第五章 マクドガルの秘密
夜が明けるのは早かった。実際、あの後眠りについたらすぐだったといっていい。
朝になって、オーフェンは村の中を歩いていた。頭痛が収まっているのを確認してから、地下牢の鍵を開け、見張りふたりを適当に蹴転がし、塔の外に出た。まだ早朝だが、この村の朝はそもそも早いらしい──村人の大半は目覚めて、もう外に出ている。オーフェンが歩くのを、みな遠巻きにするように、じっと見ていた。
中年の女、それに連れられた子供、がっしりした男、気の弱そうな娘──なんということはない、ただの村人たちが、こちらを見ている。若い男というのは、あまりいないようだった。サルアの話では、血の気の多い連中は、みなマクドガルの取り巻きになっているということだったが。
ドラゴン信仰者は魔術士を嫌悪する──事実、この村の人間たちも、こちらに向かって気持ちのいい顔はしていない。ましてや、黒魔術の最高峰たる《牙の塔》の紋章を身に着けているのだから、石くらいは飛んでくるかもと正直警戒していた。が、とりあえず、そういったことはなかった。今のところは。
(恐れてるんだ、俺を──)
オーフェンは歩きながら、そう悟った。村人たちの表情には、確かに恐れのようなものが見えかくれしている。
(なんで俺を恐れて、マクドガルに危惧を抱かない?)
村人たちにしてみれば、それが当然なのだろうが、オーフェンは不思議でならなかった。
彼は歩きつづけた。目的地は、教団の塔から少し南下したところ──マクドガルの屋敷である。
この教祖の屋敷を見て、豪勢だと考えるか、質素だと思うか、微妙なところだとオーフェンは思った──確かに村の、周りの家々と比較すれば多少は大きめに作ってあるが、それでもオーフェンが渾身の力で魔術を放てば、地上から根こそぎ消滅させられる程度のものでしかない。ほかの小屋と同じく庭といったものはなく、ただ玄関先に小さな花壇などあったりする。屋根の形も窓の数も、普通の木造の屋敷である。ペンキは貴重品なのだろう──ほとんどの壁は、木材むきだしだった。
ノックせずに──ノッカーがなかったので──、ドアノブに手をかける。早朝なので、まだ鍵はかかっている。教祖の朝は、遅いらしい。
ようやく普通の村人たちとの区別がついて、オーフェンはなんとなくほっとした。
ほっとしたついでに右手を振り上げ──ノックがわりにドアにたたきつけようと──
突然、がちゃりと鍵が外れる音が聞こえた。きい、と木材のきしみ音を立てて、ドアが開く。同時に、声がした。
「よう。早かったな……細かいことは、フィエナに聞いてるぜ」
扉を開けたのは、サルアだった。昨夜と同じ格好で、剣は下げていない。眠そうな気配などまったく見せずに、彼は続けた。
「御大はまだ寝てるぜ──昨夜は遅かったんだ。打ち合わせでな」
「俺が来たんだ。起きてもらうさ」
オーフェンはぼそりと言うと、サルアの横をすり抜けて玄関の中に入っていった。
通りすぎるときに、声をひそめて、サルアが聞いてくる。
「あのガキは?」
「知ってて聞いてるんだろう──あいつは、あいつの持ち場にいってるさ。フィエナの話じゃ、村を滅ぼすほどのなにかが起きるのは今日だっていうんだから、もう行動は起こさせてもらう」
「まさかと思うが……マクドガルを逃がすような真似はしねえだろな? あいつを取り逃がせば、俺の首が飛ぶんだ──比喩で言ってるんじゃねえぜ?」
「知ったことか。暗殺者の片棒をかつぐつもりはねえ。せいぜい目を光らせておくんだな」
屋敷の中は、えらく雑然としていた──一応、玄関があって廊下がある、といった造りにはなっている。オーフェンはなんとなく気になって、一番手前の扉を開けた──応接室らしき部屋であるが、汚れている。床には酒瓶やらなにやらが適当に散らばり、向こうの隅には洗濯物らしき塊も落ちていた──取り巻きたちが寝泊まりしているだけあって、完全に男所帯らしい。
その部屋に入る。後ろから、サルアもついてきた。
「なんだよこの部屋は……」
オーフェンが聞くと、サルアは、へっへっと笑い、
「だからよ、打ち合わせの痕跡だよ。おっと……こいつは御大の取って置きだな。一級酒だよ、おい」
「知らん知らん」
オーフェンは言いながら、サルアの取り上げた空瓶を蹴りとばした。ばたんと扉を閉める。オーフェンは嘆息まじりに聞いた。
「マクドガルはどこにいるんだ?」
「奥の寝室に決まってるだろ……だが、御大に会ってどうするつもりだ?」
「話をするんだよ。それはそうと、取り巻きたちはどうしてる」
「家に帰ってるはずだぜ? だが、打ち合わせが明け方まで続いたらしいからな。午前中は起きねえだろ」
「ふうん……」
オーフェンはうなずいて、廊下を奥に向かっていった。ややしてから、後ろから、サルアがあわてたように声をあげる。
「お、おい、御大と話!? なんのつもりなんだ?」
答えずに、オーフェンは進んだ。なんとなく見当をつけて、扉を開ける。
床にばらまかれた本やら紙片やらは、どう考えても読んでから置いたというよりは、単に投げ出すために本棚から出したように見えた。部屋の入口から奥のベッドまで、懸け橋のように落ちている服は、脱ぎ捨てていったものらしく、手前からサマーセーター、ブラウス、下着、スカート、靴下と続いてる。なんで下着とスカートの順番が逆なのか、よく分からなかったが。ベッドは足が一本折れているのか、妙な方向に傾いている。ガス灯が床に横倒しになっているのは、とてつもなく危険ではあったが、この部屋の光景にはふさわしいかもしれないとオーフェンは思った。ベッドのシーツはぐしゃぐしゃで、毛布にくるまって、死体みたいな格好で若い女がいびきをかいている。髪の毛がぼさぼさになった頭のほかは、素肌の足だけが毛布からのぞいていた。
オーフェンは、横目でじろりとサルアを見やった。彼は、自分の黒髪をごしごしやりながら、
「照れるなあ。俺の部屋だ」
オーフェンは扉を閉めた。いびきも聞こえなくなる。
「お前な……本当にキムラック教会の教師なのか?」
「いや、だから、そう思われないための偽装だってばよ」
「…………」
「ホントだって。ほかにも毎晩酔っ払いのふりして、牛小屋から牛逃がしたり、ガキに幽霊話を聞かせて、話に出てきたゴム顔男を追い払うためのおまじないを教えてほしければその飴玉よこせとか、この俺の崇高な地を隠すためにゃ、いろいろ苦労してんだ」
「……いいけどよ。別に」
オーフェンは、あえてそれ以上は追及せず、廊下を見回した。
「にしてもなあ……おい、奴の寝所はどこなんだよ。てめえが最初から教えてくれりゃ、余計なもん見ずに済んだんだろうがよ」
「不法侵入のくせに、態度でけえな、お前は……」
サルアはぶつぶつ言いながら、それでも自分の寝室の対面の扉を指さした。
「ここだよ。寝室には、拳銃は持ちこんでいない……一度暴発してから懲りたらしい」
「なるほど……」
(その辺の情報は、さすがに抜け目ねえな)
オーフェンは思いながら、扉を開けた。
マクドガルの寝室は、驚くほど整然としていた──そもそも散らかすほどの物が置いていないというのもあるのだが、その様は、まるっきり教会の教師のたたずまいという気がする──まあ、背後の殺し屋のような罰当たりはともかくとしてだ。元教師、というフィエナの言葉を思い出しながら、オーフェンは、部屋の奥のベッドの上を見やった。
マクドガルは、ちょうど身体を起き上がらせようとしているところだった。これも地味な寝間着で、もし女房がいたとしたら、絶対に許してもらえないような色気のない代物ではある。マクドガルは独身だろうが。
「いい朝だな」
オーフェンは、わざとらしい声でそう言った。マクドガルは、ちらとこちらを見てから、つまらない冗談を聞いて損した、とばかりに唇を歪める。口ひげをもごもごさせながら、彼は応えたきた。
「《森》の朝だ。当たり前だろう」
「雨は降らねえのか? ここは」
「雨が降ろうと《森》の朝は静謐だ。静謐で……神聖だ。すべてが始まり、昨日が終わる」
「なるほど。そういうことを言っているのを聞くと、あんたがキムラックの教師だったってのが納得いくね」
瞬間、マクドガルの表情に、ひび割れるように動揺の気配が走る。シーツをどけようとしていた手も、きゅっと力がこもったようだった──ついでに、背後からサルアが、げ、と声をあげるのも聞こえた。
しばし静寂が朝を止める。マクドガルは、初めて真正面からこちらを向いた。
「なんのつもりだ? 魔術士」
「なんのつもりだ?」
と、くりかえしたのはサルア──しごく小声で。オーフェンは背後は無視して、
「俺の後ろに立ってるキムラックの殺し屋の言うことは、気にしないでくれ」
ぶっ──と、サルアが吹き出す。オーフェンは構わず続けた。
「それに、あんたが《森》の心臓だかなんだか知らねえが、よりによってドラゴン種族の聖域にちょっかい出そうなんぞと考えていようと、知ったことじゃないしな」
「お、おい、いい加減に──いやもう遅いか。なんのつもりなんだ、おい!」
つかみかかってくるサルアを、オーフェンは肩越しに見やった──そして隙を見て、さっと身を躱し、相手の背中に掌を当てる。
「我導くは死呼ぶ椋鳥!」
呪文とともに、触れていたサルアの身体に直接、破壊的な振動がたたき込まれる──暗殺者も、さすがにもんどり打って床に倒れた。そのまま床の上を一転、二転するほどの衝撃に、絶望的な悲鳴をサルアがあげる。
「てめえ──裏切っ──」
「もとより、暗殺者と協力するつもりなんざねえんだ」
「そんなことで恩を売ったつもりか?」
床に倒れたサルアなど一顧だにせず、マクドガルがつぶやく。オーフェンは肩をすくめた。
「いや別に。こいつがどうも、取引を邪魔しそうだったんでね」
「取引……?」
眉をひそめて、マクドガル。床の上から、もう声も出せないのか、サルアが凶悪なうめき声をあげる──
オーフェンは続けた。
「フィエナを解放しろ」
「なに……!?」
マクドガルが、ぎょっと目を見開くのが見えた。それを見据えながら、くりかえす。
「そんだけだ。ほかは、うるさいことは言わねえ。真正面から頼みに来た──彼女を解放しろ。そうすれば多分、あんたも死なずに済む。この村のすべての人間がな」
フィエナは、そんなことはひとことも言っていなかったが、彼女の口ぶりからそうではないかという気がしていた──マクドガルが計画に彼女を利用しようとしたせいで、なにかの危険が訪れるのだ。十四歳の少女がすんなり死を覚悟してしまうほどの、絶望的な危険が。それを回避するためには、恐らく、マクドガルにこの取引を飲ませる以外にはない。逆に言えば、これさえ通ればすべては丸く収まるはずである。
暗殺者を封じたのは、とりあえずその取引を有効にするためだった──暗殺者が背後に控えているときに、生命をカタに取引ができるわけもない。
マクドガルは表情を、さっと平静なものにもどした。
「馬鹿げたことを……」
オーフェンは答えずに、ゆっくりと足を進めた。床に倒れているサルアをまたいで、マクドガルのいるベッドに近寄っていく。
元教師は、続ける。
「お前には分かるまい……わたしとて、計画の危険性は承知している。計画を立てたがために、わたしの生命を狙うであろう者が、そこの死の教師だけではないということもな……だが、それでもわたしは続けねばならない」
「なぜだ」
「わたしは、キムラックで、お前が見ていないものを見た。それを見れば、誰であれ、こう考えざるを得ないだろうよ──現在のままの大陸では駄目だ、とな。もっと……力を持った存在が必要とされる。ドラゴン種族をも越えるような……」
そのせりふを聞いて、オーフェンは電流のように、脳裏に走るものを感じた。数週間前に出会った、気の狂れた老魔術士も、キムラックでなにかを見たと言っていた……
オーフェンは、口を開いた。
「俺が前に会った奴も、あんたと同じものを見た──だが、そいつは完全に怯えきっていて、なにひとつ話すことができなかった。あんたは、まだマシなようだな」
「わたしとて……恐れているのには違いない」
「話を聞かせてくれたら、場合によっては協力する。なんにしろ……暴走はしてもらいたくない」
言いながらオーフェンは、また一歩マクドガルに近寄った。もう手を伸ばせばとどく距離にあって、マクドガルはわずかに伏し目になり、低い声音を出した。
「すべての原因は、過去にある──」
つぶやきながら、マクドガルが、少しだけ動いた。同時──
ごずっ──頭蓋骨が、小さな響きをあげた。視界が小さく振動し、目の中央にちっぽけな黒丸が揺れて、消える。続いて──本当は同時に聞こえたはずなのだろうが──がちゃんと、陶器が割れる音。なにか白いものが、ぱらぱらと顔の前をこぼれ落ちた──
オーフェンは、そのまま撲殺されたように床にあごを打ちつけた。ばたばたと、マクドガルがベッドから跳び起きて駆け出していく。部屋から出ていったのだと、オーフェンは悟った。どうやら、こちらが近づいたのを幸い、隙を見て花瓶かなにかで殴りつけてきたらしい。
(くそ──)
いきなりのことで、避けられなかった。オーフェンは悪態をつきながら立ち上がった。べったりと、額が血で濡れている。見回しても、部屋の中に既にマクドガルの姿はない。床の上に花瓶の破片と、昏倒したサルアがいるだけだ。
オーフェンは、マクドガルを追って廊下に飛び出した。すぐ近く──ふたつ先の扉が、ばたんと閉まるのが見えた。
「待て、マクドガル──」
弱々しく、オーフェンはうめいた。同時に、再び閉じた扉が開く。
その中からゆっくりと、マクドガルが姿を現した。その左手には、拳銃が握られている。ちらりと見たところ、彼が出てきたのは書斎のようだった。拳銃の保管場所なのだろう。
血が、目に入ってきた。
銃口をしっかりとこちらに向けて、マクドガルが口を開く。
「図に乗るな、魔術士ごときが──場合によっては協力するだと?」
「頑固な親父だな」
「性格のせいではないさ──どの道、すべての計画のためには、魔術士は地上にいてはいかんのだ。二百年前の、人間の魔術士とウィールド・ドラゴンとの戦いが、なぜ起きたと思っている?」
「天人は、自分たちが滅びるのを、生き残る人間の魔術士に対して、嫉妬した……」
出血に朦朧としながらオーフェンは、随分前にアレンハタムの地下で聞かされたことをくりかえした。マクドガルとの距離は五メートルほど──一跳躍で飛びかかれる距離ではない。
マクドガルは、哄笑にも近い笑い声をあげた。
「はあはあ! 天人が本当に滅びたとでも思っているのか!? ドラゴンの女王が!」
叫びながら、マクドガルの指が引き金を引こうとするのが見えた。オーフェンは口早に唱えようとした。
「我は放つ光の──」
がっ!──再び、鈍痛──
後頭部に、なにやら固い一撃をもらい、オーフェンは卒倒しそうになりながら後ろを見やった──と、額に脂汗したサルアが花瓶の破片を片手に立っている。その破片で殴られたのだろうが──
「てめえ、この裏切り者──」
ゆっくりと聞こえてくる、声──倒れていく中で、たまたま視線がまた回転したのだろう、マクドガルの姿が映った。マクドガルは銃口をこちらに向け、やはり引き金を引こうとしている。指が動いた。弾けるように、なにかが動く──刹那──
ばっ──
と、廊下のすぐ右手、目の前で扉が開いた。こちらから向こうへ開く形で、開いた瞬間、木の扉がばしいと揺れる──銃弾を防いだのだろう。
ドアを開けたのは、見覚えのあるずんぐりした人影だった。
「……あれ?」
きょとんとした顔で、たぶたぶの寝間着を着たボルカンはこちらを見やった。どうやら、そこは使用人部屋だったらしい。兄のすぐ後に、ドーチンも顔を出している。
説明している暇はない──オーフェンは意識をはっきりさせると、倒れかけた体勢から、背後のサルアに足払いをかけた。普通なら避けられてしまうだろうが、相手も魔術を一度食らってだいぶ消耗していたのだろう。なす術もなく、廊下に転んだ。サルアの手から、花瓶の破片が落ちる。オーフェンはそれを拾い上げると、倒れたサルアの脳天にそれを打ち下ろした。今度こそ本格的に、サルアが悶絶する。
背後で──また、ドアが閉じた。顔だけ振り返ると、ボルカンらが出てこようとしていたのを、マクドガルが無理やり押しもどしたらしい。再び銃口が、ぴたりと狙いを定める。オーフェンは、とにかくマクドガルの寝室まで逃げ込もうと、銃口に背を向けて思い切り跳躍した。が、寝室の入口まで飛びのいたところで、マクドガルの指が引き金を引くのが見える──
と、また目の前でドアが開いて、銃弾を受け止めてくれた。
「ねえ、どしたのぉー?」
今度ドアを開けたのは、サルアの部屋でいびきをかいていた女だった。胸元から下を毛布にくるまって、寝ぼけた顔をしょぼしょぼさせている。これだけ大騒ぎしていれば、家人が起き出してくるのはむしろ当然だろうが、このタイミングの良さは、むしろもてあそばれているような感じがして、なんだか情けなくなってくる。オーフェンはめんどうくさくなって、女を部屋の中に蹴りもどした。
「どいてろ!」
叫んでから、開いたまま盾になっているドアに向けて、右手を突き出す。
「我は放つ光の白刃!」
かっ!──
放たれた光熱波は木製の扉をたやすく打ち破り、破片を吹き飛ばしながら廊下を燃え上がらせた──轟音に、屋敷そのものが揺れる。光の炸裂が収まると、廊下は床も天井も無数にひび割れ、壁にも鉤裂きのような余波の痕跡が走っていた。廊下の、あまり離れていない隅に、マクドガルが倒れている。なぜかその近くにボルカンとドーチンまで黒焦げになって気絶していたが、サルアの姿はなかった。
ボルカンとドーチンの心配は、特に必要なかろうと、オーフェンはマクドガルに近寄った。生きてはいるが、身体の各所に砕かれた扉の破片を受けて出血している。拳銃は、どこかに取り落としたのか、持っていない。オーフェンはマクドガルのほおをはたいて、目覚めさせた。
「おい、起きろよ」
「う──うう……」
うめき声をあげて──弱々しく目をしばたかせて、マクドガルが意識を取りもどす。
オーフェンは静かに告げた。
「いいか──お前が受けたのは致命傷だ。ほっとけば、必ず死ぬ。俺が魔術で癒さないかぎりはな」
「くっ……!」
マクドガルがうめいたのは、傷の痛みのせいだったのか、それとも嫌っている魔術で癒してもらうという考えに抵抗したためかは、オーフェンには判断がつきかねた。
「命が惜しければ、話すんだ──お前がキムラックで見たものは、なんだったんだ。人間を発狂させるものってのは、なんなんだ」
「う……ふうっ……」
マクドガルは息を荒げるだけで、なにも答えない。ただ双眸に、凄絶な満足の表情をたたえて──
(こっちの脅迫に抵抗することに快感を感じてやがんだ)
オーフェンは悟って、いらだたしげに吐息をもらした。
「てめえ! 強情はってると、本気で死ぬぞ! ちっと話すくらいのもん、なんでもねえだろうが!」
「ふ……ふ……」
「くっ……!」
オーフェンはうめいて、マクドガルから手を放した。突き放されて、どすん、と壁に後頭部をぶつけても、マクドガルは笑みを消さない。
「この馬鹿……」
オーフェンは目を閉じて、また開くと、もうどうでもいいというように、マクドガルの身体から無造作にぶちぶちと破片を抜いた。すべての扉の破片を取り除いてから、手をかざして小声で唱える。