第六章 迅速な殺戮
扉を破って最初に飛び込んできたのは、前にも見たことのあるマクドガルの取り巻きだった──頑丈そうな男で、手にナタのようなものを持っている。玄関の扉を内側に弾き飛ばしながら、その男は叫んだ。
「魔術士め!」
見ると、その男に続いて別の取り巻きたちもなだれ込んできている。真っすぐの廊下──オーフェンは先頭の男に向け、右手を差し上げた。
息を吸い、叫ぶ。
「我は流す天使の息!」
魔術の突風が、前のめりに駆け込んできた男たちを一気に押しもどす。罵声をあげながら折り重なって倒れる男たちを尻目に、オーフェンは屋敷の奥に向かって駆け出した。すぐに行き止まりなのだが、彼はあわてもせずにまた声を張り上げた。
「我は放つ光の白刃!」
指先から放たれた光熱波が壁を撃ち抜く。木の壁が張り裂ける音が、爆竹のように鳴り響いた。オーフェンは、そのまま壁に開いた大穴から屋敷の裏へと逃げ出した。もうもうと立ち込める砂煙の中を、一気に駆け抜けて外に出る。幸い外は、そのまま細い裏道に面していた。
「外に逃げたぞおっ!」
倒れたままの取り巻きが、そう叫ぶのが聞こえる。舌打ちしつつ、オーフェンは屋敷を振り返った。
「マクドガル──」
いびつに製造された粗悪な銃弾のせいで、頭蓋の三分の二が潰れた男の死体を思い浮かべつつ、オーフェンはつぶやいた。
「埋葬はサービスだ」
と、頭の上に交差するように、両腕を振り上げる。躊躇せず、彼は最大威力で魔術を放った。
「我は砕く原始の静寂!」
瞬間──屋敷を中心に空間に波紋のようなものが走り、次いで轟音とともに大爆砕が起きる。粉々になって砕け散る屋敷の破片から身を躱し、オーフェンは駆け出した。屋敷の爆発は追っ手を妨げてくれるだろうし、あるいは──その威力を見れば──追撃をあきらめさせてもくれるかもしれない。瓦磔の下敷きになった取り巻きたちは気の毒だが、死ぬことはないだろう。ショックで耳が遠くなることはあるかもしれないが、そこまでは知ったことではない。
屋敷が崩れ落ちる騒音に紛れて、あたりから村人たちの悲鳴もあがる。
戦況を味方につけるには、いくつかの方法がある──そのうちのひとつは、混乱を起こしながら自分は冷静であること。
オーフェンは走りながら無造作に右手を横に向け、そちらを見もせずに魔術を放った。
「我は放つ光の白刃!」
膨大な光の奔流が、大気をかきまぜて螺旋の渦にする。爆光はそのまま数軒の小屋を飲み込んで消失させた。溜まった熱が、爆発、炎上する。
(うまく陽動になってくれればいいが……)
オーフェンは思いつつ、光熱波を放ったのとは反対方向に足を向けた。
と──数メートルもいかないうちに、行く手にばらばらと人影が現れる。
「いたぞ!」
「いたさ!」
オーフェンは叫びかえすと、すかさず魔術を放った。
「我は呼ぶ破裂の姉妹!」
数発の衝撃波が炸裂し、村人たちをなぎ倒す。
「……え?」
仲間が倒れた中に、ひとりだけ残った若い男が、間の抜けた声をあげた。倒れた同胞をきょろきょろと見回して──
見回しているうちに、オーフェンは、さっと近寄って男の肩に手を載せた。
「こ、この──教祖様の仇──」
手にした角材を振り上げる男の下腹に、オーフェンは容赦なくひざ蹴りを打ち込んだ。身体を折って、うっと声をあげる相手に、さらに後頭部に肘を打ち下ろしてとどめを刺す。男は、そのまま苦悶のうめきをあげて卒倒した。
「まずいな……数が多すぎる」
オーフェンは、立ち止まらずにうめいた。半数の敵を欺いても、その残りの人数に追い詰められれば同じことだ。
(それに──なんだ? 嫌な予感がする……)
「お師様っ!」
呼びかけられて、オーフェンは振り向いた。脇道から顔だけ出して、マジクが手招きしている。
思わず、オーフェンは怒鳴った。
「なにやってんだ? こんなとこで!」
「だ、だって──」
マジクは、そろそろと道から出てきて言い訳してきた。
「お師様に言われた通り連れ出しに行ったんですけど、フィエナが──いなかったんです。塔の部屋に。それで、村の中を捜してたら、この騒ぎが──」
「なんでさっさと逃げ出さなかったんだよ! 俺ひとりならまだしも、お前まで連れて逃げられるか!?」
「でも、お師様が言ったんですよ。フィエナを村から連れ出さないと、彼女、マクドガルに殺されることになるって……」
そんなことは言っていないのだが、都合のいいように解釈したらしい。この生徒は。
オーフェンはいらだたしげにマジクの襟首をひっつかまえると、彼がいた脇道に引きずり込んだ。
「見つからなかったらクリーオウと落ち合ってとっとと逃げろとも言ったはずだぞ、俺は」
どうせ、フィエナのことはサルアにも頼んであるのだ。どのみちマジクが彼女を連れ出すことに関しては、さほど期待してもいなかった。
だが言われて、マジクは困ったように顔をしかめた。
「お師様の言うとおりにばかり動けないですよ」
「ったく──いちいち都合のいいように、言い付けを聞いたり聞かなかったり──」
オーフェンは毒づきながら、額の汗をぬぐった。まだ早朝だが、だんだんと気温が上がってきている。と──
「うわあーっはっはっはあっ!」
村中に響き渡るような哄笑が、朝の空気を耳障りに汚す。
オーフェンは、半眼でつぶやいた。
「よおく覚えとけよ、マジク。あれが俺の敵だ」
「……知ってます。言われなくても」
言って、マジクも似たような顔でうなずいた。
哄笑は続く。
「行くのだ村人たちよ! 邪悪な殺人魔術使いを討ち滅ぼせ! これは決してダーツの的にされた私怨ではなく大義であるためあしからず!」
言うまでもなくボルカンの声である。いつの間にか村人たちを扇動する役に回っている。
「そーかなぁ……」
と、ドーチンのつぶやきも続いた。
思ったより声が近いので、オーフェンはあたりを見回した。といっても、路地に身を隠しているため周囲の様子などよく分からないのだが。
「こうなりゃ……」
決心したようにため息をつくと、オーフェンは少し腰を落としてから、両腕を振って反動をつけ飛び上がり、手近な小屋の屋根によじ登った。あちこち火の手があがっている村を、屋根の上から一望する。
と、すぐ近く──実を言えばすぐ真下の道を、十数人の村人たち(主に子供だ)を引き連れて、ボルカンとドーチンがのしのし歩いている。
オーフェンは、反射的に叫んでいた。
「我は築く太陽の尖塔!」
刹那、なんの前触れもなくボルカンが火柱に包まれる。
「どああああっ!?」
ボルカンを取り巻いていた子供たちも、悲鳴をあげて逃げ散った。ドーチンはいいかげん慣れているのか、別にあわてもせずに、ちょっと離れたところに避難する。かなりの時間ばたばたと、なかなか愉快な踊りをしてからボルカンの火は消えた。ぼろぼろに焦げながら、それでも元気に地人が叫ぶ。
「てめえコラ!」
と、こちらに向かって指さしながら、
「挨拶もなしに人を火だるまにする奴があるか! 夜明けの軍歌で奇襲し殺すぞ!」
「それはよく分かんないな……」
と、これはドーチン。オーフェンは無視して叫んだ。
「ぃやかましいっ! てめえこそ、問答無用で人を売りやがって!」
「卑劣な人殺しは、当然裁きの手に委ねられるべきだろーがっ!」
「このリンチ集団のどこが裁きの手なんだよ、福ダヌキ! だいたい俺は殺してねぇっ!」
「分かるものか地獄の砲弾男! 村人のみなさぁん! こいつが人殺しですよぉっ! 寂しいポエムで読み上げ殺して──」
「死ぬかあああっ!」
オーフェンは声量を振り絞って怒鳴ると、それを呪文にしてボルカンを吹き飛ばした。光熱波の爆流に押し流されて、さすがにボルカンも口を閉ざす──というより、悶絶したようだったが。
と、背後から悲鳴。
「う、うわあわ!」
叫びながら屋根に上ってきたのはマジクだった。端正な容貌を恐怖に引きつらせて、どうやら追いかけてきた村人たちに、無理やり屋根の上に押し上げられたらしい。風が吹いて、オーフェンの髪を撫でた──
それを合図にしたように、オーフェンはさっとあたりを見回した。彼とマジクが立っている小屋を囲むように、すべての村人たちが集まってきている。もともと包囲されているのは知っていたが……
「追い詰められたか」
オーフェンがつぶやくと、足元を気にしながらマジクが駆け寄ってくる。
「お師様ぁ。どうするんですか?」
情けない声をあげる。オーフェンは嘆息した。
「ンなこと言ったってよ……」
教祖を殺したのは自分ではないと言ったところで、耳を傾けてくれそうな人間はいない。こうなれば……