第六章 しやたちがおろかをやめる




「我は放つ光の白刃!」

 一条の光熱波が、起き上がった『蛇』の頭を打ちすえる。ハンマーで横からなぐられたように横倒しになった蛇人間に、オーフェンはさらにじゆもんをたたき込んだ。

「──光の白刃!」

 文字通り光の剣のごとく、白光の帯が標的の身体を縦にる。そして──

「我は放つ光の白刃!」

 きゅぼうっ!──小さな爆音を立てて、三度目の光熱波が炎をあげる。空間にまった熱が球電と化したのだ。もっとも──真っ赤な輝きをあげる熱波の中でも『蛇』は傷を受けていないようだったが。

 見届けてからオーフェンは、後ろにんだ。だん、だんっと後ろ向きにジャンプして、そのまま地下室から外に飛び出す。彼は、開けっ放しになっていた扉を思い切り押して部屋を閉ざした。両手を扉に押し当てたまま、叫ぶ。

「我は閉ざす境界の縁!」

 がくん──と、重い鋼鉄の扉がれる。これで、この扉はちょっとやそっとのことでは動かなくなったはずだ。さらに──

「我は与う巨人の幸い!」

 叫んだ瞬間、扉がさらにたいどうするように震える。見ているうちに扉はほんの少しばかりぼうちようし、周りの壁に、みしっと食い込んでいった。扉の金属を膨張させたのである。

 ふう、とオーフェンはたんそくした。あごの下の汗をぬぐいながら、

「ここまでやりゃあ、解体屋でも呼ばねえかぎりここは開かねえぞ──あのサミイやよろいやらはともかくとして、蛇野郎は少なくともはい呼吸してるだろ。あの炎の中に閉じ込められればちつそくするはず……」

 自分に確認するようにつぶやく。地下室の中の、弱々しい照明から閉ざされ、真っ暗になった階段の踊り場に、オーフェンはおぞけを感じたように身体を震わせた。扉から手を離し、一服するようにいきする──が──

 びぢいいいっ!

 湿った布でも裂くような音が一度だけ響くと、扉が食い込んでいる壁のすきから──薄黄色の毒液がみ出してくる。しゆうが鼻をついた。見る見るうちに壁は溶解して──

 間もなく、扉はこちらに倒れてきた。

「うぉわっ!」

 オーフェンは後ろに跳んでそれを避けると、部屋の中をにらみやった。入口に、でんと『蛇』が立っている。その口元から、だらだらと毒液の余りがれていた。蛇の背後、地下室の中では、もう炎は消えたらしく、もとからあったぼんやりとしている小さな明かりだけがこちらにまでれてきている。

「くそっ……」

 オーフェンは、ぼうぜんと毒づいた。

「どういうこった。扉のことはともかく、あれだけ熱衝撃波を食らえばようさいの壁だって穴が開くぞ?」

 だが『蛇』の身体には傷ひとつない。もっとも、あれだって生命体である以上、衝撃で内臓にいくらかのダメージはいっているはずだが──おい、待て。

 オーフェンは、ぞっとして思い出した。

(こいつの……ヒリエッタのボディスーツ。あれと同じなんじゃねえか?)

 彼の脳裏に、いかなる物理的な加撃も通用しなかったくろかわのスーツのことが浮かぶ。

 だとしたら──

 がくぜんと見ている間にも『蛇』はきちきちと音を立ててこちらへと顔の正面を向けている。

(まさか──ヒリエッタ。彼女もクリーチャーなのか?)

『蛇』があぎとを開いた。

 その一瞬後に毒が吐き出されてくるのは分かっていた──だからオーフェンは、反射的に後ろに跳び退こうとはしていたのだ。が──いきなり、右足が床に張り付いたように動かなくなる。

(────!)

 致命的なかんを覚えて彼は、動かなくなった右足を見下ろした。鉄板を中に入れて補強してあるがんきようなブーツを、キッチンナイフをくくりつけられた太った『手』が、がっしりとつかみ込んでいる。革の表面に、ささくれのようなしようこんをつけてナイフの刃が食い込んでいるのが見えた。

 そして次の瞬間、彼は毒液を食らっていた。

「ぐ────!」

 悲鳴をあげなかったのは、せきに近かった。わずかに身をよじったため顔面にかかるのは避けられたが、強烈な酸のにおいを発する毒液は彼の左の肩口からへそのあたりまで、刀傷ならばりと呼ばれるせきで異様な煙をあげている。まず服のせんが溶解する異臭と、そして激痛とが全身をつらぬいた──いや、貫くというよりは、染み込んできたというほうが近いかもしれない。目に見えて皮膚が溶け、筋肉のピンク色がのぞく。黄色い煙をあげるせいさんな傷口に血がにじんでは、毒液に分解されてただの異臭と化す。

「わ・れ・は──」

 オーフェンは肩口に右手を当て、叫んだ。さっき悲鳴をあげていたら、この呪文はとなえられなかったかもしれないと思いつつ。

いやす、しやようの傷痕!」

 なによりも危険だったのは、激痛だった──そしてそれ以上に、精神的な衝撃だった。外傷は最も癒すのが簡単だが、精神的な負担に関してはとてつもなく大きくなる。特に傷の状態が凄惨になればなるほど、それだけでショック死することもあり得た。

 だが魔術が発動すれば、傷口は時間が逆転するように一気にしていった。破れたシャツはそのままに、下の肌だけはつやつやとした新しい肉が再生されていく。

 オーフェンは傷が治るが早いか、右手だけを『蛇』へと振り向け、叫んでいた。

「我は呼ぶ破裂の姉妹!」

 見えない衝撃波が『蛇』の身体を弾きとばす。それと同時にオーフェンは、自分の身体にもその衝撃波をたたきつけていた──息も詰まる衝撃に内臓がしびれるが、それによって自分の身体も後ろに飛ばされ、右足を『手』のこうそくから引き抜くことはできた。

 階段にしたたかに背中をたたきつけられながら、オーフェンは起き上がった。似たような格好でやはり倒れている『蛇』に指を突き付け、

「我導くは死呼ぶむくどり!」

 ゔゔんっ──と鋭い羽音のような音波が『蛇』の身体にしゆうそくしていく。妙な形に腰を曲げている蛇人間は、びくんと跳ね上がるように身体を震わせると、やんちゃな子供の手の中にあるがんみたいな軌跡で床にそつとうした。

(やっぱり──反応がヒリエッタと同じだ。こいつ、がんじようだっていっても、皮膚だけなんだ。内臓の強度はそれほどでもない)

 それがなんであれ、たったひとつでも弱点があるのならば、打つ手は無限にある──これも彼の師の言ったことだったが。

(そういや、フォノゴロスの奴、こいつらはみんな試作品だっつってたな。となると、それぞれけつかんがあるのかもしれない)

「ついて来いよ、サミイ! 俺はフォノゴロスだぞ! 上に逃げるぜ!」

 オーフェンは階段を駆け登りながら、見えない背後に向かって叫んでいた。地下室──安置室とヒリエッタは呼んだっけか? その部屋の奥にいるはずの、恐らくは記憶力も持ち合わせてはいないだろう『亡霊』に向かって。

 ついでに、その声を呪文にして魔術をかける──真っ暗な階段を、彼の手のひらから飛び出した鬼火のような明かりが照らした。鬼火を追いかけるようにして、彼は全力で階段を登りきった。階段の上のろうに、転げ出すようにして飛び出る。

 と──

 階段を登りきって足は止めずに、彼は横にんだ。そのすぐ後を、鋭い音を立てて黒いむち──『よろい』が階下から放ったのだろうしよくしゆが走る。すんでのところで的を外して、鞭は壁を直径数十センチほどもかんぼつさせた。あまつさえ鞭の先は壁に突き刺さり──

「────!」

 オーフェンは、声にならない悲鳴をあげた。鞭はいきなり下から引っ張られたようにぴんと張ると、巻き上げ機のようにうなりをあげ、一気に階下から『鎧』の本体、しつこくかつちゆうを引き上げはじめた。がつがつと、階段のあちこちにぶつかる騒音を立てながら、重い『鎧』が弾丸のように飛び出してくる!

 ごすん! と最後に鞭の先を突き刺していた壁に衝突し、『鎧』は止まった。だが、何事もなかったように頭だけをこちらに向き直らせて──

 甲冑の、面ぼおの部分が、わずかに開くのが見えた。せつ、オーフェンは叫んだ。

「我はおどる天のろうかく!」

 ぶんっ──と、視界がブレるようにかすむ。一瞬後には、彼は空間をちようやくして、それまで立っていたところから数十センチほど後方に瞬間移動していた。『鎧』の面ぼおから、ぴうという鋭い音が耳を打つ。同時、なにかきらきらとした輝きが、さっきまで立っていたところを──つまり目の前を軽くいでいった。

こうせん──)

 鬼火の明かりに反射して、水玉のようにぜる輝きは、すさまじい勢いでり出されるはがねの糸のものだった。この勢いならば、腕一本とはいかないまでも、指の二、三本なら軽く斬り落とせるだろう。間合いが近ければ首だって落ちるかもしれない。となると、受け止めて防ぐようなはできない。

(つくづくやつかいな化け物を造ったもんだ、くそ──)

 けんのあたりに、小さな痛みが走っていた。今の鋼線がかすめたに違いない。皮膚に血が滲む感覚にオーフェンはいらった。さっきから手傷を負ってばかりいる。《塔》にいた頃の自分なら──キリランシェロならば──この程度の攻防で外傷を受けるようなことはなかったはずだと、彼は胸中で毒づいた。

(弱くなっている……俺は)

 だが──

「クリーオウを殺したんだから、お前らもごくに落ちるんだよ!」

 オーフェンは吐き捨てるように言うと、二撃目の動作を見せている『鎧』に向けて腕を突き出した。

「我は放つ光の白刃!」

『鎧』が爆光にみ込まれるのを見てから、オーフェンはきびすを返した。鬼火を道案内にして、ホールへ向けて走りだす。

(女神様のおひざもとで決着をつけてやる。だが──)

 だが、俺ひとりで勝てるのか? と彼は自問した。

(確かにサポートは必要なのかもな。すまない、クリーオウ──)

 オーフェンは無言で走りつづけた。