「分からない娘だなぁ、ここで逃げないと、巫女の顔に固まっちゃうぞ!」
「……え……?」
目をぱちくりさせて、フィエナがほうけたような顔を見せる。と──
ぱんっ!
乾いた音が響く。マジクはそれが、なにかがなにかを平手打ちした音のように思った。つまるところ、自分がなにかの拍子に彼女を殴ったのかと──だが、見ると別にそういったことはない。フィエナはその音に心当たりがあるようで、ぞっとしたように立ち止まって蒼白になっている。彼女の腕をつかんでいるマジクも、立ち止まらざるを得なかった。
「なにが……?」
マジクは誰にともなくつぶやきながら、背後を見やった──フィエナをではなく、もっと後ろ、蛇と取っ組み合いをしている連中のほうを、蛇はもう動かなくなっている──マクドガルとかいうあの男の上に横たわるようにして、ぐったりとしていた。その頭が、なにかにたたきつぶされたようにひしゃげて見える。マクドガルは重い大蛇の死体を押しのけながら、ゆっくりと上体を起き上がらせた。その顔は、どす黒く変色して憤怒の形相に震えている。
マジクはなにかに魅了されるように、動けなくなっていた。よくは分からないが、人間の力であの大蛇の頭をつぶすことなどできるわけがない。
(なんだ……? ものすごく、怖い感じがする……)
意味のない恐怖感を、マジクは覚えていた。
マクドガルがこちらをにらみ据えて、右手をこちらに向ける。その手にはなにか、黒っぽい鉄の塊のようなものがにぎられていた。宗教的な儀式の道具には似つかわしくない、金属的なシルエット──それはどちらかといえば、なにかの農具の部品のようにマジクには見えた。マクドガルが、わずかに動く。
ぱんっ──
鉄の塊が、ほんの一瞬、閃いた。同時にマジクの左わき腹に衝撃が走る──全身をひっくりかえすような激痛がその衝撃を受けた場所一点に集中するような感覚で、マジクは悲鳴すらあげられずに、その場に倒れた。
「きゃああっ!」
フィエナの悲鳴が、やけに遠くに聞こえた。地面へと吸い込まれていくような、無限の落下感に戦慄する。背中は既に地面に触れているはずなのに、その落下感だけが終わらない。
「……」
「…………!」
「……!」
急速に白んでいく視界──気絶する瞬間の意識というのはこんな感じなのだろうと自覚しながら、マジクは耳だけを澄ましていた。だが結局──マクドガルがしゃべっているらしいその声は、異国の言葉でも聞いているようにまったく意味がとれなかった。
「…………!」
「……!」
声は、どうやら激しく口論しているらしい──相手は、フィエナか。
落下感は終わらない。死ぬまで終わらないのだろうと、マジクは思った。もっとも、それならば──この落下感が終わるのは、そう遠くはないのだろう。そうも思う。
さむけが、押し寄せてくる。その最後の瞬間、マジクはようやく声が聞き取れるようになった。マクドガルの、野太い声。
「こいつを癒すんだ、フィエナ」
それに応える、彼女の声。相手に聞かれないように、少しひそめてはいるが、マジクには聞こえた。
「……言われなくたって!」
それと同時、寒さに震える彼の身体に、なにか暖かく心地いい感触が押し当てられた。その感触──彼女の手?──から、身体の隅々にまで行き渡るような、熱いものが流れ込んでくる……
(終わらない落下感──フィエナ──《森》から逃げられない……巫女──力に支配されている──蛇の頭を潰した──手に握られた、黒い塊──)
混濁する意識の中でマジクは、うっすらと思い出していた──
あれは拳銃だ。