「ぢょっどお仕置きをずるだけっで言っだじゃないがああっ! 当てるつもりはないがらっで言っだじゃないがああっ!」
涙でべたべたに
「……涙でふやけたほうが、きっと矢が
「なかなか科学的ですね、お師様」
「
泣きまねをやめて、ボルカンが
「なにが慈悲だ、この福ダヌキ! てめえがつまらん口すべらせたせいで、こちとらこのくそいまいましい地下牢で、
「なにがだ、金貸し! ケガしよーがなんだろーが気がつきゃ治ってるゴキブリ体質が、もったいぶって根に持ってるんじゃねえっ! ヘアマニキュアで
「
「びっくり箱から飛び出し殺すぞ!」
不毛に続く
「なにやってんだ、お前ら……」
ぽつりと、口にする。今さら、はっと気づいたように、ボルカンがこちらを向いた。ぶわっと涙を飛び散らしながら、わめいてくる。
「ああっ!
一方、平然とした口調で、黒魔術士。
「……実は、その通りなんだ」
「気晴らしで殺すなああっ!」
「あなたは、確か……」
ふたりの口論は別に、じっとこちらを見て静かな声をあげたのは、例のマジクとかいう少年だった。もっとも、子供とはいっても、魔術を扱えるのは知っているから、油断はできないが。
(便利な能力だ)
たまに、うらやましくなる──もっとも、こんなことを
サルアは、開けっ放しになっている牢の
「俺はサルアだ──お前は、確かマジクとかいったな……あんたは?」
と、これは地面に転がったままの黒魔術士に。昼間、マクドガルに連れられて見に来たときよりもひどく
黒魔術士は、
「俺はオーフェンだ」
「へえ?」
サルアはにやりと返事しながら、黒魔術士──オーフェンの横にかがみこんだ。手を
「剣と、一本脚のドラゴンの
ぴくり、とオーフェンの表情に
サルアは肩をすくめて、ペンダントをもとにもどした。別に、名前を
(チャイルドマン教室の〝サクセサー・オブ・レザー・エッジ〟キリランシェロ……)
人類史上、ありとあらゆる面で最強の力を持つ黒魔術士チャイルドマン──その
それだけ分かれば──
「ふむ……」
つぶやくと、サルアはレンジャージャケットのポケットのひとつから、小さな飛び出しナイフを取り出した。ぱちんと刃が飛び出し、サルアの手の中で
「な、なにをするんですか!」
と、思いのほか素早く立ち上がって、こちらに飛びかかってくる──
(
とサルアは思った。こちらが
「助けてくれるんですね!?
サルアはナイフを
ナイフの刃は地面に
思わず笑みを浮かべながら、顔を上げる──オーフェンはすぐそばに立っていた。顔色は
「身動きできねえってのは……
サルアがつぶやくと、オーフェンは事もなげに答えてきた。
「
「タフだねえ……」
サルアはにやりとして、地面からナイフを引き抜いた。そのまま一挙動──いや半挙動で、オーフェンに向かってナイフを投げ付ける。黒魔術士はあっけなく避けて、ナイフはそのまま背後の、ボルカンの頭に突き刺さった。
「ひああああっ!」
──という地人の悲鳴──それが、開始の合図になった。
相手に魔術を使わせるわけにはいかない──サルアは右手を抜き手にして、オーフェンの顔面を
だが、どれにしてもオーフェンは気づいていたらしい──抜き手は無視してこめかみをかすらせ、ボディブローは
(やはり──キリランシェロ! 本物だ!)
サルアは胸中で
フェイントであれ、抜き手がオーフェンの顔をかすったのは好機だった。オーフェンは反射的に左目を閉じている。その死角から、サルアは抜き手をそのままひるがえし、ぱっとオーフェンの顔の左半分を手で
その手がとどくよりも早く、オーフェンはまったく身じろぎすらせずに、こちらの身体を突き飛ばした──
が──
「へっへえ!」
サルアは、さっと
(
剣を
と、
ぐっと、鼻先が押しもどされるような圧力を感じて、サルアは手を止めた。オーフェンがすぐ目の前で、右手を
黒魔術士が、押し殺した声で警告してくる。
「悪ふざけですむのは、剣を抜くまでだぜ」
魔術を使おうとしている。
「
サルアは言って、剣から手を放した。オーフェンも、すっと手を下ろす。
「どっちがだ。
「そいつはまあ、そうだが……素手じゃハンデがありすぎるだろ」
つぶやいて、サルアは
「……おあつらえむきに、みんな寝ちまったようだな」
「お前があらかた眠らせたんだろうが──」
と、オーフェンがつぶやく。同時に魔術士は、上げていた右腕を下ろした。サルアは、そのまますっと後ろに跳んだ。表情から笑みを消し、静かで──冷たい、
もっとも彼の口から出てきたのは、先刻までとあまり大差ない、
「あまり
それを聞いてオーフェンも、サルアの変化を
彼がつぶやくように言う。
「キムラック教会は、直属の暗殺者たちを
「死の教師サルア・ソリュード。暗殺者の
そのままサルアは、すらっと
「死の教師の、ガラスの剣か……」
オーフェンがつぶやいた。サルアの持っている剣は、
からかうように、サルアは言った。
「もっとも、〝サクセサー・オブ・レザー・エッジ〟──
「…………」
オーフェンが無言で腰を落とした。左腕を上に上げる──いざとなれば左腕を
黒魔術士は、神経にまで達する傷でなければ、その傷をいくらでも
サルアは剣を斜めに構えつつ、半歩ばかり右に移動した。
オーフェンが、言ってくる──やぶにらみの目付きで油断なくこちらを
「なんでキムラックの死の教師が……こんなところにいる?」
「なら《
サルアは聞いて、にやりとした──この問いに対して、魔術士がちらりとでも底意を見せたなら殺さなければならない。それは多分、可能だろう。
彼が聞いた限り──キリランシェロという黒魔術士は暗殺者ではない。いかに
沈黙──じっと──相手はこちらを見ている。
そして、気が
「てめえ……ンな
「……あん?」
サルアの構えた剣の先が、少しコケる。そして──
「なにやってんのよぉっ!」
背後から子供っぽい
◆◇◆◇◆
あう……
そんなうめき声が、
「きゃあああっ!?」
かん高い悲鳴、そして、剣が、からんと床に落ちる。その刀身に、ほんのわずかについた
「大変、血が出てる!」
当たり前だろ、と胸中で毒づきながら、オーフェンはうめいた。
「お・ま・え・は・なぁ~!」
と、びしと指を
「どこから
「どこって……そこの入口から、こっそり入ってきたんだけど」
クリーオウが、背後の階段を指さした。
「こっそりって、お前……」
どうやら、サルアと
「なによぉ。オーフェンが、レンジャーを連れてこいっていうから、大急ぎで連れてきたんじゃない。村の外れで待たせてあるわよ。とにかくオーフェンを助けようと思って、わたしだけ
「ふつーは、お前が待機してレンジャーが潜入してくるもんだろ。大体俺は、レンジャーを連れてこい、つった覚えはねえぞ。レンジャーの詰め所で待ってろっつったんだ」
「なによぉ」
クリーオウが口をとがらせる。
「ま……お前が俺の言うことを聞くとも思ってなかったけどよ」
オーフェンはぼやきながら、
「ったく……にしても、こんなに早くもどってくるとはな……」
それを聞いて、びくん、とクリーオウが
「あ、あーっ! やっぱり、わたしをのけ者にするつもりだったのね!」
「当たり前だろ! お前がからんで事態が好転したことが一度でもあったか!?」
「う…………」
きっぱりと言い返されて、クリーオウが言葉を飲む。オーフェンはさらに続けた。
「今だって、いきなり後ろから人を
と、うつ
「だ、だって……こんな
「…………」
言われてオーフェンは、再び牢の中を見回した。ボルカンなどは頭にナイフが
(しかし……『なにはともあれ』で倒すか? 死の教師を……)
「なんにしろ、こいつは
オーフェンはごまかすようにクリーオウから目をそらすと、サルアの上にかがみこんだ。後頭部の傷に手を伸ばす。不意をついた一撃とはいえ、しょせんは腕力のないクリーオウのものだ。出血はかなりのものだが、骨折などの
「我は癒す──」
「…………」
オーフェンは、呪文を取りやめて顔を上げた。クリーオウも、その視線に気づいてきょとんとした顔で振り向く。彼女の背後──階段に、
「フィエナ……」
オーフェンは、つぶやいた。ここが地下とはいえ、あれだけ大騒ぎしたのだから、同じ塔の最上階にいる彼女が物音に気づいて下りてきたとしても、さほどおかしくはないのだが──
オーフェンは、なにか違和感を覚えていた。それは、その少女の、どこか
「
クリーオウが聞いてくる。オーフェンはぽつりと答えた。
「巫女だ。この村の……」
「へえ……」
と間の抜けた声をあげて、クリーオウがフィエナを見やる。
「可愛い服♪
彼女のあげた気楽な声を、フィエナはさっと無視した。そのまますたすたと、牢の中に入ってくる。クリーオウの横を通り過ぎ、彼女はオーフェンの手を押しのけるように、サルアの傷に手を伸ばした。
フィエナはそのままその場を動かず、マジクのほうを見やった。気絶したままのマジクの呼吸が、ただ眠っているような、深くゆっくりしたものに変わる。彼女はまた牢屋の中を見回し──少し迷ってから、ボルカンとドーチンの傷も癒した。ボルカンの頭から落ちたナイフが、とっ、と
傷が癒えても、誰も目覚める
後者だ、とオーフェンは直感した。そう思ったことが
「あの……」
と、彼女は口を開きかけて、ぎょっとしたようにまたつぐんだ。いつの間にかすぐ横から、指をくわえるようにして
その無言の圧力に押されるようにして、フィエナは言った。
「あ……どうぞ。触っていいですよ」
「きゃ♪」
クリーオウは
オーフェンは嘆息まじりに、
「どっちが年下だか、分かりゃしねえな……」
「む」
と、クリーオウがこちらをにらみつけてくる。オーフェンは素知らぬ顔で、クリーオウが落とした剣を拾い上げた。刃についた血をハンカチで
「クリーオウ、
「ちょ──ちょっと、ストップ」
クリーオウはあわてるようにして、手で制してきた。剣を
「最初に言っておくわよ──『安全なところで待ってろ』とか『先に行っててくれ』とかいうのは、
「じゃ、退路を確保しといてくれよ。村の外れに待たせてるとかいうレンジャーたちと」
「それも
「そっか。じゃ、俺が退路を確保しておくから、あとよろしくな」
と、オーフェンはフィエナの肩をつかんで牢を出ようとした。後ろから、クリーオウがわめくように、
「あ──そんじゃ、わたしも退路を確保する」
「……ふたりで退路を確保してどーするんだよ。ほれ、相棒っていうからにゃ、役割は
オーフェンは
「オーフェン、ひょっとしてわたしのこと
「そーゆー問題じゃなくて、ただ単にじゃまなんだ」
「オーフ──」
と、
(目をのぞきこんだ)
とオーフェンは気づいた。また、なんの音もなくすっとフィエナが顔を離すと、クリーオウの表情は一変していた。なんの表情もなく
「分かった……わたし、言うことを聞く」
クリーオウがそうつぶやくと、さっと牢を出て、階段を上っていった。彼女のスニーカーが立てる音を聞きながら、オーフェンはフィエナに聞いた。
「君の魔術か?」
「はい……あまり時間がないので。すみません……」
彼女は
「いや、いい。手間が
「ええ。朝までには」
そう答えてから彼女は、きゅっと
「あの……わたし、お願いがあって来たんです」
「だと思ったよ。なんだ?」
聞きながら、オーフェンはフィエナの顔をのぞき込み、そしてふと、気づいた──マジクが言っていた、この少女の〝巫女の顔〟。
さっきのクリーオウの虚ろな表情が、それによく似ている……
フィエナの頼みとやらは、簡単だった。
「明日の朝までに、この村を逃げ出して下さい──サルアと、マジクを連れて」
それは簡単なことだった。クリーオウですら
「いえ」
と、すべてを
「わたしは行きません……わたしは、ここに残ります」
それを聞いて、オーフェンは少なからず
「……君は……俺の心が読めるのか?」
ディープ・ドラゴンの暗黒魔術でなら、それは容易なはずだ。が、その問いに、彼女は再びかぶりを振る。
「いえ。でも今のは、なんとなくそう思ったんです」
「だが……ここに残る? それは君の勝手だろうが、マジクの話では、どうもマクドガルは君を利用して
「それは本当です。でも……」
そのまま、フィエナの声はかすれて消えた。オーフェンは、まだ頭痛の残る頭をさすりながら、
「どうやら、事情があるみてえだな……もっとも、事情もなく、暗黒魔術なんぞほいほい使われた日にゃ、大陸がめちゃくちゃになっちまうけどよ」
「はい……」
フィエナは小さくうなずいて、ゆっくりした動作でサルアの横にひざをついた。さっと暗殺者の肩に触れて、ぐい、とうつ伏せになった彼を
「彼の正体を知っていますか?」
「ああ」
と、オーフェンはあっさりと言った。
「キムラックの死の教師──となれば、大陸でもかなりの実力を持った暗殺者ってことになるな。いや──暗殺者ってことなら、十本の指に入る奴かもしれねえよ。大陸でも八振りしかないガラスの剣を帯剣してるくらいだからな」
床に落ちている、刀身の見えない剣を見やる──フィエナも、同じものを見つめているようだった。
「わたしも、知っていました。彼が話してくれたんです。
と、視線を剣から、暗殺者の顔へと移す。その目付きを見て──クリーオウと
(マジクの奴、
フィエナは、そのまま聞いてくる。
「あなたは、彼の目的も分かっているんですか?」
「いや。だがこいつは、俺も自分と同じ目的でこの村にやってきたものと誤解してたらしいな。だから
「わたしも……魔術士がこの村の近くに来ているって聞いたとき、同じことを考えました。だから散歩を
「こいつの目的ってのは、なんなんだ?」
オーフェンが聞くと、フィエナは意識のないサルアの顔を見下ろしたまま、
「マクドガルの暗殺です。マクドガルは、何年か前までキムラック教会の教師だったんですよ」
「キムラック……教会総本山……」
大陸の北端──大陸全土の教会を
キムラック教会は人間の魔術士を極端に
教会総本山は、独自の暗殺者部隊である死の教師を
だが実際に機能するのは、むしろ教会総本山の意に
(もっとも──俺みたいに無防備にひとりでぶらついてるようなのは、どうだかしらねえけどな)
いらだちまぎれに
「マクドガルは、じゃあ、異端の教師だったわけか。キムラックの。それがなんで、ドラゴン
「…………」
その質問を聞いた
「キムラックで、なにかを見たらしいんです……」
「なにか?」
「分かりません!」
と、強すぎる口調で叫ぶ。驚いてオーフェンが絶句していると、彼女は、はっと気づいたように赤面した。
「ごめんなさい……大声を出してしまって……」
「いや……別に、いいんだけどよ」
オーフェンは
「にしても、マクドガルが異端の教師だとしたら……俺が──つうか、魔術士が
「……それは……マクドガルの目的が……」
フィエナはそこで、口ごもった。彼女はしばし
「マクドガルの目的はご存じありませんね? この村は、もとよりドラゴン信仰者の住む
「……拳銃の製造法は、王都の最機密事項のはずだ。王都の軍隊にしか、帯銃は
「マクドガルは王都の
「……で?」
オーフェンは
「でもマクドガルの目的は、この村を
と、フィエナは目を閉じた。
「彼は宣言しました。拳銃は、魔術士たちと戦うための武器だって。そして、もっと強い武器を手に入れるのだって。マクドガルは……その武器を手に入れるためには《森》の中心──ドラゴンの聖域たる、本物の《偉大なる心臓》に行く必要があるって、村人たちに
「聖域を
オーフェンは、腕組みしてそう言った。《森》の深部に立ち入った人間は、過去、例外なくディープ・ドラゴンによって滅ぼされている。
「知っていました……だから彼は、ディープ・ドラゴンに対抗するためのなにかを見つけようと、やっきになっていました。そこに……わたしが、この村にやってきたんです」
「君の……魔術で、ドラゴン種族に対抗しようと?」
「そうです」
「
なんということもなく、オーフェンはつぶやいた──フィエナが、ドラゴン種族の魔術を扱えるのは
本物のディープ・ドラゴンと
だが、その言葉が彼女に与えた
彼女は、急に
「そうです……馬鹿げているんです。そんなことを思いつくべきじゃなかったのに──彼は、その計画にわたしを参加させようとしたことで……」
フィエナは
「
「墓穴?」
だがオーフェンの問いかけは無視して、フィエナは続けた。
「明日、村は
オーフェンは、じっと彼女を見やった──双眸に涙を
彼女は続ける。
「サルアは、この村で
誰もいないという感覚は、オーフェンにも理解できた──《牙の塔》の魔術士は、ほぼ例外なく
(そういった仲間を捨てて、俺は友人を作った。どちらが良かったとも言えない。だが少なくとも、俺はひとりじゃなかった……)
「断る」
と、オーフェンは告げた。フィエナの表情が、
「君の
「そんな……でも、わたしは……」
フィエナは
「痛っ……」
小さな悲鳴を、フィエナがあげる。オーフェンは構わずに言った。
「いいか──ひとつ忠告しといてやるぞ。人にものを頼むときは、説得力ってもんを気にかけておくんだよ。こんな、自分をつかんだ手を
それだけ言ってから、手を放す。フィエナは赤くなった手首をさすりながら、じっとこちらを見上げている。ふと、彼女が自分よりも数倍は強い魔術を持っていることが信じられなくなって、オーフェンは
(なんでまた、いつもいつも、俺をめんどうに巻き込むのは女なんだよ!)
だが、そんな
フィエナが立ち去って、一番最初に目を覚ましたのはサルアだった。よほど
「言っておくが、俺はマクドガルの命になんざ
「だろうな……キリランシェロ、て名前を見た
「なら、なんで俺に
「へっ──」
と、どこか
「そのほうが、おもしれえじゃねえか。ま、気絶したあとなにがあったかは、フィエナに聞けばいいんだろ? 帰りに寄ってくか」
──交わした会話は、そんなものだった。マジクが目覚めるまでには、もう少し時間がかかったが、この生徒に事態を
とりあえず、フィエナに関しては見込みがねえかもしんねえぞ、とは言わないでおいてやった。