「我は癒すしやようしようこん……」

 魔術によって、マクドガルの傷はあっさりと癒されていった──というか、本当はほとんどかすり傷ばかりだったのだが、こちらがうそをついた通りに致命傷だと思い込まれて死なれては寝覚めが悪いので癒したのだ。

 傷がなくなるにつれて、マクドガルの気力も回復していく──

「ふ──ふ──ふふふ──」

 教祖は、ひどくな声をあげた。思わずぞっとして、後退りする──と、いきなりマクドガルは、身体の下になっていた手を抜き出した。その手には、けんじゆうにぎられている。マクドガルが、どこにねらいをつけようとしているのかは、オーフェンには分からなかった──意識がこんだくしているのか、マクドガルの狙いはまず天井を向き、そしてこちらをけいして──自分のこめかみに銃口をれさせる──

 ばんっ!──

 ──……

 暴発した銃弾は、そのままマクドガル自身のがいこつち抜いた。首をひっぱられた人形のように、銃弾のしようげきでマクドガルの首が伸びる。そして──秘密を知る男は、そのまま横倒しに倒れていった。

「な…………」

 絶句してオーフェンが立ち尽くしていると、不意につぶやく声がした。

「お前さんの魔術、どうやら拳銃そのものに直撃したらしいな──で、シリンダーが熱を持っちまったんだろうよ。ほれ見ろ、拳銃を持ってる手とグリップが、焼けけてくっついちまってるぜ。シリンダーがこれだけ熱を持てば、そりゃ暴発もするわな」

 サルアだった。近くの部屋に逃げ込んでいたらしい。自分の剣を持って、後ろに、例の毛布の女も連れている。

 いまだ、ぱちぱちと火の粉をあげる廊下の床をめて、サルアは肩をすくめた。

「ま、これで俺の任務は完了だな──村の中でこの男を殺すのは危険すぎっから、やめてたんだけどよ。このじようきようなら、俺が犯人にされるってことはねえだろうし。村人にフクロにされるってこたあ、ねえだろ」

 と、後ろの女が、口元に手を当てておそろしげな声を出す。

「ね、ねえ、あんた、どうして人が死んでるのよぉ」

「気持ちのいい朝だからだよ。なあ、キリランシェロ?」

 サルアがウインクしてくる。オーフェンは、なにも反応しなかった。

「どした? 別にあんたが殺したわけじゃねえんだから、気落ちするのは損ってもんだろ? じゃあ、俺は行くぜ──約束どおり、フィエナは俺が連れ出しておく」

「…………」

「ね、ねえ、あんたぁ、どうして人が死んでるってのに、あんたそんなに冷静なのよぉ」

ごろしようじんてやつだよ。決まってんだろ?」

 ふたりは、そんなことを言い合いながら、ぱたぱたとげんかんに向かっていった。と、出ていくしゆんかん、サルアが肩越しに言ってくる。

「結果オーライだったから言うわけじゃねえけどよ。俺、裏切り者ってのは結構好きなんだ。じゃあな」

「…………」

 サルアはそのまま、気楽に姿を消す──それを見送りながら、オーフェンはぼうぜんと考えていた。

(暴発じゃない……マクドガルは確かに、一度俺を狙ってから、自分の頭に銃口を当てた。やつは、自分で引き金を引いたんだ)

 確信的に、最後の数瞬を思い出す。

(なんでだ?……魔術でいやされたのがそこまで許せなかったか? いや──秘密をらせないから……か?)

「なんにしろ、馬鹿な死に方だよ、マクドガル」

 オーフェンはぽつりとつぶやいた。額から流れる血を、手の甲でぬぐいながら。

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、思わず笑みまでがれる……

「へっ……大騒ぎして、こんだけのことなんだからよ。俺もどうかしてる──暴発でいいじゃねえか。どうかしてるっていえば、本格的にどうかしてるな、今朝は──まさかあのごくらくダヌキどもに命を救われるとはよ」

 マクドガルにたれそうになった一瞬のことを思い出し、口の端を無理やり笑みの形にする。きんちようが解けて、泣きそうな気分ではあったが。

「タヌキも、たまにゃ役に立つってことか。今回ばかりは礼を──」

 そこまでつぶやいた瞬間、屋敷の外から聞き慣れた声。

「みなさぁん!──」

 屋敷でこれだけ大騒ぎをしたのだから、当然外には人だかりがしているだろう──そのはいは、壁を越してはだに伝わってくる。オーフェンはなんとなく廊下を見回した。いつ逃げ出したのか、じんたちの姿がない──

 サルアの言葉を思い出した。この状況なら、俺が犯人にされるってことはねえだろうし──なら、誰が犯人にされるんだ?

 それには、外から聞こえてくるさけび声──ボルカンの声が答えてくれた。

「みなさぁん! 大変です! じやあくな魔術士が、我らが敬愛すべき教祖さまをぎやくさつしましたよおっ!」

「やっぱり、あの馬鹿は……」

 オーフェンは頭をかかえて、屋敷の外で巻き起こる村人たちのせいを聞いた。


 ◆◇◆◇◆


「……ヒマだわ」

 くさかげかくれるようにして、クリーオウはつぶやいた。その横で、ぶつちようづらの男たちが順番に返事する。

「おう」

「ああ」

「へえ」

「…………」

 クリーオウは剣のさやを抱いて、じろりと三人を見やった──みな三十歳ほどの、レンジャージャケットを着た男たちで、なにやら文句ありそうにぶつぶつとぼやいている。

 例の村の、外れである。目の前に小屋が並んでいるせいで、村の中からこちらは見えないだろう。小屋は、すべてかなにからしいが、入口も向こう側にあるらしい。ちょうど一昨日の真夜中にオーフェンと隠れていたのと同じしげみに、クリーオウはいた。オーフェンに言い付けられた通り、連れてきたレンジャー三人と村の外れで待機している。

がないわねー」

 口をとがらせてそう言うと、レンジャーのひとりがため息をつく。クリーオウのように武装はしていないが、しん用のてつぼうを持っている。五十センチほどの長さで刃物等を受け止める返しもついていて、これはレンジャーの標準装備のひとつである。

「なんで昨日きのうのうちに救出できなかったんだ?」

「だって……しょうがないじゃない。オーフェンが朝まで動くなって言うんだから。なんでなつとくしちゃったのか、自分でもよく分かんないんだけど……」

「人質に指示されて動く救出部隊ってのは、いったいなんなんだ……」

 レンジャーのせりふに、クリーオウはぴくりとこめかみをひきつらせた。

「あんたら、どーしてそう、人の気勢ばっかりごうとすんのよ。しよを出るときも、やれくつひもが切れただの、飲みかけのティーカップがひとりでに割れただの、姿もないのにねこの鳴き声が聞こえただの、飛び立ったカラスにあしが三本あるのが見えただの……」

「詰め所を出るときもって、自発的に出てきたように言われたくないなあ。刃物でおどされた上に、ひとり人質に取られたから、こんなトコまで──それに靴紐のことも、そんだけ重なれば、むしろ不安になるほうが当然の反応だと思うんだが……」

「なあに言ってんのよ!」

 と、クリーオウはふかむらさきたいじんジャケットの胸を、どんとたたいた。

「わたしなんて、オーフェンにくっついて家を出てからってゆーもの、毎日のように靴紐は切れるわ、ティーカップは割れるわ、落っことしてもいないのにかがみは割れるわ──いいかげん慣れっこよ」

「──で、へいおんな旅だったのか?」

「う……」

 レンジャーのつぶやきに、クリーオウは一瞬だけちゆうちよしたが、とりあえず無視して村のほうへと向き直った。

「とりあえずは、作戦を立てないといけないわね。どこがけいかいうすかしら」

 熱っぽく語るも、レンジャーたちはごまかされない。

「なあ……やっぱり、なにかがどこかでちがってたような気がしねえか?」

やくびようがみなんじゃねえかな」

「母ちゃんのゆいごんなんだけどよ……きんぱつにだまされると救いがねえぞって──」

「ああ、もう! うるさいわね! わたしが悪かったわよ!」

 クリーオウは小声でって、もう、というようにふくれっつらをした。

 と──

「あれ?」

 みようなものに気づいて、クリーオウは声をあげた。彼女の足元──お気に入りのスニーカーのつまさきれるように、なにやら黒いかみふさのようなものが地面に落ちている。房は、一握りくらいの太さで、クリーオウは一瞬それが黒いキツネの尻尾しつぽだと思い、そして黒いキツネなどいないということに気が付いた。房──黒い尻尾は、手近な草むらの中へと続いている。長さは──少なくとも草むらからのぞいているかぎりのものは──たいして長くない。犬の尻尾程度だ。

「ねえ、なにかしら、これ」

 手近なレンジャーの腕をつんつんとつついて、クリーオウは聞いてみた。レンジャーは、ちらりと見てから、

「さあ……犬の尻尾じゃねえか?」

 聞かないでも思いつきそうなことを言ってくる。クリーオウは、そっとその尻尾に触れながら言った。

「犬じゃないわよ、これ……犬の尻尾って、別に湿しめってたりしないでしょ」

「湿ってる……?」

 と、ぞっとしたような声を、レンジャーがあげる。

「うん」

 うなずいて、クリーオウはぞうにその尻尾をつかんだ。瞬間、がさり、とその草むらが揺れる──

 いきなり尻尾をつかまれて、それを確認するような形で草むらから姿を現したのは、真っ黒な子犬だった。くるりと身体を丸めるようにして、自分の尻尾をつかんでいるクリーオウの手と、顔とを交互に見る。その動作は犬にしてはあまりに知性を感じさせたし、それに──子犬と目が合って、クリーオウはぽかんと口を開けた。子犬の目は、あざやかな緑色だった。

「ディ──ディープ・ドラゴン──」

 レンジャーたち三人が、同時に悲鳴じみた声をあげる──

「ディープ・ドラゴン……?」

 クリーオウは、あっけにとられるようにつぶやいた。正確には、その子供だが。

 子ディープ・ドラゴンは、声もあげずにクリーオウの手に鼻先を押し付けてきた。あまえているのではなくて、手を押しのけようとしているのだろうが。そのぐさに、クリーオウは思わずくすりと息をらした──オーフェンが、この生き物をとてつもなく危険きわまりない暴君のように言っていたのを思い出す。

 と──クリーオウは、はっとした。彼女のすぐ横で、レンジャーが鉄棒を振り上げたのだ。そのねらいは──いまだ彼女の手をどけようとな努力をしている子ディープ・ドラゴン。

「ちょっとぉ!」

 クリーオウは思わず大声を出して、ディープ・ドラゴンをかばうように身体を投げ出した。あぶらで湿った真っ黒な毛並みをめた、と思った瞬間──後頭部に、金属の一撃をもらう。鼻から短く息が漏れて、続いて顔面にもにぶい一撃を受けた──地面に顔を打ち付けたのだ。

「痛つっ……!」

 腕の中でもがくディープ・ドラゴンを感じながら、クリーオウはうめき声を出した。驚いたようにレンジャーが声をあげる。

「お、おい──だいじようか?」

「だ──」

 とつぜんもうれつに怒りがき起こる。

「大丈夫なわけないでしょ!」

 子ドラゴンをかかえたままね起きて、持っている剣のさやで男のよこつらを張りたおす。

「なに考えてんのよ! あんなもんで思いっきりたたかれたら死んじゃうでしょ!」

「ケガひとつねーじゃねえか……」

 信じられないが、という調ちようでつぶやいたのは、別のレンジャーだった。クリーオウは、きっとそちらをにらみつけ、

「この子が、てコトよ!」

 と、腕の中の子ドラゴンをあごで示す。子ドラゴンはもうあがくのはやめたのか、あるいは意外とごこがいいと思ったのか、彼女の胸でこぢんまりと丸まっている。

「い、いや、ちょっと待ってくれよ──」

 なぐり倒されて地面にしりもちをついたままのレンジャーが、痛むあごを押さえながら声をあげる。

「ディープ・ドラゴンだぞ──《森》の中でこいつらに出会ったら、もう助からねえっつー、あのドラゴンだぞ? 危険極まりない──」

「まだ子供でしょ! それに大声出さないでよ。村人に気づかれちゃうわよ」

 クリーオウが言うと、彼は、うっと口をつぐんだ。ここは村の外れで、ひとかげも見えないし、大丈夫ではあるだろうが。

「し、しかし……なんでまた、こんなもんが……」

 ほかのふたりが近寄ってきて、ディープ・ドラゴンの背中をつつく。クリーオウは肩で、そのふたりの手をさえぎった。

 ドラゴンは、きょとんとこちらの顔を見上げている。

 その鼻先に、ちょんとあごでれながら、クリーオウはつぶやいた。

「そりゃドラゴンだって、子供くらいはいるでしょ。この《森》に住んでるんなら、ここにいたって不思議じゃないじゃない」

「いや、ドラゴンってのは、つうひとざとになんか近寄らないもんなんだが……」

「そんなの知らないわよ、まいなんじゃ──」

 クリーオウは、不意に言葉を飲み込んだ。なにがあったというわけではない──ただ、背後から、なにかあつとうてきあつかんのようなものを感じた。見ると、こちらを見ていたレンジャーたちも、いつの間にか彼女から視線を素通りさせて、背後のほうを見上げている。

 おそる恐る、り返ってみる──と、そこにはとてつもなく巨大な、黒いものが待ち構えていた。

「うあ──」

 うめくように口にして、倒れたままのレンジャーが絶句する。音もなく──本当に文字通り音もなく、そこには巨大なディープ・ドラゴンが立っていた。背の高い木々の間にかくれていたのだろうが──

「どうして気づかなかったのかしら」

 クリーオウは、誰にともなく聞いた。レンジャーがふるえ声で答えてくる。

「ディープ・ドラゴンてのは、その気になれば、姿を消すことができるんだってよ……」

「もうだ……」

 と、ほかのふたりが続けて声をあげる。

「やっぱりそうか──俺の家系は、先祖代々金髪にだまされてるんだ……」

 クリーオウは無言で、ディープ・ドラゴンを見上げた。

 頭の高さは、三、四メートルはあるだろう。しつこくみを持つ、おおかみのドラゴン種族。とがった鼻先はじっと静かにこちらを指している。どうようなどじんもなさそうな落ち着いた緑色のそうぼうに、思わず引き込まれそうになって、クリーオウは、はっと自制した。

(なんてきれいなけもの──)

 胸中でつぶやく。クリーオウは初めて、ドラゴンしんこうが存在する理由が分かったような気がした。

 と、やがて、じっとこちらを見つめていたディープ・ドラゴンのまなしが、ふっと細くなる。そのまま、巨大なドラゴンは鼻の先をこちらに近づけてくると、クリーオウの腕の中の子ドラゴンを、口でそっとつかみ上げた。そのまま、ぶらんとぶら下げられている子ドラゴンを持ち上げて──自分のかたわらに下ろす。地面に触れた子ドラゴンは、なにやらうれしそうに、その場ででんぐり返しをした。

 親ドラゴンは、そのまま特に気にするでもなく、すうっと首を動かすと、クリーオウらと並ぶようにして村をながめはじめた。

(このドラゴンの子供なんだわ。でもなんで、このドラゴンはここに──)

 まるでこのドラゴンは、村に用事があって待っているように見える。

「あなたたち、この村になにか用なの?」

 問いかけたのは、特に深い考えがあったわけでもない。なんとなく聞けば答えてくれるような気がしたのだ。

 が、ドラゴンは答えない。

「ねえ──」

 と声をあげかけて、クリーオウはまた、はっと止めた。目の前のドラゴンの、すぐ向こうに──またドラゴンがいる。彼女はあわててあたりを見回した。

「な…………」

 と、きようがくのうめきをらす。彼女らのまわりには──村を取り囲むようにして、無数のドラゴンがじっと立っていた。みながみな子供づれということはないが、身体の小さいドラゴンも、ちらほらと混じっている。

 剣を抱えたまま、クリーオウは立ちくした。三人かたまって震えているレンジャーを見やり──ドラゴンのするどい鼻先を見やり──早朝の村を見やって、わけもなくかぶりをる。夢を見ているのだろうか、と彼女は思った。村を取り囲むドラゴンは、全部で数十頭はいる。そのたった一頭ですら、人間の魔術士が一軍団を編制してり出してもかなわないのだとオーフェンは言っていた。このドラゴンたちの目的がなんであるかは知らないが、──場合によっては、これ以上ないというほどの危険の中に、彼女も、そして村に捕らわれているオーフェンやマジクもいるということになる。

 ぼうぜんと立ち尽くしていると──くつの横をかれた。見下ろしてみると、地面を転がって一人遊びをしていたさっきの子ドラゴンが、またこちらまで転がってきたらしい。

 子ドラゴンを抱え上げて、クリーオウはたんそくした──だから退路は、ふたりで確保しておいたほうがよかったのだ。