痛みにうめくオーフェンの視線が、マクドガルの後ろからナイフを放った男の視線とぴたりと合った──例の、帯剣したレンジャージャケットの男。にやにやとこちらを見つめている。その目はまるで、こちらを挑発しているようだった──『そのくらいじゃ、まさか倒れねえだろう?』
ぱんっ!──三発目の銃声が響く。だが外れ。オーフェンは、ナイフの痛みと重量とで肩を落としながら、再び魔術の構成を編み上げようとした──
そこを、いきなり、真横から一撃される──接近してきた取り巻きのひとりが、持っていた松明で横殴りにしてきたのだ。左腕が動いていれば、避けられただろうが、もう遅い。松明の火が、頭の横でぱちっと弾ける音が聞こえた。
「こぉの──」
オーフェンはうめくと、頑丈なブーツのかかとで、その取り巻きのひざ頭を思い切り踏み砕いた。ぎゃっと叫んで、その男は倒れる。と、また目の前まで別の取り巻きが迫ってきている。オーフェンは今度はこちらのほうが先に、相手の胸元に右の掌打を放った。敵が、うっとうめいてひるんだ瞬間に、魔術を放つ。
「我は流す天使の息吹!」
刹那、手のひらと男の身体の間に、猛烈な空気圧が膨れ上がる。大気に押されて、男の身体は後方に吹き飛んでいった──そのまま、マクドガルに衝突して悲鳴をあげる。
飛んできた取り巻きに押し潰され、マクドガルが罵声をあげるのが聞こえた。ザマミロと思いつつ、オーフェンは身をひるがえした。
(急いで──マジクを──助けねえと──)
と──
(な…………!?)
オーフェンは、愕然と足を止めた。振り返ったすぐ前に、ディープ・ドラゴンがいる。
「おお……!」
背後から、マクドガルが声をあげるのが聞こえた。熱病に浮かされたような、絶望的な感覚の中で。
「我が主よ──!」
我が主よ。オーフェンは、マクドガルのせりふを胸中でくりかえした。
ドラゴンは……じっと、じっとこちらを見つめている。
ディープ・ドラゴン──音無きドラゴンの戦士。伝説には、そう呼ばれる。女神の住まう《フェンリルの森》に在って、女神のもとへ赴こうとする愚かな人間をことごとく滅ぼす、大陸で最強の戦士。大陸で最も破壊力のある魔術を操るウォー・ドラゴンやウィールド・ドラゴンを王と女王と称するならば、このディープ・ドラゴンはまさしく戦士だった。
戦士に逆らうなど愚かなことだ。勝てるわけがない。
間近で見上げるこの黒狼は、あまりにも圧倒的だった。美しい緑色の静かな目で、じっとこちらを見下ろしている。その一瞥で、人間の身体など塵にまで分解してしまうだろう。夜の闇に黒光りする漆黒の毛並みは、皮膚から分泌される脂のせいで夜風には揺れない。口は開かない。だから赤い舌も見ることはない。
大陸で、最も美しい獣。それがこの、ディープ・ドラゴン=フェンリル。
月光の下、戦士の眼差しでこちらを見ている。
「なんで……俺を見る……?」
オーフェンは咄嗟に、考えてもいないようなことを聞いていた。だが、聞いてみてから、ドラゴンが、わざわざ自分の目の前にまで歩いてきて、こちらを見つめているというのは道理に合わないような気がしてきた。それとも、このドラゴンは、本当にこの村の守護神で、侵入者である自分を滅ぼそうというのか──
《この男なのだな? 汝のものを奪いにきたのは》
(…………?)
オーフェンには理解できない会話を、そのドラゴンは、いずこかにいるのだろう誰かと交わしつづける。
《汝、自らのものを守るために我が力を欲するのか?──》
(ヤメロ──!)
オーフェンは、すべての神経を振り絞って、ドラゴンの魔術に抗おうとした──
そして闇に抱かれるように沈黙が訪れた。