこうふんした人間を落ち着かせるのは無理だ。

 マジクがけ寄ってきて、泣きじゃくるフィエナの身体を受け取った。オーフェンは、すっくと立ち上がった──